【いのちの日】 「イザベル、知ってますか?今日はいのちの日ですよ」 「私が自ら命を絶つとお思いで?ご心配なくヘルマリィ殿。裏切者リャックボーを討つまでは死ぬつもりはありませんから」 「…貴女にはその後も生きてほしいんですけどね」 「…ギル、今日はいのちの日よ。知ってた…?」 「わかってるさアズライール…。聖都の奪還とエビルソードを討つまでは死ぬつもりはない。死ぬことは許されん…!…どうした、なぜ泣く」 「全然わかってないじゃないこの馬鹿!こんなに無茶して!」 「あー。ボーリャック、今日はいのちの日だよ。たまには命の洗濯と行こうか。うー」 「…驚いたなマリアン。お前からそのような言葉が出るとは」 「私だから言うのさ。このような体になったからこそ命の尊さがよくわかる。『人は、たとい全世界を得ても、いのちを損じたら、何の得がありましょう』だよ」 「今日はいのちの日だね、無茶しないでって何度言っても、盾で庇い続けて大怪我した聖騎士様に教えたいな…」 「勿論知ってますよ。人助けとはいえ静止も聞かず、魔物の群れに飛び込み、重傷を負った勇者様のお言葉とは思えない」 「クリストの馬鹿っ」「イザベラ様の頑固者!」 【「暮らしに除菌を」の日】 メトリを実家に呼んだハナコは、開口一番にこう言い放った。 「除菌してくれないかしら。私の体と財産と名声とメイド姿目当ての雑菌を」「嫌です」 心底ウンザリとした顔のハナコの要請を拒否したメトリは、山のような恋文やお見合いの台紙に目をやる。 「どれも家柄ヨシ顔ヨシのエリートじゃないですか」 「だから?”アイツ”と違って苦難の道を切り開いたこともない、信念も覚悟も責任感もないような薄っぺらい連中よ!」 既に臨界点限界だった堪忍袋を爆発させるハナコに、納得した様子でメトリが頷く。 「貴女は既に感染済みでしたか」 「…ふふ、しかも当の本人は自覚なしなんだから質悪いわ」 頭を抱えるハナコに、「特効薬です」と言ってメトリが紙袋を突き出す。訝し気に中を確認したハナコは、中身が台紙なのを見て憤激した。 「メトリ、あんたまで…!」 「これはイザベル、クリスト両名の助力でやっと入手した薬です」 怒声を挙げようとしたハナコがその言葉に硬直する。 「これは劇薬です。どう効くかは貴女次第です」 震える手でハナコが台紙を開くと、中にハナコの病の感染源、ギルの仏頂面な画が載っていた。 「…ありがとう。最高の特効薬よ」 【カレンダーの日】 昔はカレンダーが嫌いだった。 庶子である僕はウエス王国の行事で駆り出される時、毎度父上への期待と恐怖が胸の内で湧き起こる。 期待が叶ったことは一度もなかった。弟に向けるような父としての情愛の眼を僕に向けることは遂になかった。 父上は僕へ視線を向ける時は、常に路傍の石を向けるような目を僕に向ける。 家臣や国民の前で王として僕に関心を向ける「努力」をしている父上が堪らなく嫌だった。 だからカレンダーが嫌いだった。嫌な出来事を象徴するものとして。 勇者として派遣されるという話が舞い込んで来たとき、弟に後を継がせるための厄介払いということは承知していたが、こちらにしても渡りに船だと思った。 父上に愛されたいという願いを持ち続けるのに疲れ果てていたから。 そして今、僕は手帳のカレンダーに今後の予定を記入している。年末なので、クリスマスや忘年会のイベントで下旬の日程はすっかり賑やかになった。 「エクレール!?返事しなさい!関超とダダルマと新年会の場所について話すんでしょ!」 「聞こえてる!」 ノエルに返事をして手帳をポケットにしまう。 いつの間にか、カレンダーは嫌いではなくなっていた。 【プロポーズで愛溢れる未来をの日】 本日何度目か分からないため息をイザベラはつく。