ハルノ=レノレヴィン&ハチロー怪文書  サカエトル王都警察、王都の治安維持を目的に組織されたと思われる警察組織である。  ハルノ=レノレヴィン、ルーツを東方に持つ陰陽使いであり交通安全課課長を務める。  元は王都付近を勢力圏とする暴走グループのヘッドであったが当時の警察と全面衝突して敗北、自身が警察権力に下ることでチームメンバーの免責させた過去を持つ。  ハチロー、個体識別名称「衛府慶八郎」ハルノの駆る火車である。  ハルノのハチロクをぶっ壊したせいでボコボコにされた結果、今の形に収まった。  本日はこの二人の出会いのお話。 【ぬとだけんのコーナー】  王都にも年の瀬迫ってきた。  冬の交通安全運動の時期である。  点数稼ぎなどと揶揄されるがそれはそれ、飲んだら乗るなも守れない悪い奴らや単純に悪い奴らは監視する。  ハルノは今日も広場に陣を張り夜間パトロールの指揮をしている。   「オペ子~餅が焼けたぞ~食うか~?」 「ありがとうございます課長。いただきます。はふっおいし」 「暇な夜はデカ火鉢で餅焼くくらいしか楽しみがないよな。平和なのはいいことなんだろうけど」 「そうですね、ちょっと眠くなりそう…あ、ユーリエ・スレイ組が職質入りました。」 「そうかそうか、首尾はどんなもんだい」 「…彼氏が売人やってたみたいです。」 「あー…アイツもなんかツイてないね…」 「えぇ、本当に…」 「近くに仲間がいるかもしれないから増援を回しておきな」 「了解しました」  オフェリア=ストランド、通称オペ子。  交通安全課オペレーターである。  電子ハッカーたるリーゼロッテ=ホフアイゼンが「掴んで弄る」専門家であるとすれば、彼女は「流し送る」専門家である。  正しい情報を正しい場所へ送り届ける、広域作戦における指揮の要と言える。  魔術で再現した都内の地図に情報を表示し捌く。  周囲の位置情報と状況を精査してきぱきと処理していく。 「3分くらいで組織的対処可能な人員が揃います。課長も行きますか?」 「いや、そこまでは要らんだろう。おつかれさん」  盤面から少し目を離したオフェリアが急いで向き直る。 「何か来ます!西側山道方面からすごいスピードで!」 「落ち着きな、こっちで対処しても良いタイプのモンかい?」 「…大丈夫です、これはたぶんクルマ…識別はインフェルニャアン種、猫ですね」 「原産地はセーブナの方のやつじゃないか。誰だそんな性悪捕まえてきたやつらは」 「バリバリ法定速度違反ですね」 「スレイは…ダメンズの方か。ワルキューレは?」 「逆サイドですね、ちょっと遠いです」 「仕方ないね、アタシが出るか」 「いくらハチローちゃんでも馬力が違いすぎませんか?」 「だから追いかけない。コース上の人員を動かしてこのポイントに誘導、ラインがクロスするところで停める」 「了解しました。うまくいきますかね?」 「いくとも。あっちは大方楽しく運転したいだけでぶつけたいわけじゃない」 「了解です。道に車両を並べて誘導路を作ります。お気をつけて」 「オッケー、いってくるわ」  火鉢の前に陣取り丸くなっていた愛猫は出動の気配を感じたのか、軽く伸びをして主人を待っている。 「よし、じゃあ行くか、ハチロー」  三又に分かれた尾に火が着き、大きく逆巻く炎の中から大きな車体が姿を現した。  衛府慶八郎、強靭な前肢を持つ火車、ハルノがインカムとグローブを付けて乗り込む。  炎をひと吹きして軽快に走り出した。  狭い路地を縫うように加速して駆け抜ける。  通れない幅の道は建物の壁を走り進む。  オフェリアからの地図情報が車内に共有され、ターゲットとの距離感を把握できる。 