―――クーベルチュールチョコレート適量。生クリーム1カップ。ココアパウダー適量。  クーベルチュールチョコレートはチョコ油脂の含有量の多い加工用チョコレートの意である。  たったこれだけの材料で、相手に愛を伝える事ができるのか?とマチュは軽く困惑していた。  それと同時に、愛を伝えるという気持ちは十二分にあった。 「だって好きなんだもん。しょうがないじゃん」  マチュは自分自身に語りかける。その通りだ、好きなんだからしょうがない。    出来栄えは愛情でカバーする。マチュはそういう少女だった。  宇宙世紀0085年、2月14日。土曜日であった。  名門女子校、女の園たるハイバリーハウス学園はカリキュラムの多さでも有名であり、宇宙世紀であっても週6日の通学過程であった。  ただし、土曜日の授業は午前中のみ、古き人類は「半ドン」と呼ぶその午前のみの通学。受験には余計である科目がしわ寄せのように土曜日に集中した。だいたい、体育と美術とやる意味が生徒にも教員にも理解されていない選択科目であった。  お母さんが作ってくれた昨日の残りのカレーライスと。お茶碗半分程度の抑えたレンチンの白米、そして冷たい牛乳を流し込んで朝食を済ませる。  カレーには牛乳が欠かせない。それがマチュの哲学であった。牛乳さんがカレーの辛い部分を守ってくれている。そんな気がしてならないからだ。  しかし、ノンホモ牛乳だと油分でおなかを壊すので、低脂肪乳がマチュのお気に入りであった。  朝から家族の姿はない。父親は単身赴任。タマキ・ユズリハは役所の関係で土曜日も仕事なのだ。  家に誰もいない朝に、マチュは慣れていた。毎朝自分で起きて、自分で着替えて、自分で朝ご飯用意して、食べて、そして下膳する。朝ゆえに食器を洗う余裕はないから白いプラスチック製の洗い桶に水を溜め、クリーム色の陶磁器めいたカレー皿とコップを投げ込む。  歯磨きという口腔ケアと洗顔と軽く化粧。  厳しくもマチュの赤く染め上がった髪は許す自由な校風。派手な口紅は禁止だが、リップはOK。アイラインを整える程度のメイクは許してくる校風がハイバリーハウス学園には存在した。  そして女子で一番重要である髪型を丁寧に整える。「だるい」と一蹴するヘアケアーという枷から解き放たれたい、一心でショトーヘアを維持するマチュであるが、流石に寝癖は修正(なお)す。  そして、時間に余裕をもたせ、いつも愛着しているオーバーサイズのセーターを羽織って家のドアを開ける。玄関の鍵を閉める。ハッとする。 「ヤッバ!今日体育じゃん!」  体操着を忘れたので再度解錠。通学カバンに体操着無理やり詰め込んだ。  今日の授業は体育や美術。教科書を使う学科はないのでカバンの中はスカスカであった。  タオルとデオドライト類をガサガサとポリエチレン製の透明なサブバックへ押し込み。再施錠  急いでメトロへ向かう。  普段乗る時刻のメトロより2つ後のメトロで揺られる。マチュの心は遅刻の心配を始める  マチュは嗚呼見えて一応、学内では優等生の部類に入っていた。プライバシーの概念が存在しないかのように張り出される定期テストの点数表では上位に位置し、産まれた頃から運動も得意だったので体育もキライじゃなかった。むしろ好きな方だった。  その癖逆立ちしてそのままプールに飛び込むような飛び道具も持ち合わせていた。   そのような女子は、女學校においては必ず奉(たてまつ)られる、というのが世のさだめであった。   『学園の王子様』    という側面をマチュは持っていた。自覚はないが王子様の香りをまとっているのだ。  王子様であるその事実をマチュは「ハイバリー学園前」改札から校門へ向かうダッシュの合間に失念していた。今日がどういう日なのかすら忘れていた。  胸がバクバクでうっすら汗がセーターに滲む程度に走り抜いたマチュは、その甲斐もあり遅刻の危機からは逃れられた。