「ほう、魔法少女か」 魔王城の図書館の奥、主にヘミングウェイ専用の執務室となっている部屋。 そこで報告書を読んだヘミングウェイがその内容に興味を示していた。 図書館にまでまともに報告書が回ってこない……というよりもヘミングウェイが記録として読む頃には大抵が解決している。これでは遅すぎると異界から連れてきた小間使いの下級悪魔、分裂するマッドスワンプ達が魔王城や魔王軍内部を密かに駆けずり回って集めてきた情報こそがヘミングウェイが今読んでいるものである。 本来なら隠居した身であるヘミングウェイはこんな報告書など読まなくてもいいものだが、何か面白そうな事があると退屈しのぎに覗きに行くという悪癖があった。 そのまま報告書を机に置いて立ち上がり、マントを翻しながら執務室を出ると図書館で働く面々に片手をあげて挨拶をしつつその場を後にする。 今度はどう楽しませてくれるのか。ヘミングウェイはフードの奥で密かにほくそ笑んでいた。 魔王城の廊下を実に支配者らしく歩きながら何もない空間を指でトントンと突くとねじれた空間が生まれ、その中から声が聞こえてくる。 「ヘミングウェイ様、どうされましたか」 「フォーメイト……今は手が離せぬか?」 「……シルビア次第ではありますが」 ヘミングウェイはその答えを聞くと大体を察し、少しだけ考えた後にフォーメイトに命令を下す。 「必要になったらまた後ほど追って指示を出す。それまではシルビアと共にいろ」 「かしこまりました。お待ちしております」 シルビアの保護は戦時中の現段階では最優先されるものである。ストックは充分に貯めてあるが、研究のためにもエリクサーなる秘薬を生み出すシルビアのことを考え、ヘミングウェイは一旦フォーメイトを動かすことを諦める。 そして少し考えた後にヘミングウェイはもう1人の配下を呼び出す事にした。 先程とは違う場所を突く。すると再び現れた捻れた空間から1人の少女が現れる。 「ヘミングウェイ様?お久しぶりです」 「息災か」 「ええ。もう少し僕を頼って欲しいくらいです」 少女はにこにこと笑いながら空間を飛び出してヘミングウェイの数歩後ろを歩く。 「僕を呼ぶなんて珍しいですね。フォーメイト様は今お忙しいので?」 「フォーメイトは今要人の護衛をさせている。それに今動かすべきはよくよく考えればお前であった」 2人は長い長い廊下を突き進んでいく。途中出会う者たちは2人を見ると脇に避けて進路を譲る。魔法少女はともかく、元とはいえヘミングウェイの“魔王の教育を担った者”という経歴がいまだに魔王城で彼の立場がどのようなものかを示していた。 「お前達魔法少女が魔王軍と敵対したらしいな」 「ええ、そのようですね。一部の、といった方が正しそうではありますが。色々情報が来ております」 「……貴様黙っていたな?」 ヘミングウェイが咎めるような声色で尋ねると少女はにんまりと悪戯っぽく笑いながら答える。 「こちらにも色々あるんですよ。何よりソロモンに気付かれないように動くのも大変なのですよ?」 「ソロモン……?ああ、奴が首謀者か」 「ご存知で?」 「我が軍に敵対する者を調べて損はあるまい。勇者なる者どもと同じ、所詮は定命の器と捨て置いたが……ん?」 ヘミングウェイが突如歩みを止め、後ろを歩いていた少女がぶつかって尻餅をついた。 「いてて……ヘミングウェイ様?」 「……何故魔法少女を?」 「……さあ?」 少女はヘミングウェイの隣に並ぶ。 「理由は分かりかねますが苦労しているようです。おとなしく人と協力すればよかったものを」 「我輩からすればお前達も人と似たような存在ではあるが……異世界の者はよく分からぬな」 「僕からしたらこの世界の方が意味わからないですよ。だからヘミングウェイ様もまだここにいるんでしょう」 「ああ、全く退屈せん。