劇場版デジモンイモゲンチャー~変質者たちの戦い!~ ◇姫野サクラコ  白く輝く光の下、沖合では水着美女や海パン野郎に加え多種多様な人々、そしてデジモン達がまき散らす飛沫があちこちで瞬き、砂浜では更に多くのキャラクター達が食えや遊べやの大騒ぎ、青空には時折必殺技が放たれ、別々の催しが同時開催しているような陽気な喧噪を巻き起こしていた。 あらゆる世界からテイマーとデジモンが集められたこのビーチはとある『祭り』の為に用意された舞台であり、彼らはその趣旨に沿いながら体と心を癒し、交流を深め、思い思いにこの機会を楽しんでいた。  その舞台の外れ……熱の籠った岩場を潜り抜けあぜ道を少し歩いた先は森に近く、茂みに囲われるように開けた場所には休憩所を兼ねた更衣室がある。やましいことに使ってねと言わんばかりの位置にあるその室内は外の賑やかさを切り離したような静寂に支配されていた。 「姫野さん……あの、僕、はじめてで」 「ふふ、怖がらなくていいよトウマ君」  裸に近い恰好の二人が向かい合う。  姫野サクラコの金色の瞳は眼前の小さな少年──大木トウマのあどけなく、しかし『へ』の字に眉間を歪めた顔を捉えたまま離さず、彼の紫苑色の瞳もまたサクラコの微笑みを映し返している。スチール椅子に座って縮こまる小学生に対して中学生である自分が中腰で向き合う様子はまるで脅迫のように見えなくもないが、トウマの短い吐息と染まった頬が彼が興奮しているということをはっきりと伝えていた。    ごくり、と大げさに喉を鳴らした首元には薄い汗がだらだらと滴っている。火照った顔は室内の冷房を寄せ付けず今にも湯気が出てしまいそうだ。トウマ自身それを自覚していて冷静に努めようと押し黙っているのだが、それがまた緊張を生んでより興奮してしまう……そんな初々しい心境であることが忙しなく動く手先足先から如実に伝わりサクラコを興奮させてくれるのだが、今すぐ手を出したいという衝動を笑顔の裏にひた隠し、ゆっくりと諭すように話しかけた。  「トウマ君は初めてなんでしょう?緊張するのは恥ずかしいことじゃないよ」  そう、彼は初めてなのだ。  膝の上に差し出されていた彼の両掌を包みこむように握る。「ひゃあ」と鳴き声を上げるトウマの掌は汗でじっとりと塗れていた。 恥ずかしさと申し訳なさがないまぜになったその表情は赤みを増し、伺うように見上げる大きな瞳は潤んでいる。可愛らしさのあまりサクラコの口角が必要以上に尖っていく。 「大丈夫。焦らなくていいよ、まずはリラックスしよう」  柔らかな手の甲を軽く撫ぜ緊張を緩和する。恥ずかしくなるのは当然だ。サクラコ自身初めてはそうだった。  今でこそ堂々と楽しめるようにになったが、初体験は緊張でガチガチだったし、自分が自分でなくなりそうな本能的恐怖さえあった。しかし初めてみれば止まりどころを失い、終わってみればそれまでの価値観を吹き飛ばすような感動と高揚、何よりまた何度でもやりたいという欲が生まれた。人生が変わったという表現はチープだが、少なくとも今はもうこの楽しみがない生活は考えられない。  トウマの人生をどうこうしたい訳じゃない。けれどせっかく体験させるならいい思い出に、最高に気持ち良くなって欲しい。経験豊富な私ならそれができるはずだ。    そのようなことを考えながらも微笑みは崩さず、小さな掌に優しく沿い続ける。  「落ち着いたかな?」 「……はい。とりあえず、でも」  無言で頷くその顔から険しさこそなくなったが、揺れる瞳は不安そうにこちらを見つめ、幼く柔らかな掌はこちらを少し放したり握ったりを繰り返している。こちらへの信頼、いや不安が反転した依存といってもいいものが生まれてきている。その手を少し強く握ってみると、彼も強めに握り返してくれた。  ますます可愛らしい。これからこの子を好きに弄べると考えただけで背筋にゾクゾクとしたものが走る。  第二次成長期を迎える前の肉体、中性や無性に近いそれは蕾や真っ白なキャンバスに通じる無垢の美だ。そしてそれだけではない。目の前の身体は同年代と比べても非常に魅力的だ   陶器のように白い肌、無駄も不足もない肉体、柑橘系を思わせる鮮やかな髪、幼く整った顔の造形、鋭い眉根と陰りを帯びた瞳のコントラストは庇護欲と嗜虐心の相克を刺激する。神に愛されたという比喩はこのような容姿に使われるのだろう。先程トウマをキャンバスに例えたが、これはそのままでも美術館に展示できる現代芸術になりえる。世に訴える力があると確信した。  おそらく天然でこの作り、美容に気を遣っている身としては羨ましさがある。しかしそれ以上に姫野サクラコの内面を支配している感情はやはり、この天使を独占できる興奮と悦びだった。  そしてわかる。揺らぐ視線、瞳の拡縮、表情から推定できる口内の動きで伝わる。この子がいまだこの状況に興奮し、それを必死で抑えようとしていることに。  期待が羞恥に勝っているのかあるいは羞恥そのものに興奮しているのか、いけない子だ。 「あっ…あぅ」  もはや口をぱくぱく動かすので精一杯のようだ。ものわかりが良い子は好ましいが、緊張されすぎると行為に支障をきたす。  持参のポーチから小箱を取り出し、更にそこから透明樹脂の香水瓶を手に取り、手首に軽く吹きかけた。  ローズ・ゼラニウムのように清やかで、より甘く瑞々しい香りが辺りに漂う。ビーチにはそぐわないが心を落ち着けてくれるフレグランス。 父親とパートナーデジモン……二人の家族と一緒に作ったシングルフローラルだ。ちなみに家族兼原材料のアルラウモンは更衣室の外で見張りを務めている。この空間に邪魔者は入ってこない。  トウマの様子を見ると、顔は赤いまま全身の動きが緩慢になり安定した呼吸を始めている。眉もなだらかに下がり落ち着いてきたようだ。 「いい香りでしょう?」 「ふぁあ、はい……」  頬を撫でながら聞くと、消えるような声で応えてくれた。リラックスというより弛緩したような顔でこちらを見ている。流されやすい体質なのだろうか。都合がいい。  鼻唄混じりに小箱をまさぐりどう開発してあげようかと心躍らせる。  「優しくしてあげるからね」  そう告げるやいなや、サクラコは穢れない体を味わうように撫でまわした。 ◇大木トウマ     「優しくしてあげるからね」  そう言われるがまま大木トウマの小さな体は姫野サクラコに弄ばれていた……。 「化粧水が目に入るとよくないから、しっかり閉じててね。んーやっぱりブルベを活かしたいな、ストレートにピンク系、でもトウマ君のイメージとしてはオレンジ?夏テーマも加味したらこっちなんだけどあえて赤で冒険するのも……でもそうなるとコーデから考え直しになっちゃうよね。ただあくまで暫定の衣装だし、一通り試してみたいけど流石にそれはまたの機会にしないと……」  目を閉じた状態で聞こえてくるサクラコの早口は独り言だということ以外さっぱりわからず、しかし熱っぽい声と裏腹にひんやりした掌はトウマの顔を丁寧かつ迷いない動きで撫でつけて乳液を馴染ませている。  現状を要約すると、トウマはメイクを施されようとしていた。しかも女装させられた状態で。 ──なぜ自分は年上のお姉さんにお化粧させられているのだろう。トウマはぼんやりとした意識でこれまでのことを振り返った。    ビーチでのバーベキュー、すなわちBBQを越えたBBBQ、海と焼肉の組み合わせに心躍らないキッズがいるだろうか。  ウンコとちんちんで盛り上がるクソガキ期を小5にして卒業したエリ-トマセガキのトウマであってもその魅力には抗えず、一秒と悩まず参加を決意し、パートナーデジモンであるリボルモンと共に事前準備を行い、お母さんと一緒に持ち物の確認をし、興奮のあまり眠れなくなることを加味して普段よりも二時間早く睡眠を取り、9時間半寝た。ハミガキとトイレはしっかり済ませ当日のコンディションもばっちりだ。  行きの便で気持ち悪くならないよう早めの朝ごはんを軽く済ませ、いつもより浮かれている(ような気がする)リボルモンと共に戦場へ向かった。  島にたどり着いてすぐリゾートホテルに大事なものを預け、バーベキューが開催される昼前まで泳ぐことにした。TVで見るような南国のビーチそのものの光景に興奮したのもそうだが、体を動かした後のご飯は旨いというトウマの知見に基づいた作戦だ。全てはバーベキューの為、ビュッフェやケーキバイキングなどのホテルサービスに焼きそばやかき氷などの出店コーナー……誘惑を振り切って海へと臨むその瞳には早くもしょっぱい水が溜まっていた。  しかしここで問題となるのが一緒に準備運動をしているリボルモンの存在である。  事前準備の際に彼の水着を用意する流れになり、「そういえばリボルモンって泳げるの?」と聞いたところ、相棒は人差し指で「チッチッチ」のジェスチャーを行い、付き合いの長いトウマはそれだけで彼がカナヅチだと理解した。  考えてみればカナヅチどころかピストルまんまの体は泳ぐ以前に浮くのか疑問だ。風呂や温泉には平然と入っていたので錆びる心配はなさそうだが、水深がある場所では沈んでしまうかもしれない。  無口で何を考えているのかわからないが機敏なアクションと判断の速さで敵を撃ちぬくクールなガンマン、そんな彼の素朴な弱点を知り泳げる側のトウマは少しばかりの微笑ましさと優越感を覚えたが、すぐさまリボルモンも楽しめるようにする為の会議に移り、浮き輪が入らないといったトラブルを越え最終的にトウマが持つ力を使えばいけるんじゃないかというやっつけ気味な結論に至り、タッグで母親におねだりしてその力を振るう為の品を買ってもらった。   リボルモンと共にラジオ体操第一を終えたトウマは水着のポッケから防水加工が施された定期券入れ…その中の透明シートが何重にも張られたカードを取り出し、同じく取り出した小型機器『Dアーク』に大げさな動きで切るように読み込ませる。 「カードスラッシュ!『メタルシードラモン』!」 トウマが所有するデジヴァイス『Dアーク』には読み込んだカードがもつ能力をリボルモンに反映させる機能が備わっている。水棲デジモンのカードをスキャンすることにより体そのものを水中向きにするという作戦だ。  数あるカードの中からメタルシードラモンを選んだのは究極体なら速く泳げそうというというイメージによるもので、更に言えば巨大な砲塔にリボルモンとのシナジーを感じたからだ。何にせよカードショップまで車を飛ばしてくれた母親には相棒共々頭が上がらない。  防水加工を厳重に施したカードを読み込めるのか不安だったがトウマのDアークは感度がとても良いらしい。スキャンされたカードの情報は機器を伝わり鋭い電光を放つ。