「やっぱ真っすぐは早いねぇ…流石セーブナマッスル。コーナリングはちょっとぎこちないか、ソリは今一歩ってところだな」  角度や切れ目をつけるようにバリケードを設置し、そちらに曲げていく。  交通課の連携の賜物である。 「よしよし、みんないい仕事だ。次の交差点、上から仕掛けるぞハチロー、気張れよぉ!」  交差点出口付近の縁石に乗り上げ、飛び上がりながら車体を捻る。 「降りろ!天幕大師!」  三次元方向のすれ違い様に符が展開し、ターゲットを包み込む。  車体がホールドされたことで制御を失い、白煙を上げて路面を回転しながら停止した。 「さてさて、現行犯逮捕だ。天下のサカエトルで暴走なんてアタシが許すかよ」  ハチローから降りたハルノが式を解き、下手人に迫る。 「痛っつ~…いきなりなんだよ!」 「おう、兄ちゃん。なんだよとはご挨拶だな。自分が何してたのかわかってんのかい」 「あ?」 「あぁっ!!!?」 「スイマセン…」  ハルノが車体を見やり、もう一度話しかける。 「大方、峠で走ってきたんだろ。こんなことするくらいだから負けてきたな?」 「わかるんスか?」 「この子のボディにまだ草だか葉っぱだかの跡がついてるからよ」 「まぁ…手痛くちぎられまして…」 「悔しいのはわかる。でも市内で鬱憤晴らすのはちょっと違うと思わないかい」  過去を考えれば異次元の棚の上げ方ではあるが正論である。  運転手は閉口する。 「相手のホームに乗り込むんだ。そういう時は準備をちゃんとするんだよ。明るい時からコース見て回って、流してみて」 「でもいきなり現れてかっちょよく倒していくの、よくないですか?」 「そんなのはかっこいい通りこして不気味だよ。地道にやんのさ。あともうちょっとこの子のことを理解してやんな」 「理解?」 「硬い鎧をまとって爆音を轟かせていたところでこの子らは生き物さ。信頼関係が大切なんだよ」  そろそろと近づいてきたハチローの元まで行き腰を預ける。 「どこまで攻められるか、互いを労わる。こういう生き物に乗るってのはそういうことさ」 「…俺はどうなるんですか?」 「今のところ誰か轢いたりしたわけじゃないからねえ。良くて罰金、悪けりゃ短めの懲役ってとこかね」 「こいつはどうなるんですか?」 「心配すんな、こっちでちゃんと世話して預かっとくよ」 「よろしく…お願いします」  インカムでオフェリアに連行処理を依頼する。  まもなく到着した別の婦警に運転手は連行されていった。  インフェルニャアンもそれについていく形で警察署へ向かっていった。 「許可は出てるんだからスケィスの兄貴の方も早くストリートデザインのサーキット作ればいいのにな。レギュレーションの方が難儀ってとこか」  早く戻ろうと軽くふかした愛車を撫で、乗り込む。  行きとはうって変わって安全運転で本部へアクセルを踏む。 「戻ったぜ~」 「お疲れ様です課長、それにハチローちゃんも」  オフェリアが上司には温かいお茶、猫にはちゅーるを出す。 「おう、ありがとオベ子。ハチローも良かったなおやつ貰えて」  飼い主の言葉に耳を貸さず、猫は一心不乱にちゅーるをむさぼる。 「そういえば課長。ハチローちゃんはその、普通の猫と同じもの食べてもいいんですか?モービル種は餌から違うって聞きますよ」 「まぁそりゃ、普通の猫だからだろ」 「はい?車両形態への変身能力がある種族とかでなく?」 「こいつはアタシが改造したのさ、いやするしかなかったというべきか」 「イマイチお話が飲み込めないのですが…?」  疑問符が取れない部下と都市の盤面とを交互に見て、少し思案した後ハルノが口を開く。 