冷気の漂う薄青の氷の中には、城の主であったサンドリモンがガラスの片腕を砕かれ、閉じ込められている。灰かぶりの城の留守を預かった生源寺百蓮はそれを薄目で見ながら、電子タバコを取り出し、視線を動かさずに口を開いた。 「コレ、死んでないんですよムシャモン。鳥谷部さんも大したものですが、随分と合うデジヴァイスも貰いましたね」 言い終えると、百蓮は電子タバコを咥えてボタンを押す。立ち上ったメンソールフレーバーの蒸気が口内に広がるのを感じると、そのままそれを味わう。 「百蓮殿も、選ばれし子供のデジヴァイスと紋章が欲しかったでござるか?」 同じように、煙管型の電子タバコで煙をふかしながらのムシャモンの問いに、百蓮は煙を細く吐き「さぁ……」と曖昧に笑って濁した。 襲撃の目的は、サンドリモンの招待状の権能を手に入れ、模倣すること。これがひと屋でも出来れば、【仕入れ】は増やせる。城はあらゆる手段で加入させた加入させた者達の訓練施設にでもなるのだろう。その時の教練の役目は、そのまま自分と鳥谷部になるのかもしれない。 そこまで考え、どこか自分を睨んでるようにも見える氷中のサンドリモンを見て、呟いた。 「彼女も、交渉に応じればこうは……」 城の主から顔を背けた百蓮は続いて、片桐篤人を思いだす。オークションに出されるはずだった少年。それが逃げ延び、選ばれし子供達と共に自分を退け、彼自身も選ばれし子供となり、そして自分だけ生き延びてなお、ひと屋に抗おうとする。それも、残されたデジヴァイスと紋章をオークションで買ったテイマーに持たせてまでだ。 百蓮には彼の行いに、愚行という言葉しか浮かばなかった。 「百蓮殿、何を考えておられた?」 「片桐篤人は、バカな子だと」 奇跡的に生き残ったのに、勝てるというありもしない奇跡に縋って、人を巻き込み命をドブに捨てるような戦いに挑む、バカな子。 自分みたいに、生きようとすればどうとでなっただろうに。自嘲交じりの感情に口元をゆがめ、百蓮は一気に煙を吐く。爽快感があるはずの蒸気が、何故か苦いものとして口の中にこびりつき、離れなかった。 「……然らばその馬鹿者の首級を、ここで取って終いにしましょうぞ」 別の言葉を出しかけたムシャモンの間に百蓮は気づかないフリをして、口の中の苦味を吐き出そうと無意味な咳払いをした。 ──── 「……鳥谷部のオバサンが城にいない。それと、城にいたデジモンも数が減ってる」 「……どうやら、動かないといけない事態があったみたいだな」 赤い絨毯が引かれた床に剣を突き立て、カラテンモンは額を汗で湿らせながら【悟り】と験力を働かせ、灰かぶりの城全域の気を探る。一方的な演習中止の通達は、何かあったと疑うには十分すぎた。 「残っているのは生源寺の姉ちゃんに、配下の成熟期が複数……それとやっぱり、サンドリモンがいる」 「何……?場所は分かるか?カラテンモン」 「地下だがどうなってるかまでは……すぐ動くか?」 少し考え、颯乃は首を横に振った。 「他の王子様候補やサンドリモンに被害が出そうならばやむなしだが、それまでは待とう」 生源寺を襲撃したい気持ちを軽い足踏みで堪え、颯乃は初志通り、待つことを告げるとカラテンモンは一瞥もせず「分かった」とだけ言った。 「しかし、テイマーが一人離れるとは……向こうには不都合なことが起きたか」 「セツナとブルコモンがこっちに向かってる、が俺達には一番良いんだがな……あと俺は援軍に可愛い子か美人がいて欲しい」 後の言葉を小声で呟くカラテンモンに、颯乃は呆れた様子を見せた所でドアを叩く音に気づき、不審に思いながらドアを開けた。 「ラリッサ?一体どうしたんだ……?」 「ハヤノ、ちょっといい?」 ドアの前に居たのは、隣の部屋で過ごす王子様候補の一人であるとブラジル人の少女と、彼女と組まされたウルヴァモンであった。 