二次元裏@ふたば

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28440 B26/05/06(水)19:38:52No.1427343775そうだねx6 21:00頃消えます
 その情報がキルケー08のもとに飛び込んできたのはオルカがヨーロッパを手に入れてまだ間もない、とある晩春の朝のことだった。
「そうですか。ついに見つかりましたか」
 キルケーの答えは、ひどく落ち着いたものだったという。
「最後のピースが埋まりました。……計画を前に進めましょう」
 グラスの中の氷が、カランと小さく鳴った。
126/05/06(水)19:39:04No.1427343837+
 ドリアードJ9-3651cは緊張の面持ちでスツールに腰をかけていた。
 タラゴナ共同体の中から、なぜ自分だけが呼び出されたのか、皆目わからない。別に村のリーダーでもなければ、最古参というわけでもないのに。
 他のみんなは無事だろうか。オルカに合流を願い出たのはやはり失敗だったのだろうか? でもデルタが死んだのは田鹿のようだし、他にどうしようも……
《お待たせしてすみません》
 その時、壁の映像パネルが唐突に起動し、ドリアードは飛び上がった。
 画面の向こうでは黒いドレスに大きな帽子を目深にかぶった、魔女めいた風体の女性がデスクについている。たしかPECSのアミューズメント用のモデルだ。何をされるにせよ三安の姉妹か、でなければブラックリバーの軍人が来るだろうと漠然と考えていたのだが、意表を突かれた。
《キルケー08と申します。本当なら直接お会いしたいのですが、多忙な身でして映像で失礼します》
「はあ。どうも……」恐る恐る頭を下げる。画面の向こうのキルケーは、おそろしく鋭い眼差しでこちらを見据えている。ちょっと怖い。
226/05/06(水)19:39:34No.1427344027+
《あなたがオルカに加わるにあたり、いくつか質問と確認をさせていただきたいのです。まず、あなたはドリアードJ型……日本向けモデルですね?》
「は、はい!」
 そうか、日本国内モデルがスペインなどにいたのを怪しまれているのかもしれない。ドリアードJ9-3651cは背筋をしゃんと伸ばす。
「私は日本の農機メーカーの所有物でした。商談でスペインへ来ている時に鉄虫の襲撃にあい、会社の人間様が全員亡くなったため、それからずっとこちらにおりました」
《コメ作りが得意、と聞いていますが》
「はい、タラゴナでも水田管理を担当していました」
 ドリアードJ型は稲、それも日本式の水稲に特化したバリエーション機である。普通のドリアードも稲作はできるが、J型の業務モジュールには日本の気候、土壌、品種に合わせた知識と技術が組み込まれており、一段レベルの高い米作りが可能だ。米の味にうるさい日本人には好評で、生産数は多くないもののロングセラーモデルとなった。
《では、あなたは……》
 キルケーの眼差しがひときわ鋭くなる。ドリアードは息をのみ、次の質問を待ち受けた。
326/05/06(水)19:39:49No.1427344100+
《……日本酒を造れますか?》
「はっ?」一瞬ぽかんと口を開けて、それから慌ててうなずく。「はい、できます。酒造りは私の得意分野の一つです」
 そのとたん、キルケーはまるで花が咲くように笑み崩れた。その目には涙さえ浮かべていた。
「あなたをずっと待っていたんです! ぜひ、ぜひ! ご協力をお願いします!」

(タイトルIN)
『プロジェクトK・2 〜蔵人たち〜』
426/05/06(水)19:40:17No.1427344249+
 オルカのアルコール事情は、この一年あまりで劇的な向上をみた。
 まず、キルケーがドリアードに師事したことでビールの味が格段に良くなった。〈キルケーIPA〉という人気銘柄までが新たに生まれた。
 そして、続くヨーロッパ開放作戦により、レモネードデルタが己のために維持していたいくつものワイナリー、ブリュワリー、ディスティラリー(蒸留所)を併合。さらにそれらの設備・人材と、これまでキルケーがコツコツ蓄積してきた世界の様々な酒に関する知見を合わせることで、テキーラ、アラック、マッコリ等、ヨーロッパではあまり作られていなかった酒の生産体制も次々にととのった。
 今や旧時代の主立った酒のほとんどを、オルカでは自由に飲むことができる。いくつかの例外をのぞいて。
 その例外の一つが、日本酒である。