8時35分。朝のホームルームが9時開始なのでセーフ!まぁ上出来なダッシュだったとマチュは語る。  靴箱、下駄箱たる類いが無機質にズラッと並んでいる。実に学校めいた雰囲気。そこに一箇所だけピンク色の山が形成されている。中身は知っている。バレンタインらしくチョコレートである。  「うわっ…」とマチュ絶句。  アマテ・ユズリハ、17歳。ハイバリーハウス学園二年生。突拍子もない行動と活発なその姿から「学園の王子様」として存在していた。  マチュは、そのピンク色やら白やら黒やらの山をみて、自分が一応「王子様」である事に気づく。 「そっか、今日だもんなぁ…忘れてたや」  ピンク色の山をかき分け、自分の靴箱にシューズを入れ、上履きを取り出す。  元来、靴箱というのは、あまりいい匂いがする場所ではない。他人の履き潰した靴が密集して陳列されているので、どうしても饐えた匂いを想像するに避けられないだろう。  しかし、マチュの下駄箱の前周りだけはチョコレートの香りで満ちていた。  カカオと砂糖の甘い香りで充満する下駄箱。これもまた青春の一片らしい様子である。  「バレンタインデー」女性が愛する人へチョコを送るという謎の習慣。現在は友達に義理チョコを渡すチョコレートの交換会とかしていた。女子校たるハイバリーハウス学園なら尚更だった。  しかし、マチュは何度も繰り返すが、『王子様』だった。ガチンコで、セメントマッチで王子様に愛を伝えたい女子が山程いるのだ。一方通行の愛でもいい!。その情熱の結果が靴箱のチョコの山、証左に十分だった。  眼の前のチョコの山、決して無下(むげ)にはできないが、どう考えても抱えて持てるような量ではなかった。 「どうするか…ねぇ」  チョコの山から目を逸らそうとするマチュの眼下にメガネの縁が光る女子の姿が映る。 「アマテさん?困ってるでしょ?」 「困ってる、めっちゃ困ってる!!」  ニヤニヤと近づくメガネのクラスメートは、何か後ろ手に隠している。 「あるよ、紙袋」 「なんで持っててるの!?」 「アマテさんがこうなるって絶対わかっていたから…」  メガネのクラスメイトは予知能力者だった。ニュータイプめいたその姿にマチュは感謝するのみ。 「ホームルームはじまるから早く入れちゃいなよ」  エナメルで加工された包装袋をメガネの彼女は持ちあわせていた。 「たすかるー、マジで、マジで助かった。今度この恩、絶対返すから!」 「ニューペリー駅前のアイスでいいよ」 「トリプルで返すわ」  イズマコロニーメトロ東西線ニューペリー駅前のアイス屋台、ジェラートがおいしい。シングルで7ハイト(1000円弱)トリプルでも13ハイト(1800円相当)なり、この恩を返せるなら安いものである。  ホームルームが始まる。宇宙世紀だというのに木と鉄パイプでできた机には袋いっぱいのチョコレートが鎮座している。  甘い香りが教室いっぱいに広がる、マチュの机はあきらかに異常であった。  その日の授業、一時間目は体育、バレーボールを級友と黄色い声をあげながらこなす。  その後美術。先月から油絵に挑んでいる。キャンパスいっぱいにクラゲの絵を描いている。シュウジのキラキラグラフティみたいに綺麗にいかないな。と自分の才能にちょっと脱落。  その後、よくわからない選択授業は聞き流す。なんか「福祉」がどうたらだそうな。  その三時間目だけで本日の学業は終了。  途中、なんども下級生や同級生にチョコを手渡された。本命というかガチっぽい雰囲気に飲まれながらも「ありがと、大事に食べるよ」と甘いマスクで返す。  『ごめんね嘘なんだよなぁ、食べないんだよなぁ」というマチュの内心はきっと漏れていない。 ―――本題はここからである。  マチュは朝のダッシュよりもさらに早いダッシュで帰宅。紙袋の中身を無造作に選別する。 