ぽつりぽつりと、街のあちこちに人工の光が灯されていく。赤焼けも既に終わりかけ、 道行く人々の顔ぶれも遊び歩く子供から家路を急ぐ大人へと、順々に切り替わりつつあった。 僕は仕事道具を載せた荷台を引きながら、人の流れに逆らうように歩いていく。 あちこちの窓からは、何人か分の声が混ざった楽しげな音色がひっきりなしに響いている。 影絵めいて、日々の営みの一景を切り取った様子が見えることもあった。 もしくは――ちょうど僕の横で開いた玄関の戸、その内側から聞こえる出迎えの足音。 かつての僕ならそれを見聞きするたびに、酷く淋しい気持ちになったものだった―― 家に着いた頃には、もう月が丸々と空に浮かんで紺色の夜空を照らしていた。 鍵を開ける――静かだ。とても。誰かの声が聞こえてくるようなこともない。 慎重に慎重にそっと扉を閉じ、できる限り音を立てないように忍び足で玄関を抜ける。 それでいて、やはり音もなくあちこちの部屋の戸を開け、様子を見て、閉めなければならない。 暗闇の中には、呼吸に合わせてゆっくりと上下する布団の影があった。 その数をきちんと数え終えて、ようやく僕は人心地がつく。 今日は、師匠から修理に出すように頼まれていた紙芝居用の道具を取りに行くのと、 先生から買ってくるよう言われていた化粧品だとか生活用品だとかを見に回るので、 一日すっかり使い切ってしまったからだ――それで、こんな時間。 でも自分のかわいい――と言うと二人とも生意気だと怒るのだが――お嫁さんたちのために、 色々頼られて働くの自体、悪い気分はしない。それに二人は僕の出かけている間、 子供たちの面倒を見てくれているのだから、これも役割分担というものだろう。 視界がぼんやり霞んできた頃、ためらいがちに部屋の戸を叩く音が聞こえてきた。 眠気は意識の奥側に引っ込んで、来客の正体を確かめるために眼だけがそちらに向く。 影越しに廊下の明かりが漏れて、顔を逆光の中に隠してしまっている――背は低いようだ。 最初は僕の帰りに気付いた師匠か先生かが、一緒に寝ようとやってきたのかと思ったけれど、 情けない話、まだ二人とも僕より身長が高い。これでも少しは大人になったのだが―― それで、少なくともその二人ではないだろうことだけはわかったのだった。 そして影はもぞもぞと二つに分かれた。つまり一人ではなく二人だったわけだ。 なおさら僕は、その正体がわからなくなった――たまに、娘たちのうちの一人が、 夜に起き出してきてぐずったり、お手洗いまで着いてきてくれということはある。 だが大抵そういう時は一人だ――二人いるなら、子供たち同士で手を繋いで行くから。 何より、師匠との子も先生との子も、一番上の子でさえまだ五つ。妹たちはなおさら小さい。 影の背丈は大人よりは確かに低い。でも、うちの子供たちよりは明らかに高い。 誰、と問い掛けても――返事をする代わりに、二人は僕の方に歩いてくる。 戸が閉まると、廊下の光の絶たれた室内は真っ暗になった――手元の明かりを付けると、 より近づいてきた彼女たちの顔が、ぼうっと照らされて見えるのだった。 見たことのない顔だった。ちょうど、僕がこの家に住むようになる前―― 師匠に拾われ、先生と出会い、二人の本当の名前を知って、お嫁さんにしたぐらいの頃。 語りかけても、この少女たちはにこにこと微笑むだけで何も答えない。 いや、にやにや――と、そう表現した方がずっと近いかもしれない。 そして二人して、下からじいっと僕の顔を見上げるのだった。 琥珀色の瞳と、銀色の髪。青い瞳と、金色の髪。その取り合わせには、どこか見覚えがある。 銀色の髪の少女の方はどこか物静か、こちらの様子をじっと見つめているよう。 金色の髪の少女は対照的に、からかうような、くすぐるような笑みを投げ掛ける。 誰――と聞いても、やっぱり二人は答えない。より一層、顔を近付けてきた。 細く華奢な身体に、裾の長い服を床にほとんど擦りながら歩く銀髪の少女。 彼女の顔が鼻先すぐに近づいてきてようやく、丸い片眼鏡を掛けていることに気付く。 