「あれ、百蓮ちゃん、カタログなんて読んでどうしたの?」 「今晩も商品保管庫の見廻りに入りますので」 「なるほど、熱心ね〜」  鳥谷部と百蓮、人身売買組織の構成員同士のものとは思えない穏やかな会話が繰り広げられる中でも、百蓮の手はページをめくることを止めない。しばらくして、あるページにたどり着いたとき、手を止めた百蓮の口からため息とともに声が漏れた。 「………やっぱり」  それなりに愛甲社長に目をかけて貰っているとはいえ幹部というわけではない百蓮には、まれに商品保管庫の見廻りのような雑用仕事も回ってくることがある。当然歩けば怨嗟や命乞いの声が際限なく体にまとわりついてくるわけで、その対策のために百蓮はこの仕事をする際、顔の大半を覆い隠すフードをかぶり、商品たちと顔を合わさないように歩いている。商品たちからの視線を避けつつ檻の中をチェックするという中々に器用な技を求められているわけだが、何度か経験を積むうちにそれなりに慣れてきていた矢先であった。  檻の中の寝台の上で、生気の抜けた表情で寝っ転がる女。その顔に、百連が昔の同級生の面影を見たのは。  見廻りを上がった百蓮は、さっそく商品カタログにかじりつき、その檻にかかってあったナンバーで登録されていた女を探り当てていた。 「百蓮殿、その女人がどうかしたのでござるか?…おや、確かこの学校は」  百蓮の肩口から手元を覗き込んだムシャモンーーの進化前のコテモンが、何かに気づいたような声をあげる。それに対して百蓮はいつもの平坦な声で、静かに返した。 「ええ、彼女は……私の中学時代の同級生です」  変わらず平坦な表情と声音であるが、相棒には珍しくその様子に焦りが混じっているように見えた。どうしていいか戸惑いながらも、コテモンは声を掛ける。 「なんともはや、それは数奇な……それでは、この女人を逃がしてあげるでござるか?」 「………買い被らないで下さい、そこまでする度胸はありません」  言いながら、百蓮は十数年前に学舎で席を共にした女性の姿を思い描きながら、今度は顧客名簿に手を伸ばす。 「私はここの一職員、その領分での仕事をするだけです」  とある日、百蓮が社内を歩いていた折、オークションホール前のロビーにて、愛甲真優美が1体のデジモンと会話している姿が目に入った。相手デジモンーーレディーデビモンが朗々と話しているのに対し、愛甲は営業スマイルで相槌を打っている、その二人の横を百蓮が通り過ぎたとき、偶然にも愛甲と目が合った。なぜか優しい笑みを浮かべられ、それに無性に寒気を感じた百蓮は、足早にその場を離れようとする。その時、不意に腕を掴まれた。 「あ、あの…お久しぶりです、百蓮様」 「………ええ、お久しぶりです。中学の卒業式以来ですね」  オークションホールの隅、自販機の横に置いてあるベンチにて、二人は横並びに座る。声をかけたはいいものの何を話せばいいやら口ごもる女性に対して、百蓮は口を開いた。 「…どうやら、それなりに大切に扱ってもらえているようですね」 「えっ!?あ、はいっ!ご主人様、最初は怖かったですけど、思ったよりも優しい方でして…」  みれば、女性は全身を覆うレザースーツの上からエプロンドレスをかけていた。ところどころつぎはぎの意匠がなされているその服は一見メイドのように見えるが、どことなくご主人様一レディーデビモンを思わせるものであった。自身を模した特注の服を着せるくらいには、愛着を持たれているらしい。 「ご主人様、頑張れば褒めてくれますし、太鼓持ちすればご機嫌をよくしてくれますし、ベッドの上では…」 「………そうですか」  件の女悪魔は、悪魔の割には陽気なお調子者で、可愛い物好きであった。旧友の贔屓目に見てもそれなりの見目をしている彼女は、カタログで薦めた時点でそれなりに好感触であったが、実際には想像以上に気に入られたようで、仕掛けた身として百蓮は安堵する。流石に夜の事情を暴露された点に関してはスルーしかできなかったが。 「…ご主人様から聞きました。ご主人様に私の購入を勧めてくれたの、百蓮様なんですよね?」 「……ええ、まあ。彼女、なかなか購入には踏み切れていなかったようですので。ここの職員として、おすすめの商品を教えただけですが」  うかがうような女性の言葉に、百蓮は変わらず平坦な声音で返す。そんな様子に臆しながらも、女性は思い切ったように言葉を吐いた。 「……私がオークションに出される直前、職員の人から言われました。『買われた相手は人ではないが心はある、以前のように忠を尽くせ、太鼓を叩け』って。あの言葉も、百蓮様のからの言伝ですよね?」 「……さあ、どうでしょう」 「あの場に私が昔から太鼓持ちだったなんて知っているのは貴女しかいませんよ、流石に」 「・・・・・・・・・・・・」  百蓮が黙り込み、彼女も次の言葉に迷っていると、急に女性を呼ぶ声が響き渡る。どうやらレディーデビモンは愛甲との談話を終えたようで、彼女に向かって手を振っていた。 「すみません、ご主人様がお呼びですので……百蓮様」 「……なんでしょう」 「助けていただきありがとうございました。肩で風を切っていたあの頃と雰囲気は変わられても、貴女は変わらず私のあこがれです」  彼女は百蓮に微笑みかけると、レディーデビモンのもとへ駆けていく。たいして、百蓮はその場で動けずにいた。やがて、震える口から、掠れた声を漏らす。 「…私は、人からあこがれられるような人間ではないです」  言いながら、突如百蓮は傍らの自販機を殴りつける。鈍い金属音が俄かに響き、赤く染まる百蓮の手から、痛みがじわじわと全身に染みていく。 「命惜しさにここまで堕ちた私なんて、憧れていい筈がないでしょう」  その言葉を最後に、百蓮はしばらくの間、ベンチの上でうなだれるのであった。