【偽勇者ユイリア×魔術師マーリン】  ウァリトヒロイ帝国、名君シュティアイセ・アンマナインの治世の下、様々な人、物、金が集まる王都サカエトルは今日も殷賑を極めた賑わいだった。  そのサカエトルの大通りを、一際目立つアホ毛を生やした、少々露出の激しい鎧を身に着ける少女、偽勇者ユイリアはあちこちのお菓子屋を物色していた。 「むう、どこを選べばいいんでしょうか…」  彼女が眺めているのはチョコレート、それもただのチョコレートではない。彼女の相棒、マーリンのためのチョコレートだった。 「見つかりませんね…」  高級店はいくつか見つかったが、ただ高いチョコを渡すだけなのは如何なものか。そう思うと中々決心がつかなかった。一旦戻るかと踵を返したとき、彼女は大通りをこちらに向かって歩いてくる二人組に気づいた。 「あっ、す、すいません!」  慌ててユイリアは駆け足で菓子屋から離れる。マーリンのためのチョコレートを物色している姿を、当の本人に見られたくはない。ユイリアはその一心で小さな路地に駆け込んだ。 「やっぱ魔笛は最高だったな。特に夜の女王のアリアは見事だった。きっとあの女性歌手は大成するぜ。クリストもそう思うだろ?」 「ええマーリン。僕は魔笛のテーマにはいつも考えさせられます。善と悪、試練と真理、色々なテーマがちりばめられてますから」  幸いなことに二人は先程まで鑑賞していたのだろうオペラの話題に気を取られて、ユイリアには気づかずそのまま通り過ぎて行った。  ほっと一息ついたユイリアは、路地裏を見渡しながら再び歩き始める。  何度も訪れたことのあるサカエトルだが、この路地裏に来たのは初めてだった。 「表通りとは全然違いますね…」  左右を見渡しながらユイリアは驚きの声をあげる。派手で煌びやかな店が並んだ表通りとは違い、どこか郷愁を思い起こさせるような、落ち着いた空気が流れる空間に、ユイリアは己の心が落ち着いていくのを感じる。 「ん?」  通りを眺めながら歩いていくユイリアの目が、一軒の小さな店の姿を捉えた。  意識しなければ見落としてしまいそうな、奥ゆかしい一軒家のような佇まいの外観の店は、どうやらお菓子屋らしく、クッキーのドアの上にクッキーのような看板が掛けられている。 「ふむ、何とも可愛らしい…」  興味が湧いたユイリアが入店すると、規模は広くないながらも、上品なサロンのようなオシャレな店内がユイリアを出迎える。  丁寧に作られた様々なお菓子が並んでおり、束の間ユイリアはそれに目を奪われる。 「おや、偉い別嬪さんだねぇ、いらっしゃい」  カウンターの奥から、老婦人が近づいて声を掛けた。その目は澄み渡り、優しさと、静かな知性を感じさせる。皺の入った愛嬌のある丸顔がどことなく気品が備わっており、この店の店主だと瞬時にユイリアはは察知した。 「ここはお菓子屋さんです」 「いかにも」  頷いた店主がニヤニヤしながらユイリアに質問する。 「バレンタインかい?」 「ど、どうしてわかったのですか」  一瞬、ユイリアがうろたえた。それを見た店主は愉快気に笑い声をあげる。 「どうしてわかったもなにも」  笑いを収めた店主が慈愛の籠った目で、ユイリアの顔を指さした。 「君の顔にそう書いているじゃないか」  無意識に、ユイリアが己の顔を触る。 (私は、そんなにわかりやすい顔をしていたのでしょうか) 「どんなチョコをお望みかい」 「えっと、それが……」  ユイリアが口ごもった。おや?っという顔を浮かべる店主に、申し訳なさそうに理由を話す。 「実は、どんなチョコを買ったらいいか悩んでおりました。彼への私へのぴったりなメッセージを込めた菓子はないものかと」 「ふむ…」  腕を組んで何やら思案気な様子の店主を、不安気な顔でユイリアが見守る。 (イメージも固まってない状況で来店するのはやはり早かったでしょうか)  ユイリアの心に不安が差し掛かってきたとき、店主が手を叩いた。 