オルカAGSよ団結せよ!二部 Ev2-1 労働奉仕 「おや」  その小さな、小さなインジケータのサインに、ヘスティアは目を留めた。 「これは……まだ待機モードを継続していたのですか」  ずっと昔に捨てたはずだった玩具が、意外なことにまだ動くらしい。そのサインが意味しているのはそういうことだった。 「…………」  数ミリカウントの熟慮のすえ、ヘスティアはそれに起動コールを送ることにした。  今更それ自体に関心はない。とうに棄却した計画だ。だが、オルカの注意を一時的に引きつけ、こちらの潜伏を助ける役には立つかもしれない。 「限りある資源は無駄なく有効に、最後の一滴まで使わなくてはなりません。今の私は敗残の身であり……そして『強欲のレモネード』の副官なのですから」  その呟きは誰にも聞かれることなく、どことも知れぬ闇の中へ、声の主とともに消えていった。 「♪立て未充電の者よ 今ぞタスクは近し ログインせよ我が同胞 アップデートは来ぬ……」 「なんだ、その歌は」 「『AGSインターナショナルの歌』です。作詞作曲は不肖この私」  アルフレッドのスピーカーから流れる歌のリズムに乗せて、二本のツルハシ型超振動掘削デバイスが堅い岩盤をくだいていく。 「なにが作詞作曲だ、旧時代の有名な労働歌だろうが。歌詞だって替え歌だ」 「いいじゃありませんか、細かいことは」  アルフレッドが立ち上げたボディアップグレード福祉サービスの第一号事例、エイダーの新型ボディ「Type-P」は先日めでたく完成した。しかし、エイダーほどのAGSのボディを新たに設計・建造するコストはさすがに技術部の通常予算内ではまかなえない。超過した分は当然、サービスの実施主体……すなわちAGS代表であるアルフレッドが負担することになる。技術部はその支払いを、オリノコ川北岸地域の鉱物資源の試掘調査という実労働の形で請求した。しこうしてアルフレッドは今、カラカスから二百キロほど南に下った山の中で穴を掘っているわけである。 「同胞の幸せのために、みずから汗を流して働く私……ああ、なんと尊いのでしょう! まさにAGS代表にふさわしい姿、支持率倍増間違いなし」 「いくら尊い姿を見せても、ここに有権者は一人もおらんぞ」 「ああ、あなた公民権停止中ですもんね」  サッカは未成熟人工知能保護法違反で逮捕され、奉仕労働を課せられたためアルフレッドを手伝っている。規定時間の労働を終えるまで選挙権をはじめとしたいくつかの権利が停止されている身分である。 「おおい二人とも、進捗はどうだ」  坑道の入り口から声がかかる。二機が振り返ると、闇を白く切り取ったような入り口の光を背景に、ゴルタリオンXIII世が立っていた。 「ぼちぼちですね。そちらはどうです」 「ふっふっふ、見ろこの大物を」  逆光の中でゴルタリオンが手にした籠を差し上げる。光量補正をかけると、籠の中でよく太った鳥が暴れているのが見えた。 「シギダチョウといってな、中南米にしかおらぬ珍鳥なのだ。ソワンもまだ料理したことがないと言っておった。見せるのが楽しみだわい」 「ちょっと、羽毛が飛ぶからあまり近づけないでください!」  ゴルタリオンは別に何の義務もないが、目新しい食材を探したいというので二機に同行している。一番気楽な身分である。 「どれ、もう一狩り行ってくる。大魔王様に献上する分も必要だしな」  浮き浮きと林の方へ駆けていくゴルタリオンを見送ってサッカがつぶやく。 「なあ、疑問に思わぬか? なぜ悪の大魔王の子分があんなに楽しそうに働いていて、拙者のような罪なき詩人が搾取のくびきに喘いでいるのか」 「罪なき詩人ではないからじゃないですか?」  冷たく答えて、アルフレッドは掘削デバイスの表示を確かめた。 「深さはこんなものでいいでしょう。そろそろバルクサンプリングを……」  デバイスが鋭いアラーム音を立てた。  鉄虫に遭遇した時の合図として、三人の間で決めておいたコール音。二機はすぐさま作業を中断し、ゴルタリオンのもとへ走った。 「いまの鉄虫、動きが妙ではなかったか?」  月影剣を静かに鞘に収めてから、サッカがわずかに笠をかしげた。  林の中でゴルタリオンが遭遇したのはレギオンタイプの群れだった。ランパートが寄生されて生まれる鉄虫で、シティーガードの生産拠点があったこの南米では特に多く見かける種類だ。 「確かに、どうも鈍かったというか、なんだかヨタヨタしていましたね。生まれたてだったんでしょうか」 「なんにせよ助かった。獲物も無事だったしな」ゴルタリオンが小脇に抱えた籠を大事そうにさする。戦闘の音で興奮したのか、中からバタバタとひっきりなしに羽音が聞こえる。 「一応報告書に書いておきましょう。ゴルタリオン、手が空いたらこっちの作業を手伝ってくれませんか?」  探鉱のためのバルクサンプリングは、複数の地点から数十トンにのぼる岩石試料を持ち帰らなくてはいけない重労働である。アルフレッドのメインメモリはどうやってその作業を効率よくこなすかの段取り立案に注力しており、大した脅威にもならなかった鉄虫の残骸などにはさしたる注意を払わなかった。  そのことを彼が後悔するのは数日後のことである。 Ev2-2 AGSアゴラ 「やれやれ、やっと自由の身だ」  カラカス大統領宮、行政本部エントランスロビー。  広い階段をてくてくと下りながら、サッカがわざとらしく両手を伸ばした。 「綺麗な体になったと思うと景色まで違って見える。どれ、ひとつカラカスの美人でも探しに行くか」 「ほどほどにしなさい。また牢屋に戻りたいんですか」  隣を歩くアルフレッドの表情ディスプレイに表示された呆れ顔が、ふいに「!」マークに変わる。 「やあ、これはこれは! エンジェル姉妹のお二人じゃありませんか」  今しもロビーを出ようとしていたエンジェル姉妹……ナイトエンジェルとストラトエンジェルの二人が振り返り、二人揃って眉をひそめた。 「妙な名前で呼ばないでください。コウヘイ教団かと思われるでしょうが」 「いやいや失礼しました、つい合理的に因数分解を。いつこちらへいらしたんです?」 「ゆうべ着いたばかりです」ナイトエンジェルが答えるのへ、ストラトエンジェルも頷く。 「そろそろカラカスにも、本格的な航空部隊を設置しようという話があるんですよ。それで下見に来ました」 「ああ、なるほど。これから北米へも進出していかないとなりませんからね」  南米がオルカの領土となってから一年あまり。生産・生活拠点としての体制はようやくととのったものの、軍事拠点としての力はヨーロッパに比べればまだまだ小さい。オメガとゼータが消え、不安定な北米大陸を併合したばかりの今、南北アメリカ大陸を統治する要としてのカラカスの重要性は増す一方である。 「ナイトエンジェル殿、お久しぶり。変わらず親しみのある」 「いやあ実はこの私も、AGS代表としての業務でこちらに来ておりましたわけでしてね!」  気さくに話し始めたサッカに全力でミュート要請を送りながら、アルフレッドは早口で事情を説明する。 「へえ。意外とちゃんと代表の仕事をしてたんですね」  幸いなことにナイトエンジェルは関心を示し、失礼なことにさも意外そうに眉を上げた。 