3色の団子を口に運ぶ。 極東の島国でよく食される甘味だ。甘い菓子であれば、トラレテーラは何でも手に入る。遠い東の国の菓子であっても、探せばこうして見つかるものだ。この国の民が甘いものにかける情熱は目を見張るものがある。 先端にあった赤い団子を1つ頬張る。美味い。──本当だろうか。隣に用意しておいた熱い緑茶を慎重に啜る。口と喉がふっと温まり、香り高く、旨みがある。美味い。──本当だろうか。家に帰る途中、偶然見かけた団子を買ったのは単なる気まぐれか、何かを感じたからか。俺は、この国でガチクズと名乗る俺はなぜこれを買ったのか、分からない。俺は甘いものが好きなのか。いや、本当は嫌いなのではないか。何も思い出せない。こうして甘味を口にし「美味い」と思う。ただそれだけの事が、真実か分からない。 戦火に飲まれた街の中、1人残された少年を救いたかった。そんな想いすら頭の中を埋め尽くす嘘に飲まれた。そして、俺の嘘をこの国の誰もが信じている。自分の中にただの一つも真実がないならば、俺という存在は無いに等しいではないか。俺は、あまりにも空虚だ。 ふと、先ほどまで湯呑を持っていた自分の手を見る。人の手の形だ。しかし、果たして己が人間かどうかも疑わしい。だがこれはすぐに確かめられるだろう。真実への渇望が俺を突き動かす。腰に下げていた脇差を抜き放つ。腕まくりをし、躊躇いなく手首に刃を当て、音も立てず横一文字にすっと引いた。一瞬の間があって、刃の通った跡から赤い鮮血が吹き出る。不快な鉄臭さが鼻を突いた。そのまま血は腕を伝って肘まで流れ、床に滴る。袖を口に咥えたまま、その様子を眺めていると、床に血溜まりが広がっていく。ああ、良かった。少なくとも自分は赤い血の流れる生き物のようだ。きっと、人間だろう。ひとつの真実を見つけて途方もなく安堵し、溢れ落ちる自らの命の証を見ていた。 「ガチクズ、あのバカが道に迷って人間の兵士に連れて来られたぞ。まったくまた侵略に失敗……」 我が主、屑魔王ゴミカスが勢いよく扉を開けて部屋に踏み込んできた。不満を口にしながら歩を進める途中、こちらを見て動きを止め、手に持っていた紙袋を床に落とした。この国の王、ヒトジティの愚かさに憤っている様子だ。ヒトジティも本来の俺の主君ではあるが。まあ所詮、どちらも等しく俺の手駒に過ぎない。 「大変申し訳ありませんでした、魔王様。私の配慮が足らず、ヒトジティが正しい道順を失念していたようです。次回から口頭指示ではなく、地図と案内の使い魔を付けましょう。次こそは隣国の人間どもを根絶やしにさせます」 あの代魔王はトラレテーラの王に相応しく、思慮が浅く、間抜けで、実に愚かだ。俺の嘘を完全に信じ込み、この幼い屑魔王の言いなりになるほどに。 失策と非礼を詫び、次善の策を伝えたが、部屋に入ったきり彼は唖然としたたまま動かない。何か不満でもあったか。 「どうかされましたか?私が同行した方が宜しいでしょうか──」 「違う!何を…何をしているんだ!?死にたいのか貴様は!?」 ああ、この薄汚れた血で床を汚したことにお怒りのようだ。俺としたことがあまりに短絡的だった。 「失礼致しました。武器の手入れをしている最中に手を滑らせてしまいました。すぐに掃除致します。どうかお許しを──」 「嘘をつくな馬鹿者!なんで自分を傷つけるんだ…!掃除などいい、早く処置を…!」 安い嘘を見抜かれ、はたと思考が止まる。この幼い魔族の少年は真っすぐな眼で俺を否定し、立ち向かった。俺の血と命になんの価値もなかろうに、なぜだろう。 屑魔王は慌てて俺に駆け寄ると、脇差を取り上げて優しくテーブルに置いた。そのまま傷付いた俺の腕を掴み、傷口に手を添える。 「いいか、応急処置だからな…!早く医者に見せるんだ」 微かに光る繊細な魔力の糸が、魔王の指先から傷口に伸びる。それらは痛みもなく肌を通り抜けると、美しく緻密に傷口を縫合していく。やがて傷の大部分が綺麗に閉じられて、わずかに血が滲む程度になった。大きな血管は傷ついていないらしい。 「……二度とこんなことはするな。……貴様は俺の家臣なのだから、勝手に死ぬようなことは許さん。それと、くだらん嘘はつくな!俺様は騙されないからな!」 小さな手を赤く汚しながら、なぜか泣きそうな顔で見栄を張る幼き魔王。今なお偽りの家臣に騙されているとも知らずに、哀れだ。 ただ、この魔王の言葉で俺の中で何かが変わった気がした。常に思考を縛り付ける鉛のように重い鬱屈が、ごくわずかに薄まる、そんな感覚。その正体は今は掴めそうにない。 「……ありがとうございます、魔王様。大変見事なお手際です」 「このくらい俺様にかかれば当たり前だ。さっさと医者のとこに行け!トラレテーラでも死んだら蘇る保証はないぞ!」 「かしこまりました。しかし魔王様、何かご用事があったのでは?」 「……ヒトジティのバカの文句を言いに来ただけだ。さっさと行け」 こちらに背を向けた屑魔王に一礼し、その場を後にした。帰りに掃除道具も買わなければと思いつつ、最後に部屋の中を振り返る。 嘘が下手だ、と。何人分かも分からない和菓子の紙袋を見て俺は微かに嘲笑った。