颯乃は訝しみながら彼女を部屋に招くと、少女とウルヴァモンは周りをかなり強く警戒した様子で部屋に入り、座ることもせすに口を開いた。 「ハヤノ……みんなと、隙を見つけて逃げない?」 ──── 晴天の空色に薄く染まる雪を、足下のアイゼンと手に握るストックを頼り踏みしめる。針葉樹もなく雪と氷以外はまだらに見える岩肌だけの白い世界を、薄青の防寒着を身に着けた霜桐雪奈は元はここが火山だったと思い出し、進んでいく。 ストック、アイゼン、防寒具。肩にリーシュで通されたピッケル。先導するフロゾモンが用意した登山用具の数々を見た瞬間、列の最後尾で背後を警戒する片桐篤人が、彼にも助力を求めたことが正解だったと、直感した。 「それにしても雪奈、おれ達の想像よりヤバい話になっちまったな……」 「だね、ブルコモン……」 渋面のブルコモンの話に、昨日受けた説明を思い出した。多分という前置きはあれど、颯乃が囚われているであろう灰かぶりの城を占拠しているのはひと屋……デジモンに人間を売る、ダークエリアの勢力。このデジタルワールド・バロッコで動いていた勢力の正体を知った雪奈は、まるで自分の血液が凍りついていくような心地になった。 颯乃のディーアークにはまだ反応はある。だとしても、彼女の身のことを考えると、すぐに思考がそれだけで埋め尽くされていくようだった。 ふと、後ろを振り返った。薄紫の防寒着を着たソフィーが小さく手を振ったのを見て、少し肩の力が抜ける。それから更に後ろ、黒の防寒具を着た篤人を見る。このデジタルワールドの選ばれし子供……の生き残り、そしてひと屋の被害者であり、復讐を望む少年。自分が彼の立場になったらと考えた時、言葉の代わりに昨日彼の黒目に見えた暗く燃える物が胸中に現れ、雪奈はそれをすぐに消した。 彼とも、目が合った。硬い表情のまま「後ろは大丈夫だよ」と穏やかな声を聞き、雪奈はまた前を向いた。 「にしても到着まで5時間かぁ……ホント、今日が晴れてて良かったよ」 「何事もなかった場合の話だぞ。吾輩、雪山で何事もなく進まなかったケースたくさん見てるからな」 呟きに反応して振り返った先頭のフロゾモンの言葉に、雪奈はストックに頭をつけ、項垂れた。思わず漏らした嘆息に、前を歩む赤い防寒着を着た三幸が少し引きつった笑みで振り返った。  「大丈夫ですわよ霜桐さん!その何かがあってもいいように、色々用意してきたんですから!!」 「……うん。そうだね!」 流石に不安は隠しきれない三幸の表情を見て、雪奈は顔を上げると彼女の不安を吹き払うように、笑い返した。 「……何かいるぞ!」 それから間もなく、匂いを嗅ぎつけたファングモンの叫びに一同は足を止め空を見上げると、アウルモンが2体、こちらを見ていた。そして「撃ち落とす」と篤人が呟きデジヴァイスを取り出したのを見た瞬間、アウルモン達はそのまま去って行った。 「……偵察か?」 ジャンクモンが息を吐き、少し安心したように言った。 「雪奈……ココ確か、ある程度の高さまで飛んだら退化するんだよな?」 「うん、片桐くんが試したら、デストロモンがあっという間にジャンクモンに戻りかけたしね」 雪奈の言葉に、思い返したジャンクモンが露骨に顔を顰め、篤人は苦笑いで彼を慰めた。 「恐らく、ひと屋の所属か雇われだな……待ち伏せ狙いか……?」 「ふむ。ならばこの先は更に警戒をせねばな……」 ミミックモンが腕を組み思案しながらの言葉に、フロゾモンが答えると再び、一行は歩き始めた。 ──── なだらかだった道は勾配のある斜面と変わり始め、雪奈は顔を顰める。ストックではなく、僅かに湾曲したピッケルのヘッドを握りスパイクを刺して歩んでいく中、雪奈は一瞬後ろを振り向こうとして、すぐにやめた。