 ――日本酒は好きですよ、もちろん。旧時代は日本勤務でしたし、飲む機会も多かったです。

 オルカ食料局醸造部顧問、キルケー08は語る。だがその彼女にしてなお、日本酒の復元プロジェクトを立ち上げるのは今回が初めてになる。これまで手を付けてこなかった、その理由は何なのか?
526/05/06(水)19:40:42No.1427344382+
 ――一つは、シンプルに要求される技術レベルが高いことですね。
 たとえばビールだったら、私のような者が見よう見まねでやっても、「味はいまいちだけど、一応ビールだね」くらいのものはできるんです。もちろん本当に美味しいものを造るには研鑽と洗練が必要ですが、少なくともスタートラインは手の届くところにある。ですが、日本酒はそうじゃないんです。何段階もの工程があって、そのすべてで温度・湿度・時間・衛生管理といった様々な要素の精密なコントロールが必要で、どこかでつまずくとそもそもゴールまでたどり着けない。個人的に試みたこともありますが、日本酒『らしきもの』にさえなりませんでした。

 それならば、ビール造りでドリアードの指導を受けたように、誰かの指導を受けることはできなかったのか?
626/05/06(水)19:40:58No.1427344471+
 ――それが二つ目の理由です。旧時代の日本には、『日本国内で作ったものだけが日本酒を名乗れる』という法律がありました。シャンパンなんかと一緒ですね。税金だったり、ブランド力の維持だったり、理由は色々あったのでしょうけど……そのせいで、日本酒は長く日本でしか作られなかった。北米にはいくつか工場があったらしいですが、世界の他の場所には日本酒を造る設備も、ノウハウも、ほとんど伝わらなかったし、残らなかったんです。

 オルカ号がまだ単独でアジア近海を移動していた頃、キルケーは機会を捉えては日本各地に上陸し、日本酒造りの設備や、技術を受け継いだバイオロイドを探したという。しかし、稼働可能な状態の設備も、それを運用する知識のあるバイオロイドも、結局見つかることはなかった。そして、日本以外でそれらが見つかる望みはほぼ無かった。
 ドリアードJ型がヨーロッパで生き残っていたことは、だから奇跡だったのだ。
726/05/06(水)19:41:25No.1427344613+
「……というわけで、あなたにはまず日本酒造りの方をやってほしいんです。タラゴナ共同体の方は、他のフェアリーを派遣してなんとかしておきますから」
「はあ……」
 オベロニア・レアにまで頭を下げられては、J9-3651cとしても断るわけにはいかない。
「もちろん、あなたにもいずれは農場に戻ってほしいと思っています。キルケーさんに助手を用意していただきましたので、この二人にお酒の造り方を仕込んであげて下さい」
「クノイチ・ゼロ09でござる! よろしくお願いするでござる。ふふふ、なんだかサイボーグみたいでかっこいいでござろう?」
「クノイチ・カエン07……かもすよ」
 元気よく手を挙げて入ってきた二人のニンジャに、ドリアードJ9-3651cは再び絶句した。
826/05/06(水)19:41:48No.1427344752+
「人間様は、それほどお酒がお好きなのですか?」
 タラゴナでは、誰もが常に腹を空かしていた。デルタの搾取は過酷で、しかも注文がうるさかったからだ。収穫を根こそぎ持って行かれた上、品質に満足しなかったという理由で配給を減らされることなど珍しくもなかった。そのような暮らしをしてきた後で、農場を離れて嗜好品である酒造りをしろと言われることに、抵抗を感じなかったと言えば嘘になる。
 J9-3651cが思い切って発したその問いに、レアは笑って答えたという。
「え? 違うわよ、司令官様はそれほどお飲みにならないわ。日本酒をほしがっているのはキルケーさん達ね」
 それは彼女にとって、あまりにも意外な答えだった。酒を造るのは司令官の……主人のためではなく、バイオロイドの望みだというのだ。