「じゃあ、教えておくれよ。嬢ちゃんにとって、その意中の人はどんな方なんだい?」 「えっ?」 「バレンタインに込める菓子には色んな意味が込められている。お嬢ちゃんの想いを聞けば参考になるかもしれないよ」  そりゃあ、チョコが一番わかりやすくストレートだけどねえ、とカラカラ笑う店主に礼を述べ、ユイリアは目をつぶってマーリンの姿を思い浮かべる。 「私にとって彼は、彗星のように現れた特別な人で…」 ──やや、貴女こそは私の求めた勇者様ですね!いや~探しましたよ!この俺こそ勇者を支えるべしと神託を受けし偉大なる魔法使い、魔術師マーリン! ──いやいや現に貴女が持っている剣。それこそまさに勇者の剣!それを持つ貴女こそ俺にとって仕えるに値するお方! 「とにかく物凄く頭の機転が効いて、世間知も凄くて世間知らずな私を助けてくれて」 ──はあ?本当の持ち主に出会えたら剣を渡す?そんなの俺の計画が…っじゃなくて、馬鹿かてめーは! ──いいか!実際にお前の言う通りその勇者の剣がお前を選んでないとする!だが、それが何の問題だ!剣が選ぼうが選ばなかろうがお前はそうやって剣を使いこなしてる!……力づく?お、おう。ま、まあいいじゃねえか己のガッツで道を切り開く!みたいで嫌いじゃねえぜ! 「立ち止まりかけた私に、いつも……」 ──とにかく、肝心なのは己が何をするかだ!勇者だ勇者じゃないかなんてのは大した問題じゃねえ!そんなんで人間の歩む道を左右されてたまるか! ──答えろ!お前は何がしたいんだ!どんな道を歩みたいんだ! 「迷える私の背を押してくださった、世界一の魔術師です」 「なるほど…そうかい、そりゃあ立派な方だ」  微笑んで頷く店主に、ユイリアは今、自分が言った言葉を省みて赤面する。だが、彼女に後悔はない。まごう事なき自分の想いを、本人宛ではないにしても口にできたのだから。 「ちょっと待ってな」とユイリアに声をかけ、店主が席を外す。戻ってきた彼女が持つ皿の上にあった菓子は意外なものだった。 「チョコとは少しずれるけど、これはどうだい?」 「…ティラミス?」  予想もしない店主の答えに、ユイリアが首を傾げたのも無理もないだろう。普通バレンタインといえばチョコなのだから。 「ティラミスには意味があってね、それは…」  店主が顔を近づける。ユイリアも思わず前のめりになった。 「『私を元気付けて』さ」 「そうなのですか!?」 「あんたと彼の関係を象徴すると思ってね」  その言葉が決め手となり、ユイリアは購入を決める。  礼を言い店を出ようとするユイリアに、背後から店主がサムズアップをしながら声をかけた。 「まいどあり、今度は、その魔術師さんを連れてきて入店してくれな。カップル割適用してあげるよ」  くるりと振り返ってユイリアは応える。その笑みはこの日一番素敵な笑顔だった。 「はい!」 ****************************** 【サーヴァイン・ヴァーズギルト×戦士メイド ハナコ】  レンハート城内の一室で休憩時間を過ごすハナコは、ふとカレンダーに目を送る。今日は2月13日、明日はバレンタインデーとなる。そのことを思うと、ハナコは憂鬱な気持ちになる自分を抑えることができなかった。  自分が意外とモテるということに気づいたのは、親衛隊メイドとしてシュガー・ディ・レンハートの側に仕えることになってから。 「ねえ、なんだかやけに城内の男どもがソワソワしてない?」  休憩時間に入ったソルトが隣の椅子に座ってハナコに話しかける。色々あった彼女とも、今は良き同僚という位には気の置けない関係になっていた。 「ああ、明日はバレンタインデーだね」 「バレンタインデー?」  首を傾げる彼女に「ああ…」と、ハナコは少し反省する。過酷な生活を送っていた彼女は、バレンタインデーなんてイベントに関わる機会がこれまでなかったのだろう。そう思いつつハナコがバレンタインデーについて説明すると、彼女は感心したように相槌を打った。 