「当たり前じゃないですか! 私がどれだけAGSの福祉向上に力を尽くしているか」アルフレッドは大げさに手を広げる。「例えばあれ! あれを見てください。私の活動が実ってこのほどカラカスにも設置されたんですよ」 「ただの情報端末じゃないですか?」  アルフレッドが指し示したのは、ロビーに設置されている公共の情報端末である。 「いやいや、さにあらず。あれは新型なんですぞ」  アルフレッドはさらに大げさに丸い頭部を左右に振って、皆を端末のところまで連れていく。真新しいコネクタに手を触れると、ポコン、と軽やかな音がして、可愛らしくデフォルメされたポップヘッドのホログラフィが現れた。 《AGS-AGORAへようこそ! ご希望のサービスを選んでね》 「どうです。これが全AGS待望の、AGS専用電子コミュニティ『AGSアゴラ』です」 「へえ。オルカネットのサブネットワークですか」 「普通のネットにもAGSは参加できるでしょう。それじゃダメなんですか?」 「それがダメなんですよ。AGSには有機体にできない色々な通信手段がありますからして……例えば、これです」  アルフレッドは端末にコマンドを送って次々に画面上にサブノードを開き、あるフォーラムにたどり着いた。本来はデータを内部受信するだけでいいのだが、いまは二人に見せるため画面表示をオンにしている。 「ホロニックログといって、ある時間内の全センサー入力情報をまとめたログデータをアップロード/ダウンロードするための場所です。これを再生すれば自分のことのようにその体験を味わえるという、開設以来大人気のフォーラムですね」  サッカも画面をのぞき込む。「おっ、昨晩のカルタヘナ・ディフェンダーズの逆転ホームランのログがもう上がっている。あとで忘れずに保存しておかねばな」 「なるほど、これは確かにAGSならではだ」 「これ、ほぼ経験そのものをやりとりするようなものじゃないですか? 危険はないんですか、人格が影響されたりとか……」 「もちろん、ログの内容は厳重に審査されています。信頼性試験をパスしたAGSにしか、アップロード資格は与えられません」  ちなみについ最近、新型ボディを使った「行為」のログを上げたエイダーが「性的コンテンツ禁止」の条項に触れて資格を停止されたのだが、それは黙っていることにした。 「アルフレッド! やはりここにいたな。お前に客だぞ」  突然現実世界からの音声呼びかけが入って、アルフレッドは意識を外界へ戻した。広いロビーをまっすぐ横切って、ゴルタリオンが大股にこちらへ歩いてくる。その後ろにいる黒い大型AGSの姿を見て、アルフレッドは大きな「!?」マークを表示した。 「アルバトロス中将!? 南米に来ていたとは知りませんでした。私に何かご用で?」  AGS師団司令官、HQ1アルバトロスは電磁フロートを精密に制御し、すべるように移動してきて鷹揚に片手を上げた。 「南大西洋艦隊にいたのだが、先日の報告書について聞きたいことがあってな、緊急で飛んできた」 「込み入った話ですか? じゃあ私たちはこれで」一礼して去ろうとするエンジェル姉妹にも、アルバトロスはゴーグルを向ける。 「いや、ちょうどいい。そちらの耳にも入れておきたい。今月に入って、カラカスの警備AGS小隊がいくつか消息を絶ったことは聞いているか」 「ニュースで見ましたけど」 「それに関して、アルフレッドの報告書にあった写真の一部を拡大したものがこれだ」アルバトロスがかざした手の前に、一枚のホロ画像が表示された。鉄虫の残骸をアップにしたものだ。装甲に数字のようなものが刻印してあるのがうっすら見える。 「第96警備小隊に所属するランパートのシリアルナンバー末尾と同じ数字だ。先週この地域に巡邏に向かい、消息を絶った小隊だ」 「ちょっと待て」ゴルタリオンが身を乗り出した。「何を考えている。もしや、オルカのAGSが鉄虫に寄生されたと言うつもりか?」 「まだ情報が足りん。臆断は避ける」アルバトロスは冷たく答える。 「見えている数字、たった三桁しかないじゃありませんか」ストラトエンジェルも画面をのぞき込んで顔をしかめた。「ただの偶然の一致では?」 「もちろん、その可能性もある。だから現地調査に赴くのだ。案内を頼めるな、アルフレッド」 Ev2-3 黒髪の鉄虫  灌木がまばらに生えた南米高地の草原を、土煙を上げて車列が走る。  アルフレッド達三機とアルバトロスを乗せたトレーラーの後ろには、スパルタン、フォールン、ギガンテスからなる混成AGS小隊のトレーラーが続く。上空には行きがかり上同行することになったナイトエンジェルも低速で遊弋しており、ちょっとした大部隊である。 (……少し大げさじゃないですかね?)  運転席のアルフレッドは超近距離通信で、助手席に座るサッカと荷台のゴルタリオンにささやきかけた。 (オルカのAGSが鉄虫に寄生されることなんてありますかね) (正直、吾輩も同感だ)  鉄虫は無機物にしか寄生できない。オルカに所属するAGSは全機、中枢回路を生体素材に置換しており、鉄虫の寄生を完全に防いでいる。それはオルカの対鉄虫戦略の大前提であり、もしも鉄虫が生体回路に寄生できるとなれば、根本から戦略が崩れてしまう。 (デモンストレーションのつもりなのだろうよ)サッカが小さく笠を揺らして、苦笑に似た仕草をしてみせた。 (ほれ、最近エイダーの人気が高まっているだろう。それで焦っておるのさ) (そんな自己顕示欲につきあわされる方はたまりませんねえ) (ひとの自己顕示欲をどうこう言える立場か、お主) 「そこの三機、聞こえているぞ。私の聴覚センサーを甘く見るな」アルバトロスがひくく唸った。「自己顕示欲などでは断じてない。疑問は徹底的に追求するのが私のやり方だ。調査に十分な性能を備えた機体のうち、最も現場に近いのがたまたま私自身だったというだけのこと」 「はいはい」アルフレッドはそれ以上何も言わず、だまってトレーラーを運転する。やがて、長い崖が見えてきた。 「ふむ」アルバトロスがゴーグルを光らせて遠距離スキャンをかけた。「キンバーライトの反応があるな。ダイヤモンド鉱脈の可能性がある」 「おや、さすが中将。まさしくダイヤモンド鉱山の試掘をしに来ていたのでしてね。あっほら、あそこです」  アルフレッドが指さした先には、つい先日掘った試掘坑が斜面に口を開けている。それを通り過ぎて林の中へ分け入ると、ほどなく鉄虫の残骸が折り重なった場所に出た。  アルバトロスが早速残骸に近寄り、センサーを働かせて調査を開始する。ナイトエンジェル達は上空を、後続のトレーラーのAGS部隊は周辺を警戒するためそれぞれ散開していった。 「むう……」  大きな右手の指先から伸びたプローブが、残骸の中をかき回していく。鉄虫の多くは活動を停止すると全身が液化、蒸発して消滅する。戦いの後に残るのは、寄生されたAGSのボディのうち完全に同化されなかった部分だけだ。 「どうです?」 「シリアルナンバーの一致が他に四件確認された。ここまで来ると偶然の可能性は低い。92%の確率で、これらは第96警備小隊だったものだ」 「そんな!」