サカエトル王都警察怪文書   サカエトル王都警察、ウァリトヒロイが王都サカエトルの治安維持のために組織された機関である。  様々な課に分かれ、横断歩道の旗振りから要人警護まで幅広い業務にあたっている。  これはこの国のいたるところで働くお巡りさんたちのお話。 【Station to Station】  ウァリトヒロイを狭くしよう。  比喩表現ではあるが移動時間の短縮は国を、世界を狭く手の届きやすいものとしてくれる。  侵略行為を想起させるため女王シュティアイセ・アンマナインは否定するがこれもウァリトヒロイ・メッチャヒロイ構想の一つと言えよう。  かくして鉄道敷設計画は始まった。  先日超統領ジョディス・ワシノモンとの会談でセーブナ・ストリップの技術提供が決定、とんとん拍子に開発も進み、王都を縦断する範囲のみではあるものの、ノリと勢いだけで工期1年の鉄道が誕生した。  名前はウァリトヒロイ鉄道、通称ウァリ鉄、ネーミングライツ募集中。  線路は地上げが間に合わない、権利が入り組み過ぎている等の理由で高架を含め地上に作ることはできなかった。  しかし大臣イーンボウに届けられる報告書中の空に描くラインに着想を得て、既存の建築物に増設されたホームに上空を経由して着陸するスーパーリニアスタイルを取るに至った。  最高速度は時速666km、最終的にはセーブナまでこの線路をつなげて行きたいというイーンボウの言葉はリップサービスではないだろう。  そんな無法が本日開通式と相成った。  さて、そういったイベントごと、増してや国家事業のお披露目ともなれば運営に警察が駆り出されるのは自明のことであろう。  リンダ=エドワーズ、リーゼロッテ=ホフアイゼンの両名は警備誘導の名目で夢の超特急に乗り込んでいた。 「いやぁ、すごいね、飛ぶんでしょこれ。役得だねリズ」 「私は…自分で運転してる方が楽しいから、ちょっと不安かも」 「おっ浮いた浮いた、変な感じ」  車窓から見える風景から建物が消えていく。 「ここから666km出るわけ?」 「出ないんじゃないかしら」 「え?割と期待してたんだけど」 「最高時速の話はフレーバー…とは言わないけど、そこに上げきるまで距離が足りないのよ」 「次の駅までに加速しきれないってことね」 「そういうこと。加速はとても鋭いから王都の外周を走ればすぐに最高速には到達するんじゃないかしら」  二人が話しているうちに列車は終着駅にたどり着いた。  先頭車両から順に乗客が降り始める。  当然ながら超統領と女王は乗り込んでおり、この後セレモニーが催される予定である。 「ぼちぼちこっちの番だね」  リンダが車内、リズが車外で乗客を誘導する。  一人また一人と乗客が降りていき最後は少女を連れた母親となった。 「おりるのやぁーあ!」 「わがまま言うんじゃありません。スイマセンね、お巡りさん。」  母親がぐずる娘に車外から呼びかける。   「いいんですよ、ヨシ、じゃあ最後は高い高いで出よっか。アタシのやつは高いぞ~」  リンダが先に降り少女の方向に振り向いた瞬間、発車メロディが鳴り響き、ドアが閉まり始めた。  刹那、リンダに雷光が走る。  ラーヨゥ、リンダの反射神経、筋力のステータスを短時間飛躍的に増強する魔術。  その超反応により、自身と入れ替わる形とはなったが間一髪で少女を車外に放りだすことに成功した。  リズが滑り込んで少女をキャッチし立たせる。 「ごめんね、怖かったでしょう。すみませんお母さん」 「いえ…ありがとうございます…!良かった…!」  母娘の抱擁にリズが安堵したのも束の間、ホーム中央が騒がしい。  セレモニーの演壇に向かう超統領に暗殺者の白刃が迫る。  何らかの魔術か、卓越した技術か、立ちはだかる警備兵の間を雲のように抜けて女王と超統領の前に立った。 「覚悟ォ!!」  自身の行為を誇示するかの如く、暗殺者は剣を高く振り上げる。 「世刃ちゃん!出番じゃよ!!」  女王シュティアイセの持つ国宝剣「世刃」が振りかかる殺意を前に閃いた。 「ぐっ…!」  放たれた魔力の奔流に暗殺者は吹き飛び、地面に転がっていく。  多数の警備兵が下手人を取り押さえ、騒動は収まった。 「はぁ…良かった…。