理由は恋人のクリストのことだ。 地道なイザベラのアタックが実り、交際関係に発展して今日で3年目だが、最近彼が自分に接する時緊張していることが多々あるのだ。 今日はデートである。本来なら心躍るはずなのに、別れの文字が脳裏に浮かぶ。やはり自分では彼には不釣合いだったのか。 クリストのエスコートは完璧だった。イザベラ好みのレストランにデートコース。 でもこれが最後の思い出作りかと思うと、胸が塞がる思いだった。 ふと気づくとクリストが緊張した面持ちで自分の顔を見ていることに気づき、胸が早鐘を打つ。 (とうとう、別れを切り出される…) 「大切なお話があります」と彼が口にしたとき、イザベラは思わず叫んだ。 「僕と、結婚」 「嫌!」 「「…え?」」 指輪ケースを手にしたまま固まるクリストの姿に、最悪な勘違いをしていたことをイザベラは察する。 「…やはり僕じゃ、釣り合いませんか」「待って」「大丈夫です、気を遣わなくても…」「私、振られると思ってっ」 その後なんとか誤解を解いたイザベラは後年述懐する。 「あんなに大声を出したのはイザベルと再会の時以来だった」 「私は貴方のことが好き」 「貴方は?」とハナコがギルに一歩詰め寄る。 「…俺はお前に愛される資格はない」 ギルが一歩下がる。 「神の信仰を捨てたから?じゃあ私が貴方の神になってやるわ。復讐の道を歩んだから?そんなギルに惚れたのよ」 ハナコがまた一歩詰め寄る。 「……俺より若く、いい男は山ほどいる」 ギルがまた一歩下がる。思わずハナコは苦笑する。 「舐めるな。血で血を洗う修羅場を貴方と潜り抜けてきた私よ。あんたの考える温室育ちのいい子ちゃんなんかに私を御せると思うな」 ハナコは更に一歩近づく。メイド服で、アズライールの時より一段と心身を成長させた彼女の色香にギルの理性が揺らぐ。 「……おれには、お前を幸せにできる自信がない」 壁際に追い詰められたギルが天を仰いで呟いた。直後ギルのマントの襟元をハナコの両手が掴む。 「舐めんな!あんたに幸せにしてもらいたくて詰め寄ってんじゃない!ギルを幸せにしたいわけでもない!」 「じゃあ、なぜ」と呟いたギルが後の言葉を紡ぐことはできなかった。彼の唇にハナコが勢いよくキスを、否、噛みついたから。 「ギル……。私は、ギルと幸せになりたいのよ!」 【姉の日】 「今日は誕生日でもないのに…どういうことなのかしら?」 朝から山のようなお祝いの言葉と、贈り物を妹分から送られ、困惑しているネーサをあなたは微笑ましい目で見守っていた。 このまま眺めているのも悪くはないが、絶賛目を白黒させている最中のネーサを不憫に感じたため、ここらで助け舟をだすことにあなたは決める。 「姉の日…?そんな日があるの…」 ネーサの呟き声に、うんうんと頷く妹分たち。 「この日を知った時から皆でお姉様を祝おうと決めてたんですよ!」 代表としてオトーが一歩進み出る。 「お姉様、いつも私たちのお姉様として見守ってくださってありがとうございます!」 「オトー…嬉しいわ」 「お姉様!」感極まったオトーがばっとネーサに抱き着いた。 途端に「あー!」と抗議の声をあげる妹分たち。 我も我もと駆け寄ってくる妹分たちによって、ネーサはみるみるうちに揉みくちゃになっていく。 「ちょ、ちょっと待って皆気持ちは嬉しいけど。あなたー!」 SOSを出すネーサに、ぐっとサムズアップをしたあなたは手を振りながら去っていく。 「裏切者ー!」と背中から聞こえてくる声に、笑い声を抑えられないあなたなのであった。 「今日くらいはイザベラに会わなくていいのか」 今日は姉の日だぞ、とカレンダーを指さしながらボーリャックがイザベルに尋ねた。 「貴方には関係ない…です…」 苦々し気に返すイザベルを諭すようにマリアンも口を挟む。 