「コイツ、ドウスル」 「ウチらのルールじゃ、始末っしょ?」 「ロタリーの時はスカウトしたぞ」 「このコ男だしねー、ロタっち、先輩的には?」 「えっえっ…わたくしに振られても…」 口調だけ見れば、他愛ないガールズトーク。今にでも、学校の文句でもいいそうなぐらいの。 だが誰の目も笑っていない。瞳だけが別の生き物のようにぎらりと、こちらを睨んでいる。 手に手に輝く鈍い光、血の滴る赤い鉄。すれ違っただけの柄の悪い数人が、 今では同じ数の赤いシミになって裏路地の地面と床と――覆い被さるトタンに散っていた。 内の一人が、手元の鋭い大きなトゲのようなものをくるん、とひっくり返して握り直す。 建物の隙間から差し込む幽かなネオンライトの下でさえ、その威圧感は相当なものだ。 喉に先端が当てられる――いい匂い。血にまみれた透明なアウターの内側の、 女の子の身体の線がよく見える。現実逃避にしては、あまりに情けない。 近道を抜けようと少し横に入っただけで、死んでしまうのか――と、足元がふらつき始める。 針をあてがってきている青い髪の一人と、他の四人はまたきゃいきゃいと騒ぎながら、 俺のことをどうするか決めようとしているみたいだった――そして誰も、視線を切らない。 現実味がない。漏れ聞こえてきていた路地の外の音が、透明でぶ厚い壁に隔てられたようにも。 頭の中をぐるぐると時間が巻き戻る。物凄い速度で、生まれた頃からの―― ――気付いてみれば目の前にいるのは、先週、サークルの仲間に連れられて行った酒場、 そこでステージにいたグループに違いない。誰が誰かは覚えていないが、一か八か―― 「――君たち…えーっと、“キラーチューン”のメンバーだよね?俺、大ファンで…」 「「「「「誰の?」」」」」 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 身体が軋む。声が漏れる。誰も聞くものがいないのだけが救いだった。 足元の、いつ開けたかも覚えていない生温いペットボトルの中の水を、飲む。 一気に広がった鉄の味、思わずむせ返りそうになるのを無理やり押し留めると、 鼻の奥にどっと押し寄せたその臭いに、結局、含んだほとんどを吐き出してしまう。 かつん、と軽い音がコンクリートの壁に跳ねた。白い残像が視線の端から消えようとする。 それを指でつまむと――鏡の中に見慣れた、我が愛しの糸切り歯がそこにあった。 痛みと共に、その理由が頭の中に蘇る――咄嗟に名前を呼んだのは正解…だった。 ただこちらの答えを返す前に、五人のうちの誰かの膝が顔面にめり込んで、 気が付けば、ここの殺風景な部屋の中に、荷物ごと乱暴に放り込まれていた。 どのぐらい気を失っていたのか――固まりきって悲鳴を上げる全身の筋肉と、骨。 最初のうちは、起きては気絶し、誰かに起こされては気絶し、起きようとしては気絶した。 足元の潰れた残骸は、そんな繰り返しの中で飲まされたか、飲んだかしたものの成れの果てだ。 携帯を探す――顔面はこうならなくてよかった。電源も入らない。 結論から言えば、俺の扱いは「保留」。彼女たちの裏の顔を見てしまったものは、 容赦なく始末されるのが決まりだそうだが、流石にファンを殺すのは気が引けたのか、 “誰”かを聞き出すまでの話なのか――身体が動かない分、頭だけが、回る。 床に転がされていると、地鳴りのような重低音がずうずうと底を這っているのを肌で感じる。 自分がどこにいるのか――どうしないといけないのか――何ができるのか――云々。 地鳴りが止んでしばらくすると、音は、細く四角い通路をひっそりと降りてくる足音に変わる。 それが誰のものであれ、俺にとって碌な結果をもたらさないことは確かだった。 硬い音を立てて重い扉が開く――放置していた犬の様子を見に来た気軽さで。 俺に声を掛けてきたのは、あの中の―― ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「おーっす、生きてる?」 彼女の言葉はひどく軽い。宛名を書き忘れた風船のように。 顔だけは知っているような知人に、ふと町中で声を掛けた風でもあった。 少なくともそんな関係性の相手の後頭部を、こぶができるほどがつんと殴ることは普通はない。 装具から爪のように飛び出した電極を突き立てられていないだけ、マシというものだろうか。 表と、裏。ミュージシャンと、殺し屋。そのどちらが本質なのか―― そんなことを問うのは無意味だった。彼女は頭の中のスイッチを切り替えるまでもなく、 ごく自然に、“やるべきこと”をやれる。たとえそれが、ボスに与えられた暗殺指令でも。 痛む身体を引き起こして向き直った俺のすぐ前に、彼女は中腰でいる。 そしてその赤い瞳が、じっと、目の前の男を見ているのだった――血のような、赤。 「またレコたちに痛い目に遭わされたん?」 ひどいねー、と軽い口調で同情するフリだけしながら、腰を下ろし、座る。 こちらから肌が見えようが見えまいが、もとより、何も気にしていないようだった。 むしろ――反応を返すこと自体を、自分の外見の良さを再確認する材料にしている。 キュー、と呼ばれ――自称もする――あの青髪の少女に比べての“可愛さ”よりも、 男の懐にするりと入り込んで、友達としての関係性を作り上げてくるような、怖さがあった。 「――見たいんでしょ」 片側だけが裾の短いホットパンツ――それは当然、しゃがみ、座れば左右の不均衡によって、 若々しい肌を、直接的に見るものの視界に届ける。汗の薄っすら浮いた、張りのある肌。 「見ても怒んないの、ウチだけだよ?」 にたにた笑いながら、指が裾をさらにまくる。下着ごと、その存在が証明されてしまう―― なのに、ぎりぎりのところで、手は静かにすっと下に降りていき、 内心に期待していた俺を嘲笑うかのように、蝶めいてひらひらと踊るのだ。 「ミクスちゃんが一番かわいい、ってみんなの前で言ってくれたら――」 顔を寄せての、悪魔の囁き。表情は見えない。だが、目が笑っていないのは、わかる。 もし、彼女の言葉を否定したら――その結果は、言うまでもないことだろう。 俺は脂汗が腋にじんわり浮くのをひどく不快に思いながら、言葉をゆっくりと探す―― ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「失礼します」 言葉の尻尾を、重たい扉の音が踏み潰す――ぬるりと、影が入り込んでくる。 儚げな横顔、たなびく袖は、幽霊とも見間違いそうなほどに美しい。 だが俺は、その黄と緑の髪が左右に分かれて振れるのを見て、動悸が止まらなかった。 音もなげに、彼女は俺の転がっているすぐ近くまで歩み寄ると、 小首を傾げる風にして、じっと、こちらの様子を伺うのだった。 袖の中に隠された小さく、細く、人形のような手。苦労の重みを知らぬ指。 人肌の熱を感じさせない、冷たささえ錯覚させる五本の氷が、俺の身体の上をなぞる。 触れられたところから、びりびりと電流が走り――視界が、白と黒とに激しく点滅した。 大の男が、少女に撫でられただけで呻くのはあまりに情けないと思いつつも―― その指のある箇所が、ようやく血の止まったばかりの生々しい傷の上であるとなれば、 涙をこぼさずに目端を濡らした程度で留めているのを、褒めてほしいぐらいだった。 DJがスクラッチをするような気軽さで、彼女の指は俺の身体のあちこちから音を引き出す。 「あら、ここと、ここにも…お可哀想に」 指はふと止まり、泣きぼくろを湛えた垂れ目が、俺を憐れむように歪む。 気遣ってくれているのか?そうではないことを、俺の身体は覚えている。 こうして彼女の手が止まったときの方が、生傷を撫でられているときよりずっと怖い。 俺の視線は、彼女の可憐な顔よりも、細い腰、絞られて強調された胸よりも―― その一番上の、動物の口内を思わせる赤いバイザーの裏側、針のような飾りだけだ。 「それでお返事は――いつくださいますの?」 口元はあくまで柔らかく、尽きぬ微笑みを称えている――だが、それが一層恐ろしいのだ。 彼女の求める答え。君が一番だよ、と第三者の俺が肯定した、という事実。 