いればいるほど、知れば知るほど離れ難くなる世界とは驚くばかりだ」 少女はヘミングウェイの言葉に目を丸くする。なんせこの偏屈な悪魔が自分にここまで内心を吐露したのは初めてだからだ。 フォーメイトほど長く仕えたわけでも、クリムゾンノヴァほど長く友好関係があったわけでもないからこそ、その驚きは大きかった。 「変わりましたね、ヘミングウェイ様」 「……我輩も信じられんがな」 「僕は今の方が好きですよ?」 「我輩を知る者は皆そう言う。あのトカゲなど大笑いしていた」 苦々しげに、だがどこかまんざらでもないような声を聞きながら少女は思いを馳せる。 あれはずっと前の事、魔法少女達が突如現れた次元の裂け目とその中から現れた悪魔……ヘミングウェイと邂逅した日のことだ。 今となってはヘミングウェイが何を目的として異世界にちょっかいを出しに行くのか熟知しているが、あの日あの時、あの場所で強大な魔力を伴って現れた大悪魔を前にまず対話を持ちかける酔狂な魔法少女は当然いなかった。すぐに倒さなければこの世界を乗っ取られる……皆がそう感じていた。 現在ソロモンに与する魔法少女はその時いなかったと記憶しているが、その悪魔はたった一言、『跪け』と言っただけでヘミングウェイを倒しに飛んできた魔法少女全員を地面に叩き落として無力化した。 死の気配が皆を襲う中、ヘミングウェイは少し困ったようにしてから 「話し合いを求める」 とだけ言って皆の呪縛を解いたのだ。 交渉の場に着いたのは現在ヘミングウェイに付き従う魔法少女で、ヘミングウェイはその世界で『マジカルチェンジ』から始まる魔法少女達のいくつかの魔法や様々な本を数冊と交渉した魔法少女1人を引き換えに2度とこの世界に踏み入らないことを約束してから姿を消した。 魔法少女だけはヘミングウェイの作った裂け目から自由に出入りできるようだが、干渉できないのならヘミングウェイはもうさほど興味がないようだった。優先したい出来事が山ほどあったため積極的に研究しなかったが、『マジカルチェンジ』なる魔法とそれを扱う魔法少女1人を手にしただけでも充分な成果だったからだ。 「しかし厄介だな、我輩の気配を目敏く嗅ぎつけるだろう、奴等は」 「ええ、そうだと思います。あの日、世界中の魔法少女がヘミングウェイ様に気付いたくらいですよ?」 「貴様らが必ずしも善良な存在だという訳でもあるまいに、我輩を初めから殺す気でいたな。クリムゾンノヴァもそうではあったが」 「……ヘミングウェイ様はもう少し、ご自身のことを理解された方が……いや何でもないですハイ」 魔王城最上階まで辿り着き、件の鏡からヘミングウェイの隠し部屋へ向かう。 「さて、どうするかな。何か案はあるか?」 どこか楽しげにヘミングウェイが尋ねると、少女は待ってましたと言わんばかりに答える。 「マジカルチェンジ、どうでしょうか」 「それしかあるまい。貴様らの説明では異なるものに変異した姿がその少女の姿なのだろ」 「人によりますけど、おおかたは」 「であれば……試してみるとするか。放置していたが、いつかは使うべきと考えていた」 ヘミングウェイは専用のワンドを取り出し、緩やかにぐるりと縁を描くように回す。黒と紫のオーラが弧を描いてヘミングウェイと少女に纏わりついた。 これはヘミングウェイと少女を魔力で繋ぐ簡単な魔法であり、ヘミングウェイがよく分かっていなくても繋がった者が熟知していればヘミングウェイでもすぐに魔法を扱えるようになる効果がある。それに、ヘミングウェイは一度使った魔法は必ず覚えるため実質的な魔法の伝授になる。 『『マジカルチェンジ』』 2人は呟く。 すると裂け目が突如現れてヘミングウェイを飲み込み、繋がった魔力の管は途切れて霧散する。 「ヘミングウェイ様!?」 