「あー、関係あるさ。こいつはモラレルが滅んで汚名が晴れても未だに聖都に帰れない愚か者だ。うー」 「余計なことを言うな」とばかりに舌を鳴らすボーリャックに、マリアンは肩をすくめて返した。 「会えるわけない…」 自らの手を見つめながら、イザベルは憂鬱げに呟いた。 「私はかつて私の、そしてお姉ちゃんの家族を斬った。その事実を思い返す度に思う」 今も忘れられない。正気を失った自分の手で奪ってきた自分たちの家族を含む、無実の人々の断末魔を。 「私がお姉ちゃんからクリストさんを奪わないかと思わざるを得ないのです」 幸せになるには業を重ねすぎた。今更、姉の新しい家族に会うことなど許されない。 「…やっぱりお前はボーリャックそっくりだよ。スパイの事を気に病むこいつに」 俯くイザベルの肩に手を置きながらマリアンはボーリャックに語り掛けた。 「しょうがない、今日は私がお前ら二人に説教をしてあげるよ」 【クリスマスツリーの日】 クリストは一人、クリスマスツリーを見上げていた。聖都奪還後、避難民の受入や聖都再建の采配で多忙な彼だったが、少しは休めと拝み倒され有休をとらされていた。 「お待たせ、クリスト」 駆け寄ったイザベラに「待ってないですよ」と笑いかけ、二人並んでツリーを見上げる。 「以前は、皆でクリスマスツリーを見上げたものでした」 ツリーを見上げながらクリストが話し出した。イザベラは黙って頷く。 「イゾウさん、ギルさん、イザベル先輩、ナチアタさん、コージンさん、マリアン様。そして、ボーリャックさん」 そこまで言うとクリストは俯く。イザベラが気遣うように彼の傍に寄り添う。 「聖都を奪還したら、また皆でツリーを見れると思ってました」 今クリストが挙げた人はここには誰もいない。ボーリャック、コージン、ギルは資格がないと聖都に来なかった。イザベルは、ボーリャックの後を追っていった。マリアン、ナチアタは人外の身を案じて、ミサはイゾウの意向だと言って聖都を出て行った。 「モラレルを倒せば、全て上手くいくって。馬鹿ですね僕は…」 自嘲を浮かべるクリストをイザベラがそっと後ろから抱きしめる。彼の体は小さく震えていた。 【事納め】 エイブリーの工房で、ボリックが持ち込んだ具材を入れた小鍋が、エイブリーお手製の野外用簡易コンロで煮られている。 「具材は里芋、大根、人参、牛蒡、蒟蒻、小豆。これは決まっている。これに味噌と葱を加えれば完成する」 「手際いいね」 「慣れてるからな」 話してる間もボリックの目は調理に集中している。エイブリーはそんな彼の姿を物珍し気に見つめていた。 やがてボリックが「できた。これがお事汁だ」とお椀に汁物を入れて手渡した。 「箸とフォークどっちがいい?」 「ふふん、バカにしないでもらえるかな。当然箸さ」 お椀から漂う味噌の香ばしい香りが、なんとも食欲を刺激する。 「お事汁は事納めという、一年の農事の締めくくりの行事で食べる料理だ」 ボリックの説明に相槌を打つ間も、エイブリーの箸の進み具合のペースは一向に衰えない。小食なエイブリーには珍しいことであった。 最後に残った人参を箸につまんだ時、ふとエイブリーの頭に疑問が浮かんだ。 「どうして僕と食べようと思ったの?」 「お前は瘦せすぎだ」 思わず「バカッ」て叫び不満顔のまま人参を口に放り込み、荒々しく「お代わり!」とお椀を前に突き出した。 【クレープの日】 師匠を失ってから、クレープなんて食べてなかったから、本当に美味しくて涙が出そうだった。 「美味しいですか、ゾルデさん?」 「はい!」 「うむ!今回はワシのおごりじゃ!どんどん食べるがよいぞ!」 ティアさんとクリストさんにクレープ屋に連れてきてもらった私は、カスタードに舌鼓を打っていた。 