余談だがデジヴァイスはどれも完全防水らしく、みんな水着にぶらさげたり忍ばせたりしているようだ。  そしてDアークと共にリボルモンの体もまた光を放ち、変化が始まった。    カードスラッシュは参照元の技を出したり能力を上昇させたりといった効果がほとんどで姿形を変化させるケースは少ないのだが、究極体のパワーが強すぎたようだ。気が付けばリボルモンの胴体は金色に輝く巨大な竜頭の形状になり、更に背中からはこれまた竜のような尾が生え……というよりメタルシードラモンの頭からリボルモンの五体が生えていると言った方が正しく伝わるようなデザインへと変化した。  尾を含めた全長は10mほどだろうか?本物はもっと大きいだろうがその変化はスキャンしたトウマさえ驚くほどのインパクトがあった。まさかここまでの変化が起きるとは考えていなかったのだ。もし家で試していたら叱られるどころの話ではなかっただろう。  そして変化した本人はというと肥大化した胴体といきなり生えた巨大な尾の制御に四苦八苦しているらしく、ビタンビタンと打ち上げられた魚の如く跳ねている。身の危険を感じトウマは慌てて離れるが、リボルモンはそのままもつれるように海へ突っ込んでいった。  勢いよく入水したリボルモンはその勢いのまま撥ね続け、波飛沫を飛ばしながら水平線へ突き進み、やがて音もなく海に沈んでいく……。  (……あれって泳げるの?)  ダイブした相棒を呆然と眺めていたトウマだったが、最悪の可能性が浮かんだ瞬間行動に移った。 「リボルモーンッ!!!」  叫ぶと共に海に飛び込み、クロールしながら海中を探す。トウマの力では引き上げられないとか、周囲に助けを求めるだとか、そういう冷静な判断は吹き飛んでいた。  しかしいくら泳いでも見つからない。一体どこにと焦る脳裏にある話がよぎり始めた。親や先生やネット……至る所で戒めのように聞かされる話だ。  ──溺れた人を助けに行った人が力尽きて溺死してしまうケースがある。  火照っていた脳が急激に冷えこみ、自分が陸地から20m以上離れてしまっていることを自覚した瞬間、恐怖で体が固まり出した。助けを呼ぼうとして声が引きつり、脚の感覚がなくなり、そして  次の瞬間、トウマの体はイルカショーの如く真上に撥ね上げられた。 「あああああああああああああああああああああああああっ!?!!?」  顔中の穴という穴から液体を飛ばしながら上空5mを横回転するトウマだったが、次の瞬間馴染みのあるレザーグローブに抱きかかえられた。リボルモンだ。 「……海でも外さないんだ。それ」  見当違いの質問にコクリと頷く彼の体は宙に浮いていた。  正確に言うと先程生えた尾の部分が水の中に浸かり、海上にリボルモン本体を含めた顔の部分が飛び出ているのである。海から首をもたげる海竜そのものの姿……というには顔部分から垂れ下がった手足のせいで恰好がつかないが、本人はまんざらでもないらしい。人が乗れるほど肥大化した銃身部分にトウマを乗せ勢いよく海上を進んでいく。  心配して損した!という怒りと安堵のぶつけどころに困ったトウマだったが、潮を切る風は心地が良く、何よりリボルモンが珍しくはしゃいでるようだったのでそんな気持ちも吹き飛んでしまった。    トウマ達が砂浜に来た当初から既に何十組ものテイマーとデジモンがいたが、リボルモンと遊んでいる内にあっという間に3ケタ台の人数に到達し、各々が知人友人と語らったり遊んだりで次第に大賑わいとなっていく。いまだ遊泳を楽しんでいるリボルモンから降りたトウマも様々な人に声をかけられたのだが…… 「たまには海もいいよね~!森と違っていちいち燃えたりしないし。えっそもそも森ってそんなに燃えたり生えたりしないの?いやでもボクの居場所はアトラーカブテリモン様の森だから!!」 「オーッホッホッホ!!庶民はこんなしみったれたビーチで楽しく遊べるんですのね~!!この大聖寺奏恵とバルキモンが盛り上げてさしあげますわ~!!」 「海はいい。泳がずともただ歩いたり遊んだりするだけで筋肉が鍛えられる天然のジムだな。トウマ君も一緒に……おや、ゴブリモンはどこだ?」 「デジカカオの件以来ってことになるんだけど……ほぼはじめましてだよね?姫野サクラコです。実は大木君にお願いがあって……」   気兼ねなく話しかけてくる女性テイマー達だが、健全な男子であるトウマにとって生で見る水着女子は目の薬を越えて劇薬だった。  彼女らと接する際はその姿を直視しないよう目の焦点を遠くに逸らし、意識しないように極限まで脳の活動を停止し、何を言われても「はい」や「そう思います」といったぼんやりとした受け答えに徹した。  もっとも気兼ねなく話せる男性テイマー達とも出会い遊んでいる内にトウマも熱が入り、皆と共に体を動かし、はしゃぎ、リボルモンを乗り回してる内に恥ずかしさは霧散していき、主目的であるバーベキューが開催されるまでそのことを忘れるほどに遊びつくしたのだが、女性陣の水着や素肌が視線の端に映る度に首ごと目を逸らしてしまうことだけは変わらなかった。 「トウマ君は食べさせ甲斐があるね」  バーベキュー会場では尊敬できる年上男子の映塚黒白が声をかけてくれた。気遣いの鬼である彼が絶妙な加減で肉を焼いて周囲の人々に恵み続けてくれたことはトウマにとって幸運であり、その細身の体から想像もできない勢いで肉を食べ、肉を齧り、肉を飲み、肉を貪り、腹十二分目になるまで脂の楽園を堪能した。  元の姿に戻ったリボルモンもまた分厚い肉にがっついていた。素顔の見えない彼がどうやってものを食べているのか?永遠にしてどうでもいい謎だ。  食べ終えてしばらく胃袋の幸福感に満たされていたが、黒白に「トウマ君も焼いてみる?」と誘われ、「僕でも肉くらい焼けますよ!」と男子相手には堂々と振る舞えるトウマは意気揚々と引き受け、気遣いの悪魔である黒白は次々と差し出されるやや生だったり焦げていたりする肉をパクつきながら、後輩テイマーが張り切る姿をなんだか遠い目で眺めていた。 「うぷ、ちょっと食べすぎたかも…リボルモン、また泳ぐ前に休まない?」 「……」  肉色の至福を過ごしたトウマ達は会場から離れ、胃袋を休ませる為に近くの岩場に座り込んだ。  波打ち際に近いそこは座っているだけでも海に来た実感を潮風に乗せてくる。都会っ子のトウマが鼻を広げていると、不意に後ろから声がかかってきた 「トウマ君達も休憩?」 「うひゃあ!?」  ビーチで挨拶した女性の一人、姫野サクラコがパートナーのアルラウモンを抱え佇んでいる。 「お話したいんだけど、隣に座ってもいいかな?」 「ン座らせてもらうよっ!」 「うぅ、あ、ぁいっ」  声変わり前のゾンビのような呻きを出しながら許可をだす。がしかし。  ……近い。トウマの足幅ほどもない距離に年上の水着お姉さんが座っている。装いの大半は日焼け対策の衣服に隠されているが、だからこそ無防備に晒している脚に目が向かう。暗色の岩場に映える白い肌から必死に意識を逸らしていると声をかけられた。 「あのさ、私達って話すのは今日が初めてでいいんだよね?」 「え?はい……多分」 「そうだよね。ごめん、変なこと聞いちゃった」  記憶が正しければ、彼女に会ったのはデジカカオ実るアトラーカブテリモンの森……バレンタインの催しが初めてだったはずだ。    チョコを求め彷徨うトウマは『プリンセスネオ』という見た目も名前も怪しいお姉さんに誘われ付いて行き、その途中で彼女は謎の飛行物体に撥ね飛ばされ空に消えた。  後で聞いた話によると彼女は悪人で、実は危機一髪だった訳なのだが……どうやらその飛行物体の正体が目の前の姫野サクラコだったらしく、つまりトウマにとって彼女は恩人ということになる。しかし直接話すのは今回が初めてだ。 「あの、姫野さん。あのときはありがとうございました」 「あはは……それなんだけど、力の制御に失敗しちゃって覚えてないんだ。ごめんね」  物騒なセリフを吐いているが口に手を当て申し訳なさそうにする姿は清楚そのものだ。その端正な顔に見とれていると何か既視感を覚え……しかし気のせいだろうと思い直す。  誰々に似てるという言葉は女性に対して失礼だと聞いたことがある。それが悪人ならなおさらだ。 「こちらこそありがとう」 「え?」  サクラコの言葉に面食らう。何かしただろうか。 「アルラウモンのこと」 「感謝してるよ小さい勇者クン!そしてその愛馬クン!」  花が生えたカエルのようなデジモンが胸に手を当て高らかに感謝を述べる。クドいデジモンだ。  幼稚園児程度のサイズの彼はサクラコの白い腕に包まれながら紫色の花を揺らしている。正直羨ましい。  トウマから少し離れた場所に座っていたリボルモンが軽く手を振りアルラウモンに応えた。 「ちゃんと名前で呼びましょうね?」 「ンン!!そんなにほっぺたを伸ばされたら表情筋がより柔らかくなってしみゃうよヒミェ!」  綺麗な女性に叱られながら弄ばれている姿を見るとますます羨望を覚えるが、愛馬というワードで思い出した。塩水が苦手だという彼をメタルシードラモン化したリボルモンに乗せたはずだ。 「海を楽しみたいっていうアルラウモンの希望が叶った。二人のおかげだよ」 「いや、それは……」  朗らかな笑みを向けるサクラコを直視できず、下を向いて応える。  照れではない。功労者はリボルモンであって自分は何もしていないという後ろめたさだ。  カードスラッシュを行ったが、それは持ち物が凄いのであってトウマの力ではない。  しかしせっかくの感謝の言葉を断る気の強さもなく、かといって素直に受け取るほどの度量もなく、曖昧な反応を出して場が流れるのを待つだけだ。褒められてるのに惨めな気持ちになってくる。 「トウマ君?」 「ヒメに褒められて緊張しているのかい!お気持ちわかりすぎるよ勇者クン!」  勇者……臆病でちっぽけな自分には重すぎる肩書だと思った。  空気の熱が心まで燻ぶらせてるのだろうか?少し冷静になりたくて会場の方に顔を向ける。ひゅーひゅー、きゃーきゃーといった黄色い声が飛んでいる。何か催しがあるらしい。 「水着コンテストの準備だね」 「水着コンテストッ!?」    衝撃のあまり先程のネガティブは吹っ飛んでいった。  忘れていた。これから一時間後くらいに開催されるはずだ。噂によればこの為のセクシー水着を持ってきた人もいるらしいが…… 「トウマ君も興味あるの?」 「ないですっ!!!!!!」  リボルモンを呼んだ時より大きな声が出て、恥ずかしさの余り頭を抱える。 「コンテストを見ないのはもったいないよ勇者クン!なにせヒメも出るんだからね!」 