腕が自由であったなら、俺は己の両目玉をくり抜いていただろう。 もしくは去勢でもしたろうか?それとも、一番シンプルに、首を、自分で―― そんな破滅的な感情に溺れていくには、十分だった。 今、俺の目の前には五人の少女が立っている。お互いに視線を向け合いもせず、 正座させられている俺を、じっと無言で、見下ろしている。 それだけなら、いい。いくらでも頭を下げ、踏まれ、罵られてもやろう。 彼女らの手元の――小さな、ピンク色の、プラスチック製の―― その赤い線、計十本が俺を居た堪れなくさせるのだった――そしてそれを、 俺の目の前に、五人して見せつけてきている。喉がからからで、舌があちこちに張り付く。 何を言えばいい――何かを言う権利はあるのか?何かを言わねばならぬのか―― 内の一人の唇が、ぴくりと歪んだ――それは微笑みのようにも見えた。 その意味を問うことはできなかった。他の四人の口許も、また嗤うように歪んだからだ。 俺はただ――彼女らの手元のそれに、順繰りに視線を向けることしかできなかった。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 結果的に言えば、五人ともが見事に妊娠してしまった――その確たる事実によって、 俺の身柄の奪い合いの過激化は一応の終結を見せた。と、言うよりは、 一人だけが抜け駆けをして――あるいは独占を狙って――そんな戦略が取れなくなったのだ。 他の四人への嫉妬やそいつらに手を出した俺への怒りによって危害を加えようものなら、 胎の中の子は、父親不在で育てなければならなくなる。そして他の四人も、 俺の生命を奪った本人へ、制裁を加えるに違いなかった。 何より、グループ全員が妊娠した、という醜聞を外に漏らすわけにいかない。 一人二人なら、体調不良でごまかせようが――そもそも彼女らは裏側の住人、 悪党を始末し睨みをきかせる、抑止力としての役割を担っている。 店から出られなくなったのは俺だけではなく、男に入れ込みすぎて後戻りできなくなった、 彼女たち自身でもあった――するとどういうことが起きるか? 五人ともが、ほとんど常時、俺を閉じ込めている部屋に屯するようになったのである。 「クリすけ、そんなベタベタしてるとそのコ、困っちゃうよ」 「ウルサイ!」 「一々煽るなキュー…お前だって一緒だろ」 「レコ、焼きもち焼いてんのー?」 「あらあら…先輩方ったら仲がよろしいこと」 言葉をお互いに投げかけ合いながら、視線が重なることはない。 俺に触る――それは“多少”の肉体的接触を含む――までは容認しても、 所有の証、マーキング行為は暗黙のうちに相互監視のもと、禁止されるようになっていた。 どうせ得るなら、五体満足の状態がいい――俺の右足が折られかける事態となって、 五人はある種の淑女協定を結んだのだった。違反者への制裁を互いにちらつかせながら。 少なくとも、真新しい傷を付けられることはなくなったのはありがたい限りだ。 代わりに、大小様々のキスマークが誇張なく全身のあちこちに付けられるようになったが―― 「ナマエ…キメテルカ?」 俺の膝の上で、己の腹――膨らみがもう目に見えるぐらいの安定期の腹を撫で、少女は問うた。 産む気なのか。それはそうだろう。そして俺とその子を育てる気なのか―― 「クリップに母親なんかできるわけないっしょ」 また別の妊婦が、俺の掌に擦り付けるように腹を当て、身体を寄せてくる。 鋭い視線にて噛み付かれても、一向に気にする様子は見られない。 「あらあら…シングルマザーは大変ですわよ、先輩方」 治りはしたのものの、歪んだままの俺の薬指に指を絡めながら――彼女は耳元に囁く。 つまり、自分はそうはならぬと――誰を伴侶とするつもりでいるのだろう? 「キューには恋人いるから、大丈夫だもーん」 一層べたべたと張り付きながら、無邪気な瞳が俺の首肯を要求する。 否と言ったところで、殴られはせずとも事態が好転することはないのだが。 「お前ら、人の男に色目使ってんじゃねぇよ」 その言葉に、四人は手の力をより強くする。