《黄金の海》…  船乗りたちにそう呼ばれる海域で激しい戦闘を繰り広げる二隻の船。  片や竜頭を持つ異形の大型海賊船…タイダル船長の駆る海賊船アクアリウム号。  片や目覚めるような蒼い船体を持つ旧型船…キャプテン・ウェイブの駆るライフオブアドベンチャー号。  長時間に渡る海戦に今、決着の時が訪れる。 「装甲大破!カノン砲四番から十番まで誘爆!船長、潮時です!」 「畜生!やりやがったなウェイブ!覚えてやがれ!」 「今度会ったらただじゃおかないわよーっ!」  大破したアクアリウム号は舵を切って反転、タイダルとモーレライの捨て台詞を残して退却する。  勝利したのはライフオブアドベンチャー号…だが、戦闘で受けたダメージは決して軽いものではなかった。  特に… 「ああっ!衝角ドリルがっ!」 「こりゃひでえ…やっぱ敵船にぶつけるのは無茶だったか…」  船首に取りつけられたドリルが無残にもへし折れているのを見、レモンは悲鳴を上げリチャードは呻く。  今回の冒険…伝説の《黄金島》の噂を聞きこの海域へやってきた一行だったが、目的を同じくするタイダル海賊団と運悪く遭遇。  因縁根深い両者が顔を合わせば当然穏やかに済む訳がなく、《黄金島》を目前に海賊と冒険者の激しい海戦が始まった。  その戦闘において今回の採掘用に購入した大型衝角ドリルはアクアリウム号の強化装甲を貫くという大活躍を見せたのだった。  しかし、いかんせん採掘用のドリルではラムアタックなどという無茶に耐えられるはずもなく… 「これじゃ《黄金島》の採掘は無理だぞ、ウェイブ」 「いいや、キール…ドリルはいらねえ、見ろよ」  冷静に冒険の断念を告げたキールに対し、ウェイブは首を横に振り西方を指さす。  皆が彼の指す方向に目を向けると、今まさに黄金の太陽が海に沈んでいくその瞬間であった。  陽光の反射した海面は山吹色に美しく光り輝き、その中心…《黄金島》と呼ばれる島が一際強い輝きを放っている。  その現象の理由は島固有の海砂か、はたまた植生によるものか…いずれにせよ絶景と呼ぶに相応しい光景である。 「綺麗…」 「夕暮れ時、特定の時間帯だけ現れる《黄金島》…その正体が、まさにこの光景ってわけだ」  思わず見惚れる三人の様子を見、ウェイブは心底楽しそうに笑う。  当初期待していたような黄金は手に入らなかった…しかしこの光景が見れただけでも値千金である。  ライフオブアドベンチャー号はしばらくその海域に留まり、四人はその美しい光景を目に焼き付けるのであった。  ~キャプテン・ウェイブと黄金島~  Fin  * * * * * * * 「Fin…じゃねェだろコラ」  海洋ギャング、ジョーズ・シンジケート事務所。  ボスである鮫の魚人…ドン・メガロは眼前に並んだ四人を睨みつけて吐き捨てる。 「キャプテン・ウェイブ…言ってたよな?貸した金を倍にして返すアテがあるってよォ…それがこのザマは何だ?」 「堅てえこと言うなよ、オレとお前の仲じゃねえか」 「俺とテメェの仲は債権者と債務者でしかねえんだよバカヤロウ!!」  採掘用の大型衝角ドリル…本来キャプテン・ウェイブとその一味にそんな高額な装備を調達する金はない。  彼らは今回の冒険で莫大な金が得られることを前提に、ジョーズ・シンジケートの闇金融に多額の借金をしていたのだ。  島全体が黄金で形成される《黄金の島》の噂がガセネタであり衝角ドリルが破損した今、彼らに借金を返す術はない。  これまでの冒険よりも遥かな危機にレモンが頭を抱えて叫ぶ。 「だ…だからギャングにお金を借りるのはやめようって言ったじゃないですかぁ!!」 「仕方ねーだろ、銀行が金貸してくれねーんだから」 「S級冒険者は社会的信用があるんじゃねえのかよ!」  ぎゃあぎゃあと騒ぐレモンとリチャード、そんな二人に挟まれて悪びれもしないウェイブ。  メガロは頭痛を覚えたかのように眉間に少し押さえると、続いて指を三本立てて冒険者たちを睥睨する。 「とにかくだ、貸した3000万G!きっちり耳を揃えて返してもらうからな!」 「返せなかった場合は?」 「十日ごとに一割ずつ利子を上乗せだ!返すまで担保としてテメェらの船は差し押さえさせて貰う!」  所謂トイチである。  航海冒険者にとって船とは足であり生命線そのもの…船を差し押さえられては逃げることもまともに稼ぐこともできない。  しかも、ライフオブアドベンチャー号が差し押さえられるということは即ち…  じっと見上げてくるキールに対し、ウェイブは不敵に笑ってその頭をポンと撫でる。 「心配すんなよキール、十日で3000万だろ?余裕だぜ」 「他に返すアテがあるのか?」 「おう!とりあえずギャンブランドへ行って…―――」  船員二名による怒りの一撃がウェイブの後頭部を襲った。  うつ伏せに突っ伏してぴくりとも動かなくなった彼を尻目に、レモンとリチャードは顔を見合わせつつ今後の作戦会議を行う。 