二次元裏@ふたば

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133747 B25/12/28(日)00:34:01No.1386846373そうだねx1 02:17頃消えます
ある日の午後のことだった。
次のレースまでのトレーニングの方針についてシービーと相談をしていると、彼女の視線がある一点に注がれていることに気づいた。
「ん、どうした?」
「トレーナー、時計変えた?」
何も言わなくても気づいてくれた彼女の目敏さに、ついにやりとしてしまう。手首へと向いた視線の先には、確かに買ったばかりの新しい腕時計があった。
「お、よくわかったな。先週買ったばっかりなんだ」
125/12/28(日)00:34:58No.1386846744そうだねx1
彼女が菊花賞を勝ってから、ちょうど三年が経った。その後も彼女は主要なレースを勝ち続け、共に走ることを愛する友人たちと楽しく競い合っている。
一緒に立てた「ふたりで最高の景色を見る」という誓いを果たせているかと、契約してから事ある毎に自問していたが、今は漸くその約束に恥じない結果を出させてあげられていると、少し自信が持てるようになった。
もちろん、この結果は何よりも彼女の情熱の賜物であることは言うまでもない。けれど、自分の気持ちを決して偽らず、ために今まで指導する立場の人間と度々ぶつかってきたという彼女に、走るのが嫌になったと一度も言わせなかったことは、誇りに思ってよいのではないかと思う。
225/12/28(日)00:35:18No.1386846859そうだねx1
そんなふうに少し自信をつけるうちに、いわゆる自分へのご褒美というものがあってもよいのではないかと、ちょっとした欲望が首をもたげたのだった。ありがたいことにシービーがずっと活躍しているおかげで、給料も大した使い出がなく貯まる一方だった。そういうわけで、前から気になっていたデザインの腕時計を思い切って買ってみたのである。
突き詰めていけば天井知らずに値が上がるこれらの品物の界隈で言えばまだまだお子様の買い物なのだろうが、それでも躊躇いなく普段遣いできるほど安い代物でもなかった。当然、いつもの仕事に行くときに身につけるようなものではないのだが、買ってからも見れば見るほどそのデザインが気に入って、つい着けてきてしまった。
正直に言うと、気づいてほしいし自慢したかったのだ。特に、目の前にいる彼女には。
325/12/28(日)00:37:05No.1386847435そうだねx1
「珍しいね。きみがそういう贅沢してるところ、初めて見るかも」
「かもな。でも、前から憧れてたんだよ。親父もこのブランドの時計を持っててさ。子供の頃に見せてもらったのをずっと覚えてるんだ」
冷たく純一な銀色のケースには、青と黒のベゼルがよく映える。アメコミのヒーローの渾名で呼ばれていると聞いたことがあるが、それだけこの時計は愛着を持たれてきたのだろう。
シンプルで衒いのないデザインだが、それ故にスタイリッシュで、いつまでも見ていられる。この時計に見合う器量が自分にあるだろうかと、時々心配にはなるが。

見せつけるようにわざと手首を出して格好をつけると、彼女は楽しそうに笑ってくれた。滑稽に見えたのか本当に似合っていたのかは知らないが、できれば後者であってほしいところだ。
「おー。かっこいいよ」
「はは。ありがとう」
腕から時計を外すと、彼女は目をくりくりと見開いたまま不思議そうに首を傾げた。あれだけ愛着を持っていた時計をあっさり外してみせたのが不思議なのだろう。
「?」
「トイレのときに着けてくのはなんかな。防水加工はしてあるんだけど」
425/12/28(日)00:37:56No.1386847713そうだねx1
手洗いから戻ってくると、彼女は裏返した時計を不思議そうに見つめていた。その顔のままこちらを見つめられる
「この日付、どこかで見たことある気がするんだよね。でも思い出せなくてさ。
トレーナー、何か知らない?」

