第二話・淀んだ純真 Chapter1・バロッコへの侵攻 異変の元凶はクオンタモンが作った巨大ゲートに飲み込まれ、デジコアだけを残し姿を消した。 暗闇に覆われた空間にポツンと残された脈打つデジコアを、肩で息をしながら真優美は見つめ、涙を零しながら拳を握り、歩き出す。 「功刀君。借りるね」 血を流し、二度と動かない仲間の鞄から、真優美はナイフを取り出すと……そのまま、デジコアにゆっくりと歩み寄る。 「真優美!あなたがやらなくても……」 「私がやる。そうしないと絶対に後悔する」 前髪で隠した両目から溢れる大粒の涙が、お気に入り桜色のワンピースを濡らす。クオンタモンが諦めた顔をして、無言でティンカーモンに退化する。望みを聞いてくれたパートナーに、ありがとうと涙声で答え、デジコアの前に座った。 これで終わり。そう思った後、真優美は金切り声のような叫びと共にナイフを振り上げ、デジコアに突き刺した、 どこからか、世界を揺らす程の叫びが聞こえた気がした。それでも真優美は、すべての元凶の心臓を、ただのナイフでひたすら刺し続ける。 涙も、腕も、叫びも、止まらない。赤い0と1が、血のように吹き上がり、闇に消え続けていく。 やがてデジコアは崩れ落ち、完全に消えた。 全て終わった。真優美はナイフから手を離し、仲間の鞄に再び仕舞うと、選ばれし子供達……愛した仲間達に向かって、語りかける。 「全部終わったよ、功刀君、起きて?」 彼は、答えなかった。 「ねぇ!みんな起きて!!帰るよ!!」 誰も、動かなかった。 「約束だったよね!?みんなで生き抜くって!そして全員で帰るって!!」 誰も約束を、果たせなかった。 「嫌だ!私を!!一人にしないで!!!」 こうして愛甲真優美は、デジタルワールドを救った。 「真優美」 シスタモン・ノワールの声で、愛甲は目が覚めた。 「……おはよう、ティ……シスタモン」 【最初に】失った夢。この夢で目が醒める度、体に空いた大穴が、冷たい風で染みるように痛み、ナイフをデジコアに突き刺した感触が、血で汚れたこの掌に湧き上がるように広がる。 ベッドから体を起こし洗面台に向かう。薄桃色のケースにいれた金の義眼を洗い、肉の空洞となった左目に取り付ける。【二度目】に失った後、何の変哲もない右目と同じ黒い瞳も失いおよそ2年が経った。人の力を商いに使い、ダークエリアの一大勢力とはなったが、目的のための障害は、残っている。 (だが、頃合いになったはずだ) コンクリート壁と直貼りした木目調のフローリングの床に、生活に必要なものが最低限だけ置かれている殺風景な私室。義眼を取り付けた愛甲は、小さな冷蔵庫から缶のアイスティーを2つ取り出し、1つをシスタモンに差し出すと、そのまま2人は無言で飲み干し、缶をゴミ袋に捨てる。 「真優美。ファヨンが昨日の夜戻ってきた」 「そうか、なら動けるな」 短く言葉を交わし、愛甲はクローゼットから取り出した黒いスーツに着替えると、ピンクの部屋着を無造作に洗濯かごに放り投げ、部屋を出た。 「サジャンニム(社長さん)ごめん!品の確保は失敗した!!表のデジモンに匿われたかも!」 「逃がした奴と唆した奴は始末はしました。まぁ、金に目が眩んだバカの仕業でしたよ」 「分かった。ここから先は他の者の仕事だ。まずはご苦労だったね。ファヨン、ギリードゥモン」 ファヨンと呼ばれた浅葱色のコートを纏ったキツネ目の若い女と、狙撃銃を携えたデジモン、ギリードゥモンは愛甲の言葉に安堵し、一度俯いた。 昨日、近日中にオークションに出すはずの人間が脱走した。確実にテイマーが欲しいデジモンが、金でこちらのデジモンを唆したようだ。 どちらも始末した以上、品の捜索はじっくりでいい。拉致した時点で帰る手段は奪っている。そこまで考え愛甲は、険しくしていた表情を戻す。 「戻ってきて早々だが……また表に行ってもらう」 「ウェ?(なんで?)何かあった?」 首を傾げたファヨンに、愛甲は抑揚と腹の底から湧き上がる熱を抑えながら、口を開いた。 「デジタルワールドへの侵攻準備。並びの片桐篤人達の抹殺だ」 ファヨンとギリードゥモンは、目を丸くして黙り込んだ。愛甲は沈黙したファヨンをじっと見つめると、彼女は肩をビクりと跳ねさせる。 それからファヨンが、ギリードゥモンを小突くと、そのまま2人揃って、ぎこちない動きで直立不動の姿勢を取ってから、疑問を口にした。 「チンチャ!?(本当に!?)侵攻はそいつら殺してからじゃ!?」 「ライジンモンが討たれた以上、片桐篤人は刺客を送れば終わる相手ではなくなった」 愛甲の傍らに無表情で控えるシスタモンが、ライジンモンの名前を聞いた瞬間に、僅かに歯を食いしばった。 「君達だけではない。鳥谷部さんやマリナスさんもいるし、役立つ物も用意した」 愛甲は机から何かを取り出し、ファヨンに手渡した。それを受け取ったファヨンは、見間違いを疑うように、一度目をこすった。 「どうしたファヨン、何を貰っ……た……」 ファヨンがギリードゥモンへ、受け取ったものを手渡す。ギリードゥモンも目を擦り、見間違えではないと言いたげにファヨンの方を向き、硬い表情で首を縦に振った。 淡い緑色のデジヴァイスと、純真の紋章。 ひと屋が討った、選ばれし子供の所有物であった。 喜びよりも困惑が勝った表情で、ファヨンが心配そうに愛甲に視線を送った。 「犬童三幸が使っている以上、我々も利用しない手はないよ」 「「……あっ!」」 愛甲の言葉に、ファヨンとギリードゥモンが素っ頓狂な声を上げると、2人揃って顔を見合わせた。その様子を見た愛甲とシスタモンも、僅かに頬を緩ませ、すぐにまた表情を戻した。 「任務で伝えるのが最後になってしまったが……改めて、だ」 そのまま一度、軽く咳払いをして、事務的であろうとする声音でファヨンに命令を下した。 「林花英(イム・ファヨン)とギリードゥモン。君達を新たな六幹部の一人に任命する。 そして他の幹部と共に、デジタルワールドへの侵攻準備。並びに選ばれし子供の抹殺を命じる」 「……謹んでお受けいたします」 ファヨンとギリードゥモンが、愛甲の金の義眼をジッと見つめ、身動ぎ一つせずに答えると、愛甲は優しさのある声音に戻し、頬を緩めた。 「表に出る準備が終わったら向かってくれ。君達にも、期待しているよ」 「片桐篤人の奇跡は、続いたわね」 「ああ……だが、ライジンモンの敗北は決して無駄にはしないさ」 再び愛甲とシスタモンだけの空間に戻った社長室で、愛甲はライジンモン達……かつての六幹部の姿や声を順々に思い出し、拳を震わせた。 「真優美。こっちはどうするの?」 「忙しくなる。私と残した者達で、ここも守らねばならないが……その力は、十分にある」 迷いのない答えにシスタモンがそうね。と短く返すと、社長室には瞬く間に沈黙が流れた。 「白田社長や大村課長も、こんな思いをしながら、働いていたのだろうな」 かつての勤め先の上司の名を思い出すと、愛甲は瞼を閉じ、デジタルワールド帰還後の自分が送った日々を、脳裏によぎらせた。 Chapter2・不本意な出会い 「あの、雲龍みかんシェイク8つ」 夜が見えてきた夕方の街で、屋台のユキダルモンが一瞬驚いた表情を見せたが、片桐篤人からbitを受け取ると、オーダー通り作り始めた。それからしばらく待ち、プラスチック容器が8つ入った袋を受け取り、篤人とジャンクモンは小さく礼を言うと、屋台から立ち去る。 シェイクを受け取った篤人は、すぐ近くのベンチに座り、何かを話していた様子の三幸やファングモン、そして共に依頼を受けてから、行動を共にしているテイマー達にシェイクを手渡した。 「みんなお疲れ様。はいこれ」 「ありがと……なんだけど片桐、あんたも飽きないわねコレ」 「デビドラモンはこれ好き!光は?」 「……ま、私も嫌いじゃないけど」 光と呼ばれた黒い服を着た白髪の少女が、やや呆れ気味にシェイクを2つ受け取る。パートナーであるデビドラモンは、ストローが差されたシェイクを受け取ると、ウキウキとした様子で飲み始め、その様子と言葉に光は肩を竦めたが頬も緩め、飲み始めた。 「篤人さんも好きですわね。まぁ確かに、柑橘系の酸味とアイスの甘さが絶妙なこの組み合わせは、中々抗いがたいと……」 「ミユキお前、アツトより気に入ってないか?」 苦笑いを浮かべ、勢い良くシェイクを啜る三幸の言葉に、ファングモンも同じ勢いで啜り、訝しんだ言葉を向けると、三幸はこれ以上喋るなと言わんばかりの目でファングモンを睨むと、わざとらしく咳払いをして、ごまかした。 「ふぅ……毎回ありがとうございます片桐さん」 「でも……なんで毎回くれるの?」 赤髪の少年、日野勇太が一息をつくと、パートナーの鉱石の体を持つ竜、ヴォーボモンが篤人に疑問を投げかけた。篤人は言葉を選ぶために間を置き、自身のシェイクを飲み干してから、口を開いた。 「現実もデジタルワールドもさ、苦くて渋くて厳しいんだ。