「とりあえず船を調達しないと…海に出ないとこのクズは何の役にも立たないですよ」 「ピタ船長に相談してみるか…あとギルドで稼げそうなクエストを探さねえと…」 「キールさん!十日以内に絶対に迎えに来ますからね!」 「まぁ…厳しいが絶対なんとかするからよ!…ほら、行くぞカス!」  そう言ってレモンとリチャード、そして気絶したウェイブは二人に引きずられて事務所を後にする。  後に残されたのはメガロ…そしてただ一人残ったキールである。二者はどちらともなく顔を見合わせた。 「テメェは行かねェのか?」 「おれはライフオブアドベンチャー号の船大工だ、船から離れるわけにはいかん」 「…そうかい、ま…好きにしな……今後一生居ることになるかも知れんがな」  ぎしりと音を立ててソファに身を預けたメガロは軽く肩をすくめる。  こうして船を差し押さえた航海冒険者たちは半分以上が金を返せず引退の道を選んだ。ギャングに金を借りるとはそういうことだ。  伝説の船乗りキャプテン・ウェイブもその中に加わるか…彼の物語のピリオドとしてはあまりにもバッドエンドである。  どこか憂鬱そうな溜息を吐くメガロに、お構いなしと言わんばかりにキールが催促する。 「おい…ドックに案内してくれ、先の戦闘で壊れた部分を補修したい」 「ったく…コイツ状況わかってんのか?」  彼は再び溜息を吐き、億劫そうに立ち上がった。  * * * * * * *  ジョーズ・シンジケートのアジト…そのメイン港から少し離れた場所に作られたドック。  ギャングのイメージとは裏腹に、整備のための設備が整然と揃ったそれを目の当たりにしたキールは思わず驚きに目を丸くする。  海軍…ほどではないがここまで設備が揃うドックはそうそうお目にかかれない。ウエス王国でも有数だろう。 「ほれ、テメェらの船はあそこだ」 「おう、案内ありがとう」 「いいか?くれぐれも船で逃げようなんて考えんじゃねェぞ、ジョーズ・シンジケートは借金を踏み倒す奴には容赦しねェ」  脅迫するように凄むメガロにもどこ吹く風、停泊しているライフオブアドベンチャー号の船体に手を当てたキールは軽く目を閉じる。  アクアリウム号との戦いはいつも死闘だ。致命傷ではないが今回もそこそこのダメージを負っているはず…  樹精である彼女の本体…船の竜骨に感覚を通し、瞬時に船体の隅々まで点検。そこでキールはある違和感に気付いた。  満身創痍で港に帰ってきたはずのアドベンチャー号だが、応急修理が必要だった箇所は既に補修が済まされている…? 「…まさか、直してくれたのか?」 「ア?…ああ、まあな…こいつを担保に借金取り立てるんだからそりゃ直すだろ」  問いかけに、どこか歯切れ悪く返したメガロは眼鏡の縁を押し上げた。  あくまで担保として保護した…とは言ってはいるものの、船大工であるキールにはその仕事の丁寧さが一目でわかる。  おそらくかなりの腕を持つ船大工が複数名、ジョーズ・シンジケートには所属している。  仮に自分が直さずとも、このギャングに預けておけばいずれライフオブアドベンチャー号は完璧に修復されるだろう。  それを成すということはただの借金の担保ではない…船に対する並みならぬ愛情が感じ取れた。  思わずキールは頭上のメガロの顔を見上げる。 「…何だよ」 「お前、いいやつだな」 「はァ!?ギャングに何言ってやがる!あくまで担保だっつってんだろうが!」  ともあれ、応急修理が済まされているのであれば話は早い。  キールは緑色のマナ光を放つと植物魔法を発動、自由に伸びて手のように緻密に動く蔓草を生み出した。  続いて腰袋から取り出した種に魔法をかけると一瞬にして樹が育ち、瞬く間に加工されて材木になる。  それを蔓草が絡めとり、工具を用いて手際よくライフオブアドベンチャー号を修理していく…  キャプテン・ウェイブと古くから冒険している船大工キール…その異能を目の当たりにしたメガロは感嘆の呻き声を漏らす。 「すげェ…」 「これならすぐに終わりそうだな…メガロ、他に直す船があったら言ってくれ」 「…どういう風の吹き回しだ?」 「応急修理してくれた礼だ、おれは船大工だからな…船を直して借りを返すことにする」  礼なんて…と突っぱねようとしたメガロだが、何かを思い出してその言葉を言い淀む。  そして不意に一隻の船が停泊している隣のドックへと視線を泳がせた。キールはその一連の動作を見逃さない。 「あっちか」 「あ…おい!」  キールは有無を言わさず歩き出し、慌ててメガロがその後に続く。  そこに係留されていた船は、現行からは二世代も三世代も前の旧型船。しかも数多の航海を乗り越えてきたのか傷だらけの代物だ。  丁寧な補修が施されてはいるもののダメージの蓄積があまりにも大きい…とても海に出られる状態ではないだろう。 「こいつは…」 「…とあるジジイの冒険者から差し押さえた船だ…そいつはぽっくり逝っちまって借金は踏み倒されたがな」 「なるほど、こいつを直せばいいわけだ」 「おい!