「────────ん…。…ん?どこだここ!?」 気がつくと、俺は見知らぬところのソファーに座っていた。 「ソーラーモン!…ソーラーモンリペア!」 返事はない。 「…日影!セヨン!……ゲキ!イブキ!冴姫!誰かいないの!?」 呼びかけはそこに響き渡るばかりで、応える者はない。 っていうか、そもそも誰もいない。 俺は立ち上がって、周囲を探索してみることにした。 バーカウンター、受付、階段の上には丸い窓のついた扉。 窓からのぞいた先にあるスクリーン。 そこはまるで…劇場のような所だった。 「あら、お目覚めのようね。」 背後から急に誰かの声が聞こえて、思わず叫び声が漏れる。 振り返るとそこにいたのは、ラベンダーのような紫色の髪に細身のメガネが似合う綺麗なお姉さんだった。 「時の狭間劇場へようこそ。私は御神楽ミレイ。本来貴方はここにアクセスする権利を持たないのだけれど…今回は特別。VIPからのお達しがあったわ。」 「時の狭間?権利?VIP?えっと…御神楽さん、一体どういう…?」 「ミレイで良いわ。…混乱しているようね。まぁ、無理もないけれど。」 ミレイさんは落ち着いた声で階段の横を指さす。 そういえばこの声、どこかで聞いたような…そうだ、あのひと屋のスナイパーの情報をくれた、目元の隠れた女の人。あの人に声が似ている。 「あそこのエレベーターで上に向かいなさい。VIP中のVIPがお待ちよ。」 ───────── 言われたままに乗り込んだエレベーターは、ゆっくりと5分ほど上昇し続けた。 一体何回建てなんだろう、この劇場… …ミレイさん、綺麗だったな。 「……止まった」 ゆっくりと開いた扉の先には、中央に丸いテーブルとゴシックな椅子が2脚向かい合って添えられているだけの、殺風景とも言える部屋が広がっていた。 「座れってこと…だよな…?」 座ってみると、ふかふかとした座面が沈み込む体を優しく支え、背もたれが全てを受け止めてくれる。 端的に言ってめちゃくちゃ座り心地がいい。 …スタークメカノリモンがこれぐらい乗り心地良ければなぁ。 「…なんの匂い?」 突然ふわりとお茶の香りがした。気付かぬうちに机の横にサービスワゴンがつけられていて、その上にティーポットが乗せられている。 「…!?」 いつの間に?そう思いながら正面に視線を戻すと、向かいの椅子に誰かが座っていた。いつの間に!? ベルトの多い黒い服に……片眼鏡? この不思議な見た目の女の子が…VIP中のVIP? 「弦巻昌宏、だね。」 「は…はい。あの…俺を呼んだVIPっていうのは…?」 「私だよ。」 彼女はあっさりとそう答えた。 ってことは、さっきのミレイさんよりもこの子は偉いってこと?とてもそんなふうには見えないけど… 「さて…何から話そう………そうだ、忘れていたね。自己紹介だ。」 彼女はこちらに右手を伸ばす。 「…?人間はこう言う時握手をするものじゃないの?」 「あっ…はい。」 その手は、冷たくも温かくもない、不気味さすら感じる、血が通った感触のない物だった。 「私はデジタルワールドの変化を望む者、アポトーシス。」 アポトーシス…聞いたことがある。確か、オタマジャクシがカエルに成長する時尻尾がなくなるような、成長のために細胞が自殺する作用のことだ。 「私は常に望んでいる、変化を。君は面白い変化をもたらしているね。」 「あの…あなたは一体何者なんですか?」 「説明してあげる。」 いつの間にか机の上にはカップとソーサー、そしてティースタンドが配膳されている。 「あ…青い…」 アポトーシスはポットを持ち、そこに真っ青な液体を注いだ。匂いはお茶なんだけど…デジタルワールドってこう言うの多いよな…。 「万物は常に変化しうる。このお茶のように。」 彼女はお茶にレモンを搾る。 すると、カップの中のそれは青から紫、そしてピンクへと色を変えた。 「おぉ…」 「けれど伴う物なんだ、変化には破壊が。こうして色を変えるには、レモンを切り、搾る必要があった。」 アポトーシスは一口、それを飲む。 「破壊を行い、変化をもたらす。それが世界に対する私の役目。君も飲むといいよ、お茶」 彼女はそう勧めるが、この見た目はちょっと躊躇してしまう。 意を決して飲んでみると…それほど味はしない。なんだこれ? 「バタフライピー。このお茶は君たちの世界で見つけたんだ。面白いよね。」 これデジタルワールド産じゃなかったんだ… ソーサーにカップを戻すと、アポトーシスはさっきの話を続けた。 「けれど、全てを私が行ってしまえば、デジモンたちは進歩しない。変化は訪れない。だから私は、人間を呼ぶ。」 俺は耳を疑った。人間を呼ぶ?じゃあ…俺たちがデジタルワールドへ迷い込んだ元凶は…アポトーシスなのか? 「アンタが俺たちをデジタルワールドに呼んだのか?だったら俺たちを家に帰してくれ!!」 「そうであるとも言えるし、そうでないとも言える。」 アポトーシスは指を2本立てる。 「まず、私は君たち全員を呼んだわけじゃない。あんなに大量のデジヴァイスとパートナーを私は用意しきれない。」 「じゃあ誰が!」 「管理者の誰かが呼んだんじゃないかな、他の子達は。それとも三大天使か、四聖獣か、四大竜か。