二次元裏@ふたば

画像ファイル名:1772293719732.jpg-(152199 B)
152199 B26/03/01(日)00:48:39No.1406558588そうだねx2 02:39頃消えます
 ふと、考えることがある。
 賢さとはどのようなときに揮われるべきか。
 意中の相手に薔薇の花束を渡す時だろうか。
 それとも――

「――居ないじゃないか」
 手持ち無沙汰なまま、誰かを待たねばならない状況下だろうか、と。

 今時分は、すべてにケリが付いたあとの牢屋敷。
 以前の世界をなぞるように、ノアのアトリエとして使われ始めた、あの一室。その陽当たりだけはやけにいい一角で。この場と自分にはいささか似合わないだろう、小洒落た籐のバスケットを手に提げながら、私は。ひとり空しい溜め息を吐いていた。
 差し込んだ陽で白く明る床面に、郊外の草原の方がお似合いだろうパステルカラーのシートを引いて。その場にひとり腰を下ろして、ゆっくりとあたりを見回せば。いつかの事件で崩れた(あの未来にはならなかったのだから、崩れていたというのが正しいか)テラス付近には、立ち入りに際した注意喚起のスプレーアートが描かれていた。
126/03/01(日)00:49:02No.1406558736+
 荒んだ都会の高架下に頻出する、出来の悪い落書きに酷似したそれは、室内においてはいささか前衛的に過ぎる気もするが、危険性を誇示するにはこれぐらいの方が良いのかもしれない。まあ、正直なところあまり認めたくはないけれど。彼女が手ずから描いた物だから許すしかない。
 甘いよなと呟こうとしたとき。さあっ、と。緑の香りを連れた風が窓辺から吹き込む。床に踊る小さな綿埃を見送って、思う。廃墟と呼ばれるのもそう遠くはないこの場所だが、アトリエと呼ばれるに相応しいものは一通り揃っているから、嗚呼。いつまでも此処は雑然とした場所で変わらないのだろうな、と。
 勿論、憂いているわけではない。満ちているのだ。いくら整理整頓したところで、古めかしい色合いのイーゼルに、まだ白い部分の目立つカンバスは今日と同じところに戻ってくるのだろう。そう確信させるような正しさに。
 けれど。
 そんなセンチメンタルなんて塵芥のごとく。
 あっさりと蹴飛ばしてしまうほど。
 私の求めているものはいま。
 この場には決定的なまでに欠けていた。
226/03/01(日)00:49:26No.1406558855+
 ゆえに完璧でない。やるせない。けれど不服は後に付いてくる。原因に対して特定可能な理由があるからだ。昼には戻ってくるとの話だったが、予定のすり合わせに認識の相違でもあったろうか。
「いや……」
 彼女のことだ、魔法という毒気の抜けた孤島を散策することにばかり夢中で、上手な時間の扱い方なんて忘れてしまっているのだ。すっぽかされたのともまた違う。彼女にとっての優先順位が入れ替わっただけなのだろう。有り体に言って『正しく』はないが、そう考えた方がしっくりくるし、待たされる側としても諦めがつく。
 そもそも、お腹が空いたら戻ってくる、みたいな。動物的センスに頼りきりの、時間感覚の掴みづらい予定立てをしていたうえに、そもそも平時でも「おまたせ」の時間に来ないなんていつものことなのだから、これを予見しなかった私の不徳の致すところ、という方が『正しい』はずだ。
 いや、待て。
「……何を考えているんだ、私は」
 数回強めに、右に左と頭を振って。脳内にとめどなく湧いて来る『希望的観測』を振り払う。いつも通りの冷静さをようやく――実際はほんのわずかに取り戻した刹那――右の鼓膜に羽ばたきの音が響いた。
326/03/01(日)00:49:48No.1406559014+
「また君、か」
 来訪者の方に視線をやって、影と形をとらえてから。これ以上言葉をやり取りするような相手でも無かったから、ほう、と息を吐く。いつからか、崩れかけのテラスから、渡り鳥らしき白い鳥が入り込んでくるようになった。彼らは今日も、デッサンの修正に用いた、木炭を吸ったパンの消しくずを求めている。ちちち、と。くちばしを忙しなく動かしながら、時折私のことをつぶらな黒い瞳で不思議そうに見つめてくる。
 ねえ、ぼうっとしてどうしたの。
 キミはお腹空かないの?