「状況も落ち着いてきたし、少し昔話でもしてみるか」  茶をすすりながらハルノはゆっくりと話し始めた。 -13年ほど前-   「そういうわけで今日はふけるんでヨロシク!いや、直帰ってやつかな」 「ちょっとハルノ!」  同僚に声を掛けられながら八六式高機動車のキーを指先で回して課を後にする女が一人。  ハルノ=レノレヴィン、29歳、二児の母の姿である。 「おい、ハルノ、まだ仕事中じゃねえのか?」 「おっ、サブさんじゃないっすか。ちょっとこれで巡回出てそのままチビども迎えに行こうかなと」 「サブ「ラウ」さんな!ちゃんと呼べ。これがガキふたりの母ちゃんだってんだから世の中わかんねえよ」  呼び止めた男の名はサブラウ、王都警察のベテラン刑事。  何やら複雑な事件を追っているとのウワサ。 「誉めても何も出ませんぜぇへへへ」 「誉めてねえよ阿呆。しっかし今日はいつにも増してニヤニヤしてるじゃねえか」 「わかります?週末久しぶりに旦那と出かけるんですよ、二人で」 「チビどもはどうすんだよ」 「うちの実家に預けます。ばーちゃん達がいいもんたらふく食わせてくれる予定」 「まぁそれなら安心っちゃ安心か。まぁ気を付けていってこいよ」 「了解でーす」  軽く敬礼をしてサブラウと別れる。  道すがら不審者や薬物中毒者を二、三人検挙してからお迎えをして帰った。 旅行当日 ハルノ実家前 「それじゃあ母ちゃん、二人のこと頼んだよ」 「はいよ、夫婦水入らずしておいで、クルマに気を付けて」 「タク!アキ!ばあちゃんの言うことちゃんと聞くんだぞ!」 「「はーい」」  自家用のハチロクを駆り、出かける。  サカエトル近郊の山には龍脈の影響か温泉地と化している観光地がある。  山沿いのワインデイングロードはその景色もさることながら気持ちよく走れるところから何かに乗るものにも大人気である。  旦那とはその旅館で現地合流する予定なので、しばらくヒルクライムを気持ちよく楽しんだ。 「ふぅ…ここもあんまり変わってねえな。でもなんだ、クルマが少ないな」  駐車場にハチロクを停めて旅館まで歩いていく。   「あ!姐さん!お久しぶりです!」  巨躯の男が話しかけてくる。  どことなく魔族の混ざったような風貌である。 「おう、久しぶりだなカツ。嫁さんと子供も元気か?」 「おかげさまで、ぼちぼち生活できてます」 「そいつはよかった」  カツ、本名カツノシン、ハルノがブイブイ言わせていたころのメンバーの一人である。  魔族とのハーフであり、周囲との軋轢を生んでいた過去を持つ。  たまたま道で会ったハルノに喧嘩を売り、しめられてチームに迎えられた。  チーム解散宣言後はこの山を開墾し、自身で旅館を持つに至った。  ハルノファミリー御用達の宿である。 「兄貴はまだ来てませんぜ」 「まぁ遠いからな。夜までに合流できればいいんだ」 「へへっ、そいつはお楽しみですね」 「ああ、楽しみさ。二人でつるんで走るのは最高だね」  カツが何かに気が付いたようにハルノのクルマの方を見やる。 「ん?どうしたカツ?」 「いっけね、看板出すの忘れてた!姐さんすぐにクルマを奥に動かしてくだ…」  カツが言い終わるのを待たず、何かの気配が急速に接近してくるのをハルノは感じた。 「なんだ?何か来るぞ?」 「あわわわ」  咄嗟に構えを取るハルノとうろたえるカツ。  気配は両人の間をすり抜けて真っすぐハチロクに向かっていった。  何かがつぶれるような音があたりに響いた。 「は…?はあっ!??」  ハルノ自慢のハチロクがつぶれている。  何かに巻き込まれたのではなく、その駐車スペースのみをピンポイントで押しつぶしている。 