そして何をするのかと見定める暇もなく――ちゅっ。小さな唇が、僕の唇を奪った。 年長者として――高々五歳程度といえど――名前も知らない相手と口付けることを、 僕の側から肯定するわけにはいかない。そしてもう一人が、横から僕の慌てるのを見ているのだ。 どこかで聞いたようなお説教――女の子は自分を大事にしなければならない、だとか、 いたずらじゃなくて、本当に好きな相手にしかしてはいけない、だとか―― すると僕の揚げ足を取るように、金髪の少女の方も僕の唇を襲う。舌まで入れて。 止めるどころか一方的に二度も口付けられて、僕の面目も丸潰れといったところ。 その上、隣の部屋では自分のお嫁さん達が寝ている時間帯だというのに。 咳払いをして、今度はもう少し小さな子供に向けて言うように、僕は言い直した。 そしてそのついでに、愛する妻が二人いること――それぞれの間に三人ずつ、 子供を既に作っていることを説明した。その時僕は不思議と、彼女らがこんな時間に、 魔法で閉ざしているはずの他人の家にいることを妖しく思わなかった。 それは彼女らの顔つきに、どこか懐かしい面影を見たせいだっただろうか? 顔を真っ赤にしながらの説明も、却って二人のにやついた表情を強めるだけで、 言葉が上滑りしていくのを感じていた――嘘じゃない、本当に同じ屋根の下に、愛する妻子が。 こういうときに限って、娘たちの誰も起きてくれない――部屋の戸でも叩いてくれたなら、 そちらを優先するという建前で、この場を離れることもできたろうに。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 好きな人相手ならいいんでしょ?金髪の少女はそう言いながら、着ていた外套を一枚脱いだ。 そしてその横では同じくもう一枚、脱がれた服がくにゃりと曲がりながら床に倒れた。 思わず顔を手で覆う――ほっそりした、子供の身体の線が服の中から現れて、 それを見ることは、師匠と先生への裏切りになると直感的に思ったからだ。 僕の手が動かないのをいいことに、指で隠された向こう側には布の落ちる音が続く。 ぶかぶかの柔らかな衣服に隠されていたものが、ほんの薄い肌着だけを残して、 どんどんと、その本来の幼く未発達な身体が、顕になってくるのだった。 銀髪の少女の履いているタイツは赤く、金髪の少女のものは青色だ。 その色味もまた、二人がそれぞれ分かち合っている色とぴったり合っている。 こんなことをどこか冷静に観察しだしているのも、想定外の事象が重なって、 僕の脳が処理能力の限界を迎え始めたからだろうか――あくびが一つ、抑えきれずに漏れる。 ぶり返してきた眠気が、驚きと緊張によって一次的に覚醒していた心身を押さえつけにかかり、 彼女らを止めきれずにいる疲労感と相まって、僕はぐったりしてしまった。 手もだらんと降りていき、身体ががくんと後ろに――ベッドの方に倒れ込む。 二人は僕が寝転がったのを追うように上がってきて、両側から挟むようにくっついてきた。 仄かな甘い香り。ほんのりと高い体温。そして何より、柔らかなもちもちとした肌。 眠気のせいで抵抗力を失っている僕は彼女らを押しのけることすら満足にできない。 そのくせ、左右から四本の小さな手がこちらの身体をあちこち撫で回してくるのだ。 耳元ではくすくすと、二人が囁く声が聞こえる――ますます瞼が重くなる。 ぺちゃりと、頬に生暖かい感触があった――右からだろうか、左からだろうか? 耳たぶを舐められ、頬に小さな唇が何度も吸い付いてくる。鼻にも、無論唇にも。 顎にも、小さな掌がまるで卵を撫でているかのような手つきで襲いくる。 その指遣いに、僕はまた既視感を覚えた――そんな風に撫でられた経験があるのだったか、 あるいはそんな優しい手の動きを、僕が何度も見ていたのか、眠くて考える暇がない。 いよいよ身体という殻から、中身が溢れ出してくるような心地よさに沈んでいって―― それでも柔らかくなりきらない部分だけが、焼けるような熱を保ったまま残ってしまう。 