だから甘い物くらい食べなきゃさ、やってられないからだよ」 「まぁ、分からないワケじゃないですが……」 篤人が頬を緩ませながら、諦観を交えたように語るのを聞き、勇太は少し困惑をした様子で答えると、再びシェイクを飲み始める。 「そうは言うがユウタ。こいつ、ただ年上らしく振る舞いたいだけだぞ」 「……いま言わないでよジャンクモン……」 篤人が三幸と出会い1週間が経った。北上を続ける内に、このデジタルワールドでは比較的大きな、この街に到着した。目的地までもう少し。その前に篤人は三幸達と話し合い、しばらく路銀を稼ぐため、留まることにした。 日野勇太と鬼塚光、この2人とは同じ依頼を受け、それっきりの関係のはずが、三幸の提案とお互いに悪い感触もなかったため、気づけば既に3日、行動を共にしている。 「私の弟もそうでしたし、分かりますわよ篤人さん……いい心がけとも思いますわ」 「犬童さん、せめて例は君のお兄さんにして」 家族のことを思い出した様子の三幸が、少し懐かしげに語った言葉に、篤人は声音こそ変えなかったが、露骨に顔を顰めた。 「ぷぷっ。最初は頑固眼鏡だと思ってたけど……まぁまぁ愉快な奴だったわね、勇太」 「光、笑うのはダメだよ……俺も最初は、固い人かなと思ってけど……」 篤人は、この話の流れを作り楽しげに笑うジャンクモンに、恨めしそうな目を向け、ため息をついた。 それでも後は、このような他愛の無い話をして、夕食を取り、風呂に入り、眠る。こうして一日を終えるはずであった。 「ん?なんの音だ?」 何かが聞こえたファングモンが訝しんだ顔で、あたりを見渡し始めた。その様子を見て皆も、首を動かす。屋台が並び自販機が置かれ、噴水があり、ここに住まうデジモンが各々、過ごしている、 「……あっち!」 坂の方を見たヴォーボモンが、声を上げて指を指す。全員が一斉にそこを振り向くと、大量のペットボトルや缶ジュースが、雪崩のように坂を転がり落ちていく。坂を登ろうとしたデジモン達も、慌てて坂を下る様子も見えた。 ……自販機の業者が転んだか?目の前で起こった事の原因を漠然と考えた篤人の目の前で、勇太とヴォーボモンが駆け出す。それを見て小声で不満か何かをぼそりと呟いた光達も、それについて行く。 「出遅れたな、年上共」 「つい呆気に……でも行きますわよ皆様!」 ファングモンの茶化すように笑いに渋面で応えてから駆け出す三幸を見て、ため息をついてから篤人とジャンクモンも、駆け出した。 「あっ!落としたのあの人!」 全員で缶やペットボトルを集める最中、デビドラモンが指差した方向を向くと、底が破れたビニール袋を持ち、何かが一杯に詰まったリュックを背負った女が、右腕にカラスの乗った案山子のようなデジモン、ノヘモンと共に何かを言い合いながら必死の形相で坂を下っていた。 「あいつかぁ!袋が破れるまで買ってんじゃないわよ!あの女!!」 「話は後だよ光!」 元凶の姿を見て吐き捨てた光を勇太が宥めると、とりあえず一旦、拾ったものを一箇所に集める。たまたま缶を拾って顔を上げた篤人と、女の目が合った。暗い緑色の髪をポニーテールに束ね、浅葱色のコートを纏い、双眼鏡を首から下げた女。 多分、日本人ではない。篤人がそう反射で思った瞬間に、女はほんの一瞬、髪と同じ色の瞳で、篤人を射殺そうとする眼光を向けた。 鳩尾が冷たくなり、そこに穴が開けられるような感覚。篤人は思わず歯を食いしばったが、坂を下り終えた女の目は、顔を上げた時にはもう、にこやかな物に変わっていた。 「カムサハムニダ(ありがとうございます)」 「え?えーと……どう、いたしまして?」 「っと、いけない。日本語なら分かるよアタシ。ありがとうございます」 予期せぬ言葉に勇太は戸惑ったが、緑髪の女はそれを見て、流暢な日本語に切り替える。道端に積み木のように並べられたペットボトルと缶ジュースの山に女が目をやると、その山の主である女は、破れた袋をゴミ箱に放り込んだ。 「全くよホント。っていうかどんだけ買ったのよアンタ……」 「ミアーン(ごめーん)……っと、アタシはイム・ファヨン。韓国からこっちに飛ばされてきたの。この子はパートナーのノヘモン」 光の言葉にファヨンという名の女が、にこやかに笑いながら小さく頭を下げると、ノヘモンの本体であるカラスも頭を下げた。 それから各々が名乗った後、篤人はファヨンが自分に向けてきた、混じり気のない殺意がある冷たい目を思い出したが、余計なことは言うまいと、黙ることに決めた。 「これお詫び。後は袋買いなお…し……」 ファヨンが2リットルのペットボトルを2本ずつ、三幸と勇太に渡すと、コートから濃紺のデジヴァイスを取り出した。それを見た三幸が一瞬、何かを思い出そうとしたが、操作しながら徐々に顔を青くしていくファヨンを見て、その記憶は霧散した。 やがて棒立ちのまま顔を真っ青にすると、不審に思ったノヘモンが肩越しにデジヴァイスを覗く。 その瞬間、カラスは目玉が飛び出しそうな表情へと変わり、そこから体を震わせ始めた。 「ファヨン!あんたまた!!」 「あるからちゃんと!忘れただけだから!」 「つまり……お金が入ったデジヴァイスを忘れて、いま、無一文?」 「……はい……」 「……呆れてモノが言えないんだけど」 光はため意をつくと、地面に手をつき項垂れるファヨンとノヘモンを、呆れ顔で見下ろした。流石の勇太も、光を宥めなかった。 同じように三幸もため息をついたが、仕方がないと呆れた笑いを浮かべ、項垂れるファヨンの背中に手を置いて話しかけた。 「お住まいはどちらで?持っていきますよ」 「えっ!?あ……ここからじゃ大分遠くて……」 しかしファヨンは喜んで受け入れず、顔を上げてから、焦って拒絶をした。 「遠いのか……アツト、俺様は大して疲れてねェ、デストロモンに進化しても問題はねェが……」 「と……遠い上に空中から入れない所にあって……」 続けてのジャンクモンの提案も、ファヨンは慌てて立ち上がり拒絶し、今度はノヘモンと向き合い何かを話し始めた。 「あいつ…なんか怪しいな……」 「……何かするのは、まだ早いよ」 疑いの目をファヨンに向けるファングモンの言葉を、篤人は自身に向けられたあの目と共に振り返ったが、いま目の前で何かを言い合うファヨンとノヘモンを見て、どうにも繋がらず、見間違いだと思うことに決めたのだった。 やがて2人の話し合いは終わったらしく、ファヨンが惜しむような顔で、指で左頬を掻きながら気恥ずかしそうに口を開いた。 「ねぇ、もういいからそれ全部持って……あっ」 そして腹が鳴った。その音を聞いた瞬間にノヘモンが鬼の形相でファヨンを睨んだが、直後に同じ音がノヘモンからも聞こえ彼女も項垂れると、居た堪れない沈黙が始まった。 「どうするの勇太」 「今の音聞いたら、流石に放っておけないよヴォーボモン。でも、どうしようかな……」 ヴォーボモンと目を合わせ、考え始めた様子を見せた勇太に、篤人は近づき肩に手を置いた。 「しなよ。君が考えてることそのまま」 「えっ、でも……」 「なァに、余程のことするなら止めるぜ。その前にヒカリちゃんにドヤされるだろうがな」 ジャンクモンがニヤリと笑って光の方を見ると、光は片眉を上げたあと、このお人好しどもめ……と半ば諦めと安心感が混ざった言葉を吐き捨てた。 「じゃあ……ええと、ファヨンさん。もし、嫌じゃなかったらなんですが」 Chapter3・純真なるお姉ちゃん シャリの実が詰め込まれた使い捨ての容器に、とろみのついたカレーがかけられる。スパイスの刺激と甘さを感じる香りが鼻を通り脳に届くと、ファヨンは目を開いてチャルモッケッスムニダ(いただきます)と声を上げ、すぐ口に入れた。 煮込むうちに幾らか溶けた野菜の、優しい甘み。大きめに切られた人参の歯ごたえやシャリの実の食感。町で売られているルーや野菜で作られた、どこででも作られるようなカレーライス。ファヨンの記憶には無いが、家で食べたことがあるはずの、口に入れると何かが胸に染み込んでいく味。 隣に座るノヘモンを見ると、必死に啄んでいる。更に周りを見渡す。片桐篤人や犬童三幸、そのパートナー達も笑みを浮かべて、口に運んでいる。中心となって作った日野勇太が、その様子を見てにこりと笑った後、白い三角巾を外して自らも食べ始めた。 (……何でアタシ、殺すはずの邪魔者とカレー食べてるの……?) やっと出てきた戸惑いの感情も、二口目を口にした際に思わず出たマシッタ(美味しい)という言葉と共に、また頭の隅に追いやられた。 (まぁいいか。街中で四人の相手は、究極体になっても分が悪かった) 「カレー食べたのなんて何年ぶりだろ!ほんとアリガト勇ちゃん!!」 「急に気安くなったわねコイツ」 「ま、まぁまぁ光……でも年単位ですか……」 もうすぐ闇に包まれる森の中で焚火を囲い、ファヨンは勢い良くカレーライスを口に運ぶ。その最中で気安い呼び方をした事に対し、光がジトッとした目をファヨンに向けるが、勇太はそれを宥めながらも、顔を引き攣らせていた。 戸惑いながらの勇太の誘いを、ファヨン達は結局、空腹に負けて受けた。野外用のテーブルに置かれた2つの鍋からも漂う同じ香り。