「おかげでバーベキューあんまり食べられなかったけどね……」 「大丈夫さヒメ!代わりにボクが二人分食べたから!げっぷ」 「代わりになってないしそのせいでお腹痛くなったんでしょ?確かに食欲は失せたけど……。じゃあ私も用意しに行くね。トウマ君も応援してくれたら嬉しいな」  サクラコも出る。しかも応援して欲しい……つまり自分に見て欲しいということだ。。トウマの頭脳はフル回転し始めた。  応援はしたい。しかしその動機に不純物がないと言えば嘘になる。もしこれがボディビル選手権で、出場するのが黒白などの知人男性だったらキレてるキレてると声を張り上げ称えるだろう。しかしこれは女体だらけの水着コンテストなのである。下心を出さない自信はない。ばれて軽蔑されるのが怖い。  だが彼女は応援を望んでいる。こちらの内心を知らないから……それとも知った上で弄んでいるのか?だとすればこの人はスケベなのでは。そんなことを考えてしまう自分は最低だろうか。自分とは何なのか。自他の境界とは一体。心とは。世界とは。宇宙とは。 「応援したいけど……見たい訳じゃないんです」  つっかえつっかえ言葉を引き出したが、失礼な言い方をしてしまったと気づき慌てて口を動かす。 「あのっ、見たくないとかじゃなくて、僕はそういうんじゃなcくて、むしろ好きっていうか、その」  何のフォローにもなってない弁解に頭を抱え、そして沈黙が訪れる。やってしまった。軽蔑される。嫌われる。  サクラコの顔を見るのが怖い。しかし沈黙にも耐えられない。勇気を出してというよりは介錯される気持ちで顔を上げた。 「……」  そこに軽蔑の色はなかった。サクラコは口元に手を当て、真剣な眼差しでこちらを見つめていた。  無言の姿はむしろ彼女の上品な佇まいや整った顔を強調させ、改めて綺麗だと思い、しかしそこで彼女は口を開いた。 「そっか……トウマ君もそうなんだ」 「え?」  彼女の声は優しく、その目にも穏やかなものが宿っていた。しかし言葉の意味がわからない。  自分もそうとは一体。  ──僕が姫野さんにドキドキしているように姫野さんも僕にドキドキしている?  そう思った瞬間、頭の奥の本能的な部分にヒリつくような感覚が走る。  先程まで直視できなかった彼女の白い体を、綺麗な顔を、潤んだ瞳を、艶めく唇を、ぼんやりと見つめていた。  邪な心、同じ気持ち、見つめあう男女、火照る体、頭が変になる。  姫野さんが僕の手を握る。思ってたより大きくてひんやり。なのに熱い。目の前に彼女の体。良い匂いがする。夏の果物のような瑞々しい匂い。ダメです。そう言わなくては。なんでダメなの。きっと素晴らしい。何も考えられない。ダメになりたい。姫野さん。僕。姫野さん。ひめのさん。いいにおい。ああ。 「見るだけなんて嫌だよね。着てみたいよね。」 「は?」  その後はあっという間だった。意外すぎるくらい腕力があるサクラコに引っ張られ、水着コンテストにエントリーさせられ離れにある更衣室で女装させられている。  レンタル水着を何着も持ってきた彼女は興奮した様子で「誰だって主役になっていいんだよ」とか「憧れは止められないもんね」などと言っていたが恐らく何か勘違いしている。  しかしそう思ってはいても抵抗ができず、用意された水着を着せられてメイクを施されているのが現状だ。一人で着替えさせてくれたことだけが救いだが、非現実的な状況と緊張感でどんな服を渡されどうやって着たのか覚えていない。着た後も極力意識しないようにしているが、ピッチリした感触は否応なしに健全な男子の体を刺激し苦しめている。鏡を見るのが怖い。  ちなみにリボルモンはというとアルラウモンと共に外でおやつを食べている。何が護衛だちくしょう。  寡黙な相棒は更衣室に引き摺り込まれていくパートナーを見て親指をグッと突き出していた。「男になってこい」という意味だ。女の子にされているのに。  閉じた視界の中、ふわふわしたくすぐったさと粉っぽい感覚を頬に感じながらどうしてこうなったのか?と考えた。会話ミスか?変に取り繕うとしたのがよくなかったのか?  意思表示するのが恥ずかしくて、でもバカにされるのも嫌で、半端に見栄を取ってダサい感じになってしまう。いつもそうだ。  応援にしても遠慮にしてもハッキリと意思表示できていれば恥をかくことも辱めを受けることもなかった。何より姫野さんを勘違いさせてしまうことだってなかったのに。  今更「やっぱりいいです」なんて言ったら姫野さんはガッカリするだろう。楽しそうな彼女にそれを伝えるのが怖いが、それはトウマの何に起因するのか自分でもわからない。配慮か、それともやはり嫌われたくないといいう浅ましさか?  暗闇の中でネガティブ思考が襲ってくる。しかし化粧されている状態で顔を歪めることもできず、不動のまま胸の内だけがじんわりと重くなっていく。石像になった気分だ。  ふと、頭をくすぐる感覚があった。  何も見えない中で感じ取れるこれは、鼻腔を通り伝わるその正体は、匂いだ。  バラのような、それでいて果物のような……トウマの心中にアバウトなイメージが浮かぶ。当然だ。芳香など家のトイレくらいでしか嗅ぐ機会がない。  わかるのはそれがサクラコが持つ香水ということだけだ。先程は目の前の状況に興奮してくらくらしてしまっていたが、こうして視界を塞いだ状態でじっくり嗅いでみると濃い香りの中に包まれるような心地よさと爽やかさを感じた。南国の花ってこんな感じなのかな。そう思った。 「大丈夫、自信をもって」  え、と思わず目を開けてしまう。目の前にサクラコの微笑みと指先があった。 「でも、もっと意識して背筋を伸ばした方がいいかな。綺麗な顔立ちなんだからもったいないよ」  顔面の話だったらしい。かっこいい側によりたいトウマにとって綺麗という評価は複雑だが、褒められることにはこそばゆい嬉しさがある。  心地よい香りに包まれながら瞼を閉じると、同じ暗闇でも少しばかり穏やかな気持ちになれた。時間間隔がなくなり、起きているのにまどろんでいるような感覚。  いつしか時間の流れも忘れていた。    ─がしかし、トウマは再度目を見開いた。   扉の向こうで爆発音が起きたのだ。 「何の音!?」  サクラコが困惑を口に出すが自分にはわかる。何度となく聞いたこの轟音は……。 「リボルモン!?」  彼の必殺の発砲に間違いない。他のテイマーが接近して来たから撃った?いや違う。  トウマが意志表示する前に撃つおかげでトラブルに巻き込まれることも多々あったが、無害な相手に攻撃したことはない。はずだ。多分。そう思いたい。  つまり明確に害を与える敵が現れたのだ。  二発、三発と爆発音が続き、簡素な作りの更衣室は激しく揺れる。  リボルモンの心配、そして室内は危ないという危機感が働きとっさに体が動いた。立ち上がってサクラコの手を掴む。 「姫野さん!」 「トウマ君!?」  彼女を引っ張って入口兼出口である扉まで走り出す。だがその扉をぶち破って何者かが飛び込んできた。そのまま床を転がった後侵入者は顔を上げる。 「大変だヒメ!」  アルラウモンだった。頭にタンコブをつけた彼はそれを意に介さずに敵の正体を告げる。 「ウナギチ〇ポモンだ!!」 ◇アルラウモン 「私達はおめかししてるから人が来たら知らせてね」  とヒメ──パートナーである姫野サクラコにお願いされ、アルラウモンは更衣室から10mほど離れたベンチで見張りの役を任されていた。  常にすっぽんぽんかつ目立ちたがりのアルラウモンにとって人間の恥じらいは理解が難しいものだったりするのだが、敬愛するヒメのお願いとあれば全うする他ない。  とはいえ仕事内容はただ座って見張るだけの簡単なものだ。ご機嫌な太陽光を浴びながらトロピカルジュースの清涼感に舌鼓を打つ。熱気と冷気のコントラストが心地よい。ンハァー!と喜びの声を吐き出しながら隣に座るもう一体のデジモン……コーラを片手にジャーキーを齧るガンマン風のデジモンに話しかける。 「君の頭の花は茶色いんだね。ボクと比べたら地味めな色合いだが……ンなぁに!気にすることはないさ!!どんな花でも魅力に気づいてくれる人はいるとも!」 「…………」  相手からのリアクションは全くないが、感銘を受けすぎて固まったのだと判断した。  しかし次の瞬間ガンマンは頭頂の花……ではなく被り物を取ってアルラウモンの頭頂の花に被せてくる。 「ンなんと!これは確かカツラ、じゃなかったボウシとかいうファッションだ!これは失礼したよ!!」 「……」  わかればよろしいとばかりに彼はアルラウモンに被せた帽子を指先で撥ね上げ、飛ばされた帽子は宙を回転した後その頭頂に元通り収まった。思わず感嘆の声が出る。 「中々いいアクションをするじゃないか!だがボクの花もこうやってンホォッ!?」  アルラウモンが真似をしようと頭頂の花を上に弾くが、もちろん頭にくっついてる花が飛ぶことはなく、弾かれて反り返った反動で彼自身の目にぶつかり悶絶した。  「オホォォオンッ!なに、失敗は誰にでもあるもの!例えスターであるボクであっても痛みに泣くことはある!だからこそ皆に勇気を与えていると言っても過言ではないのさッ!」 「……」  ガンマンは掌を左右に広げて『やれやれ』のジェスチャーをとり、ジャーキーの一本を涙目のアルラウモンに差し出した。 「おやプレゼントかい?ありがとう、受け取らせてもらうよベイビー……ンんまいっ!!」  荒々しい肉の味に感動しつつ、なかなか良い雰囲気ではないかと己のコミュニケーション能力を自画自賛する。    かつてのアルラウモンにとって、世界とは自分やサクラコのように見目麗しいスターとそれを取りまくモブで構成されていた。  凡庸なモブは非凡なスターに尽くすのが当然だし、更に自分のようなスターを含めた全ての生き物は選ばれた〝主役〟を惹き立てる為に生きて死ぬのが幸せだと思っていた。  だが、アルラウモンが〝主役〟と認めたサクラコは彼が軽んじていた全てを愛していた。社会を、自然を、秩序を、そして他者を、下らないはずのそれを大切にしていた。自分の心を押し殺してしまうほどに。  アルラウモンはサクラコとの冒険の中で周りを尊重する姿勢を学び、こうして実践している。それが実を結んでいるのかどうかはわからないが今の在り方は刺激的だと思っている。目が痛いので間違いないだろう。    そしてサクラコのことを考える。  出会ったばかりの彼女は美しい微笑みの裏で誰にも本心を明かさず、そんな自分自身を嫌悪していた。  その根底にあったのはアルラウモンと同じ、自分の存在を認めて欲しいという凡庸で醜く、そして純粋な願いだった。  