流石はウチの女王サマだ、一時はどうなるかと思ったけど」  車窓から事態を覗き、目の前でその収束を確認したリンダはほっと胸をなでおろした。 「…ん?」  おかしい。  自分が乗っていたのは最後尾の車両のはずだ。  目の前に演台付近が見えるはずがない。 「ちょっとちょっと!!動いてないコレ!!!」  ほんの数刻前、ここにいる全ての人間は女王と超統領に意識を向けた。  誰も列車が動き始めたことに気が付かなかったのである。 「リンダ!」  事態に気付いたリズの声は届かない。 「リズ!助けてーッ!!」  無論こちらも届いていない。 「キューちゃん!!来て!!」  主の呼びかけに応え、雷光とともに鋼鉄の戦乙女が召喚される。  ワルキューレV12、ホフアイゼンの作りし速度の魔獣。  ドアは操縦者を飲み込むように開き、数分の狂いもなく運転席に収める。 「思いっきり飛ばすわよ!」  リズがアクセルを踏み込み、緩やかに離陸を始めた列車を追走し始めた。  ワルキューレの身体は既に光り輝きエインヘリヤル態に移行している。   「ズィルバーン…!」  車両に追いつき、後背に着いた車両の中でリズがつぶやく。  リズのハッキング魔術「ズィルバーン」に今回は車両のバックアップを加えた強化版。  ワルキューレから奔る雷光が車両を走査し潜り込む穴を探す。 「リンダ!聞こえる!?」 「よかったー!聞こえる聞こえる!止められそう?」 「今、魔術式のアラを探してるけど…どこもガチガチで短時間では。中から破壊できそう?」 「もう何度か渾身の蹴りを叩き込んでるんだけど開かないのよね。銃器携帯しときゃよかった!」 「クソッ!ロックだけでも…!」  地上を走るワルキューレと空中を直進する列車とでは速度で追いついても距離に差が出る。  市内を蛇行する度にどんどん離されていく。 「間に合わない!」 「…オッケーオッケー!ここを離れて課長たちと合流してよ。リズが事故っちゃ元も子もないでしょ」 「…!」 「はい、無言禁止!切り替えよ!今のところ飛んでるだけだから落ちるってこともないでしょ」 「…わかった」 「通信はオペ子先輩なら繋げてくれる。なんとかコイツをいい感じに降ろす方法をじっくり考えようよ。  まぁ私が地上の星になる前に、だけど」 「…わかったわ…絶対助けるから」 「よし、お願いね」  魔術による干渉領域および近距離通信範囲から列車が離脱していった。  列車内の座席に座ってリンダは少し考えを巡らせる。  母のこと、弟妹のこと、死んだ父のこと、そして泣きそうな声で通信を切った相棒のこと。 「ダメだね。湿っぽくなっちゃ。できることからしてみよっか」  今一度乗車口の緊急開閉装置を起動させる。  音は鳴るが開く気配はない。  車両側の装置も動かしてみる。  瞬間、車両内の空間が広がる。 「おお、すごい。空間魔術で拡張してるんだ」  もう一度押すと元の列車に戻った。 「すごいねこりゃ、最新技術ってやつだ。こんな時じゃなきゃもっと堪能したいんだけど」 『課長、つながりました』 『おうリンダ、生きとるか?』 「課長!センパイ!はぁ~心細かったんですよ~」  交通安全課課長、百鬼夜行のハルノ=レノレヴィン。  同じく交通安全課のオフェリア=ストランド、オペレーターである。 『元気そうだな。もうちょいしょぼくれてると思ったよ。どうだい空の旅は』 「あんまり外見たくないんですよね、高いから。あれ、でも上昇してる感じじゃないですね。  外は…なんか青黒いですけど」 『そうか、上昇自体は止まったみたいだね。オペ子、状況を説明してやんな』 『いい?リンダ。よく聞いてね。その列車は今サカエトルの上空をぐるぐる旋回してるの。  段々スピードを上げながらね』 「故障なんですか?」 『わからない。でも単に故障しただけなら上昇が止まるのはおかしいわ。』 「修理とかできないんですか?あとは誘導とか」 『さっきリズとも話したんだけど動作系はスタンドアローンみたいでアクセスが難しいの』 「なら近くを飛んで、捕まえればいいんじゃ」 『そいつは無理だな』 「なんでですか課長」 『その高度と速さに並走できる竜も鳥も、この国が御せる範囲ではいないんだ』 「え、アタシ今どのあたりにいるんですか?」  矢継ぎ早の議論が少し停止し、もったいぶったようにハルノが答える。 