それを見ると、目の前で残り僅かとなったカレーをどうすべきかと考えてしまうのであった。 「私からも礼を言わせて。このアホが本当に迷惑をかけた……いや私もだが……」 「礼なら日野君に。僕は何もしていません」 「まぁ、篤人さんもお肉を分けたと思いますが……間が良かったのは本当ですわよ、ファヨンさん」 一足先に食べ終えたノヘモンが、本来ならば殺すべき対象である片桐篤人と犬童三幸に、自然を装って礼を言うと、片桐は表情も動かさず、犬童は苦笑いを浮かべながら、既に三杯目のカレーにあらためて手を付け始めた。 「こうやって大人数で食べたの初めてだよアタシ。向こうに居た時は、家族はいた、けど……」 最後の一口を飲み込んだ後、自然な流れで口にした言葉で、ファヨンは体が内側から抉られるような感覚が、掌には、刃物を押し込んだ感覚が漏れ出るように広がり始めた。 「えっと……ファヨン、さん?」 動きの止まったファヨンに、三幸は背筋に冷たいものを感じながらも声をかけようとした。パチパチと焚火が音を鳴らす中、変わった雰囲気を一番強く感じ取った様子の光が、言葉を選び終えたように、三幸を手で制し、歩み出た。 「何があったか聞かないけど、食べて気が紛れるなら、まだ残ってるし食べなさいよ」 光がファヨンに、暗い何かを感じ取った声音で話すと、ファヨンの掌からあの時の感覚が抜けていく。その様子を見て勇太やデビドラモン達が誇らしげに笑うと、光は彼らを無言で睨みつけた。 「……家族と離れて年単位で経過したから、寂しくなっただけ!変な空気にしてゴメンね!」 「大丈夫ですわよファヨンさん。その気持ち、誰にでもありますから」 後頭部に左手を回して申し訳なさそうに苦笑いをするファヨンに、三幸は少し寂しそうに笑った。 「それにさ、ここに居る間はノヘモンが妹……家族みたいなものだしね」 「何を言ってるのファヨン。姉は私だけど」 「ウェ?」 パートナーからの思わぬ即答に面を食らったファヨンは思わずノヘモンに顔を向ける。その様子を見て周りは、彼女達か似たもの同士のように思え、雰囲気がまた、朗らかな物へと戻っていった。 「家族かぁ……そうだ勇ちゃん?ちょっとアタシのこと、お姉ちゃんって呼んで?」 「はい?なんて??」 突然のファヨンの言葉に、勇太は目を白黒させてそのまま固まった。 「待って?流石に勇太も困ってるよ!?」 ヴォーボモンの言葉に構わず、ファヨンは立ち上がって近づくと、両肩に手を置き勇太の顔をジッと見つめる。橙の瞳から幾らかの照れと困惑を伝わらせながら、勇太は顔を仰け反らす。 クィヨプタ(可愛らしい)。ファヨンがそう思った直後に、肩を掴まれ……いや、肩に少し爪が食い込んだ感覚がした。むず痒い物を感じ後ろを振り返ると、光が必死に、悪鬼のような形相を作りながらファヨンを睨み、デビドラモンは申し訳なさそうファヨンを見て、光を腕を押さえていた。 「おい片桐!見てないでこの姉になろうとしてる不審者をつまみ出すの手伝え!!」 「まァ、落ち着けよ光ちゃん」 「爪はやめなよ鬼塚さん」 光が片桐達に向けて声を張り上げるが、ジャンクモンは笑うだけで何もせず、片桐も抑揚のない声で目も合わせずに返すのみであった。 「ミアーン。ちょっと昔にね、弟欲しかったこと思い出しちゃってつい……」 「何がついよ……ったく!」 止められた事と謝られたのもあり、光は渋々、ファヨンの肩から手を離す。そしてファヨンも勇太に小さく謝り手を離した。勇太は、解放された安心感からホッとした心地になり、息を吐いた。 「まぁ、可愛げある弟がいいのは分かります」 「片桐さん、弟が居たんですか?」 「僕が弟。それも可愛げ無くて反抗的な」 勇太の問いに片桐は、言葉通りに可愛げの欠片もなく即答すると、手もとにあったコップの水を一気に飲み干した。 「じゃあ勇ちゃん。お姉ちゃんも、おかわりもらうね。小さめの鍋のほうはどうなってるの?」 「あ……そっちは光の……」 「あっごめん……アレルギー持ち?」 「いや、野菜が苦手なだけだよ……」 苦手なだけ。他にも言いたいことを堪えたようなヴォーボモンの言葉を聞き、ファヨンは冷たいものが芽生えたように感じ、光の方を目をやる。 「そっか、苦手なんだ」 言い切るような声音で話した後、ファヨンは大きな鍋のほうへ向かった。 「チャルモゴッスムニダ(ごちそうさまでした)」 10名分のカレーは、全て空になった。それを見た勇太は、嬉しそうに笑う。その笑みを見終えた直後、ファヨンはとてもバツが悪そうに口を開いた。 「本当にありがとうなんだけど……申し訳ないことも言っていい?」 「え?何かありました?」 「……テントあるし一日くらい、どうにかなった」 ファヨンのその言葉に、全員がガクリと肩を落とした。光に至っては、若干苛立ちを感じさせる視線で、ファヨンを見ている。 それまでにこやかだった空気が今度は、呆れたものに変わる中、三幸が口を開いた。 「空腹や焦りは、こうなるって事ですわね」 「本当にごめん!!」 自戒混ざりの三幸の苦笑いを見て、ファヨンは眼前で両手を合わせて謝る仕草を見せると、そのまま2リットルのペットボトルを何本か、テーブルの上に置いた。 「これお礼。私はこの辺でテント張って過ごすよ。明日には、何とかなるから」 「このアホが本当に迷惑をかけた。これ以上、迷惑はかけられないよ」 ファヨンとノヘモンの言葉に、片桐達は少し話し合った後、ファヨンに別れを告げ森から去って行く。 ファヨンは彼らを手を振りながら見送ると、ある程度離れた所で、今度は双眼鏡越しに値踏みをする目で、見送った。 「こんなに早く、片桐と遭遇するなんて……」 「全く、社長から受け取った物を初日から忘れる奴がどこにいるのよ。命拾いしたのこっちよ。」 片桐達と夕食を共にした場所から、少し離れた所(テントを張ったファヨンは、ノヘモンをギリードゥモンに進化させると、そのままランプだけを灯したテントの中で、オセロに興じ始めた。 「それにしてもファヨン、あんた赤髪の子の、随分と気に入ったね……よし、角取れた」 「あの時言った通り、ああいう可愛げある弟が欲しいだけ……こっちも角取った」 「……あっちの白髪のほうの子は?」 ギリードゥモンの言葉に、ファヨンは一瞬手を止め、考えた素振りを見せた後に石を置くと、近くに置いた缶ジュースを飲み干してから、口を開いた。 「何かあった感じするけど悪い子じゃない。でもね?学校の委員長とかのほうが、勇ちゃんにはお似合いだと思うのよね……だから、ね?」 「アンタ、すごく理不尽な姉ね……私の勝ちよ」 負けた事に小さく悪態をつくと、ファヨンは立ち上がってギリードゥモンの隣に移動する。2本の缶の麦茶に手を伸ばすと、そのまま両方のプルタブを引き、1本をギリードゥモンに手渡した。 「多分だけどあの2人、よそのデジタルワールドの子だよ。たまに起こるやつ」 「別レイヤーのデジタルワールドと混ざったなら……いい品を【仕入れる】チャンスね」 ギリードゥモンが麦茶に口につけると、側に立て掛けた狙撃銃に手を伸ばした。 「鬼塚光の素質なら、オークションに出せれば5000万bitは行くはず。 その分手強いから……無理そうなら、殺すか」 「……日野勇太の方は?」 「絶対に殺すな。捕まえてサジャンニムに頼み込んで、私の弟にする」 拳をグッと握りしめ、強い声音で話すファヨンに対し、ギリードゥモンは呆れたようにため息をつくと、麦茶を一気に飲み干した。 「……ま、ああいう可愛げあって甲斐甲斐しいのは、出せば意外と人気するしね」 「売る前提にしないでよ……でも勇ちゃん、テイマーとしては変な違和感あるんだよね……まぁ、それはサジャンニムに見て貰えばいいか」 「そして本題。片桐と犬童の抹殺ね」 ギリードゥモンの真剣な声音を聞き、ファヨンも麦茶を飲み干す。それから2人の写真を取り出すと、ダークグリーンの瞳を殺意で黒く濁らせた。 「朝になったら動く。向こうは今日、間抜けな女と会った日くらいしか、思ってないはずよ」 先ほどまでのにこやかな声音は消え去り、ファヨンの声と目は、冷たいものへと変貌した。 「サジャンニムは、両親を殺した私を拾って、アンタにも引き合わせてくれた……そして、こうして重用もしてくれている」 ギリードゥモンがどこか嬉しそうに鼻を鳴らしたのを聞いた後、ファヨンは片桐篤人と犬童三幸の写真を床に並べ、手に取ったサバイバルナイフで突き刺した。 「だから、あの人が望む世界への復讐のため、奇跡に縋って悪あがきをしてるこいつらを、殺す」 そのまま写真をナイフで切り裂くと、ファヨンの目はまた、にこやかな物へと変わり、鞄を漁ってカードの束を取り出した。 「ってことでギリードゥモン。次は寝るまで……このジョグモンをやろ!」 「ねぇファヨン、ソレ本当に流行ってるの?」 Chapter4・純真なる不審者 朝焼け混じりの木漏れ日が差し込む森の中、ギリードゥモンが樹間に紛れ構える狙撃銃・べリョータの銃口は、1km先にあるテントを、微動だにせず捉え続けている。