自分を抑えていたサクラコ、自分に閉じこもっていたアルラウモン、お互いがお互いの鏡だったと気づくまで長い時間といくつもの困難があった。だからこそわかる。  サクラコは感情豊かになった。大声で笑えるようになり、臆せずに怒れるようになり、素直に泣けるようになった。自分を愛せるようになった。  アルラウモンは主役であるヒメに尽くす為パートナーになった。その決意も覚悟も変わらないが、彼女をより魅力的に変えてくれた世界にも多少感謝するようにしている。 「君のパートナーにも感謝だね、ガンマン君」  更衣室に閉じ込められているあの少女……名前は『大きいお馬』と言っただろうか?サクラコとはタイプが違うが美しかった。あの娘を引っ張っているときのヒメの顔はそれはもう嬉しそうだった。後で感謝を述べておこう。と思考が巡ったところで感謝のしるしに丁度いいものがあったことを思い出し、頭頂の花弁に手を突っ込んでややぬめったそれを取り出した。 「これを君とあの金髪の子にあげよう。ボクだと思って大事に使って欲しい」  小型の香水瓶、サクラコと『オトウサン』という大きな人間が一緒に作った……何を隠そうアルラウモンの花から抽出したものだ。水着コンテストの景品用に持ってきたものの余り、サクラコ曰く「意外と上品で落ち着く」香りだ。  リボルモンは訝し気な様子を見せつつ手をこちらに向けてきたが、掌を広げてさえぎってきた。まさかスターである自分のプレゼントかつヒメ手製の品がお断りされることがあるとは……世界の広さに驚きを隠せない。 「香水はお気に召さなかったのかな?…ハッ!!それともまさか、保存用と観賞用にあと二つ欲しいということなのかいっ!?ならば大サービスしてあげ……」  ガンマンの様子がおかしいことに気付いた。こちらではなく反対側を向いている。海の方、自分たちが通ってきたあぜ道、その付近の茂みに何かいる。ガサガサと音が鳴り──直後それ以上の轟音が響いた。  目の前のガンマンが立ち上がり必殺技を放ったのだ。  胸部の巨大な銃口から弾丸が発射され、茂みを吹き飛ばし、枝葉や砂煙が舞い散る。 「ンやるじゃないか!哀れな乱入者は出番もなくやられたというわけだ!」  香水を収め直したアルラウモンはガンマンデジモンの判断の速さに賞賛の声を上げるが、当の本人は銃を構えたまま警戒を続けている。  「……?」  着弾地点、煙の奥からぬらりと何者かが立ち上がってくる。  大きな人型であるが人ではない。全身が黒灰色に染まり、てらてらと光沢を放っている。アルラウモンが知る『オトナ』という種族より一回りは大きく、更に片手が太い触手と化し、何よりその股間からは腕以上に太く長い魚の顔が突き出している。サクラコが読ませてくれた図鑑で見たことがある。あれは確かウナギという生き物だ。 「ウナギチ〇ポモオォォォォォォォォォォォォォォォオン!!!」  自己申告じみた咆哮を上げながら敵が迫る。ウナギはわかるが〇ンポとはどういう意味なのか?後でヒメに聞いてみようと思いながらアルラウモンも臨戦態勢を取った。 ◇解説  ウナギチン〇モン!!     レベル/完全体 タイプ/水棲獣人型 属性/ウイルス        アナゴ〇ンポモンにそっくりの亜種だ!温厚なアナゴチ〇ポモンと違い、狡猾で執念深い性格をしているぞ!  その身に纏う体液はあらゆる攻撃を滑らせて無効化する!  鋭い歯で相手を噛み千切る『スニーキングトゥース』はどこまでも相手を追いかける!! ◇リボルモン  できる。  歴戦のガンマンは目の前のウナギデジモンを強敵だと判断した。  全身に纏う邪悪な気配に加え、先手を〝撃った〟にも関わらず無傷でピンピンしているからだ。  胴体から打ち出す砲撃『ジャスティスブリッド』は完全体相手でも直撃すれば多少のダメージは与えられるし、相手には避けた形跡もない。何かしたのか──と考え始める前に二発目三発目の必殺技を撃ち込んでいた。とりあえず撃ってから考えるのがリボルモン流だ。  巨大な弾丸はまっすぐにウナギデジモンの胴体を捉え──しかし二発とも軌道が逸れて斜め後ろの木々を破壊した。弾道が曲がった……いや流された? 「ウナチンッ!!」 「……!」  ウナギデジモンは触腕を唸らせ、伸ばしながら鞭のように叩きつけようとする。こちらに降りかかるそれを横っ飛びで回避しながらアルラウモンの方を見ると、彼もまた両腕を大きく振りかぶり攻撃を放とうとしていた。 「ン『ネメシスアイビー』ィィンヌッ!」  6本の触手がまっすぐにウナギデジモンへと伸び、その体に巻き付き──そして見事にすっぽ抜けた。 「ンほわっつ!?」  困惑するアルラウモンを拾い上げ、横薙ぎに振るわれていた攻撃をジャンプして避ける。 「ありがとうだねガンマン君!」  感謝を述べつつ触手を引っ込めたその手にはどろどろとぬるついた粘液がまとわりついていた。彼を抱えるリボルモンの右腕にも付着するが生暖かくて嫌な感触だ。 「まるでローションだね。ヒメの部屋で見つけたことがある。二度と触れないでと怒られたけど……なるほどこれは厄介だ。」  それは出していい情報なのか?スキンケア用品という可能性もあるが……何にせよ敵のギミックは判明した。あの黒光りの正体、全身から分泌される潤滑液がこちらの攻撃を滑らせて無効化しているのだ。  左手で拳銃を連射してみるがその全てが相手のボディラインに沿うように滑り抜けていく。  アルラウモンは「お手上げだね!」と高らかに告げた。互いに打つ手はないようだ。  ウナギデジモンの方を見ると、粘ついた眼光はこちらではなく小屋に向かっている。やはり狙いはこちらではなく人間の方か。元より見逃す気はなかったが手加減する理由もなくなった。  アルラウモンの方を見ると彼もリボルモンを見つめていた。同じことを考えているようだと二体はコクリと頷き合った。  お喋りで軽薄な彼とはウマが合わないと思ったが、戦う者として理解できる部分はあるようだ。ならば遠慮もしないとアルラウモンの頭を強く掴み、 「ガンマン君!ボクをヒメのところへ投げてっへえええええええええええええンッ!?」    更衣室に向かってオーバースローで投げ込んだ。  自分が同じ立場ならこれを望むし、飛んでいく彼は風圧で顔を歪ませながらウィンクしていたので問題はない。  剛速球と化したアルラウモンは更衣室の扉をぶち破り室内に突っ込んでいく。これでトウマ達に速やかに危険を知らせることができた。  打つ手がないなら手を増やす。自分達デジモンは信頼するパートナーと共に戦ってこそだ。    更衣室から二つの人影が飛び出し、アルラウモンを抱きかかえた細身の人間──姫野サクラコがウナギデジモンを睨みつけながら吠える。 「あのデジモンね!よくもアルラウモンの頭を!」  何やら勘違いされてるらしい彼はタンコブができた頭をこちらに向けると触手を一本突き出してサムズアップを取った。  意外と男気があるデジモンだと感心し、こちらもサムズアップを返す。 「いくよアルラウモン!『サイクロンぐるぐるマグナム』!!」 「ガッテンショータイムさヒメ!!」  謎の呪文を叫んだサクラコの全身から青紫色に輝く粒子が吹き出し、右手に収束していく。確かデジソウルとかいう一部の人間が出せる不思議なエネルギーだ。  デジモンの進化や人間自身の強化にも使えたはずだとリボルモンが思い出していると、彼女は先ほどのリボルモン以上に大きく振りかぶってアルラウモンをウナギデジモンに向かって投球した。 「ンいい球だよヒメエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」 そのピッチングの勢いに乗ったままサクラコは踊るように一回転、掌の輝きを左手で構えたデジヴァイスに叩きつけた。  「デジソウル・フル……チャージッ!!」  トウマのDアークとは違うその装置(デバイス)から巨大な光線が放たれ、高速回転するアルラウモンに追いつきその全身を包み込む。 「ンアルラウモン進化ァーンンヌッ!!」   小さい体を構成するパーツが一瞬の内に分解、再構成されていく。和服を纏った花の魔人、そして更に全長10mほどの触手を纏った巨大な花の化身へと姿を変え、歌うようにその名を吼える 「ブロッサモォォ~ン♪♪」 「チンチンッ!?」   ウナギデジモンは驚愕していた。その巨体──低く見積もってもトン単位であろう重量が、投げられた勢いのまま突っ込んできたことにである。  ブロッサモンはその全身を構成する触手を広げながら突っ込み、ウナギデジモン周辺の地面を抉りながら衝突した。  まるで爆発したような裂風と砂塵が巻き起こり、リボルモンはいつの間に近くに来ていたもう一人の少女をとっさに抱き寄せ庇う。 「うひょわあああああああああああああああああああっっっ!?」  金髪の少女は素っ頓狂な悲鳴と共に全身をのけぞらせながら白目をむいていた。見た目とリアクションのギャップが激しい子だ。  およそ10mほど先の爆心地……元からでこぼこしていた道だったが更に無理矢理拡張したようになっているそこではもうもうと土煙が漂っており、ブロッサモンのシルエットがゆらりと立ち上がる。  彼は全身を構成する触手状のツタを脈動させ巨体に似合わぬ素早さでリボルモンの横へと戻ってきた。 「手ごたえはどう?」  「それはァ~♪」 「一つの♪」 「ナゾ♪」 「ナゾ♪」 「ナゾォ~ッ♪」  後方で構えるサクラコの問いにブロッサモンの巨大な顔面が歌うように応え、それに合わせて触手の先の4輪の花もコーラスする。  やかましさと絡みづらさが悪化してないか?とリボルモンは思ったがパートナーはスルーしている。慣れているのだろうか。にしても中々派手なことをするコンビだ。  投げ込んだデジモンを勢いはそのまま巨大な姿に進化させることで質量兵器としてぶつける……リボルモン好みの豪胆な攻撃で少し真似してみたくなる。  トウマも同じことをやれないものかと考え、しかしあの小さい相棒が片手で自分を持ち上げているイメージができず──そうだトウマはどこにいる? 「リボルモン!僕はああいうの無理だからね!」 「……!?」  目の前の少女が察したようなツッコミを入れてきて、そこでようやくこのワンピース状の水着を着た金髪美少女が変わり果てた自分のパートナーであることに気付き驚愕のあまり飛び跳ねてしまった。 「ねぇそんなに驚いたリボルモン見たことないんだけど!?僕どうなってんの!?」  改めて見ると顔もリアクションもトウマのままだ。化粧と装いだけで別人だと思い込んでしまった、不覚。  元々中性的な見た目ではあったがしかしここまで化けるとは、サクラコの手腕によるものか。あるいはトウマ自身にそういう才能があったのか。  