『…上空40km、ほぼ空の果てと言っていい』 「ハハハ、もう噂に聞く宇宙ってやつじゃないですか。  なんで息できてるんですかね、重力も普通にありますね。  ハハハ…早急に地上に戻りたいんですがどうしたらいいんでしょうか」 『そこから先は別の人に説明してもらうよ。とてもウズウズしてらっしゃるからな』 「はい?」 『やあ!キミがリンダ=エドワーズさんだね!私はジョディス・ワシノモン。  セーブナ・ストリップの超統領をしている者だよ』  明瞭で快活な声、人の芯をつかむような印象を受ける声。  新開拓地の秩序を担い、人々を束ねてきた人間であることを証明するような印象を受けた。 「あぁ…っすー。お世話になっております…」 『前にワシを見つけた時とは対応がえらい違いなんじゃが』  女王シュティアイセも同席しているようだ。 「いえ、女王陛下はもう…慣れたとい言いますか」 『続けていいかな?』 『アッハイ』 『私はまずキミに謝らなければならない!  我が国の技術が引き起こした事故に巻き込むばかりか、解決までキミにお願いせねばならないことに!』 「…いやまあ、仕事ですから」  カリスマに気圧されてか、リンダの返事の歯切れが悪い。  困惑するリンダをよそにジョディスが話を続ける。 『その列車は先ほどの説明の通り完全に独立していて接触回線以外での干渉は受け付けない。  しかし操縦席にはすべてのコードを無視して安定着陸させる安全装置がある。  キミにはこれから先頭車両へ行ってその装置を起動させてもらう』 「アタシ機械とかそんなに得意じゃないんですけどわかりますか?」 『その点は心配ないとも。起動スイッチは物理ボタンでラベルもついているからね。簡単だろう?』 「それなら安心ですね、ありがとうございます」 『礼ならこの資料を作ってくれた者たちに言ってほしい。私もキミと同じでそういった部分はサッパリだからね』 「いえ、言葉がすっと入ってくるのは超統領さんの持って生まれた才能だと思いますよ」 『うれしいこと言ってくれるなあ!うちの国民の半分くらいにも聞かせてやりたいよ。  これも女王のお人柄というものですか』 『そうじゃ!うちの国民はみんな素直でいい子じゃよ』  後ろの方でイーンボウが渋い顔をしていることに気付いたものは少ない。 『ありがとうございます、超統領。あとはこちらで…』  通信口がハルノに代わった。 『そういうわけで、だ。とりあえず先頭車両に向かってくれ。回線は開いておくから』 「了解しました。その…リズはどうしてます?」 『今は休んでるよ。断続的に魔術を全力行使したからな。まぁあと少ししたら動いてもらうさ』 「…わかりました。お願いします。ちなみに皆さん今どこにいるんですか?」 『サカエトロイの地下、シェルター兼大本営ってところさ。通信範囲だけは王都の上に際限なく延ばせる。  ヨシ、それじゃあ史上最も高いところで仕事をする婦警としてがんばってきな』 「はーい」  いつもの気の抜けた返事に少し安堵の表情を漏らし、ハルノが通信機器をオフェリアに渡す。   「オペ子、今いる交通課の連中に召集かけてくれ、王城公園の前でいい」 「何をされるんですか?」 「ちょっと保険をかけにね」    そう言うとハルノは会議室の外へ歩き始めた。 「レノレヴィン課長、なんでしょうね」 「さあな」  会議室の一角でギャンとサトーが座りながら会話している。 「私、いったん署に戻って協力を仰ぎます」 「いや、お前はここにいろ。何かあったときに動けるようにしたい」 「何かって…もう起きてないですか?」 「俺たちの方面で、だ。単なる故障ならリンダは今頃星になってる。  距離を取って止まったなら、何らか意図があるってこった」 「何らかの組織が関わっていると…?」 「どれかはわかんねぇけどな。指の先でも見えたら引きずり出してやる」 「いつもより怒ってません?」 「男はいつまでたっても好きなもんだろ、夢の超特急ってやつが。それをよくもこんな…」  一度は立ち上がったサトーであったが、ギャンの話を聞いてここに腰を据えることにした。 「さて、それじゃあ張り切ってボタン押しにいきますか!」  通信が終わったリンダは顔を叩き気合を入れた。  最後尾は10号車、そこから4号車までは普通の客車、3号車に食堂車、それより前がVIP客車である。  