「手作りチョコはマズいよなぁ…何入ってるかわからないし」 と手作りチョコは排除する。既製品だけで仕分けする。それでも紙袋半分以上を占領していた。 「ハラヘリムシにはこれで十分でしょ!鼻血出すかも」  マチュはニンヤリと笑う。  そして、自分の作ったお手製チョコをこっそりと忍ばせる。  チョコを生クリームと一緒に溶かして同じチョコでコーティングしてちょっとココアパウダーをかける。  たったそれだけの工程でこんなに美味しいものが出来上がっていいものだろうか?と不安になりつつも、愛の籠もったトリュフチョコが此処に完成した。  南ヨーロッパで取れる希少な茸の名を冠しているが、調理中は不安であった。 「これ食べ物かな?なんか動物さんのう◯ちっち?」  つぶやきたく鳴る黒色の固まりである。たしかにサイズが小動物の排泄物のそれらしい。  不安になるマチュがいたが、出来上がるとなんともお菓子お菓子していて、びっくりする。球状に成形する型はなかったので、手で捏ねて丸めた。若干、形は歪だが関係ない。  体育の授業で汗だくになった身体をシャワーで流し、地毛の深青が見えかくれする赫(あか)のショートヘアをブローした後、ちょっと慣れない化粧を軽く済ませる。  「ナチュラルメイクでいいってニャアンも言ってたしぃ、リップは抑えめで!」   気合いを入れて家を出る。制服姿のままであった。メイクするに値する人物と合うのだ。  シュウジの隠れ家のある宇宙港周辺までメトロで40分はかかる。ドキマギしながら紙袋を抱えて座席で丸くなるマチュの姿はなんとも愛おしい。  夜になれば全長18メートルの人型殺戮ロボットを駆り、カリギュラ達の目線に晒されながら決闘とは呼べない殺し合い行う。鉄火場としかいいようがないクラバの渦中で命のやりとりをする彼女。リングネームは「マチュ」  そんな彼女の等身大の少女である部分が見えているのだ。これほど神聖な事はない。 「ニャアンがいたら、気が楽なんだけどなぁ…友チョコって事にできるし」  マチュは呟く。どこかインドシナの香りがする褐色の友人ニャアンは本日不在であった。  不在である理由もマチュは知っていた。    ―――話はバレンタイン前日へ遡る、1月某日、仏滅。 「バレンタインだよニャアン!チョコつくろうよ!」と誘ったのはマチュであった。 「バレンタイン…なにそれ?」とニャアンに真顔で返された時にはびっくりした。  バレンタインというイベントはキリスト教圏に由来するが、恋人や友人へのチョコの贈呈はほぼ日本にしかない風習であった。そのような風習らしい。  ニャアンはそれを知らない、コロニーがいかに人種や文化の隔たりなく混じり合っても、通じない事はあるのだ。 「へぇ…大切な人にチョコ送るんだ…なんだか楽しそうだね」 「だからニャアンも作ろう!ハラヘリムシ喜ぶよ!」 「シュウちゃんとマチュに作りたいな…恋人じゃなくて友達でもいいんでしょ?」  ニャアン伺う。 「そうだよ、大切な人に送るのがバレンタインだからね」マチュは語る。 「けど14日は仕事入っている」  ニャアンの悲しい声が響く、彼女は何をして生計を立てているのかわからないハラヘリムシや、学生気分でノホホンと暮らしている学園の王子様とは違い、生活がかかっているのだ。 「ふたりで楽しんで。でも、いつかチョコ作りやろうね」  ニャアンの瞳は優しかった。 「うん、そうだね!」と元気に語るマチュを見つめるニャアン。  彼女の黄色い瞳は何かを察していた。シュウちゃんとマチュの間にある友情以上の愛を、ニャアンは察した。  男と女として、肌も重ねている事もうっすら知っていった。  だから、チョコは贈らない。彼と彼女、二人で過ごす事がきっと最善だからだ。 ―――そういうニャアンのやさしさがあって今の自分とシュウジの関係がある ―――その事をマチュは、知らない。  ニャアンがいない心細さをままに、メトロに揺られる。