「ど、どこのどいつだ…こんなこと…」 「最近急に出始めたんですよ、何かの魔獣みたいで…」  プルプルと震えるハルノに対してなだめるようにカツが説明をする。 「魔獣だぁ!?クルマ潰せるレベルのやつがいるってのか?」 「本当に最近出始めたんですよ…いままでそんなことなかったのに…」 「はぁ…少し落ち着いたわ。しかし許せん…旦那もクルマでくるんだ、放ってはおけんわな」  ハルノが懐から符を何枚か取り出し構える。 「起きろ、一番から六番、六合走狗」  符がパタパタと折りたたまれて犬の前半身を形作る。  六枚がハチロクの周りを旋回して一方向を向いてぴたりと止まる。   「よし、追っていけ、接敵はするなよ。範囲を絞り込んだら一番から三番は戻ってこい」  術者の命令を聞くと先ほどの方角へ符が飛び出していった。 「さて、カツ。悪いんだけど飯を用意してくれ、精のつくやつな」 「は、はあ…」 「あと風呂ももらうぞ」  ハルノはそういうと早足で旅館の奥に入っていった。  龍脈の効果で発生する温泉は多分に魔力を含む  普通に浸かっている分には肩こり、腰痛、リウマチなどの改善に効果がある。  術者による精製、儀式的沐浴をすることにより効率的に魔力を吸収して実力を底上げすることができる。 「ったく、こんな予定じゃなかったのによぉ…」  襦袢を着たハルノが湯船の淵に術式を配置し沐浴する。  わずかに水面が脈打ち、光が身体に吸収されていく。  頃合いを見て湯から上がり、儀式道具をしまう。  服装を整えて、食堂へ向かった。 「お、うまそうにできてるじゃないか。ありがとな、カツ」 「ありものでスンマセン…」  カレー、人類の叡智の結晶。  山で取れる獣の肉を使用し、どこかワイルドな味を内包した複雑なスパイスのハーモニー。  ナンも良いがここはコメでいただく。  今年のコメトレルデは豊作で程度の良いモノが手ごろに流通している。  口に運ぶたび、その次、その次と匙の動きが止められない。 「美味い…。こりゃ何杯でも行けるわ」 「お褒めにあずかり光栄っす」  大盛りを二杯平らげ一息をつく。 「カツ、これまでにアレの被害はいつぐらいからだ?」 「ここ2週間くらいですよ。乗りもので来るお客さんにちょっかいかける感じのやつが出始めまして、でもクルマ潰すようなのは今回が初めてっすね」 「なんか引っかかるな、このテのやつがエスカレートしていくにはもう少し時間がかかるはずだ」 「そういうもんなんすか」 「大きな事故が起こる時はその下に中くらいのやらかし、さらに下に小さなやらかしがたくさん積み重なってるもんよ。これはその過程が速すぎやしねえかって思うワケ」  ハルノが持論を述べたところで偵察に出した符が還ってきた。 「おっと、帰ってきたか。んじゃ、ぼちぼち行ってくるぜ」 「でも姐さんのハチロクぶっ潰れてたじゃないですか。どうするんですか?」 「まあ見てなって」  二人は駐車場までやってきた。  ハルノが車に式を設置する。 「盤木八幡!」    破壊されたボディを補うように符と式が広がり元の車体を形作る。   「おおっ!これで楽に捕まえられますね!」 「そうともいかんのよ。本来の使い方はこんなんじゃないし、エンジン動かすのはアタシの魔力と来たもんだ。パワーがあればあるほどこっちに返ってくる負担もデカい」 「だからたらふくメシ食ってたんですね。でもそんなに急いで対処するもんですか?今のところ人は襲っていませんし」 「さっきも言ったろ、被害のエスカレートが早いんだよ。今でコレなら次はどうなるかわからん。