コートをギリードゥモンのテクスチャと同じ色の物に替えたファヨンも、首に掛けた双眼鏡で、枝葉の緑と樹木の茶色がなだらかに続いていく空間を、無言で見続けている。 しばらくしてテントが微かに動くと、灰色の服を着た男と、小型のデジモン……マメモンが談笑しながらテントから現れた。それを見たファヨンは双眼鏡の倍率を上げ、男の顔を捉える。ひげの剃り残しが目立つ、20代半ばか後半の男。そして、双眼鏡越しのファヨンの視界の右下に表示された【登録無し】の四文字。 【商品】だ。それを確かめた瞬間、ファヨンは無感情に進める流れ作業にあたるような声音で、短く言った。 「ギリードゥモン、撃って」 「……コアシュート」 べリョータの花弁のような銃口から火が吹き、弾けた音を鳴らす。無風の静寂に針で穴を開けるように放たれた銃弾が、小さな風切り音と共に真っ直ぐと進んでいく。 銃弾が届く直前、何かに気づいたようにマメモンが振り向いた。だがその瞬間、弾丸はマメモンの体を貫いた。 「デジコアに命中」 ギリードゥモンが短く言う。撃ち抜かれたマメモンは何かを伝えるようにテイマーの方を向き口を開くと、そのまま0と1に変わり、消えていく。 テイマーは消える瞬間を見届け前に走り出した。だがその瞬間、突然伸びてきたツタが足に絡み、引きずり倒される。男は激しく抵抗をするが、落葉だらけの地面から黒紫の大渦が巻き起こり、男は何かを叫びながら、飲み込まれた。 「これで、この前逃がした分は帳消し」 パートナーデジモンを始末し、テイマーはダークエリアに送った。完全体まで進化させたテイマーならば高く売れる。双眼鏡の倍率を戻し、左右を見渡す。やや暗く濃い緑の葉を茂らせる樹木が立ち並ぶ中、持ち主を失ったテントが吹き始めた風で僅かに揺れ動く。 何かの影は無い。それを確認したファヨンは双眼鏡を降ろし、淡い緑のデジヴァイスをコートから取り出すと、通信を始める。 「スゴヘッソ(お疲れ)。朝早くからごめんねブロッサモン!後はお願い!」 淡々とした無感情な声音を明るい口調に変えて連絡を行うと、返答を聞いたファヨンは通信を切る。狙撃銃を降ろしたギリードゥモンを同じ言葉で労うとノヘモンに退化させ、落葉の少ない場所を確認して、ゆっくりと歩き始めた。 「さて、朝ご飯、食べに行くよ」 「食べに行く?テントにあるもの使わないの?」 「そ。あ、一応……これ置いて行こうか」 ファヨンはノヘモンに向けて淡い緑のデジヴァイスと【純真の紋章】を見せると、歯を見せ、にかりと笑った。 篤人達が泊まる宿に、食事はついていない。そのため、街に滞在している間は勇太や光達と共に、食事をしている。朝、全員が町外れに集まると先日のうちに買い集めた食材で、調理していく。 篤人も三幸も、調理は不得意だった。一番慣れてるように見えた勇太は「まぁ、回数もありますし……」と、困ったことを思い出した苦笑いを見せた。 それに対して篤人と三幸は、何も聞かなかった。後は他愛のない話で沈黙をごまかしながら、八名分のサンドイッチを完成させた。 シートを敷き、使い捨ての皿を用意して、いざ食べようとした時、ファングモンとデビドラモンが動きを止めた。 「どうしましたの?ファングモン、デビドラモン」 「……誰か来る……あれ、この感じ昨日の……」 「……うわ、マジか……」 やがて靴音が聞こえ、それが徐々に近づき始めると、篤人の視界にはダークグリーンの髪が映り……困惑の感情が一瞬で全身に広がった。 「アンニョン(おはよう)!勇ちゃん、今日の朝ご飯はサンドイッチ?」 「は!?ファヨンさん!?なんで!?」 推定13時間、あまりにも早いファヨン達との再会に、全員が閉口した。そんな様子に構わずファヨンは、地面に敷かれたシートの上に座る勇太の後ろから首に両手を回し、肩にあごを乗せる 「あ、あの……離れて……」 勇太は照れながらも、少し嫌がった様子で首に動かすが、ファヨンは構わずに全員の手許に置かれているサンドイッチを見て、話しかける。 「ねぇ勇ちゃん。お姉ちゃん達の分、あるよね?」 「アンタ達の分はない!帰れ不審者!!」 勇太の隣に座る光が、赤鬼のように顔を紅潮させると、そのまま虎の咆哮のように怒鳴りつけ、ファヨンの腕を掴もうとした。それを見てファヨンは「ミアーン(ごめーん)」と軽く笑い勇太から離れた。 篤人は勇太達のやり取りを見て、君がしたいようにすればいい。そう勇太に言ったことを今になり……余計なことを言った気に、なり始めた。 「というか……ファヨンさん?昨日確か……後は何とかなると言ったはずでは……?」 「何とかなったし材料費は出すよ。まぁ……可愛い弟に会いに来たってことで!」 「結局厄介になる気だよ、勇太」 三幸の言葉にあっけからんと返すファヨンに、ヴォーボモンはため息をついた。 結局……材料費は出すならと、2つ余ったサンドイッチをファヨン達に渡すと、ファヨン達は大喜びで頬張り始めた。 「またこのアホがすまない……が、今回はすぐに返すから見逃してね勇ちゃん」 「ノヘモン…君まで…」 少し申し訳無さそうな様子は見えるも、気安く呼ぶノヘモンの言葉に勇太は顔を引き攣らせる。 「ったく!こいつのお人好しにも困ったもんね……っていうか片桐!コイツのことはアンタにも責任あるでしょ!」 「おいおいヒカリちゃん、かと言って見捨てんのも嫌だろ……」 不満はあれど仕方なさそうにしていた光が、昨日のことを思い出し、不満の矛先を篤人に向けた。ジャンクモンがそれを宥めるが、篤人は表情も変えずにサンドイッチを一口齧ってから、口を開く。 「いいじゃないか。そういうお人好しの日野君がいいのは、鬼塚さんもだと思うけど」 「それはそれ!これは良いわけあるかぁ!!」 怒りと照れが激しく駆け巡った表情で一度歯を食いしばってから、光は今にも牙が生えて形相で篤人を睨んだ。 その様子を見てファヨンは、一瞬、冷たい……針で突き刺すような目を見せてから、からかうようにニヤリと笑い、勇太は何かを押し込めるように、俯いた。たまたま視線がそれらに向いた光は、ドサりと座り直して、湧き上がった感情ごと、瓶の牛乳を一気に飲み干した。 喧騒から始まった朝に、篤人はため息をつく。その直後、遠慮しがちに肩を叩かれ篤人は振り返る。 三幸が、眉を下げて何かを言いたげな表情をしていた。それを感じ取った篤人は「ここじゃ言いにくい?」と小声で聞くと、三幸は首を縦に振った。 「ごめん。部屋に忘れ物した。すぐ戻ってくる」 それだけを勇太達に言うと、篤人と三幸はシートから立ち上がり、その場を離れた。 篤人達がファヨンや勇太達の姿が見えなくなる所まで離れると。三幸はが苦々しく口を開いた。 「篤人さん。昨日……ファヨンさんの持ってたデジヴァイス……ひと屋の鳥谷部って人のと同じで……」 自信なく戸惑いながら話す三幸の言葉で、ファヨンが自分に向けた目や、ファングモンが怪しんだことを思い出し、篤人が疑問に感じた点が、線へと変わっていく。 「……教えてくれてありがとう。犬童さん」 硬い笑みで三幸に礼を言うと、そこから暗い熱を抑え込むように目を伏せてから、話を続けた。 「ただ……それを言ってもシラ切られて終わるかな」 「それだけならいいまであるぞミユキ。下手なことしたら、ユウタやヒカリも巻き込む」 篤人とファングモンが眉間に皺を寄せながら話す様子を見た三幸は拳を握りしめ、不服そうに答えた。 「歯痒いですが……勇太君や光ちゃんを巻き込むのは、嫌ですわね」 「ま、あいつにはこっちの話をしないってだけでも、取れる手段にはなるぜミユキちゃん」 ジャンクモンが三幸に、あくまで明るい口調で返したのを聞いて篤人は表情を戻し、まだ言いたいことは無いかとだけ三幸に確認をし、彼女が首を横に振ったのを見て、「じゃ、戻ろうか」とジャンクモンのように少し明るく言うと、そのまま勇太達の元に戻るため、歩き始めた。 「へぇ……今日は、東のほうに行くんだ」 「はい。夕方か夜には、戻るんです」 朝食の最中、勇太から依頼の行き先を聞いたファヨンは、一瞬ノヘモンに視線をやった。それからコートから【濃紺】のデジヴァイスを取り出し、地図の画面を開くと、しばらく無言で眺め、ノヘモンにもそれを見せてから、口を開いた。 「あの辺は……整備されてない荒地だから足元には十分、気をつけてね?」 「え……あ、はい」 「後は……荒地だから、低木が集まってる所や草丈の高い所にも気をつけてね。大体、不意打ち狙いのデジモンが隠れてるから」 少し言葉を選びつつも思ったままに話したファヨンの忠告に、勇太達は少し固まっている。その様子を見たファヨンは、余計なことを言ったかと思い、またしてもノヘモンに視線を送ると、ノヘモンは呆れたような視線を返してきた。 「アンタ、ひょっとして行ったことあるの?」 「アタシ、地図は見慣れてるから大体分かるだけ、それに……ノヘモンの力だと、自分で歩くしかないからさ?」 「ただでさえ案山子引きずってるのに、こいつまで引きずれないよ。