シュウジの隠れ家最寄りのメトロ駅「ドッグ前」へ停車。  マチュ慌てて両開きのドアから飛び出す。  そこから、シュウジの隠れ家まで、どうやってたどり着いたか?マチュは知らない。頭が煮えくり返るほどフットーしていて。記憶を司る部分が吹っ飛んでいたからだ。 「本命チョコなんて…うまれて始めてじゃん!」  とマチュは言う。友愛の為にチョコを作った事はある。お母さんの為に、お父さんの為に。クラスメイトの為に。 しかし、愛の印として肉親以外の異性にチョコを送るのは、始めての事だった。故にウブでそして恥ずかしがり屋さんな様子が見えかけれしていた。  いつものマンホール、薄暗い地下水道。多重シリンダーで施錠された重たいドアを開けると、いつもの黒と赤に吸い込まれそうな瞳がマチュの瞳に反射する 「やぁマチュ、待ってたよ」  牧歌的ではあるがどこか不思議が勝る彼の出で立ちは、本当に彼女を待っている様子であった。 「待っていたって!?わたしが来るってわかってたの!?」  マチュ、驚きながら訝しむ。 「僕は常にマチュを待っているよ。僕は君が来るのをここで待つことしかできない」  意味深な言葉を囁く彼にマチュはメロメロだった。恋をしたんだ。  いつもの赤いガンダムさんへが二人を見つめる。シュウジの足は自然とマチュの方へ歩んでいた。普段であればその歩みに優しさと愛を感じるマチュであったが、今日はチョコの件でドギマギして心臓も脳みそもチグハグに爆音を鳴らしていた。 「落ち着いてマチュ」  シュウジはいつものようにマチュを抱きしめる。  シュウジ・イトウ、この不思議な少年ははマチュが隠れ家へ訪れた時、まずは彼女を抱きしめる。二人の愛の習わしであった。  シュウジの匂いがマチュの鼻腔いっぱいにひろがる。臭くはないけどちょっと石鹸を介さない人間らしい匂い。軽く香る塗料の溶剤の香り。そしてなにより。共に共有する精神世界。 「キラキラ」に身を委ねるのだ。  その翠色の光が眩い世界は、マチュとシュウジだけの世界だった。キラキラで二人は繋がっている。  ごく当たり前のように彼女を抱え、つむじに鼻を近づける。スーっと深く匂いを嗅ぐのだ。  この匂いを嗅ぐというのが彼の観察行為であり愛情表現らしい。三人がはじめて邂逅したあの時、ニャアンの匂いも一度嗅いでいたが。それ以降、ニャアンのつむじを嗅ぐ様子は見られない。どうやらマチュにだけ許された行為なのだろう。 「シャワー浴びたでしょ?」  シュウジは伺う、つむじには上等な洗髪剤の香りとすこし半渇きの赤髪がある。 「今日、学校だっんだ。体育の授業があって、汗かいたから」マチュ弁明 「体育は、運動だね」シュウジ。 「う、うん」とマチュ弱々しく答える。面と向かって聞かれるとちょっとたじろいでしまう。  体育の後のマチュの匂いもきっとステキだったと思うなぁ…もったいなぁなぁ」  この不思議な男、とんでもない事を口走ってる! 「もったいないじゃない!女の子の匂い嗅ぎたがるなんて変態!ヘンタイ」  マチュ、軽く怒る。しかし、シュウジに抱かれる腕(かいな)を解(ほど)こうとは決してしない。怒っていはいるが、嬉しいのだ。 「ぼくはマチュの匂いが大好きだよ…本当に落ち着く。」  シュウジはさらに深く彼女の匂いに浸る。もうお手上げといった様子でマチュは身を委ねる事しかできない。 「なんだか…甘い匂いがするね。」シュウジ 「うん、甘い物いっぱい持ってきたからね」マチュは自慢げに語る。 腕(かいな)が解かれる、紙袋の中身の正体をマチュは晒す。 「今日バレンタインじゃん!」 「そうだね、愛を確かめる日だ」 「めっちゃ貰っちゃった!チョコレート」マチュ友達から貰ったチョコをシュウジに晒す。 「すごいね、マチュ。愛されているんだね」  シュウジは冷静に語る、しかしハラヘリムシの腹の音はグーグーと鳴っていた。 「食べて…いいのかな?」シュウジは伺う。