・ヘラクレスオオカブト 「おやユキ、頭にヘラクレスオオカブトが乗っているじゃないか  ところでこのヘラクレスオオカブトがいくつもの亜種を総称した名前であるのは知っているかな?  亜種と言っても大きさにかなり違いがあって8センチ程のものもいれば18センチ以上になる種もいるんだ  ユキの靴とだいたい同じサイズまで育つものもいるということだね  その内ひとつがヘラクレス・リッキー……ゲームで青灰色のヘラクレスとして名前が有名になった種だ  このまえ君が小学生にカードを見せて自慢していただろう?  とにかくリッキーブルーという名称で有名になったこの種だが特徴的な体色は本来のものではなくヘラクレスオオカブト全体に低確率で見られる突然変異のような現象らしい  あるいは紫外線で後天的に変色するという説もあるが原因は結局はっきりしていないみたいだね  それでは今回も博物館に寄贈しに行こうか……ユキ?」 「やったー! また展示物の説明してよヒロちゃん!」 「今月は世界の呪具展がやっているみたいですよエマ、私に任せてくださいね」  私が声をかけても、ユキの眼はもう1人の友人に注がれていた。  桜羽……エマ……! ・ディノポネラ 「おやユキ、ディノポネラの行列を数えていたのかい?  流石は世界最大のアリだ体長は3~5センチ……スズメバチに並ぶくらいの立派なサイズだね  しかし本来なら行列を作ったりしないんだがどうしたんだろうな  原始的な種類のアリは集団ではなく単独行動して狩りをするんだ  おっと不用意に触らないように万年筆でつつこうとするのもやめるんだ  強い毒と毒針がある上に顎の力も相当強いからね  この国で見かけるアリにはないこういった特徴はハチの名残なのかもしれないね  アリはハチから進化したと理科の教科書にもあっただろう?  覚えていない? エマ、君はわかって……君もか……どうやら復習が必要なようだ  観察が終わったら教室に戻って……ユキ?」 「ヒロちゃん、指ひりひりする……ボク刺されちゃったかも……」 「かわいそうなエマ……私が吸い出してあげますね」  私が声をかけても、ユキの眼はもう1人の友人に注がれていた。  桜羽……エマ……! ・アースロプレウラ 「おやユキ、アースロプレウラが教室に入ってきたみたいだね  見ての通りヤスデの仲間だが……やはり化石種となると大きいな  ああ草食だと考えられているから怖がらなくても大丈夫だ  それにいざとなったら私が君たちを守る  さて古代の虫が現代より遥かに大きかったのは『空気中の酸素濃度が高くて育ちやすかったから』が定説だったが近年では異論も唱えられているんだ  酸素濃度が現代とあまり変わらなかった時代からも化石が見つかっているのが根拠のひとつらしい  他の理由としては『捕食者が少なくて餌の多い環境だったから』が挙げられているね  競争せず食べては寝てで育つのは野生動物にとっては理想かもしれないが人としては正しくない……君たちは真似しないように  ここにいるのは見たところ2メートルを少し超えるくらいだなかなりのびのびと暮らしていたのだろう  それでは先生が卒倒している間に捕まえて博物館に……ユキ?」 「ひ、ひ、ヒロちゃん……腰が抜けちゃって……!」 「おや……エマには刺激が強すぎたみたいですね……私が抱っこしていくのでヒロはその子をお願いします」  私が声をかけても、ユキの眼はもう1人の友人に注がれていた。  