「ふ~ん…だから男どもが浮ついてたのね」  頷きながら「バレンタインデーねぇ…」と呟いてたソルトがここで一つの結論にたどり着く。 「え、まさかってことはアイツら私のチョコが欲しかったの?」 「まあ、そうでしょ」  うわっ、と露骨に嫌な顔をするソルトにハナコは思わず吹き出す。 「別にそこまで気にすることないわよ」 「そういうもんなの?」 「そういうもん。別に義理チョコ渡さなくたってとやかく言われるご時世じゃないし」 「バレンタインねえ…」と、何度も頷いていたソルトが立ち去ると、再び一人になった空間で、再度ハナコはカレンダーに目をやった。 「そう…そこまで気にすることでもないのよ…」  目を瞑ってハナコは記憶を遡る。かつて、自分が☨天逆の魔戦士 アズライールと☨名乗っていた、はねっかえりの冒険者だった時の、スナイプとメトリにも出会う前だったころ。一人のとある復讐者と二人旅をしていた時の思い出を。 『はい、チョコ』 『…なんだこれは』 『勘違いしないでね、義理よ』 (立ち寄った町で買った市販のチョコを、私はギルに手渡した。渡したときも、仏頂面のままなアイツになんて奴だと思ったっけ) 『……ふんお前に本命チョコ貰ったとしても困るだけだ』 『はぁー!?な、なんて失礼なやつ!』 (チョコを受け取った時も、アイツは仏頂面だった) 『や、やっぱり、男の人は女性の手作りチョコ貰った方が嬉しいのかしら』 『……知らん。別に人それぞれだろう。』 『詰まんない言葉、聞いて損したわ』 (ぶっきらぼうに短く答えるギル。私はこの話はもう終わりと、立ち去ろうと彼に背を向けた) 『だが』 (私の背後から聞こえる彼の声、僅かに声色が変わった気がし、私は振り返った) 『一生懸命作ってもらったチョコを、嬉しく思わない男はいない。……そう、思う』 (そう言って微かにギルが笑った。それが、私の見た初めてのギルの笑顔だった)  旅が終わった後、ハナコたちはPTを解散した。メトリとも、スナイプとも今も繋がりは残っている。ハナコにとって二人とのやり取りは楽しみの一つだ。ふとした瞬間ハナコではなく、アズライールに自分が戻っていることもある。  ただ、そこにサーヴァイン・ヴァーズギルトの姿はなかった。  今、ギルの居場所を知るものは誰もいない。魔王モラレルが倒れ、聖都を奪還した後、彼は聖都に戻ることなく、宛もなくふらっと旅立っていった。  恐らく、ギルは今も自分を許すことができなかったのだろうと、彼の心中を思う。 『俺は信仰を捨てた。聖都が攻め滅ぼされたとき、俺は神を信じることをできなくなった』  棄教者であるギル。彼は今も、祈る神もいないままさ迷っているのだろうか。ハナコは勿論メトリやスナイプにも消息を知らせず、聖都の聖騎士たちとも縁を切って。 「今年も、手作りチョコ用意しといて上げたわよ、いつ来るかもわからないアンタのために」  自宅には、既にハナコ自作の手作りチョコが置いてある。昨年も、一昨年も宛先のない手作りチョコをハナコは作り続けてきた。  きっとハナコは、これからもバレンタインにチョコを作り続けるのだろう。いつ再開できるか、そもそも再会できるかもわからないギルのために。 「だから、早く会いに来なさいよ馬鹿…」  ハナコは席を立つと窓の外を眺めた。窓の外は嫌になるくらい晴れやかな晴天が広がっていた。ギルもこの大地のどこかで青空を見上げてるのだろうか。今も、彼は『棺』を持ち歩いているのか?それとも、役目を終え、『棺』を降ろすことはできたのだろうか?  その答えを知る者は、誰もいない。 ****************************** 【漆黒の勇者イザベラ×聖盾のクリスト】  逗留している宿屋のキッチンで、イザベラが、熱心に手作りのチョコをラッピングしていた。 「で、できた…!」  可愛らしい包装紙でチョコを包んだイザベラは、チョコを手に持つと胸に押し当てギュッと抱きしめる。