多少足太くなるくらい我慢して」 「怒るよ」 「ごめん」 光の問いに半笑いを浮かべたふざけたやりとりでごまかしたファヨンは、僅かに残ったサンドイッチを、そのまま口に放り込んだ。 「チャルモゴッスムニダ。ありがとね、勇ちゃん……そうだ。この前のお礼と材料費含めて、お姉ちゃんがお小遣いあげるね」 「え!?貰えませんよ!?」 「いーの!ほら、デジヴァイス出して!」 ファヨンの圧に押されて傷だらけのデジヴァイスを取り出す。ファヨンは勇太のデジヴァイスを見て一瞬、目を細めてから、濃紺のデジヴァイスの操作し、送金をした。 勇太は難しい顔をしたまはま送信された記録を見た後、顔を強張らせ、固まった。 「あれ?どうしたの?」 「……ファヨンさん?あの、操作間違えました?」 ファヨンが勇太の言葉に目を丸くしている間に、篤人の「ごめん!いま戻った!」という声と足音が聞こえた。その瞬間にファヨンは、誰にも目を見せないように、一瞬だけ俯いた。 「片桐!この不審者、今度はお小遣いとか言ってんだけど!昨日は無一文だったクセに!!」 光が強い剣幕で抗議するように篤人に伝えると、篤人は少し黙った後に目を細め、口を開いた 「僕は材料費含めて多少なら受けとって良いと思うけどね。昨日のこともあるし」 「多少じゃないです片桐さん!俺のデジヴァイスを見てもらってもいいですか?」 勇太の間違いであって欲しいという願うような声音を聞き、篤人は眉を顰めてから、勇太のデジヴァイスよ画面を覗いた。 送金記録・60000bit 表示された画面を見て、篤人は眼鏡を外して目を擦ってから、もう一度見直す。やはり、同じ文字が表示されている。篤人は周りに一応確認してとだけ伝えると、ファヨンを向き、問い始めた。 「ファヨンさん。奮発しすぎです。それに、無一文だったあなたが、なんでこれだけのお金を?」 「あー……もう一つのほうにはあったの。今度はそっちを、テントに忘れちゃったけど……」 その後ろで送金記録を確認したヴォーボモンや三幸の驚きの声や、ジャンクモンの操作ミスを疑うような声を聞きながら、ファヨンは額を右手人差し指で掻き、困った声音で答えた。 何か隠してるか、何かをした後だ。篤人は確信して……後ろの仲間達に目をやると、光がゆっくりと近づいてきた。 「悪いけど片桐、私も聞きたいことがある」 「……分かった。先にいいよ」 冷静な口調から何かが染み出した雰囲気を感じた篤人は、背中に冷たいものを感じ、下がった。 「ファヨン。アンタ……勇太にして欲しいことでもあるわけ?」 自分が見てきた物に対しての嫌悪感や暗い怒りの混ざった目で、低く光は問いかけたが、ファヨンは……目を丸くして、きょとんとしていた。 その様子に違和感を感じた光が、改めてファヨンの暗い緑の瞳を、じっと見る。まるで、頭上にクエスチョンマークが浮かんでいるような、目。 やがてファヨンが、勇太のデジヴァイスを確認すると……口で手を覆い、申し訳無さそうに返した。 「……ミアーン……一桁多かった……」 「またかアンタ!こいつの人が良いことに感謝しなさいよホント!!」 それから操作をし直し、6000bitの送金を行う。それでも勇太は受け取ることを渋ったか、ファヨンとノヘモンに押され、苦笑いを浮かべめ、謝礼を受け取った。それから依頼に向かうために去って行く勇太達を、手を振って見送った。 「どうするの?ファヨン」 ノヘモンに問われたファヨンはデジヴァイスを操作し、篤人達が通るであろう道の地図をしばらく眺めると、ノヘモンにその画面を見せた。 「山林地帯。街道を通るなら……ここから狙える?」 「十分。他は?」 「協力者が2人欲しい。試したいことがあるし、上手くいったら分断も狙えるかもしれない」 「本部に連絡ね……ま、刺客を送るよりはマシな動きって所?」 「そうね……最悪は見逃して、行き先だけ連絡しましょ……ところでさ、ノヘモン」 ノヘモンが何?と返すと、ファヨンは苦い顔を浮かべ、頬を掻きながら口を開いた。 「小学生?のお小遣いに6万円って多いの?ほら、最近の子供ってさ……お金かかるみたいだし……」 「多い多い、アンタがどうだったか思い出せ」 「……あの頃には、コンビニと塾くらいしか行かなかったから、分かんない」 かつてを思い返すと伏せた顔からでも分かる沈んだ声音で答えるファヨンに、ノヘモンは「悪かった……」とまた、申し訳無さそうに答えた。 Chapter5・分断作戦 依頼を終えた篤人達は、足元が小石や雑草に塗れた荒地から整備された街道に変わった所で、休息を取ることに決め、草むらの中に無造作に置かれた家電のオブジェ近くにシートを敷くと、皆が思い思いの場所に座り、ミネラルウォーターに口をつけた。 「ふぅ……お二人とも、明日でお別れですわね」 一息がついた所で、三幸が勇太達に向かい、少し名残惜しそうな顔で話しかける。 「ま、短い間だったけど嫌じゃ無かったわよ……妙な不審者にも会わなけりゃもっと良かったけど」 「デビドラモン、もうあの人と会いたくない……」 ファヨンのことを思い出し、忌々しそうに口を開いた光の言葉に続き、デビドラモンが不安げに俯きながら話す。その様子を見た勇太やヴォーボモン、テイマーである光は、意外そうに目を丸くした。 「あのファヨンって人、なんだったんだろうね勇太……お姉ちゃんじゃないのは分かるけど」 「考えんじゃないわよヴォーボモン!あいつは間抜けな不審者!!それだけよ!!」 「落ち着いてね光……でも悪い人、では無さそう、だったし……変わってる人、ってだけかな……」 思い返し憤る光を一度宥めてから、適切な言葉を探るように歯切れ悪く話す勇太を見て、篤人は三幸の話を思い返すと、腹の底から湧いた【ひと屋の関係者かも】という言葉を押し込み、水を飲み干して無表情で答えた。 「ああいう人もいるのは、現実もデジタルワールドも同じって「ご、ごめん!助けて!」 助けを求める声に、皆が振り向くと、片腕を押さえ、痛みから顔を歪ませているガオモンが、ゆっくりと篤人達に向かってくる。それに勇太が真っ先に近づくと、押さえている腕の観察を始めた。 「これなら回復ディスクでどうにかなるね……でもどうしたの?」 「誰のかは分からないけど、銃弾か何かが当たっちゃって……うん、ありがとう。」 勇太はヴォーボモンが持ってきた回復ディスクをガオモンに使うと、ガオモンは撃たれたであろう腕を振り回して感覚を確かめ、勇太に礼を言う。そして少額のbitを渡すと逃げるように去っていった。 「リボルモン辺りの流れ弾かな?大した怪我じゃないし良かったけど……」 ガオモンを見送り終えると、篤人は眼鏡を外して目を擦り、考え始めた、 「ちょっと片桐。面倒になる前に戻るわよ。こんな時間に巻き添えは嫌よ私は」 少し苛立った様子のある光に視線をやってから、あたりを見渡す。街道を進めば、1時間程度で街に着く。夕焼けが夕闇に変わりつつある中戦いに巻き込まれるのは、光の言う通り、面倒になる。 「鬼塚さんの言う通りかな……ジャンクモン、デストロモンにはなれそう?」 勇太も三幸も、篤人の答えに考えた様子を見せたが、反対はしなかった。 「俺様はいいが……ただの流れ弾かもしれねェのにいいのか?お前も疲れるぞ?」 「暗い時に面倒を避けたいだけだよ。デストロモンになって……山林側は避けて、戻ろうか」 ジャンクモンの言葉に少し申し訳無さそうに篤人が返すと、黒と紫のデジヴァイスを取り出した。 「よし。ジャンクモン、進……」 デジヴァイスが輝く前に、銃声のように聞こえた音と、悲鳴が聞こえた。その瞬間に篤人は進化を取りやめ、音のした方向へ駆け出した。 「すまん人間!なんか持ってねぇか!?」 街道外れの冷蔵庫のオブジェを背に座り込み、足を抑えて苦悶の表情を浮かべるフーガモンに話しかけられ、駆け寄った三幸が回復ディスクを使用した。 「傷は大丈夫……あの、さっきの音はどこから?」 「すまねぇ……多分だが、あっちのほうだ」 傷が癒えたフーガモンがゆっくり立ち上がると、山林の方に指を差した。 「この辺、ギリードゥモンかバルチャモンの縄張りなんてないんだがな……。 とにかく助かったぜ。お前らも気をつけろよ」 フーガモンは何度か足を上げ下げした後、幾らかの果物を三幸に渡し、立ち去っていく。 篤人はフーガモンが指差した、山林の方に目をやる。夕闇の僅かな橙色が映る暗い木々が、風で揺れ動く。輪郭すら分からない存在が、銃口を向けているかもしれない。 腕を撃たれたガオモンもまさか?そこまで思うと篤人は、早く戻ろう。そう口に出そうとした。 「片桐さん。俺、放っておけません」 篤人より先に、勇太が、口を開いた。 「ちょ、勇太!」 「勇太君の言う通りです篤人さん。縄張りの主張にしても、やりすぎです!」 「あんたもか三幸!」 勇太の言葉に続いた三幸に、光は短く吐き捨てた。 「待ちな。夜の森は流石に危険だぞ……オレが言うんだ。間違いない」 ファングモンが、思い出した事柄から苦々しく唸りながら話す。