助かる道があるとわかれば心も足取りも軽やかになる。 「センパーイ!食堂車着きました!特に広いですねココ」 『非常時は元に戻るみたいよ』 「今割と非常時だと思うんですけど…ッ!!」  通信室側にはリンダの転がる音のみが伝わる。 『リンダ!どうしたの!』 「ぐぅ…先客がいたみたいです…思いっきり蹴られました…」  蹴られる瞬間に筋肉を硬化させ意識を切られるのは免れたものの、不意打ちであったためダメージはそれなりに残った。  後退しながら呼吸を戻し、前方を確認する。 「チッ タマ取るつもりで蹴りこんだのに頑丈なヤツだ」 「ハッ!取るもんツいてないからじゃないですかね」 「軽口言う余裕までありやがる。女が、驚かしてくれるぜ」 「女の子扱いしてくれるの?紳士じゃん。…でも驚いてるのはこっちの方なんだよね」  口に笑みを浮かべ余裕を見せかけているが、眼で見た驚きを隠すことは難しい。  正面に立つ男、丸めて刈り込んだ髪、猛禽のような眼、何より深く紅く光る瞳。 「ヒュドラの…ヤス!」  ヤス、非合法組織ヒュドラ構成員、死んだ兄貴分の復讐のため敵対組織の構成員を家族ごと殺戮した苛烈な男。  王都最大のスパ「ゴクラーク」にてウァリトヒロイ大臣でありながらSSSの黒幕であったサウーナ・プレジデントの殺害を計画するも、名探偵ポームズとその助手の活躍により失敗した。  その際、ボイラー室で燃え尽きたとの報告が出ている。 『ヤスだと!?』 「その声はギャンか。相変わらず辛気臭ぇ顔してるのが見えるようだぜ」 『お前は死んだはずだろ!』 「残念だったな、伊達男」 「名探偵サンが間違えたってこと?」 「いや、死んだのは確かだ。第二の生ってやつだな」 「少しは疑問に思おうよ。ま、なんにせよアンタが今回の犯人ってことね」 「だったらなんだって言うんだ」 「捕まえるって話だよッ!」  強化式を起動し、変則的に飛び込み拳を当てる。  腹部への一撃、だが男は揺るがない。  膝でリンダの腕を跳ね上げ回転しながらヤスが後ろ蹴りを繰り出す。  直線的な動きを身体を捻って回避するリンダ、片腕でヤスの足をつかみ、もう片腕で上半身を制しながら倒れこむように床に叩きつける。 「ぐっ!」  瞬時に跳び起き、倒れた彼の頭を引っこ抜き、小脇に抱えたまま今来たルートを往復して叩きつけるDDT。  突っ伏したヤスを後ろ手に取り制圧する。 「確保ッ!…なっ」  突如吹き上がる炎、制圧を解いて距離を取る。 「良いねぇやるじゃねえか、ホネのある婦警だ」  潰れた鼻を補正しながら立ち上がるヤスの口から炎が漏れる。   「火吹くとか聞いてないんですけど…」 「焼かれて死んだからか、どうやら今の俺は吹けるらしい」 「意味わかんない、ダメージも全然ないし」  復讐を必ず成し遂げるという鋼の意志を体現したような男である。  受ける覚悟さえあれば上級魔術でも対人奥義でも耐えかねない。  体術は有利に進めることができても決定打がなければ先に進むことはできない。 「こっちにも予定があるんでな、燃えるなりしてくれや」  息を大きく吸い込み、吐き出す。  炎の奔流がリンダに迫る。 「うわっと!」  炎には圧力がある。  熱は意識を散らし、広がる陽炎は視界の遮断する。  目で見てから反射速度を上げて行動するリンダにとって、反応するための時間が制限されることは不利な条件である。  自身で吐いた炎を切り裂いて強烈な前蹴りが飛んでくる。  後ろに跳ぶことも予測され、二発目が腹を抉る。 「ぐうッ…!」  リンダの苦し紛れのタックルは上に逃げられ、背中を踏みつけられたため、つんのめって頭から転がっていく。  立ち上がりを押さえられ、振り向きざまに腹に向けて膝を貰う。  苦し紛れに組み付くが、ホールドの甘さから背中に抜けられ後頭部に跳び蹴りが刺さる。  意識が遠のくのを何とかこらえながらよろよろと前進する。 「…ッ! 痛いなあもう…!」 「まだ立ってられんのか。すごいなお前」 「……お誉めに預かり光栄ですねえ。おとなしく捕まってくれませんか?」  歪んだ視界、切れる息、回復のための時間を稼がなければならないとリンダは考えた。  しかしながらネタがない。  相手は本気のヒットマン、ぼちぼち耐えるのも難しい。  