それを引き出すために――彼女ら五人は、寄ってたかって、俺のことをいたぶり、愛でる。 彼女はただ、その始まるまでに少し時間がかかる、というだけに他ならなかった。 どう答えればいいか――脳内が答えを求めて高速でフル回転している間も、針は動く。 右へ、振り切れるほど速く、表情を少しずつ嗜虐的なものへと変えながら。 俺の胸板の上にある指が、みしみしと重たい音を立てて肋骨への圧を強めていく―― ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「オキロ!」 鉄のドアがぺしゃんこになるんじゃないかと思うほどの勢いで、壁に叩きつけられた。 だがその爆音よりも、彼女のけたたましい声の方が鼓膜をぶるぶると震えさせてくる。 こちらの起き上がるのさえ待たず、胸ぐらを掴まれて引き起こされるのは、 自分がひどくちっぽけなものに成り果てたかのようで嫌だ――そんなことも言っていられない。 「『クリップが一番』ッテイエ!」 壁が天井へ、床が壁へ――視界ごと大回転する俺の頭はたちまちめまいを引き起こし、 身体中の力が回転に従ってあちこちに飛び散ってしまって、動くことができない。 やめてくれ、と首を鷲掴む手に触れることすらできないのだ――声もまた震えて止まらない。 そして急に視界は止まり――勢いをつけて後ろへと一気に流れていく。 唐突に、彼女が俺を放した――より正確に表現すれば、投げ捨てた、からだ。 「『好き』ッテイッタノ、ウソカ?」 着陸の衝撃で痛む節々の点検をする暇もなく、俺の身体の上に少女はのしかかる。 ギョロギョロと落ち着きなくこちらを睨む目、ギザギザと互いに食らい合う歯列は、 一々耳に引っ掛かるような発音と合わせて、小さな緑の肉食獣を想起させる―― 今にも彼女のその牙が、俺の喉を食い破ってもおかしくないように思えた。 「ウワキモノ!」 返事を待たずして、また胸ぐらを掴まれて――呼吸が、できなくなっていく。 あの場をしのぐために、ファンだ、とは確かに言った――それがいつの間にか、 “彼女に対する好意を表明したにもかかわらず、他の女にも色目を使っている”と取られたらしい。 獣の唸りが俺を威嚇する――それとは裏腹の、若い女特有の、どこか甘さのある匂い。 そのギャップに、俺の頭は一層かき混ぜられるのだ――彼女の身長が仲間内でも小さな割に、 ある一箇所――身体が近づくたびに押し付けられる柔らかな――だけは妙に大きいのと一緒だ。 他の四人のような、真綿で首を絞めてくる陰湿さは彼女にはない――がつん、と星が散る。 シンプルな、暴。色気もない、色気。ほとんど子供のようなのに、不釣り合いな、身体―― 何か言わないと、また頭にいくつも瘤ができ――胴には床とのキスマークが付くだろう。 頭を回転させ始めると――視界がそれを追うように、再びの大回転を始めるのだった。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「お待たせー!いやー、一人にしちゃってごめんね、他のコ撒くので大変でさー」 俺がそちらを向くより先に、扉越しに高くキンキンした声が響く。 扉の開く音、やや乱暴に閉められる音、そんなものを圧倒する存在感、“カワイさ”―― 言葉の一つ一つは、確かにこちらを労るような文句に満ち溢れている。 それだというのに――彼女の瞳は俺を映していながら、俺のことを見てはいない。 「辛かったよねー。キューに、言いたいことあるなら全部、教えてよ」 にこにこ笑いながら、少女は俺に不在時の間に起きたこと――誰がいつ来て、何をしたか―― そんなことを問いかけてくる。背筋にぞわぞわと、これ以上にない嫌な汗が浮かんで垂れる。 言葉を探す時間が一秒伸びるごとに――彼女の機嫌はみるみる悪くなっていく。 笑顔のまま、眉だけかぴくぴくと動いて、肉食獣が獲物を見るかのように、揺れるのだ。 何度も何度も言葉を喉に詰まらせながら、俺は必死に他の四人にされたことを話す。 聞いている間も、彼女の笑顔は変わらず、大変だね、と相槌を投げ掛けてはくれる。 が、そこには会話は成立していない。酷く生理的に不愉快な槌の音だけが響く。 肯定も、否定も、同情も――俺が直前に吐いた言葉に、ことごとく合っていないのだ。 根本的に俺の話そのものを聞いておらず、心底、何もかもをも下らないと思っている―― そんな感情が、手元のスマホから離れない視線からもよくわかる。 「でもキューはたった一人の、キミの味方だよ。そうだよね?」 俺の話が終わったことだけを鋭敏に察知した少女は、またにこやかな笑みを強くする。 ずい、と俺のすぐ近くに近づき――透明なポンチョの中の、しなやかな身体の線を見せつける。 幼げな顔とは裏腹の、思った以上に“ある”胸を――意識的に、俺の鼻先に見せつける。 ここで俺が喜びながらも困惑するような素振りを彼女の前で演じて見せなければどうなるか? 「キューって優しいよねー…それに、かわいいし、ファンにもついつい愛されちゃうんだ」 手の中には、いつの間にかあの鋭い針がある。先端は、部屋にあった俺の歯に当てられて、 くるくる回りながら――すとん、と実に容易く、紐の通りそうなぐらいの穴が空く。 彼女の目は笑っていない。返事如何で、次の穴がどこになるか―― 唾を一塊飲む猶予だけが、俺に与えられていた。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 唐突に、扉が開く。ノックの音も、こちらへの声掛けも一切なしに。 そして止まった足音は、不愉快な無言の時間を――何の前触れもなく終わらせる。 爪先で、ごろん、と蹴り起こされて、視界は半回転、天井へと向く。 その上から――青い瞳がこちらを見下ろすのだった――感情の読めない目。 「そろそろ、素直に言う気になったか」 立ったままそう言い捨てる彼女と俺の距離は、物理的なそれよりもずっと遠く隔てられている。 君のファンだよ、という当然の一言を、不当に焦らし、勿体ぶっている――そんな風に、 彼女が苛立っているのが、低い声からもよくわかった。先程の、蹴りに込められた力からも。 「キラーチューンはアタシあってこそ、違うか?」 俺が何かを言う前に、少女はさらに顔を近づける――首の動きの分だけ。 全員が全員、自分がチームの顔だと信じてはばからない――音楽性も違う五人を、 確かに引っ張っているのは、この目の前の少女――レコ、であるのかもしれない。 だがリーダーシップ、という点で評価するなら、こんな子供のような癇癪を起こして、 ファン――を自称する男――を、監禁し、言葉を引き出そうとするだろうか。 望む言葉を吐かぬからといって、暴力に訴えるのがリーダーの証であるだろうか? 全身の痛みに呻く俺の身体に、高いヒールの付いたブーツの、拍車めいた円盤が当たる。 硬いものが骨を震わせ、電流のような痛みがびりびりと神経を走る。 たまらずまた呻いた俺の反応に――訝しむように、彼女の眉は歪んだ。 「あいつら…ひでぇことしやがんな」 乱暴に俺の服を捲くり上げ、生傷や痣を確かめて――少女は吐き捨てた。 自分がやったことを棚に上げて、仲間が俺を痛めつけたことに腹を立てているのだ。 それは正義感などではなく――限りなく独占欲に等しいものであった。 「正直になったら、アタシがちゃんと守ってやんよ」 掴んでいた服の裾をまた唐突に手放しながら――いかにも親切な風に、言う。 俺はと言えば、服の生地が強かに肌を打った痛みで、それどころではないというのに。 誰を味方に付けたとして――ろくでもない未来しか待っていないのは、言うまでもなかった。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「キューさ、思ったんだよね」 挨拶代わりの鳩尾へのトーキックに悶える俺のことを放っておいて、少女は一人ごつ。 リズムに乗せて回る指、その先端から星の欠片がこぼれ落ちているかのよう―― そんな現実逃避をしたくなるぐらいに、肺から空気の逃げていくのは、辛い。 