あなたは銀河連邦所属の、ただの兵士だ。いくらでも換えが利く。 特殊な力など望むべくもなく、生まれも平凡。幼少期に体験した特別な出来事も何もない。 同僚と比較して優れた点は――あればよかったのだが。欠点を数える方が早かろう。 ただ悪運だけはあるようだった。命からがら、逃げ延びてきた回数は人より多い。 もとより、広すぎる宇宙の平和を一つの組織が担うなど無理な話なのである。 いつどこで誰が起こすかわからない犯罪に、限られた人員を完璧に配分できるわけがない。 大抵は――たまたま、基地に配属されていただけの連中があてがわれる。そして死ぬ。 その一度の出撃で、兵士としての人生を終わらせてしまうのがほとんどだとするなら―― 他の兵士に比べて明らかに災難との遭遇率が高い、そんな生き様であると言えよう。 そんな無数の厄介事、事案を容易く乗り越えられるような英雄は滅多に生まれない。 だからといって常に頭数を減らされ続けていては組織として成り立たない―― 足りない人手を外部への委託で補うのは、軍においても同じことである。 出撃前の会議、手洗いから会議室に戻る最中――すれ違った大柄な金属の塊。 橙色の、丸みを帯びた――どこか生物的な印象さえ与えるその姿には見覚えもあろう。 咄嗟に口の中を小さく跳ねた名に、相手はちらりと視線を向けた――緑の硝子越しに。 銀河最強と名高い賞金稼ぎ。宇宙海賊の基地をいくつも潰してきただとか、 危険な生物の跋扈する星から生還し、あまつさえ殲滅してきただとか―― その冒険の記録を纏めるだけで、何冊の本になるのだろうか。 会議の最中にも、視線はちらちらと橙の上をなぞった――材質は何なのだろうか。 右手の砲塔は、弾を装填するにも不便そうだがどうやって扱うのか? ぼんやりと眺めているうちに――ぽん、と肩を叩かれて自分が何やら大役を授かったことを知る。 どうやら、次の作戦ではこの賞金稼ぎ様の後について補助をせねばならぬらしい―― 冷ややかな視線を感じる。上司が何やらと、これまでの戦歴をご説明くださりやがっている。 戦場の名にいくらか聞き覚えがあったのか、どうやら最低限の信頼だけは得られたようだ。 もっとも、相手の解決した事件と比べれば子供の喧嘩のようなものに過ぎないのだが。 宇宙船の中――気まずい沈黙が流れる。世間話を振ったところで反応はない。 これから死地に向かおうというのだ。笑い話をするだけの元気はとてもなく、 下世話な話は――冒頭を話し始めた途端、無言の圧力によって押さえつけられた。 男所帯でなら滑り知らずの鉄板だったと言うのに――刑場に連れられる囚人の心情を思う。 だがこれから行く先は、刑務所に放り込む手間さえ惜しい、悪党共の巣なのである。 飛び交う弾丸、弾け飛ぶ装甲と肉片を思って――今から気が滅入ってくる。 いつ死ぬかもわからぬ一介の兵士風情には、救いが必要なのであった。 生命を掛けたというのに――誰の心にも残らず消えるのなら、何のための人生であろうか? 宇宙海賊の連中が熱線を浴びて無残に弾け飛びた破片、溶け残った殻を見ると、 彼らと自分との本質的な差異が、次第にわからなくなってくる――立場が秩序と混沌、 その両極端であるだけで、使い潰される駒であることに変わりはあるまい。 動かないことが明らかな死骸に銃口を向けることの、何と虚しいことか。 ほとんど事務的に、暗がりに構える――相方が掃討し終えているのだ、残党などいるわけが―― 誰もいない。死体しかない。ちょうど今断末魔が上がったばかり。 うんざりした気分で、まだ一発の弾丸も放たれていない役立たずを持ち上げると、 ちょうど物陰から、飛び掛かろうとしている一体の甲殻系の宇宙海賊を見つけた。 無感動に引き金を引き、物言わぬ骸へと変えてやる―― するとその発砲音に驚いたか、先行していた賞金稼ぎ殿はこちらに向き直り、 左手の親指を上げる――卑屈な精神には、馬鹿にしているようにしか思えなかった。 結局、任務中に放ったのはその一発限り、活躍らしい活躍などしていない。 ――それが、なぜこのような事態になっているのか。記憶は動揺によって混濁し、 目の前の女が今ここにいるのは、自分がどこぞの路地裏で買ったからだったかと思い始める。 しかしそこらの安娼婦の中に、これだけの上物がいるわけはなかった。 当然、顔のいくらかましな層を呼べるだけの稼ぎは持ち合わせていない。 では一体――と思考が答えのない堂々巡りに陥りそうになったところに、女は問うた。 私の身体では足りないか――と。その男めいたきっぱりした口調には聞き覚えがある。 鎧の中のくぐもった声、どこか優しさの感じられる響き――記憶が現在と結びつく。 共に出撃し、生還するような相手はこれまでほとんどいなかった――と女は言った。 