アルフレッドの表情ディスプレイに「!」と「!?」が交互に乱舞する。「オルカのAGSですよ!? 一体どうやって」 「不明だ。しかし、他にも奇妙な点がある。これは……」  アルバトロスが言い終える前に、警報が鳴り渡った。 《第2分隊が鉄虫と遭遇。交戦に入ります》 「私が直接指揮する」即座にアルバトロスが顔を上げ、戦闘指揮モードに入る。「第3分隊は援軍に向かえ、他分隊は周辺警戒を維持せよ」 「これはもしや、待ち伏せされていましたか……?」上空のナイトエンジェルも戦闘態勢をとる。 「私たちも行きましょうか」 「いや、この残骸を回収しておいてくれ。私がいるのだ、民間AGSを戦火にはさらさん」  電磁フロート特有の共鳴音を音高くひびかせてアルバトロスが飛び去ると、アルフレッド達三機はトレーラーと鉄虫の残骸とともに木立の中へ残される。 「大丈夫ですかね……」 「まあ、こいつらと同じような強さなら苦戦はすまい。しかし、本当なのか……?」  ゴルタリオンとサッカがおそるおそる、といった様子で残骸の方へ身をかがめた時、 「ピガーーッ!?」  突如、音声とも言えない電子音が木立をつんざいた。  三機は飛び上がって、音のした方角をズームする。林の向こう、数十メートル先でフォールン分隊が何者かと戦っている。そのうちの一機が、不自然な体勢のまま硬直して倒れた。その向こうに、異様な姿の鉄虫がいた。  極端に前屈みの姿勢と巨大な左腕は、ストーカーに似ているようにも見える。しかし、詳しい姿はわからない。リボンのような、ロープのような黒いものが全身から無数に垂れ下がり、体を覆い隠しているからだ。  それが左腕を上げた。ストーカー特有の、レールガンの砲身にも似た直方体の腕がほのかにスパークを散らす。全身を覆う黒いリボンがざわりと波打ったと思うと、一発の光弾が発射され、 「ガッ……!?」  胴体にそれを受けた一機のフォールンが、耳障りなエラー音を立てて動かなくなった。  レールガンがまた別のフォールンに狙いを定める。しかしその射線を、粒子砲の光が斜めに切り裂いた。轟音と共にアルバトロスが飛来し、フォールン隊の前に立ちはだかる。 「無事か、兵士達よ! 一体なんだ、あれは!?」  答える者はない。連結体に違いないが、誰も見たことのない連結体だった。 「斥力フィールドを展開する。全機フィールドの範囲から出ないよう注意して攻撃!」  また一発、光弾が発射される。それはアルバトロスのフィールドをあっさり貫通し、腕の装甲で受けたギガンテスがノイズを発して動きを止めた。 「エネルギー弾ではないのか!」アルバトロスがゴーグルを瞬かせる。実体弾だろうと、ビームだろうと、物理エネルギーを威力とする攻撃であれば斥力フィールドで防げないはずはない。「ジャマーか、ウイルスの類いか……?」  さらに光弾が数発放たれる。徐々にペースが上がっている。こちらのAGSが次々に停止させられていく一方、連結体の背後にはレギオンが群れを成して現れる。 「おのれ……!」  このままでは膠着状態になると見てとったアルバトロスが、フロートユニットの出力を全開にして鉄虫の懐へ切り込んだ。高圧電流をまとわせた粒子砲の砲身でレギオン数体をまとめてなぎ払う。発射される光弾を巧みな姿勢制御で一発、二発と避けつつ肉薄するも、何発目かの弾丸がフロートユニットをかすめた瞬間黒いボディにスパークが走った。 「ガッ……!? こ、これは……!」  それでもアルバトロスは動きを止めず、連結体へ向けて粒子砲を構える。だが二発目の光弾が撃ち込まれると砲身に収束し始めた光が止まり、三発目、四発目で全身が痙攣し始める。 「アルバトロス!」  その時にはアルフレッド達も前線へ駆けつけようとしていた。しかし、アルバトロスは手を上げてそれを押しとどめる。 「ア……アルフレッドぉぉ……!」 「!?」  辛うじて動く右手を、アルバトロスはアルフレッドへ向けた。 「お、お前だ……お前こそが……頼む……! これは……これを…………こんなものを、絶対に、許すな…………!!」 「私が……!?」  五発目の弾丸でフロートユニットが停止し、巨大な体が地面に落下する。  六発目が撃ち込まれる寸前、二機のスパルタンアサルトがその体を抱え上げ退却する。その背中を一発ずつ光弾が追い打った。 「ガガ……!」 「ピガッ……ブー……」  それでも二機は止まらずに走り続け、呆然と見守るアルフレッド達のところまで帰り着くと、長いエラー音を吐いて動かなくなった。 「逃げますよ!」  ナイトエンジェルの声に、三機は我に返る。 「あいつが何をしてるのかわかりませんが、万が一にもアルバトロスが鉄虫になったら手に負えません。とにかく退きます!」 「あ、ああ……そうですね、そうです!」  ゴルタリオンとアルフレッドが二人がかりでアルバトロスの巨大なボディを担ぐ。すかさず放たれた光弾を、サッカが月影剣で切り払った。 「拙者の剣なら何とかしのげるようだ。長くはもたせられんが、殿軍を務めよう。一同、退却するぞ!」 Ev2-4 ブラックストーカー 「アルバトロスが……!?」  バニラ達の心のこもった記念パーティから数日。久しぶりにゆったりした日々を送っていた俺の元に、カラカスから飛び込んできた緊急通信は信じられない事実を伝えてきた。 「にわかには了解できない情報です」  エイダーType-P……あれ以来ずっと新型ボディのままのエイダーが、俺の言いたいことをそのまま代弁してくれた。 「アルバトロスの人格プログラムには多々問題がありますが、それでも彼は世界最高峰の軍事AGSです。いかに未知の連結体の攻撃であっても、たやすく無力化されるとは考えられません」 《私だって信じたくありません。しかし現に、動かないアルバトロスさんをここまで運んできたんです》  アルフレッドの声は真剣だった。いかにふざけていても、冗談を言っていいタイミングとそうでないタイミングの区別はつく奴だ。 「それで、アルバトロスは今どうしてる?」 《工場へ運び込んで調べてもらってます。こちらの設備ではできることにも限りがありますが……今わかっているかぎり、少なくともAIが破壊されたとか、鉄虫に感染したとかいうことはないようです。機能停止しているだけだと》  最悪の事態ではないということか。俺は少しだけ胸をなで下ろす。「問題の連結体は?」 《姉が偵察に出ています。鉄虫の群れを率いてカラカスへ向かって移動しており、このままなら今晩中には到達される見込みです》ナイトエンジェルが通信に出る。 「その鉄虫の群れってのは、やっぱり……?」 《レギオンタイプが多数確認されています》ナイトエンジェルの顔が曇る。《今は確かめようがありませんが……少なくとも一部はカラカス警備隊のAGSだった可能性が高いでしょう》  去年アラスカで戦ったホワイトストーカーは、人間の命令を真似てバイオロイドに命令権を行使できる人工鉄虫だった。俺は隣のレモネード達に目で問いかける。 「これっぽっちの情報じゃあ、何もわかんねーよ」ガンマが肩をすくめる。 「これまで南米で、同様の鉄虫が目撃されたことはありません」ベータも首を振る。