勝手に触るな!」  早速修理に入ろうとしたキール、その腕を掴んでメガロが制止する。  この船は今まで何度も修理を重ねてきたがこれ以上手の施しようがなかった船だ。組織の船大工も匙を投げている。  それに持ち主は死に、借金に対し何の担保にもなりはしない…直す意味など何一つない船なのだ。 「こいつはもう死んでるんだよ、放っとけ」 「なら、なんでずっとここに停めてるんだ?」 「それは…」  率直な問いにメガロは思わず口籠もる。  本来なら解体すべきボロ船…だが彼はそうする気にはどうにもなれなかった。  まだ心のどこかでこの終わった船に価値を感じているのか、それとも…  自身の感情に答えが出せないメガロの様子を見、キールはふんと軽く鼻を鳴らしてボロ船の船体に触れる。 「船はそう簡単には死なない、一見限界なように見えても骨組が生きてれば何度だって蘇る」 「…直せるのか? うちの船大工が諦めたこいつを…」 「ああ、こいつを直すには特殊な材木が必要だ…おれに任せておけ。きっちり蘇らせてやる」  そう言って修理を始めたキールを、後ろから見守るメガロはもう止めることはなかった。  彼女は背を向けて作業の手を動かしながら、言葉を続ける。 「人の夢だって同じだ、簡単には終わらねえ…いや、終わらせられねえ」 「何…?」 「まだ迷ってるなら終わったなんて言うのは早すぎるってこった、若造」  背を向けたまま淡々と語るキールの口調は、少女の見た目に反しやけに老成されている。  テメェに何がわかる…メガロが悪態を吐こうとした、その時だった。  バラバラと騒がしい足音が複数、慌てふためいた様子でドックへと駆け込んでくる。  彼らはジョーズ・シンジケート構成員…先頭の男が代表し、メガロの眼前へと息を切らしながら到着した。 「ボ…ボス!大変だ!緊急事態ですぜ!」 「うるせェぞ!一体何事だ!」 「海賊です!海賊がウチのアジトに乗り込んできやがった!」 「何ィ…!?」  怒鳴りつけた手下からの報告に、メガロは怒りもあらわに牙を剥き出す。  ジョーズ・シンジケートはウエス王国内でも大きな存在感を示すギャング。海賊たちにも決して引けは取らない。  そんなギャングは体制側…ウエス海軍としては海賊と共に始末したい反社会的勢力であることに変わりはない。  ギャングと海賊が争い、喰い合った場合どうなるか…消耗した瞬間を海軍は決して見逃しはしないだろう。  つまり両者は暗黙の了解で不戦協定が結ばれているのだ。 「だってのに一体どこのどいつだそのバカは!?」 「その…今までに見たことがねえデカい獣人の男でして…」  困惑する手下の一言に、メガロの眉間に皺が寄った。  ジョーズ・シンジケートの支配した港に、嵐の予感させる冷たい風が吹きすさんでいた。  * * * * * * *  しばらくの後、ジョーズ・シンジケート事務所。 「フゥー…暑っちぃなあ…冷房弱いんじゃねえか、この事務所」 「ウチはクールビズ推進中でな、文句があるならとっとと帰んな」  巨体を持つセイウチの獣人…ドン・ワルラスのうんざりした呟きに、メガロは睨みつけてそう吐き捨てる。  極北の大氷海を制覇し、近年南のウエス近海へと進出してきた新顔の海賊…太り気味の姿は迫力に欠けるがその強さは本物だ。  聞くところによると南征早々、既に幾つもの賞金稼ぎの航海冒険者団を海の藻屑に変えてきたという…  そんな男がジョーズ・シンジケートに一体何の用があるというのか…テーブルを挟んだ対岸からメガロが話を切り出す。 「…で、要件は金の用立てか?言っとくが海軍に目をつけられてる以上、表立って海賊に協力は…」 「あー…目的は金じゃねえんだ、悪いがよ」 「…何?」 「率直に言おう、ジョーズ・シンジケートにはワルラス海賊団の傘下に入ってもらおうと思ってな」  その瞬間、空気が凍った。  一瞬にして事務所内の手下たちが殺気立ち、懐に忍ばせた武器をそれぞれ手に取ってワルラスを睨みつける。  その中心でメガロはフー…と大きく一息吐いた後、激昂のままにテーブルを蹴り上げた。 「田舎に帰りな、メタボ野郎」  対してワルラスはこのリアクションも想定していたのか、驚きも殺気立ちもしない。  ただただ面倒そうに腹を掻き、大きな溜息を吐き出した。 「暑っちい連中だなあ…オーケーオーケー、お前らの意志はわかったよ」  降参だ、と言わんばかりに億劫そうに両手を軽く上げたワルラス。  メガロが拍子抜けしたのも束の間、突如として連続した大きな振動が事務所内の彼らを襲った。  沖合からの砲撃だ。血相を変えて窓際に駆け寄ったギャングたちは信じられない光景を目の当たりにする。 「なっ…なんじゃこりゃあ!?」 「オイオイオイオイ!!一体何の冗談だよ!?」  ジョーズ・シンジケートのアジト…その港に巨大な氷柱が何本も突き刺さり、接触面から凍結が瞬く間に拡がっていく。  