自分は疫病神かもしれない、仲間も知り合いも皆生命を落としてしまうのだ―― 碧く美しい瞳には、隠れようのない寂しさが滲んでいる。 そしてそれを僅かに細めた時の媚態たるや。商売女も背を向けて逃げ出すだろう。 助けられた礼だ、と彼女は言う。たった一発の弾代にしては高すぎるだろう。 有無を言わさず、その豊満な胸に、手を掴まれ、誘導させられる。 柔らかな肉の塊に指が沈み――弾力ある乳首が、ぐいぐいと掌を押し返してくる。 安宿の一室に呼び出されたかと思えば、天井に付きそうな巨躯の鎧が光の中に溶け、 中から金髪の美女が現れただけでなく、都合のいい話を持ちかけてくる―― 人に話せば精神疾患か、悪くすれば薬物の使用歴を探られもしよう。 ただ目の前の、熱く、柔らかく、甘ったるい女体は妄想の産物とは思えなかった。 乳房の上を垂れる汗が、手の甲に降りて――気化熱にひやりと冷えるこの感覚が、嘘だろうか? そして唇の感触。舌に絡む唾液の味。勢いよくそり立っていく我が相棒の脈動よ―― いっそこれが全て、走馬灯に紛れた幻であるとしても構わなかった。 女は豊満な身体を惜しみなく押し付けてきて、その柔らかさを本能に理解させようとする。 地球人種としての自分の魅力を、完璧に理解した上で武器としても使っているかのように。 そして実際に、そんなものを至近で振り回されて平静でいられる男はいない。 固くなった性器を、淫猥な手つきで撫で擦られながら――耳元で囁かれようものなら。 だが不意に、思考は冷静さを取り戻す――この相手が、自分である必要性はあるのかと。 単に、身体を持て余したどこぞの痴女の遊戯に付き合わされているだけではあるまいか? その内には、数多の病原体が巣食っていて――道連れを求めているだけでは? そんな防衛反応も、結局は蕩かされていく――考えていくのが、馬鹿らしく、なる。 望外の幸福を素直に受け止められないのは、やはり性分というものであろう。 ただ死に損なってきただけの自分。“本物”にはなれない自分。運がいいだけの、自分―― すぐに澱みに沈んでいこうとする心を、女は何度も引き上げてくるのであった。 “次”も背中を預けたい。そちらさえよければ、連絡先を交換したい。平時でも―― まるで軟派ではないか、と思う一方で、それを断るだけの合理的な理由も見つからない。 何より、膣肉の中に性器を飲み込まれている今――格好つけて何になる? 腰のうねりは止まらず、目の前の雌に種をつけたい――その反応だけが思考を満たす。 ただ快楽のためだけに、今後の全てを失ったとして、後悔はしないだろう。 ただ腰を振って、柔らかな肌の中に溺れていくことが――どれだけ幸福なことか。 舌を絡める。腰を打ちつける。中に精を吐く。押しつけられた胸の感触にまたすぐにいきり立つ。 そしてまた、繰り返す――指と指は自然に重なって、ずっと昔からの恋人のよう。 不相応な幸福の代価は、やはり相応に重いのだ。気は沈む。けれど、考えてもいられない。 やがて二人の肉体の境界ごとどろどろになって溶け合っていってしまって、 気付けば窓の外は白く、短針は下を向いている。鳥の鳴き声も甲高い。 二人分の体液でどろどろになった部屋を後にする際に――女はそっと、指を絡めてくるのだった。 彼女に再会することは、決して望ましいことではなかった――ほとんどは仕事でのことだから。 そしてそうなる時は、得てして生死の境を彷徨うようなろくでもない現場に放り込まれる。 弾痕が深々と残った脇腹。皮膚が引きつってそこだけ毛が生えない太腿の創傷。 頬には火傷の跡が残り、右の耳は少し聞こえが悪くなった。喉もがらがらと枯れている。 それでも生命と四肢だけは残っているから――また、どこかに送られるのだろう。 その後には、必ずまた身体を重ね合う。戦いの中で付いた傷を――彼女が癒すかのように、 丹念に舐め、撫で回し、それが心臓の上でなかったことを喜ぶ。 肌を重ねた相手が生き残っていることによって――自分が疫病神ではないこと、 真っ当な人付き合いができるのだということを、彼女は確かめているようだった。 腕の中に包まれている時のその姿は――確かに、一人のか弱い女にしか思えなかった。 遺伝子から何から、大きく手を加えられて――純粋な人間ではないのだ、と。 子を宿せるかどうかも、自分でもわからない身体なのだと打ち明けられて―― できることはただ、その奥の奥に、雄としての全てを吐くことだけだった。 腕は無事だった。が、右腕の腱を痛めて引き金を引けなくなると、流石に除隊の口実は立つ。 箸より重いものが持てない身体になった――という話の種だけを土産に。 現役の頃は不死身の英雄だなんだとおだてていた連中も、退役すれば冷たいもの。 故郷に建てた小さな家に、俺は逃げ帰るように去っていった――だが後悔はない。 三人の子と共に待つ身重の妻が、そこにはいるのだから。