三幸はそれを聞いてすぐに落ち着いたようで、苦々しく話すファングモンに「思い出させてごめんなさい」と小さく謝った。 「明日、準備をして明るくなってからやろう」 「結局か……ったく!誰だか知らないけど最後の最後で!!」 篤人の判断を聞いた後、光は山林に向かって悪態をついた。 「……おい片桐!決まったんならさっさとデストロモンに進「みんな!散って!!」 突然のデビドラモンの叫びに、反射で全員が散らばるように動いた。僅かに遅れ、耳に入った重い射撃音と共に、地面が貫かれる。篤人が地の窪みに視線をやると、薄茶色の種が草むらを穿って、地に埋め込まれていた。 「アツト!あいつらが撃たれたのこれか!?」 「まだ分からない!でもそうだと思う!」 ジャンクモンの疑問に篤人が返すと、すぐにデジヴァイスを取り出し、進化をさせようとした。しかしその瞬間、地を穿った種子が急速に芽吹くと、茨が次々と伸びていき、散らばった篤人達を分断する壁のように、急激に成長していく。 「ヴォーボモン!この茨、焼き払える!?」 「やってみる!……プチフレイム!!」 勇太の指示を受けたヴォーボモンが口から小さな炎を吐き出すと、茨は燃えて灰へと変わり、茨の壁に黒く焼け焦げた穴が、穿たれる。 「よし!これなら進化すれば……あっ!?」 しかし、穴はすぐに再生した茨で再び塞がる。ならばと三幸がファングモンをヘルガルモンに進化させ、茨の壁に爆炎風を浴びせたが、更に大きく焼けた穴が、同じようにすぐ再生するのみであった。 「ちょっこれやば……勇太!」 「犬童さん!日野君をお願い!!こっちは僕と鬼塚さんで何とかする!」 茨で埋まった壁の向こうに残された篤人と光の姿を、三幸は言葉を返す間もなく見送ると、歯を音を立てて軋ませてから、右頬の裂傷に手を触れた。 「光!!……三幸さん、早くこの壁を何とか!」 「勇太君。光ちゃんが心配なのは分かりますが……少し、耐えてもらいますわよ」 三幸の言葉を聞き、勇太は喉元から出た言葉ごと押し込めるように、唾を飲み込み、堪えた。その姿を見た三幸は小さく礼を言うと、右頬の裂傷に手を置いたまま、話し始める。 「勇太君。私達……多分、狙われましたわ。そうじゃなければ、分断までするか怪しいですもの」 「狙われた?誰に?」 「そこを考えるのは後にするぞヴォーボモン……来やがった……」 ヘルガルモンが固唾を飲み込むと、いつしか夕闇から夜の闇へと変わった草むらを踏みしめる音と共に、金属が擦れる音が聞こえてきた。 夜の世界でも映える銀の甲冑を纏い、両肩に赤い花を咲かせた騎士のようなデジモン、ブルムロードモンが三幸と勇太の前に現れると、一切の言葉もなく、花の槍を二人に向けた。 「勇太君!援護を頼みますわ!!」 「はい!……ヴォーボモン!超進化!!」 勇太が傷だらけのデジヴァイスを取り出すと、ヴォーボモンは黒い鉱石を鮮やかな色で赤熱させた、巨大な翼を持つ竜へと姿を変えた。 「切り抜けるよ!ラヴォガリータモン!」 「うん!……ヘルガルモン!」 「ああ、しっかり働いて貰うぞ!!」 ラヴォガリータモンに言葉を返すと、ヘルガルモンは爪に炎を纏い、ブルムロードモンに突撃した。 篤人は壁の穴が塞がっていくのを見た瞬間、すぐにデストロモンへと進化させた。ライジンモンとの戦いで果たした山のような巨体の7割程度。それでも、大型の完全体よりも大きく、怪獣といって差し支えは無い巨竜が、篤人に振り向く。 「問題ねェアツト!何かに引っ張られそうな感じはない!!」 出力を抑えた姿で、パートナーと意思疎通が出来ることを確認した篤人は、すぐに光の方に視線をやった。篤人の目と茨の壁を交互見て、すぐにデビドラモンをレディーデビモンに進化させた。 「ああもう!よりにもよってアンタと!!」 「不満は後で好きなだけ吐いて!まずどこに敵がいるか……」 「みんな!上!!」 不満を吐く光に対して顔も見せず篤人が答えながら、レディーデビモンの声に反応して咄嗟に上を見る。空から突風のような音を鳴らす細い茨が、デストロモンに迫っている。それに気づいたデストロモンが、左腕の大爪を振り上げ迎え撃つ。 茨の鞭の切っ先が爪に触れ、大砲のような轟音と共にデストロモンの爪が、鉄の杭を撃ち込まれたみたいに砕け散る。 「デストロモン!?」 「っぐ……かまうな篤人!三連装砲は無事だ!」 デストロモンは、苦悶の声を堪えながら鞭が波打ち戻る方へ、三連装砲を構えた。それから軽い着地音と共に、鞭は薔薇の女王とでも形容すべきデジモン、ロゼモンの手元へと戻っていく。 「あの白髪の子か……中々、可愛いじゃない」 ロゼモンが鞭を振り回しながら、薔薇の意匠で隠れた目からも感じられるような値踏みをする視線と言葉を、光に向ける。 「さっさと引っ込め不審者!幾ら私が美少女だとしてもね、そういうのはお断りよ!!」 「帰れおばさん!!」 それに対した光とレディーデビモンの罵倒に、ロゼモンは僅かな苛立ちから、口元を歪ませる。 「おい片桐!さっさとあの不審者吹っ飛ばして勇太達と合流するわよ!」 「そうだね……デストロモン!」 篤人の言葉に応えて、デストロモンは三連装砲から光弾を放つ。それに対しロゼモンは鞭を瞬時に縮めて振り回すと、それを弾き、防ぐ。 「レディーデビモン!あんたは上から!!」 「オッケーひか……」 レディーデビモンが飛び上がった瞬間、何かを察してレディーデビモンは留まった。 その直後、何かがレディーデビモンの左肩と翼を貫いた。 「ちょっと!何が「鬼塚さん!まずこっち!!」 撃ち抜かれた左肩を抑えるレディーデビモンに光が駆け寄るが、すぐに篤人が腕を掴み、デストロモンの後ろまで光を引っ張った。 ロゼモンの鞭が、レディーデビモンに風を引き裂くような音を立て迫る。デストロモンが庇うように鞭に向けて爪を振り下ろす。それを見たロゼモンは鞭の下から振り上げ、切っ先をデストロモンの腕へと突き刺した。 苦悶の声を漏らすデストロモンが苦し紛れに反対の腕から三連装砲から光弾を撃ち込むが、引き戻し再び振るわれた鞭が、光弾を弾く。 レディーデビモンはその隙に、デストロモンの後ろまで走り、隠れた。 「レディーデビモン!何があったの!?」 「分からない!何か変な音がしたと思って飛ぶのやめたけど……飛んでたらデジコアに直撃したかも!」 デストロモンの足を遮蔽物とする形で、光は左肩を抑えるレディーデビモンから話を聞く。大口径の銃弾で貫かれ、右手で抑える僅かな隙間と翼に、0と1が血肉のように貫かれた痕を埋めている。 回復ディスクを使ったが、若干傷が塞がっただけで効果はほとんど無い。篤人がその様子を見て、苦虫を噛み潰した顔で、山林に目をやる。連なる木々の枝葉の全てが、こちらを捉える銃口に見える重圧を堪え、光の方を向いた。 「咄嗟とはいえ思いっきり引っ張ってごめん。あのままじゃ、鬼塚さんが撃たれると思って……」 「……アザになったら何か奢れよ片桐!忘れるんじゃないわよ!!」 光は言葉とは裏腹に、怒りや苛立ちは無い声音で篤人に返すと、大きく息を吸い込んで、吐いた。 「撃たれて飛べなくなったレディーデビモン、遮蔽物になる必要があって下手に動けないデストロモン。でもって、相手はロゼモン……」 「鬼塚さん。茨の壁は破れないと思うから……まず、出来そうなことから考えよう」 「……思った以上に勘の良いレディーデビモンね。飛んでたら一発だったのに」 約1km離れた山林で、レディーデビモンを撃ち抜いた瞬間を確認したファヨンは、すぐにギリードゥモンと共に、移動を開始した。 「デストロモンのデジコアは……胸部だけど、この距離と今の力で、あの装甲を撃ち抜くのは無理」 移動しながら忌々しく話すギリードゥモンの言葉に、ファヨンはしばらく間を置いてから、茨の壁で隔たれたブルムロードモンのほうへと目を向ける。 「ロゼモンにはデストロモンの胸部装甲を削るように指示を出す。ブルムロードモンのほうは……勇ちゃんを傷つけたくない。慎重に」 「随分こだわるわねファヨン。昔、何かあった?」 「……何も無いよ。ただ、弟が欲しかっただけ」 「で、今も欲しいワケ……いいわ。まだ見つかってないしね」 ギリードゥモンの呆れた口調の返答を聞き、ファヨンは口元を真一文字にして【弟】と【抹殺対象】の姿を双眼鏡越しに見つめ直し、小さく呟いた。 「もう少し離れろ犬童。勇ちゃんに返り血がかかっちゃうでしょ」 Chapter6・純真なる狙撃手 「犬童さん!日野君!山林に狙撃手が隠れてる! こっちはレディーデビモンが撃たれた!すぐ何かに隠れて!」 デジヴァイスから響く篤人の叫びに、三幸の心臓は跳ね上がる感覚に見舞われた。叫びを聞いたラヴォガリータモンが、すぐに三幸と勇太の遮蔽物となるべく飛び上がり、二人の前に仁王立ちした。 「勇太君!ヘルガルモンにも、何かしてあげられませんか!?」 「その場しのぎだけども……ラヴォガリータモン!溶岩をヘルガルモンに!」 勇太の指示に応え、ラヴォガリータモンは自らを構成する溶岩の一部を切り離すと、ブルムロードモンと打ち合うヘルガルモンに鎧兜のように纏わせた。 