彼女を初めて見たときに妙な違和感を感じ、それとなく筋肉、骨格の流れを観察し、そういうことかと合点しつつも半信半疑の気持ちがあった。  しかし家族同然に見知った少年をここまで化けさせる技術を目の当たりにすると納得せざるをえないだろう……もしくはトウマ自身にそういう才能があったのか。その両方かわからないが素直に感心した。   これはネガティブになりがちな彼の自己肯定感を上げる材料に使えないだろうか?そう思って赤面しているトウマにサムズアップを突きつけた。──お前、女の子の才能があるよ。 「じろじろ見られた上になんかはげまされてるの屈辱でしかないよぉ!!本当にボクどうなってんの!?鏡見てくればよかった!!」   激励は通じなかったようだ。残念に思ったそのとき 「チ〇ポォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!」   ウナギデジモンの聞くに堪えない咆哮が響く。吹き飛びはしたようだが衝撃自体はやはり受け流したのだろう。土煙の中から這い出てきたその姿には茶色い砂や葉っぱが付着していたが、傷ついた様子はない。 「ウナギチン……Dアークって伏字有効なんだ……ウィルス、完全体……!」 「ブロッサモン!『アシバライヒラヒラウィップ!』」  Dアークをかざしたトウマが言いにくそうに相手のステータスを図る。レベルよりもそれが本名だったとに驚きつつ両手の拳銃を乱射し、更にサクラコの指示によりブロッサモンの触手が続く。  狙いはウナギデジモンではない。その足元だ。 「さすが」  後ろからサクラコの感嘆した声が聞こえ、トウマとブロッサモンの「何何?」という声が続いた。どっちがどっちのパートナーなのかわからない。というか何も考えず攻撃してるのかこの花デジモンは?  しかし弾丸の雨と触手の鞭は次々と正確に着弾し、連続する爆風と共に地面を噴き上げながらウナギデジモンの体に──体液に土砂を付着させていく。  やはりあの体液には粘度がある。ブロッサモンの衝突は流せても舞い上がる砂や葉が付着したままなことで確信した。サクラコもそう考えたはずで、狙いも同じだろう。  大量の不純物を混ぜて液の滑りそのものを殺す。見る見るうちにウナギデジモンの黒い体色が砂と土の入り混じった薄茶の衣に隠れていく。まるで大木家で食べたきなこ餅のようだ。これならば。 「ブロッサモン!『フラワリングチョキチョキクロス』!!」 「『スパイラァルゥ~♪」 「「「「フラワァ~』♪♪♪♪」」」」  サクラコの呪文に続くようにブロッサモンは合唱している花々を手裏剣のように投げつけ、ウナギデジモンの正面、左、右、上の四方から振るう。これは避けるのが難しいだろう  「そっか!リボルモ──  胴体から必殺の『ジャスティスブリッド』をウナギデジモンに向けて放つ。トウマも狙いに気づいたようで何か言おうとしたようだがその前に撃った。いつものことだ。 「早いよ!?」  トウマのツッコミをよそにノコギリと弾丸がウナギデジモン本体に向かう。茶色くなったウナギデジモンに動く様子はなく直撃する……筈なのだが。 「チィ~〇ポンッ♪」 次の瞬間、砂の衣はまるで脱皮したように剥げ落ち、その下から汚れひとつないテカテカの黒光りした体が現れる。 「「ええっ!?」」人間2人が驚愕の声を上げる。  案の定リボルモンが放った弾丸は仁王立ちする体を綺麗に滑り、ウナギデジモンの後方に生えた木々を破壊する。 「クルッ♪クルッ♪クゥ~ルルルルゥ~ン♪」 「チンッ♪チンッ♪チィ~〇ポポポポォ~ン♪」  続くブロッサモンの斬撃をウナギデジモンは余裕の姿で流した上に歌の真似さえしていた。股間に生えたウナギ型の触手も挑発するように頭(?)を振るわせている。熱い日差しが見せる幻覚だと思いたい光景だ。  そんな敵の下品さは置いておくとして……思った以上に厄介だ。トウマがわかりやすく動揺し、サクラコが落ち着いた様子で応える。 「うわあこいつ無敵だよ!どうしようどうしよう!?」 「打撃や斬撃の類は通らないと見ていいかもね。でもそれ以外なら」 「あ!炎とか電撃とかそういうの!」  なるほど、確かに形のないものは滑るも何もない。燃焼や感電は効果的な対処法だろう。  最も拳銃一筋で生きてきたリボルモンにそのような攻撃手段などない。自分だけならだが。 「リボルモン、ボク達も進化だ!」   トウマの呼びかけにコクリと頷いた。 『ブルーカード』という特殊なカードをDアークにスキャンすることによってリボルモンは機械龍『ライズグレイモン』へと進化することができる。その攻撃は光弾や熱線などこの状況におあつらえ向きのものばかりだ。  そういう訳で進化の力を受け取るために構えるリボルモンだったが、しかし体内に伝わってくるはずの膨大な力が流れる感覚がない。  後ろを振り向くとトウマはDアークをかざしたポーズで硬直していた。 「デッキ……ホテルに預けてきてる……」     元々海水浴の為に来ていたのだ。武器でもあり金をかけたコレクションでもある大切なデッキが海水に濡れたら一大事。安全な場所に保管しておくのは当然だった。  水平線の向こうに広がる海よりも青ざめた顔をしている相棒を励ましてやりたかったが今はよしよししている場面ではない。そしてトウマもそれがわからない甘ったれではない。 「とっ…とりあえずブロッサモンを手助け──  声を上擦らせたトウマが指揮を飛ばす──前にリボルモンは銃を構え突撃した。 「まだ言い終わってないってばーっ!?」  言うとわかってることを最後まで聞き続けるほど暢気ではない。  そして頭を悩ませるのはトウマの仕事だ。この状況でも活路を見出してくれる──そう信じてるぜ相棒(パートナー)。 ◇姫野サクラコ 「〇〝ン〝ボ〝オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」  下品な咆哮を上げながらウナギチン……ウナギデジモンがこちらへ迫る。  ビーチの近隣で沸くとの噂だったアナゴチ……アナゴデジモンとの邂逅はサクラコが多少、いやほんの少し、いやごく僅かに期待していたものだったが……まさかこんな形でその亜種とエンカウントしてしまうとは。  その期待も純粋な生物学的興味であり邪な感情など決してまったくこれっぽっちも全然持ち合わせてなどいなかったわけだが、サクラコ自身をはるかに上回るその黒光りには雑念を吹き飛ばす迫力──性別や生物の枠組みを超えた象徴(イコン)に対する畏敬の念さえ湧き上がり、思わずごくりと生唾を飲んでしまう。 「姫野さん!どうしましょう!」 「え?あ、そうね……」  隣に立つトウマの声で我に返る。いけないいけない。まじまじと見て感動してる場合じゃないわよサクラコ。もう十分目に焼き付けたでしょう。  両手で頬を叩いてスイッチを切り替え、パートナーに指示を出す。 「ブロッサモン!手前に『スモーキングもくもくピザカッター』!!そして『ブロッキングちくちくネット』!!」  「ンそびえ立つタァアゲ~ットッ♪」 「「「「負ける訳にはいかンなぁ~い~♪」」」」  巨大花と化したパートナーは花弁を飛ばして砂埃を起こし、更に触手を高速で動かしていく。サクラコはパートナーの植物の力を活かせるようあらゆる状況に対応できる簡潔な『指示コード』を覚えさせている。もっとも彼の多彩さと器用さ、そして盲従ともとれる信頼があってこそだが。  現に彼は何も考えていない顔のまま触手同士を等間隔に細かく交差させ、数秒とかからずにウナギデジモンを阻む茨のフェンスを作った。  敵は物理攻撃を無効化するが幽霊のようにすり抜けている訳ではない。壁を作れば避けるか破壊する以外にこちらに近づく手段はない。こちらが見えないよう視界も塞いでおけば横に立つトウマに危険が及ぶ可能性は減らせるだろう。  だがこちらに有効な攻撃手段がないことは変わらない。それは隣であわあわしている年下金髪美少女も同じようだ。 「ウナチンッ!!」  咆哮と共にウナギを模した頭部…と言っていいかわからないイチモツが砂の煙幕を突き破り、凄まじい勢いでこちらへ、いやトウマに向かって正確に突っ込んできた。  その口内に白くギラついたものを見つけたサクラコはトウマの腕を握り、庇うようにフェンスから距離を取る。  直後ウナギ頭がぶつかり、弾性に富む触手の束はゴールポストのように伸びながらもその頭をはじき返した。念のためにガードをしておいてよかった……が、しかし煙幕の中からトウマを狙えたのは何故なのか。 「しゃ、しゃくらこしゃん!ブロッサモンが!」  狙われた本人は顔を真っ赤にしながら一点を指さしている。ウナギ触手がぶつかった場所、茨フェンスを構成する触手の何本か千切れ取られ機能を果たせなくなっていた。その全ての断面が切ったというより抉ったようにズタズタになっている。先程見た白くギラついたもの……ウナギ特有のヤスリ状になった歯によるものだ。 「大丈夫なんですか!?」 「安心してトウマ君、ブロッサモンの触手は千切れても再生できるから」  まだ若干赤ら顔の後輩に向かって応え、ブロッサモンも歌う。  「ナイッフの上だっろぉがぁ~ン~♪」 「「「「歩いてやっるぅン~♪♪♪♪」」」」 セルフ合唱と共にボロボロだった筈の触手がみるみる内に修復されていく。彼の触手は爪や毛髪のようなもので痛覚はなく、再生や自切もできる。しかし相応に体力を消費するので攻撃を受け続ければまずいだろう。煙幕が晴れたところから敵の様子を伺う。 黒光りする怪人は先ほど弾かれた股間のウナギ頭を片手で握りながら腰を突き出し軽く足を開いた状態、要するに立ショ……男子の排尿のポーズを取っていた。いろんな意味で当たらなくてよかった……と安心している暇はなかった。  サクラコはパートナーを更に進化させることを考え、すぐに却下した。アルラウモンの究極体『ブルムロードモン』は光線を出せるというだけではなく、太陽光を浴びるほどに力を発揮する性質を持つ。晴天の下ではかの『ロイヤルナイツ』にも匹敵する出力を誇る上にルックスもイケモンなのだが……今日の強すぎる日差しは逆にまずい。上がりすぎた火力のせいで周囲の木々に引火して山火事を起こしてしまう可能性がある。ここは燃えてもすぐに自然が復活するアトラーカブテリモンの森ではないのだ。  逆に退化させることも考える。歌舞伎役者の恰好をした桜の怪人といった風体の『カブキモン』は目から光線を出して攻撃することができるが、それだけで格上のデジモンに勝てるほどの火力はない。ブルムロードモン以外の形態は直接戦闘向きの性能はないのだ。  いっそ自分も参戦することを考えるがやはり却下。