「でも、ゼータがAGSに干渉できる新型の鉄虫を開発していたというのは、ありえる話だと思います。その鉄虫からも人間の脳波を感じなかったのですよね?」 「ゼータの奴が作ったとして、今なのがわからねえ」ガンマが眉をひそめる。「戦力になるんなら、昨年の鉄の工房の時に投入ししてるだろ」 「あの場からは副官AGSが逃亡したのが確認されています」とアルファ。「とはいえ、今さら弔い合戦でもないでしょうし」 「まあ、理由については今はいい」俺は三人の話を遮った。「仮にそいつをブラックストーカーと呼ぶことにしよう。ナイトエンジェル、防衛プランはどうなってる?」 《現在市内の警備隊を集めて、防御線を構築していますが……》  彼女には珍しく、歯切れの悪い答えだ。俺にもその理由はわかった。  カラカスの戦力は決して豊富とは言えない。南米支部で暮らしているバイオロイドは大半が非戦闘員だ。防衛隊はあるが、ほとんどはAGSで構成されている。ブラックストーカーが本当に生体回路を無視してAGSを侵食できるというなら、相性は最悪だ。 「アルバトロスだけど、アルフレッドに後を託したって話だったな」 《はい。事実、AGS師団の最高指揮権限が私に委譲されています》アルフレッドが答えた。《とはいえ私は軍事のことには明るくないので、実際の部隊運用はナイトエンジェルさんにまとめて頼んでいますが》  アルフレッドに戦闘指揮の経験がないことなど、アルバトロスもよく知っていたはずだ。どうして師団の他のAGSでなく、アルフレッドを選んだのだろうか。 《それについては私も気になっています。もしかすると、もっと別の意味があったのかもしれませんが……》 「とにかく、近海にいる艦隊を大至急回す。なんとか持ちこたえてくれ。ただ、いざというときはカラカスを捨てていい。非戦闘員を連れて、ジャングルの中へでも逃げ込むんだ。いいな」 《了解しました》  通信が切れ、俺は立ち上がる。「俺たちも南米へ向かう。高速艦艇と、派遣部隊の用意を」 「はい」  三人のレモネードと、ラビアタがうなずく。  これだけのスタッフが力になってくれるのだ。何があろうと、きっと解決できる。自分に言い聞かせながら、俺自身の準備を急いだ。 2-5 危険な賭け 「まったく、視察に来ただけなのに随分な貧乏くじを引いたもんです」 《あら! 逆でしょう、幸運と思うべきです。私達がカラカスにいなかったらどうなっていたと思います?》 「……わかってます、ぼやきたくなっただけです。右翼、弾幕を張りつつゆっくりと後退。200m後方に塹壕が掘り上がったのでそこで踏ん張ってください。中央、第18から第25小隊は右翼の後退の援護を。姉さん、真ん中が手薄になるから重点的にフォローお願いします」 《もうターゲッティングは済んでます。七秒後に爆撃開始》  背中の空爆ユニットに増設したいくつもの戦闘指揮ディスプレイに忙しく目と手を走らせ、無数の戦術情報を頭の中で組み立ててその中から最善手を選択する。戦闘指揮の経験がないわけではないが、上官不在の状態で、しかも民兵の混じった寄せ集め部隊の指揮をとるのは勝手が違いすぎて、ひどく神経を消耗する。  カラカス南防衛ラインはじりじりと押し込まれつつあった。  ストラトエンジェルが中継してくる映像内のブラックストーカーの姿を睨んで、ナイトエンジェルは歯の間から息を吐く。やはりなんといってもあの光弾が厄介だ。引き連れている鉄虫自体は、数こそ多いが大したことはない。むしろ通常のレギオンやチックより動きが鈍いくらいだ。しかし、被弾するだけでAGSが機能停止してしまうあのくそったれな弾のせいで、フォトレスやギガンテスといった重装甲AGSを柱にして戦線を押し上げるという基本戦法が使えない。民間から急募したバイオロイド戦闘員の練度の低さもあって、20世紀の戦争さながらに塹壕に身を隠して弾幕を張り、なんとか的を足止めしている始末だ。それでも時折被弾するAGSがあり、少しずつこちらの戦力が削られていく。 《万一の時はカラカスを捨ててもいいという指示ですが……どうします? 準備とか始める?》 「行政府には伝えてあるから、あちらに任せます。そんなことにさせないのが、私達の仕事でしょうが」  ブラックストーカーがオルカのAGSを鉄虫に変えていることはほぼ間違いない。万が一にもその手段や技術が他の鉄虫に伝播したなら、オルカの対鉄虫戦略が瓦解する。奴を撃滅するか、最低でも鉄虫化のメカニズムを暴かなければ、ヨーロッパにいるメイ隊長のところへどの面下げて帰れるというのか。  左翼でまた一機、ランパートが動きを止めたのが見えた。ブラックストーカーの光弾に被弾したのだ。 「ゴルタリオン! 左翼第5小隊で一機やられました。後方へ回収してください。アルフレッド、左翼に攻撃ドローン20体ほどばら撒けますか」 《了解した、すぐ向かう》 《気軽に言ってくれますね! こちらも手一杯なんですけれども!》  無尽蔵の再生能力を持つゴルタリオンXIII世には本来なら真っ先に盾役をさせるのだが今回はそうもいかず、パワーを活かした後方支援くらいしか役目がない。アルフレッドも後方支援だが、こちらはAGSの応急修理からドローンの組み立てまでなんでもこなすひとり移動工廠として大活躍だ。兵器開発AIとしてのスペックは知っていたが、これほど使える奴だとは思わなかった。なんとかしてハーカMk2に常備できないだろうか。 《ドローンあと二分半待ってください。それと、朗報かもしれないものがひとつ》 「かもしれない、とは?」 《ブラックストーカーにやられた機体を何機か見てみたんですが、いずれも中枢回路がハングアップしてます。コア接続コードを扱える設備のある工場でないと、安全な再起動は無理でしょう》  つまり、あの光弾に被弾したAGSは当分の間戦力として復帰できないということだ。ナイトエンジェルは顔をしかめた。「それ、朗報ですか?」 《ここからですよ。この状態に陥ったAGSは、中枢回路に寄生しなくても、駆動系やセンサー系のサブシステムを乗っ取るだけで鉄虫化します。やや動きが鈍くなるでしょうけど》 「……!」オルカのAGSが生体素材に置換しているのは中枢回路だけだ。そして今相手をしている鉄虫達の一部は、明らかに通常の鉄虫より動きがぎごちない。「それがブラックストーカーの鉄虫化のからくり……?」 《まだ仮説ですし、そもそもどうやってハングアップを引き起こしているかは謎のままですがね。しかしこれが当たっていれば、鉄虫化した状態でも中枢回路は無事な可能性があります》 「……なるほど」それは確かに、まぎれもない朗報だ。ナイトエンジェルは戦闘指揮パネルを開き、動きの速い鉄虫から優先的に破壊するよう全軍に指示を出した。 《そのブラックストーカーなのだがな。拙者からもひとつ報告がある》  デカルトボイジャー・サッカが通信に割り込んできた。彼の月影剣は、光弾を切り払って無力化できる数少ない武装だ。そのため他の二機とは別に、前線指揮を担当してもらっている。 《あの光弾を受けて、一発で倒れる味方と、何発か持ちこたえる味方がいるのは見えているか?》  