そんな現象を引き起こしているのは沖合に停泊している氷塊の如き船…ワルラス海賊団のビッグアイスロック号、その砲撃である。  ギャングたちが呆気に取られている間にも氷柱…否、氷弾は発射され続け、幾許もしない間にギャングの港は凍結し完全に機能を停止した。  強い冷気が事務所内に吹き込み、快適そうに目を細めるワルラスをメガロが睨みつける。 「テ…テメェ…!!」 「港封じられてワシとやりあうほどバカじゃねえだろ、クールにいこうや」  その通り、仮にここでワルラスを攻撃すれば海賊団は完全に戦闘態勢に入るだろう。  そうなれば凍った港から船を出せない此方は圧倒的に不利…沖合からの砲撃で一方的に潰されるのは目に見えている。  最初からこの状況が狙いだったとすれば…そもそもこの男の目的は交渉ではなかった、脅迫だ。 「まっ…ワシらの傘下に入ってもやることは変わらねえよ、これまで通り金を稼いで収入の半分を上納すりゃあそれでいい」 「クソが!そんなにピンハネされてやっていけるか!」 「ガハハハ!債務者からもっと取り立てりゃ済む話だ!お前、ワシからすりゃあまだまだ甘いぜ!」  ワルラスの言葉に、メガロは歯噛みして拳を握りしめる。  ジョーズ・シンジケートは荒稼ぎしているようで結構カツカツだ。スラム海域の連中を食わせていくにはどれだけ稼いでも足りない。  その分を債務者の利子で補填など到底現実的ではない。重度の悪評が出回ればすぐに金を借りにくる者はいなくなるだろう。  思い悩むメガロの様子を見、ワルラスは巨体を揺らしてのそりと立ち上がった。 「まぁ…半日ほど頭冷やしときな、答えはまた聞きにくるぜ」  それだけ言うと海賊は重い足音を立てて事務所を後にした。  緊迫感から解放されたメガロは深く息を吐いてソファーに身を預け、思考を巡らせるべく顔の前で指を組む。  現実的に考えればここで従属を断るのはありえない。現状、奴らの船に有効な攻撃手段がない以上逆らえば嬲り殺しだ。  だが従属したとして、果たしてワルラスはジョーズ・シンジケートを…そしてスラム海域の連中を守ってくれるのだろうか。  自分のように生まれから真っ当な道を歩けない者たち…ワルラス海賊団がその受け入れ先になるとは到底考えられない。  それにギャングにはギャングなりのプライドがある…こうして突然上から押さえつけられて服従など納得できるはずもない。  しかし… 「この状況…もう終わってんじゃねェか…」 「まだ手はあるぞ」  呻くように呟いたメガロに、背中から声をかける者が一人。  振り向いた彼の目に映るのは入り口近辺に立つキールの姿、どうやら今までのやりとりを聞かれていたようだ。 「テメッ…部外者が何を…」 「奴の船の弱点はわかった、そしてドックには出航できる船が二隻ある…まだ何も終わっちゃいねえよ」  キールはつかつかと部屋の真ん中に進み出ると、テーブルの上に一枚の海図を置いた。  覗き込むギャングたちに対し、アジト近海が描かれたそれを指しながら彼女は己が立てた作戦を説明していく。  その内容が伝わる度、困惑と疑念…そしてほんの僅かな期待感が生まれ、どよめきが事務所内を支配する。  内容は理解できた、だが危険な賭けすぎて現実味が薄い…メガロは言葉を絞り出すようにして問いかけた。 「…できんのかよ、こんなことが…」 「おれたち冒険者は“できるか・できないか”の話はしねえ」  キールはいまいち希薄な表情…しかし確固たる意志を持った視線でメガロの目を真っ直ぐ見据え、言葉を返す。 「“やるか・やらないか”だ、結果はその後にしかわからん」  無謀極まりないクエストにも命を賭けて挑んでいく…それが冒険者というものなのだ。  その時メガロは、胸の奥にしまい込んだ感情に静かに火が灯るのを感じていた。  * * * * * * *  半刻後、沖合のビッグアイスロック号甲板。  容赦なく照りつける太陽にワルラスは心底うんざりした表情で手元の極北ラムネを呷る。 「あー…クソ…南の太陽ってのはなんでこうも謙虚さってもんがねえんだ…」 「我慢ですぜ、おかしら!もうすぐ港が手に入るんだから永久氷晶で氷の砦を作っちまえば暑さともオサラバでさあ!」 「おう、港かあ…あいつら素直に傘下に入ってくれっかな」 「…? この状況じゃ手に入ったも同然じゃねえですかい?」  ペンギンのバードマンである手下が不思議そうに首を傾げ、ワルラスはふんと鼻を鳴らして再びラムネ瓶に口をつける。  確かに状況だけで考えるならこっちは勝ったも同然だ。相手は船も出せないし砲撃も届かない、ギャングでは助けも来ないだろう。  だが…ドン・メガロと言ったか、あの鮫の魚人は良い目をしていた。今は燻ってはいるが奥底に熱い野望(ユメ)を抱えた男の目だ。  そういう理屈では測れない男こそ最も油断ならない…ワルラスの経験則だ。 「ったく…暑すぎて嫌になるな…」 「その割には結構楽しそうですぜ、おかしら」 「ああ?