瞬く間に食べ終え、次にバナナチョコを頼むと、二人は笑って快く購入してくれた。 「美味しかったです!ありがとうございました」 「いえいえ、これくらいしかできなくてすいません」 クリストさんが恐縮したように手を振る。 「そんなことありません!クリストさんは私の話をまともに聞いてくれました。そして、真相を知る糸口を教えてくれました」 「…後はお願いします。”女王陛下”」 一礼してクリストさんが去っていく。私は去っていくクリストさんの背に深々とお辞儀をした。 「…さて、最後に問うが、お主は引き返す気はないかのう?今ならまだ間に合うんじゃが」 愚問だ。考えに考えた結果の結論だ。私の決意は揺らがないと察したのか、ティア王女はため息を吐いた。 「…わかった。ついてこい聖騎士ゾルデよ。ボーリャックに合わせてやろう」 【マネーキャリアの日】 教会への振込を終えて宿屋に戻ったフレイは、ロビーで複数の封筒の書類を熱心に確認してるドアンを見つけた。普段はスルーしてたが、今日は何故か好奇心が勝ってつい声をかけてしまった。 「ん?ああ、フレイか」 驚いた様子のドアンが顔を上げる。仕事以外で殆ど雑談なんてなかったから意外なのだろう。 「いや、配当を見てたんだ。購入している株の」 「配当…」 首を傾げるフレイにドアンが笑いながら解説をする。 「株は知ってるか?」 「うん、市民が株券を購入してそのお金を元手に会社が事業をするってやつ」 「その通り」と頷いたドアンが、手元の書類をフレイに見せる。 「配当というのはな、株主に企業が出すお金のことだ。これを行うことは株主還元といって、その会社が株主のことを考えてますっていうアピールになる」 「それって儲かるの?」 フレイの直球な質問にドアンは哄笑した。 「まあ、お小遣い程度だが、銀行の馬鹿みたいに安い金利よりよほどマシだな!あの金利の安さは詐欺だからな!」 すっかり目の色を変えたフレイが株取引について様々な質問をする。二人の会話は、いつの間にかドアンによるフレイへの資産運用講座へと変わっていた。 【胃腸の日】 今日は胃腸の日である。酒の飲みすぎは胃腸によくないのである。 仲間がアル中だったら?そんなとあるPTのお話。 「返してくれよぉーー!アタシの命の水をー!」 「駄目です!シロ!早く中身捨ててきて!」 酒瓶を奪い取ったブラックライトがシロに酒瓶をパスする。心得たと頷いたシロは猛ダッシュで駆け去っていった。 がくッとウラヴレイが地に膝をつく。今頃あの酒は母なる大地への捧げものになっているだろう。 「何でこんなことするんだよぉ!」 「ウラヴレイさんのためです!酒の飲みすぎは消化器官に大変よろしくないんですよ」 「アタシにはこの程度水みたいなもんだけどねえ」 えへんと胸を反らせば、大変豊かな乳房がぶるんと揺れる。刺激的な光景に顔を赤らめた少年は「今後も見張りますから」と言って慌てて立ち去った。 「まったく、アタシから酒の楽しみを奪ったら何残るんだい…。でもまだまだ甘いね」 周囲を見渡しながら荷物袋を漁る。どうやらワイン瓶の方には気づかなかったらしい。だが… 「ない…ない。ない!」 今度こそウラヴレイは絶望した。コージンが牛肉のワイン煮を作るために拝借したことに彼女が気づくのはもう少し後のこと…。 【ダズンローズデー】 今日はダズンローズデー。パートナーに愛と感謝を告げる日。 「うう…恥ずかしいなあ…」 「大丈夫やイザベラはん!クリストはんならきっと喜んでくれるはずやさかい!」 12本のバラを手にイザベラはクリストのところに向かう。「感謝」「誠実」「幸福」「信頼」「希望」「愛情」「情熱」「真実」「尊敬」「栄光」「努力」「永遠」を意味する12本の薔薇を手にして。 「き、気持ちが重いとか引かれたりしないでしょうか!?」 