しかしその伺いはほぼ確実である事を知っていた。 「もちろん、こんなに食べたら私倒れちゃうからね!」  マチュは既製品のチョコ達を差し出そうとする。差し出そうとするが。その手は拒んでいた。 「食べたいなぁ」シュウジはニコニコと催促。  マチュ、一度生唾を飲み。一回冷静になる。なろうとする。彼女の胸のドラムはヘビメタを熱演しているが、落ち着こうとするのだ。 「シュウジ―――ここにあるチョコ、全部食べていいよ。いいよ、いいんだけどさ」  一瞬、マチュは黙り込んでしまう、心配そうに覗き込むシュウジ。緊張の中に神聖なる時間が訪れる――― 「まず、この箱から食べて欲しいな…口に合うかわからないけど。おいしいと思うから」  赤面しながらマチュは封蝋めいたシールと包装紙で包まれた箱をシュウジに手渡す。ご丁寧にリボンまでされている。マチュ手製のチョコだった。  異性への愛を告げるチョコの手渡しが、ここに行われる。 「うん、いいよ。おいしそうだね」  カラっと答えるシュウジ、意味を理解していないのかな?そうだよ…そうだよだってシュウジだもん。マチュ半分あきらめている。瞳の色が黒く濁りかけたその刹那であった。 「この箱からはマチュの、マチュの匂いがするね。頑張ったんだねマチュ」  すべてを察したかのようなシュウジの一言がマチュの瞳を澄んだ色へ戻した。 「へへっ…やっぱわかるぅ?」 「もちろんだよ、マチュの匂いは僕の好物だもの、開けていい?」 「いいよ」  シュウジ、乱暴に封蝋を開ける。敷き詰められたチョコからココアパウダーが軽く舞う。 「一個づつ味わって食べてよね!」  まるで少女漫画めいた台詞を口にするマチュであったが、この男にそんな常識が通用するはずがなかった。  もぐもぐと数口で12個入りのトリュフチョコが咀嚼され。嚥下され、いま食道を通り消化されていく。 ―――嗚呼、作るのに何時間かかったと思っているんだこのハラヘリムシ。調理1時間半に対してわずか数秒で平らげられてしまう、その光景にマチュは軽く失望めいたショックを受けていた  しかし同時に、逆にシュウジらしくていいや!と許す心も持ち合わせていた。 「まぁシュウジだし!」  その一言で大概の事は済まされてしまうのである。愛というのは盲目ではあるがキラキラは光の世界。 「おしいね。マチュもっと食べたいなぁ」  ハラヘリムシはこの調子である。 「わたしが作ったのはこれが最後!なんで一気に食べちゃうの!」 「だっておいしいし…おいしいものはあっとう間に消えてしまうね、かなしいね」 「『悲しいね』じゃない!味わって食べてよ!手作りなんだし!」  怒るマチュであったが、シュウジの口元からカカオと生クリームの甘い香りがしている事に気がついてしまう。  嗚呼わたしが作ったチョコの匂いをシュウジが纏っている―――  マチュの心を愉悦に浸らすには十分すぎる証拠であった。シュウジに食べられてしまった。その感覚でマチュの脳内はもう蕩けそうだった。 「シュウジぃ…シュウジぃ」甘ったるい声で彼の名を呼ぶ。 「なんだいマチュ」 「キス…キスして…ほしい」  唐突だった、『学園の王子様』から発せられるにしては、突然の愛の求めであった。 「うん、いいよ」蛋白に答える彼の姿も愛おしく見えてしまう。  彼はその多きな掌でマチュの小さな掌を握りしめ。そして口づけを交わす。  この少年、等身大の17歳であるが、口吸いだけは、上手であった。  マチュの口腔(くち)いっぱいに、チョコの味が広がる。シュウジの粘液とチョコの香り、そして重なり合う舌と舌。  最高としか言いようのない瞬間だった。精神的に絶頂すら覚えてる感覚にマチュは酩う。  カカオという愛の波が彼女を攫っていく、肉体的な絶頂を迎えていた。あそこがジンジンする。  酩酊する脳内はふんわりとした感覚しかなく、全身の血が脳天を目指し、昇りはじめる。  