桜羽……エマ……! ・セフェノミア 「おやユキ、ヒツジバエが顔の周りを飛んでいるな……よし捕まえた、割り箸の余りを持っていてよかったよ  このハエはかつて凄まじい速度で飛ぶと考えられていたんだ  ヒツジバエ科のひとつセフェノミア属のとある種だが約1300㎞/h……音速を超えた速さだね  もちろんこれは観察者のミスで実際は40㎞/hか70㎞/hかそれくらいだそうだ  ちなみに普通のハエは高速で飛ぶ種でも15㎞/h前後らしい  最初との落差で大したことがないように感じるが実は十分すごかったということだね  ところで少々言いづらいのだけど……今日の君は少し臭いが強いように思う  ふたりとも泊っていく予定だったから丁度よかったな風呂でしっかりと……ユキ?」 「エマ、今日は体の隅々まできれいにしてあげますね」 「うぅ……ちょっと恥ずかしいかも……」 「そうですか……では洗いっこくらいであればいいですよね?」 「うん、それなら!」  私が声をかけても、ユキの眼はもう1人の友人に注がれていた。  桜羽……エマ……! ・ヨロイモグラゴキブリ 「おやユキ、ヨロイモグラゴキブリが床を歩いているよ  ああエマ後ずさる気持ちはわかるが害はないから安心していい  ゴキブリと言えば衛生害虫のイメージが強いが基本的には屋外で暮らす虫でね  特にこの種類は地下に巣を作ってほとんど出てこないからから人目に付く機会もないんだ  それに体表が発達していて飛べない代わりにタランチュラの牙も通さないくらい硬いみたいだね  名前の通り鎧を纏ってモグラのように穴を掘るゴキブリというわけだ  夫婦で暮らして子育てをするからね頑丈な体で脆弱な子どもを守っているんだよ  力を得た者が虐げられかねない者を庇護する姿は正しい……私も見習いたいものだね  まあ成体は8㎝にもなるから見た目の衝撃は大きいだろうが……  それではそろそろ電気を消して寝ると……ユキ?」 「えへへ……ボクもヒロちゃんのお布団に潜っちゃ……」 「……エマ? 気絶していますね……布団の中に巣作りの先客がいたみたいです」  私が声をかけても、ユキの眼はもう1人の友人に注がれていた。  桜羽……エマ……! ・コモドオオトカゲ 「ユキ、コモドオオトカゲに追いつかれそうだ! しっかり掴まっていてくれ!  くっ……まさかこの類も湧いてくるとは想定外だった……!  虫といえば昆虫に加えてクモやムカデといった一部の節足動物をイメージするだろうが古くはより広い範囲を含んでいたんだ  “虫”の字は元々ヘビを表していることからもそれが伺えるな……!  呪術として有名な蟲毒にヘビやトカゲを入れるのも……急に喋り始めようとするんじゃない舌を噛むぞユキ!  このコモドオオトカゲは時速20キロで走ることができるらしい……自転車より速い相手となると流石に余裕がない……!  それに毒もあるみたいでね……腐肉を好むから口内が雑菌だらけで以前はその影響だと考えられていたが実際に毒を持っていることがわかったんだ……!  噛まれたら君ではひとたまりもないぞ頼むから大人しく抱えられて……ユキ?」 「ひ、ヒロちゃん! もうちょっとで警察の人が来るから頑張って……!」 「見てくださいヒロ、屋上からエマが手を振っていますよ……焦っている顔も可愛いですね」  私が声をかけても、ユキの眼はもう1人の友人に注がれていた。  桜羽……エマ……! ・プリモスマルガタクワガタ 「おやユキ、プリモスマルガタクワガタが胸にとまっているよ  名前の通り丸っこい胴体に太く短く平たい顎といったフォルムが特徴的だね  普通のクワガタムシとはずいぶん違っているがこれはこれでなかなか愛らしいな  彼らはテーブルマウンテンと呼ばれる山頂が平たく広い山に生息しているんだ  周囲から隔絶された環境と飛べない性質が相まって独自の進化を遂げたようだね  ん……なにか難しそうな顔をしているなユキ……悩みがあるなら聞かせてほしい  ああそれと生息地が限られている上に個体数が少ないのもあって生態はほとんどわかっていないそうだ  貴重な機会だから寄贈する前によく観察して……ユキ?」   