ここで仕留めないと」  リペアされたハチロクに乗り、気を整える。  エンジンが回り、いいサウンドが上がる。  荒々しくサイドターンして軽く肩を上げ下げする。 「よし、思いのほか動きそうだな。じゃあ…飛ばすぜ!!」  三枚の犬型の符を伴って勢いよく走り出していった。  山道をエンジン音高らかに登っていく。  絶景ポイントではあるがハルノの目には路面しか映らない。  ちょうど下り坂に差し掛かろうとしたあたりで対象に近づいた反応を符が告げた。  ハチロクを路肩に停め、符に指示を送る。 「一番は対向車がないか先行、二番三番は他と合流して道まで召し出せ!」  ここからのダウンヒルで追い込む腹だ。  森の動きに神経を集中して機を待つ。  近くで茂みをかき分ける音がする。   「きたきたきたぁっ!」  後輪が少し空転したが概ね良いトラクションで走り始める。  茂みから飛び出してきた魔獣をとらえ、その後ろに着く。  先ほどとらえられなかった敵の全容は、その姿のみであるが明らかとなった。  全身が燃える魔獣、種類までは判別できない。  相手の方がトップスピードは速いがコーナリングで追いつき、相手がバランスを崩すところで攻撃を加える。  五匹の猟犬が円を描きながら魔獣に突撃する。  それを立体的な動きでいなし、かわし、一匹は前肢で引き裂き叩き落した。 「なかなかやるじゃないの」    集中しているせいかハルノの口数が少なくなってきた。  コーナーを二、三通過したが未だ捕捉すること能わず。  こちらの駒は半数が落とされた。  ハルノに決断の時が迫る。  ワインデイングから抜けての全開区間、少し離されるが目いっぱいのレイトブレーキングでアウトから対象を抜き前に出る。  そのまま後輪をスライドさせ相手の侵入経路を封鎖、別の命令を下していた一基を合わせて三方向から攻撃を浴びせた。  一つかわし、二つかわし、三つ目が直撃しバランスを崩して転がる。 「うっし!」  直撃を確認したハルノは前方に視線を移したが、そこには対向車の姿があった。 「うおあっとっと、ぐおっ」  思い切り壁側にハンドルを切り壁にぶつける形で停車する。  チラリと見やった対向車は多少崩れたがそのまま無事に通り過ぎて行った。 「痛って…」  運転席から這い出して来ると膝がおぼつかない。  思いのほか車体の操作に魔力を使ってしまい切れかかっているようだ。  ターゲットはと言えば、既に体勢を立て直してたたずんでいる。  逃げる気配はない。 『こいつを倒せなければこの先はない』  そのような覚悟をにじませているようだった。 「なかなか気骨のあるヤツじゃないか。嫌いじゃないよ」  にやりと笑ったハルノがゆっくりと近づいてくる。  魔獣は放たれた矢のように接近し、強靭な前肢で攻撃を仕掛けた。 「アタシはこっちの方が得意でね」  カウンターの拳が顎に入る。  人間であるならばこの一撃でダウンだがそこは魔獣、首の筋肉と硬い骨格で威力を減衰させる。  同じような攻防が数度続く。  ハルノが優勢なようだが、避けきれなければ容易に逆転されるのでかわし続けるしかない。  先ほどとは反対の展開の中で何かの意識がハルノの頭に流れ込み始める。 「これはなんだ…悲しみか?痛みか?泉質のせいか感応性まで上がってやがる」  ふと気づいた。  先ほど符が直撃した部分からの出血は認められるがそれ以外にも全身からにじみ出るような出血がある。  東方には血のような汗を出し走る馬がいるが、これはその類ではないだろう。  段階的な被害の拡大がない現状、全身からの出血、二点を無理やりつなげて流れ込む意識の色で括る。 