「イザベラの姐さんがそんなこと思うはずないですぜ!さあ姐さんはあちらですぜ!」 クリストはイザベラの所に向かう。手に恋人への愛を伝える12本の赤い薔薇を持って。 「い、イザベラ様。き、今日は貴女に渡したいものが」「く、クリスト。私あなたに渡したいものが」 「うっ…」「あ…」 まさかのハモリに頭がキャパオーバーして固まる二人。すかさずジュダとヴリッグズがカバーに入る。 「ふふ、二人で同時に出したらええんとちがう?」 「いっせーのだぜ!いっせーの!」 「う、うん」「そ、そうですね」 イザベラとクリストが同時に深く深呼吸する。 「「いっせー…の!」」 【大掃除の日】 「ベンケイ!玄関の掃除終わったよー!」 「ウム、では次は厨房の掃除に入ってほしいでござる」 「はーい!」 アルコール消毒液と雑巾を持ったノエミが、テーブルの拭き掃除を行っているベンケイの下に報告に来た。手を止めずにベンケイが次の掃除場所を指示すれば、元気よく彼女は新しい戦場に駆けていく。 「…ホールのチェックか…。地味だが大切な仕事だ…先に行っててくれアル=コール」 「はい」 箒とちりとりをアル=コールに持たせ、スプドラートはバケツに水を入れに洗面所に行く。 戻ってきたスプドラートは、ホールに並べられてる酒瓶にフラフラと向かっていくアル=コールを見てため息を吐くと、 「…とう」 「あいた!」 脳天唐竹割りを彼女に炸裂させた。 「きゅー!きゅー!」 「ああああああ偉いなあラビリオン!お姉ちゃんは、お姉ちゃんは!感動しているうううううう!!!」 暖炉の拭き掃除を終えたラビリオンが報告をすれば、感激したウサフリードがラビリオンに抱き着いてお姉ちゃんのハグをした。 マスターはそんなみんなを頼もし気に見守っている。『なぜ勝手に今日が休業日になってしかも大掃除してるのか』は考えないことにした。 【討ち入りの日】 部下に待機を命じ、ジーニャは寂れた教会へ足を踏み入れた。 ここにサンク・マスグラード帝国に歯向かうゲリラの首魁、旧レンハート王国王子、ラーバルが潜んでいる。そう報告があった。 剣を抜き、鞘で扉を開けて中に忍び込む。その時。 右手側から凄まじい突きが襲ってきて、かろうじてジーニャは鞘で相手の斬撃を払った。 「流石侵入者だな。ノックも知らねえか」 「人を迎える態度かそれが?程度がしれるぞ」 苦笑しながらラーバルは剣を構える。 (痩せたなお前)一瞬湧いた感慨を振り払い、ジーニャも鞘を捨て向かい合った。 「久しぶりだな。お前一人で来るとは思わなかったぜ」 「アタシとお前の仲だ、介錯は譲れねえ」 ラーバルが魔力で火炎弾を放つ。ジーニャが剣で防いだ隙を狙い、ラーバルが瞬時に間合いを詰める。 上段から振りかぶった剣をジーニャは剣で受け止め、二人の剣が火花を散らして鍔迫り合う。 「我が国を侵す暴君レストロイカの尖兵、ジーニャ…」「陛下の大恩を知らぬ亡国の王子、ラーバル…」 「「貴様をこの場で討つ」」 同時に飛びずさりまた剣を構える。激しく火花を散らして切結ぶ二人を、教会の十字架が悲しく見下ろしていた。 【紙の記念日】 「お姉ちゃん、ただいまって、あれ…寝ちゃったんだ…」 買い物から戻ったイザベルはテーブルに腕を組んで眠っている姉のイザベラの姿を見つけた。 起こすべきかと逡巡しながら近づくと、テーブルに置かれている書きかけの『ラブレター』を見つけた。 (クリストさん…)イザベルは『カレンダー』を見ながら、姉があの人と別れて何日経ったかを束の間頭の中で数えた。 イザベルと再開後、イザベラは姉妹で暮らす時間をとった方がいいとクリストは主張し、モラレル討伐後奪還した聖都に彼は戻っていった。 どのようなやり取りが二人にあったかは知らない。 