「まるっこいのもかわいい……も、もうちょっとごはんいっぱい食べちゃっても大丈夫かなぁ?」 「綺麗なエマ、幸せそうに食事するエマ、体重計に乗って絶望するエマ……三人でおいしいものを沢山食べましょうね」 「へ……ユキちゃん何か言った?」 「いいえ?」  私が声をかけても、ユキの眼はもう1人の友人に注がれていた。  桜羽……エマ……! ・フォルミカ・アーチボルディ 「おやユキ、今日はフォルミカ・アークボルディの行列を眺めているのかい?  フォルミカ属……この国でも普通に見かけるヤマアリの仲間だね  彼らは餌として同じアリを狩るんだ……それも自分たちより倍以上大きく毒針を持っているアギトアリという種類をね  何故こんな強敵を相手に効率よく狩りができるかと調査が行われた結果体表に纏っている成分がこの餌にしているアギトアリとほとんど同一だと判明したんだ  あくまで一説だけど匂いで仲間だと偽装して敵意を抑制しているわけだね  さらには倒したアギトアリの頭を切り落として自分たちの巣の周りに並べるという  これも詳しいことはわかっていないが他の生物が恐れるアギトアリの匂いで敵を遠ざける為……と言われているね  匂いというのは重要な意味を持つということだなどうして万年筆を振り回しているのか知らないが……ユキ?」 「そういえば……今日のエマはヒロと似た匂いがしますね」 「えへへっ……ヒロちゃんが使ってるのと同じ香水を買っちゃったんだ!」 「いいですね……今度は私と同じ匂いにしてみるのはどうですか?」 「えっ」「えっ?」  私が声をかけても、ユキの眼はもう1人の友人に注がれていた。  桜羽……エマ……! ・ハグロゼミ 「おやエマ♡ ハグロゼミを集めてユキといっしょに何をしているのかな♡  昨日のお礼にごはんをあげている? よくわからないがあまり素手で触ってはいけないよ♡  この前も説明したがセミとしては珍しい毒がある種類だから心配してしまうだろう?  まあそうなってしまった時には私が看病してあげようじゃないか♡  彼らが持っているカンタリジンという毒はかつて暗殺のために使われるほどだったんだ♡  それに加えて媚薬……惚れ薬としての効能もあると考えられていたそうだね♡  まったく……薬を使って心を奪おうなんて正しくない♡  それほどまでに焦がれる気持ちだけは全く理解できないわけではないけどね♡」 「ゆ、ユキちゃん……ほんとに大丈夫かな……?」 「安心してください、害は出ないように調合しましたからその内戻りますよ……それはそうとエマ、チョコレートを作ったのですが食べませんか?」  今日も私の親友たちは元気だな♡  これからもずっと一緒にいよう ユキ♡ エマ♡ ・ツチボタル 「おやユキ、ツチボタルが天井を覆っているみたいだ  もうこんな時間なのにぼんやり明るいと思ったら……作問に集中していたから気付かなかったよ  彼らは和名でツチボタルやヒカリキノコバエと呼ばれているが分類としてはカに近い仲間らしい  幼虫が粘液を洞窟の天井からぶら下げて自身は発光することでこんな光景が出来上がるんだ  雫が連なった無数の糸を青白い光が照らす様は幻想的な美しさがあるな  生息地では観光スポットにされているのも頷ける……  だがこれは実態としては光に集まる虫をおびき寄せて捕まえるための罠でね  他の虫に限らず成虫も時に捕獲されて食べられてしまう場合もある……物事には裏があるということだ  ん……外はもう真っ暗になってしまっているな私たちもそろそろ……ユキ?」 「うぅ、ボクが解答欄ずれてるのに気付かなかったから……ごめんヒロちゃん……でもお喋りしながらお勉強するの、楽しかったな!」 