吐息の塊が唾液を伴ってごほん、ごほんと飛び散る――視界も激しく明滅し、 はっ、と気付いた時には、彼女の顔は俺のすぐ近く、何かを確かめるように見下ろしている。 「無理やり言わせようとしても、あんまり意味ないし――」 目はキラキラと無垢に――ぞっとするような輝きを纏って俺を見る。 「オトコのコって――こういうの、好きでしょ?」 少女の指は、俺の服を乱暴に――否、強引、とまで言えるほどに荒々しく引き剥がす。 それに抗えるだけの力が残っていないのが、己ながらに情けない。 シャツのボタンは爆ぜて跳ね、どこともしれない世界の果てに吹き飛んでいく。 「改めて見ると――ごめんね、痛かったよね…」 服の下に隠されていたいくつもの痣を、少女は改まったかのようになぞっていく。 その刺激だけで、俺の唇は反射的にひくつき、噛み締めた歯列がちらちらと覗く。 「キミ…どーてい、でしょ?」 唐突に投げ掛けられた言葉に、全身がびくんと痙攣する――その反応だけで、 彼女の問いに対する答えは、何より明確に示されてしまっていた。 男に対してそんな問いをする理由は限られている。からかうためか、もしくは―― 指は俺の胸板をたん、たん、たん、とピアノめいて弾くように打つ。 痛むところ。むず痒いところ。くすぐったいところ――その全てが、緑色の瞳の前に晒される。 観察――などという生温い言葉では済まない、俺の全身を好き勝手に、弄ぶための―― 「心配しなくていーよ…キューも、おんなじだから…ね?」 そのまま彼女は俺の上にのしかかり、嗜虐的な笑みを一層深くする。 剥き出しの太腿が、俺の肌に柔らかな感触を返し――悲しいかな、反応せずにいられない。 どこか甘い、少女らしい匂いと――すっかり透けたポンチョの中身が、俺の脳をくすぐる。 「キューのこと、好きって――素直に言ってくれていいんだよ」 身体をぐいっと曲げて覆い被さってくる彼女に、あっという間に俺の唇は奪われる。 閉じたばかりの口内の傷から、じんわりと血の味がこぼれ出す――それを感じ取ってか、 少女は不快そうに眉をしかめた。これまで笑顔を崩すことなどなかったのに。 「大丈夫…キミがキューのものになったら、痛い目になんか遭わせないからね」 再びの口付け。俺の傷の上をわざわざ舐め取るような――執念深い、独占欲を感じる動き。 「…するよ」 有無を言わさぬその言葉に、俺はもう何も言えない――何かを言おうとする前に、 彼女は自分の衣装の股間部分、角度鋭く切れ上がって鼠径部の丸見えだった布地をずらし、 雄の性器を咥え込むための場所で――俺の性器の上に、体重を掛けてきていた。 「我慢しなくていいよ、ほーら、ほーら…」 ぷっくりした柔らかな盛り上がり二つの間に、俺のものが挟み込まれている。 にゅるん、にゅるん、くちゅり、くちゅり。俺は当然、何も言うことができない―― だがその刺激で確実に、どんどんと、硬さを増してしまっている俺がいる。 少女の息は次第に荒くなっていき、それと反比例して俺の呼吸は不規則に乱れ出す。 「んっ…ほらぁ…もう、はいっちゃうよ…」 控えめに言っても容姿の整った半裸体の若い女相手に密着されて、我慢し続けるのは不可能だ。 この後に起こることを予測して必死に股間の血をなだめようとすればするほど、 却って、激しくうねる熱は物理的な硬度を持って俺の意思に反抗してくる。 甘い匂い、柔らかな感触、ぬるぬるした滑り気、そこに艶めいた声が重なるとなれば―― 「っ…あ…!はいっ、た、ぁ…」 俺の穂先は堪らず飲み込まれ、少女自身の自重で持って、肉を裂く。 流石に破瓜の痛みは、彼女にも一瞬の冷静さを取り戻させたのだろう――だかそれも一瞬。 いよいよ広く歪んだ唇の形によって、俺は彼女が“覚悟”を固めたことを悟った。 「はじめて同士…だね」 痛みを堪えながら、ゆっくりと――それまでの俺に対する苛烈な仕打ちが嘘のように―― 彼女の腰使いはねっとりとした、緩慢なものへと変わっていく。 快楽を貪るため、というより――俺の童貞を奪い、俺に処女を押し付け、 等価交換を果たしたことによって――どこまでも縛り付けていくために。 俺の手は所在なく、死にかけの蝶めいて閉じかけたり開きかけたりする。 少女の腰を自ら掴もうものなら――それは彼女の言葉を肯定することにしかなるまい。 かといって流されるままに、何もせず握り拳を作っていれば機嫌がどうなるか? 今でこそ、決定的な“絆”を拵えたことで上向きに安定していても、 自分の求める結果のために手段を選ばぬ女たちであることは、わかっているではないか。 一人盛り上がって声を上擦らせる彼女に――遅れないように、こちらも興奮する素振りを見せ、 少なくとも、“君のことを嫌ってはいない”と示さねばならぬのだ―― 「ね、スキって、言って!キューのこと、スキって、言えっ!」 こちらのことを考慮していないペースで彼女は腰を激しく打ち付けてくる。 男の性器は、そんなに乱暴に擦り上げ締め上げられるようにはできていないのに―― だがそれでも、快楽は俺の意思に反して肉体に積み上がっていくのだ。 男にはわかりやすい、絶頂の証――目の前の雌に魅力を感じて――しまった、という証拠を、 今にも暴発しそうな股間が、一応の義理で俺に伺いを立ててくる。本当に、出していいですか? 駄目だと言ったところで――俺にはそれをどうにもできはしないが。 「はぁ――っ、っ…!ん、っ…ふぅっ…!」 ずっと俺の顔を見続けていた視線は、不意にふっ、と切れて上に向く。 少女の瞳がちかちかと、俺が先ほどそうなっていた時と同じく明滅する。 産まれて初めての、雄の精を胎に受けるという経験が――彼女の何かを変えたのだ。 しばらくぼんやりと虚空を眺め、スイッチの切れたように止まっていたのが、 また突然に、俺の顔を食い入るように見つめる。今度は、睨むような目つきではない。 愛でるような――というのは俺からの主観が多分に入っていようが――甘ったるいような、 自分の気に入りの玩具を見る、そんな風な目つきに変わっていた。 「これで…キューとキミとは、恋人、だもんねぇ…」 まだ挿入された俺の性器を咥え込んだまま、少女は俺の上に覆い被さってきて、 胸板といい顔といい、あちこちに唇の雨を降らし――独占の印を付けていく。 これが、何でもないような日常での出会いからの愛の確かめ合いなら――俺も喜んだろうが。 「キミのこと…大切にしてあげるからねぇ…うふふ」 胸板の上にくるくると指が踊る。服越しにその柔らかな身体を押しつけてくる。 これだけの可愛らしい少女に迫られてなお――俺の背中には冷や汗がびっしりだ。 それはつまるところ――他の四人との関係性をどう凌ぐか――目の前のこの女はどう凌ぐか、 一度肉体関係が誰かとの間に成立してしまった以上、問題はさらにややこしくなっていく。 今はまだ、彼女の視線は恋人に向けるような、甘え、媚びたものである。 だがそれがいつ、あの冷徹な殺し屋のそれにならぬとも限らない。 俺の“裏切り”一つで――その想像は、容易に現実のものとなるのだ。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「アンタ、アイツとヤったろ」 何を――と誤魔化す間すらない。髪の根元を強く握られ、顔を引き上げられ―― やはり感情の薄い目が、俺をじいっと見ている――だが、意図するところは明白だ。 「よりによってあんな――」 ちっ、と軽い舌打ち。その音だけで俺の脳内の危険信号はうるさいぐらいに喚き散らす。 そして俺の身体は、重力に引かれてずだん、と床に叩きつけられるのだった。 「キューの野郎、露骨に勝ち誇りやがって――アンタがそんな大層な男か?ああ?」 怒り。その感情の向くのは、あの少女に対してよりも――彼女を拒絶しなかった俺に対して。 拒絶しようがなかった、との言い訳が通る状況下ではない。言ってどうなるというのか? 抑えきれない激情に駆られて、カツンカツンとヒールの先が床を蹴り回す。 それが俺の身体にぶつけられていないことを喜んでいる自分が情けない―― 歪な円を描いて、少女は俺の周りをぐるぐると廻る――視線をちらちらと投げかけながら。 