けど、ふとした瞬間に姉が見せる愁いを帯びた目はきっとあの人のことを考えてるに違いない。 イザベルはこれまで何度もクリストに向けて『手紙』を送ったが、今は姉妹の時間を大切にするべしという丁重な返事が返ってくるのが常だった。 これ以上待ってはいられない。もういい年な姉に未だに男の影がないのはなぜか? クリストが姉の男性観を粉々にしたからではないか。 焦燥にかられるイザベルは気ぶり仮面宛てに『便箋』に思いを書きなぐると『封筒』につめ、『切手』を貼ってポストに向かって駆けだした。 【トロの日】 「やっぱトロだよね寿司と言ったら!」ハルナは大トロを思いっきり頬張った。今日はネーサが自腹で開いた慰労会。ギルドは寿司パーティーで大盛り上がりとなっていた。 「ハルナ殿!無礼講とはいえ少し慎むであります!」 ハルナを窘めながらボルボレオはネギトロを醤油に浸している。 「あ、カイトそこの中トロ取ってくれ!」「あいよー!」 カケルは3皿目の中トロをカイトから手渡され目を輝かせた。 「私にはこれくらいがお似合いですから…」 バニラは身を縮めながら赤身にこわごわと手を伸ばした。 周囲の喧騒が気に食わない妹分が一人。 「これはお姉さまの奢りなんですから!そこを忘れないよう!」 オトーはサーモンを箸で摘まみながら周囲に向けて怒鳴る。 「ふふ、はいあなた。あーん」 周囲の喧騒をよそにネーサは赤貝を箸で摘まんで笑顔であなたの前に差し出した。 寿司を食べさせあいながらいちゃつくく二人を穴が開くほど見ている乙女がいた。名をスパーデ=ディ=レンハートといった。 「ヤン=デホム!さあ!私のこのカンパチを食べるがいい」 (勘弁してくれ)突如羞恥プレイが襲ってきたヤン=デホムはそう思ったとか思わなかったとか。 【減塩の日】 「…スパーデ、お前に話がある」 夕飯の途中、ヤン=デホムは厳かに話し出した。 スパーデ・ディ・レンハートは食事を止め師の言葉を待つ。 「昔、東の国で一番旨い物は何かと話題になった時、オカジノカタと言う才女が塩と答えた」 なぜ塩?と問われると、「塩がなければどんな料理も味を調えられない」と答えた。 「それでは一番まずいものはなにか」と尋ねるとその才女は「それも塩。どんな料理も、塩を入れすぎたら辛くて食べられない」と答えた。 たかが塩、されど塩、使いすぎても駄目だが、軽視して塩を減らしすぎても料理は台無しになる。 「わかったか?スパーデよ…この教訓を忘れるな」 師の金言にスパーデは感極まった表情で頷いた。 「さすが師、肝に銘じよう」 懐から一枚の紙を取り出すとスパーデはヤンに差し出した。 「なぜそれを!」と、途端にヤンの顔が強張る。 「師よ、ギルドの健康診断の結果だがだいぶ血圧が高いようだな。あと尿検査にも引っかかっている」 診断結果を目の前にヤンは唸ることしかできない。勝負はここに決した。 「たかが塩、されど塩だな」と笑う弟子を前に、ヤンは忌々し気に海藻サラダを口に放り込んだ。」 【「食べたい」を支える訪問歯科診療の日】 「悪いこと考えてるでしょ、ジュダお姉ちゃん」 アナベラはきっとジュダを睨みつける。 「そないなことあらへんよアナベラちゃん」 ジュダはゆっくりとアナベラに近づく。 「嘘。ジュダお姉ちゃんの心は私を捕まえる事しか考えてない。大人はみんな嘘つきよ。お兄ちゃんもそうなのね」 アナベラは一歩後ずさる。 「どうしてそんなこと言うんだ?お前のことをこんなに大切にしてるのに」 イヒトが一歩アナベラに近づく。アナベラは後ずさろうとして、左右と背後から近づく気配に気づいた。 「今や三人とも!」 ジュダが叫んだ直後、ヴリッグズの剣から放たれた雷撃(最小火力)で一瞬アナベラの動きが止まり、クリストの魔法壁がアナベラの逃げ道を潰し、イザベラの拘束魔法がアナベラの動きを封じた。 