気がつくと、ひまわりは見覚えのない場所にいた。 どこかのビル街だろうか……しかし道にも建物にも生活感というものが感じられない。 止まっている車も何か違和感を感じる。道路には歩く人や走る車が全く見られない。 そう、まるで造り物のような…… そこまで考えて、ひまわりは自分の状況を頭の中で整理してみた。 確か今日は、デジ対主催の日帰り懇親会ツアーのはずだ。 デジ対主催と銘打ってはいるものの、実態はひまわりがデジ対の年度末の余剰予算を使って催行したようなものだが。 佐野サービスエリアを出発し、貸切バスの中で映画の上映を再開したところまでは覚えている。 いつのまにか寝てしまったのだろうか……あの映画で?とさらに疑問が深まるひまわりのほうに、誰か近づいてくるのが見えた。 状況が不明だ、とりあえずダーを進化できるように……とそこでキンダーハイモンの姿がないことに気付いた。 まずい!デジモンがいなければ自分はただの女子小学生でしかない。 「ガオーッ!……あれ、驚いてないなあ?」近づいてきた何者かは、いきなり両手を前に掲げて吠えた。 そのモーションに既視感を感じながらも、ひまわりは注意深く目の前の人物を観察した。 どう見ても人間だ。ボサッとした髪の毛に口ひげを蓄えた中年の男性にしか見えない。 「おじさんは……誰?ここはどこ?」問いつつ観察を続ける。 デジヴァイスの類は見当たらない。どこかに隠し持っている可能性もあるので油断はできない。 近くにパートナーデジモンの姿は見えない。影に隠れたり透明になれるデジモンの可能性もある。 「……あっ、あーあー、違う違う!俺は敵とかそういうのじゃないから!」ひまわりの警戒感もあらわな様子に、自分がどう見られているかようやく気づいたようだ。 「いやまあ、悪役ばっかやってきたから信じられないかもしれないけど、ここじゃ違うから!」 「……?」半信半疑のひまわりはまだ警戒を解かない。 「ここは夢の中、って言えば理解できる?」そう言われると腑に落ちるのだが、それを夢の中の人物に説明されるのは納得がいかない。 確かに、微妙に現実感の薄い周囲の風景に、キンダーハイモンがいない状況、夢だと考えれば納得できるのだが……。 第一、ひまわりは目の前の人物の顔にまったく見覚えがなかった。しかし、なぜか既視感がぬぐえない。 「まあ、どちらかって言うと俺の夢の世界にお嬢ちゃんの夢の世界が巻き込まれた、って感じかな。」 垂れ目気味の中年男性の顔が申し訳なさそうな表情をする。しかしそこから受ける印象はイタズラがバレた子どものようだった。 「どういう……ことなの?」 「あー……お嬢ちゃん、『生きてる人間』だよねえ?じゃあ……臨死体験とかしたことある?」 男の問いにひまわりは思い当たる節があった。ひまわりは一時、歴史改変の影響で『消失』状態にあった。 それを死んでいると表現するなら、ある意味では臨死体験と呼べるかもしれない。 「それか何か俺が出てた……いや、怪獣映画とか見てたり、そういうイベントに行ってたりとか……」 「あっ。」それこそ今まさに、怪獣映画を見ながら自身が主催するイベントの真っ最中である。 「あー、成程ね。そっかぁ、だから引きずり込まれちゃったんだぁ。」そう言って男は後頭部を掻きむしる。 その時、何かを感じてひまわりは動きを止めた。注意深く周りを見回し、感覚を研ぎ澄ませる。 ズシン……ズシン……静かに低く、音が、振動が、遠くから響いてくる。 ズズン……ズズン……それらは徐々に強くなっていき、発生源が近づいてきているのが感じられた。 「何か……来る!」おそらくは巨体で重量級の、完全体かもしかしたら究極体のデジモン。 「見つかったな。」男が後ろを振り返る。音と振動は大きくなり、油断してると転んでしまいそうだ。 ビルの影から銀色に輝く巨体がぬっと現れた。 「……あれは、ムゲン……ドラモン!」 その瞬間、ひまわりは風景に感じていた違和感の正体に気づいた。 これは現実に存在しているビルじゃない。これらのビルは、着ぐるみ撮影の時に使われるプロップだ! 夢の中だからできるのだろうが、現実のビルと同じ大きさになった破壊されて魅せるためのセットだ。 