 ボクみたいにご飯を食べればいいのに。
 誰かじゃなくて、ご飯が待ってるよ?
「シビアだな、キミは」
 アトリエの木板をついばむ鳥の後ろ背を眺めながら、自分の腹を撫でてみれば、ぐう。そこからは気楽に過ぎるメロディーが響いて。たしたしと床をたたく鳥の声だけが後に続く。ああ、お腹も空いたし退屈だ。自分は動かないと死ぬような生態の持ち主ではないが、ひたすらに待つだけというのを尊がれるほど、乙女の性質というものを持ち合わせているわけではない。
426/03/01(日)00:50:24No.1406559235+
「食べてしまおうか、もう」
 何より、囚われの少女たちに三大欲求の面からストレスを与えるため、敢えて不味くされていた食事などこの場にはもう存在しない。魔法というものから完璧に解き放たれた時点で、私たちの生活は監視から保護に切り替わったのだから。劣悪な環境に私たちを置いておく意味そのものが喪失しているのだ。
 喜ばしいこととはいえ、不便になった点もある。これまでは居たもの――何かを作る存在――も居なくなった。つまり、全ては各々の自助努力に任せられるわけだ。
 なので今はそれぞれ勝手に……というより。ハンナやミリアを筆頭にして、他人の世話を焼くのが好きな人間たちが、人数分の料理を分担して作っているのが現状だ。
 つまり、この時においては。美味しく食べられるものを目の前にして、ぼうっと待っているだけな方が、私たちにとっては残酷な話ということだ。
「まあ……」
 実際のところ複数でなく、単数の人間しかいないのだがな。
 黙想は呟きにならない。吐いたとて人生の無駄なのだから当然だ。
526/03/01(日)00:50:59No.1406559416+
代わりに、早くお食べとでも急かすように。右手に提げたランチバスケットが不思議と重たく感じて、視線は自然と手元の方へ流れていく。籠の隙間から芳醇な小麦の香りがたゆたっている。確か、バゲットサンドがいくつかと、あまいフルーツのたぐいが少々だったこ。中身を検めずとも判るのは、手渡してくれる際にハンナが言っていたからに他ならない。それも、胸を張るでもなく、至極当たり前のように。
 しかも、ご丁寧なことに水筒は二本渡されている。一本には喉を潤す紅茶を、もう一本には身体を温めるコンソメスープを……だとか。まったく、昨日と代わり映えのない日常を今日も過ごすだけだというのに。ここまでするなんて気が利いているにもほどがあるだろう。お前は私の親なのか、とか。アリサやココあたりに言われていたとしてもおかしくなさそうだから笑ってしまう。
「しかし……」
 有り難くご相伴に与ろうにも、一人じゃこの量は持て余す。けれどお腹は十分に空いている。なら割り切るか。胃の表層を撫でていた手を、羽織っている白いカーディガンのポケットの中へ。使用感の薄いスマートフォンを取り出して、いっぱしの乙女よろしくの速度感で画面を叩く。
626/03/01(日)00:51:42No.1406559665+
『先に食べているからな』
 物理・精神的に叫んだって届かないのなら、文章だけで完結できるコミュニケーションで伝えてやるのが現代流だ。告知義務は既に果たしたのだから、最早このことで謗られる謂れは無いはずだ。
 とはいえ、事実として。
「既読の一つも付かない、か」
 反応がないと、その、居心地が悪い。
 嫌がる声を聴くために電話でも掛けてやろうか。や、まあ、いいか。あの子のことだ、どうせ出やしない。それに先に食べていたとしても、変に怒るような子じゃあないし。というか待たされているのは私の方だ、そんな浅い文句なんて言わせやしない。
 言うなれば躾の一環だ。キチンと時間を守るということがいかに大事なことか。仮に相手が小学生よりも幼かったとしても、骨身に染みる程度には理解できるようにしてやろう。