みしみしと、嫌な軋みが内側に響く―― しかし、それも束の間のこと、弾かれるようにして、五人は俺の身体から離れた。 日毎に重くなる腹を抱えて、大の男一人引きずって逃走するのは事実上不可能だ。 ただでさえ、他の四人の目がある。何人かが席を外したタイミングを見計らって、 少人数で結託して決行したとしても、最後のところでの蹴落とし合いになってしまう。 漁夫の利を狙われず、かつ自分の腹部を守りながらとなれば――現実的な話ではない。 そしてそもそも、キラーチューンという組織としての謹慎指示に逆らうということは、 それをした自分自身――そして俺も――が粛清対象となる危険性を孕んだ選択である。 膠着状態は解けることなく、ただ刻々と時間は過ぎ――五人の腹部はいよいよ大きくなる。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― ドア一枚隔てれば、そこには見慣れた街の光景が広がっている――なのに、 その一枚は地獄の扉のように、重たく口を閉ざして亡者の脱出を阻む。 勝手に外には出ない、との約束をキラーチューンの五人経由で取り付けて、 ようやく俺は、監禁されていた部屋から物理的に上にある、ジュークジョイントの店内にいた。 ここしばらくは客を入れておらず、ステージにも机の上にも、薄っすらと埃が積もっている。 観葉植物はかさかさと葉が散りながらも、辛うじて生きてはいるようだ。 俺はその姿に、自分を重ねて見ずにはいられない――乾いた笑いが、自然とこぼれた。 与えられた役目といえば、つまりはここの掃除夫、といったところだ。 お前のせいでキラーチューンが表の仕事も裏の仕事もできなくなっているのだから、 せめて箒仕事ぐらいはしろ、ということだろう。ずっと狭い部屋に閉じ籠もっているよりは、 身体を動かす名目がある分だけ、いくらかましであると言えようか。 頭上のモニターは今にも落ちてきそうなぐらいに鈴生りでぶら下がっている。 その一つ一つにも、埃の膜が掛かっているのが遠目からでも見える―― 黙々とモップを地に這わせているうち、俺の心は随分と癒されていくようだった。 一方的に押し付けられるものは、それが暴力であろうが愛着であろうが、苦しい。 少なくとも自分の意思でもって、手足を動かせるようになったのはいつぶりのことか。 布巾の撫でた跡が――つやつやとした本来の黒檀の輝きを取り戻すにつれ、 俺という人間の心身もまた、元の、健全な形に少しずつ戻ろうとする。 手近にあった椅子に、どかりと腰を掛けて天井を見上げ、息をつく。 ――すると突然、全ての灯りが落とされ、店内は一気に真っ暗になった。 人の気配も足音もない。突然、闇の中に放り出された俺の息は、緊張と恐怖に詰まる。 耳の裏に、痛いほど早く打つ心臓の音がどっ、どっ、どっ、と激しく響く。 そして闇は、細いライトの光で切り裂かれ――まともに直視した俺の目は、見事に眩んだ。 真っ白になった視界、咄嗟に顔に手をやる。赤と緑の境目のような色が、じわじわと広がり、 何とか視界を取り戻した俺は、光の照らす方、ステージの上へと視線を向ける。 そこには五つの影があった――上から照らすライトの光もまた五本。 瞬きを繰り返すうち、俺はその影がひどく見慣れたものであることに気付いた。 キラーチューンのメンバー全員が――俺の方をじっと見ている。 妊娠が発覚してから、ステージ上で踊るような機会は一度もなかったはずだ。 それなのに――俺一人しかいない店内で、俺の方だけを見て、全員が、それぞれに踊っている。 しかもその服装は、彼女らがよく着ていた、仕事着ではないのだった。 水着――いや、紐…?俺の脳は、目の前の光景から流し込まれる情報を処理しきれない。 服の本懐が、肌を不必要に晒さないようにするためであるとしたら――彼女らの着ている、 股間と乳首だけを垂直に経由しているようなデザインのものは、本来的にそれに反している。 隠している、という一応の体裁だけを整えて、どこまで面積を減らせるかに挑戦した服。 