『行く先は決めてるのですか?』 『いや、特に決めてないよ。無計画な方がまたトラブルが起こってもかえって対応が楽だ』 『まさか、そんなこと…』 『ないと言えるかい?』 『あはは…』  クリストは苦笑いするしかない。彼女の周囲で起こるトラブルや大騒動。それは彼女の伝説になっていた。 "ダイ・ハード" それが不運の呪いにかけられし彼女の異名なのだから。 『最悪な時に、最悪な場所にいるシスターですからね貴女は』 『私の運命だな』  暫し二人で笑い合うと、よっと荷物を背負いなおす。 『ボーリャックとマリアン殿にも宜しく言っといてくれ』  クリストが頷くと最後にもう一度笑って、青髪をなびかせながら背を向ける。クリストは遠ざかる彼女の背中に大声で叫んだ。 『楽しい旅を!ブルー!』 『君もね!クリスト!』   ********************  帰りたい、聖騎士イザベルは痛切にそう思った。自分が仲介してセッティングしたお茶会なのに、だ。 「…すんまへん、もういっぺん言うてもらえしまへんか?」  頬を引き攣らせたジュダが、凍り付いて動かないイザベラに代わって質問する。  テーブルの対面の椅子に座っているブルーヘアーのシスター、スウィリィ=ブルーがジュダの言葉に頷いた。 「ああ、私と彼──」  一瞬言葉を止め、ブルーが目的の人物に視線を送る。 「クリストと夫婦にならせてほしい」  切欠はブルーがイザベルの下を訪れたことだった。 『あんにゃろ…教皇殿からとある護衛ミッションを請け負っているのだが、異性のパートナーが急遽必要となった。そこでクリストの助力を借りたい』  と相談してきたブルーに、聖騎士としての義侠心に駆られたイザベルは仲介役を引き受け、彼が所属するイザベラのPTに彼女を紹介した。  ブルーの任務の詳しい内容も碌に聞かずに。 「王家で開かれる社交パーティーに護衛対象が参加するため自分も潜り込む必要があり、偽装夫婦の相方としてクリストをお借りしたい」 「ふむ…」  真面目に考え込むクリストに、ブルー以外の全員が「まじかこいつ」という顔を向けた。 「…あの~、サーヴァインさんじゃ駄目だったんで…?」  せめてもの抵抗とばかりにヴリッグズが手を挙げるが、あっさりブルーに否定される。 「いや、夫婦を装うんだ。任務に集中するためにも気心が知れてる男の方がいい」 「そ、そうかい」  長考していたクリストが彼女の言葉に意を決すると深く頷いた。 「その任務、受けましょう」 「えっ」  ここまで無言だったイザベラが彼の決断に裏返ったような悲鳴をあげた。 「大丈夫ですイザベラ様、短期間の任務ですし終わればすぐに戻ります」 「うん、報酬もしっかりと用意するよ」 (((そうじゃねーよ))))  クリストとブルーの言葉に思わずジュダ、イザベル、ヴリッグズは心中で同時にツッコむが、彼等に届くことはなかった。 「ではよろしくたのむ。一旦この話はお開きにしようか」 「あれ?いいのですか?」  苦笑交じりにブルーが怪訝な顔を浮かべるクリストに説明をする。 「関係者以外の前で踏み込んだ話はできないよ。気を悪くしないでくれ、こちらにも守秘義務というものがあるんだ」  クリストが驚いた顔を見せる。その顔は凛とした聖騎士ではなく、年相応の青年らしい無邪気なものだった。 「おや?貴方守秘義務とか気にする人でしたっけ」 「煩いよ、時勢だ」 「ああ、そういうことですか……ふふっ」 「なんだよぉ…」 (なにこれ?)という視線をジュダとヴリッグズに向けられたイザベルの頬に、一筋の冷や汗がつぅっ…と流れる。打ち解けた様子で会話しているクリストとブルー。奥ゆかしいクリストにしては珍しい態度だった。 「…ブルーさんってどういう仲なんですかい?」 イザベルに小声でヴリッグズがクリストとブルーの仲を訊ねる。彼の視線の先には複雑な面持ちで二人を見つめるイザベラの姿があった。 「ああ…、聖都が崩壊する前からの仲だ。戦友ともいえる間柄で、どうも聖都を立ち寄ったブルー殿とクリストは意気投合したらしい」 「詳しくは知らんが」とイザベルが話し終えると、頷きながら聞いていたヴリッグズが、険しい顔をしているジュダに今聞いた内容を耳打ちする。 「最後にクリスト、偽装夫婦を演ずるにあたって一つ気を付けてほしいことがある」 「はい、なんでしょうかブルーさん」  短いが、衝撃的な依頼を見事果たしたブルーが、ティーカップを持ち上げながらクリストに話しかける。カップの残りを飲み干したブルーがかカップを置くと、がたっ椅子から立ち上がる。クリストの座っている椅子の斜め後ろの位置に移動すると、彼の肩に手を置きながら優しく、囁くように言った。 「私たちは偽とはいえ夫婦だ。そのような他人行儀な話し方は困るな」  がたっ、と誰かの椅子が揺れる音がした。イザベルも、ジュダも、ヴリッグズもその音の震源地を見ないよう全神経を集中させた。  虚を突かれたような表情で暫しブルーの顔を見上げていたクリストだったが、やがてふっと笑うと自分も椅子から立ち上がり、ブルーと正面から向かい合った。 「僕が悪かった。ごめんよ」 「改めて、色々頼りない良人だと思うけどよろしくね、ブルー」 「こちらこそ、不束者ですが宜しくお願いいたします。クリスト…いえ、貴方」 「イザベルはん…?後で、ゆぅっくりお話しましょか……ふふふふっ」  いつの間にかイザベルの背後に回ったジュダの言葉にこくこくイザベルは頷く。その口調は極めて穏やかだったものにも関わらず、なぜかイザベルの脳内に首切り役人の前に引き出された死刑囚のイメージが浮かんできた。  視界の端に石像のように微動だにしないまま、穏やかならぬ色の魔力が漏れ出てるイザベラを入れながら、イザベルは心中で思い切り叫んだ。 (今日の件の恨みも込めて晴らさせてもらうぞ、ボーリャックッ!)