「こんなちんけな村人なんて天下国家を論じるお偉いさんからすれば路傍の石かもしれねえ」  だが、と力強くカリタスは断言する。 「路傍の石にも意地があるんだ。嬢ちゃん」  わかるか?と尋ねられ無言でイザベラは頷く。その反応を見たカリタスに嬉し気な笑みが浮かぶ。 「でも…、その体では無茶です」  イザベラは彼の身を案じて進言する。既に彼の身は歴戦の影響でボロボロだ。本当は会話をするのだって辛いはずなのだ。 「じゃあ聞くが、嬢ちゃんは危ないから戦うのをやめてくださいって言われて止まれるかい?」 「………すいません。余計なことを」  イザベラは俯く。「そんな反応をさせたかったわけじゃないんだが」と口の中で呟いたカリタスが、優しい口調でイザベラに語りかける。 「…お嬢さん、お前さん何のために戦うんだい」  イザベラは一瞬言葉に詰まり、か細い声で「贖罪」と答える。  そう、妹の凶行を止められず、この手で殺める手段しか取れなかった自分の生きる意味など、贖罪以外には存在するはずがない。 「そうか」とカリタスは言葉静かに頷いた。イザベラの過去に何があったか、それを訊ねようとしないカリタスの姿が彼女にはありがたかった。 「俺はな」  とここで言葉を区切り、天高く両腕を突き上げる。 「champion(勇者)だからだ!」 「勇者がなぜ求められるか?勇者の存在を必要とする民がいるからだ!俺はそいつらの希望であるために勇者であり続けたい」  そのためなら自分の苦痛などどれほどのものか、と、カリタスが笑う。 「勇者として今この世にあるなら、勇者として自分に考えられる務めを果たす。それが力になる村人や兵がある」  これ以上の幸福がどこにある。とカリタスは豪快に笑う。 「勇者…」  イザベラは呆然と呟く。今まで彼女が考えたこともなかった漆黒の勇者の肩書が、とても重い物に感じられた。 ******************** 「はい、今日の治療はお終いです」  治癒魔法をかけ終えたクリストが一歩下がると、カリタスが右腕を、次いで左腕を回す。 「すげえ、10歳は若返ったようだ。さすがだぜ若えの!」 「ご冗談を。本来は入院が必要なほどのダメージですよ」  クリストは苦い顔をする。彼の身に蓄積したダメージは数日の治癒魔法で癒えるものではない。回復魔法のスペシャリストであるクリストにはそのことがはっきりと分かった。 「…クリスト、勇者ってのは何だ?」  急に問われてクリストは戸惑う。だが、瞬時にボーリャックの姿が彼の頭に浮かぶ。 「その集団で一番強く、誰にとっても頼もしい存在です」  今でもクリストが憧れる彼の姿。それは仮面魔候として同胞たちに非難される存在となっても、自分の中では変わってはいない。 「いい答えだ!だがな、俺の答えとは少し違う」  そう言って立ち上がろうとするカリタスに慌ててクリストが彼の体を支える。 「ありがとよ」と呟いたカリタスは机から何かを取って、クリストに渡した。 「…石?」 「そうだ!石ころのような小さな存在のために己を鼓舞できる者、それがchampion(勇者)だ!」  天下は乱れ、国の力で守り切れない民が出る時こそ勇者の存在の意味がある。人々の今日を護り、明日の生活を護る。それこそ勇者の責務。勇者の生き甲斐。勇者の喜び。 「ま、その立派な大楯の持ち主には百も承知だったか」  頑張れよと、クリストの肩にカリタスが手を置く。その力強さにクリストは驚く。 「俺も歴戦の勇者だ。お前さんは攻めるよりも護る方に重点を置いてるタイプの騎士だろ」  それでいい、とカリタスは笑う。 「カンラークの事は俺も知っている。それでも、復讐に身を宿すより仲間や無力な人々を護るために戦う方がお前さんらしい」 「頑張れよ」と優しく笑った彼の姿に、クリストは自分の目頭が熱くなるのを感じていた。 「…そうだクリスト、道中もし出会ったら声をかけてほしい勇者がいる」 「漆黒の勇者イザベラっていう。お前と相性がいい勇者だと思うぜ。色々とな」 ********************  かつて魔王領があった場所の近くに在る小さな村。そこを目指して、二人の旅人が歩いていた。  妻らしき女人が立ち止まった背中の方を気にする。よく見ると彼女の背中には、赤ん坊がおぶさっていた。  機嫌を損ねたのか、泣き出す赤ん坊に、慌てて夫が駆け戻って妻と一緒に赤子をあやす。  暫く立って、機嫌も直った赤子に笑みが浮かぶのを見た夫婦は、顔を見合わせて自分たちも笑いあう。  また、歩き始める。赤子に、これから会う人が自分たちにとって、どれほど大きな存在だったか教えながら。  村の入り口が見えてきたとき、夫婦はアッと声を挙げた。そこには、彼らの目当ての人物である、巨漢の男が仁王立ちしていた。 「待ったぞ!イザベラ!クリスト!」  夫婦も急いで彼に向かっていく。その足は速足になり、やがて駆け足となった。 「生きてたか!良かったなあ!」 「カリタスさんも!また会えて良かった!」 「お久しぶりです!カリタスさん!」  感極まったカリタスが二人をまとめて抱きしめる。途端にびっくりした赤子が泣き始め、慌ててカリタスは二人を放す。  どでかい図体を縮めてしょぼんとするカリタスに笑いながら、自分たちの子供をクリスト達は紹介する。隻眼を潤ませながら頷いていたカリタスは今度は優しく二人の頭を撫でた。 「お前たちの活躍はこの辺鄙な村にも届いてた。石ころ一つのために力を尽くせる、立派なchampionになったな!」 「カリタスさん!」 「カリタスさん…」  クリストと、イザベラは共にその言葉に涙する。今、どんな賛辞よりも、二人にとって最もかけてもらいたかった言葉であった。