その時列車内の空気が少し変わった。 「落ちてる…?」 「そうか、もうそこまで速度が上がったか」 「どうなんのさ、コレ」 「落ちるんだよ、サカエトロイに」 「んなッ」  衝撃を受けるリンダ、同じく通信室にも驚愕が走る。 「オフェリアさん!着弾時間わかりますか!?」 「もうやってる!」  座っていられず飛んできたサトーがオフェリアに駆け寄る。 「速度は最高速度出てるから…速度を維持しつつ角度を詰めていって、たぶん5分くらい!」  ざわつき始める室内、特にセーブナ関係者は騒がしい。 「超統領!早く避難を!」 「うーん無理なんじゃないかなあ、さっきここに降りてくるまで3分はかかったでしょう。」 「しかし!」 「信じましょうよ、素直な彼女を。幸運の女神は今回も私を守ってくれるはず。  あとは女王が表で迎撃に走ってくれてるし」  王都一刀流の歩法で高速移動する女王シュティアイセ、世刃は既に剣の形を取っている。 「あまりやりたくはないんじゃが、間合いに入ればアレを消し飛ばすことくらいはできるじゃろ世刃ちゃん」 「…私は割り切るぞシュティアイセ。」 「むむむ…がんばっておくれよ婦警ちゃん!」  作戦室ではオフェリアの通信台に張り付くサトーにギャンが声をかける。 「サトー、署に連絡して人員を募れ、ここからは時間との戦いだ」 「でも私たちで集まってもできることは…」 「列車の方の話じゃねえよ、SSS残党を壊滅させる」 「はい?」 「列車はリンダが絶対になんとかするから大丈夫だ。俺たちは俺たちの仕事をする。  ヤスが出てきてから引っかかってたんだ。アイツが血眼になるのはSSSについてだけだ」    足早に作戦室から出ていくギャンとそれについていくサトー。  ギャンが話を続ける。 「ここは緊急事態時に国家機能を残す役割がある。  そしてSSSの首魁サウーナは元大臣だ。  サカエトロイの建造からシェルター建設にも関わってる」 「つまりシェルターのどこかにSSS残党が隠れていると?」 「その通りだ。さっきの着弾予測地点を見たか?  サカエトロイにぶつけるといいながら明らかにずれている。  絶対にSSSにぶつけるというヤツの意地なんだろうよ」 「わかりました、先行されますか?」 「ああ、先に行ってるぜ」 「お気をつけて」  もはやギャンの先行に苦言を呈さなくなってきたサトー。  それぞれがそれぞれの戦いに向けて動き始めた。  舞台は戻って列車内、衝突まで5分という情報はリンダにも伝わっていた。  ここは3号車、全速力で走れば1分そこらで先頭車両まで走ることはできそうだ。  しかし目の前の男はそれを許してくれるだろうか。  周りを見渡し、使えそうなものを探す。  いつもはリズがやってくれていたことだ。 「…ところでさ、アタシはこの列車止めに来たんだよ」 「そうだな」 「そんでもって足はアタシの方が速い」 「何が言いてえ」 「アタシの方が先頭車両に近いってことさ!」  先ほどの攻防でヤスとリンダの立ち位置は接敵時から逆転した。  対面の状況から踵を返し前方への加速を見せる。 「行かせねえぞ!」  すかさずヤスも追いかける。  鋼鉄の男の一瞬の焦り、リンダをそれを見逃さなかった。  列車内扉近くにある空間魔術の解除ボタンを押す。 「これは…!」  食堂車にかけられていた空間膨張の魔術が解除される。  乗客として紛れ込んだヤスは機構により席に縛り付けられる。  警備として乗り込んでいたリンダはその適応外である。 「いくぞッ!」 「チッ!!」  再度逆進し突っ込んでくるリンダに対して火炎放射で応戦するヤス。  自身の復讐の炎であれば、何物をも焼き尽くすことができる。  あの日の自分のように。  否  炎で視界が遮られるのは相手だけではない。  自身も相手を視認できなくなる。  リンダが炎で消えた瞬間後ろに飛びのいたことに気が付かない。  伸びきった射線にもう一度突撃してくる姿が見えない。  急所をガードし、身体をねじりながら飛び込む。  薄くなった炎の壁は異物を燃やしきることができず突破される。  息を吐き切り、新たな酸素を待つばかりのヤスの肺めがけてリンダの肩が突き刺さる。   「─────ッ!!」  声にならない呼吸器の悲鳴がヤスの口から漏れ出てくる。  