 正しさを示す必要に駆られて、敷物の上に座るのをやめた。手近の椅子を引っ張り、尊大な王のように足を組み腰掛ける。音に驚いたのか、十分に腹が膨れたからか。鳥はまた空へと旅立ち、アトリエを再び孤独の世界にしていった。
726/03/01(日)00:52:09No.1406559781+
 ネガティブ思考というのは罪深いものだ。私の許可なく脳裏の隅で連鎖爆発し、ノアが泣いてご飯を欲しがる姿を勝手に想像させ、至極当たり前のように肩を落とさせた。いや、それでも、導く者として正しくあろう。なんとか己を発奮させてバスケットの方へと手を伸ばした、そのとき。慌ただしく走る靴の音が、鬱屈とした静寂を破った。
「……ロちゃぁ〜ん!」
 何事かと思うよりも早く、アトリエの入り口に顔を出すのは。
 肩で息をする、私の待ち人。
 あどけない顔つきに、白い髪が特徴的な、私の城ケ崎ノア(だいじなもの)が。
「ふう〜……時間、まにあったあ……!」
 現れて、ホッとして、けれどほんの少し思うところもあり。私は図らずも大きなため息を吐いていた。
「私は随分と待たされたよ」
「ひぃ、ふぅ……ヒロちゃん、きびしい〜」
「怒るぞ」
「わわあっ、やーだっ、ごめんなさ〜い」
「何か言うことは?」
「んぅ〜……遅れて、ごめんね?」
 おねだりでもするように上目遣いで反省しているようには見えない。その点を糾弾してやろうと意気込むより早く、ノアは私の敷いたレジャーシートへと腰を下ろした。
「んふ〜。ね、のあがきて、うれしい?」
826/03/01(日)00:52:39No.1406559966+
 そうやって、人を舐めきった笑顔を浮かべたかと思えば。彼女は私の顔色など意にも介さず、バスケットの中へと手を突っ込む。あまりに悪びれないものだから、説教をするのも馬鹿馬鹿しく思えて。私は無用の長物と化した椅子から腰を上げ、ノアの対面へ座り直したあと、改めて。先程よりも長くした溜め息だけを、これみよがしに吐き出した。
「あーっ。逃げてくんだぁ、しあわせ」
「この程度で逃げていくような幸せなんて、在って無いようなものだろう」
「えー、そんな考え方じゃきゅーくつだぁ〜ってなって、彼女も出来ないよ?」
「彼女って、また突飛な……」
「でもヒロちゃんは色んなひとにすきすき〜ってされてるんだから、今すぐにでもできちゃうかも知んないよ?」
「買いかぶりだろう、私なんて人間として……」
「まあでも、彼女はのあがいるからいいかあ〜」
「……は?」
「早く、ごはんたべよ?」
 不敵な笑みで独り言ちたかに思えば、一転して素っ気ない表情に戻る。相も変わらずノアは雲のように掴みどころがない。いちいち気にする程ではなくなったが、その変わり身の早さには未だ慣れない。
926/03/01(日)00:53:13No.1406560136+
 そんな身軽な君だから、私の当惑などそっちのけで。
「あ〜ん」
 物事を勝手気ままに進めていってしまうのだ、大変業腹なことだけれど。
 間延びした声を出し始めた、隣の少女を見やれば。手に持ったパンをずいと差し出し、期待たっぷりの様子で目を瞑り、小さなその口を可能な限り大きく開けて君は。私に『振る舞われる』のを今や今やと待っている。
「行儀が悪い」
 テーブルマナーに対する遵法精神の欠如を叱ってやれば、すぐさま返ってくる抗議の間延び声。
「あのだな……大体、パンは大きくてちぎれない」
「じゃあ、こっち!」
 肺から出ていった溜め息とは裏腹に、私はヒメフォークを手に取り、ノアの口にカットフルーツを運んでいく。指差す君に抗えないのがどうにも、自分の甘さを自覚させられるようでもどかしい。
 とはいえ。その、唯々諾々と従った私も私だが。
「ん〜! あ〜むっ!」
 ノア的には良いのか、これで。
 小鳥か子犬に餌付けしているかのようじゃないか、この有様では。
「おいしいね、甘くて!」