「はぁ…ったく仕方ねえな…」  広くスタンスを取り、受け止めるような構えを取る。  足で術式を書き、手には符を複数枚準備する。  魔獣の突撃に合わせて壁のように符を展開し、力の減衰を図る。  壁が一枚、二枚と切り裂かれていく。  最後の壁をはぎ取ったとき、目の前には既に敵の姿はなかった。   「こっちだよぉっ!!」  直上に跳び上がったハルノが下に向けて叫ぶ。  結んだ印により結界が発動し魔獣を地面に押さえつけた。 「おとなしくしてな。今、痛いの治してやるからよ」  魔獣の頭に優しく手を当て病状を見極める。  自身の付けた傷、殴打した部分は符を当てて塞ぎ補う。   「あー…心臓か。そりゃ苦しかったろうな。身体に走るパワーを通すにはこの大きさじゃ辛いわな」  力の流れを外部にバイパスして散らしながら、どのように治していくかを思案する。  現状、この魔獣の身体はハチロクより少し小さいくらい。  手から伝わる心臓の大きさを鑑みる、本当の姿は腕に収まるくらいだろう。   「…よし、今は頭もはっきりしないだろうがちょっと聞いてくれ。いや言葉はわからんか」  魔獣の頭を両手でつかみ、眼を見るようにして話しかける。 「お前、すごいな。久しぶりにヒヤヒヤするバトルができたよ。  走狗を叩き落した一撃、あれはイカしてた。  …これは提案なんだけどよ、アタシの足にならないか?」  無論、この言葉がそのまま魔獣に伝わっているということはない。  眼を見て信頼を、言葉の強さから尊敬を、それらを以て、今目の前にいる人間の真意を読み取る。  身体は痛み、それが思考を蝕んでも、この人間のことを信頼してもいいと本能が告げている。  濁った眼が光を取り戻し、まっすぐに人間を見つめる。 「OK、ハラは決まったみたいだな」  ハルノが交通整理用の符を飛ばし、人を払って、準備に移る。  まず結界術式を取り押さえるものから治癒するものに完全にシフトする。  手持ちの呪符をすべて出し、魔獣の身体に張り付けていく。  星の印を切って詠唱を始めた。  四方清浄 天に向かい 地に立つ 我が同胞よ  汝に新たな形 名 生命を与える 「…あれ、名前どうしよう。考えてなかったわ…」  そこ?という顔を魔獣が向けてくる。  唸るハルノの脳裏に、遠き日、祖父に聞いた英雄譚が蘇る。  其は船を割き、海も割き、名をはせたという剛腕の英雄。 「決めた!八郎!お前の名前はハチローだ!!」  術式が起動し 身体を覆う。  まず心臓の補強、張り裂けそうな部分を継ぎはぎし、形態に合わせて伸縮するように調整する。  血管系の口径を広げ、血管壁を強くしエネルギーの流れに耐えられるようにする。  尾を三本に増やし、余剰分をそちらに流すことで体内にため込まない仕組みを作った。  骨格は拡張し、搭乗できるように設定、四肢には車輪を生やし取り回しを強化。    かくして魔獣は新生した。  名を衛府慶八郎、王都を守護する車輪の獣、火車としてその存在を位置づけた。 「似合ってるじゃないかハチロー、もとに戻る時はまあ、なんとなくそう考えればいい」  ハチローはと言えば、了承はしたもののうまく事態が飲み込めずあたふたしている。  少し気を抜いたところで身体から炎が噴出し、身体が縮んでいった。 「なんだいお前、そんな可愛いナリだったのかい」    先ほどの姿からは想像もつかない、ただの猫。  変性するより前はこの姿であったと思われる。  三本に増えた尻尾に落ち着かないが、痛みはすでになく、自身を駆り立てるような滾りも内にはない。  疲れきったようにその場に丸くなった。 「おいおい…。まぁ疲れたよな。アタシも疲れた。