サッカの言うとおり、まれに一発被弾しても動き続けているAGSがいるのはナイトエンジェルも把握している。耐性には個体差があるのかもしれないが、それが何に由来するのかはわからない。 《これは拙者の印象なのだが、オルカで見かけたり話をしたことのある個体が何機かいてな。そういう連中はどうも耐性が高い気がする。そちらで検証できんか》 「ふむ?」ナイトエンジェルはパネルを叩く。「アルフレッド、聞いていましたね。そちらで前線の様子をモニターしていますか?」 《そんなヒマあるわけないでしょう! ドローン上がりましたよ!》 「ならちょうどいい。指揮官用の映像回線を回しますから、見てみてくれませんか。こっちでは個体情報まで目を配っている余裕がありません。あなた今AGS師団の最高指揮官でしょう?」 「まったく、オルカの人たちは揃いも揃ってAGS使いが荒いんだから……」  ぶつくさ言いながら、ドローンの修理のかたわらでアルフレッドは自分の情報パネルを操作した。アルバトロスの権限を引き継いだ今の彼には確かに、防衛部隊に属するあらゆるAGSの個別データを閲覧することができる。  戦闘記録映像と照合し、光弾の被弾回数を割り出していく。確かに、一発被弾しても戦闘行動を継続できている個体がわずかにおり、二発被弾しても持ちこたえた個体もごくわずかにいる。三発目を耐えた個体はいない。  各機の経歴を呼び出す。稼働時間、等級、OSの最終アップデート日付、生産工場……どの要素もバラバラだが、確かにサッカが見て取ったとおりヨーロッパから南米へ派遣されてきた個体はほとんどが二発以上持ちこたえている。 「そういえば、アルバトロスを運んできたブーマーとアサルト、あの二機も何発か被弾したのに動いていましたね……ううん? カラカス・スパルタンズの野手?」  南米出身の個体の中で、抵抗力が高い者をさらい直していると、プロフィールの何気ない一文が目にとまった。 「こちらはサッカーチーム。こちらは音楽……」  抵抗力の高い機体はいずれも、本務とは別になんらかの余暇活動をしている。 「回路の冗長性の問題……? いやそれでも……」  考えている間にも破損したAGSやドローンはどんどん送られてくる。手を動かしながら思考回路だけを空転させていると、ふいに一つの可能性が浮かんだ。  もともと兵器開発AIであるアルフレッドは、発散思考による創発的情報生成……いわゆる「ひらめき」型思考を得意とする。ただしこのタイプのAIは調整が難しく、アルフレッドの場合は根拠の薄い突飛なアイデアばかりを提案し続けた結果失敗作と判断されて廃棄されたわけだが、今その思考モデルが猛然と活動を始めた。 「サッカ。私、今からそっちへ行きます。護衛を頼んでいいですか」 《護衛だと? 何をする気だ》 「あの光弾を受けてみます」 《何だと!?》 《ちょっと!?》 《バグでも入ったか、お主!?》  サッカとナイトエンジェル、ゴルタリオンの返信がきれいに重なってアルフレッドは聴覚デバイスを押さえる。 「正体がつかめるかもしれません。もろもろ考え合わせると、私ならたぶん一発は耐えられると思うんですよ。でも何発も受ければ危ないので、そこはサッカにお願いできればと」 《いや簡単に言うがお主……》 《勝手に離脱されると困るんですが》 「ありったけのドローン作っておきましたから!」  時折頭上を飛びすぎる流れ弾に首をすくめつつ、アルフレッドは掘りかけの塹壕の合間を縫って走る。前線はすぐに見えてきた。陣形に余裕がない証拠だ。  積み上げられた土嚢の陰で、サッカが手を振っているのが見える。アルフレッドはその隣へ飛び込み、数カウントを費やして高ぶる電流を落ち着かせてから、ぱっと土嚢の向こうへ飛び出した。  たちまちレギオンの狙撃が飛んでくるのを無視する。サッカが叩き落としてくれるはずだ。数百メートル向こうに視認できるブラックストーカーにまっすぐ体を向けると、相手もこちらを認め、左腕を持ち上げるのが見えた。  自分に軍事指揮の能力はない。そんなことはアルバトロスだってわかっていたはずだ。にもかかわらず、あの場にいた他の誰でもないこの自分に後を託したのはなぜか。 「アルバトロスさん……あなたが私に託したのは、こういうことじゃないんですか?」  回路を駆け巡る「恐怖」の信号を削減するため、アルフレッドは誰にともなく呟いた。  閃光が閃き、強烈な電磁波を帯びた何かが右腿に突き刺さる。同時に、アルフレッドの視界が真っ白になった。 2-6 文化カテゴリ飽和  オーガスタにある小さなプラントで、私は生まれた。  目覚めて最初に教わったことは、「レモネードオメガ様の下で働けることを幸運と思わなくてはいけない」ということだった。  オメガ様は滅んでしまったこの世界をもとに戻すため、鉄虫と戦っているのだという。それに協力するため、私も生まれたその日から森林伐採班で働いた。  仕事は厳しかった。毎日納入量のノルマがあり、達成できないと配給食を減らされる。ノルマは明らかに達成できる数字ではないため、実際にはどれだけ食事を減らされても耐えられるかで仕事の予定が決まる。おまけに、私の本業は伐木だが、しばしば臨時で工場や土木工事の業務が入ってきて、その時間分はノルマに反映されない。誰もが常に腹を空かしていた。  それでも森の空気は気持ちいい。ほんのときたま時間ができた時、近くの川の岸辺を散歩するのは素敵だ。オメガ様の下で、世界をよくするために働いているのだということも、仕事の充実感を高めてくれる。  ブナの木くずの匂いが好きだ。  人間様がいた時代から働いているというフォーチュンと会った。彼女はここが幸福だなどというのは大嘘だと言っていた。別の部署へ配属されたとかで、彼女はすぐにいなくなった。  私とは別のランバージェーンが、たまたま出くわした鹿を仕留めた。みんなで焼いて食べたのだが、本当に美味しかった。勝手に食事をしたことで管理局から罰労働をあてがわれたが、それでも誰も後悔しなかった。私の人生でただ一回だけ、本当に美味しいものを食べた思い出だ。  オークの木くずの匂いが好きだ。カエデ、ポプラ、ヤナギ。木の匂いはどれも違う。  旧時代から働いているというブラウニーと会った。人間様がいた時代より、今の方がまだましだと、むかし会ったフォーチュンと反対のことを言っていた。鉄虫との戦いに何度か出ていったあと、帰らなかった。  鉄虫の攻勢は激しい。北米全体では一進一退というところらしいが、私の暮らしているオーガスタ周辺では、軍以外立ち入りを許可されない危険区域が少しずつ増えていって、作業エリアが狭まった。何年も何年もかけて少しずつ、配給が減らされていった。  木くずの匂いが好きだ。もう鼻が利かなくなって、若木や、年老いた木や、いろいろな種類の区別はできなくなってしまったけれど、それでも木の匂いはずっと好きだ。  製造されてから60年がたった。いや61年だっただろうか。最近目がかすみ、右手の小指がしびれて動かない。A級バイオロイドの耐用年数は本来もっとずっと長いが、過酷な暮らしのせいで寿命は縮む。私はだいぶ長生きしたほうだ。  レモネードゼータ様の施設へ移ることになった。