「しっかり何回も確認していたはずなのに災難でしたね、エマ」  私が声をかけても、ユキの眼はもう1人の友人に注がれていた。  桜羽……エマ……! ・ウツボカズラ 「おやメルル、ウツボカズラに水をやっていたのか  いやなにこの植物を見ていると友人を思い出してね  壺のような形の捕虫器が有名な食虫植物だが……虫との関係はただ被捕食の一言で言い表せない場合もあるのは知っているかな  ある種のハエやカの幼虫は消化液に耐えて内部で暮らすことで落ちた虫を横取りするんだ  つまり逆に虫にしてやられている場合もあるということだね  しかし同じように捕虫器に入ってそれらを捕食するアリの仲間もいる  彼らもまた他の餌を横取りする場合もあるけど排泄物を根元に撒くことで貴重な栄養素である窒素を提供している……こちらは共生関係にあたるな  私の友人も時に超然としていて時にただの少女のようで……私より他に興味をやってばかりだったがたまに身を預けてくれているようで……“友人”以外には単純に形容できない子だったよ  いやすまない君を置いてきぼりにしてしまったな……メルル?」 「そんなことありません……! 聞いているだけでもとっても素敵な人だと伝わってきます……!  きっと儚げで優しくてでんぐり返りが上手な方だったんでしょうね……」 「やけに具体的だな……間違ってはいないが」 ・タラバガニ 「おやユキ、タラバガニの用意はもうできているよ入ってくれ  ああ気にする必要はない親戚がたくさん送ってきてね  せっかくだから友達と忘年会でもしたらどうだと親に押し付けられたんだ  エマ……期待しているところ残念だけどミソはあまりおいしくないからお勧めしないよ  有名な話だけどタラバガニは蟹ではなくヤドカリの仲間でね  ヤドカリの味噌は成分が違う上に脂肪分が多い関係で茹でると簡単に溶け出してしまうんだ  他にも脚の本数が違ったりふんどしと呼ばれる部位の構造が違ったりよく見ると様々な差異があるからこの機会に観察してみるといい  ほら、エマが予定より早く着いて手伝ってくれたからもう用意もできている  どうせ君は剥いてほしいなどと言うのだろう? 近くに座って……ユキ?」 「ヒロちゃん、ユキちゃんに剥いてあげるので忙しいよね! ボクはさっき教えてもらったからヒロちゃんの分剥いてあげるね!」 「エマ……あなたが私の分を剥いてくれたらヒロがエマの分を剥いてくれるのではないでしょうか?」 「!!!」  私が声をかけても、ユキの眼はもう1人の友人に注がれていた。  桜羽……エマ……! ・ゴライアスオオツノハナムグリ 「おやユキ、ゴライアスオオツノハナムグリが机の上にいるな  あまり不用意に触ってはいけないよ  ハナムグリと言えば草食で大人しいと思うかもしれないがこの虫には危険な一面もあってね  まず胸部の後端……縁の部分が鋭くなっていてココと前羽の間に敵を挟むことで切断するらしい  これは一部のカブトムシも持っている構造だね  位置的に考えて上から襲ってくる鳥や哺乳類に対しての対抗手段と考えられている  それに幼虫の話だが飼育下だと腐葉土だけではなかなか成長せず蛋白質を与えないといけないという  つまり自然界では肉食性が強く死肉や他の幼虫を捕食しているのではないかと言われているんだ  見慣れた印象だけで判断すると痛い目を見るかもしれないという訳だね君も……ユキ?」 「そうだね……! ヒロちゃんもいつもはすっごく優しいのに怒ると怖いから!」 「いい子のエマも悪い子な時があったりするのかもしれませんね……ふふ……怖いですね?」 「えぇ!? そんなことないよぉ!」  