「ふにゃああああああああああああ!!」 精一杯威嚇するアナベラに構わず、手際よくイヒトはアナベラを確保する。 「さ、観念して歯医者さんのとこいこうな?アナベラ!虫歯が見つかったんだろ!」 「嫌なのー!歯医者なんて必要な―い!!お兄ちゃんの馬鹿―!」 哀れ、抵抗むなしく歯医者に連行されるアナベラ。その姿は何ともドナドナが似合いそうだった。 【シュークリームの日】 カースブレイドは激怒した。今日こそはこのバカ娘に雷を落とさねばと心に誓った。 「この儂にしゅーくりーむなどという軟弱なものを食えというのか!」 カースブレイドに喝を落とされ、トレイにシュークリームを乗せたままのパルチザンの肩がビクっと跳ねる。 彼はは古き良き武人である。甘味など饅頭か羊羹、百歩譲ってもかすていら。それに抹茶があればいい。それこそがもののふの息抜きというものである。 「で、でもせっかく作ったシュークリーム、カス様に是非食べてもらいたくて」 「カス様はやめんか…」 自分のための手作り菓子という新事実に若干決意が鈍るが、ここが上官としての威厳の見せ所と心を鬼にする。 「そういうフワフワしたものならバリスタに差入れにするといい」 「はい…」 しゅん…とないはずの犬耳が垂れてる姿を幻視させながら、パルチザンが踵を返す。 「せっかく、カス様のために作った抹茶シュークリームなのに…」 ぴくっとカースブレイドの肩が揺れる。 「東の国からの産地直送の抹茶なのに…」 「まてい!」 期待の目で振り返る部下を前に、カースブレイドは(明日こそは)と心中で決意しながら菓子に手を伸ばした。 【シチューライスの日】 発端はジャンクの夕飯中のとある行為だった。 「やっぱシチューにはライスだよなー!」 そう言ってご飯をシチューにぶち込んだのだ。 「なにをするんだ貴女は!」 料理担当のゾルデが真っ赤になってジャンクに突っかかる。 「そんな猫まんまみたいな食べ方品がないですよ」 ゾルデの主張をジャンクは鼻で笑った。 「んあ?飯なんて腹に収まれば一緒だろうが!」 「なーイゾウ!」と横にいたイゾウに目を向けると、彼もジャンクの主張に頷く。 「ああ、ぶっちゃけシチューにご飯いれるとそれはもうドリアみたいなもんだろ」 「なー!!」「いえーい!」「全然違います―!」 ハイタッチする二人を目にしてとうとう地団駄踏んで悔しがるゾルデは、最終兵器、みんなのおかんクリストに助けを求めた。 「クリストさん!なんか言ってやってください!」 ゾルデの発言にクリストは重々しく頷いて口を開いた。 「皆さん、食事中に騒いではいけませんよ」 【遠距離恋愛の日】 手紙を何度も確認したゾルデは丁寧に封筒に入れる。胸に手を当て深呼吸し、頬を叩いて気合を入れ部屋を出たその時だった。 「ふふ、ラブレターですか?」 ひょこっと現れたミサに笑顔で尋ねられゾルデは飛び上がった。 「そ、そういうのではないです!」 「でも、大切な人宛てなんでしょ?」 「顔に出てますよ」と、ウインクをすると、真っ赤になってゾルデは頷く。 「別に、〇〇でお世話になった殿方にお礼の手紙を出すだけで…」 「あら、そうですか」 ミサもそれ以上の追及はせず、駆け足で去っていくゾルデを笑顔で見送る。 ゾルデが去った後、ミサはメモを走り書きし、イゾウに人格を明け渡す。 ミサのメモを確認したイゾウは内容に表情を険しくし、同胞たちに知らせるべく駆けだした。 「野郎ども!ゾルデのやつが色気づいたぞーー!相手は〇〇国の馬の骨だ!」 その後、イゾウ、イザベル、ギル、ジャンク、クリストによる緊急会議が開催。 会議の結果、イゾウより剣が巧みで、イザベルより覚悟があり、ジャンクより喧嘩強く、ギルのパイルバンカーを耐えられる男でないと不可ということに衆議は決する。 