メンバーの一人と肉体関係を結んでしまった、という事実は、もう帳消しにはならない。 そのことが一層、彼女を苛立たせるのだった。自分が一番、との自負があればこそ。 「そっか。そうだよな――」 不意に足音が止まる。彼女は俺の背後、表情の見えない位置にいる。 声色にも、感情が乗っていないように思うのは――俺の気のせいであってほしい。 布の擦れる音――俺のものではない。では誰の?柔らかなものが落ちる音がする。 下手に動けば怒りを買うとわかっていながら、不安に駆られて振り向こうとする俺の顔に、 何か人肌の、薄っすら湿ったものが被されて、目の前が真っ暗になる。 機能しなくなった視覚の代わりに、聴覚と視覚がフル回転を始める。 「目、開けんなよ――…かしい、からな」 目隠しから漂う匂いと熱の正体を探るのに夢中な鼻のせいで、よく聞き取れない。 どこか薄っすら香る酸っぱさと――それで隠しきれない、異性の、匂い。 顔に伸びそうになった俺の手は、あっさりと横から掴まれ、自由を奪われる。 もう一方の手も、膝か何かを押し当てられた強い痛みのせいで、動かしようがない。 その状態で、自分の服がどんどんと引き剥がされていく恐怖たるや―― 顔に押し付けられているものの匂い、裸にされつつあるという状況証拠からすれば、 これから何をされるかは、ほとんどわかりきっている。だというのに俺は、 少しでも自分の助かる道を探し、身体をじたばたと蝉のように動かす。 すると下顎にがつん、と硬いものが当たった。本気の一撃ではない。だが、これ以上は―― 「アイツだけじゃ、なくなっちまえばいいんだよ」 見えないはずの表情が、これ以上なくはっきり見えたような気がした。 そして想像通りに、人間一人分の体重が、俺の身体の上に掛かってくる。 ぺた、ぺた、と彼女の手のひらが胸板の上を這う。何かの位置を定めるために。 しばらくして止まった手は、ゆっくりと身体の重みを預かって――圧迫感を強める。 「こーら、動くな…アタシも、こういうの、は…」 あの時と同じ、嫌な緊張を引き起こす人肌の温もり――若い女の、柔らかな肌。 胸板経由で肋骨を圧されて息が詰まり、指先が段々と痺れ始めてきた。 その指に、何か柔らかなものが絡む――いや、捕まえるように、絡んで、くる。 ほんの少しの間の後に、少女の何かを堪えるような吐息が、生々しく耳に届いた。 「――っ!ぁ、ぐっ…!」 俺の指を絡め取るそれは、力をより強くし、掌に汗をこすりつける。 いつしか片手ではなく両手ともに、同じ――彼女の指が、絡められていた。 「へへっ…ざあまみろ、キューのやつ、何が、自分だけの、だ…」 言葉と言葉の隙間に、短な吐息がふっ、ふっ、と繰り返し挟まる。 やがてゆっくりと、息の音は離れ――代わりに、ねちゃねちゃとした水音がし始めた。 速度は極めて緩やかで、思い出したようにしか、動きもしない。 それだというのに、この行為がもうどうにも止められないことだけははっきりしている。 少女は自分自身、どう動けばよいのかの手立てすら知らぬ見切り発車で、 ただ対抗心のためだけに、俺の身体で無理やり処女を捨てたのだ―― 「どうだっ…!キューより、アタシの方がっ…!」 その言葉には、自信よりも遥かに強い不安が付きまとっている。 独りよがりにすらなりきれず、自分がこの先どうすればよいかを見失っている―― 胸板から手がどけられて、久々に深く息を吸った俺は、右手に絡んだ指がいつの間にか、 ほどかれていたことに気がついた。そして顔の上の目隠しを掴んで、一気に引き剥がす。 その赤い布地は、度々見ていた彼女のチューブトップだった。 目に流れ込んでくる光に、思わず目を瞬かせて――逆光になった少女の顔を見る。 ぽたぽたと垂れてきていたものは、彼女の食い縛った口から垂れ落ちた唾液の粒であり、 それと混ざった、年相応の幼さの残った目尻からこぼれた涙でもあった。 ああ、どうして俺は―― 自分を襲ってきている女の頬骨に手を伸ばし、涙を拭うような真似をしてしまったのか? 少女は驚いた風に、俺の手を見た。頬ずりをし返すように、顔を寄せ――手を重ねてきた。 冗談じゃない。まるで俺がこの女に、絆されでもしたような格好じゃないか。 監禁し、危害を加え、仲間内のトロフィー代わりに弄んできている連中相手に、 どうして俺が心を開く余地があるのか――そんな理性の訴えとは別に、 悲しくも合理的な俺の下半身は、種を撒くチャンスを逃しはしない。 自分の下で情けない顔をして射精感に耐える雄に――少女は沈む込むような笑みを投げ掛ける。 「最初はアイツへの嫌がらせのつもり、だったけどさ――」 顔を赤くしながら、少女は言う。顔を青くしながら、俺は言葉を待つ。 「わかってるよ、無理やり、だったんだろ?」 そのまま、頬に唇が当たる――し慣れていない、無骨なキス。 「返事はさ、言えるときでいいよ」 いよいよ俺の首は締まる。一人では済まずもう一人――そしてこのことが一人目の、 キュー、と呼ばれた彼女に露見したなら、どうなってしまうことか? 「ちょっと痛いけど、我慢しろよ――」 急に耳の付け根を掴まれる。すぐさま、ぶつり、と何かが突き立てられた。 肉を貫く痛みは、すぐさまもう一方の耳にも重なり――ずきずきと痛み始める。 「へへっ…アタシとお揃、いいだろ」 手鏡をこちらに向け、少女は見せつけるように己の耳にぶら下がるピアスを揺らす。 俺の耳にも――同じだけの太さの針が、裏側までしっかり貫通させられていた。 「しばらくしたら、ちゃんと付けてやるからな…」 俺の耳たぶを嬉しげに撫でながら――彼女はにやにやと笑った。 それが俺に対する、所有物への刻印であることは疑いようもない。 もし、このピアス穴を俺が塞ぐようなことがあったなら――あるいは“誰か”がそれを見たなら。 肉体の所有権は既に俺自身にはなく、目の前の恐ろしげな女たちの手元にある。 そのことを改めて思い知らされて――俺の胃はぐるぐると熱くうねり始めた。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 野良犬でも飛び込んで来たのかと思った――低い唸り声、どたばたと地を駆ける音。 「ウソツキ!ウソツキ!」 今時総合格闘技でも見ないような容赦ないパウンド――頭から肩まで満遍なく。 だが拳には力なく、当たっても、ぱすん、ぱすん、と軽い音がするばかり。 俺にマウントを取っている緑髪の肉食獣は、今やそこらの仔犬にだって見劣りするだろう。 「オマエ…クリップノコト、キライカ!?」 首を絞め上げられても、以前のような生命の危機を感じるような握力ではなかった。 天井の安っぽい蛍光灯に、逆光となった少女の顔は、今や崩れそうな程に弱々しく、 ぽたぽたと、熱い雫を俺の顔に落としてきているのだった――そんなことを言われても。 「オマエ、オレノコト…スキッテイッタノニ…」 悔しさに溢れたその顔に、貴女の勘違いですよ、と追い打ちを掛けられるほど冷酷ではない。 だからといって――是認すれば既に二人と関係を持った事実を如何すべきか。 それまでは、意思を持つ暴風雨のように俺の肉体をめためたに振り回してきていたというのに、 急に一人で騒ぎ立てて、凹んで、責めてくるとは。俺に人権というものはないのか? 君に付けられた瘤も痣も、まだあちこちに残っているぞ――と、そう言いたくもなる。 「ヴ――…!」 吊り目をいよいよ細く尖らせて睨まれても――涙で潤んでいては逆効果だろう。 五人の中でも殊更小さな体躯が一層縮んで、見えなくなってしまいそうだ。 「レコノ…キューノニオイスル…」 少女は鼻を鳴らして、俺の身体と服に着けられた残り香の正体を探る。 何も犬の真似、というわけではない。彼女らの付ける香水の、整髪料の匂い―― それは近しい間柄の人間なら、飽きるほどに嗅ぐものでもあろう。 無言のままに俺の全身を嗅ぎ回っている間も、手は獲物を逃がすまいと押さえ込んでくる。 やはり力は失せ――彼女が二人に遅れを取ったことによって、 少なくとも危害を与えてくる存在でなくなったことに、俺は安堵を―― ごりっ。痛みに、視界が滲む。鋭い痛み。肉の裂ける、皮膚の奥に、沈み込む痛み―― 反射的に彼女の顔を見る。