1レスもの一覧 ひと屋のカタログ まずはこれを書くんだ。君も履歴書は書いたことあるだろう?無いなら勿論教えるよ。 む、「何故こんなことをさせる?」か……君が売れるために決まってるじゃないか。 君はオークション組とは違うんだ。あっちは黙ってても高額で買われるだけの素質があるが、君のような店売り組は分からない。案外すんなり決まるかもしれないし、売れ残るかとしれない。ならはまず、お客様に自分の……商品のことを知ってもらわないいけないだろ? ……分かったくれたなら、まずは名前からだ。経歴は?特技は?何を頑張ってきた?君が生きてきた全てが、お客様にとって力になるんだ。精一杯考えて、丁寧な字で書くんだよ。明日まででいいからさ。 ……売れないとどうなるかは、想像出来るだろう? 竜崎さんを傷つけたかった 手錠を掛けたその時の、怯えと後悔で潤んだ目が、誰に向けたかも分からない謝罪の言葉が、頭から離れない。 何があった。犯罪被害者になり、その苦しみは理解しているはずだ、何があって、彼は犯罪者になる道を歩んだ。竜崎は机に肘をついて項垂れ、きっと彼の口からは出ない答えを想像するしかなかった。 「おう竜崎……お前さんには、きつい事件だったな」 「筧さん……」 ふらりとやってきた筧が、竜崎の机に缶コーヒーをポンと置く。竜崎は一礼をしてプルタブを引いて、一気に飲み干した。 「お前さんは責務を果たした。それだけのことだ」 「分かっちゃいます。ですが……」 「ですが……なんだ?」 「あいつの目と声を思い出すと、あいつに何があったんだと考えちまうんです」 筧は少し思案顔を見せた後に竜崎の肩に手を置くと、これだけは譲るなと伝える声音で、口を開いた。 「それでも、仏の竜崎でもあるのをやめるなよ。」 「……ウス」 いつかやりたいやつその1 「ふざけるな!返せ!!それはお前らが!お前らなんかが触っていいものじゃない!!」 「あ、篤人さん……!?」 神域を荒らした者に向けるような篤人の怒号に、三幸は心臓が跳ねるような感覚に見舞われた。鳥谷部が穏やかに笑いながら掲げる【愛情の紋章】と空色のデジヴァイスが、彼にとっては神域に収められた物。 三幸は、託された勇気の紋章を握りしめた。篤人の激昂でこれがどれほど彼にとって大事な物か、この瞬間に本当の意味で、僅かでも理解が出来た気がした。 「社長さんからね?幹部就任のお祝いに貰ったの。とても役に立ってるわ……ここ、元々雪山じゃないのよ」 「……あなた達がやったのですね」 「この紋章とデジヴァイスの力を……いや、元の持ち主の風見愛為理が培ってきた力を借りて……」 「黙れ!それ以上風見の名前を汚すな!!殺すぞ!!」 「あらやだ、怖い」 血走った目で殺意を向け続ける篤人に対し、鳥谷部はわざとらしく後退り、篤人にとって神聖であるデジヴァイスを、我が物のように構えた。 「息子に守って貰うとしましょう…クリスペイルドラモン。進化」 いつかやりたいやつその2 「篤人さん……私、このようにお誘いを受けたの……は、初めてなのですが……」 「……僕も女の子誘ったの初めてだった」 併設されたカフェで、クリームや蜂蜜の甘い匂いやコーヒーの香りと共に、テーブルに向かい合った篤人と三幸は、顔に熱いものを感じて、俯いた。 「で、でもさ?犬童さんはね?女子校通いだったなら、仕方無い所はあると思うけど」 「そ、そうなのですが……うわ、思い出した」 口をつけたコーヒーの苦さからか、その思い出からか、三幸が顔を顰めて話そうとするのを、篤人はパンケーキにナイフを入れてから、無言で頷いた。 