宙に投げ出されたヤスに組み付くリンダ。  腋下から頭を潜り込ませ、逆の肩口付近をつかむ。  中空より倒れこみながら床へと叩きつける。  其は岩の名を持つ男の代名詞。 「ロック!ボトォム!!!」  正面と背面からの連続した圧迫と衝撃、肺は押しつぶされ、脳はその動きを中断する。  何者にも消せぬ男の炎が、今、引き返せぬ女の意地によって鎮火された。 「五重結界錠!拘束!」    王都警察の持つ手錠、手、足、身体、魔術、感覚、それらを縛りあげるお手軽拘束具。  ヤスの全身を縛り、その自由を奪った。 「アンタより足が速くたって動かしてる間に邪魔されちゃどうにもできないよ。  アタシにはアンタを倒す選択肢しか最初からなかったんだ。  しかし…ふぅー…勝った…。っと、ゆっくりしてられない」  気絶したヤスを後にして運転席へ急ぐ。   『リンダ!物理ボタンはわかるわね!?』 「視認しました!緊急停止コード起動!」 『ギリギリセーフ!』 「あぁ~助かった…良かった~!」  作戦室からも歓声が上がる。  しかし、軌道は変わるもののスピードが落ちていかない。 「ブレーキの利き甘くないですかコレ?止まるのホントに」 『エドワーズくん!』 「超統領…さん!」 『よく聞いて行動してほしい!高高度空間での車内環境維持に魔力を使い過ぎて減速するにパワー不足だ!  アナログに切り替えて不時着してくれ!』 「なんですと!?」  王城前で構える女王も軌道の変化は確認した。  頭上を滑っていく列車の速度に異変を感じ、確認より先に身体が動く。 「掴め!世刃ァ!!」  列車の方向に大きく踏み込み神剣を袈裟に振るう。  斬撃は魔力の奔流となり列車の最後尾に食らいつく。 「ハァッ!!」  返す刀で後方に身体を引き絞り逆袈裟に振りぬく。  魔力の楔が列車に食い込みその車体を引き留める。  しかし自身の速度と剣の力に耐えきれず、食い込んだ部分を残し飛んでいく。 「くっ!」  全能神の腕が車体とその破片を覆いこみ握りつぶす。  権能は悔しさを残し霧散した。 「どうするんじゃこれは…」  女王の普段の天真爛漫さからは想像できない顔に冷や汗が伝う。 『安心しなリンダ!今迎えが行くからな!』 「課長!?」 【神の蹄の名を以てここに宣する、我が戦乙女は大神の雷よりも疾く、遍く戦士の魂を天へと送り届けん】    速度なら地上に並ぶ者は存在しない、という自負。  自身が後塵を拝することを拒否するエゴの塊。  鋼鉄の乙女が上げるその咆哮は、これから貴様をぶち抜くという明確な意思表示だ。  詠唱とともにワルキューレが再び雷光の如く放たれる。  人払いされた広大な王城前公園、女王の作った硬直を食らい、夢の超特急が見る夢の先へ一歩出る。 「リズか!?」  リンダが相棒の到着に気付くと同時に自身の中へ入ってくる意志を感じる。 「ごめんねリンダ。ちょっと身体を借りるわ。」  列車のシステムそのものに介入することはリズにはまだできない。  しかし動かせる人間がそこにいるならば話が別だ。  ハッキングの要領で意識にオーバーライドする。  人間の意識はどんなセキュリティより複雑怪奇であるが、通じ合う人間同士であればそれも容易いだろう。  素早く列車の運転をアナログに切り替え自身のクルマとの距離を合わせる。 『課長。サカエトルブリッジに流します。封鎖できてますか?』 『あたぼうよ!安心して突っ込んできなァ!』    王城から伸びる道に乗りこみ、列車も高速道に向けて舵を切る。  ワルキューレと列車の二つを操る高速のシフトとアクセルワークは想像を絶する脳負荷と言える。  それもここで終わる。  サカエトルブリッジを絡めた王都高速最長の直線区間、ゆったりとしたラインでランディングを図る。 「リンダ、車体が道路に接触し始めるわ。幸いというか車体後部は吹き飛んでるからそこから飛んで。  絶対受け止めるから」 「難しいことサラリというね。まぁ頑張って走るよ。」  意識下での一瞬の会話、振り向いたリンダが走り出す。  途中気絶しているヤスも抱えてリズの待つ車外へ。   「うおぉぉぉ!!!」  下降する車体が腹を付ける直前、揺れによろめきながらもリンダが大きく口を開けた車体から飛び出る。  