今起きているか寝ているか、次第に自分でもどちらなのかわからなくなっていく。 俺からの何か――好き、という言葉で表現できる何か――を引き出すための手段は、 単純な暴力、恫喝ではなく、親愛の皮を被った一方的な情へと移行しつつあった。 流すもののレパートリーに血、汗、涙だけでなく――精液が増えただけ、と言ってもいい。 生理現象なのだ。そこに何らの感情由来のものを求められても困ってしまう。 だがあの四人は――俺の上に跨ることに、何か純粋なものを見出しているようだった。 「ずいぶんと、皆様から――可愛がられておいでですのね」 その点で言えば、この少女だけは少しばかり様子が違う。 俺の肌の傷を撫で――確かめはするものの、その上に新しいものを付けたりしない。 以前から、直接的な行為に訴えかけることは少なかった――ような、気もする。 寄ってたかってマーキングをしに来る連中と比べれば、優しい――ように、思えてくる。 「うふふ…」 その笑顔さえ、無害なもののように――と、思い始めた自分に、ぞっとする。 「わたくしのことも…狙っているのですか?」 手つきはあくまでしなやかに、俺の肌をくすぐり、通り過ぎていく。 そうして触れられるたびに、己の生存本能が警鐘を鳴らす。この女も、俺を――と。 「貴方の方から求めてくださるのなら、私も吝かではありませんよ」 くすくすと、笑う。恐怖と快楽の狭間に落ち込んでいく雄をあざ笑うような微笑み。 ズボン越しにもわかる情けない膨らみの上に、彼女の白い手が踊ったかと思うと、 袖が捕食するかのようにばさりと覆い被さって、股間を見えなくしてしまう。 「あらあら…これは何かしら、見えないせいでよくわかりませんわ」 少女は俺の反応を見ながら――甘い言葉を掛け、柔らかく触れ、心を蕩かそうとする。 傷だらけの皮膚の奥底に、ゆっくりと、その落ち着きのある声が染み込んでくる。 「わたくしの質問に――早く、答えてくださいましね」 そして急に針は恐怖の側に振れる。手の力は一気に強く、握りつぶされんばかりに。 俺の喉から這い出る呻きさえ、彼女は弄び――また、力は抜けていく。 「冗談、です。お可愛いですわね、うふふ…」 艶めいた唇が、俺の目の前で柔らかに歪み――頬の上に落ちる。 自分はもう、ここから逃げることなどできないのか――心がゆっくりと、沈んでいく―― 「――わたくしと、どこか遠いところに逃げませんこと?」 囁きはいつも魅力的に、俺の求める都合のいい幻ばかりをちらつかせる。 それに応えればどうなることか。夜より深い奈落の底に突き落とされるのが関の山では? 本当に俺をここから逃がすつもりがあったなら、とっくに外に出していただろう。 結局は――俺を依存させ、反応を引き出して遊ぶために過ぎないのだ。 そうはわかっていても、心の防壁はゆっくりと打ち崩され、土台を揺らがせられる。 いつ自分が彼女の求める答えを吐くだけのものにされてしまうか、わかったものではない。 「そんなにわたくしのこと、信用なりませんの?」 辛いですわ――と、泣くふりをしながら、泣きぼくろがちらちらと覗く。 それは酷く蠱惑的なものとして映るのだった。そしてそれを自覚的に操っているこの少女の、 天性の人たらしの術――貴種の者のみが持つ誘惑の才の、なんと抗い難いことか。 「じゃあ、“約束”しましょ?」 少女は白磁のような手を俺の手に絡め、小指を蛇めいて絡めてきた。 すべすべとした、かさぶた一つない透き通った肌――触られているだけで、股間に血が集まる。 「わたくしが貴方から欲しいものは、一つだけ――ほーら、ゆびきりげーんまん」 ずっと聞いていたくなるような優しい声が――心の防壁をぬるりとすり抜ける。 