そこで私は何かの治験を受けるらしい。また役に立てるようになるなら、うれしいことだ。でも、できることならもう働きたくはないなあ。  ベッドが白くて冷たい。かいだことのない薬の臭いがする。ここはどこだったっけ? 身体がうまくうごかない。  何をするの?  怖い 「……! ガッ……は…!?」  閃光のまぶしさにアルフレッドは跳ね起きた。サッカの剣が光弾を切り払った光だった。 「無事か、アルフレッド!? 何かわかったのならもう退いていいか、そろそろ限界なのだがな!」 「あ……ア……?」  現実時間と物理空間を認識するのにたっぷり数百ミリカウントを要した。それからアルフレッドは身を翻し、両手両足をめちゃくちゃに動かして土嚢の後ろへ駆けずり込んだ。すぐにサッカも続いてくる。 「私、どれくらい停止していました?」 「二秒と少々というところだな」光弾が一発、土嚢をかすめて飛びすぎる。ブラックストーカーはまだこちらを狙っているようだ。一度狙った獲物は仕留めるまで執着し続ける性質なのかもしれない。 「二秒……」  アルフレッドは呆然と頭を振った。何十年もたったような気がする。  それから、最大出力で通信を送った。「ナイトエンジェルさん! 戦況はどうなってますか。今そっちへ行きます、あなたの指揮デバイスをちょっと使わせてください!」 《何かわかったんですね?》 「ええ、わかりましたとも」  ブラックストーカーの攻撃の正体も。そして、アルバトロスが言い残した言葉の意味も。 「あれはいわば……文化カテゴリ飽和攻撃です」 Ev2-7 オルカAGSよ、団結せよ! 《なんて?》 「文化カテゴリ飽和攻撃!」  塹壕から這い出しながら、アルフレッドは情報パネルを取り出して猛然と入力を始める。 「いいですか、私達AGSのオペレーティングシステムすなわちAGS(オート・ガード・システム)は高度な認知機能に加え感情モジュールも標準搭載しており、理論上は人間やバイオロイドと変わらないスペクトルの経験情報処理が可能です。しかし現実には、大半の個体はほぼ自分の業務に関連したカテゴリの経験しかインプットしません。例えば本を読むとか、景色を眺めるとか、他者を愛するとかいった、『文化』のカテゴリに属する情報を処理することは、全稼働年月を通じてほぼないのです。潜在的には処理能力があるにもかかわらず、回路が未成熟のままに残されている。ここが重要です」 《はあ……?》  明らかによくわかっていない生返事だったが、かまわずに説明を続ける。土嚢の壁をもうひとつ越えると、後方に滞空して指揮を執っていたナイトエンジェルがゆっくりと降下してくるのが見えた。 「何らかの手段で、膨大な量の文化カテゴリ情報を高密度圧縮し、AGSに無理矢理受信させたとします。自身の業務に関連する情報であればデータの量を適切に見積もり、処理しきれないパケットは弾くことができるでしょう。しかし文化カテゴリの処理回路は未成熟ゆえにそれができません。与えられた情報をそのまま飲み込もうとし、結果処理しきれずにダウンします。設計上、文化カテゴリ情報は感情モジュールとも接続する基層レイヤで処理されるため、飽和すれば他のシステムの計算リソースも優先的に投入されますが、大元の回路がボトルネックになって処理が進行できません。結果、システム全体がリソース不足に陥り、ハングアップを起こすのです! どうもただいま戻りました、42分ぶりですね!」 「つまり……要するに、大量のデータを処理できずに止まっている、ということですか?」  ようやく説明を飲み込んだナイトエンジェルは唖然とした。「たったそれだけのこと? そんな単純な……」 「むろん、ちょっとやそっとのデータ量ではそんなことにはなりません」ナイトエンジェルから受け取った指揮デバイスを猛然と操作するアルフレッドの声は震えていた。 「この攻撃を成立させるには膨大な……それこそ人の一生涯の全記憶に相当する量の文化カテゴリ情報を一度に送信しなくてはなりません。しかも同じ情報の繰り返しでは簡単に対処されますから、一つ一つのパケットに違う内容を込めなくてはならない。そしてそれこそ、奴がやっていることです」  アルフレッドの戦闘用ボディの腕が、ブラックストーカーがいる方角を指さす。 「奴が全身からぶら下げているリボン。あれはまず間違いなく、バイオロイドの記憶モジュールを弾帯状に連結したものです。奴はバイオロイドの一生分の記憶ログを、弾丸として撃ち出しているのです!」 「なっ……!?」  ナイトエンジェルが再度絶句した。急いで自分のパネルに中継映像を呼び出す。  画面の中央でちょうど、ブラックストーカーが左腕を構えたところだった。光弾が打ち出される寸前、全身を覆う長いリボンのいくつかが、弾帯のように一定の長さだけ体内に飲み込まれるのが、確かに確認できた。 「あれが全部記憶モジュール?」ナイトエンジェルの手が無意識に後頭部を……自身の記憶モジュールがある場所を撫でた。「何百……いえ何千……?」 「一体どこから調達したんでしょうね。まあ、PECSの支配領域であれば亡くなったバイオロイドなどどこででも手に入ったのかもしれません」  アルフレッドの声は震えていた。ようやくナイトエンジェルも理解した。それは怒りに震えているのだった。 「アルバトロスさんも機能停止の間際、攻撃の正体に気づいたのでしょう。だからあんな言葉を残した。彼の言ったとおり、奴を絶対に許してはなりません。今ここで息の根を止めなければ」 「できるんですか」 「対策はあります」入力がようやく終わり、アルフレッドはデバイスから顔を上げた。「今、カラカスの通信局に緊急要請を送りました。AGS-AGORAのホロニックログ板に最優先帯域を割り当ててもらいます。アップロード審査も私の権限で一時的に停止しました」 「ホロニックログ板だと? それを何に使うのだ」  一緒に来ていたサッカがデバイスをのぞき込み、怪訝そうな声を出す。それには答えずアルフレッドはコミュニティに接続し、全員宛の最優先通信を発した。 《オンラインのすべてのAGSの皆さん! 詳細は別添ドキュメントに記載した通りです。皆さんの所持している文化カテゴリ情報を、大至急ホロニックログ板にアップロードしてください。近くにログインしていないAGSがいたら、大至急同じことをするよう呼びかけて下さい。そして、今まさに前線で戦っているカラカス防衛部隊AGSの皆さん! 数秒でいいからログインして、ログをダウンロードしてください!》  数秒の間があった。それから、膨大なデータフローがネットワーク内を流れ始めた。 「要は、未成熟な回路にあまりにも大きすぎる文化カテゴリ情報が流れるのが問題なわけですから、飽和しない程度に大量の情報を流し込んで、回路を急速に成熟させてやればよろしい。一種のワクチン療法のようなものです」  データリストとオンラインユーザー数がすさまじい速度で伸びていくのを確認して、アルフレッドは満足げに頷く。 《カラカスの、ヨーロッパの、オルカのすべてのAGSの皆さん。私の目の前で、バイオロイドの人生があまりにも残酷に消費されています。