待ち構えるワルキューレの上に降りた。  後輪を滑らせながら降下のショックを殺し分散させる。  列車との距離が離れていく。  双方同じようなタイミングで停車した。 「…はぁ」  ようやく地に足が着いた。  正確に言えば高架の上ではあるが、そのありがたみを感じる。  ヤスを路上に寝かせリズの元へ向かう。 「リズ!ありがとう!」  運転席を覗いて話しかけるが反応がない。  少し揺らしてみる。   「疲れてるだけだね」 「うん」 「ありがとね」 「うん…」 「助かったんだから、悲しい顔しないの」 「よかったわ…ほんとうに…」    肩を叩いて互いの労をねぎらう。 「うぅ…」  後ろから声がする。  リンダが構えつつ、素早く振り向く。 「ここは…そうか…しくじったか」 「そうだよ。アンタはしくじった。続きの話は署で担当の人が聴くから」 「…いや、ここまでみてぇだ」  足先からヤスの身体が崩れていく。   「どういうこと!?死んじゃうほどではなかったのに!」 「馬鹿が、俺があの程度で死ぬかよ。限界だったのはこいつだ」 「何その緑のやつ…」 「俺はこいつのおかげで蘇った。こいつが死ねば俺も死ぬ。根性のねえ野郎だ」  寄生生物モリメント。  魔王軍にて開発された死者を蘇らせる能力を持った生物。  精神を乗っ取り魔王の使いとする能力を持つが掌握が成功せず単に復活しただけとされるケースが多かったため廃棄された。  ヤスの身体が元の灰に戻っていく。  足から胴回り、そして腕から肩、二度目の死を前にして鋭い眼光を放っていた眼も崩れ去った。  残されているのは口元のみ。  リンダはもはや言葉もなく、見ていることしかできない。 「あぁ…アニキ…いらしてたんですね。…そんな、ところに。すんません…また…しくじっちまいまし…た…」  拘束具を残し、男は風に消えた。 「最後笑ってたよ」 「満足した…とは違うのでしょうね」 「おーい!生きてるかー!?」  遠くからハルノの声が聞こえてくる。   「報告書どう書こうかな…」 「ふふ…そうね」 「あ、笑ったなこのぉ…手伝ってよね!」    かくして事件は幕を閉じた。  ウァリトヒロイ鉄道開通式暴走事件の顛末はこうである。  鉄道開通に合わせ画策された今回のテロ事件。  セーブナ超統領を狙った暗殺未遂事件に端を発し、同時に鉄道を暴走させる事件も発生した。  列車は予め乗客がすべて降りたと重量になった際に走り出すようプログラムされていたが、少女の重さが誤差範囲内であったため動作し始めた。  結果的にそれが車内にリンダ=エドワーズ巡査を残すことに繋がったが、機構自体はの改良点有と言えるだろう。  緊急安全装置を起動させるために操縦席へ行く過程で今回の主犯であるヒュドラのヤスと交戦しこれを捕縛した。  ヤスは既に死亡が確認されていた人物であったが魔王軍で開発されていた寄生生物モリメントにより復活したとみられる。  列車自体は一連の動作中にエネルギー不足を起こし、当初の着陸計画を大きく変え王都高速に緊急着陸を果たした。  いち早く王都高速の封鎖に動いたハルノ=レノレヴィン交通安全課課長の手腕の成果と言える。  二基の魔導エンジンには大きな損傷もなく爆発等の危険性もなし。  王都高速の復旧にはふた月ほど要するとみられているが、人的被害は奇跡的に0件であった。  副次的な成果として、サカエトロイ及び避難シェルターに潜伏していたSSS残党を壊滅させることにも成功した。  潜伏先は逮捕されたSSS首魁サウーナ・プレジデントが同施設建設時、意図的に作成していたと思われる空間であり、彼の逮捕時には捜査されていなかった。  目下の捜査項目はヤスを復活させた組織についてである。  元々在籍していた組織であるヒュドラは今回の件には関与していないと声明を出しているが真偽のほどは定かではない。   「…と、以上リンダ=エドワーズ巡査をはじめ各所からの報告書を私サトーが読み上げました」  どうにも不服そうなサトー。 「なぜ…私が?」 「仕方ないだろうリンダは間が悪く超統領におもてなしを受けてるんだから」 「何も報告会議の日にぶつからなくてもいいじゃないですか…」  その日リンダは大量のピザ、ハンバーガー、ポテトをこれでもかと食わされ、翌日休んだ。          