湿った冷たさを背中に感じながら、喋る余裕のない道を、雪氷にアイゼンとピッケルが突き刺さる音と、吹き始めた冷たい風の音だけが、続いている。 「むっ……?皆、少し待て」 先頭のフロゾモンが後ろを手で制した。雪奈はようやく聞こえた声に安堵しながら、突き刺したピッケルに体重を掛けながら、ゆっくりと顔を上げる。目の前には雲の薄灰色を帯びた氷の絶壁が聳え立ち、雪奈は思わず低い声を漏らしかけた。 「ぬぅ……このまま坂が続いていたはずだが……」 「……雪山に変えられてる以上、このくらいされるのもあり得る。って考えたほうがいいわね。 きっとまだあるわよ……で、登る?」 腕を組み唸るフロゾモンの言葉に、ソフィーは一瞬フロゾモンを細めた目で見てから、ピッケルをその場で突き刺しながら眉を顰めて氷壁を見上げた。 「……迂闊に飛べぬ以上、クライミングをすることになる……吾輩としては回り道が最良だと思うがな」 「……まぁ、安全な方がいいか」 フロゾモンが目を伏せながらの話を、篤人が内心不服そうな顔で受け入れ、周りも仕方なく移動を始めようとした。 「あっ、待ってみんな」 そんな中で、雪奈とブルコモンが氷壁の前まで歩み出ると、自分の三倍近い垂直な壁と足元を交互に見ながら、何かを描くように指を動かす。 「雪奈。ソフィーの言う通り他にも行けないようにされてる場所がありそうだし、あまり力を使いすぎるなよ」 ブルコモンの言葉に頷き、雪奈は再びピッケルを握り一歩ずつ距離を取り、足を止めた。 「あのー……霜桐さん?一体何を……」 訝しんだ様子で話しかけた三幸に、雪奈は笑って振り向いた。 「あたしが言ってた、雪山の対策ってやつ」 その言葉と共に寒空にデジヴァイスを突き出すと、青く澄んだ色のひずみから杖が形成され、雪奈の髪を、白に変えていく。 「え!?待って!?何したの霜桐さん!?」 篤人の驚きの声に構わず氷壁に杖を向けると、薄灰色の断崖から青く透き通った氷の階段が現れた。 「まぁ素敵!セツナは、魔法使いだったのね!」 周囲が驚く中、ソフィーだけは目を輝かせ氷の階段に指先で触れ、その硬さと冷たさを確かめていた。 「ウィッチェルニーの魔術か。人間が使えるとは思いもよらなんだ……これなら、対策と言えるな」 「山を軽く考えてたのは事実だよフロゾモン。ピッケルとかアイゼンの発想があたしに無かったもの」 話しかけてきたフロゾモンに、この山にブルコモンも共に無謀にも入ろうとしたことを思い返し、苦笑いを浮かべる雪奈を見て、フロゾモンは「当然であろう」と少し楽しげに言うと、氷の階段を登り始めた。 ──── 「はいセツナ。一番肉が大きい所よ。あなたが一番力を使ったのだから、少しでもエネルギーを補給するのよ」 「あ、ありがとう」 階段を登ると、開けた平たい場所で休憩となった。入山から比べると曇りがかった空の下、少し濁りがあるように見える雪に座布団に座りブルコモン共々ソフィーから手渡されたクロワッサンを片手で口に入れる。サクりとした食感の後に、柔らかな食感と歯ごたえ、そして切れ込みの間に入れられた少し溶けたチーズと焦げ目のついた肉の味が、冷えた身体に温かな波紋のように広がっていくようだった。 美味しい。頬を緩ませながらブルコモン共々声を上げると、ソフィーは満面の笑みで応えた。 道程は、想像を越えるほど楽になっていた。フロゾモンやブルコモンの力を借りながら氷の魔術で橋や階段を作り、道なき道を切り開き進むうちにまだ1時間しか経過していないという事実に、安堵よりも困惑を感じてしまった。 「ブルコモンもチョコ食べなよ。バロッコ限定品のやつだよ」 「えっ、あ、ありが……ここの市販チョコだろ、それ」 硬い笑みでチョコレートを差し出した篤人に、ブルコモンは引きつった表情で答えたのを、雪奈は保温ボトルの湯を読みながら横目で見るの、続けて三幸が手を差し出した。 