「助かったユウタ!これなら耐えれるはずだ!」 「ごめんねラヴォガリータモンも、ヘルガルモンも!君達が一番怖いはずなのに!」 「銃弾なら一発二発は平気だよ勇太!もし狙撃がきたら、僕がメルダイナーで反撃するから!」 陰に隠れ、申し訳無さそうに話す勇太に、強靭な脚で草むらに仁王立ちするラヴォガリータモンは、明るい声音を崩さぬまま、振り向いた。 「守りを固めてきたか……」 ブルムロードモンは花の槍を、溶岩で覆われていない顔面に突き出す。ヘルガルモンはそれを払うと、炎を纏った爪で槍の柄を引き裂いた。 槍の穂が落ちる。ヘルガルモンは爪を振るった勢いで脚に力を溜めると、沈んだ態勢から右手を後ろにやり、低く飛ぶ。草むらを焼き焦がし這い進む炎の爪が甲冑にあたると、あざ笑うような金属音と共に爪は弾かれ、ヘルガルモンは体勢を崩した。 僅かによろめいたブルムロードモンが、槍の柄でヘルガルモンの顔を殴りつける。鈍い音と共にヘルガルモンが仰向けに倒れると、ブルムロードモンは拾った槍の穂を顔に突き刺そうとしたが、振り上げた槍の穂は突如起こった爆発により、ブルムロードモンの手から離れた。 「……ラヴォガリータモンの粉塵か!」 忌々しく呟いたブルムロードモンがラヴォガリータモンに振り向き、肩の花から重機関銃のような音を響かせ、種子を撃ち出す。大きく動けないラヴォガリータモンは粉塵による爆破と吐き出す熱線で対抗するも、連射される無数の種子の全てを防げず、命中と共にくぐもった呻きを漏らした。 「このまま砕け散るといい!」 このまま種子の連弾がやがて岩竜の体を砕く。ブルムロードモンが確信した瞬間、起き上がったヘルガルモンが肩の花を切り裂いた。 「ぐっ……!」 ブルムロードモンは槍の柄でヘルガルモンの顔面を殴りつけるも、それを防いだヘルガルモンはその勢いを利用して、後退した。 「ミユキ!出力上げてくれ!」 「勿論!やってしまいなさい!!」 パートナーの求めに応え、ラヴォガリータモンの後ろに隠れた三幸は、右頬の傷が開く痛みを僅かに感じながら、デジヴァイスに力を送る。 力を送られ、更に激しく燃えるヘルガルモンを前に、ブルムロードモンは拾い上げた槍の穂と柄と繋ぐと、苦々しく口を開いた。 「力を得てもこれほどとは……だが!」 繋げられた花の槍は、宵闇をぼんやりと照らすように輝き出す。光は徐々に強まり、ラヴォガリータモンに隠れ直視出来ない三幸すらも、夜が明けたかと一瞬錯覚する程の輝き。 やがて開花した花の槍から、宵闇を斬り裂く陽光の大剣が現れると、ブルムロードモンは僅かに不満げに呟き、剣を手に取った。 「グラン・デル・ソルは使えぬが…参る!」 ブルムロードモンがヘルガルモンに向かい一直線に駆け出し、剣を振り下ろす。ヘルガルモンはそれを爪で打ち払おうとしたが、陽光の剣に炎の爪が触れた瞬間、炎が陽光で掻き消された。 「な……!」 驚愕と共に、ヘルガルモンは咄嗟に腕を引き、回避を優先した。振り下ろされた大剣の切っ先は溶岩の鎧を紙のように引き裂いた。 それが見えた三幸は、瞬きする間も無い時間で訪れるであろう危機に、何か別のモノに突き動かされたように、咄嗟に力を送ってヘルガルモンの炎を激しく燃やした。 「ラヴォガリータモン!ヘルガルモンにまた!!」 ほんの僅かに遅れて叫んだ勇太が再びラヴォガリータモンに指示を出す間に、三幸はただ、魔狼の体が銃弾で貫かれないことを祈り、目を瞑った。 「……ん?」 銃弾は、飛んで来なかった。三幸がそれに疑問を抱く思う間もなく、ヘルガルモンに再び溶岩の鎧兜が装着されると、ラヴォガリータモンが熱線を撃ち込む。陽光の剣がそれを容易く斬り裂くと、後退したヘルガルモンは、獄炎を引き裂いた剣を、息を荒くしたまま睨みつける。 「さぁ、どう出る?これで消えるような価値の者ではなかろう」 ブルムロードモンはどこか値踏みするような声音で、再び剣を構えた。 「三幸さん!俺、後ろに回ってブルムロードモンを……あだだ!?」 耐えかねた勇太がデジヴァイスを握り動こうとした瞬間、三幸が勇太の耳たぶを迷わず掴んだ。勇太も突然のことで抗議よりも先に素っ頓狂な声を上げ、気が抜けたようにその場で座り込んでしまい、それからすぐ、三幸の有無を言わせない目に気付いた、 「私は篤人さんにあなたのことを託されましたの!無謀な行動は許しませんわよ!!」 「っ……ですけど!」 「銃弾はまだ来ないけど安心出来ない!僕から離れるのだけは絶対にダメだよ勇太!!」 三幸とラヴォガリータモンの言葉を受け、反論をしようとした勇太は苦い顔をしながら、三幸が差し出した手を掴み、ゆっくり立ち上がった。 三幸は勇太が立ち上がった事を確認すると、思考の整理のため、右頬に傷に触れながら言い始める。 「でも、弾丸は来なかった……単に篤人さん達の方を見ているのか、それとも他に……?」 「……理由はあるかもしれないってことですか?」 勇太の問いに、三幸は無言で頷くと傷に触れた手を離した。 「どちらにせよ、私達はラヴォガリータモンに隠れたまま、ヘルガルモンにあの光の剣の対応をさせなければいけません」 「即席の鎧はともかく、炎も通じないのは……」 思考の整理を終えた三幸は、勇太の言葉に小さく唸って返事をすると、ブルムロードモンの剣撃に対して回避に専念するヘルガルモンを見て、再び傷に手を当てた。 「ミユキ!アレは今のオレにはどうにもできん!せめてもう少し、出力を……」 「やむを得ませんか。こうなったら全部注ぎ込んで短期決戦で「待ってください!」 目を見開し意を決してデジヴァイスを握りしめた三幸を勇太が止めると、自分のデジヴァイスを操作して、画面を見せた。 「……勇気の、デジメンタル?」 勇太のデジヴァイスに映されてた赤い卵のような物体を見て、三幸は自分の首から下げた同じ二文字の名前を持つ、真紅の紋章に手を触れた。 「力がいるなら使ってください」 「いいのですか?」 紋章を軽く握り、まじまじとそれを見る三幸に対し、勇太は軽く笑って答える。 「三幸さんが俺のことを、片桐さんに託されたように……俺にも、託させてください」 「……任されました!」 勇太の言葉に、三幸は歯を見せて笑いながら、自身の真紅のデジヴァイスに移された、勇気のデジメンタルを見て、叫んだ。 「ヘルガルモン!デジメンタルアップ!!」 デジヴァイスから現れた勇気のデジメンタルは変形し、赤い鎧となる。それがヘルガルモンの身に覆われると……炎で歪み、噴き上げる火柱でひび割れた。刻まれた「勇気」という二文字ごと焼き尽くすように、炎はやがて、蒼く禍々しいものに変わる。 最後に生成された鉤爪に蒼炎が宿ると、一際強く燃え盛る。宵闇も陽光も焼き尽くす蒼い大火の魔狼の名を、三幸が叫んだ。 「ヘルガルモン・インフェルノ!焼き払え!!」 三幸は……魔狼の主は、右頬の傷から薄っすらと血を滲ませ、目を血走らせて叫ぶ。ヘルガルモン・インフェルノが応えるように咆哮すると、猛進するブルムロードモンが振り下ろした剣を、爪で弾き返す。それを受けたブルムロードモンは、目を見開いて後退した。 「まだ手段があったとはな」 ブルムロードモンが呟くと、地獄の蒼炎を宿らせた魔狼が、一直線に突撃した。 「三幸さん……俺より熱くなってない……?」 「……とりあえず、僕は狙撃に備えるね勇太」 魔狼が想像を超えた変貌を遂げたのを見届けた勇太とラヴォガリータモンは、三幸の先程までとは差がある振る舞いに困惑を感じながら、いつ銃弾が飛来するかも分からぬ奥の山林に目を向けた。 ──── 「デジメンタル……失敗した。これなら先に犬童の方を見るべきだったわ」 「結果論よファヨン。まだ、打ち合わせ通りに進めましょう」 山林に潜むファヨンは、変貌したヘルガルモンの姿を双眼鏡越しに確認し、歯噛みした。それにギリードゥモンはスコープを覗き、壁で隔たれた先のデストロモンを捉えながら、微動だにせず言葉を返す。 ファヨンはパートナーの言葉に不満げに頷し、コートから淡い緑のデジヴァイスと純真の紋章を取り出すと、双眼鏡を降ろし、それを細い目で見つめた。 元の持ち主であった正木真也…選ばし子供とそのパートナーは、種子や草木……植物を利用して味方の支援を行ってきた記録がデジヴァイスに残っていた。ファヨンが触れた瞬間、自分もそうやってきたように何故か感じたファヨンは、戸惑いながら本部から派遣して貰ったブロッサモンとナイトモンの2体を、ラフレシモンの胞子で支配下に置き擬似的に2体もパートナーと扱い強引に進化させた。 道行くデジモンを無差別に撃ち、義心からそのまま山林に入れば最高であったが、流石にそのまま動くとは思わない。だから強襲し、ブルムロードモンの「マルチプルシード」をロゼモンの力で発芽させた茨の壁で分断を図った。ここまでは、上手く進んでいる。ギリードゥモンまで退化したが、予想はした事だ。 出力が落ちた中でも一撃で仕留められるのは、テイマー以外は進化先を見てから決めるしかない。