私が声をかけても、ユキの眼はもう1人の友人に注がれていた。  桜羽……エマ……! ────虫ヒロちゃん以外のSS系 ・エマユキ犬 中庭に行くと、メルルがユキを散歩させていた。 『メルル“と”散歩していた』ではない。『メルル“が”散歩させていた』だ。 「おはようございます! お散歩ですか?」 「あ、あぁ……君たちもかな?」 ご機嫌な様子で話しかけてくるメルルと挨拶を交わしつつ、ちらりと視線を落としてユキと目を合わせる。 「お、おはようございますヒロ、「もう、大魔女様……! わんちゃんは喋りませんよ」 友だちの絶望し、焦点の合わない瞳が、私を見つめている。 四足歩行のユキと首輪から伸びメルルの手に握られているリードが、状況をこの上なく物語っていた。 こうなってしまった経緯について、心当たりがないわけではない。 “償っていこうと思うんです。まずはこの牢屋敷の子たちに……そして、長い間苦しめてしまった家族に” ユキは私とエマにそう語った。彼女が『生きる』という選択をしてくれて、それを叶えるための長い事後処理が終わり、再び三人で集まった時に。 少女たちを閉じ込める牢獄ではなく、在りし日のように皆が暮らす島と屋敷。その管理者と補佐。これが今の牢屋敷で、ユキとメルルが選んだ役割だ。 「よーしよーし……お友達と会えて嬉しいですね……喜んでいる大魔女さま、かわいいです……! 後で皆さんに共有しないと……!」「きゅ、きゅぅーん」 ──ここは牢獄だ。 離れ離れになった期間で積もり続けた感情を、ユキは甘く見ていたのかもしれない……いや、重く受け止めているからこその今の状況とも言えるが。 「あっ、そろそろでんぐり返しの時間でしたぁ! ヒロさん、エマさん、また後ほど……!」 マーゴ達に教えてもらったのだろう。スマートフォンを使いこなしてユキの写真と動画を取った後、メルルは足早に管理者室へと戻っていった。 去り際に私たちを振り返るユキの瞳は、物悲しかった。 「エマ……話があるんだ」 「きゃん、きゃんきゃんっ」 彼女たちの背を見送りながら、私は足元に話しかける。 「明日は散歩じゃなくて、ヘリを出してもらって買い物に行かないか。食事をするのもいいな。つまり君とデートがしたいんだ」 「ほんとに!? じゃあ新しいお洋服選んでよヒロちゃん! 美味しいお店も探しとくね!」 リードを付けたままではあるが、すっくと立ちあがり人の言語を取り戻すエマの笑顔にほっと息を付く。 私たちはまだ大丈夫だ。恐らく。 お互いに罪滅ぼしが叶うよう努力していこう、ユキ……。 ・ユキヒロ膝枕 「エマの再テスト、今終わったそうですよ……ヒロ?」  返ってこない反応に隣を見ると、ヒロはうつらうつらと船を漕いでいた。  彼女がこんな隙を晒すのは、夕暮れ時でふたりきりとはいえとても珍しい。  きっと、日頃の疲れが溜まっていたのだろう。  常に皆の中心に立っている世話焼きなこの子は、いつも忙しなく校内を駆け巡っていたから。 「あなたはかわいそうな人ですね」  いい機会だと思い、恨みと嘲笑を込めて耳元に囁く。  どうしてか私を守りたがるこの人間のせいで、計画に少し遅延が生じてしまっていた。  それについて言えば、私は横に座っている“友人”にあまり良い感情を抱いていない。 「あなたは正しくない。あなたが正しいと信じている行為は、絶望をより深くするだけの結果に終わります……なによりも、正しくないですね?」  でも、その行いの無為を考えればいくらか溜飲が下がる思いだった。  ヒロが私を守り三人で時を過ごせば過ごすほど、その関係性が壊れた時にエマが受ける傷は大きくなる。  計画はより早く進み、数百年の悲願……人類の滅亡は果たされる。  正義を成そうとする彼女の行いは、破滅への針を進めているだけ。  