帰ろうか、一緒に」  大破したハチロクには後日回収する旨を書き、猫を抱いて徒歩で宿まで戻ることにした。  数時間後、日も落ちかけたところで這う這うの体で旅館までたどり着いた。  姿を見つけたカツが急いで駆けつけてくる。 「姐さん!大丈夫ですか!ボロボロじゃないですか!」 「おう、まぁでもなんとかなったよ。ヤツは燃え尽きた」 「お疲れ様です!…その猫はどうしたんですか?」 「帰ってくる途中で拾った。ほっとけなくてな、連れてきたってワケ」 「はぁ…?」  奥から歩いてきた旦那を発見し、早足で近寄る。 「悪いね、アンタ。ハチロクはもうありゃダメだ。  今日はつるんで走れなくてごめんよ。それとさ、猫飼っていいかな?」    旦那は言葉なくゆっくりとうなずいた。  屈託ない笑顔を見せるハルノ、傷も疲れも感じさせず、新婚当時のように奥の客室まで歩いて行った。 「はぁ、百鬼夜行のお晴が骨抜きだよ。ちょっと前までじゃ考えられねえな…」  惚気に当てられたカツの嘆息が旅館の廊下に残っていた。 数日後  ところは同じくハルノの舎弟、カツが経営する温泉旅館。 「あれ、姐さん、何か忘れ物ですかい?」 「あぁ、そんなもんだな」  制服を着たハルノが神妙な顔で立っていた。 「この前のハチロクをいい加減回収しないといけないからな」 「そうっすね。帰りにまた来てくださいよ、メシ作っときますよ」 「いや、そっちはもうレッカーに回してきたんだ。」 「なんだ、じゃあこれでちゃちゃっと…」 「カツ、ちょっといいか?」  カツの言葉を遮って重い口調で続ける。 「お前、アタシに何か隠してることないか?」 「なんです藪から棒に、何もないですよ」 「わかった。じゃあ少し、アタシの話を聞いてくれ」  神妙な面持ちはどこか悲しさを持ったものに変わった。 「この前の魔獣な、あれ実は討伐してない」 「え?」 「応急処置をして王都の動物病院まで連れて行った。」 「はぁ…」  旅館の入り口にある談話スペースに腰掛けて話を続ける。 「今回の事件な、前も話した通り期間が短すぎるんだよ。アレの成長速度は人為的な部分が感じられた。  それで今日ハチロクの回収がてらこの山を捜査させてもらった。」 「魔獣の出てきた場所からその軌跡を追っていくと水場にたどり着いてな。  凄惨だったよ、いろんなものの欠片がゴロゴロしてた。魔獣同士で争った形跡だろうさ。  その水場を調べたら微量ながらコイツと同じ成分が見つかった。」  ハルノが備え付けの新聞を指差す。  見出しには「王都の麻薬密売グループ検挙」とある。 「麻薬…?」 「鬼人薬、最近王都で出回ってるクスリだ。周囲に存在する魔力の残滓を吸収する。  反社どもが下部組織に流したりすることもある」 「いや、それがなんだって…」 「ここの温泉は魔力をたくさん含んじゃいるが、それは抽出して取り込まないと効力を発揮しない。  でもな、このクスリが山に住む動物たちの水場に落ちたりしたらどうだ。  飲んだら際限なく魔力を取り込み動物は魔獣化して暴走を始める。  アレはそうなった奴らの中で勝ち残った一匹なんだろう」  一呼吸置いたハルノがカツに再度問う。 「もう一度言うぞカツ。何か隠してることはないか?」 「な、何を…俺が姐さんに隠し事なんてするわけないじゃないですか」 「アタシが見つけた水場な、この旅館の裏手だ。林の中にあった。  お前、反社に取引場所を提供してたんじゃないのか?」 「な…あ…」 「アタシ昔から言ってたよな?クスリには手を出すなって。  お前嫁さんも子どももいるのに何やってんだよ全く…」 「姐さんには!!!」 「ん?」 