「親友と街で遊んでた時、如何にもなお方に声をかけられましてね……」 「嫌な話なら無理にしなくていいよ」 「そのお方、私には行っていいと抜かしたので、親友と殴り倒しました。顔がこうなる前の話です」 三幸が右頬を指差した後、苦笑いを浮かべ鼻に拳を軽く当てたのを見て、篤人は困惑の声を漏らし、三雪の皿に切ったパンケーキを丁寧に置いた、 「なので今日、あなたが誘ってくれたのが……多分初めての、いい思い出になりますわ篤人さん」 「……じゃ、悪い思い出に変わらないようにするね」 多分最後のやつ 全てを終えた片桐篤人の生活は、1ヶ月程で元に戻り始めた。変わった事は、志望校を変えたらしい姉が、少し優しくなったこと、自分はデジヴァイスを持ち歩く事になったこと。この2つだけであった。 学校生活も変わらない。行方不明から戻ってきた事で、心配からか興味からか、話しかけられる事も多くあったが、時間が経てばそれも減る。こうしてまた、何も無い中学生に戻っていく。寂しさは多分あるが、これでいいのだと篤人は思っていた。 授業を受け、休み時間は教室の片隅で本を読む。そして下校の時間となり、家に帰る。また一日が同じように終わる……と思ったが、校門の前が少し騒がしい。それに構わず出て行こうとした瞬間に、えんじ色の髪が見え、篤人は足を止めた。それから、ゆっくり歩いて校門を出ると、そこに居たのは違う学校のセーラー服を着た、右頬に傷のある少女。ほんの少し前まで、ずっと顔を合わせ、共に歩み……これで別れるのは嫌だ。また会おうと約束した、少女。 「……篤人さん!」 目を潤ませた笑顔を浮かべ駆け寄る犬童三幸に、篤人は足を止め、同じように笑い返した。 ファヨンの過去その1? 学習机に横に掛けた双眼鏡を取って首に掛け、2階の窓を開けバルコニーからハシゴを登る。ハシゴを掴んだ瞬間に、刃物を握った感触が掌を通じて呼び起こされ、ファヨンは吐き気に見舞われる。 それに堪えて一段、また一段と上がり屋根の上にたどり着いた。夏の生暖かい風が、服についた血の湿った感触を皮膚に伝えると、両親を殺した罪悪感が何度も全身を駆け巡る。だが、もういい。 いつ始まったのか思い出せない勉強と塾通いの記憶ばかりの日々は、18年で終わる。そう決めたファヨンは最後に、双眼鏡越しに自分が見てきたコンクリートとビルだらけの世界を眺めようとして……辞めた。 死ぬ直前に、大峙洞(デチドン)の塾通りなんて視界に入れたくもない。それだけを思って双眼鏡を首に掛けると、屋根の端まで歩む。 「ごめんね、お父さん、お母さん。お兄ちゃん」 殺めた両親と、遺した兄のことを呟くと、重力に身を委ね、コンクリートへ向かい、落ちていく。 その最中、視界一面の灰色の中に、禍々しい黒紫の大穴が見え、ファヨンは落ちず、そこに飲まれた。 ファヨンの過去その2? いつからだろうか。学校が終わっても日曜日になっても、大峙洞(デチドン)に向かう日々が始まったのは。 ファヨンはそう思うたびに、家に帰る度に学校はどうだった?と両親が聞いてくれた時期を思い出す。 あの時はたくさん話せることがあった。友達がどうだった、給食がどうだった、嫌なことがあった、テストでいい点数が取れたと。両親もそれに対して笑って、怒って、答えてくれた。怒られた時はそれが、不思議と全てが嫌とは感じなかった。 今は、何も話せない。兄とともに学校を終えて塾に行き、そのまま別の塾に行き、父の運転する車の中でコンビニで買った軽食を取り、夜遅くに家に戻ると風呂に入り、宿題をこなすだけの日々。 