最後の最後に打ち明けた時、この子はどんな顔をするだろう。  エマが笑顔でたくさんの人を殺す終焉に比べれば見劣りするけれど、これもまた楽しみにしている瞬間のひとつだった。 「ユキ……私は、君を……君たちと、一緒に……」  むにゃむにゃと情けない調子で紡がれる寝言は、なんとも愚かしかった。  彼女は本質的に、私の計画を妨害する敵だ。  だからかつては疎んで遠ざけた。三人で過ごすようになってからも、エマと比べれば関心を向けなかった。  惨い? 冷酷? 今更言われるまでもない。  家族を失っていく日々を経て、もう私の心身に熱など残っていないのだから。 “君のことは、私が守る”  ──それでも、凍り付いているはずの心臓が小さく跳ねた気がした。  彼女が、私を庇って前に立った時。手を引いて導いてくれた時。万年筆を渡してくれた時。  何度も何度も胸をざわめかせるその感覚が不快だった。  それを無為だと切り捨てられない自分が不快だった。 「ねえ、ヒロ」 「私は、魔女なんです。エマを唆して人類を滅ぼそうとする、あなたにとって正しくない存在。あなたはそんな私に利用されているだけ」  半分は自覚的に、もう半分はまるで何かに導かれるように、呟く。  ヒロが眠っているのは明らかだ。聞かれている可能性はまずない。  けれど裏返せば僅かな可能性が残っていて、そうなれば計画の最後の仕込みをふいにしかねない行い。  遊びなのか、告解なのか、自白なのか。  何がしたいのかわからないまま、私は先ほどから愚かな真似を繰り返している。  そして今、決定的な内容を明かした。 「聞こえているはずも、ありませんか」  返答は、当たり前のようになかった。  彼女は真実を知る最大の機会を失して、何も知らないまま破局を迎えるのだ。  こんな事をしたのは、ただの気まぐれ。私は自分の行動をそう結論付けた。  だからこの話は、これで終わり。 「……あなたは、かわいそうな人ですね」  気付けば携帯の代わりに握っていた万年筆を、懐にしまう。  不安定に揺れているヒロの肩を掴んで、そっと横たえる。私の膝に、頭を導く。  濡羽色の髪を手で掬って、かつて家族にやっていたようにゆっくりと撫でる。  気まぐれなら、そのついでとしてこんな戯れもいいでしょう。  元気な足音が聞こえてくるまでの、短い時間だけですが。 ・レイアとエマヒロ娘事後 「……これはとんだスキャンダルになってしまうかな」 『世界的有名女優蓮見レイア、まさかの交際相手発覚!?』などという脳裏に浮かんだニュース速報は、一旦置いておくとして。 生まれたままの姿で目覚める朝は、存外悪い気分じゃなかった。 本当なら年上の自分が導いてあげるべきだったのに、夢中になってしまった事だけは恥ずかしいけれど。 久しぶりに感じた、特定の誰かに対しての『自分だけを見てほしい』という感情がこんなにも己を揺らがせるものだとは。 「フフ……キミは罪な子だね」 肌が触れるほど近くで寝息を立てている少女の顔を、ふと見る。 燃えるような正義感と芯の強さを感じさせる、今は閉じている赤色の瞳。 凛としているのに時折見せる年相応の愛嬌は、まるで魔法にかけられたように目が離せなくなってしまう。 そして、黒の長髪──先端だけ桜色がかった、特徴的な髪色。 (いや罪を犯したのは私なのだけど……!) そう、私は──かけがえのない友人ふたりの娘と、肌を重ねてしまった。 はっと気付いてスマートフォンを起動させれば、そこには『泊めてもらうと聞いたよ、ありがとう』『あの子からの返信がないのだけど元気にしてるかな』『もしかしてヒロちゃんのメッセージ送れてない?』等の未読チャットの数々。 体温が、すっと引いていく。 両想いだ。