んな訳ねえだろ……おっ?」  ワルラスの長い髭が何かを感知したかのようにぴくりと反応する。  船乗りの勘だ、間違いなくこれから一波来る…それもとびきり大きいやつが。  のっそりと立ち上がったワルラス…その表情には数多の修羅場を潜り抜けてきた、歴戦の海賊の凶悪な笑みが浮かんでいた。 「敵船発見!……あ、あの船は!!」  東の方角、望遠鏡を覗き込んだ手下の視界に飛び込んで来たのは空と海を凝縮したかのような蒼い船。  その船の名はライフオブアドベンチャー号、噂は極北の大氷海でも知れ渡っていた。つまり、あの船を駆る男は… 「キャプテン・ウェイブ!あの魔海王を倒したっていう冒険者か!」 「い、一体どうしてギャングなんぞの救援に…!?」 「…フン!ようはジョーズ・シンジケートはとっくに奴の傘下だったって訳だ!おもしれえ、ぶちのめして奪ってやるぜ!」  砲撃戦開始。  旧型船とは思えない快速で波間を奔るアドベンチャー号…それを狙いすまし次々と氷弾が発射された。  操舵手の巧みな舵捌きによりアドベンチャー号は紙一重で氷弾を回避、ビッグアイスロック号を翻弄する。  しかし、それも長くは続かない… 「よぉし、そこだあ!」  高く上がった白波に紛れて放たれた一発がアドベンチャー号の船体に直撃、突き刺さった氷弾を中心に周りの海ごと瞬く間に凍りついていく。  足が止まった隙に二発、三発と打ち込まれれば、やがてその蒼い船が氷のオブジェと化すまでそれほど時間はかからなかった。  伝説の船乗り相手にしてはなんとも呆気ない決着…肩透かしを食らったワルラスはゴリゴリと頭を搔く。 「なんだ、こんなもんか…期待外れだな…」 「結局名ばかりの船乗りだったってことっすかねえ…」 「やれやれ…あんなのにやられるたあ南の海賊も大したことねえ連中だな…」 「へへっ、違いねえ!さすがおかしら!大氷海を制した大海賊、ドン・ワルラス!」  ―――…一方、凍りついたライフオブアドベンチャー号の甲板。  完全に動きを封じられた状況に、舵を握っていたキールは小さく舌打ちする。  もう少し逃げ回れるかと思っていたが…敵船の砲撃手は彼女の操舵力を上回る技量だった。 「さすがにウェイブやレモンみたいにはいかねえか…」  だが今は、“これでいい”。  敵の視線と砲撃を引きつけたライフオブアドベンチャー号は十分に役割を果たしたと言えるだろう。  凍った船の上でキールは植物魔法を発動。緑色のマナ光が彼女の身体から発される中、短く詠唱する。 「育て、ハオルチア」  西の方角、キールが視線を向ける先にいるのはビッグアイスロック号…そのさらに西には、いつの間にか一隻の旧型船が陣取っている。  その船で一瞬マナ光が輝いたかと思えば、突如としてマスト上に巨大な水晶玉が出現。  傾き始めた黄金の太陽を背にしたそれは、燦然と輝いて敵船ビッグアイスロック号を照らし始める。  * * * * * * *  時は少し前に遡る。 『永久氷晶で造られた魔法船…それが奴の船だ。大氷海の海賊が使っていると聞いたことがある』  ジョーズ・シンジケートのギャングたちの前でキールはぼそぼそと解説する。  今しがたそいつにやられたところだ…メガロは苦々しい表情で歯軋りした。 『で、奴の船の弱点ってのは何なんだよ…?』 『簡単だ、熱に弱い。大抵は形状記憶能力で再生しちまうが、再生力を上回る速度で熱を加えれば氷ゆえに溶けちまうわけだ』  おお…!とギャングたちから感嘆の声が上がる。  思いの外単純な弱点だ。これならば何とかなるかもしれない。 『つまりこっちは火で攻撃するってことか?』 『いや、単なる火じゃ永久氷晶の再生力に追いつかん…それに周りは海だ、可燃物を撃ち込んだところで簡単に消火されちまうだろう』 『確かにな…それに撃ち合いになるならこっちも氷弾を食らうのが前提の動きになる。撃ち合って勝てるビジョンは見えねェな…』 『そこで、だ』  キールは海図の上に三つの船型の駒を置く。  黒塗りの一駒が敵船…ビッグアイスロック号。そして白塗りの二駒がライフオブアドベンチャー号と、ドックにある名もなき旧型船。  そして、中央の黒を挟む形で白二つが東西に配置された。 『おれが東側からライフオブアドベンチャー号で囮をやる。お前たちは西側に回り込んで敵船を攻略しろ』  S級冒険者キャプテン・ウェイブの名はウエス近海に留まらず世界の海のあちこちに知れ渡っている。  その船…ライフオブアドベンチャー号が目前に現れたとなれば海賊の注目を引きつけるには十分すぎるほどだろう。  そうして囮をやっている間に敵船の背後を突いたメガロたちは一方的に攻撃できるアドバンテージを得られる。はずだが… 『待て、その攻略ってのはどうすりゃいい。生半可な砲撃じゃ通用しねえんだろ?』 『ああ、だからお天道様の力を借りる』 『太陽の…?』 『ようは虫メガネで火を起こすあれだ。