次第に二人の手は、そちらに降りていく。止めなければ、でも―― 囁き声は、僕がだらしなくも股間を固くさせてしまっていることへの批難に変わっていった。 こんな子供相手に。お嫁さんがいるのに。愛しているんでしょう?三人、産ませたんでしょう? どれも本当だ。なのに二人とも、まるで僕の身体の全てを理解し尽くしているみたいに、 裏も表も先も付け根も、丁寧に丁寧に手で擦り上げて、刺激を与えてくるのだった。 びくんびくんと震えて、限界を迎えかけたそれは――急に上下左右からぎゅっと握られ、 その勢いを逃がす場所を失ってしまう。そして二人の顔は僕の顔の近くから下に降りて、 ほとんど自覚ないままにはだけられていた寝間着の胸元、胸板の――乳首のあたりへと。 両側から、ちろちろと舐られながら――手で、出そうで出ない状態を延々と続けられて、 それでも、身体は鉛のように重たくベッドの底へと沈み込んでいて―― 彼女らの顔は見えないけれど、きっとあの試すようなにたつきをしているのに違いなかった。 それは呆気なく訪れた。栓の抜けたように、熱いものが弾けて、噴き出す。 いくら言い訳を重ねたところで無意味だった――僕は名前も知らない少女二人に、 抵抗らしい抵抗もできぬまま、射精させられてしまったのだ。 そしてその生臭い罪の証を思い知らせるように、二人は手の中でそれを練り、 にちゃにちゃとわざとらしく音を立てて、僕にそれが聞こえているか訊ねる。 恥ずかしさのあまり言葉を出せずにいると、また二人の手は僕のものを弄び、 すぐに、固さを取り戻させてくるのだった――まるで魔法みたいに。 一度癖の付いてしまったものは、簡単には止められない――たちまち射精寸前、 あの寸止めの状態へと、時間は巻き戻されてしまう。ただ、両側からの言葉攻めが、 よりねちっこく、僕の愛情を試すかのような、生意気な言い回しへと変わっていくのだった。 気持ちよくさせてくれるなら、誰でもいいの――だとか、子供の方が好きなの、とか。 それでも僕は、震えた声で情けなく否定を続けた――股間からまた新たな精を放ちつつも。 視界の端に覗く二人の顔には、飛び散ったものがべたべたとへばりついている。 手も粘ついて、胸元――まくり上げられて直肌が丸見えになったその隙間も、真っ白だ。 ただ二人のその平たく膨らみに欠けた乳房の先端、小さく色の淡いはずの乳輪は、 何人にも乳を含ませた経産婦のように、年不相応な――見慣れた、黒ずんだ色だった。 そんなに愛してるならお嫁さんたちの名前、今ここで言えるかしら――金髪の少女が囁いた。 すぐに言えたら許してあげる――銀髪の少女もそれに乗っかるように言葉を継いだ。 アステーリャ、リゼット。隣で寝ているはずの二人の名を何度もうわ言めいて叫びながら、 最後に残った力で、少女らを押しのけようとした――するとするり、と手応えなく、 僕の両手は空を切る。さっきまであったはずの感触が嘘のように消えている。 思わず跳ね起きると、僕を散々に虐めていた少女たちの姿はどこにもない。 床にも、服は落ちていない――ただ、僕の下着は夢精でもしたかのようにべったりだ。 翌朝、疲れの取れないまま大きなあくびをして食堂に降りてきた僕を、家族が出迎えた。 ああやっぱり、こんなに素敵なお嫁さんと可愛い子供達がいるのに、浮気なんてありえない。 ただ――昨晩の、蕩けるような射精の感覚だけは、とても夢幻とは思えなかった。 先生が目ざとく、僕の不審を見抜いて何かあったの、と問うてくる。 師匠は手元の本から視線を上げて、少しだけ首を傾げて返事を待っている。 ほんの少しでも、二人から心が離れただなんて思われたくない僕はわたわたと慌てて言い訳し、 父親のそんな間抜けな様子を見て、娘たちはわけもわからずきゃっきゃと喜ぶのだった。 その答えに納得したか――先生は、末っ子を抱き上げて授乳のために胸元を開く。 師匠は何も言わず、また本に――「若返りの魔法初級編」を読み始めるのだった。