それは知らない。」 「そんな無責任な…第一、問題があるならそっちで解決すればいいだろ!何で俺たちを巻き込むんだ!!?」 「言わなかったかな、さっきも。私が全てを為してしまえば、変化は訪れない。それに、君たちにだってあったでしょ?こっちに来て良い事が。」 「良い事って…」 俺の脳裏に浮かぶのは、仲間たちの顔。 特に、日影とセヨンの顔だった。 クソ…反論できない…。デジタルワールドに来なければ、みんなと、二人と出会うことなんてなかっただろう事は…確かだ。 ───────── なんだか語気を削がれてしまって、俺は大人しくアポトーシスの話の続きを聞くことにした。 「次に…これが君をこの部屋に呼んだ理由でもあるんだけれど…君は選ばれていない。君は自分からデジタルワールドに踏み入ったことになる。少なくとも私たちから見れば、ね。」 「なっ…どう言うことだよ!?」 俺は戸惑いのままに声をあげる。 「どういうこともなにも…君は選ばれていない。むしろ、自分から選んだんだ。」 「選んだって…別に俺は何も…。あの時クロスローダーを触ってたら突然吸い込まれて…!」 「君はもっと前に、デジタルワールドに関わることを選んでいるよ。」 もっと前…そうか、ソーラーモンを直した時か… 「そして、それが君の罪でもある。」 「罪…?俺はデジタルワールドに関わっちゃいけなかったって事…?」 「君を咎めないよ。私は裁く者ではないから。」 彼女は先ほどよりも優しげな声色で言った。 正直、いきなり罪人呼ばわりされても実感ないし…咎めないとか言われても全然嬉しくないな… 「けれど、責任を果たす必要はある。貴方は償わなければならない、その罪を。」 アポトーシスは立ち上がり、こちらに指をさす。 「弦巻昌宏。このアポトーシスが貴方を"選び"、使命を与える。それを全うした時、酬いとして、君がリアルワールドへ帰れるよう、計らおう。」 「使命って…?」 「拡大し続ける悪を間引く事。それが君の罪を濯ぐ事にもなる。」 「間引く…倒すとか滅ぼすじゃないんですか?」 「悪は滅ぼす事はできない。仮に全ての悪を消滅させれば、正義が悪になる。世界には善と悪が常に必要。デジタルワールドにも、君の世界にも、ね。」 アポトーシスは再び椅子に座る。 「デジモンイレイザーと、その配下。それらを間引いてもらうよ、君には。」 デジモンイレイザー。今までの冒険で何度か聞いた名だ。 「私は悪を裁かない。けれど…デジモンイレイザーは増えすぎた。善と悪のバランスは崩れてはいけない。できるね?弦巻昌宏。」 間引くって表現は気になるけど…やってやる。 「わかった。その使命、果たして見せる」 そう答えると、アポトーシスは笑った。 「よし。たった今から、選ばれし子供だよ、君は。」 選ばれし子供か…まぁ、悪くない響きかも。 「ついては…君にプレゼントだ。右手を。」 言われて見てみると、俺の右手になにか円盤状のものが握られていた。いつの間に…と言いたいところだけど、さっきからこんなことばかり。もう大して驚かない。 「これは?」 「それは展開器。胸に当ててごらん。」 言われた通りにすると、そこから広がった薄い膜のようなものが俺の全身を覆う。 それはぴたりと肌に張り付いていて…ん? 「下の服消えてる!?」 「書き換えているんだよ。服のデータを。捻って外してごらん、元の姿に戻れる。」 これまた言われた通りにしてみると、一瞬でその薄い膜は消え、俺は元の服装に戻っていた。 「すげぇ…どう言う構造なんだろうこれ…」 分解欲がウズウズと湧き上がってくる。 「解析しようとしても無駄だよ。それは私が造った物だから。装着すれば外からのあらゆる干渉を無効化する。君は面白い変化をしたメカノリモンによく乗っているから、それを助けるように造った。これを着ていれば、快適に戦えるはず。」 実際スタークメカノリモンの乗り心地は最悪と言って良い。Gが強すぎて何回吐きそうになって、何回気絶したことか。その衝撃を無くしてくれるなら、確かに快適に戦える。 …俺がどうやって戦ってるかも知ってるんだな。 「たとえギュプト粒子砲に撃ち抜かれようが、アルティメットフレアに晒されようが、エターナルダークメアを喰らおうが、そのスーツは概念的に君の体を守る。」 何言ってるのかよくわからないけど…俺が直接デジモンの必殺技喰らう事想定してる…? 「あの…そこまでするのってちょっとやりすぎなんじゃ…」 「私は力の加減ができないんだ、あまりね。だから直接の介入はしたくない。これで理解してくれたかな?」 「えっと…あー…はい。」 「よかった。じゃあ、君はそろそろ帰る時間だ。君の起こす変化、興味深く見ているよ。それがどの世界、いずれのマルチバース、いかなるオムニバースだとしてもね。」 アポトーシスは手を振った。すると辺りが急に白く眩しくなり出して、俺は思わず目をつぶった。 ───────── 「まぶし───────!あれ…?」 次に目を開くと、俺はいつものようにキャンプで寝ているところだった。 「さっきのは夢・・・・じゃ…ないみたいだな…」 俺の右手には、アポトーシスから受け取った展開器が、確かに握られていた。