ここはどこかの国のどこかの一室。  鳴り響く電話の音、受話器を取らんとする部下を制して、フルフェイスマスクの男が電話に出る。 「どなたかな?ここを知る者は指の数ほどであるが…」 「よくもやってくれたな、カラメティ・ジェリコ」 「さて、どのことかな?心当たりがないが…いや、あり過ぎるというべきか」 「まあいい、貴様が回りくどいことは報告でわかっている」 「さて、イーンボウ殿。本日はどういった用向きでお電話いただいたのかな?」    互いに名乗らず、されども相手を電話越しに見据えている。 「超統領の暗殺未遂、死んだ反社の男の復活、魔王軍の廃棄兵器、列車暴走による国府破壊未遂。今回は様々なことが起きた」 「それはお気の毒だ」 「当初国内組織による計画的犯罪であると私たちは考えていたが…それらは的外れであった」  電話越しに報告書をめくる音が伝わってくる。 「列車を暴走させるコード、これは国内で作成されたものでなく、車体の制御術式がセーブナで作成された際、既に潜り込んでいたことが調査の結果わかった」 「ほう」 「私はこれが超統領暗殺のための計画であったのではと考えている」 「誰がそんな…手の込んだことを」 「こういった搦め手は貴様の得意分野だと思ったのだが違うのか」  マスクの中で男は笑う。 「それはお誉めの言葉と受け取っていいのかな大臣」 「こちらも罪を認めたと思って構わないかね。魔王軍の残滓など使ってご苦労なことだ」 「痕跡は残さぬよう手は尽くすタイプでね。  アレは戦場で兵士を蘇らせるより処刑された敵軍の反乱分子にこそ使うべきであろうよ」 「精神の掌握は諦め、敵意は自前で用意させるということか。  燃え残った灰からも再生させるとは、持続性を犠牲にして効果を上げたか」 「無駄に生き残られては駒としては不適格だろう?生前以上の性能を積めばより短く取り回しやすくなるぞ」 「外道が」 「一国の裏から手を引く大臣殿に言われたくはないものだな」 「貴様らが貴様らの国で策をどれだけ巡らせようと我が国が気にすることではない。  だが他人の国に土足で踏み込み害を為すというなら話は別だ。」 「ククク、良いのか?他国の不利益は考えていないような発言だぞ。  それに結果的には貴国の反社勢力を一つ掃討するに至ったのだ、拍手を欲しいところだ」 「ほざくな魔王を名乗る反社勢力風情が。体よく空いた穴に潜り込もうとしているのは見え透いているぞ」 「わざわざどこぞの辺鄙な国にまで手を回したのだから、それくらいの駄賃があっても構わないだろう?」 「セーブナとはこれからも良好な関係を築きたい。女王も乗り気であるからな。  だが貴様らは別だ。今回のように入り込めるとは思わぬことだ」 「これは手厳しいご助言だ。これで手切れとならないように努めるとしよう」  電話が切られた。  受話器から下すとカラメティはつぶやく。 「しかし、全く、悪運だけは強い女だ。今回も生き延びおって。  セーブナの手を離れれば、その運も尽きると思ったのだが、次の手を打たねばならんか」   立ち上がったカラメティはコートを羽織るとマスクの中と同じように深い闇に消えていった。  一方大臣イーンボウの執務室では電話を終えた彼が赤毛の女性と話している。 「報告、大儀であった。今回も刺激的な内容だったぞ」  頭を下げる女、服装は違えどレディ・ロナアプトラその人である。  非合法組織ヒュドラの幹部でありながら、その実体はイーンボウの懐刀「影人隊」の一人。 「引き続きヒュドラに潜入し、動向を報告。  今後は他国組織が介入を図る可能性が高い。  ヒュドラ内に排外思考を伝播させ反社勢力同士での反目と協力関係の妨害に努めよ」 「御意に」  レディが部屋を後にする。  椅子の背もたれに身体を預け、大臣は思案する。 「魔王軍の穏健派がきな臭い動きをしている以上、軍は外に睨みを利かせる他ない。  あくまで国内の事件の一つとして処理できたのは不幸中の幸いであった。しかし…」    肩をすくめ震える大臣。 「報告書で読むのと実際に体験するのとでは、やはり臨場感が違う…!  たまにはこのような体験も良いな…」  歓喜に身を震わす中年をよそに、今日も王都サカエトルの日々は続いていく。    止まることなく、今日の先に向かって。