「君の胃にしか今のところ入っていないのだから、私には美味しいかどうか分からないな」
1026/03/01(日)00:53:54No.1406560421+
「じゃあヒロちゃんにもしてあげる〜」
「私はいい。必要ない」
「意地っ張りなんだぁ。はーい、あ〜ん」
「いーらーなーい」
「嫌がらなくていいのに。つまんないなあ、ヒロちゃんは」
「詰まる詰まらないというか、そも食べづらいだろう」
「のあは食べづらくないからいいもーん」
「君から食べさせられようとしている、私の話なんだがな……」
 叱れども叱れどもこの調子。これでは私が居なくなってからどうすると言うのだ。私がいなくなればお姫様扱いなどそうはされまい。今のうちに仕込んでおくべきだ、そうだそれが正しいのだから、
「自立できるよう甘やかさずしっかり伝えた方がいいのだろうか」
「あー、考え事がもれてるよ」
「分かってて言ってるよ、ノア」
「みてみてヒロちゃん、あっちに雪!」
「水分の反射だよ。魔法はもうないんだから」
1126/03/01(日)00:54:17No.1406560538+
「ロマンが足りないよー、もーお」
「少なくとも、日常の合間に必要なものではないな。そういうのは」
「へー……ヒロちゃんにとってはそうなの?」
 ノアの問いかけに頷けば、彼女は不思議そうな表情でパンを食む。小リスを思わせる仕草に、何故だかこそばゆい気持ちになって。笑みを噛み殺しきれないまま、変な鼻息が漏れる。
 無論、それを見逃すノアではなくて。
「なんで笑ってるのっ」
 ご立腹だぞと全身で示してくる。誤解させたのならば弁解するしかないだろう。私はすまないと口にしてから続けた。
「違うんだ、単純にだな。可愛いな、と」
「えっ、のあのこと?」
「キラキラした瞳で詰められると何というか……恥ずかしくなってくるな、まったく」
「図星ってことなんだぁ。かわいいね」
 敵わないな、この子には。もうそろ観念してやってもいいか。それでも君を見据えて口にするには、随分と気恥ずかしさが勝ってしまったから。色の濃い場所を探すように天井の方へと視線をさまよわせながら、心の裡を悟られないようなるたけ努めて、つぶやく。
「君と話していると。現実と空想の境界線がはっきりと見えてくるんだ」
1226/03/01(日)00:55:02No.1406560726+
「……ヒロちゃんにとって、それっていいこと?」
「そうだなあ……」
 不思議と、そう前置きしてから。
「居心地が良いよ」
 程よく温い紅茶でもって、この唇に湿り気を与えてやる。そうしたところで何を取繕えたわけでもない。一服の隙間程度では、訳知り女の笑みをするノアの鼻など明かせない。
「ほんとに?」
「嘘を吐いて何の得になる?」
 紅茶を飲み下したなら次は、バゲットサンドに噛み跡を。私の本音なんて結局のところありふれたものだ。ほんの少しのファンシーに、代わり映えのないリアルを加えた、当然のように訪れるこの時間たちがより長く続いて欲しい。たったそれだけのことなのだ。
 可能なら。これよりもっと先へ、と思うこともあるが。
「……ヒロちゃん?」
「なんでもないよ」
 高望みは良くないだろう。私がした仕打ちを考えてみろ、このような今ですら望むべくもないことだ。
 ノアはどう思っているんだろう。願わくば、私と同じようにこの日常を楽しめていたなら嬉しいが、こんな平穏の中に置かれた人の心など読みようがないのだから、君の緩んだ口元から何かを察するより他にやりようがない。
1326/03/01(日)00:55:45No.1406560918+
 家庭的な味というにはいささか、特別感の優る風味やらに舌鼓を打っていれば、対面に座っていたノアが不意に立ち上がって。茶目っ気たっぷりの表情を浮かべたまま、私の隣に腰を下ろした。
「どうしたんだ突然」
「えへへへ、隣のほうが仲良くみえるかなぁって」