かつて焦がれた相手の幻影ではなく、彼女という個人を見ている。このような言い訳が、何になるのか。 「レイア、さん……」 そんな絶望の淵に立たされた私を正気に戻してくれたのは、手を握ってきた体温と私を呼ぶ寝言だった。 それで、私の覚悟は決まった。 世間の目だとか仕事の話は、一旦後回しにしておこうじゃないか。 まず相対すべき相手は、わかりきっている。 「『ヒロくんとエマくんに話したいことがあるんだ』……と」 さあ蓮見レイア、一世一代の大舞台だ──! ・虹色暗黒城論争 「あれはノアとアンアンか。それに……ユキとメルル?」 屋敷の前には、珍しい四人が集まっていた。 より正確には、この二人組が同時にいることが珍しいというべきか。 「おやヒロ……私たちにもよくわからないんです。今呼ばれたばかりで……」 最も詳しいだろう人間──牢屋敷の管理者に尋ねてみても、答えは得られなかった。 どうやらユキとメルルも、巻き込まれた側のようだ。 「虹色の方がきれいなので、もう決定! 変更はナシです!」 『否である。魔女の屋敷に相応しいのは、暗黒城が如き外観のはず』 ……なるほど。どうやら私たちが帰る時に行われていた戦いは、未だに決着がついていなかったらしい。 「わがはいとノアがいくら議論を交わしても、互いに譲るとは思えない」 「そうだねぇ。のあは絶対虹色がいいもん」 アンアンの言う通りだった。ふたりが意見を変える様子はない。このままでは、どこまでも平行線だろう。 「ならばここは、管理者であり元々屋敷の持ち主でもあったユキたちに決してもらうのが正しいのではないか?」 「……む~」 その解決策を提示したアンアンの顔に浮かんでいたのは、勝利を確信した不敵な表情だ。 一方のノアは逆に、眉を寄せて頬を膨らませる。 なるほど、状況を考えてみれば二人の様子には納得がいく。 新体制となった牢屋敷で最も権限を持っているのは、管理者であるユキである。 彼女の好みが派手な虹色より落ち着いた黒だと踏んで味方に付けようというのだろう。 実際、私の知るユキが好んでいたのもどちらかといえば白黒といった色合いだった。 そしてユキが選べば、彼女に忠実なメルルは間違いなく追従する。 「成長したな……」 「ヒロちゃん、なに感慨深そうにしてるのかな」 「いや……なにも」 咳ばらいをして慌てて誤魔化したが、見事だアンアン。 これは今度祝いの席を── 「私は、虹色も素敵だと思います……」 「……メルル?」 ──しかしそこで、予想外の横槍が入った。 経過を見守っていただけのメルルが不意にこぼした呟きに、全員の目が向く。 ユキですら、予想していなかったらしい。 恐らくメルルの好みもユキに近いだろうし、当のユキも驚いていることからそうだったのだろう。 「大魔女様が、覚えていらっしゃるかはわかりませんが……」 皆が意外そうに見つめる中、メルルはおずおずと口を開く。 「私があなたに救われこの島に来た日を記念日といって、大魔女様がたが色取り取りの光で空を飾ってくれたことがありました」 「そ、そうでしたね……本当に、皆が盛り上がって……」 「まるで、その時を……まだ皆さんがいたときの日々を思い出すようで……う、うぅ……」 ぽろぽろと涙を零すメルルにハンカチを渡しつつ、隣のユキをそっと見る。 私とエマと過ごしていた時には見たこともないくらい苦悩の表情をしていた。 「ご、ごめんなさい! どうかお気になさらないでください……私は大魔女様に「虹色でいきましょう」 アンアンの希望は潰えた。 翌日。 外に出てみると、牢屋敷はおよそ七割五分ほどが虹色になっていて残りが黒色になっていた。 あそこからどうにか粘って人数比、四分の一は死守したらしい。 成長したな、アンアン……。