「御屋形様……お酒が……お酒が飲みたいでござる……!」
 それは、血を吐くような叫びだったという。
「飲めばいいじゃん。キルケーのバーに行けば? 食堂の夜メニューにもあるだろ」
「ちっがーうでござる!!」
926/05/06(水)19:42:10No.1427344869+
 困惑気味に答える司令官に、クノイチ・ゼロは子供のように両手を振り回した。
「拙者が酒と言ったら日本酒! 米から作った日本古来のお酒のことに決まっているでござろう!」
「いやござろうと言われても……」
 伝説サイエンスのバイオロイド、クノイチ・ゼロとクノイチ・カエンは室町時代のニンジャである。もちろんそれ自体はフィクションの設定ではあるものの、本人達の持つ日本人としての自認は本物だ。オルカで口にできる数々の酒の中に日本酒が入っていないことを、キルケーの次に残念に思っていたのは彼女たちであったかもしれない。
「寿司や刺身には日本酒でござる! 姉上や母上が作ってくれたご飯を、麦焼酎や白ワインで食べるのはもう我慢できないでござるー!」
「日本酒……必要。晩酌、角打ち、鏡開き……お料理にも役立つ」
「わかった、わかった」
1026/05/06(水)19:42:36No.1427345035+
 ――普段あんまり自己主張しないカエンにまで言われて、こりゃあ本気なんだと思ってね。
 とはいえ、ゼロとカエンは伝説戦闘部隊の主力の一角だから、抜けてもらうわけにはいかない。結局、エンライに頼んで復元される姉妹機をキルケーが進めてるプロジェクトに入れてもらうことにしたんだ。

 司令官は当時の思い出をこう語る。

 ――エンライに怒られなかったかって? まあちょっと渋い顔はされたけど、意外とすんなりOKをもらえたよ。あれで彼女もけっこうお酒好きだからね、自分も呑みたかったんじゃないかな(笑)。

 ――でも、それでようやくわかったんです。オルカが作ろうとしている世界……バイオロイドが自由に、幸福に生きられる世界というのは嘘ではないのだと。

 その自由で幸福な世界の棚に、日本酒は並んでいるのか、いないのか。自分の肩にかかっているのはそういう選択なのだと、J9-3651cにもその時初めて理解できた。
 そうであるならば、日本生まれのバイオロイドとして引き受けない選択肢などない。心は決まった。
1126/05/06(水)19:43:40No.1427345380そうだねx4
めっちゃ長くなったので続き
fu6655877.txt

むかしビール造りの話をやってから絶対書きたかった日本酒造りの話です
かもすぞー
1226/05/06(水)19:47:18No.1427346645+
今回はブラプリさん出ないのね…
1326/05/06(水)19:47:35No.1427346747+
久しぶりに遭遇した
読もう
1426/05/06(水)19:47:59No.1427346888そうだねx1
>今回はブラプリさん出ないのね…
(ひたすら飲むCM)
1526/05/06(水)19:52:05No.1427348389そうだねx1
キルケーさん死んでない?
1626/05/06(水)20:11:13No.1427355732そうだねx1
連休終わりのまとめ
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ブラプリさんは出てくると話がブラプリ色になっちゃうので今回は遠慮してもらいました
1726/05/06(水)20:15:55No.1427357643そうだねx2
あとお知らせというか
昨年拙作『ある日のオルカ2』を韓国語訳してくれた方が
今度は1巻を翻訳した上に向こうの掲示板で感想文コンテストまで開いてくれました
その入賞賞品である「お好みのキャラとシチュで一本書きますよ権」にこれからしばらく取りかかります
ある日のオルカは全部ここへ最初に投下してましたが
コミッション作品はそうもいかないので三か月ほど怪文書投下がなくなると思われます
渋の方へは順次あげていくのでよければ見てくれると嬉しいです
ラストオリジン流行って下さい
おっぱい
1826/05/06(水)20:21:35No.1427360037+
だいぶラストオリジン流行ってる!
1926/05/06(水)20:30:02No.1427363634+
>キルケーさん死んでない?
酒が絡むとキルケーはギャグキャラ補正がつくのでこの程度では死なない


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