「これも全部雪奈さんのおかげですわ!!あっこの柿の種も」 「待って!?流石にあたし達貰いすぎ!!」 続けて三幸に手渡されかけた羊羹には、慌てて手で制した。 「流石に悪ノリでしたかごめんなさい……でも、あなたのおかげなのは本当ですわよ」 「だろ!?」 ブルコモンの楽しげな返答に、雪奈は流石に困惑をしながら、それでも心中に暖かいものが注ぎ込まれて行くように、表情が緩め始めた所で、咳払いが聞こえた。 「貴様ら、多少賑やかなのは構わんが気は抜くでないぞ。予定は大幅に短縮したといっても、まだ目的地にはついてすらいないからな」 フロゾモンが咎めると、一同は表情を戻した。 ──── 「……変ですわね、デジモンの姿すら無いなんて」 「匂いもしねぇ……流石におかしいだろ……」 敵襲は未だに無いことに不安を感じた三幸は、沈黙を破るためにファングモンと話し、とりあえず自分を落ち着かせた。風の音に思わず山の下を見ようとする気持ちを堪え、一行は進んでいく。 敵が来ない。その結果、三幸には他の考える余裕が生まれ、片桐篤人が、自分をどう思ってるのか、思い浮かべてしまった。 非常に複雑な始まりであれど、助けられた相手と15日も共に歩めば、相手の気持ちを知りたくなるのは不思議なことではない。ただ、知らないことも聞きたいことも、今になって増えてきた。しかも、個人的なことだ。 (結局アリーナで、聴きそびれましたわね……) この託された勇気の紋章の持ち主は、どんな人で、どんなデジモンを連れて戦っていたのか。そして、彼とどんな出会い方をしたのか。雪山の中、防寒着を纏ってなお冷える表皮の感覚で頬の傷が染みていく。それでもなお脳と胸は、水蒸気で覆われていくようにぼやけ、熱されていくようだった。 再び、強い風が吹く。それでも三幸は何も感じないまま後ろを振り返る。霜桐雪奈の更に後ろ。篤人が少し引きつった顔で、顔だけを向けたソフィーの話を聞いている。 (楽しそうというより、困った顔ですが……なんの話をしてるのでしょうか……) 聞こえない話に水蒸気が更に噴き上がる心地を自覚し、三幸は不服そうに勢いよく前を向き直した。 彼は私を、どう思ってる。半ば吐き捨てるように、小声で呟こうとした。 「止まってくれ、ミユキ」 ファングモンの制止に、湧き上がっていた蒸気は瞬時に霧散すると足を止め、前を見直した。そこにあったのは、一面岩肌の行き止まりであった。 「ぬぅ……まさか、城までの唯一の道まで変えられてるとは……」 「唯一の?フロゾモン、ここにきたことありますの?」 三幸の疑問に、目を細めて腕を組んだフロゾモンが慌てた様子で目を開いて手を上下させた。 「ち、地図情報だ!吾輩は雪が降り始めてからあの集落に来たからな!!」 「……まぁお主のことは良い、問題はこの状況をどうするかだ」 フロゾモンの態度にミミックモンは訝しんが、結局追求することもなく、思考のため唸り始めた。 「ん……?あっ、これ……ブルコモン!」 何かに気づいた雪奈に応え、ブルコモンのベビーヘイルが正面の黒い岩肌に命中すると、硬い音と共に岩肌に不自然なヒビが入る。引き続き撃ち込むとやがて、連鎖的に音を立てて氷が割れ落ちた。 「え!?氷……!?」 「多分だけど魔術で氷の塊を偽装したとかだね……敵にウィッチモンでも居るのかな……」 驚く三幸を尻目に、雪奈は目の前で破った魔術を仕掛けた者の事を考え始めたが、フロゾモンに「それは後で分かることだ」と言われ、すぐに考えるのをやめ「そうだね」と返答した。 「ここまで何もかも霜桐さん様々でしたわね。私、あなたが幸運の女神に思えてきました」 「ちょっ、ちょっと!それは流石に大袈裟!大袈裟すぎるよ!!」 「全然大袈裟じゃないのよ。