駆け抜けた後に残してきたものには興味がないのはいかにも彼女らしいが、ここまで徹底しているとさすがに笑いが漏れた。
「なんだ、忘れちゃったのか」
この時計を選んだ理由を彼女に打ち明けるのは、少しだけ恥ずかしい。
でも、どれだけ自分が彼女を大切に思っているかは、どうしても伝えておきたかった。
「それ、その時計が作られた日付なんだけどさ。シービーが三冠を取った日と同じなんだ」
525/12/28(日)00:38:10No.1386847801そうだねx1
「ある程度高い時計だと、製造年月日を選ばせてくれるんだ。
…せっかくだから、俺の時間はやっぱりこの日から始めたくてさ」
彼女は時計の裏にその日付が刻まれているのを見ると、珍しくかつての日々に想いを馳せるように目を細めた。
「…アタシにとっては、あんまり特別な日じゃないんだ。スタンドいっぱいのお客さんがいるレース場でも、誰も見てない路地裏でも、気持ちよく全力で走れたなら、アタシにとっては同じようにいい日だから。
でも、こんなにきみが喜んでくれると、この日がアタシにとって大切な日だったんじゃないかって思える気がする」
625/12/28(日)00:38:23No.1386847874そうだねx1
彼女の笑顔はたくさん見てきたが、こんなふうに笑う姿は初めて見たかもしれない。昔を思い出して笑う彼女は、いつもよりもほんの少しだけ大人びて見えた。
「後ろは振り向かない主義なんだけどさ。こうやってきみが大事にしてくれるなら、たまには振り返るのも、悪くないかもね」
重ねた年月の分だけ、彼女は大きく、綺麗になっていく。それをいちばん近くで見ていられる幸せを想うと、彼女と出逢えてよかったと心から実感する。
この時計は、そんな時間を刻むために買ったのかもしれない。
「…シービーに買ってもらったようなもんだからな。
こうやってちょっと贅沢できるのも、あのときは嬉しかったなって思えるのも、シービーのおかげだよ」
そんなきみも素敵だ、と日の高いうちから言うには、まだ時間がかかるけれど。
725/12/28(日)00:38:39No.1386847986そうだねx1
彼女にあんなことを言ったからか、家に帰った後もなかなか腕時計を外す気になれなかった。昼間のやりとりで気をよくしてくれたのか、今日はきみの家に行ってもいい、とせっかく言ってくれたのだから、もう少し気の利いたもてなしを考えたほうがいいのだろうけど。
いつの間にか風呂から上がっていた彼女がひょこっと顔を近づけると、シャンプーの匂いが仄かに鼻をくすぐった。
「ずっと見てるね。そんなに好き?」
「ん?ああ。
ごめん、なんか子供みたいだな」
今の自分の姿を想像すると、買ってもらったばかりのおもちゃを食事時も手放さずに叱られる子供の仕草が重なって見えた。
好いた相手のために買った時計なのに当人よりも大事にしていると思われては敵わないから、少し名残惜しい感触を抱きながらも時計をテーブルに置こうとする。すると、彼女の視線もさっきまでの自分と同じように時計に吸い寄せられていることに気づいた。
825/12/28(日)00:38:53No.1386848087そうだねx1
「アタシにも少し貸してくれる?」
もちろん、と答えて差し出された右手に時計を置くと、彼女は腕時計を初めて見たとでも言うような、物珍しそうな眼差しをして指先で時計をつまみ上げた。
「普段は腕時計着けないんだけどね。目の前でそんなにうれしそうにいじられたら、ちょっと気になっちゃってさ」
よく動き回る彼女にとっては、汗をかいたときにベルトが肌に張り付く感触が耐え難いのだろう。それに時間に縛られることは、彼女が一番嫌いそうなことだった。
しかしファッションとしての時計は、彼女のすらりと伸びた手首によく似合うだろうなと思うと、少し惜しい気もするが。
「やっぱり大きいね。全然余っちゃう」
いくらベルトを締めても、男物の時計と彼女の細い手首には指一本が入るほどの隙間ができていた。ケースも彼女の手首から少しはみ出しているが、それが何か腕輪でも着けているように見えて少し可笑しかった。
925/12/28(日)00:39:11No.1386848177そうだねx1
「ふふふっ。ちょっと重たいけど、それがいいんでしょ?」
「まあな。着けてるって感じがするくらいが好きかも」
男の趣味は分からないと言わんばかりにくすくすと笑われるのも、それはそれで楽しい。笑ったままこちらに時計を差し出した彼女の手の下に、自分の手を出した。
だがこちらの手に乗るはずだった時計は、空中でぴたりと静止した。
「シービー?」
彼女の顔を見ると、この後どうするかと迷っているような神妙な表情をしている。だが、それも一瞬のことだった。
「…ふふ」
どうしたものかと思案していた彼女の表情が悪戯っぽい笑みに変わると、時計はもう一度浮き上がった。そしてそのまま、彼女の胸ポケットにすっぽりと収まってしまったのだった。