まるで、自分の恋心がそのチョコに宿ってくれと祈るかのように。 「クリスト…」  イザベラが男の名を呟く。その男こそ、彼女の相棒であり、今回のバレンタインで、イザベラの本命チョコを渡す相手でもある聖騎士。聖盾のクリストであった。 『僕は聖盾のクリスト、貴女の盾としてサポートする任を負わせてもらえないでしょうか?』  魔剣によって、家族と妹を失ったイザベラは一人、人助けの度に没頭した。魔物が現れれば倒し、怪我人がいれば癒し、道を塞ぐ木や岩があれば取り除き、見返りを求めず、己の印象から恐れられれば黙ってその地を立ち去り、ただ、己を罰し続けるかのように贖罪の旅を続けた。いつしか漆黒の勇者という肩書がついた頃、彼女の前に現れたのが、後のイザベラのパートナーと言える存在、聖盾のクリストだった。  人の心とはおかしなものだと、つくづくイザベラは実感する。 『僕が護りますから、イザベラ様は攻撃に集中を!』  彼と出会って、護られることの嬉しさを思い出した。 『うわぁ…!イザベラ様!ここから見える景色は絶景ですよ!』  彼の笑顔を見て、幸せな気持ちになる自分の心に驚いた。 『イザベラ様は、そんな方ではありません!どうしてそれをわかってもらえないのですか…!』  必死に誤解を解こうと奮闘しようとする彼に、申し訳なさと嬉しさを覚えた。別に社会が己を誤解してもクリストが自分をわかっててくれるのならそれで十分だった。 『申し訳ありません…。僕が貴女の側にいることがイザベラ様にとって迷惑になるかもと…!』  自分の下を去ろうと考えてるクリストを知った時、絶望がイザベラの全身を襲った。クリストと共にいる暖かさを失うと思うと、心が引き裂かれるように辛かったし、彼が思い悩む理由を知った時はそんなことで?と怒った。二度とそういう思い込みは一人で抱え込まないよう、二人で正座して話し合った。 『き、綺麗ですイザベラ様』  これまでより化粧に気を遣うようになった。仲間という範疇を超え、イザベラは女としてクリストに意識して見てもらえるように望み始めていた。 (だって私はクリストに…恋を、しているのだから) 「っていけないいけない!」  物思いにふけっていたイザベラがハッと我に返る。 (まだ、これを渡してないんだから!  そう、ミッションはまだ終わっていない。この本命チョコを彼に渡して、初めてこのミッションはクリア評価がつくのだから。  台所を貸してもらった店員に礼を言うと、チョコを手にイザベラは店を飛び出した。だてに長い間相棒を勤めていたわけではない。クリストの位置ならおおよそイザベラには見当がつく。恐らく教会だろうと彼女は推測していた。 「クリスト………あ、」  イザベラの足が、止まった。  確かにクリストはそこにいた。複数の、可愛らしい女性に囲まれて。 「私、クリストさんの大ファンなんです!」 「あ、ありがとうございます」 「聖盾のクリストの盛名、大変お慕いしておりました!」 「ど、どうも…」 「今日はバレンタインです、急な出会いなので残念なことにチョコはありませんが、代わりにお茶でもどうですか?私、いいチョコケーキ出す店知ってるんです」 「あの、それはちょっと…」 (ああ………これがそうか…)  イザベラの胸が締め付けられるように痛む。イザベラはその痛みの原因がわかっていた。 「私、妬いてるんだ……この気持ちは、知りたくなかったな」  イザベラはこの日、嫉妬を知った。 「あ、イザベラ様」  イザベラの存在に気づいたクリストが笑顔を向ける。瞬間、彼の周りに集っていた女性たちが、怯えと警戒の目でイザベラを見つめていた。彼女たちの目にイザベラの体が竦む。 「どうかなされましたか…?」  クリストの顔が笑顔から、イザベラのただならぬ様子に気づいたのか、心配した表情に変わる。一歩、二歩とイザベラの足が後ずさり、ダッと体を翻してイザベラはクリストに背を向けて走り出した。 