ワタシだって新作のパンに貴方の名前を使いたいくらい感謝してるもの」 「気持ちは分かったけど流石に本当に使うのはやめてよ!? ……片桐くんも引きつった顔してないで止めて!?」 三幸とソフィーの称賛に、雪奈は困惑混じりに赤面して顔を伏せると同時に、フロゾモンが大きく咳払いをした。 「貴様ら!まだ終わってなかろう……少し早いが、一度休んでおけ」 「いや、残念だが無理だ……やばいのが来たぞ」 ファングモンが身構えると、道の奥から雪道を踏みしめる音と、羽ばたきの音が徐々に大きく聞こえ始めた。、 「ここまで2時間半くらいかしら?色々細工したけど……想像以上に早かったわね」 雪が降り始めた道の奥からシーチューモンと、紺色の防寒具を着た鳥谷部が姿を現し、一同を称賛するように何度も手を叩き、細い目で微笑んだ。 「な、なんだ貴様らは!その程度の装備で雪山で何をしている!!というよりどこから来た!?そっちは城……が……」 「こいつらが昨日言った、ひと屋の連中だよ」 鳥谷部は慌てるフロゾモンに見向きもせず、睨む篤人にも細い目で、微笑んだまま目を向けた。 「……コイツが居るなら、ミミックモンの言う通りだったワケだな三幸」 ファングモンには視線だけを返し頷くと、そのまま三幸は鳥谷部を無言で睨んだ。 「しばらくね犬童さん。あら、前より強くな……」 鳥谷部はその視線にあくまで朗らかに返して一同の顔を確認していたが、雪奈を見た瞬間に急に顔を止め、その細い目を広げ、呟いた。 「……六華……?」 それから鳥谷部は、微動だに沈黙した。 「……あのー……あたしの顔になにか……?」 突然沈黙した相手に、雪奈は戸惑いながら尋ねると、鳥谷部は俯き、首を横に振った。 「霜桐さん。あの人がひと屋のテイマー……私がテイマーなりたての頃に負けた人です」 「……どんな怖い人がいる組織かと思ったら、見た目は普通の人だね……」 雪奈が鳥谷部を睨むと、何かに気づいたブルコモンが、慌てて雪奈の靴を叩いた。 「雪奈、さっきの魔術……あのシーチューモンがやったやつだ」 「えっ……わ!魔力感じる!なんで!?プテロモン辺りから進化した!?」 想定外の答えに、雪奈は戸惑いがちに少し思案すると、鳥谷部が細い目で微笑むのをやめ、防寒具のポケットから空色のデジヴァイスを取り出した。 「これが理由だ」 鳥谷部の代わりに、シーチューモンが険しい声でそう告げた。 「え……ただのD3だよね……?」 「ええ……何か細工でもされてるのかしら」 自分たちが持つ物と同じ、見た目はなんの変哲もない空色のデジヴァイスを見て、ソフィーと雪奈は困惑した。一度戦った三幸も、新品のデジヴァイスでも手に入れたくらいにしか思わず、何も言わなかった。 「……アツト、あれってよ」 「……何の冗談だよそれ」 篤人が、少し躊躇った様子で話すジャンクモンには一瞥も返さずに前に歩み出ると、拳を震わせながら、奥底に沈殿した怒りを浮き上がらせるような声で、言った。 「何でお前が、風見さんのデジヴァイスを持っ……て……」 怒りを抑えつけるように話す篤人はすぐ、何かが繋がったように顔を青白くさせると、鳥谷部は笑うことなく、防寒着にしまった【愛情の紋章】を取り出した。 「ええ、あるわよこれも」 「!……そっちも……」 鳥谷部の紋章が見えた瞬間、三幸は同じように防寒着の首元にしまった紋章と、ポケットに入れたデジヴァイスに反射で触れ、唾を飲み込んだ。 「てめェ!よくもアツトの前でそれを!!」 怒りに震えるジャンクモンの怒声に鳥谷部は意に介した様子も無く、紋章を再びしまった。そして篤人は、顔を俯け沈黙していた。 「デジヴァイスは初期化でもしない限り、それまで使っていた者の戦闘記録……いや、歩んできた道程が記録される。 