おれの魔法でレンズになる植物を異常成長させる…お前たちは収束した太陽光を敵船に照射し続けろ』  そんな無茶な…キールの発案にギャングたちから抗議じみた声が上がる。  理屈はわかる。だがそもそもレンズになる植物など聞いたことがないし、照射角度や持続時間はぶっつけ本番。当然天候にも左右される。  上手くいく可能性は限りなく低い賭けだ…ギャングたちの間に尻込みするムードが漂う中、メガロだけは真っ直ぐにキールの目を見返す。 『…できんのかよ、こんなことが…』 『おれたち冒険者は“できるか・できないか”の話はしねえ』  メガロに対し、キールもまた真っ直ぐな視線で返した。  どんな危険をも承知で突き進む、命知らずの冒険者の目だ。 『“やるか・やらないか”だ、結果はその後にしかわからねえよ』  対するメガロの答えは、もう決まっている。 『よし…やるぞ、テメェら!!』 『ボ…ボス!?正気ですか!?』 『やらなきゃどの道ジョーズ・シンジケートはおしまいだ!だったらその前に奴のどてっ腹に一撃かましてやらねェと気が済まねェ!』 『お…おおっ!!』  ボスの勇ましい言葉にギャングたちは一気に士気を上げる。  このままナメられて終わってたまるか…メガロの怒りの炎は手下たちにも伝播し、萎えかけていた闘志に再び火をつけたのだ。  キールは彼らが気合を入れる様子を見、続いてメガロの顔を見上げる。そんな彼女にメガロは仏頂面で返した。 『…何だよ』 『おれの言った通り、まだ終わってないだろ? あの船も、お前も』 『…うるせェ』  ―――…そして、時は現在に戻る。 「キャプテン・メガロ!照射角度ドンピシャ!敵船を完全に捉えてやがります!」 「ようし、逃すなよ!奴らの船をドロドロにしてやれ!…マストの上にデカ植物がいる!バランス悪ィが操舵気合い入れろ!」  ハオルチア・オブツーサ…砂漠地帯に生息する多肉植物。  強すぎる乾燥から身を守るため、しかし光合成に必要な光を取り込むためにその植物は独自の進化を遂げた。  それが“窓”…本体を覆うように形成された透明で球体状の葉だ。その植物は特異な形状から雫石とも呼ばれている。  キールの魔法により異常に巨大化したそれは、メガロたちの船のマストの上に鎮座。巨大なレンズとなって太陽光を収束し敵船へと照射する。  収束されたその光線は熱を生み、それを浴びるビッグアイスロック号は徐々に船体を融解させていく… 「船本体の永久氷晶の魔力が弱まれば凍った港も維持できねェ!このまま攻め立てるぞ!」 「アイアイサー!キャプテン・メガロ!」 「…さっきから何なんだ!そのキャプテンってのは!」 「へへっ、俺らも一度こういうのやってみたかったんですよ!」  照れ臭そうに鼻の下を擦る手下に、メガロはやれやれと頭を振る。  最も、自分もそう呼ばれて悪い気はしないのは内緒だ。少しだけ…ほんの少しだけ幼い頃の夢に近づけた気がした。 「敵船、外部装甲大破!いけますぜ、キャプテン!」 「よぉし!テメェら、突撃だ!ヤワになった奴の船をラムアタックでへし折ってやれ!」 「「「ヨーホー!!」」」  ギャングたちの乗った旧型船は海上を奔り、憎き敵船へと向かって突き進んでいく。  その勇姿は既に死んだと言われていた船の姿ではない…命を燃やし、危険に立ち向かう一隻の冒険船の姿であった。  * * * * * * * 「はん!なかなかアツい真似してくれんじゃねえか!嫌いじゃあねえぜ!」 「おっ…おかしら!言ってる場合じゃねえですぜ!永久氷晶の魔力がどんどん下がってきてまさぁ!」  ビッグアイスロック号、その甲板。  敵の予想外の攻撃に融解を始める氷の船…船員たちがオタオタと走り回り、氷魔法で船の緊急修復を行う。  これでは港の凍結させ続けるどころか船の形を維持することも難しくなってくる。永久氷晶の唯一にして最大の弱点だ。 「狼狽えんじゃねえ!ちょっくらお前らの魔力で補っとけ!」 「お、おかしらはどちらへ!?」 「わざわざ向こうから来てくれてんだ!ワシが直接叩き潰してやらあ!」  船員を一喝したワルラスは巨大な錨を担ぎ上げ、一直線に突き進んでくる敵船を睨みつけ大きく跳躍した。  一拍の間の後、甲板にセイウチ獣人の巨体が着地しメガロたちの船全体を激しく揺らす。 「うおおっ!?」 「よぉ、ドン・メガロ!よくも散々日光浴させてくれやがったな!おかげで汗でビショビショになっちまった!」 「ケッ、ドン・ワルラス!テメェにゃちょうどいいダイエットだ!次は血肉を削ぎ落としてシェイプアップしてやらァ!」  激突。両雄の苛烈な戦闘が幕を開けた。  ワルラスが剛力で振るった錨をメガロは薄皮一枚で回避、懐に潜り込み鋭いボディブローを叩き込む。  厚い脂肪の鎧を貫通してきた衝撃にワルラスは思わずよろめき、目を見開いて数歩後退した。  形勢有利。そう判断したメガロはさらに踏み込み、一気呵成の攻撃で仕留めるべくワルラスの顔面目掛け拳を振るう。  