大地を支える岩盤のように鍛え抜かれた肉体、常人の遥か高みを目指す巨躯が、これほどまでに脆く、雌伏の苦しみを孕んでいるとは誰も思うまい。​オブシディウスを形容する言葉はすなわち雄を意味する。丸太のような腕、硬質の毛皮、そしてブ厚い胸板。自らの生に誇りを持ち、知性あるヒトとして社会に溶け込み、ヒーローとして崇高に生きている。 だが、月に一度、逃れられない「義務」が雄牛を奈落へと突き落とすのだ。​体内に溜まりゆく生命の余剰。これを排出せねば、オブシディウスの強靭な体は熱に浮かされ、病に伏すことになるだろう。種族特有の忌まわしい生理だ。雄牛は重い足取りで、無機質な搾乳室へと向かった。そこにあるのは、冷徹なガラスの輝きを放つ搾乳機。理性をもつ人類として、これほど屈辱的な装置が他にあるだろうか。ノロノロとした手付きで、一糸纏わぬ姿となったオブシディウス。だらりと垂れ下がった男性器が、己の意に反して…いや、期待にピクリと反応してしまうのが恨めしい。立ち上がりかけた男根を極力無視して、乳首、性器を消毒した雄牛は、専用の器具を取り付けた。3つの吸引器をぶら下げた、馬鹿みたいな格好だ。腹立ち紛れに、どかりと検診台に体を預けた。 程なく、​拘束具が雄牛の四肢を固定する。自動的に、オブシディウスの太腿が大きく割り開かれた。中心に聳える肉竿をつつむようにゴム製の内膜がひたり、と男性器へ張り付き、ジュッポ、ジュッポという機械的なリズムで脈動する。手で扱き上げるのに比べてしまえば格段に劣ると言わざるを得ないゆるゆるとした刺激が、かえって性交を思わせる。透明な筒のなかでゴムを纏った生殖器が次第に嵩を増し、内筒を赤黒く埋めていた。あいつに挿入した時もこんな感じだったのか、時間をかけて慣らした入り口をブチ抜いて、ナカの良いところをゴリゴリ擦り上げて、肚が膨れるまで注ぎ込んでやった。 重なる妄想につい腰を振りそうになって、雄牛は我に返る。こんな機械仕掛けに…オブシディウスの筋力をもってすれば、こんな戒め、一息に引き千切ることも容易い。だが、そうすればヒトとしてのオブシディウスは死ぬ。生きるために、雄牛はこの機械に身を委ねるしかないのだ。 ​「……くそっ」 口をついた罵詈は誰に届くでもなく霧散した。​装置が作動し、冷たい吸盤が胸に吸い付く。鋭い痛みが走るが、それもほんの一瞬のことだ。すぐに、心臓の鼓動よりも力強く、そして執拗なリズムの吸引が始まる。内側からオブシディウスの生命そのものが強引に引き摺り出されていく感覚が走った。​恐ろしいのは、その痛みではない。その後にやってくる、抗い難い快楽だ。 ​自分の命の一部が、不要な余剰として、あるいは、他者への糧として体外へ流れ出ていく。それは、獣としての本能が最も渇望する分かち合いの法悦。理性が「これは辱めだ」と叫んでいる一方で、雄牛の脊髄は、絞り出される感覚に震えるような歓喜を覚えている。 ​「ぅモ……ォモ゙ぉォぉ……ッ!」 ​喉を突いて出るのは、高潔なヒーローの言葉ではない。野性の、獣の咆哮だ。突起から生命の雫が搾り出されるたびに、思考が白く濁っていく。自分が偉大な探求者であることも、知識人であることも忘れ、ただ「乳を出す家畜」へと堕ちていくような錯覚。機械の振動が、オブシディウスの強固な自尊心に罅を挿れ、代わりにどろりとした甘美な恥辱を重ねていく。​この巨大な筋肉は何のためにあるのか。未知を既知に変え、世界にも屈しないための力ではなかったのか。 それが今では、ただの機械によって翻弄され、情けなく身悶えし、あろうことかその強制的な奉仕に悦びを感じてしまっている。オブシディウスの意志とは無関係に、体は生命を絞り出される快感に流され、汗ばみ、熱く疼いてしまっていた。 「うがァッッ!いっ!イクぞぉッ!!も゛ぉォォォォッッッッッ!!!!!!」 ​終わった後の静寂は、死よりも冷たい。機械から解放された後、床に膝をつき、荒い息をつきながら自分の姿を省みる。そこにあるのは、ただの満足げな「獣」の残滓だ。オブシディウスは再び服を着る。眼鏡をかける。知的な市民、高潔で頼りがいのあるヒーローとしての顔を作る。だが、胸の奥には消えない恥辱が泥のようにこびりついていた。 来月もまた、雄牛はこの快楽という名の地獄へ自ら歩み寄らねばならない。​理性の仮面の下で、オブシディウスはいつも怯えていた。いつか、この儀式の最中に、雄牛の理性は完全に壊れ、二度と「人間」に戻れなくなってしまうのではないかという恐怖に。汗ばむ身体に、ぬるりとした違和感が静かにオブシディウスの心臓を握る。 刹那、脳裏に浮かんだ顔が助けになるのか、今は誰も分からなかった。