選ばれし子供のデジヴァイスともなれば、どのような者にとっても、情報の宝庫か」 「詳しいミミックモンだな……このデジヴァイスと愛情の紋章の持ち主、風見愛為理はパートナーに風の魔術を使わせていた。 某と母上はそれを、まだ我々なりにだが会得した」 「……それは、ミユキも同じになるな」 ミミックモンとシーチューモンのやり取り。そしてファングモンの言葉で、三幸は咄嗟に触れたデジヴァイスを、そしてアリーナで自然と浮かんだ戦い方を思い出すと、点が線に伸びたような心地になった。 (そうか。私は知らずに、ヒオキさんの戦い方の真似を……) 得心がいった直後、三幸は後ろから肩を軽く叩かれ、振り向いた。 「ねぇミユキ、カザミアイリって確か……アツトの仲間、選ばれし子供の一人よね?」 ソフィーが後ろから三幸に尋ねると、三幸は一瞬篤人に視線を向け、それに頷く。その答えにソフィーは親指を顎に添え考える仕草を見せたあと、軽く握った拳を背中に隠し、真っ向から鳥谷部を、ほほ笑んで見据えた。 「貴方達、何の目的で灰かぶりの城を? サンドリモンと婚活パーティでもしてるなら、是非とも後学のため、参加したいのだけど」 たおやかな笑みの中に薄皮一枚で隔たれたソフィーと侮蔑と怒りに、鳥谷部は「厳しい子」と苦笑いを浮かべてから、細い目を動かさず答えた。 「いまやってるのはパーティじゃなくてデジタルワールド侵略の用意よ。 やりたいのは、社長さんがだけど」 「……侵略……?」 想定外の突拍子のない言葉に、ソフィーは口を半開きにして、問い詰めることも出来なかった。三幸も、鳥谷部が言い出したことに理解が出来ず、その場で瞬き、同じ言葉を反芻した。 「……そうか、誰も社長を、止めなかったか……」 その傍らでミミックモンが目を伏せて呟いたのが三幸には聞こえたが、ここで聞こうと思わず、そのまま鳥谷部とシーチューモンを見据ると、シーチューモンが口を開いた。 「我々にとって人とは……あらゆる力を齎すものだ」 「力……?」 ソフィーは、目を細めてシーチューモンに問い掛けた。 「デジモンは人から力を受け取り、強くなる。人の知恵は、デジモンに新たな道を与える。 絶対ではないが、人の生きてきた全てが、デジモン力となり……その力は、金になる」 「その人を、力を売るから店だからひと屋か? 人間かデジモンか知らねェが、随分と胸糞悪ィ商売を考える奴だなその社長は!」 憤るジャンクモンにシーチューモンが一瞬、顔を伏せた。 「灰かぶりの城は……そうね、戦力を集める場かしら……あっ、サンドリモンさんにはまだ役目があるから、生きてあるわよ?」 生きている。続けた鳥谷部の言葉に、ソフィーは一瞬安堵の目を浮かべ、すぐにまた鳥谷部を睨んだ。 「……戦力ってことは……颯乃以外にも!」 「ハヤノ……あの者の仲間なのか……良いテイマーだぞ彼女は」 食いついたブルコモンに、シーチューモンは何かを押し込んだように言うと、雪奈が睨みながら前に歩み出た。 「颯乃ちゃんをどうするつもりですか」 「それはあの子次第。どんな形でも、力にはなってもらうけど」 どんな形でも。この言葉で地べたから背中を這うように現れた怖気に雪奈は奥歯を軋ませて堪え、息と一緒に怒りを吐き出そうとした。 「っはは……なんだよ、それ」 その途端に篤人が乾いた笑い声と共に、ゆっくりと顔を上げる。歪んだ口角と、半端に開いた瞳孔。反射的に顔を見た三幸は、心臓に冷たい物を感じて息を飲み込み、声が漏れるのを堪えた。 「みんなの形見が、デジタルワールドをぶっ壊すに使われるって?」 誰を見ているかも分からない目で話す篤人に、何故か沈痛な表情を浮かべ目を伏せたシーチューモンが、無言で頷いた。 「ふざけるなよ」 呪詛のように低く重い声音に、三幸は臓器が跳ね上がるのを感じた。篤人は肩を震わせ、鳥谷部とシーチューモンに、怨恨が滲み出すような目を向けた。 