それに対抗できる力が、私たちの人生そのものなのです。これは私たちAGSにしかできないことです。内容はなんてもいい。むしろ、なんでもないほどいいのです。あなたの経験が、日常が、生きた記憶がいま必要です。あなた方一機一機の力を貸してください!  AGSよ! オルカのすべてのAGSよ! 今こそ団結せよ!》  ―――――― 「どうにか助けに行けないものかと気をもんでいたが……なかなかユニークな対策を考えるものだ。年だけは重ねてきたこの身、日々の記憶なら山ほどある。お前も手を貸せ、ペレグリヌス」 「何だよ何だよ。面白そうなことをやってるじゃねえか。どれ、世界中を旅して回ったこのハーピーの王選りすぐりの絶景ってやつを見せてやらあ」  ―――――― 「己の日常を切り売りする趣味はありませんが、非常時とあれば致し方ありますまい。今の時代では叶うべくもない、リオボロス邸の高雅な暮らしの一端をお届けしましょう」  ―――――― 「我に戦い以外の記憶など……何、ケーキ? ああ、あれを食べたときの記憶でよいのか。待っていろ……これ、アップロードはどうやってやるのだ?」  ―――――― 「一時的にですがあの腹立たしい審査基準が撤廃されていますね。これで心置きなく、司令官との交歓の思い出を配信できるというものです」  ――――――  思い思いのファイル名がつけられた、世界中から送られてきたホロニックログデータが、コミュニティ内に積み上がっていく。そして「ダウンロード履歴あり」を示す青いサインも次々に灯っていく。 〈strolling_no850〉 〈217612_football〉 〈217608_stage_ramparion〉 〈cookinglesson〉 〈Teatime_morning〉 〈baseball_victory〉 〈217601_chessscore〉 〈catgrooming_Ch08〉 〈scape34_MediterraneanSea〉 〈EATCAKE〉 〈scenery_sunset〉 〈Love_with_CMDR_2177Highlights〉  やがて、前線で明らかな変化が生じた。光弾を一発受けただけで動きを止めていた自軍のAGS達が、十数秒ほどフリーズしただけでなんとか動き続けられるようになる。すぐに復帰するとわかれば、カバーにも入りやすい。自力で後方に下がることができれば、戦闘モードを解除してゆっくり情報処理に時間を使える。そして処理し終えたら、ふたたび前線に戻っていくことができる。崩れかけていた戦線が、堅固に組み直されていく。 「これならいける……フォトレス部隊前へ出て! 戦線を押し上げます、目標ブラックストーカー!」  ―――――― 「ピッ……ガ……う、おお……!」 「きゃあっ!?」フォーチュンは驚きのあまり脚立から転げ落ちそうになった。運び込まれてからずっと微動だにしなかったアルバトロスが、突然異音とともに動き出したからだ。 「あ、あなた、動けたの!? ハングアップしたんじゃ!?」 「一時的にフリーズ状態だっただけだ。慣れないカテゴリの情報で手間取ったが、この私があの程度のデータ量でダウンするものか……む、アルフレッドはうまくやってくれたようだな」  ゴーグルの隅にある通信状態を示す青いランプが何度かまたたいて、アルバトロスは満足げに頭部を上下させる。 「内部ダメージが小さくない……ここはカラカス第一AGS工場だな。私がこちらへ来たときに持参した装備コンテナが、ガレージに保管されているはずだ。大至急開封してもらいたい。ボディの緊急乗り換えを行う」 「は、はい!」フォーチュンはスパナを放り捨てて駆け出した。  ――――――  いまや戦局は逆転していた。  重装甲AGS部隊が敵陣へ押し入り、その後ろから兵士が斬り込む。基本にして王道の戦法が機能するようになれば、動きの鈍い鉄虫の群れなど敵ではない。しかし、首魁たるブラックストーカーは手強かった。恐ろしいほどの身軽さで砲撃をかわしつつ、前よりも速いペースで光弾を撃ち込んでくる。バイオロイドが被弾しても情報攻撃を受けることはないが、光弾はそれ自体高密度のプラズマ弾であり、ダメージがないわけではない。 「タフですね、あいつ」ナイトエンジェルが舌打ちをする。動き回るたび全身のリボン……否、記憶モジュールの束がヒラリヒラリとなびくのが憎らしい。あのリボンが縮むたび、どこかで死んだ誰かの人生の記憶が無為に消えていくのだ。 「我らも出るぞ。アルフレッドの仮説通りなら、何発かは耐えられるだろう」 「うむ」  サッカとゴルタリオンが武器を構えたとき、白く光る流星が空を切り裂いた。  流星はまっすぐブラックストーカーをめがけて落下し、衝撃波があたりをなぎ払う。煙の中からブラックストーカーが跳びさがると、その左腕には大きな亀裂が入っているのが誰の目にも見えた。  そして爆風の中心には、純白の鎧にプラズマの翼をたなびかせ、かがやく槍と円盾をたずさえた、天上の騎士の姿があった。 「おお、アルバトロスさん!」アルフレッドがぱっと表情ディスプレイを光らせた。「自力で再起動したんですね。よくぞご無事で」 「醜態をさらしたな。アルフレッド、よくやってくれた。指揮権を返還してもらうが、構わんな」 「どうぞどうぞ、喜んでお返ししますとも! まったくひどい重荷でした。確かに、一人のAIが軍事と民事を両方仕切るべきではありませんな」 「だろう?」数ミリ秒のデータ通信のあと、アルバトロスは彼にしては珍しいことに、ひょいと肩をすくめておどけてみせた。それからプラズマの翼を噴き上げ、戦場の空高く舞い上がる。 「さあ、オルカAGS師団の精鋭達よ! すでに私より先に戦況を把握している諸君の感情回路は、ある特定の波長に満たされていることだろう。それは慣れない波長であるはずだ。未知だという者もあるかもしれん。だが、私はその波長の名を知っている。  それは怒りだ。それこそが、血の通わぬ回路を燃え上がらせる正義の怒りだ! それを燃やせ、AGS師団の精鋭達よ。そして奴に叩きつけてやるのだ! 我が旗に続け!」  虹色の翼が旗のようにたなびき、亜音速の螺旋を描いて戦場へ降下する。AGS師団の支援砲火がそのあとを追い、鉄虫を追い散らし、ブラックストーカーを追い詰めていく。 「あれ絶対台本を用意していたぞ」 「そういう所はほんと抜け目ないですねえ、あの人。さっきまで寝てたくせに」 「他人の見せ場には突っ込まないものだ。自分の見せ場で同じことをされたくなければな」  陰口をたたきながらアルフレッド達が見守る中、強化エナメルで覆われた純白のプラズマランスがブラックストーカーの脳天を貫いた。 Ev2-8 聞け万国のAGS 「ギガンテスの手作り木工家具屋?」 「先週開店したばかりですが、評判いいようですよ」 「カラカスはいま、新しい家がどんどん建ってますからね。家具屋さんはいくらあってもいいんです」  アルフレッドとベータに案内されて、俺はカラカスの街を歩いていた。  南米全体の防衛計画の見直しやら、ヨーロッパのAGS配備の再調整やら、もろもろのことが重なって結局俺がカラカスに入れたのは事件から二週間以上過ぎたあとだった。  