走っている車がないのも、オブジェクト全部に造り物っぽさを感じるのも、これらが全部実物大になったミニチュアだからだ。 「へえ、お嬢ちゃんにはそう認識されるんだ?」男の言葉にひまわりの頭に疑問が浮かんだ。 いや、あれは本当にムゲンドラモンなのか?本当の名前と姿はもっと別の……メカゴ……ダメだ、思い出せない。 確かに知ってるはずの、デジモンではない別の存在、実在しないはずの存在の名と姿が浮かびそうになると掻き消えてしまう。 しかし、あれが何であれ、巨大な体躯と強大な力を持った脅威であることは疑う余地がない。 そして、それはひまわりと男に対して敵意を向けているようだ、ということも感じられた。 「まあ、そうだよな。『俺の敵』として出てくるならあいつぐらいしかいないよな。」男はそう言うと銀の怪獣のほうへと歩き出した。 「安心しな、コイツの相手は俺がする。」男の体が大きくなっていく。姿勢が前傾し、太長い尾が伸びてくる。 体躯はぐんぐんと巨大化し、程なくして銀の怪獣と大差ない大きさになる。その姿は―― 「……ダイナ、モン……なの?」ダイナモン、しかしその体表は赤ではなく、ほぼ黒と言っていいぐらいに暗い紫色に覆われていた。 背中や口元から紫白色の光……いや、光る何かが漏れ出している。 「いや、ダイナモンじゃなくて……ゴ……だめだ、思い出せない。」自分の心の奥底は感じ取っている。 それの本当の名前も姿もダイナモンではなく、もっと別のなにかであることを。 実在しないはずの何か、だけど自分が知っているはずの何か、その何かが思い出せない。いや、思い出せなくさせられている。 「お嬢ちゃん、ここは俺に任せて、お嬢ちゃんは自分の帰るところに帰りな。」 帰るべきところに帰れ、その言葉で『姉』のことを思い出す。彼女がいたら、目の前で起きてることを説明してくれるのだろうか? いや、そんなことより…… 「おじさん!スピノモンはいなくても大丈夫なの!?」ひまわりは大声を張り上げた。 なぜそんな言葉が出てきたのか自分でも理解できない。そもそも何故『彼にはスピノモンの味方がいる』と認識したのだろうか。 あれは終始敵対していたし、恐竜だし、本当はスピノモンじゃなくてチタノザ……そこで思考が強制的に中断される。 「ああ、あいつはまだこっちには来れない。」何かを懐かしむような、ダイナモンの声。 「ま、これが俺の履歴で数少ない『ヒーロー』やった実績だからな、一人でも頑張るさ。」そう言うとダイナモンは口を開け首を振りかぶる。 対峙するムゲンドラモンも同様に振りかぶる。 「おじさん!!」ひまわりが叫ぶと同時に、双方が必殺技を放つ。 ダイナブレスと∞キャノン、二つの光る奔流が衝突する。 なぜか紫色の光となったダイナブレス、なぜか虹色に光って両目から放たれる∞キャノン。 そのことになぜか何の違和感も感じることなく、ひまわりはそれを見上げた。 衝突は大きな光を生み、それは爆発するようにひまわりの視界を覆い尽くして―― 「お嬢ちゃん、俺達の仕事のことを好きになってくれて、ありがとう。」 最後にそんな声が聞こえた、ような気がした。 「ひまちゃん、そろそろ起きて!」気がつくと、バスの通路側の席に座っていた。 キンダーハイモンがひまわりの体を揺すっていた。大きな遠心力を感じる。 どうやらバスは須賀川インターチェンジのランプウェイを下っているようだ。もう目的地が近い。 前方の大型モニターを見ると、上映されていた映画はもうエンドロールに突入していた。 「はいみんなお疲れ様―!以上『メカゴジラの逆襲』でしたー! 客性最前部で今回のガイド役として協力をお願いしたKazemon仮面を名乗る長身の女性が朗らかに言う。 本当は普段はそんな格好でも名前でもないのだが、今回の参加者名簿を確認したひまわりが急遽この変装を提案したのだ。 どうみてもフェアリモンにしか見えないが、彼女がKazemon仮面と名乗っているからおそらく人間なのだろう。 ひまわりが振り返ると、やや後ろ寄りの通常席に赤髪の男子高校生がいた。 中性的というより女性的な顔立ちの彼の隣には、すこし目つきの鋭い女子高生が座っている。