驚いて裂け目に近づく少女だったが、その裂け目から細い腕がにゅっと生え、そのまま身体が裂け目より出てくる。 「へ、ヘミングウェイ様……ですよね?」 「相違ない」 「か、変わりましたね……随分と可愛らしくなってしまわれて……あの、モデルがいるんですか?」 裂け目から現れた可憐な少女はすたすたとヘミングウェイが絶対に出さないであろう足音を立てながら荘厳な硝子細工に映る自身をまじまじと見つめる。 思考する時の癖で頭を傾けたヘミングウェイだったが、普段の彼であれば様になった姿であっただろう姿も今の格好では首をこてんと傾げている可愛らしい少女でしかない。 もっとも可愛らしいのは見た目だけだと痛いほど理解しているため、この魔法少女が揶揄うつもりは毛頭ない。 「いや……この姿は見た事はない。少女の姿になるとは考えていたが……それほど外見を気にしていなかった……しかし不思議なものだ、かなり縮んだはずだがあまり違和感がない」 それもそのはず、ヘミングウェイは2mを優位に超える背丈を持っていたのがいまでは1mほどしかない。 身体を動かしながらヘミングウェイが興味深そうにしていると少女は頷きながら説明する。 「錯覚……とは違いますが、『最初からその身体だった』ようですよね?認識阻害と言いますか、他人に正体がばれないようになっている副次効果ではあるんですけど、それが自分にもある程度適用されるみたいです」 「確かにそのような説明は聞いた気がしたが……実際に体験すると中々悪くない」 「なのでこれで一応ヘミングウェイ様とは気付かれないと思います。自分で言わなければの話ですが」 いくつかの質問と回答を繰り返していると、激しい足音と共にクリムゾンノヴァが現れた。かなり焦っているのか愛用の金床兼武器のハンマーから炎が漏れている。 「ヘミングウェイ!どうした!?……貴様らは誰だ!?」 ヘミングウェイと少女は顔を見合わせ、納得したように頷く。 「我輩がヘミングウェイだが」 「この方がヘミングウェイ様です」 「なっ……なん……ああ、またか……」 クリムゾンノヴァも慣れたものである。この時の二人は失念していたのだが、ヘミングウェイほどの存在感は簡単に消えるものではない。 普段はプレッシャーのような形で周囲に影響を及ぼすが、ヘミングウェイやクリムゾンノヴァ、それに準ずる存在……所謂『超越者』は近場にいなくとも存在を知る事は可能である。 しかしそれが突如消えたとなれば。ヘミングウェイの異次元移動とは違う気配の消失を知れば命を落としたと勘違いしても仕方がない。 しかもヘミングウェイほどの存在を倒す者が魔王城に、それも秘匿された部屋に突如現れたとしたらそれは一大事どころの話ではないのだ。 「慌てさせるな、全く……今度は何の遊びだ」 「新しい魔法……いや、新しくはないが初めて使う魔法を試したのだ」 「……シルビア用にか?さぞかし喜ぶだろうな。中身がお前だろうが見た目は女子供と変わらんのだからな」 フォーメイトという悍ましい怪物を可愛らしい羊に変えた例が皆の脳裏をよぎる。 緊張が解かれてどすん、と音を立て座り込むクリムゾンノヴァ。普段よりかなり大きく見える竜を見上げ、ヘミングウェイは自身の普段との違いを早速感じるのだった。 「で、いつ戻るのだ?これは」 「我輩にも分からぬ」 「戻ろうと思えば戻れますよ」 「……いや。いいことを思いついたぞ」 にっこりと口角を上げて笑うヘミングウェイ。しかし、それを見た魔法少女とクリムゾンノヴァの背筋に寒気……否、悪寒が走った。 この笑い方はよくない悪巧みを思いついた悪魔の笑みだ。見た目のせいで小悪魔的な可愛いらしさがあるだけでヘミングウェイの何をするか分からない恐怖を知っている両者にはとてもではないが静観できるものではなかった。どちらにせよ言っても止まらないのは火を見るより明らかであるのだが。