掌に時計が乗る代わりに、もっと柔らかくて温かいものが膝の上に乗っていた。
「預かっておくよ。
アタシが帰るときに返してあげる」
向かい合った彼女の瞳は、時計よりもっと面白い玩具を見つけたと言わんばかりに輝いていた。
1025/12/28(日)00:39:24No.1386848244そうだねx1
時間を気にして楽しいことに没頭できないのが嫌だから、腕時計は着けたことがない。でも、誰かを待っているひとが時計を見るときの少し切なそうな眼差しは、ちょっと素敵だなと思うときがある。
だから、腕時計を着けるのは煩わしくても、時計を着けているひとを見るのは少し楽しい。きみが時計を買ったと聞いたときも、袖を少し捲って時間を気にする姿はどんなふうに見えるだろうかと、少しだけ楽しみにしていた。
でも、あんなにはしゃぐきみを見たのは初めてかもしれない。アタシが気ままに振る舞う分だけ落ち着いているきみが子供に戻ったように笑うのを見ると、すごく可笑しくて、ちょっぴりだけ悔しくなった。
「アタシ、時計は持たない主義なんだ。楽しいことをしてるときは、時間を忘れていたいからさ」
1125/12/28(日)00:39:36No.1386848307そうだねx1
「アタシといた時間は、遅かった?それとも、早かったかな」
「…あっという間だったよ。目眩がするほどいろんなことがあったけど、全部楽しかった」
アタシと刻んだ時間を大切にしたくて時計を買ったと言われたとき、すごくうれしかった。
でも、あんまりきみが時計ばっかり見るから、少しだけ妬けてきちゃった。
「じゃあさ。
アタシといるときは、時計なんて見ないでよ」

きみの顔を見ていると、きみと過ごした時間の長さを実感する。
こういうことを言った時も、目を逸らさずにアタシを見つめてくれるようになった。
「…時間なんて気にしたくなくなるくらい、楽しませてくれるってことか?」
きみがくすりと笑って、当たり前のように腕の中にアタシを受け入れてくれるようになったのはいつからだっけ。
もう、忘れてしまった。数え切れないくらいこうしてきたから、きみと愛し合うのがずっと前から当たり前だったみたいに思える。
「それと同じくらい、きみもアタシのこと幸せにしてくれてるってことだよ」
1225/12/28(日)00:39:58No.1386848459そうだねx1
時計はまだ返してあげない。
その代わり、アタシの気持ちを受け取ってよ。
アタシと過ごしている間は、時間なんて忘れてアタシのことだけ思っていてほしい。幸せだったなって振り返ったときに、こんなに時間が経っていたんだって驚いてほしい。
「きみの時間をちょうだい。
絶対、いいものにするからさ」
1325/12/28(日)00:40:47No.1386848734そうだねx1
きみを抱きしめると、少し時間が早くなるような気がする。
アタシがその時間を、心から楽しんでいるからだろうか。それともきみの心臓が、ずっとどきどきしてるのが聞こえるからかな。
「とっくに渡してるよ。初めからシービーのための時間なんだけどな」
「ふふふっ。
全部くれるの?」
きっと、どっちも正しい。でももうひとつ、忘れてはいけないことがある。