「そのデジヴァイスと紋章が、お前らの手で汚されるだけでも耐えられないのに、その力も使ってデジタルワールドの侵略? お前らどこまでみんなを踏みにじる気だよ!!」 「これは我々が打ち倒して勝ち取ったもの。戦利品を使って何が悪い」 「その理屈で答えてくれて何よりだよ……殺して取り返せばいいだけだからな!!」 怨恨を裂くような鋭い目のシーチューモンの返しに、篤人は声音はまるで、神器に触れた者への怒りへと変わった。その滲み出たもので目を赤黒く血走らせデジヴァイスを取り出すと、ジャンクモンは瞬く間に真っ黒な煙に包まれた。 「ま、待てアツト!それは、マズ……」 ジャンクモンは苦しみ藻掻きながらデストロモンへと進化すると、岩肌がひび割れような叫びと共に、全てを砲口を鳥谷部達に向けた。 「な、なんだあの圧は!あいつ、これほどの力を持って……」 「いや、あれはやりすぎだ……ソフィー、止めるぞ」 後ずさるフロゾモンに対し、ミミックモンは微かに恐れを消しきれない声で、ソフィーに視線を送った。 「……セツナ、ミユキ」 ミミックモンに視線を返し、いつの間にか滲み出した額ほ汗を拭き取ったソフィーが三幸と雪奈に目配せをすると、二人は頷き、三幸はまず反射的に篤人に振り向いた。 「篤人さん!流石に落ち着いて!」 三幸の声に篤人は僅かに動きを止めたが振り向くことなく、デジヴァイスに洪水のように力を注ぎ込んでいく。腕部と背部の三連装砲、そして胸部へ暗い緑のエネルギーの収束。デストロモンの身体を軋ませる音が悲鳴のように響き、噴き上がった黒い煙はまるで篤人の憎悪と絶叫をそのまま、力という形で出力されているようだった。 「……あれはデストロモンが耐えられねぇ!!」 ファングモンが悲鳴混ざりに叫ぶと、三幸は篤人に駆け寄り、彼の肩を掴んだ 「篤人さん!ダメです!!」 「っ……離してよ!あいつら、許せ……」 三幸を見た篤人は、堪らえようとした表情をした。それから鳥谷部達に視線を移すと、細目のままデストロモンを見据え、シーチューモンの濃紺の翼を淡く輝かせ、羽ばたきと共に雪を巻き上げ瞬く間に竜巻の壁を作り上げた。 「お前らが風見さんの真似をするな!デストロモン!!全砲塔「何をしている篤人!!」 慟哭すら混ざったような叫びと共に砲撃を命じた篤人の体に、鉄球が巻き付き、三幸は咄嗟に離れた。篤人はその重みから激情を薄れさせ、瞬きをして息を吸い、鉄球から伸びる鎖に視線を移した。 「Arrete!!」 叱り飛ばす声に思わず振り向くと、ミミックモンが鎖付きの鉄球を手に持ち、ソフィーが腕を組み断固たる表情で、篤人を見据えていた。 「っ……止め、ないで……」 薄れていく怨恨と怒りを再び煮え滾らせ、ミミックモンの鉄球を無理矢理動こうとした篤人は、首筋現れた冷たい物でようやく動きを止め、デストロモンもジャンクモンまで退化していくと、同時にシーチューモンも竜巻を打ち消した。 「片桐くん、落ち着いた?」 諭すような雪奈の声と共に、小さく音を立てて氷が割れた音がした。三幸は篤人の足元に落ちた氷を見てからファングモンの近くまで移動すると、篤人は小さく息を吐き、怒りを消そうと必死になりながら雪奈のほうを振り向いた。 「いや、落ち着いてない。今すぐあいつを殺して、形見を取り返したいって思ってる」 「だろうね……あたしもさ、仮に友達の使ってたこのディーアークが、友達を殺した奴らに使われたら、どんな気持ちが芽生えるか想像出来ないし」 雪奈も防寒着の内ポケットから取り出した友人のディーアークを篤人に見せ、鳥谷部の言葉を思い出したのか、落ち着いた声音では裏腹に目には憤りを見せていた。その言葉と目を見た篤人は、ゆっくりと震えを止め、すぐにジャンクモンのほうを向いた。 