頭の中ぜんぶの血管が沸き立つ血を受け止めようと必死になっている。当然決壊する。  毛細血管から、破れていくのだ。  右の鼻の奥からからなにかヌメリとした感覚が広がる。それは次第に唇まで堕ちて、床に血痕として残る、鼻血を、出しているのだ。 「あ…あっ」  恍惚の真っ只中、突然の流血にマチュはなにもできなかった。 シュウジ、どうしよう???。やばい、なにもかんがえられない???    曖昧な意識の中、マチュはシュウジに身体を任せる。愛に酔いしれた脳はもう自立することすら不可能にしてしまった。  マチュの身体は崩れ落ちる、シュウジは優しく支える。抱きかかられるような形でギリギリ立位を保っている。そして、彼の男の子らしい体格のわりにちょっと細い腕がマチュを持ち上げる。 顔と顔が重なり、彼の赫い瞳が前に迫る、シュウジの顔がボヤけてみえる。惚けているのだ。 シュウジの舌の感覚がする、鼻から唇、そして喉へと流れる血潮を轍を舐めている、舐めているのだ。 「?」マチュはその行動に疑問符を投げる事はできたが、受け入れるのみだった。  したたる血を舐めきった後、マチュの鼻腔に力強く口づけをするシュウジ、そして吸い出すのだ。鼻血を啜るズルズルという音がシュウジとマチュの間に広がる。  吸血行為、吸血行為だった。シュウジはマチュの血を啜っていた。血溜まりめいた黒い血栓すらゴクリと飲み込む。その姿は異常性愛と呼んでふさわしい行為であった。 「あ…あ…シュウジ?シュウジ?」 マチュは放蕩としながら彼の名を呼ぶことしかできなかった。性行為異常の快楽に身を委ねる。  その後、吸血行為はマチュの血潮が収まるまで続いた。正味5分程度のやりとりであったが、マチュには永遠の行為のように感じられた。  こと人類というのはしっかりした造りをしており、鼻血なら5分程度で収まるのだ。 「もう、血がでないや」シュウジは乾いた声で語る。まだ、飢えていたのだ。 「大丈夫?マチュ?立てる?」優しい声色に変わる。 「うん…立てる、立てるよ」  マチュは、脳内でまだ煮えくり返る感情を抑え、しっかりと人口の大地に両足をつけた。ようやく落ち着きを取り戻す、取り戻せていない。 「マチュの味、おいしかったよ」満足そうなシュウジが眼の前にいる。 「そ、よかった」ぼやける頭を纏めながら、一生懸命に強がって。返す言葉がそれしかなかった。  わたし、シュウジに血を吸われちゃいました。これってヤバいことだよね?  けど、相手はシュウジ…シュウジだしなぁ…まぁいいか、なんてシュウジだし。  マチュは自分に言い聞かせる。 「マチュの味、マチュの匂い、マチュのキラキラ。僕はマチュのすべてが好きだよ」  愛の言葉をただ、受けるしかなかった。 「わたしもシュウジがすき、シュウジのキラキラだいすき!」  マチュは、元気に答えてみせた。  その後、二人はちょっと横になって抱き合って。キラキラの海を泳いで。泳ぎきって疲れたなぁって頃にマチュのチョコ達の事を思い出して。シュウジはバクバクとチョコを頬張っていたそうな。 「マチュもチョコ食べない?おいしいよ」  まるでげっ歯類、リス…というかハムスターように頬にチョコを詰めながら聞くシュウジ。 「いいや、遠慮しとく。また鼻血出たら大変じゃん!」  マチュは赤ら顔で答えた。 「鼻血が出たらまた味あわせてよ、マチュの血の匂い、血の味」 「少しは加減しろ!この変態ハラヘリムシ!」  マチュはシュウジの背中をバシバシと叩く。   二人、笑いあった。 笑顔が絶えない二つの赤と青の星が棲まう家がそこには存在した。 ―――わたし、アマテ・ユズリハ、17歳。    いま、たいへん危険な恋と偏愛の沼にに両足を突っ込んでいます。 ですが、わたくしマチュは元気だけが取り柄なんで、まぁOK!って感じです。 「シュウジとのキラキラは本当に最高だ」マチュは溌剌と物語を締めくくる。