デジソウルを全開にした『サクラコ:バーストモード』は強力かつ飛行できるというアドバンテージがあるのだが、物理攻撃しかできないのでウナギデジモン相手では意味がない。戦いを挑めばぬるぬるのぐちゃぐちゃまみれにされておしまいだ。  どうしたものかとフェンスの向こうを見ると走り出すリボルモンの姿が見える。同じくこちらへ向かってくるウナギデジモンに対し走りながら両の拳銃を乱射しており、一体どこにどうやって装填しているのかというほどの鉄の雨を撃ち続けている。もはや拳銃と言うよりマシンガンのようだが、やはり全ての弾丸は敵の体液の前に無効化され受け流される。    物理攻撃を滑らせる体液は一時的に無力化しても脱皮のようなモーションで新たな体液を生成する。古い液と新しい液で層を形成しているのだろうか?やはり体液そのものを無視できる攻撃が必要だ。  例えば熱攻撃ならば粘液を凝固あるいは蒸発させることで無力化できるだろうが熱だけあればいいという訳でもない。  現にリボルモンの弾丸も火薬による高熱を伴っているにも関わらず無効化されている。弾が速すぎて熱が伝わりきる前に滑り抜けていくからだ。  しかし彼は躊躇なく連射を続けている。会話もなくこちらの意図を組めるほどの実力者が意味のない攻撃をするとは思えない。  互いの距離が5mほどに縮まった瞬間ウナギデジモンの触腕がアッパーのように振るわれ──  すれ違いざまに回避したリボルモンが横薙ぎに振るった拳銃が敵の側頭部を〝殴った〟。     「ヂッ…ン!?」  不意の一撃だったのだろう。ウナギデジモンはグラついてたたらを踏み、そこへリボルモンが飛び込んで拳銃を叩きつけようとするが触腕でガードされる。  そう、ガードだ。つまりリボルモンの攻撃は滑っていない。 「えっどうなってんの!?」  トウマが声を上げる。ふんばっているリボルモンが持つ拳銃の先端とウナギデジモンの腕の衝突面が黒く染まり、その周辺の体表が白く濁っていることに気づいた。液が凝固している。  「銃身を焼きつかせたのね!」  発砲により熱を持つのは弾丸の通り道である銃身も同じ。先程の過剰な連射は最初から銃を加熱させる為、しっかりと熱を伝えるアイロンのような鈍器として使用する為の行為だったのだ。  そしてその熱は体液を無効化するだけではない。その奥の体表に火傷を負わせれば体液そのものを生成できなくさせる。  ガァンガァンと銃声が連続し、ウナギデジモンが後退した。 「ウナァ…ッ!」  わなわなと震えながら触腕をもう片手で押さえており、その隙間からは赤黒いヒビ…データの破損が見えた。銃撃のダメージを受けている。  素の耐久力は低いようだと思った矢先、肩から流れ出た体液が負傷した触腕を覆いつくした。ようやく見つけた有効打だがこれでは十、いや数十回は当てないときついだろう。  そして負傷した相手もまたスタイルを変えてくるに違いなかった。 「ヂ〇ボォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」 「ひゅいいッ!!!?」  聞くに堪えない咆哮が森に響き渡るが、リボルモンは動じないままこちらを……先程小動物のように愛らしい悲鳴を上げたトウマの顔を見る。   「…………」  彼はトントントンとつま先で三度地面を蹴り、直後地面に乱射して土ぼこりを上げた。煙の中で影同士がもみ合いながら激しい銃声と鈍い衝突音の嵐が交錯する。 「さっ…3分稼ぐからなんとかしろって!リボルモンが」 「大丈夫なの!?相手は─」 「大丈夫です!」  慌てつつもトウマはそうはっきりと叫んだ。あれだけで意図がわかるものなのか?そもそも3分耐えきれるのか?と思ったが、いつも自信なさげな顔をしていたトウマがそれを疑う様子もなくこちらを見ている。パートナーを強く信頼しているのだ。ならば疑う理由はないと頭を巡らせる。    この状況ならばカブキモンに参戦させる手もあるが、しかし高速の接近戦に割り込むのは逆効果だ。お互いが邪魔になり銃弾も光線も味方に当たる可能性がある。連携ができない……つまり2対1ではなく1対1の2セットというアドバンテージの薄い構図になってしまう。その為にブロッサモンという盾役を捨ててしまうのもリスクが大きい。 考えながらうつむき──そして髪をかきあげ顔を上げた。何事も考えすぎるのが自分の長所であり欠点だ。だからこそ周りを見るべき……そう思った矢先、傍から大声が響く。 「これがあったー!!」 トウマが掲げているのはカードだった。海をイメージした水色の背景に、金色の装甲に覆われた機械の竜が描かれている   「それって、メタルシードラモンのカード?」  リボルモン自身を竜の姿に変化させるカード。少し前にアルラウモンが乗せてもらったものだ。 「これだけは持ってきてたから……それにこのデジモンの必殺技って光線だから、アイツにも通る……と思うんですけど」  確かに、あの巨大な砲から光線が発射されるというのならウナギデジモンを倒せる切り札になりそうだ。  そう光明が見えたかと思ったがしかし、急に歯切れ悪そうにトウマが続ける。どうやら見落としを発見したようだ。 「陸地だと尻尾が重くて狙いが定まらないと思うんです。これ」  あの尾で水生生物のように遊泳していたが、なるほど陸地ではかなりアンバランスな姿になるだろう。 「変身したリボルモンをどうにかして支えて……って作戦は露骨すぎてあのウナギに警戒されちゃうわよね。小回りも利かなくなるから動き回られると狙いをつけられないし、逆にこっちが的になる。それに森を焼かないように攻撃範囲も考えないと──」 「はい、だから、その、えっと」  ちゃんとその辺りも考慮した作戦を思いついているようだが口調は重い。サクラコと地面を交互に見つめ直している。 「……もしかして私に遠慮してる?」 「えっ?」  どうしてわかるのか、といった表情だ。この窮地で口ごもる理由なんて人への遠慮しかないだろう。女の勘だと言いたいが単に自分もそういう気にしいな気質だったからというだけだ。だから伝える。 「まずは聞かせてみて、トウマ君。反応なんか気にせずに、ここにいる私に」  相手の反応を伺うのは大事だが、配慮が過ぎれば一人だけで悪い方に想像してしまうものだ。まず伝えてみることも大事だと思い出の冒険で学んだ。 「リボルモンを信じてるんでしょう?だったらリボルモンが信じてるトウマ君のことも信じていいと思うな。」  自分自身が戒めていることだ。アルラウモンが誇れる素敵なお姫様でいたいから。だから微笑む。。 「…………」   トウマの顔つきが変わった。体は震えているがその目に揺らぎはない。男の顔だ。  2人は話し合い、そしてしばらく後にトウマが決心したように告げる。 「姫野さん。ボクは逃げます!」 ◇ウナギチ〇ポモン  銃を模したガンマンデジモンが絶え間なく弾丸を撃ちこんでくる。一体どうやって弾を装填しているのか?その仕組みには興味こそあれ、効果はない。  弾丸は全てこちらの体表を滑り、後ろの木々や地面を弾き飛ばす音だけが響き渡る。 「チィン!!ポゥポゥッ!!」 こちらが繰り出す触腕の鞭に対し、ガンマンはギリギリで躱しながら高熱の鈍器と化した拳銃を振るう為に駆ける。そう、警戒すべきは体液を無効化するこの打撃だ。近づこうとする相手に合わせて距離を取りつつ足元に触腕を振るう。ガンマンは横っ飛びで避けようとするが脚に掠め、顔をしかめながら体勢を立て直そうとする。 「……」  動きに支障はない程度のダメージ。だがそれでいい。何より大事なのはこちらの身の安全だ。  痛みを避けて安全圏で相手を嬲るのがウナギ〇ンポモンの生き方だ。だからこそ弱そうなペア二組に目をつけ、だからこそ集団から離れた隙を狙った。  そして、だからこそ自分に怪我を負わせたこのガンマンは許せない。時間を稼ぎたいならお望み通り時間をかけて嬲ってやろう。 「チンアナァッ!!!」  股間に力を込めてウナギの頭を放つ。とっさに打ち払おうとするガンマンの素振りを大きく避けながら回り込み、背中…銃で言えば撃鉄に当たる部分を鋭い歯で掠める。 「…!!」  鉄の体に刃物で削ったような傷が入る。必殺の『スニーキングトゥース』は超合金のクロンデジゾイドさえ噛み千切る硬度と咬合力を持つ自慢の凶器だ。  「チンチンッ!」  ダメージを受けつつも鰻部分に攻撃を加えようとするガンマンに対し、また触腕を振るって避けさせる。  そしてそこから生まれた隙を歯で攻撃。歯を避ければ触腕で叩く。中距離を保ちながらちまちまと攻め、無理に近づかない。 「チンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチン!!」 背中、脚、防御しにくい部分から執拗に痛めつける。そうして動きが鈍ったところで重要な部位を痛めつけていくのがいつのもやり方だ。  3分はそろそろ経ったか……まだ拳銃を振り回して抵抗しているが、すぐにその手から武器を下ろさせ深く土下座させてやる。 「リボルモン!」  10mほど先から声がする。あの金髪の美少女だ。本命の狙いを忘れるところだった……ヒトナーであるウナギ〇ンポモンはサングラスの奥の目に嗜虐の笑みを浮かべる。上ずった叫び声は続く。 「ブロッサモンが仕掛けるから音と煙幕張って!!ボク達は助けを呼んでくるからずっとその場で食い止めて!!!」 ウナギチン〇モンは笑みを濃くした。なんと馬鹿で情けないヒトだ。作戦をこちらに伝えてしまう愚かさ。そして懸命に戦う仲間を盾にして逃げる自己保身、助けを呼ぶというのも本当か怪しい。 〝好み〟だ。温厚な同族と違ってウナギチ〇ポモンは弱者を痛めつけるのが大好きで、だからこそヒトナーになった。ヒトは無力だからだ。  特にあの少女のように小さくて弱くて阿呆で臆病な子供など最高の遊び相手だ。あの端正な顔を汁まみれにする想像だけでウナギ頭がむず痒くなる。  甘く悶えていると眼前の地面が連続で炸裂し土煙が上がった。ガンマンの射撃だ。足元を震わせるその連射は途切れることがなく耳に響くどころか直接叩かれているかのようだ。  命令を聞いた一瞬パートナーの方を見て逡巡していたようだが、なんと命令を遂行するつもりらしい。  「チチン……」  「…………」  飼い主に生贄として差し出されながらその立場に甘んじるとは、その献身と報われなさ加減に嘲笑を通り越して憐れみさえ覚えた。その行動に意味はないというのに。  股間のウナギ頭を勃ち起こし、その鼻をチンと鳴らして集中する。  ウナギの嗅覚は犬並の鋭さを誇る。