「…うん。全部あげる。
だから、シービーの時間も少しだけ分けてくれよ」
アタシの時間と、きみの時間。
ふたつを綺麗に混ぜ合わせると、抱えきれないほどの幸せの味がする。
それをふたりで味わっていると、時が経つことなんてすぐに忘れてしまうんだ。
1425/12/28(日)00:41:37No.1386849030そうだねx2
おわり
気まぐれ美人と少しでも同じ時間を過ごしていたいだけの人生だった
1525/12/28(日)00:44:22No.1386849897そうだねx1
シービー沼に溺れたい
1625/12/28(日)00:48:29No.1386851540+
いつものように散歩をしていると、ふと彼の顔を見たくなった。彼の家に行く前に電話を一本入れると、ちょうど今は暇だから一緒に出かけないか、と言われた。
軽い足取りで彼の家の前まで行くと、コートを着た彼が玄関で待っているのに気づく。
もしかしたらあの時計を見ながら、まだ来ないかな、と待っている姿が見られるかもしれないと淡い期待をしていたのだが、その期待に反して彼の左手首に腕時計はなかった。

「あれ、あの時計は?」
そう問うと、彼は少し困ったように笑った。
「シービーといるときはつけないって約束だったろ?」
自分で言ったのに忘れちゃったのか、と言うような微笑みを見ていると、アタシも思わず笑ってしまう。
「…ふふ」
律儀で誠実なのは彼のいいところだ。でももう少し、遊びを覚えてくれたほうがアタシはうれしい。
「出かけるときはいいの。
アタシの見るきみは、素敵なひとでいてほしいからさ」
1725/12/28(日)00:48:47No.1386851654+
アタシがわがままを言ったときに、しょうがないなとくしゃりと笑って叶えてくれるきみの顔が大好きだ。
だから、もっと甘えてもいいかな。
きみに凭れるのは、とても気持ちいい。

左手に煌めく腕時計ときみの顔を見比べていると、口が勝手に動いていた。
「今日のきみ、かっこいいよ」
1825/12/28(日)00:49:25No.1386851948+
おまけ
CBにずるい甘え方されたいだけの人生だった
1925/12/28(日)00:50:42No.1386852447+
2025/12/28(日)00:55:24No.1386854161+
ステゴの育成でステゴやセイちゃんやタイシンと一緒に猫囲んでお昼寝するのいいよね
2125/12/28(日)00:58:59No.1386855295+
気まぐれだけど気に入ったらとことん愛してくれそうでいい
2225/12/28(日)01:07:06No.1386857671+
カラッとしてるかと思いきやアタシを諦めないでよとか言って沼に引きずり込もうとしてくる
2325/12/28(日)01:08:35No.1386858148+
今年のまとめとかないんですか!?
2425/12/28(日)01:14:43No.1386859895+
クレーター
2525/12/28(日)01:29:50No.1386863886+
きしめん
2625/12/28(日)01:31:18No.1386864276+
>今年のまとめとかないんですか!?
まだ何本か出す予定なのでそのときに
2725/12/28(日)01:39:25No.1386866247+
>まだ何本か出す予定なのでそのときに
あと3日でそんなに
2825/12/28(日)01:40:30No.1386866484+
まだ出すの!?
2925/12/28(日)01:45:46No.1386867606+
男性トレーナーとのトレウマスレだと荒らしも湧かないな
3025/12/28(日)01:52:43No.1386869120+
シービーは男に卑しいキャラで定着したな
3125/12/28(日)02:02:40No.1386871094+
ボキャ貧すぎる…


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