血。赤い色。誰の?当然――それは俺の、太腿からの。 「オマエ…クリップノ、モノ――シルシ…ツケル」 言い終えるや否や、また歯は俺の――脛に沈む。反射的に跳ね上がりそうになる脚を、 彼女は先程までの弱々しさが嘘のように強く抑え込み、逃げることを許さない。 虎、豹、獅子。大型の猫が、懐中にて小鳥の残骸を転がしているのと同じ。 肉を千切るための――ではない。歯型を、俺の上に残す――執念深い、噛み跡。 がりっ。ごりっ。少女は俺の肌のあちこちに、その鋭い犬歯を突き立てる。 噴き出す血を舐め取り――目を爛々と光らせて、興奮を強めていく。 人に噛まれる、というのは想像以上に精神の抵抗力を損なうものだ。 自分が人ではなく――ただの肉の塊のように扱われている、と思い知らされるからか。 五回目までは苦悶の声を上げていた俺の喉も――その倍の数の歯型が付いた頃には、 すっかり、言葉としての意味を持たない呻きしか出せなくなっていた。 唇に付いた血を拭う赤い舌は、少女の小さな口の中で、別の生き物のように躍っている。 元より言葉を紡ぐためよりも――きっとあのために、今まで不本意に使われてきたのだ。 スキ――オレノ――ココニモ――歯の触れるほんの一瞬前にこぼれる彼女の言葉は、 俺が抵抗らしい抵抗をしたら――その牙の立つ箇所が、どこに滑るかもわからなくさせた。 首筋に彼女の唇が触れたとき、脳内に浮かんだのは――食い破られる、頸動脈の切れっ端。 実際に残ったのは、唇の裏との間の陰圧の作る、貝型の鬱血の跡だったが。 「――フウ…」 一仕事終えた顔で、少女は俺を見下ろした――数えてもいないが、全身が痛い。 身体中の関節と筋肉とを、満遍なく噛み切られたように力が流れていかない―― そして彼女はそのまま、俺の身体と並行になるように密着して――頬ずりを、する。 自分の付けた痕を一つ一つ確かめるように、手で触れ、頬でなぞり、胸を、押し付けてくる。 柔らかな二つの膨らみ。身長に反比例して大きな、不釣り合いなほどの丸み。 幼げな顔、未発達な情緒、片言の言葉――そんなものからは想像できない、明らかな雌の証。 「モウ、ウワキスルナ」 にいっと口端を歪めて――少女は自身の服の、胸元をぐいっ、と握って引き下ろす。 そこに詰め込まれていた、大ぶりなものが重力に引かれて、前に――下に、振れる。 それまで散々噛み付かれ、なぶられていたのに、俺の中の雄の部分は、 そちらを見ずにはいられないのだ――思ったよりもずっと大きな、それを。 俺の視線が胸元に集まるのを見て、少女の自尊心は随分と回復したらしい。 乳房を目の前でたぷたぷと自由にさせながら、俺の股間に手を伸ばし――ホックを外す。 「ココニモ、ツケテヤロウカ――」 開いた口を見せられ、握られながら言われると、とてもではないが平常心ではいられない。 無論それが冗談――一応は――であるとわかっていても、“俺”は縮こまってしまう。 それを、彼女の舌が撫で――また無理やりに、硬さを取り戻させてくる。 胸と舌とで俺の興奮を証立てた少女は、当然の権利として、俺の上に跨る。 そして、また当然のごとくに――俺のもので、勝手に、純潔を千切り捨てていくのだ。 その行為の魔力によって、人を縛ることができると信じているかのように―― 「オマエ、モウ、クリップノモノ…オレ、オマエノ――」 最後まで言い切らずに、少女は顔を赤らめ、ごまかすかのように腰を降ろし、振る。 一方的な所有権の宣言――ロマンのある言い方にすれば愛の告白――を受けるのも三度目、 心臓が冷たく凍って奈落の底へと沈んでいくのも、三度目のことだ。 こんな女たちとの、いつ冷めるやも知れぬ契りなど――恐ろしくてたまらない。 ふと俺は思うのだった。彼女たちの表の顔、キラーチューンの“本当の”ファンなら、 こうして複数人と肌を重ねるに至った俺を、どう思うであろうか? まして、その俺自身が現状から逃げたがっていると知ったなら――殺されるかも、しれない。 腰を振っている間は、流石に新しい歯型を付けられることはない――代わりにキスマークが、 新しく何箇所にも、分散して――それは当然、隠しきれないだけの広範囲に――飛び散る。 鬱血はそう簡単には消えない。歯型となれば治癒するのにどれだけかかることか。 まだ無理やり空けられたピアス穴さえ閉じていないというのに―― 俺の辟易とした感情を尻目に、小さな獣は俺の上で大きな胸を揺らしながら声を上げ、 膝頭で俺の脇腹をぎゅっと挟み込んで――奥の奥へと、精を呑み込んでいく。 「チョット、ヤリスギタカナ…」 胸板に付いた歯型を手の腹でぽんぽん叩き、他人事のように言う。 一つ二つなら服の下に隠せようが、これだけの数は――自然、誰がやったか、まで、 五人の中の公然の秘密となるだろう。そして、他の四人が彼女のこの行為に対して―― それを考えるだけで、射精の僅かな余韻は消え失せてしまう。 ガキの頃に転んで鼻の骨を折った時だって、ここまで快癒を祈ったことはなかった。 俺の不安をよそに、少女は身体を擦り付け、自分の使う洗剤の匂いを擦り込もうと試みる。 そんなことをすれば――また別の誰かが、同じことを俺にするだけだろうに。 俺の精神はじくじく痛む肉体から逃避し、どこか遠くに流れ去っていくように思われた。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「あーあ、言ったのになー」 今や俺の身体に、彼女らによるマーキングの付いていない箇所はないと言っていい。 「ウチは怒んないよ、って…でも、先にあのコらに手、出したっしょ?」 ただでさえ体力を消耗しているところ、傷がいよいよ増えたとなれば、どうなるか。 直接的な暴力を受ける頻度は随分と下がったが、これでは元も子もない。 少女は俺の肌の上の、できたばかりのかさぶたにマニキュアの塗られた爪の先を掛ける。 皮膚とのつながりがぷちぷち切れ――じんわりと、皮膚の下で真新しい血がうねり始める。 「痛いよねぇ。辛いよねぇ…」 俺の痛みが倍増する理由を棚に上げ、彼女は心底同情するような視線を向けてくる。 血の垂れそうなギリギリのところ――辛うじて“蓋”が乗っかっているだけの傷に、 ふぅーっと息が触れ――電流が走る。痒みと痛みの丁度中間の、悶えるような皮膚の悲鳴。 「レコも…キューも…クリップも…ひどいこと、するよねぇ…」 彼女は確かに、俺の身体に新しい傷を付けてきているわけではない。 だが、どこからが苦痛との境目であるかを――恐ろしいぐらいに熟知している。 まるで既に何人も使って、“実験”してきたかと思わせる。 俺の方はといえば、それにまんまとやられて――全身に脂汗を浮かべていた。 「改めて聞くよ。君…あの三人のこと、ホントに好き?」 朧に霞む視界には、顔の上半分しかよく見えない。目は確かに柔らかく、眉は軽く弓なりに。 だが――声色からは、僅かばかりの笑いさえも感じ取ることができなかった。 「ウソだったらウソって言いなよ」 どこかのかさぶたが剥がされた。少女の指に、暗い血の色が付いているのが見える。 「ウチに守ってほしいって言える、最後のチャンス、あげる」 何をかを言おうとしても、口の中が乾いて声が出ない――舌は化石として口底の地層に沈む。 「――返事は?」 どうしろというのか。肯定しようが否定しようが、結果は同じことではないか。 少女の指は、俺のピアス穴と歯型とを――少しく乱暴な動きでごしごしと擦る。 俺の無言を都合のいい回答と理解したか――あるいは俺を既に見放したか、 彼女の笑みは、また突然に表のステージにいるときのような、快活で裏表のないものになる。 「ま、いいよ…下手に振ったら、何されるかわかんなくて怖いだろうしね――」 鼻歌交じりに視界の端へ消えていく後ろ姿は、何かおぞましいものに見えてならなかった。 「さ…心の準備、できたかな?」 先程と同じような遊びのない声色は、軽い口ぶりとミスマッチで、俺の警戒心を刺激する。 言葉を探す余裕もない。いっそここで一息に殺されてしまった方が楽なのではないか? 死にたくない。生きていたくない。死にたくない。