会場から離れる連中を察知し追跡できたのも煙幕の中で人間を攻撃できたのも自慢の鼻によるものだ。  特にヒト2人の匂いはわかりやすい。香水をつけているのだろう、咲いたばかりの花と熟れた果実が混ざったような独特な匂いだ。たとえ視界や聴覚を塞がれようが居場所がすぐにわかる。  弾幕と煙幕を無視して探ると、巨大な花の後方──例の匂いが二つ、こちらから逃げ去るように動いているのが感じ取れた。まっすぐ走っているものとその後ろを追いかけているものがひとつだ。  先頭からは香水の他に強い発汗と緊張の匂いが漂っている。小さい金髪の方だろう。緑髪の方も置いて行かれるのが怖くて逃げだしたか。デジソウルとかいう力があっても恐怖には耐えられない、ヒトなどそんなものだ。   だが逃げられては元も子もない。ガンマンはひとまず後回しだと地を蹴り、逃げる匂いに向かって駆けだした。  当然向こうも追いかけてくるが遅い。格闘の嗜みはあるようだが、鉄製の体から見た通り走力はないようだ。  それに対してウナギ〇ンポモンは俊敏だ。ガンマンが追いつく前にヒトを捕まえて愉しむくらいには余裕があるだろう。  そう目論んだ矢先、轟音と共に目の前の地面が吹き上がって大きく揺れた。一発だけではない、二回、三回、四回五回と連続して音と砂の飛沫が上がる。ガンマンの胴体から放たれる大砲だ。  追いつけないとはいえ、いい加減無駄だと学ばないものか?後ろからの砲撃を無視しながら突き進んでいると、煙幕の向こうから突如として巨大なシルエットが突っ込んできた。  「今以上~♪」 「これ以上~♪」 「つ~よくゥ~♪」 「壊れるくらい抱きしめェ~てッ♪」  熱唱と共に現れたのは巨大な花デジモンだ。編み目状になった茨の束……先程『スニーキングトゥース』を防いだものを前面に大きく、投網のようにして広げている。  なるほど網か……と少し感心する。方法としては正解だ。ウナギの追い込み漁がそうであるように、抜ける隙間もなく覆ってしまえば滑りのよさなど関係がない。  煙幕はこれを隠すための攪乱だったのか。  ──だがわかっていて捕まる訳がないだろう。    金髪の予告などなくても、強い香りをぷんぷん出してる花デジモンの接近など嗅覚で察知していたのだ。  目前に迫る網に対し低く構えて大地を蹴る、そのまま足裏から体液を流して地面を〝滑り〟、網がこちらを捉える前に僅かな隙間をくぐり抜けた。ガンマン同様とろくさいデジモンだ。  ウナギチ〇ポモンは体液の成分を調整し粘度と摩擦力を自在に操る。これにより地面に触れる足裏や攻撃する部位だけ滑らせることもなければ、液同士を層のように構成して膜状にすることも、接地面の摩擦を低くして滑走することだってできる。   新鮮な体液を次から次へと〝排水〟しながら足で大地をかき分け、スピードスケートのような動作でつき進む。  もう獲物との距離は30mほどしかない。ゆるやかな下り坂の先に匂いを振りまきながら走るヒト共を視認できた。  ロクに補整されていない道のせいでヒト共は上手く走れないでいるが、ウナギチン〇モン自慢の滑りはそんなものものともしない。そして邪魔だったデジモン共は後方にいてこちらに手を出せない。  詰みだ。自分達の策で首を絞めるとはなんと愉快な終わりだろうか。  ドン、ドンと後ろからの砲撃は続いているが、こちらを捉えられないのか、それともヒトに当たる可能性を避けているのか、後方の地面に響いて煩いだけだ。威嚇にもならない。 「いやぁあああああっ!!!!」 「はっ…はっ…はぁ…っ!!」   こちらを見て悲鳴を上げる細い緑髪、更にその先に一心不乱で逃げようとする小さい金髪、どちらも弱く愛おしい。あと数秒で捕まえられる。逃がす気はない。穴につっこんでやる。 「やめて!来ないでぇ!!やだっ!いやぁああっ!!!!」  緑髪は叫ぶように乞いながら腰を抜かしてへたり込み、後ずさっている。そそるものがあるがまともに動けなくなったこいつは後回しだ。まだ必死に逃げ続ける金髪の方から捕まえなければ。  恐怖によるものだろうか、白く小さな脚はペースが乱れてもつれているようで、それでもまだ逃げようと嗚咽を漏らしながらみっともなく走っている。 「やめて…やめてっ……」 「うぇっ!!はぁっ…!はぁっ…!!ひっ……!!」  あと20mを切る。阻むものは何もない。目前の緑髪からは香水の他に汗と涙の匂い。金髪に至ってはそれに加えて涎と鼻水の匂いが漂ってきた。あの人形のような顔をどう歪ませているのか、もう辛抱堪らない。顔を見せろ。怯え、恐れ、汁にまみれてぐしゃぐしゃになった表情を見せろ!! 「うぁっ…!はぁっ…!!はっ……は、ばばばっ……」  あと10m、へたりこんだままの緑髪の向こう、とうとう脚を止めた金髪がこちらを振り向いた。その顔は 「──ばぁーーーーーーかっ!!!!」  笑っていた。  眼を赤くしながら、顔中の汁を垂れ流しながら、体を大きく震わせながら、こちらをまっすぐ睨みつけ、ぎこちなく笑っていた。  涙を拭うその手に何かの札を持っているのが見えた。 「チン……?ン、ンンッッンンンンンンン!?!?」  困惑の最中、突如として視界が真っ黒になり、次の瞬間浮遊感と共にいっぱいの青空が見えた。大地の感触がない。  ──宙に浮いている?  体を動かそうとするが何か細長いものがひっかかり思うように動かせない。先程のフェンスのように交差した、しかしあれ以上に細かく幾重にも連なった緑色の束が自分を捕まえている。  空中で自分を捕まえているこれは……網!? 「『ブロッキングちくちくネットinアンダーグラウンド』。釣られてくれてありがとう。……釣りじゃなくて漁って言った方がいいのかしら?」   上方から知っている声聞こえた。何かの呪文だろうか。  いや大事なのは内容ではない。声の主だ。  だが姿が変わっている。短かった髪が伸び、全身から青紫色のデジソウルを放出している。いやそれよりも……浮いている。  緑髪のヒトが羽を生やして飛んでいる。  さっきまで泣き叫んでいたとは思えない涼し気な表情の緑髪。その両腕は緑色の束を引っ張るように掴んでいる。地面を見ると何か巨大なものを掘り返したような跡が続いており、その先を辿ると花デジモンが緑髪と同じように触手束を掲げていた。そこでようやく理解する。  花デジモンが地中で触手の網を伸ばし、緑髪が地面ごと網を引き抜いてウナギ〇ンポモンを捕まえたのだ。  ──そんな馬鹿なことが。  だが状況的にこの飛行するヒトがやったとしか思えない。ならば逃げたのも演技、罠の位置に誘い込む為の作戦だったのだ。直前でへたり込んだのも地中に手を突っ込む為の布石か。  花デジモンが網を広げて攻撃してきたのもそうか。あれが本命だと思わせる為の……この地中の罠を隠すための、囮?  だがあの短時間でここまで大規模な仕掛けを!? 「ブロッサモンが仕掛けるってトウマ君から聞いてなかった?私の従者(パートナー)はとっても器用で優秀なの」  正解の褒美とでも言わんばかりに緑髪が冷たく微笑むが、しかしまだ納得できない。。  花デジモンの触手がいくら高速かつ精密に動けたとして、たった数分で何十mも地中を掘ればそれなりの揺れが起きたはずだ。いくらガンマンと戦っていても足元の違和感に気づかないはずがない。  …………ガンマン?  そうだ。あいつは常に銃を撃っていたではないか。延々と地面に外していたではないか。もしそれに、こちらが無視していた行動に意味があったのだとしたら。  耳を鳴らし、足元を揺らし、その全てが本命の罠を悟らせない為のものだったとしたら。  金髪の言葉を思い出した。  『ブロッサモンが仕掛けるから騒音と煙幕張って!!ボク達は助けを呼んでくるからずっとその場で食い止めて!!!』  仕掛け、騒音、煙幕……今思えばわざと情報を流しているかのような台詞ではないか?聞かせる為にあつらえたような言葉選びではないか?  あえて追わせる為、狙いを誤認させる為、そして地面に撃たせる為、それらを不自然に思わせない為の……  だとすれば全てが仕込み。  あの愚直なガンマンも、とろくさい花も、弱っちいヒト共も、全部、ウナギ〇ンポモンをあそこにハメる為の──…… 「ウ……ナ˝……ギギギ……ッ……  ウ˝ナ˝チ˝ン˝ン˝ン˝ン˝ン˝ン˝ン˝ン˝ン˝ボォオ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ア˝ッ!!!!」  腹の底から怒りがあふれ出す。ふざけるな。ハメるのは自分の方だ。獲物はお前ら弱者のはずだ。ウナギ頭に血を昇らせながら歯をギラつかせた。  何重にも絡まった網だが噛み切れるのは実証済み。力づくで脱出して── 「ブロッサモン!『自切(パイプカット)』ッ!!」 「「「「「もっと♪キツく♪もっと♪もぉっとォおォ~♪」」」」」  緑髪の掛け声と共に花デジモンが掲げている側の触手の束が瞬時に千切れ、片側の支えがなくなった網が重力に負け落下する。  同時に網を構成していた触手の先端が絡みつくようにきつく結びつき、キツくなった網はウナギチ〇ポモンの体をボンレスハムのように強く縛り上げる。 「ギギッ!!?」  グイ、と体全体が引っ張られる感覚が走り、その先には緑髪がいた。こいつ一人に吊るされている状態だ。しかも気が付けばさっきより高い中空に上昇している。 「『プリンセスぐるぐるメリーゴーランド』ッ!!!!」  謎の言葉と共にウナギ〇ンポモンの視界が横に伸びた。  回転しているのだ。自分自身が。  ごうごう、びゅんびゅんと風を切りながら、ウナギチン〇モンの体が陸上競技のハンマーの如く振り回されている。  その中心はもちろん空飛ぶ緑髪だ。 「いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!」  前と同じ台詞、だがトーンが全く違う叫びと共にウナギチン〇モンの全身が冗談のような膂力で外側に引っ張られる。 「ン˝ボォ゛オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝ロロロロロロロロロロロロロロッッッ!?!?!?」  いくら体液を出そうが縛り上げられた状態では滑ることなどできず、更には遠心力により締め付けはどんどんきつくなっていく。  ウナギ触手も圧迫され動かすことさえままならない。鈍い痛みと激しい屈辱が全身を襲う。  だがそれ以上に状況がまずい。このまま放り投げられたら飛行能力を持たない自分は空の彼方だ。そうなればこの雪辱を晴らすことも難しい。  しかしいつか、いつか絶対にこの恨みは返してやる、絶対に、絶対に──……  ねばつく執念を滾らせている最中、嗅覚で捉えたものがあった。