しかし… 「ブハァーーーッ!!」 「ぐおおおっ!?」  ワルラスの吐き出した氷のブレスがメガロを真正面から捉えた。  先ほどの後退は演技…カウンターで確実にブレスを当てるため、メガロをわざと懐に誘い込んだのだ。  強い冷気を全身に浴び、体が凍結し甲板に倒れ込んだメガロへと悠々とワルラスが歩み寄る。 「ガハハハ!白兵戦じゃワシの方が一枚上手のようだな!」 「ク…ソが…!汚ねえ真似しやがって…!」 「とはいえ、お前は実に見所のある男だ…今からでも傘下に下るってんなら許してやるぞ」  ワルラスは倒れているメガロの頭鰭を掴んで持ち上げ、顔を覗き込んで問いかける。  その返答は…唾と共に吐き出された。 「死んでもお断りだ、バカヤロウ」 「ガハハハ!どこまでもアツい男だぜ!…なら、死んでもらうとするか!」  ワルラスはメガロの体を甲板に叩きつけ、巨大な錨を振り上げた。  ボスのピンチだ!ギャングたちはそれぞれ武器を取り出して応戦するも、広範囲に吐き出されたブレス攻撃を受け容易く一掃されてしまう。  もはやこれまでか、メガロは無念と共に目を閉じた…その時である。 「突っ込め、レモン!!」 「この船借り物なんですけどーーーっ!?」  再び激しい衝撃が船全体を襲う。  錨を振り上げた体勢のワルラスは思わずたたらを踏み、そこへ滑り込むようにして一人の男が斬り込んできた。  カトラスによる鋭い剣閃、咄嗟に錨で受けたワルラスは新たな乱入者を睨み怒鳴りつける。 「ワシの邪魔をしやがって…どこのどいつだ!!」  乱入者は気障ったらしくトリコーンを押さえ、不敵な笑みと共に名乗りを上げる。 「オレの名はキャプテン・ウェイブ!借りた金を返す律儀な男だ!」  キャプテン・ウェイブだと!?借りた金を返すのは当然ではないのか!?  ワルラスが驚く隙も与えず、カトラスとフリントロック式ピストルによる嵐の如き連続攻撃が襲いかかる。  絶え間なく繰り出される猛攻をワルラスは錨でガードしながら三歩、四歩と後退。徐々に船縁まで押し込まれていく。  その一方で間一髪、死を免れたメガロはずるずると身を起こして予期せぬ援軍に声を漏らした。 「ウェイブ…あの野郎、どうして…」 「あー…取り込み中だったみたいで申し訳ないです…お金返しに来たんですが…」  突っ込んできたレンタル船、その甲板からレモンがひょこりと顔を出して言った。  彼女が背負っている袋に入っていたのは黄金の財宝群…メガロはぎょっとして目を見開く。  果たしてどこで手に入った物品か…《黄金島》にはもう一つの秘密、潮の満ち引きで現れる財宝洞窟があったのだが…それはまた別の話。 「小賢しい…わぁっ!!」 「おっと!」  ワルラスが吐き出した氷のブレスにウェイブはスライディングを併せて回避、足元へと滑り込む。  ブレスは広範囲に吐き出せるがその軌道は放射状…即ち、足元は補いようがない死角なのだ。  反撃の斬り上げをワルラスは身を捩って躱すもその一閃は彼に浅くない傷を与え、眼前の敵の手強さに思わず舌を巻く。  このウェイブという男…飛び抜けた膂力や異能力があるわけではない。しかし、単純に“強い”…最も厄介なタイプだ。  成程、あの魔海王を倒したという噂はハッタリではないということか…大したことない相手とした評価は改めなければならない。  このまま戦い続ければ痛い目を見るか…ワルラスは激しい戦いの中においても冷徹な頭脳を働かせ、一つの策を思いつく。 「へっ、どうした北の大海賊!これじゃあウエスの海賊連中の方がよっぽど手強いぜ!」 「調子に乗るなよキャプテン・ウェイブ!戦いはまだこれからだ!―――…あっ、宝島!!」 「何ッ!?どこだ!?」  その言葉に反射的に余所見したウェイブの隙を突きワルラスは海に飛び込む。戦略的撤退である。 「アホキャプテン!何古典的な手に引っかかってるんですか!」 「クソッ!セコい手使いやがって!」  船上で喚くレモンとウェイブを尻目に、ワルラスはビッグアイスロック号へと泳いで撤退する。  思わぬ邪魔が入ったがギャング連中はほとんど戦闘不能、日没まで時間を稼ぎ永久氷晶が復活すれば再び形勢有利に戻せるだろう。  白兵戦では遅れを取ったがいくらあのウェイブとて船ごと凍らせられれば何もできまい…これが大氷海を制した覇者の状況判断だ。  泳ぎながら完全勝利へと至る手順を脳内で描くワルラス…しかし、そんな彼に背後から高速で迫る影があった。 「ありがとうよ、ワルラス!自分から海の中に入ってくれてなァ!!」 「何…!?」  その正体はドン・メガロ…彼はずらりと並んだ鋭い牙を覗かせ残忍に笑う。  一瞬にしてワルラスに肉薄したメガロはその勢いのまま、ガードする隙すら与えず鋭い蹴りを胸部に突き刺した。  衝撃に肺の空気を押し出されたワルラスはごぼりと泡を吐き、それでも反撃にメガロの脚を捕えようと掴みかかる。  