「…はりせんぼんのーます――ゆーびきっ、た」 蛇は、その言葉を言い終わるより先に、隣の指へと音もなく動く。 そして――ぼきり。あれ?と気付いた時には、俺の薬指は、ありえない方向に曲がっていた。 左手の。小指の隣の。紫色に、痛々しく染まった不格好なさつまいものような、指。 「ごあっ…ひゅっ…!」 事態を理解した瞬間、遅れていた痛みが一気に押し寄せて――息が、寸断される。 人の指を、かくも抵抗なく――二重の意味で――折れるものであろうか。 あまりに現実離れしたその光景に、俺は思わず、自分の指を伸ばして治そうとする。 代わりにあったのは、涙の出るぐらいの激痛と、くっつくわけがない、という事実だけ。 「あなたの大切な左手の薬指――わたくしがいただきましたわ」 汗まみれの俺の頬に舌を這わせ、少女はうっとりした声色で呟いた。 「これで他の誰とも、結ばれることはありませんわね」 ああ、所詮はこの女も。睨み返したところで、喜ばせることにしかなるまいが。 「痛かったでしょう?…その指を見るたび、思い出してくださいね」 そう言いながら、大きな大きな袖のついた手で、小器用に俺と自分の服を脱がせてくる。 コルセットによって逆説的に強調されていたバストは――自由になると一層大きく、 形と重さの両立した、確かな存在感を持って俺の目の前に開かれた――もっとも、 そんなものに鼻の下を伸ばしていられるほど、呑気な気分であったわけもない。 こうして強引に襲われるのももう何度目のことであろうか――一人一人はどれも華奢なのに、 男一人を弄ぶだけの残酷さを、その皮膚の下に隠しているのである。 「――ああ、どうかわたくしを、お嫌いにならないで…」 殊勝な物言いも、自ら男の上に跨って無理やりに性器を立たせてするものではない。 彼女の顔が年相応の弱さを見せたのは、破瓜の痛みを感じたその一瞬だけ、 むしろ、腰を動かし始めたその後からは――目つきが次第に鋭くなり始め、 俺の身体で、ロデオでも行っているつもりかと思わせる―― 「ほらっ、もっとっ、かたく…!しな、さいっ…!」 興奮につれて口調も激しく――令嬢らしい上品さの皮も剥がれていく。 そこにいるのは、男を思いのままに操ることを楽しむ一人の女であり、 俺との“約束”など――機嫌次第でいくらでも反故にしかねない、恐ろしい女でもあった。 「気持ち、いいっ、でしょっ…!もっと、バカな顔、するのっ…!」 無力感に苛まれた半笑いの泣き顔は、彼女のお気に召したのか――俺の涙と鼻水を舐め取り、 そのまま唇の隙間に舌の先端を突き入れて、唾液を啜り取られる。 彼女は人形のような細く小さな身体を、俺の身体に絡め、捕らえる。 赤ん坊が振り落とされないように抱きつくのと同じ、形振り構わない姿勢で―― 「くふふっ…絶対、誰にも…渡しませんわ…」 俺の薬指に、彼女の指が絡んでいる――らしい。感覚がなくなって、痛みも失せているからだ。 俺の顔中を舐め回すその姿は、さながら犬のようでもあり――独占欲の強さで言うならば、 狼か何かにも、あるいは似ている。そしてそれが、この儚げな顔と声から出力されるのだ―― 「いいですか…?わたくし以外の方に――惹かれていけませんからね」 俺が自分に懸想していると、疑いもしないような自信に溢れた顔。 今、俺の手に残した印が、他の四人を跳ね除ける呪いになると信じているかのような顔。 俺の指の骨が曲がっていることに彼女らが気付いたら――どうしてくるかを、考えていない顔。 令嬢の上品さと雌の下品さとの境にたゆたう、浅ましく、醜い顔―― 今の俺の泣き顔と、どちらが見るに堪えないものであろうか。