各人のイメージカラーに合わせたどぎつい原色は、細く狭い布地ながら、俺の目を吸い寄せる。 だが――それは何も隠せていない。乳頭だけは辛うじて覆っているようでいて、 色が濃くなってしまった乳輪は、ほぼ無防備にその外縁の凹凸を見せつけている。 ぷっくり飛び出た臍も、その下の――V字に隠された股間も、 陰唇と陰核だけは隠されていても、毛は堂々とはみ出して来ているのだった。 そして俺の視線が、あちこちから覗いている生々しい雌の部分に吸い寄せられているのを、 五人はにたにたと笑いながら、弄ぶように身体をくねらせ、俺からの見え方を変えてきた。 紐にわざと指の端、手の側面をかすらせて――乳首を布に食い込ませるように強調したり、 同じことを股間を覆う部分の両端でやって食い込ませて――尻たぶを丸出しにしてみせたり。 うっかりと手の滑った服を装って、わざと、乳首がこぼれるように弾いてもみせたりする。 情けない話であるが、それだけのことをされて――俺は彼女らの痴態に食い入っていた。 目は瞬きの時間さえ惜しんで、淫らに育った五人の妊婦を見つめている。 無意識のうちに、唾が何度も喉を滑り降りていくのを、他人事のようにも感じる。 また五人は、その膨らんだ胎の立体感が俺の位置からも見えるように、 背を反らせてみたり、時にはほとんど仰向けになるよあにして――山なりの曲線を表現する。 手はその上をなぞり――ここにあなたの子がいるのだ、とのアピールを繰り返す。 物理的には、彼女ら自身の手が本人の腹部を撫でているだけに過ぎないというのに、 艶めかしい手つきをみているうちに、俺は自分の手が本当に、あの臨月胎五つを、 上下左右余すところなく、撫で回しているかのようにも錯覚し始めるのだった。 ずっしりとした、重み。中に生命のあることをこれ以上なく伝える、張りと、硬さ。 あるいは妊娠によってそれぞれに二周りは大きくなった乳房を紐の中から取り出して、 左右から押し挟んでみせたり、自分の口で咥えたり、腹部に持ち上げて垂れる様子をも見せる。 先端からはてらてらと、内側からの圧力によって絞り出された母乳がこぼれ、 身体をくねらせるたびに、肌の上を滑り――光の中をきらきらと踊って、 俺の鼻に、五人分の甘ったるい匂いのカクテルを届けてくる。 ズボンの中の俺の性器は、この光景によって暴発寸前なまでに膨れ上がっていた。 誰かが、自身の指をすうっと股間に下ろし――何かを摘んで、降ろすジェスチャーをする。 それに釣られて他の四人も、同じような手つきで――俺に何かを伝えてくる。 まるで催眠術にでも掛けられた風に、俺はその指示に従ってズボンのファスナーを降ろす。 勢いよく、勃起しきったものが飛び出て、雄の臭いを五匹の雌の鼻腔に届ける。 生々しい舌が、ちろちろと蠢くのが見えた――そして俺の足はその赤に釣られ、 ふらふらと、ステージの上へと向かっていく。まずい、という気持ちは確かにあった。 だが――上下左右前後、あらゆる角度から押し付けられる、乳房の柔らかさ――腹の硬さ、 そのコントラストの中に、俺の理性はひとたまりもなく、すり潰されてしまう。 それでもなお、耐えようとする俺の耳に――五人は、甘く媚びた声を重ねるのだ。 「遠慮せず好きに飲んでいいんだぞ…」 「キューのおなかのいちばんおくに、びゅーってして…」 「ゲンキナコドモ、ウンデヤルカラナ」 「誰か一人に決められないなら、今はそれでよいいよー」 「わたくしたちを――どうぞ、お好きになさってくださいね」 そこから、記憶はない。耳に誰かの舌が伸び、裏表もなく舐られて、 性器に何人もの手が伸びてきて――目の前が点滅するような、“気持ちいい”射精を繰り返して、 綺麗に掃除したはずのステージに、六人分の汗と体液とが、びちゃびちゃに飛び散って。 彼女らが仲直りしたとはとても思えなかったが――こうして手を組んできては、勝ち目がない。 快楽の渦の中、俺は、溺れないように誰かの身体にしがみつく―― 五人の中の争いは、誰が一番先に“二人目”を孕むかに、焦点を変えたようだった。