生きていたくない―― 生存本能と希死念慮の間の、目の回るような反復横跳びに強烈な嘔吐感を覚えて、えづく。 「しゃーないね。じゃあ、悪く思わないでね――」 訪れるであろう鈍い痛みを想像して、俺は目をつぶり、身体を胎児のように小さく丸める―― 数瞬の後訪れたのは、右の手の甲への――真っ赤に灼かれた金属塊の、重たい熱。 理解が及ばなかった。反射的に悲鳴が出る。口に、何か布のようなものが押し込まれる。 火にかけた薬缶に触れたそのほんの一瞬すら、耐え難い痛みを後に残すというのに、 彼女は俺の手の甲に、その赤熱したものを火箸で押し付けて来ているのである。 「もーちょっとだから、我慢しなー」 自分で自分の指を折ってしまうのでは、と思えるぐらいに強く、拳を握り―― それでも足りず、もう片方の手で服の裾をめちゃくちゃに握り締め、爪を立てる。 ずきずき痛む手の甲に、今度は逆にきんきんに冷やされた氷嚢が押し当てられ、 指の感覚が自然に麻痺してくる。頭の中にぼんやりと、根性焼き、という言葉が浮かぶ。 俺の手に押し当てられていたものは、今や水の入ったバケツの底に、流星のように沈んでいた。 そして指で取り出せるぐらいに冷え、本来の金属色を取り戻したそれは、 彼女たちキラーチューンのシンボルを彫り込んだ指輪だった。 店を訪れるファンが身に着けるような、物販用のちゃちな作りのもの―― 俺の頭を子供にそうするように撫で、少女はにかりと笑う。 「よしよし…痛かったねー…でもこれで、君はウチのものだって、誰が見てもわかるよね」 熱で塗装の剥げた指輪をネックレストップにし――俺の火傷痕の上に、重ねて。 「痛いのばっかじゃイヤだよね――だーいじょうぶ」 俺の左手は強引に右手から引き剥がされる。服もまた、同じく身体とおさらばだ。 全身には、もういつかいたものかもわからない汗が生乾きで張り付いている―― それを彼女の舌がなぞると、俺の身体はくまなく噛み跡を付けられた時を思い出して震えた。 情けなくも垂れた涙、それをも舌は舐め取る。眼球までをも舐られてしまいそう。 消えることのない、刻々とした傷を付けられて――こんな風に弄ばれているとは。 「正直ね…あいつらのお古、ってのは気に食わないけど――」 布の擦れる音、落ちる音。それを聞いても興奮どころか、もう恐怖しか覚えない。 若い女たちが、自ら処女を捧げに来ているというのに、贅沢な話だろうか? それとも――外見が少女であるだけの、俺とは異質な生物達なのだと捉えるべきであろうか。 肉体の感じる快楽と――精神の感じる悦楽とは、こんなに相容れないものであったろうか? 関係を持った相手が一人増えるごとに――俺の精神はより削られ、痩せ細っていく。 「んっ…!どう、ウチは…他の、やつ、よりもっ…!」 そんな言葉を投げかけられるのは――果たして何度目のことだろうか? 「恋人にっ、なれっ、とか…っ…ウチは、言わない、からねっ…!」 そうは言いながら、俺の顔のあちこちに何度も唇と、鼻先が衝突する。 ではこの行為は、一体何の感情を源泉に行われているのか――問うことすら、怖い。 束縛する自覚もないまま、俺の逃げ道だけを奪って、追い込んで、そして―― 「くっ、ふぅ――っっ!」 両手で俺の胴体に思いっきりしがみつき、鎖骨のあたりに頭を擦り付けてくる。 髪飾りか何かに、何箇所かのかさぶたが剥がされた感覚があった―― ただ俺の下半身だけは、役目を粛々と果たして、彼女の胎内に熱を吐く。 もし、誰かの中にそれが生ったら――そう想像することさえ恐ろしいものを。 「イジメられたらね、その手の印…見せればいいからね」 俺の身体にしがみついたまま、まだヒリヒリと痛む俺の火傷痕を細い指で撫でる彼女の顔は、 今は、上機嫌な時の――快活で、明るくて――そんな形容の似合う表情であった。 だが皮一枚めくったすぐ下に、こんな傷を付けてくるような本性があるのなら―― この傷をあの三人が見たらどうなるか。あるいはその三人が対抗策を、 この少女が見たら――次はどこに、何をされるかわかったものではない。 そして間の悪いことに、キラーチューンは五人組なのだ――ああ、もう泣き出したい。 「あのさ…男と女の友情って、あると思う?」 俺の返答を端から必要としていない、答えを予め用意してある、そんな問い。 何を答えようが――彼女の心を打ち震わせることはできないのだろう。 俺のことを助けてくれ、解放してくれ――そう、心から懇願したとしても。 「何かしてほしいことがあったら、遠慮せず言ってよねー」 彼女の笑みだけが、天井に張り付いて俺をいつまでも見下ろしているかのようだった。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 今起きているか寝ているか、次第に自分でもどちらなのかわからなくなっていく。 俺からの何か――好き、という言葉で表現できる何か――を引き出すための手段は、 単純な暴力、恫喝ではなく、親愛の皮を被った一方的な情へと移行しつつあった。 流すもののレパートリーに血、汗、涙だけでなく――精液が増えただけ、と言ってもいい。 生理現象なのだ。そこに何らの感情由来のものを求められても困ってしまう。 だがあの四人は――俺の上に跨ることに、何か純粋なものを見出しているようだった。 「ずいぶんと、皆様から――可愛がられておいでですのね」 その点で言えば、この少女だけは少しばかり様子が違う。 俺の肌の傷を撫で――確かめはするものの、その上に新しいものを付けたりしない。 以前から、直接的な行為に訴えかけることは少なかった――ような、気もする。 寄ってたかってマーキングをしに来る連中と比べれば、優しい――ように、思えてくる。 「うふふ…」 その笑顔さえ、無害なもののように――と、思い始めた自分に、ぞっとする。 「わたくしのことも…狙っているのですか?」 手つきはあくまでしなやかに、俺の肌をくすぐり、通り過ぎていく。 そうして触れられるたびに、己の生存本能が警鐘を鳴らす。この女も、俺を――と。 「貴方の方から求めてくださるのなら、私も吝かではありませんよ」 くすくすと、笑う。恐怖と快楽の狭間に落ち込んでいく雄をあざ笑うような微笑み。 ズボン越しにもわかる情けない膨らみの上に、彼女の白い手が踊ったかと思うと、 袖が捕食するかのようにばさりと覆い被さって、股間を見えなくしてしまう。 「あらあら…これは何かしら、見えないせいでよくわかりませんわ」 少女は俺の反応を見ながら――甘い言葉を掛け、柔らかく触れ、心を蕩かそうとする。 傷だらけの皮膚の奥底に、ゆっくりと、その落ち着きのある声が染み込んでくる。 「わたくしの質問に――早く、答えてくださいましね」 そして急に針は恐怖の側に振れる。手の力は一気に強く、握りつぶされんばかりに。 俺の喉から這い出る呻きさえ、彼女は弄び――また、力は抜けていく。 「冗談、です。お可愛いですわね、うふふ…」 艶めいた唇が、俺の目の前で柔らかに歪み――頬の上に落ちる。 自分はもう、ここから逃げることなどできないのか――心がゆっくりと、沈んでいく―― 「――わたくしと、どこか遠いところに逃げませんこと?」 囁きはいつも魅力的に、俺の求める都合のいい幻ばかりをちらつかせる。 それに応えればどうなることか。夜より深い奈落の底に突き落とされるのが関の山では? 本当に俺をここから逃がすつもりがあったなら、とっくに外に出していただろう。 結局は――俺を依存させ、反応を引き出して遊ぶために過ぎないのだ。 そうはわかっていても、心の防壁はゆっくりと打ち崩され、土台を揺らがせられる。 いつ自分が彼女の求める答えを吐くだけのものにされてしまうか、わかったものではない。 「そんなにわたくしのこと、信用なりませんの?」 辛いですわ――と、泣くふりをしながら、泣きぼくろがちらちらと覗く。 それは酷く蠱惑的なものとして映るのだった。そしてそれを自覚的に操っているこの少女の、 天性の人たらしの術――貴種の者のみが持つ誘惑の才の、なんと抗い難いことか。 「じゃあ、“約束”しましょ?」 少女は白磁のような手を俺の手に絡め、小指を蛇めいて絡めてきた。 