「姐さんには…わからないでしょうね…マッポの犬になっちまった姐さんには…!  旅館は軌道に乗ってうまくいってた。ありがたいことに嫁さんも来てくれた。  子どもも生まれて人生が順風満帆に思えた」 「いいことじゃねえか」 「でも、上手くいけば上手くいくほど…失うのが怖くなった。  停滞が怖くなった。次に次に何かをしていかないと…ずっと…  俺は魔物とヒトのハーフです。どこに行っても悪目立ちするし…」 「そういうところを反社に付け込まれたわけか」 「最初は土地の権利書をチラつかせてきたんです。でも協力すれば金とここの権利を保障するって…」 「あぁ…辛かったな…嫁さんは知ってんのか?」 「いいえ…」 「…今日のところは帰るわ」 「え…?」 「今夜じっくり話し合え、これからどうするかを決めろ。  脅されてたんだし、自首すれば悪いようにはならないだろ。でも明日だ。  明日必ず警察まで来い。そうでなければアタシが直々に地の果てまで追いかけてしょっ引く」 「姐さん…」 「お前が出てくる頃までにアタシはもうちょい偉くなっておく。  そんときには部下連れてまたくるからさ。またメシ作ってくれよ」 「…ありがとうございます」  翌日、カツノシンは自首した。  捜査協力することと状況を鑑み、懲役は免れないだろうが期間は短くて済むだろうとのことだ。 「悪いなハルノ。嫌な役を押し付けちまって」 「いや、いいんすよサブラウさん。自分の舎弟の不手際は自分でカタつけます。  それより当日逮捕しないで帰ってきてすみません。上に取り計らってもらったみたいで」 「まぁ良いってことよ。組織を潰す足掛かりにもなったしな」 「ありがとう…ございます…」  深々と頭を下げるハルノを背に、サブラウは去っていった。  足に何かが触れる感覚がある。  猫が飼い主にすり寄っている。 「慰めてくれんのかいハチロー」  ハチローは念のため動物病院で検査され、ハルノがつくろった術式の再精査も行われた。  まだ日はそれほど経ってはいないが健康状態はすこぶる良好でレノレヴィン家のエンゲル係数を圧迫し始めた。 「違うか、メシだな。よっし、今日も直帰しますかね」  一人と一匹は時に尾と足を触れ合わせながら廊下を歩いて行った。 「ってな話でな…」 「色々あったんですね…たまに課の慰労会で行くところですよねその旅館」 「そうそう」  語り終えたハルノにオフェリアはハチローを撫でながらこたえる。 「やっぱたまに矛盾した気持ちになるよナ。元々は札付きのワルだったのにこんなことしてるなんて」 「いいんじゃないですか?今から何十年先ならいざ知らず。今の社会情勢じゃ仕方ないと思いますよ」 「お前たまにドライなこと言うよな」 「課長は困ってるヒトはほっとけない性質じゃないですか。  それって警察官の資質として大事なことですよ。そういうのがわかってるから皆ついてきてるんです」 「へへ…そうかね…」 「課長が仕事ほっぽり出して早退しても怒らないし、怒っててもさもありなんと思ってくれるし」 「お前ね…」  二人の会話を遮るように緊急信号が入る。 「何事だい?」 「東通りで大規模な喧嘩が発生したみたいです」 「ったく年の瀬だってのに元気だねぇ。数回しな、アタシも出るよ」 「了解しました」  情報伝達を始めるオフェリアの横を抜けて愛猫を抱きかかえる。 「悪いねハチロー。また出入りさ」  少し面倒くさそうな顔をするハチローをひと撫でして地面に離す。 「さて、この前内緒で強化したお前の力を見せてやりな!」  え?という顔をしつつ、炎と駆動音を上げる火車。  火が夜の闇に軌跡を残し、駆け抜けていった。