おそらく二人はカップルなのだろう。 反対側の席にはヴォーボモンとデビドラモンが仲良く座っている。 さらに後ろの方に視線を移すと、サロンシートには以前いっしょに恐竜博物館に行った織姫がいた。 その隣には白いロングヘアーで眼鏡の女性が座っている。確か名簿には橘樹と書いてあった。どうやら大学での知り合いらしい。 向かい側には織姫とどことなく似た雰囲気の女性……たしかこちらは千明だったか。 こちらは隣りに座っている男性と話し込んでいる。どうやら四人で特撮談義に花が咲いているようだ。 男性は芝内と書かれていたが一緒に参加申し込みされていた二人は全員名字が違っていた。この幼い少女と男子中学生と成人男性は一応親族であるらしい。 だがこの二人は男性ほどは特撮には興味を持っているようではなく、二人だけで話しながら外の風景を指さしていたりする。 前の方の座席には、盤田や鏡見に風吹といったデジ対と関わりのある一般テイマーたちや引率役として着いてきたデジ対職員の詩虎とベルゼブモンの姿もある。 「みなさーん!もうすぐバスは本日最初の目的地である須賀川特撮アーカイブセンターに到着しまーす!」 Kazemon仮面が元気よく案内する。それを見て赤毛の少年は不思議そうに首をひねっている。 やはり何か引っかかっているようだが、それが何なのかまでは気付けないようだ。 なんとかこのまま押し切っていけば、彼女の正体がユーコであることを隠し通せるだろう。 そう考えていたひまわりは、帰りのバスの中で彼女が『極底探検船ポーラーボーラ』を上映しようとして冷や汗をかくことをまだ知らない。 駐車場に入ったバスの窓から、建物の外壁が見えた。壁には巨大な怪獣の壁画が描かれている。 須賀川特撮アーカイブセンターのオリジナル怪獣、スカキングだ。 「行こうダー、今日はこの『特撮と怪獣のまち』を全力で楽しむよ!」先程まで見た夢の内容をそっと頭の片隅にしまいつつ。 宝摩ひまわりは、席を立つとキンダーハイモンの手を取った。 (了) 須賀川市と須賀川特撮アーカイブセンター 円谷英二の生まれ故郷である福島県須賀川市はウルトラマンと怪獣、特撮を地域の主要な観光資源とし、そのための活動を続けています。 市役所前にはウルトラの父の像が立ち、市街地のあちこちに怪獣やウルトラマンたちの様々な像が設置されています。 また、中心部にある市民交流センター内には円谷英二ミュージアムもあり、彼の特撮への原点を学ぶことができます。 しかし何よりも特撮研究において重要なのは、郊外に建設された特撮アーカイブセンターの存在でしょう。 ここは特撮に関するあらゆる資料の収集・保管・研究を行う施設であり、多数の貴重な資料が収められています。 特撮や怪獣が大好きな人なら、須賀川市は一度は訪れる価値のある場所だと言えます。 蛇足 少し自分語りをします。 幼い頃、両親と仲のいいヒゲのオジサンがいました。 このオジサンは私のことを怪獣のマネで脅かして怖がらせてくるので、私は少しだけ苦手に思っていました。 そのオジサンが、超獣からブレインロボットに至るまで数多くの悪役怪獣の中に入って動かしていたことを知ったのは、オジサンが亡くなってしばらく経った頃でした。 怪獣のマネは、マネじゃなかったのです。 近年になってオジサンの仕事を調べていますが、あまり成果はあがりませんでした。 ただ、形見分けとして何冊かの撮影用台本が我が家にも残されていました。 自分が持っていてもただのコレクションにしかならない、そう悩んでいたところに須賀川アーカイブセンターの存在を知りました。 結局、台本はすべてそこに寄贈しました。それが、あのオジサンが生きていた証になると思ったからです。 最終的に背中を押したのは、イモゲンチャーの特撮貫……特撮好きの皆さんの存在もありました。 オジサンが亡くなって30年になりますが、ありがたいことに怪獣特撮は今も健在です。 願わくば、デジモンシリーズも、ゴジラやウルトラマンと同様に長続きして、世代を超えて愛されるコンテンツになりますように。 ……でも、イモゲンチャーはデジモン二次創作だってのは忘れないでね!貫通も程々にね!!