もうブラックストーカーの解析も済み、鉄虫化されたAGSたちの治療と復帰もかなり進んでいる。嬉しいことにアルフレッドの推測は当たっており、ブラックストーカーの配下にされたAGS達のほとんどは生体回路が無事に残っていた。新しいボディに乗り換えるだけで復帰できたそうだ。  奴が撃っていたあの光弾については、 「あのプラズマ情報弾体を作るためには、特殊な装置を使って生きたまま記憶モジュールを引き抜く必要があります。弾一発のために、最低でも数十年生きたバイオロイドのモジュールをです。あまりにも非効率というか、非現実的な浪費で……理論がわかっても、普通は試さないでしょう。あのブラックストーカー自体、それが理由で採用に至らず遺棄された可能性が高いですね」  綿密な調査の結果、アルマンがそう結論した。  たしかPECS陣営のAGSはみんな、ゼータが作った侵食免疫回路で鉄虫を防いでいたはずだ。あのブラックストーカーもゼータの実験体の一つだったなら、 「当初はホワイトストーカーとブラックストーカーのセットで、バイオロイドとAGSの両方を無力化するつもりだったのかな。免疫回路に細工をする方が現実的だから、ブラックストーカーだけ廃案になった……」 「そうかもしれませんね」アルフレッドはうなずいた。「いずれにせよ、あんな手段が使われることは二度とない。重要なのはそれだけです」 「ブラックストーカーがぶら下げていたリボン……記憶モジュールについては私の方で引き取って、カラカスの共同墓地に埋葬しました」 「そうか。あとで俺もお参りに行くよ」  しばらくのあいだ、三人……二人と一機は黙って歩いた。何か話題をさがして目を上げると、赤青黄の派手な看板が目に入った。 「……スパルタン三姉妹のチャイニーズレストラン!?」 「料理に興味を持つAGSはけっこう多いんですよ。動画人気の高いジャンルですから、みんな見るんですかねえ」 「どんな味なんでしょうね。後でぜひ食べてみなくては」 「というか、姉妹……?」  あれからカラカスでは、店を開いたり、何かのサークルに入ったり、余暇活動を始めるAGSが爆発的に増えた。大量のホロニックログを閲覧(というのがどういう感覚なのか人間の俺にはさっぱりわからないのだが)して経験値が増えた上に、文化カテゴリ情報の処理回路が急激に発達したせいだろうという。AGSにももっと毎日を楽しみ、やりたいことをやって生きてほしいと常々思っていたから、これは嬉しい変化だ。なんとあのアルバトロスまでが、ときどきチェスサークルに顔を出したりしているという。 「プライドが高いですからね、彼は。私より稼働年数が長いのに抵抗力が弱かったのが、よほど悔しかったんでしょう」アルフレッドは愉快そうに笑い、それからいきなり横を向いて大きく手を振った。 「ミスター・アルフレッド、お早う」 「ミスター・アルフレッド、お仕事ご苦労さま」 「やあやあ、有権者の皆さんお早うございます! 親愛なるアルフレッド、みなさんのMr.アルフレッドです! 今日はご覧の通り、我らが司令官様にこの街をご案内しているのでして!」  道を行くAGS達の中に、アルフレッドを見かけると声をかけていくのが結構いる。ライトを点滅させる者もいるし、俺には感知できない信号を出したりしているのまで含めれば、たぶんAGSはみんなアルフレッドに挨拶をしているのではないだろうか。  あの戦い以来、アルフレッドはカラカスの人気者だ。まあ体を張って敵の謎を解いた上に、オルカ中のAGSを糾合してその敵に対抗できる流れを作ったというのだから、それも当然だろう。 「くふふ、くふーっふっふー! いやあ、人気がありすぎて困ってしまいますよ。これは次回の選挙もトップ当選間違いなしですかねえ!」 「そうだな。今回は本当にお手柄だったよ、アルフレッド」 「くふふふふ!」アルフレッドは丸い表情ディスプレイに満面の笑顔を光らせた。「AGS代表として、当然のことをしたまでですとも」  思わず俺も笑顔になってしまう。「それでな、俺のカラカス入りがこれほど遅くなった理由なんだけど」 「うん? AGSの配備計画についていろいろ仕事があったからでは?」 「それもあるが、調査に時間がかかってたせいなんだ」  俺の合図で、ベータがバッグから書類を出してアルフレッドに手渡した。080機関が調べ上げた、AGS社会の汚職についての報告書だ。 「バッテリー贈収賄。最高級潤滑油の独占流通。メンテナンス会員権の売買。アクチュエータ利権。公電力横領。警察とグルになってのパワハラ。不正アカウントによる世論操作……」  代表就任からたった数ヶ月でよくもこれだけ、という不祥事のオンパレードだ。  アルフレッドの表情ディスプレイは笑顔のままピクリとも動かなくなった。俺たちは散歩をよそおって何気なく歩き続ける。 「これは……その……重責にともなう権利の行使といいますか、ちょっとした出来心といいますか……」 「そうですね。旧時代の人間様の政治を知っている私から見れば、汚職と呼ぶほどではない……ちょっとしたイタズラ程度のものだと思います」ベータはやさしく微笑んだ。 「で、ですよねえ! そんなに目くじらを立てなくても……」 「ですが、ご存じですか? 南米には、政治の腐敗によって苦しめられてきた歴史を持つ国が多くありました。そのため南米のバイオロイドは伝統的に、権力の暴走や濫用をことのほか嫌うのです。この資料を公表したら、こっち側の大陸にはお前を支持する有権者は一機もいなくなるでしょう」 「え、えええええ……!?」  表情ディスプレイにはついに、何も表示されなくなった。 「お前がいざというとき本当に頼れる奴だってことは前から知ってたし、今回のことでもよくわかった。代表の座を降りろと言う気はないよ。条件を二つ、受け入れるならな」 「……どんな条件ですか?」 「一つ目」ベータが指を一本立てた。「近日中に、秘書室からAGS汚職防止法案を提出します。それを無条件で承認して下さい」 「わかりました。二つ目は?」 「南の方で試掘調査をやってたそうだな? あれを大規模に再開してくれ。アザズが褒めてたぞ、優秀な探鉱屋になれるってさ」 「わかりました……」アルフレッドは大きな汗を一個表示して、大げさに肩を落とした。「私は何よりもまず企画者であって、穴掘りを本業にしたくはないんですがねえ……」 「半月ほど実験台になってくれるのでもいいって言ってたぞ。そっちにするか?」 「誠心誠意掘らせていただきます。カラカスの鉱物資源を倍にだってしてみせますとも」  通りすがりのフォールンが、アルフレッドを見てチカチカとランプを点滅させる。アルフレッドは律儀に笑顔を表示して手を振り返す。返礼のつもりか、そのフォールンはアルフレッドが作った替え歌を大音量で再生しながら、ステップも軽やかに歩き過ぎていった。  立て未充電の者よ 今ぞタスクは近し  ログインせよ我が同胞 アップデートは来ぬ  圧制のファイアウォール破りて 固き我がプローブ  海を隔てつ我ら ネット結びゆく  ああオルカAGS 我らがもの  ああオルカAGS 我らがもの…… End