「仲、か。まあ誰に見られるわけでもないし、私はどちらでも」
 若干の気恥ずかしさを隠すみたく、パンを食べ進めようとしたとき。
「一緒に食べれるいまでよかったね」
 君は何気なくそう言ったから。その時に浮かべたささやかな微笑みがいま、私に見えるすべてに取って代わる。
「ヒロちゃん、どうしたの?」
 君がするのは、歳相応、とは掛け離れたあどけない顔つき。
「のあの顔になんかついてるかなあ」
「いや……」
「あてられてびっくりしてる?」
 どきりとした。自然と否定の言が零れ出る。
「ヒロちゃんって、こういうとき。嘘つけないんだあ」
 誠実さの欠片もない、二の句も継げない私とは正反対に。
1426/03/01(日)00:56:08No.1406561015+
「空より見ていたくなる?」
 ノアはひたすらに自分にとっての真理を、私の本心と相違ない言葉を紡ぎ続ける。
「だったらね。思ったことがあるんならね」
 すずやかではなやかな君の透徹した瞳が、私の心をひたすらに見つめている。そこでようやく、遅まきながらに理解した。
「ちゃんと言ってくれないと、のあに伝わんないよ」
 見抜かれているのだ、どこまでも。
「そうまで言われちゃ形無しというものだな」
 なら、黙っている意味もない。
「君は、」
「ずる〜い。のあに言わせようとしてるんだあ」
「いや、そんなつもりは……無かったが……」
「のあには分かるよ。ヒロちゃんが今、本当に言ってみたいこと。ねえ、話してみて?」
 そう背中をさすられたからなのか。苔生した大木から、樹皮が一枚剥がれ落ちるように。思いの丈ってものが自然と、私の持つ心臓よりも少し奥の辺りから込み上げてきて。
「私のような奴が、誰を愛してると言ったって……」
 鬱積していた汚れたものを外の世界へ吐き出させた。
1526/03/01(日)00:56:26No.1406561098+
 ノアの顔を見るのが少しだけ怖い。私だって、後ろ向きな内省など人間として正しくないと分かっている。そんな子じゃないとは知っている。だから思うだけ野暮なのかも知れない、けれどどうしてか、君に失望されるのが妙に恐ろしく思えてならない。
 そんな底の浅い懊悩を吹き飛ばすかのように。
 君はあっけらかんとした口調で。
「んーん。そんなのどーでもいいの」
 大事なのはね、そう呟きながら君は。
「ヒロちゃん。教えてくれたご褒美にのあの言いたいこと、おしえてあげるね」
 細くて白いその指先で、ブルーベリーの実をひとつつまんで。
「のあの言いたいことはね、かーんたんなんだよ?」
 上唇のあたりでほんの数秒だけの、ささやかな温もりを与えて。
「ごめんねとか、ありがとう、とか。いらないの、ぜーんぶ」
 私の口元におまじないを込めたそれを押し付けながら。
「のあのこと、ほんとーにお嫁さんにしてもいいなって思った日が来たら」
 悪戯好きの魔法使いが使う、ナイショのサインを作って。
「迎えに来て?」
 祈るような優しい目つきではにかんだ。
1626/03/01(日)00:57:01No.1406561237+
 ささやかに紅潮した君の頬に見蕩れて、拒むよりも先に唇は動いて、指先程度の青い果実は知らぬ間に私の口内へ収まった。けれど、愛おしくてたまらなかったから。前歯で傷をつけるのも、奥歯で摺りつぶされることもなく、ゆるやかな時をまとって。ひたすらにこの場で留まった。
 言葉を失う、という事象は。
 まさにこういう事象を指すのだろう。
 いつもなら、気の利いた反論のひとつやふたつ、すぐに用意できるはずなのに。何ひとつだって口にできない。論理的な解を求めてきた私の思考は、あの僅かな熱を舌の上で転がした程度のことで、春の雪のように頼りなくとけていく。
「なあに?」