香水と激しい汗の匂い、金髪だ。  ぶれる視界には先程の札を掲げている姿が映っていたが、その意図がわかる前にウナギチ〇ポモンの体が網ごと緑髪の手を離れて吹っ飛んだ。 「オ˝ッ……オ˝ヂ〇゛ボオ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝------------ッ!!!!!????」    投げ込まれた先に花デジモンが見える。空ではなく下の地面に向けて投げた?何故だ?と疑問が湧くと同時に、その触手が金色の大きな何かを抱えていることに気付いた。      あれは知っている。水棲デジモンが知らない筈がない。金色の装甲に覆われた竜の姿、顔の上半分を占める大砲……荒ぶる海の王、メタルシードラモンだ。      メタルシードラモンの頭にガンマンデジモンの頭と四肢がくっついている。花デジモンの触手がいくつも絡みつきそれを支えている。  金髪の声が遥か下から聞こえた。 「狙いがつけられないならそっちから来てもらえばいいんだ!!」 「ヂッ…ヂヂヂ…ッ!!!!」  熱線の前に体液は無意味。空中では身動きも取れない。大チン〇ならぬ大ピンチを前にウナギ〇ンポモンは頭を巡らし、そして素晴らしい作戦を思いついた。  縛られた触腕をなんとか前に出して〝この通り〟のジェスチャーを取り誠心誠意の謝罪をする。 「チ〇ポチ〇ポ(めんごめんご)!!」  直後、ガンマンの腕が高々と上がり──サムズダウンのジェスチャーを取った。 「いけぇリボルモンッ!!アルティメットストリ──  金髪の台詞が終わる前に巨大な熱線が放たれ、ウナギチン〇モンの全身は香ばしく焼きあがっていった。 ◇大木トウマ  トウマ達はリゾートホテルまで移動し、海が見えるラウンジのテーブルにて祝杯を挙げていた。  サクラコとトウマはレモンが刺さったトマトジュースを頼んだが、向かいに座るリボルモンとアルラウモンはバケツかと見まがうほどでかいかき氷と格闘している。  元々折半するつもりだったのをサクラコが奢ると言って譲らず、トウマもトウマで見栄を張った結果特に好きでもないトマトジュースに化けてしまった結果だ。コーラシロップの山を黙々と口(?)に運んでいるリボルモンが羨ましいが、今回最も体を張っていたのは彼なので何も言えない。 「…………」 「カウボーイ君も拝見しただろう!このボクの巧みな触手捌きを!そして翼を広げるヒメの輝きを!あの様はまさに女神の芋掘りの如く──」  カードスラッシュにより回復する前は全身あちこち削られていたのに、そのことについて愚痴ることも誇りこともせずにいつも通りの無口なマイペースなリボルモン。そんな振る舞いが大人っぽくてかっこいいと素直に思う。  その横のアルラウモンはクリームやら小豆やらが乗ったゲテモノメロンシロップを掲げながら自分とサクラコがいかに活躍したかをリボルモンにまくしてては聞き流されているが、ああも自分達のことを誇らしげに語れる彼にもある種のかっこよさを感じた。  それは自分と比べてしまうから……自分がかっこ悪いからだ。  汗と汚れと乱れた化粧をシャワー室で洗い落とし、海パン一丁に戻ったトウマの体はまるで鎧を脱いだように軽いが、1匙だけ口をつけた冷たい器はやけに重い。 「さっきは怖い目に遭わせてごめんなさい」   サクラコが申し訳なさそうなさそうな顔で謝ってきた  謝るつもりが謝られてバツが悪くなり、なんとかフォローしようとする。  「いえそんな、あれはあのデジモンが悪いっていうか、いや、ていうか全然怖くなんかなかったですし」 「…………」 「いやえっと、その、あの……」  前者は本当に思っていることだが後者はフカしてしまった。怪訝な眼差しが痛い。なぜこんなときも見栄を張ってしまうのか。  彼女の言う通り無傷で勝てたのだから上出来だ。なのに謝るのは〝本当ならもっとできた〟と言い訳する為か、不甲斐なさを叱って欲しいという甘えか、自分でもわからないまま謝ってしまう。 「ごめんなさい。僕が最初からデッキを持ってきていれば……」 「謝ることじゃないよ。それにリカバーしたのはトウマ君の力でしょう?」 「作戦を立てたのは姫野さんだし、頑張ったのはリボルモンとアルラウモンです。僕の考えだけじゃダメでしたし」  狡猾な敵をハメる為にあえて逃げる〝フリ〟をする作戦……無事成功したが、原案ではトウマが誘導して追いかけてくるウナギ〇ンポモンを後ろから撃ちぬくというかなり強引な方法だった。  それをサクラコの力とブロッサモンの触手を使う確実かつ安全性の高い実行案にブラッシュアップした訳だ。 「〝僕が囮になります〟って言い出したときは正直びっくりしたよ」  サクラコが困ったように笑う。恥ずかしい。   内心怖くなるほどの演技力で囮役をこなしたサクラコに対し、言い出しっぺのはずのトウマはく本気で怯えながら逃げ、泣いてさえいた。  情けなさで鼻の頭が熱くなる。 「ちょっと聞きたいんだけど、最初の作戦のままだったらトウマ君もウナギ…デジモンと一緒にビームに巻き込まれて危なかったよね?」 「……はい。まぁ」 「貴方がそこを考えてないわけがない。どうやってビームを躱すつもりだったの?」   容赦なくダメ出ししてくるサクラコに恐ろしさを覚えながらしどろもどろに応える。 「えーっと、ウナギデジモンが盾になるし、それか急いで横に飛べば何とかなるかなって……」 「…………」  ぽかんという顔をするサクラコだが、次の瞬間ぷ、と吹き出し、腹を抱えて笑い出した。 「あははははっ!!ほ、本気!?本気でそんなことするつもりだったの!?あはははははは!!」  笑われたことよりもそんな風に笑う姿に驚き、呆気にとられた。そこまで変なことを言っただろうか?  と疑問を抱いていると、軽く息を吐いた彼女は急に別の話題を持ち出してきた。   「トウマ君ってさ、リボルモンを助けに海に飛び込んでたよね」  見ていたのか。勘違いして先走った上に吹っ飛ばされた恥ずかしい姿を。 「それに、更衣室から出る前に私の手を引っ張ってくれた」  そういえばそうだった気がする。無我夢中だったのでよく覚えていないが。  何が言いたいのだろう、ダサくて笑えたとかそういう話だろうか。先程と同じ笑った顔をしているが、それは何かを懐かしむような微笑みへと変わっていた。 「私ね、トウマ君に自分を重ねちゃってたんだ」  言葉がゆっくりと耳に入ってくる。 「初めはね、貴方も『女の子』だって勘違いしちゃったの。途中から薄々わかってはいたんだけど、トウマ君が可愛すぎてつい盛り上がっちゃって、あはは……」  バツが悪そうに頬をかいているが、海パン姿の自分を見てどうして女の子だと思ったのか。いわゆる天然という人なんだろうか。 「けどそれだけじゃなくて……話してるといろいろ無理してた頃の自分を思い出しちゃってね。だから自信をつけさせてあげないと!なんてはりきってたの。余計なお世話だったけど」  女装させることとの関連性はよくわからないが……要するに自分を励ましたかったらしい。余計なお世話だなんて思わないが、それ以上に自分の心を見抜かれていたことが恥ずかしく、気を遣わせていたころが申し訳なくなった。ボクはやっぱり…… 「だって、トウマ君はかっこいいもん」  彼女は真っ直ぐな瞳で自分を見つめていた。大木トウマという一人の人間を見て言った。 「自分の危険を顧みず誰かの為に立ち向かえる。それって凄いことなんだよ?自覚できてないだけで、君の心にはかっこいいヒーローがいるの」  その言葉にに見栄も繕いも感じられない。本気だった。 「何より、君は自分の中の恐怖に立ち向かえる勇気がある。」  勇気。自分から最も遠い言葉だと思う。 「私一人を囮にさせない為に体を張って走ってくれたこと、絶対に忘れないよ」  鼻水を垂らして泣いていたあの姿。正直忘れて欲しい。 「トウマ君がどう思っていても、あのデジモンに立ち向かった君はかっこいいヒーローだったんだから」  恥ずかしい。恥ずかしい。この恥ずかしさは恥からか。照れからか。 「リボルモンを信じてたみたいに、君は君自身を信じて胸を張ってもいい……ううん、私は胸を張って欲しいって思ってる。せっかくの男前がもったいないよ」  最後にそう冗談めかして姫野サクラコは告げた。  大したことはしていない。褒めすぎだ。何か裏があるんじゃないか……そうは思っていても嬉しい気持ちを止められない。思わず顔を伏せてしまう。その肌は岩場で会った時以上に真っ赤になっていた。  けれどこの恥ずかしさは思わずこの場から離れたくなるようなそれじゃない。それよりももっとくすぐったいのに、もう少しこのままでいいと思えてしまうほど柔らかく、暖かい。 「……ありがとうございます。姫野さん」 「こちらこそありがとう。でも無鉄砲はダメよ?」  言うのがやっとのお礼にぎこちない笑顔、それが今の精一杯だ。けどいつかもっとかっこいい自分で──強い意志をもって彼女と話せるようになりたい。そう思った。  サクラコが握手を求めてくる。トウマは少しためらった後、その掌を握って  次の瞬間凄い力で引っ張られ、抱き寄せられた。 「えっ」 「それじゃあ、女の子の続きをしましょうね」 「えっえっ」  その笑みは眼が据わり、口角が上がり切っている。 「いいところでおあずけ食らって私も我慢できないの」 「えっえっえっえっ」 「かっこいい男の子だからこそ変身させがいがある。そうよね?『トウマちゃん』」  視界の端ではリボルモンがこちらを見ていた。アイコンタクトで助けを求めると彼は再び「男になってこい」のサムズアップを送り……  それが漢・大木トウマが最期に見た光景だった。 ◇リボルモン 「ンハァーッ!!頭がキンキン冷えるよガンマン君!!びーくーるってヤツだね!ンハァーッ!!」  頭痛に悶えているアルラウモンの隣で、リボルモンはあることに思いを巡らせていた。  ……サクラコの身体のこと、トウマは知っているのだろうか?  今日改めて挨拶した際、彼女自身が最初に説明してはずだが、果たして我が相棒はそれをちゃんと聞いていただろうか?  真っ赤な顔でしどろもどろに受け答えしていたが、話は耳に入っていたのだろうか?  伝えるべきか、不干渉でいるべきか。再び密室に閉じ込められたパートナーの青春に思いを馳せ──      ま……どうでもいいことだろう。 「ン〝トウマ君〟も中々ヒメに見合う役者のようだね!最もボクほどじゃあないけれども!ンハァーッ!!」  再び悶えるアルラウモンを尻目に、無口なガンマンはお姫様に連れ去られていく相棒を感慨深く見送ったのだった。 オワリ