会議中クリストはずっと頭を抱えていた。 【禁煙の日】 勢いよく吐きだした紫煙を見上げながら、サトーはあの時のギャンを思い返す。 「へえ、お前も煙草吸うのか」 「あ、ギャンさん。…こういう仕事してるとどうも」 別に煙草が特段好きではない。ただ、多忙な職務やストレスに耐え難くなると、つい手が伸びてしまうのだった。 「別に咎めようとか思ってねえ。どれ、俺にも火つけてくれ」 謝罪を述べようとするサトーを止め、自らも煙草を内ポケットから出すと、ギャンはサトーに火を求めた。 無言のまま紫煙を漂わせる時間が続く。先に言葉を発したのはギャンだった。 「煙草なんて止めた方がいい。俺ぐらいの歳になるとわかるがこんなの百害あって一利なしだ」 思わずサトーは苦笑いする。 「そういうのは禁煙してから言ってくださいよ」 「してたさ」と、ギャンが返した言葉にサトーは「じゃあ何で」と訊ねる。 「俺が健康に気い遣う理由も、副流煙を避ける相手ももうなくなったしな」 サトーの体が硬直する。絞り出すようなか細い声で詫びるサトーの頭をギャンは荒っぽく撫でた。 「気にすることはねえ。が、俺のようにはなんなよ」 そう言うと煙草の火を消し、「火、ありがとよ」と手を振って去っていった。 【ラブラブサンドの日】 「本日はラブラブサンドよ!!」勢いよく扉を開けネーサが入場した。 「恋する乙女の皆、今日はよく集まってくれたわ!さあ、意中の殿方の話題を語り合いながら、サンドを食べましょう!」 ネーサの演説に調理室に集った女冒険者たちから歓声があがる。 「イザベラさん。クリストさんとはあれから進展は?」 「あうう、ク、クリスマスにお買い物の予定…」 トリプルイチゴを手にしたイザベラが身を縮める。中のイチゴソースよりも顔が赤くなっている。 「ユイリアさん。どう?マーリンさんとは」 「はい、家への報告は事後でいいかと。どうせ反対されるなら式の後の方が楽です」 ミルクコーヒーを食べながら、ユイリアが表情を変えずに飛んでもないことを口にする。 「アズライールさんはサーヴァインさんと距離縮められそう?」 「ほ、本名知られちゃった…。で、でも可愛い名だって言ってた。でも無表情…」 ジューシーツナをも食べながらごにょごにょと喋るハナコの可愛さに、堪らずネーサは彼女の頭を撫でる。 (恋する乙女っていいわ…これだから気ぶりはやめられないわ) 冒険者達の恋するオーラを堪能しながら、ネーサはジューシータマゴにかぶりついた。 【酒風呂の日】 例のシスターが変なことやってると、明日は晴れです並みにありふれた報告を聞き、宿屋の風呂場に駆け付けたスプドラートの目に飛び込んできたのは。 「ああ~~~いい湯です~~~」 溢れんばかりに浴槽に酒を注いでそこに浸かってるアル=コールの姿だった。 「何をするんですか…」「それはこっちのセリフだ」 眉間を抑えながらスプドラートが涙目で正座するアル=コールに糾問する。どうせ大した理由はないと半ば諦めてたところ、彼女からの回答は意外なものだった。 「今日は酒風呂の日なんですよ」 「…は?」 アル=コールがパンフレットを手渡すと『四季の節目である春分、夏至、秋分、冬至に酒風呂に入り、健康増進をはかろう』という趣旨の記念日が確かに存在した。 理解の範疇を超えた事実に頭を抱えるが、確かに酒風呂の日は実在する。 ならば今回ばかりは非は彼女の健康増進を邪魔した自分ということになる。 スプドラートが詫びるとアル=コールは陶然とした笑みを浮かべ「では、一緒にこの日を楽しみましょう」と提案してきた。 断る間もなく瞬く間に足払いをかけられ、体勢を崩したところを抱き抱えられた瞬間、最早逃げ場はないことを彼は悟った。