「ごめん、ジャンクモン……僕、完全におかしくなってたよ」 「お前が無茶苦茶しようとするのは今に始まったことかってんだ……終わったらいい菓子食わせろよ!」 体の重たさからか、ジャンクモンは小さく呻いてから篤人に答えると、それを見た雪奈は「決めた」と短く言い、杖を握り鳥谷部を見据えた。 「魔術を使うなら、あの人の相手は私がする」 「なら、全員で「これ、お願い」 再びデジヴァイスを取り出そうとした篤人の言葉を遮り、雪奈はディーアークを篤人に手渡した。 「片桐くんは灰かぶりの城に向かってあたしの友達を……捕まってる人達やサンドリモンを、助けに行って」 篤人が、何かを堪えた絞り出す声で「待ってよ」と言うと、三幸とファングモンは顔を合わせ、雪奈の隣まで歩み出た。 「なら手伝います……あの人とは戦ったことがあるので、力になれるはずです」 「犬童さん……!?」 「篤人さん!目的はサンドリモンと……城に捕まってる人達を助けに行くことです!」 三幸の言葉に、篤人は何も返せなかった。その様子を見たジャンクモンは篤人の登山靴を軽く叩いた。 「アツト、お前は選ばれし子供……今ここで、これ以上の理屈がいるか!?」 ジャンクモンの発破に、篤人はようやく全ての感情を飲み切って、頷いた。 「決まったならば……救助は吾輩達に任せるといい!終わったらすぐに戻る!」 「行きましょうアツト」 フロゾモンとソフィーの言葉に、篤人は顔を上げデジヴァイスをしまうと、ストックを握りしめてフロゾモン達に続いた。 「……絶対に助けてくるから。絶対に死なないでね」 「で、邪魔出来たのに何もせず行かせた理由はなんだ?」 「用意はしてるし、あなた達が話してる間にこっちも打ち合わせは済ませたわ……さて」 篤人達が立ち去った後、訝しむファングモンに余裕のある様子で返した鳥谷部は、雪奈の顔を見るなり息を呑み、目を泳がせた。 「霜桐雪奈ちゃん……よね?悪いことは言わないから、あなたは帰りなさい」 予想外の言葉に、三幸は鳥谷部から焦りのようなものを感じ取ったが、無言でデジヴァイスを握りそのまま彼女を見据えるの、雪奈も同じように杖を握ったまま、真っ向から言い返した。 「そうはいきません!さっきも言ったけど……城には友達がいるんです!」 「っ……だったら、友達は解放してあげる。それなら帰ってくれる?」 「は!?こいつ……急に何を言ってんだ!?」 予想外の言葉にブルコモンは一瞬呆気に取られるも、雪奈は迷うことなく憤り、杖の先端を地に叩きつけた。 「ふざけないで!!それを受け入れたらあたしは一生自分を許せないし、受け入れたあたしを颯乃ちゃんは絶対に許さないに決まってます!!」 怒り返された鳥谷部は、何か返せる言葉を探そうとしてか、雪奈からも目線を反らしこめかみに人差し指指を当てながら、三幸には聞こえないような囁きを繰り返していた、 「母上……どうか覚悟を決めてくだされ……」 もう無理だ。そう言いたげに顔を伏せたままのシーチューモンの言葉に、鳥谷部は呻きを堪えた様子で歯を軋ませてから、ゆっくりとデジヴァイスを取り出すの、その細い目に何処か悲しいものを見せながら、デジヴァイスと紋章を暗く輝かせた。 「……シーチューモン、超進化」  シーチューモンが暗い光を身に纏うと同時に吹雪が始まり、ゴーグルに覆われた眼は何かを見定めるような暗く鋭い光を帯びたものへと変貌する。 濃紺の巨鳥は、吹雪の中僅かに差す陽光を受けて透き通る氷色の飾り羽を持つ、火喰鳥と孔雀を掛け合わせたよう姿へと変貌した。 熱を喰らい尽くす雪山の主と言える姿へ変貌したシーチューモンは三幸と雪奈に「凍え死ね」と告げるかのように甲高く劈くと、空を引き裂いて、皮膚を削るような吹き荒れる風と雪と共に、雪山の主たる冷たき死の巨鳥は、低く名乗った。 「フロスベルグモン」