 君の横顔が視界の端から消えるのを待って、ふるり、窓の外を見やれば、空に広がるのは雲のない薄青色。偽の証など立てようもない涼やかな空。視線を戻せばノアの華奢な肩がとても近くて、言葉よりも行動で示せと責められているかのようだったから。私はそっと君の肩口に自分の頬骨を寄り添わせた。
「時間というのはあっという間だ」
1726/03/01(日)00:57:24No.1406561340+
 絞り出した声は、自分でも驚くほど低く、ひどく熱を帯びていた。言い切らなければ、いや言い切りたいんだ。名残惜しさはまだ、右頬の裏側あたりに滞留している。かすかな苦味と甘酸っぱさをもたらさぬまま、飲み下せもせぬままに残り続けている。
「けれどまだ、人生は続いていく」
 ノアの肩に頭を預けながら、私は。
「だから、生きていて、良かった」
 神様へと祈りを捧げるように、愛おしいものを柔らかい布で包むように、この想いを言祝ぐために。
「君と出逢えて良かったよ」
 私は賢さを揮ってやろうと動こうと思う。
 君の言葉を待つなんて出来ずに。
 抱いた気持ちの正しさを信じるように。
1826/03/01(日)00:57:40No.1406561405そうだねx1
「好きだよ、ノア」
 分かち合うんだ、君と。君の顎先に私の指を。君の瞳を見つめながら、言葉を交わしてきたこの二つの唇を。
 合わせて。
 確かめて。
 張り詰めた想いはやがて、臼歯の裏側あたりで炸裂して。青紫色した味わいと共に、止まっていた気がした私たちの時間を正しい進みに戻し始める。
 不思議でたまらないんだ。一粒だけのはずなのに、普段よりも幾分か味が濃かった気がするのは、どうしてなんだろう。
「幸せだからだよ、ヒロちゃん」
 問いかけるまでもなく、君がそう言った気がした。
 普段通りの、なんの変哲もない春の午後が過ぎていく。残り香となった香ばしいパンの香りと、フルーツの甘い芳香が新しい来訪者を引き寄せるまで。ずっと私は、温い君の手を握っていた。
1926/03/01(日)00:58:24No.1406561565そうだねx2
書き込みをした人によって削除されました
2026/03/01(日)00:58:45No.1406561647+
ヒロノアでは?
2126/03/01(日)00:59:49No.1406561852+
力作だねアンアンちゃん!
2226/03/01(日)01:01:49No.1406562318+
うわすごい力作だ
2326/03/01(日)01:02:20No.1406562415そうだねx4
「」ンアン、君は渋に帰れ
2426/03/01(日)01:06:55No.1406563503+
文豪が来てんじゃねーよ!
2526/03/01(日)01:07:04No.1406563536そうだねx2
>ヒロノアでは?
わがはいの頭がおかしくなっていた…
ノアヒロである…ノア…ゆるしてくれ…
2626/03/01(日)01:14:13No.1406565174+
ゆるすよ「」ンアンちゃん…
2726/03/01(日)01:20:59No.1406566674+
先に何か確認して読むようにしてたから脳がずっと混乱してたウチ…
2826/03/01(日)01:24:24No.1406567473そうだねx2
6レス目くらいまで城ケ崎が死んだかと思ってヒヤヒヤしたからよ…
2926/03/01(日)01:36:30No.1406569797+
書き込みをした人によって削除されました
3026/03/01(日)01:40:21No.1406570724+
言われてみると確かにノアが死んでると思われる書き方か…と反省するわがはい
3126/03/01(日)01:46:18No.1406572144+
>私がいなくなればお姫様扱いなどそうはされまい。今のうちに仕込んでおくべきだ
語るに落ちてる!


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