もし叶うなら、学校では友達と、家に帰れば家族と他愛なく話せる日々が、もっと望めるなら、親が作ってくれた温かな夕食が食べられる日に、戻りたい。 いつかやりたいやつ・その3 「さて……この城にたどり着いた時点で、あなた方も王子様候補ということになりますが?」 「いやねぇ。私もう40近いおばさんよ。王子様だなんてとんでもないわ、サンドリモンさん」 透き通ったガラスの玉座から自分達を見下ろすサンドリモンに、鳥谷部は困った笑みで返した後……凍った泥水のように冷たく濁った視線で、動きを止めたデジモンや人間の集まりを一瞥すると、再び和やかな細目に戻し、城の主へと微笑んだ。 「私達が欲しいのは、貴方の集めた王子様候補達」 「おっと、この灰かぶりの城に狼藉者とは」 サンドリモンが玉座から立ち上がり、傍らに立てかけた大時計を肩に担ぐと、クリスペイルドラモンに向けて光線が放たれる。 クリスペイルドラモンは、氷の外殻や爪の全てを盾として防ぐと、氷の盾は粉々に砕け散るも、すぐに体の氷は再生が始まった。 サンドリモンは傷一つ無いクリスペイルドラモンを見て沈黙した後、赤い絨毯の敷かれた階段を降り鳥谷部達の目の前で立ち止まった。 「ひと屋のお二方、あなた達も特別に舞踏会へとご案内しましょう」 「やはりバレてましたな母上」 クリスペイルドラモンの言葉に、鳥谷部はまた困った笑みで返した。 えっち?なの 少女の指が、篤人の背に突き刺さる。その痛みを荒い息で堪えたまま、篤人は三幸の少し堪えた喘ぎを聞き、ひたすらに彼女を求める。 痛くない。気持ちいい。もっと。 脳から足先に至るまで焼き尽くすような熱に、篤人の情動は、既に雄のそれと化し、背に回された爪が食い込む痛みすら、心地よく思えていた。 三幸の顔を、裸眼で見つめる。汗で湿ったえんじ色の髪、潤んだブラウンの瞳。そんな満たされていくような表情についた、赤い右頬の裂傷。 何もかもが、愛おしい。そんな感情が体の奥底から沸き上がり、火柱のように噴き上げる。熱と炎に突き動かされた篤人は、彼女の求めも許しも聞かぬまま唇を重ねタ後、優しく笑って、口を開いた 「僕は君がいい。三幸さん。これからもずっと、そう望んでる」 「っ……篤人さん。私も、あなたがいい」 熱に答えた三幸が足を絡ませると、更に強く篤人を抱きしめ、爪が更に深く食い込む。それに構わずに篤人は彼女を求め続ける。 こうして望み合った2人は、今日も果てまで交わる。 クリスマスプレゼント 「全く……篤人さん!あなたって人は!また随分とお高い物にしましたわね!」 ラッピングが施された箱から香水と口紅を取り出した三幸が、目を細めてプレゼントの香水をじっくりと見つめた後、篤人に向けて嬉しそうに、そして半ば呆れたように笑った。篤人は彼女の笑みをみて、一気に顔を赤らめて俯いた。 「……嫌じゃ、ないよね?」 「勿論!!」 力強い返答を受け、篤人は俯いたまま、小声で言葉を選びながら呟くように、話し始めた。 「……じゃあさ……もし機、会があったら、僕、と一緒の、時に、つけ、て……あっ、いや……その」 篤人は顔を上げられないまま、歯切れ悪く話を続ける。たくさんの負の考えを頭によぎらせ続けたまま話そうとする篤人の様子を見て、三幸はため息をついてから、篤人の肩に手を触れた。 「せっかくだし今、使いますが……顔を上げなく見なくても、よろしいので?」 どこか意地悪をいうような三幸の言葉に、篤人は小さく唸りながら顔を上げ、未だ顔を赤くしたまま、瞬きを繰り返しながら、無言で頷いた。 「……お正月もこれつけて、そちらに参りますわよ?」 篤人は唾を飲み込んでからまた無言で頷き、また顔を俯けてしまいそうになった。