しかし彼は水中をひらりと舞って回避…カウンターのワン・ツー・パンチがワルラスの顔面を打ち据えた。 「ぐおおっ!?こ…この野郎…!」 「水中戦の魚人をナメるなよ!鰭脚類!」  先程の船上での戦いとは動きがまるで違う。  それもそのはず、同じく水中戦を得意とする種族であっても魚人のそれは獣人を遥かに勝る。元より水中に生きる種族だからだ。  さらにドン・メガロは腕っ節一つでジョーズ・シンジケートのトップまでのし上がって来た男…その男が水を得た今、最早敵はない。 「この……ギャング風情があ!!」 「とっとと北に…―――」  猛然と襲いかかるワルラス…しかし水中にあるメガロにとって、その動きはあまりにスローすぎる。  掴みかかってくるその両腕を躱すと力を溜め…相手の胴目掛けて一気に解放する! 「帰りやがれェ!!」  泳力+膂力…全身運動を一点に集中した強烈なアッパーカット。  ジェット噴射の如き一撃にセイウチ獣人の巨体は吹き飛ばされ、海面を突き抜けて高々と舞い上がり…自身の船の甲板に叩きつけられた。  ノックダウン。倒れ伏したワルラスはピクリとも動かず…それを見た手下たちに激しい動揺が走る。 「お…おかしらがやられたぁ!?」 「畜生!撤退だあ!覚えてやがれ!」  定番の捨て台詞と共にビッグアイスロック号は反転、ジョーズ・シンジケートの縄張りから逃げ去っていく。  海中でそれを見届けたメガロは小さく一息吐いて悠々と浮上、自分たちの船の甲板に這い上がった。  出迎えた満身創痍のギャングたちが大きな歓声を上げる。 「やりましたね、ボス!あいつら尻尾巻いて逃げていきやがった!」 「ざまあ見やがれ!海の中でドン・メガロに勝てるかってんだ!」 「ボス、万歳!ドン・メガロ、万歳!」  歓声の中、ゴキゴキと首を鳴らしたメガロは辺りを見回し…ウェイブたちの姿が消えていることを確認する。  見遣れば、囮役をやっていたライフオブアドベンチャー号も姿を消していた。ビッグアイスロック号が撤退したことで氷結が解除されたか。 「…あいつらは?」 「あー…これ置いてさっさと行っちまいやした、嵐みてえな奴らですよね…」  手下の一人が指差した袋…レモンが背負っていたそれには黄金の財宝が詰め込まれている。換金すれば十分3000万Gには足りるだろう。  しかしこれは…と、メガロは渋面で黄金の一つを手に取る。到底現代人の返済方法とは思えない。 「あいつら、貨幣取引の概念知らねェのか?」 「あ、それとボスに一つ言伝を頼まれました」 「…何?」  妙に嫌な予感がするメガロに、手下がウェイブから預かった言葉を告げる。 「『今度は利子なし無期限で金貸してくれ』…と」  それを聞いたメガロは無言で船縁へと歩き、大きく息を吸い込んで…彼らが去っていったと思しき方角に怒鳴りつける。 「二度と来るんじゃねェぞバッキャローーーー!!!!」  戦闘が終わり、打って変わって静寂に包まれた海…  メガロの渾身の怒声は遥か遠くまで響き渡ったのだった。  * * * * * * *  数日後、ライフオブアドベンチャー号甲板。  郵便船から荷物を受け取ったリチャードはその物量にうげっと声を漏らす。  送り主は、“あなたを慕う人魚姫”…航海冒険者たちの熱烈なファンであり、定期的に支援をくれる謎のパトロンだ。  いつもに増して分厚いファンレターの束を手に、リチャードはウェイブへと声をかける。 「おいウェイブ!いつものお姫さんだぞ!…なんか今回いつもに増して凄えんだけど」 「へへっ、ありがてえありがてえ!愛しいオレの姫!一度会ってみてえもんだなあ!」  支援物資から早速高級酒を取り出して飲み始めたウェイブに、リチャードとレモンは呆れたように肩をすくめる。 「人魚ですよ?カリブにモーレライと二度も痛い目見ておきながら懲りないですね、キャプテン」 「三度目の正直って言うだろ?次は絶世の美女に違いねえさ」 「二度あることは三度あるとも言うけどな……おっ?」  ファンレターの束の中、一枚だけ宛先が違うものある。  それを手に取ったリチャードは甲板の端で釣りをしているキールの背中に声をかけた。 「キールさん!ファンレター来てるぜ!」 「おれに?…見間違いじゃねえのか?」 「それが間違いなくキールさん宛だよ、一体どこで知り合ったんだろうな」  キールは基本アドベンチャー号の外を出歩かない…知り合いを作る機会は非常に限られている。  考え込むリチャードから手紙を受け取ったキールはそれに目を通し…思わずぷっと吹き出す。  その光景を見、他の三人は驚愕する。キールは普段どんな危機的状況でも顔色一つ変えないクールな樹精…彼女が笑ったのだ。 「ちょっ…!キールさん、その手紙何が書いてあったんです!?」 「何でもねえよ、気にすんな」 「いや、メチャクチャ気になるだろ!見せろよ!」 「ダメだ、これはおれのプライベートの問題だ」  騒ぎ立てる三人を尻目に、キールはくっくっと小さく笑うとその手紙を懐にしまい込んだ。