すべすべとした、かさぶた一つない透き通った肌――触られているだけで、股間に血が集まる。 「わたくしが貴方から欲しいものは、一つだけ――ほーら、ゆびきりげーんまん」 ずっと聞いていたくなるような優しい声が――心の防壁をぬるりとすり抜ける。 「…はりせんぼんのーます――ゆーびきっ、た」 蛇は、その言葉を言い終わるより先に、隣の指へと音もなく動く。 そして――ぼきり。あれ?と気付いた時には、俺の薬指は、ありえない方向に曲がっていた。 左手の。小指の隣の。紫色に、痛々しく染まった不格好なさつまいものような、指。 「ごあっ…ひゅっ…!」 事態を理解した瞬間、遅れていた痛みが一気に押し寄せて――息が、寸断される。 人の指を、かくも抵抗なく――二重の意味で――折れるものであろうか。 あまりに現実離れしたその光景に、俺は思わず、自分の指を伸ばして治そうとする。 代わりにあったのは、涙の出るぐらいの激痛と、くっつくわけがない、という事実だけ。 「貴方の大切な左手の薬指――わたくしがいただきましたわ」 汗まみれの俺の頬に舌を這わせ、少女はうっとりした声色で呟いた。 「これで他の誰とも、結ばれることはありませんわね」 ああ、所詮はこの女も。睨み返したところで、喜ばせることにしかなるまいが。 「痛かったでしょう?…その指を見るたび、思い出してくださいね」 そう言いながら、大きな大きな袖のついた手で、小器用に俺と自分の服を脱がせてくる。 コルセットによって逆説的に強調されていたバストは――自由になると一層大きく、 形と重さの両立した、確かな存在感を持って俺の目の前に開かれた――もっとも、 そんなものに鼻の下を伸ばしていられるほど、呑気な気分であったわけもない。 こうして強引に襲われるのももう何度目のことであろうか――一人一人はどれも華奢なのに、 男一人を弄ぶだけの残酷さを、その皮膚の下に隠しているのである。 「――ああ、どうかわたくしを、お嫌いにならないで…」 殊勝な物言いも、自ら男の上に跨って無理やりに性器を立たせてするものではない。 彼女の顔が年相応の弱さを見せたのは、破瓜の痛みを感じたその一瞬だけ、 むしろ、腰を動かし始めたその後からは――目つきが次第に鋭くなり始め、 俺の身体で、ロデオでも行っているつもりかと思わせる―― 「ほらっ、もっとっ、かたく…!しな、さいっ…!」 興奮につれて口調も激しく――令嬢らしい上品さの皮も剥がれていく。 そこにいるのは、男を思いのままに操ることを楽しむ一人の女であり、 俺との“約束”など――機嫌次第でいくらでも反故にしかねない、恐ろしい女でもあった。 「気持ち、いいっ、でしょっ…!もっと、バカな顔、するのっ…!」 無力感に苛まれた半笑いの泣き顔は、彼女のお気に召したのか――俺の涙と鼻水を舐め取り、 そのまま唇の隙間に舌の先端を突き入れて、唾液を啜り取られる。 彼女は人形のような細く小さな身体を、俺の身体に絡め、捕らえる。 赤ん坊が振り落とされないように抱きつくのと同じ、形振り構わない姿勢で―― 「くふふっ…絶対、誰にも…渡しませんわ…」 俺の薬指に、彼女の指が絡んでいる――らしい。感覚がなくなって、痛みも失せているからだ。 俺の顔中を舐め回すその姿は、さながら犬のようでもあり――独占欲の強さで言うならば、 狼か何かにも、あるいは似ている。そしてそれが、この儚げな顔と声から出力されるのだ―― 「いいですか…?わたくし以外の方に――惹かれてはいけませんからね」 俺が自分に懸想していると、疑いもしないような自信に溢れた顔。 今、俺の手に残した印が、他の四人を跳ね除ける呪いになると信じているかのような顔。 俺の指の骨が曲がっていることに彼女らが気付いたら――どうしてくるかを、考えていない顔。 令嬢の上品さと雌の下品さとの境にたゆたう、浅ましく、醜い顔―― 今の俺の泣き顔と、どちらが見るに堪えないものであろうか。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 腕が自由であったなら、俺は己の両目玉をくり抜いていただろう。 もしくは去勢でもしたろうか?それとも、一番シンプルに、首を、自分で―― そんな破滅的な感情に溺れていくには、十分だった。 今、俺の目の前には五人の少女が立っている。お互いに視線を向け合いもせず、 正座させられている俺を、じっと無言で、見下ろしている。 それだけなら、いい。いくらでも頭を下げ、踏まれ、罵られてもやろう。 彼女らの手元の――小さな、ピンク色の、プラスチック製の―― その赤い線、計十本が俺を居た堪れなくさせるのだった――そしてそれを、 俺の目の前に、五人して見せつけてきている。喉がからからで、舌があちこちに張り付く。 何を言えばいい――何かを言う権利はあるのか?何かを言わねばならぬのか―― 内の一人の唇が、ぴくりと歪んだ――それは微笑みのようにも見えた。 その意味を問うことはできなかった。他の四人の口許も、また嗤うように歪んだからだ。 俺はただ――彼女らの手元のそれに、順繰りに視線を向けることしかできなかった。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 結果的に言えば、五人ともが見事に妊娠してしまった――その確たる事実によって、 俺の身柄の奪い合いの過激化は一応の終結を見せた。と、言うよりは、 一人だけが抜け駆けをして――あるいは独占を狙って――そんな戦略が取れなくなったのだ。 他の四人への嫉妬やそいつらに手を出した俺への怒りによって危害を加えようものなら、 胎の中の子は、父親不在で育てなければならなくなる。そして他の四人も、 俺の生命を奪った本人へ、制裁を加えるに違いなかった。 何より、グループ全員が妊娠した、という醜聞を外に漏らすわけにいかない。 一人二人なら、体調不良でごまかせようが――そもそも彼女らは裏側の住人、 悪党を始末し睨みをきかせる、抑止力としての役割を担っている。 店から出られなくなったのは俺だけではなく、男に入れ込みすぎて後戻りできなくなった、 彼女たち自身でもあった――するとどういうことが起きるか? 五人ともが、ほとんど常時、俺を閉じ込めている部屋に屯するようになったのである。 「クリすけ、そんなベタベタしてるとそのコ、困っちゃうよ」 「ウルサイ!」 「一々煽るなキュー…お前だって一緒だろ」 「レコ、焼きもち焼いてんのー?」 「あらあら…先輩方ったら仲がよろしいこと」 言葉をお互いに投げかけ合いながら、視線が重なることはない。 俺に触る――それは“多少”の肉体的接触を含む――までは容認しても、 所有の証、マーキング行為は暗黙のうちに相互監視のもと、禁止されるようになっていた。 どうせ得るなら、五体満足の状態がいい――俺の右足が折られかける事態となって、 五人はある種の淑女協定を結んだのだった。違反者への制裁を互いにちらつかせながら。 少なくとも、真新しい傷を付けられることはなくなったのはありがたい限りだ。 代わりに、大小様々のキスマークが誇張なく全身のあちこちに付けられるようになったが―― 「ナマエ…キメテルカ?」 俺の膝の上で、己の腹――膨らみがもう目に見えるぐらいの安定期の腹を撫で、少女は問うた。 産む気なのか。それはそうだろう。そして俺とその子を育てる気なのか―― 「クリップに母親なんかできるわけないっしょ」 また別の妊婦が、俺の掌に擦り付けるように腹を当て、身体を寄せてくる。 鋭い視線にて噛み付かれても、一向に気にする様子は見られない。 「あらあら…シングルマザーは大変ですわよ、先輩方」 治りはしたのものの、歪んだままの俺の薬指に指を絡めながら――彼女は耳元に囁く。 つまり、自分はそうはならぬと――誰を伴侶とするつもりでいるのだろう? 「キューには恋人いるから、大丈夫だもーん」 一層べたべたと張り付きながら、無邪気な瞳が俺の首肯を要求する。 否と言ったところで、殴られはせずとも事態が好転することはないのだが。 「お前ら、人の男に色目使ってんじゃねぇよ」 その言葉に、四人は手の力をより強くする。