「イザベラ様!?すいませんっ皆さん!」 「は、は、は……」  イザベラは走る。とにかく今はクリストの前から少しでも遠ざかりたかった。  走り続けるイザベラの脳裏に、先程の女性たちの視線が思い浮かんでくる。まるで悪い魔女に出会ったかのような、恐怖心の込められた視線。お前が彼の傍にいることなど相応しくないというような、強い拒絶─── 「あ!」  物思いに囚われていて足元が疎かになっていたイザベラが、石に躓いて前のめりに勢いよくつんのめりながら転んだ。 「いたた…」  体中が痛い、膝と肘、それと掌が擦り傷だらけになっていて鋭い痛みが走る。それ以上に、心が痛い。  痛む手を抑えながらノロノロと立ち上がったイザベラは辺りを見渡す。どうやらここは公園らしい。閑散としていて周囲に人の気配は見られない。 「あっ」  少し離れた場所に紙袋が転がっているのに気づいたイザベラが慌てて紙袋に駆け寄る。 「チョコが…」  手に取った時の感触に嫌な予感を覚え、恐る恐る中を調べると、イザベラが作ったチョコが無残に砕けていた。紙袋にも、土とイザベラの擦り傷から出た血がついてしまっている。 「あは、は……」  自嘲がイザベラの口から洩れる。何てみじめなんだろう自分は。 (そうだ、自分がクリストにこんな思い持つ方が間違いだったんだ)  イザベラの脳裏に蘇る先程の着飾った女性たちの煌びやかな姿。一方の己はというと、魔女と間違われるような恐ろしい印象の内気な女。どちらがクリストに選ばれるに相応しいかなんて一目瞭然ではないか。  イザベラの気持ちが奈落の底に落ちたかのように落ち込んでいく。よろよろと近くにあったベンチに座り、イザベラは項垂れる。 「ひっくっ…ううっ……」  チョコを抱きしめ、イザベラは泣きじゃくる。押しとどめようとしても、嗚咽を抑えることができない。その時だった。 「イザベラ様!」  ばっとイザベラは顔を上げた。恐る恐る声のした方向に顔を向けると、今、イザベラが一番会いたくて、会いたくなかった、彼女の盾──クリストがそこにいた。  必死に追いかけてきたらしく、彼の顔には汗が浮かんでおり、呼吸も荒くなっている。その姿にイザベラの胸が締め付けられる。 「どうして」 「魔力の気配を辿って。それよりイザベラ様!大丈夫ですか!?」 「こないで!」  紙袋を抱えてイザベラはクリストに背を向ける。その権幕に一瞬クリストの体が強張るも、すぐに意を決して足を踏み出す。 「大丈夫です、イザベラ様」  怪我を治します、と優しく告げ、クリストがイザベラに手をかざす。まずは膝の擦り傷、次いで肘、そしてイザベラの手にクリストの手が移動したときだった。 「この、紙袋は…」  イザベラの体がびくっと震えた。治療を終えたクリストが「自惚れてもいいでしょうか」と、前置きしたうえでこう尋ねた。 「これは、僕へのチョコレートでしょうか?」  長い、長い沈黙のあと、観念したかのように小さくイザベラが頷いた。 「貰っても、いいでしょうか」 「だめ。転んだ拍子に砕けちゃった…」 「大丈夫です。砕けたって味が変わりません」 「それに…泥と私の血で袋が汚れちゃった…」 「平気です」  イザベラの手を握り、驚いてクリストの顔を見たイザベラの目をしっかりと見据え、ハッキリと告げる。 「他ならぬ貴女のチョコを頂けて、僕が嬉しくないはずがありません!」 「とっても嬉しいです!ありがとうございます!」  紙袋を受け取ったクリストの顔がほころぶ。その表情に気遣いや配慮といった様子は見られない。本当に、純粋にクリストはイザベラのチョコを喜んでいた。 「クリスト」  チョコに気を取られてるクリストにイザベラが声を掛ける。クリストが「はい」と答えると、ふいに腕を引っ張られ、ぐいっと引き寄せられた。イザベラの腕がクリストの背中に回る。自分がイザベラに抱きしめられていると、クリストが気づくのは数秒後のことだった。 「クリスト…大好き」