みしみしと、嫌な軋みが内側に響く―― しかし、それも束の間のこと、弾かれるようにして、五人は俺の身体から離れた。 日毎に重くなる腹を抱えて、大の男一人引きずって逃走するのは事実上不可能だ。 ただでさえ、他の四人の目がある。何人かが席を外したタイミングを見計らって、 少人数で結託して決行したとしても、最後のところでの蹴落とし合いになってしまう。 漁夫の利を狙われず、かつ自分の腹部を守りながらとなれば――現実的な話ではない。 そしてそもそも、キラーチューンという組織としての謹慎指示に逆らうということは、 それをした自分自身――そして俺も――が粛清対象となる危険性を孕んだ選択である。 膠着状態は解けることなく、ただ刻々と時間は過ぎ――五人の腹部はいよいよ大きくなる。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― ドア一枚隔てれば、そこには見慣れた街の光景が広がっている――なのに、 その一枚は地獄の扉のように、重たく口を閉ざして亡者の脱出を阻む。 勝手に外には出ない、との約束をキラーチューンの五人経由で取り付けて、 ようやく俺は、監禁されていた部屋から物理的に上にある、ジュークジョイントの店内にいた。 ここしばらくは客を入れておらず、ステージにも机の上にも、薄っすらと埃が積もっている。 観葉植物はかさかさと葉が散りながらも、辛うじて生きてはいるようだ。 俺はその姿に、自分を重ねて見ずにはいられない――乾いた笑いが、自然とこぼれた。 与えられた役目といえば、つまりはここの掃除夫、といったところだ。 お前のせいでキラーチューンが表の仕事も裏の仕事もできなくなっているのだから、 せめて箒仕事ぐらいはしろ、ということだろう。ずっと狭い部屋に閉じ籠もっているよりは、 身体を動かす名目がある分だけ、いくらかましであると言えようか。 頭上のモニターは今にも落ちてきそうなぐらいに鈴生りでぶら下がっている。 その一つ一つにも、埃の膜が掛かっているのが遠目からでも見える―― 黙々とモップを地に這わせているうち、俺の心は随分と癒されていくようだった。 一方的に押し付けられるものは、それが暴力であろうが愛着であろうが、苦しい。 少なくとも自分の意思でもって、手足を動かせるようになったのはいつぶりのことか。 布巾の撫でた跡が――つやつやとした本来の黒檀の輝きを取り戻すにつれ、 俺という人間の心身もまた、元の、健全な形に少しずつ戻ろうとする。 手近にあった椅子に、どかりと腰を掛けて天井を見上げ、息をつく。 ――すると突然、全ての灯りが落とされ、店内は一気に真っ暗になった。 人の気配も足音もない。突然、闇の中に放り出された俺の息は、緊張と恐怖に詰まる。 耳の裏に、痛いほど早く打つ心臓の音がどっ、どっ、どっ、と激しく響く。 そして闇は、細いライトの光で切り裂かれ――まともに直視した俺の目は、見事に眩んだ。 真っ白になった視界、咄嗟に顔に手をやる。赤と緑の境目のような色が、じわじわと広がり、 何とか視界を取り戻した俺は、光の照らす方、ステージの上へと視線を向ける。 そこには五つの影があった――上から照らすライトの光もまた五本。 瞬きを繰り返すうち、俺はその影がひどく見慣れたものであることに気付いた。 キラーチューンのメンバー全員が――俺の方をじっと見ている。 妊娠が発覚してから、ステージ上で踊るような機会は一度もなかったはずだ。 それなのに――俺一人しかいない店内で、俺の方だけを見て、全員が、それぞれに踊っている。 しかもその服装は、彼女らがよく着ていた、仕事着ではないのだった。 水着――いや、紐…?俺の脳は、目の前の光景から流し込まれる情報を処理しきれない。 服の本懐が、肌を不必要に晒さないようにするためであるとしたら――彼女らの着ている、 股間と乳首だけを垂直に経由しているようなデザインのものは、本来的にそれに反している。 隠している、という一応の体裁だけを整えて、どこまで面積を減らせるかに挑戦した服。 各人のイメージカラーに合わせたどぎつい原色は、細く狭い布地ながら、俺の目を吸い寄せる。 だが――それは何も隠せていない。乳頭だけは辛うじて覆っているようでいて、 色が濃くなってしまった乳輪は、ほぼ無防備にその外縁の凹凸を見せつけている。 ぷっくり飛び出た臍も、その下の――V字に隠された股間も、 陰唇と陰核だけは隠されていても、毛は堂々とはみ出して来ているのだった。 そして俺の視線が、あちこちから覗いている生々しい雌の部分に吸い寄せられているのを、 五人はにたにたと笑いながら、弄ぶように身体をくねらせ、俺からの見え方を変えてきた。 紐にわざと指の端、手の側面をかすらせて――乳首を布に食い込ませるように強調したり、 同じことを股間を覆う部分の両端でやって食い込ませて――尻たぶを丸出しにしてみせたり。 うっかりと手の滑った服を装って、わざと、乳首がこぼれるように弾いてもみせたりする。 情けない話であるが、それだけのことをされて――俺は彼女らの痴態に食い入っていた。 目は瞬きの時間さえ惜しんで、淫らに育った五人の妊婦を見つめている。 無意識のうちに、唾が何度も喉を滑り降りていくのを、他人事のようにも感じる。 また五人は、その膨らんだ胎の立体感が俺の位置からも見えるように、 背を反らせてみたり、時にはほとんど仰向けになるよあにして――山なりの曲線を表現する。 手はその上をなぞり――ここにあなたの子がいるのだ、とのアピールを繰り返す。 物理的には、彼女ら自身の手が本人の腹部を撫でているだけに過ぎないというのに、 艶めかしい手つきをみているうちに、俺は自分の手が本当に、あの臨月胎五つを、 上下左右余すところなく、撫で回しているかのようにも錯覚し始めるのだった。 ずっしりとした、重み。中に生命のあることをこれ以上なく伝える、張りと、硬さ。 あるいは妊娠によってそれぞれに二周りは大きくなった乳房を紐の中から取り出して、 左右から押し挟んでみせたり、自分の口で咥えたり、腹部に持ち上げて垂れる様子をも見せる。 先端からはてらてらと、内側からの圧力によって絞り出された母乳がこぼれ、 身体をくねらせるたびに、肌の上を滑り――光の中をきらきらと踊って、 俺の鼻に、五人分の甘ったるい匂いのカクテルを届けてくる。 ズボンの中の俺の性器は、この光景によって暴発寸前なまでに膨れ上がっていた。 誰かが、自身の指をすうっと股間に下ろし――何かを摘んで、降ろすジェスチャーをする。 それに釣られて他の四人も、同じような手つきで――俺に何かを伝えてくる。 まるで催眠術にでも掛けられた風に、俺はその指示に従ってズボンのファスナーを降ろす。 勢いよく、勃起しきったものが飛び出て、雄の臭いを五匹の雌の鼻腔に届ける。 生々しい舌が、ちろちろと蠢くのが見えた――そして俺の足はその赤に釣られ、 ふらふらと、ステージの上へと向かっていく。まずい、という気持ちは確かにあった。 だが――上下左右前後、あらゆる角度から押し付けられる、乳房の柔らかさ――腹の硬さ、 そのコントラストの中に、俺の理性はひとたまりもなく、すり潰されてしまう。 それでもなお、耐えようとする俺の耳に――五人は、甘く媚びた声を重ねるのだ。 「遠慮せず好きに飲んでいいんだぞ…」 「キューのおなかのいちばんおくに、びゅーってして…」 「ゲンキナコドモ、ウンデヤルカラナ」 「誰か一人に決められないなら、今はそれでよいいよー」 「わたくしたちを――どうぞ、お好きになさってくださいね」 そこから、記憶はない。耳に誰かの舌が伸び、裏表もなく舐られて、 性器に何人もの手が伸びてきて――目の前が点滅するような、“気持ちいい”射精を繰り返して、 綺麗に掃除したはずのステージに、六人分の汗と体液とが、びちゃびちゃに飛び散って。 彼女らが仲直りしたとはとても思えなかったが――こうして手を組んできては、勝ち目がない。 快楽の渦の中、俺は、溺れないように誰かの身体にしがみつく―― 五人の中の争いは、誰が一番先に“二人目”を孕むかに、焦点を変えたようだった。