そしてレディーデビモンを選択したが、失敗した。その結果、テイマーが全員隠れ、しばらくは強引に進化させた2体に任せるしかなくなった。 それでもまだ殆どが、事前に予想して、ギリードゥモンと取り決めていた範疇で進んでいる。故にファヨンの不満は、一つだった。 「勇ちゃんの顔が見えない。犬童が近くにいるのムカつく。やっぱりあいつから殺すべきだった」 「最初にアンタが決めたことよ。可愛い弟に返り血がついたら可哀想だからすぐにテイマーは撃たないって。我慢しなさいお姉ちゃん」 「シックロウォ(うるさい)。そっち見てろ」 【純真】な心からの欲求が満たされない不満を口にしたファヨンに、ギリードゥモンは再び微動だにせず返した。 Chapter7・乗り越えろ!純真なるスナイプ 走り、飛び回りながらロゼモンが振るう茨の鞭が、絶え間なく風切り音を鳴らしデストロモンに襲いかかる。デストロモンは爪で応戦を試みるが、ロゼモンが腕を動かすと鞭が沈み、振るった大爪は空を切る。沈んだ鞭を、ロゼモンが再び上に動かす。波打ちながら跳ね上がり、デストロモンの腕に巻きついた茨は薄ぼんやりと青白く光り、スパーク音を掻き鳴らした。 「電撃!?デストロモン!!」 狙撃を避けるため、デストロモンの後ろに隠れる篤人は、歯噛みした。そのままま青白い稲光が暗い世界を点滅させる。スパーク音と共にデストロモンは、苦痛による咆哮を堪え、低く唸る。 「レディーデビモン!右手なら動くわよね!?」 「勿論!……ダークネスウェーブ!」 光が声を張り上げると、レディーデビモンは無傷の右腕から蝙蝠状の衝撃波を放ち、鞭を切断した。 「助かったぜ!ありがとなヒカリちゃん!レディーデビモン!!」 「まずはあの鞭!何とかするわよ!」 光がデストロモンに軽く手を上げ応えると、切断された茨の鞭は、すぐに再生した。続けて振るった鞭の切っ先がデストロモンの胸部に触れ、破砕音と共に赤金の装甲がひび割れ、穿たれた穴から脈打つデジコアが僅かに露見した。苦痛を堪えながらデストロモンはすぐにそれを左手で隠し、右手の三連装砲をロゼモンに撃ち込むが、光弾は容易く弾かれる。 「その図体は壁になるだけのものか!?燃えもしないなら独活にも劣るな!」 ロゼモンの言葉を、篤人とデストロモンは唸って堪える。狙撃手が狙いを外すことに縋って飛び出した所で、ロゼモンに殺される方が先だ。そんな奇跡を願うのはただの思考放棄だ。ならばまずは、あの鞭をどうにか……。 「片桐!あの鞭……止めれない!?」 光の言葉を聞き、篤人は軽く息を吸い込む。その瞬間に次の問題が浮かび上がると、光の方を向いて、言葉を選びながら話し始めた。 「多分、出来るけど……止めたら狙撃手が邪魔してくると思う」 篤人の言葉に光は顔を顰めてから、額に指を当てながら何かを考え始める様子を見せ……その場で答えが出なかった様子で、舌打ちした。 「結局、狙撃手が邪魔なんだ。場所が分かればデストロモンが何とか出来るけどね」 「狙撃を確実に止められる算段がありャ……鞭の方も俺様なら何とかなるんだが……」 デストロモンが低く呟いた瞬間、茨の壁に蒼い炎が迸り、斬り裂かれた。思わず篤人が目を向けた壁の先には、蒼い炎を纏ったヘルガルモン……と思わしき姿と、その鉤爪に輝く剣で打ち合うブルムロードモンの姿であった。 「ブルムロードモン!?」 「私に構うなロゼモン!」 同じように思わず一瞥したロゼモンを、ブルムロードモンは制止する。口元を固く歪ませたロゼモンは、すぐに篤人達に向き直った。 篤人も、再生されつつある茨の壁に視線をやる。蒼い炎を噴き上げるヘルガルモンが大きく動くと、ラヴォガリータモンを遮蔽物とした三幸と勇太の姿が見えた。 隠れている。それに安堵して再びロゼモンに向き直ろうと思った時、三幸と、たまたま目が合った。 「篤人さん!光ちゃん!私と勇太君はこの通りです!すぐそちらに参りますわ!!」 「片桐さん!光のことお願いします!光も……片桐さんのこと、お願いね!!」 壁が塞がるその瞬間まで、篤人は手を振る二人を見送ると、光も直前まで緩んでいたと思われる顔を戻して、篤人を軽く小突いた。 「片桐、この状況で笑えるとか、アンタもいい根性してるわね」 何か言うのも無粋に思った篤人は、硬い笑みでごまかし、ロゼモンとデストロモンを交互に見て、大きく息を吸い込み、意を決して口を開いた。 「デストロモン!腰部の装甲を切り離して!狙撃は僕が「ちょっと待て!!」 光が篤人の腕を思いっきり掴む。細腕のか弱い、振りほどいてはいけない力に、篤人は思考は急激に冷え始め、すぐに光の表情を見た。 「……私に考えがある、聞きなさい」 篤人は真剣な顔に変え、無言で頷いた。 ──── 「片桐!やると決めたならヘマすんじゃないわよ!」 「頑張ってね篤人!デストロモン!」 作戦は決まり、光とレディーデビモンの激励に篤人とデストロモンは、笑って応えると、再度ロゼモンに向けて右腕で砲撃を行った。 「……無駄なことを!」 光弾は当然のように鞭で弾かれ、再びロゼモンがデストロモンに向けて鞭を振るう。宵闇に何度も鳴り続け、聞き慣れ始めた風切り音がデストロモンが左腕で隠す、ひび割れた装甲に向け迫りくる。 「予想通りだな!だったら!!」 デストロモンは覚悟を決めるように小さく息を吐くと、鞭の切っ先に向けて右手で突き出し、掌が穿たれ、小さな0と1が空に消える。 「……どうにか、耐えて!!」 デストロモンは苦痛で、篤人は力を送りながら、祈るように顔を歪ませる。そしてデストロモンは掌を穿った茨の鞭を、その巨腕で握り締めた。 「強引に止めにきたな!だが!!」 鞭を掴まれたロゼモンは、焦ることなく電撃を流し込んだ。青白い稲妻が弾けながらデストロモンを伝い、巨竜のうめき声を咆哮へと変えていく。それでもデストロモンは堪え、苦悶の咆哮を聴く篤人も、歯を軋ませてデジヴァイスへと、耐えるための力を送り込み続ける。 「しぶとい奴め……ならば更に強く!」 想像以上に堪えるデストロモンに、ロゼモンは苛立ち、更に強い電流を送り込み始める。 「よし、今!行きなさいレディーデビモン!」 その瞬間、光の指示に応えてレディーデビモンがデストロモンの身体を左手で掴みながら、その陰から右手を伸ばし、青白い稲妻が迸る茨の鞭を、握りしめた。 「何を……する…!?」 棘と稲妻で、レディーデビモンの顔は激痛で歪ませながら、両手から黒い霧を発させ、そのまま鞭とデストロモンを伝い始めた。 ロゼモンが何かを察し、急いで鞭から手を離そうとした瞬間、デストロモンが穿たれた腕で、力一杯鞭を引っ張ぱる。パワーと重量は劣っていたロゼモンはその力に耐えきれず、鞭から手を離せないまま、バランスを崩して引き倒された。 やがて、黒い霧が青い稲妻を呑み込みながら、膨れ上がり鞭を伝うと、ロゼモンに辿り着いた。 「そのまま寝ていろ!プワゾン!!」 流し込まれ続けた青白い稲妻が黒紫に変色し、膨れ上がった黒い霧を伝いロゼモンへ逆流すると、全身に変色した電撃を浴びせ、腕を四散させた。ロゼモンは激痛から、その女王のような出で立ちからは想像出来ない咆哮を上げると、未だ健在の手で鞭を掴もうとするが、デストロモンがそれを踏み潰し、地に伏す女王に三連装砲を向けた。 「クニルナッソヨ(まずいわね)……ギリードゥモン、いける?」 「流石に傷が小さすぎる。装甲を破るには威力が足りない」 「……仕方無い。【カスターニャ】を使う」 「……頼むわ」 一転して窮地に陥ったロゼモンの姿を双眼鏡越しに見たファヨンは、ギリードゥモンと短いやりとりの後、やむを得ずデジヴァイスに力を送り込むと、それに応じたように純真の紋章が僅かに輝き、狙撃銃・べリョータは徐々に形を変え……対物ライフルへと変化した。 バイポットで固定し、ギリードゥモンは伏せた姿勢で対物ライフルのスコープを覗くと、左腕で破損を隠すデストロモンの胸部に狙いを定めた。 ファヨンも双眼鏡を手に取り、デストロモンの周囲を見渡す。既に隠れたレディーデビモン、プワゾンで四散した片腕の代わりに茨を生やし始めたロゼモン。遮るものはない。力を送り変化させた対物ライフル・カスターニャの弾丸は、究極体にも十分通じる威力がある。間違いなく、これで仕留める。 「周辺に異常無し」 「デジコアを補足。隠れた片桐ごと撃ち抜く」 無感情に伝え合い、ファヨンは冷たく命じた。 「撃て」 「コアシュート」 その言葉と共に、銃口から爆発音と炎が噴き上がると、ファヨンの視界が一瞬白く点滅し、山林の木々がまるで、自分達が狙われ狼狽えたかのように揺れ動く。 双眼鏡越しに、デストロモンの顔が潜んでいる場所に向けて動いたのが見えた。想像通りバレた。だが、これで終わりだ。 臓腑を穿つために飛んでいく銃弾がまず、デストロモンの手に触れると、0と1の飛沫と共に容易く貫く。膝をつかせた、空が破れるような巨竜の叫びに耳がつんざくのをファヨンは堪えながら、赤金の装甲を破砕し、金属片が血のように吹き上がると、その勢いのままデジコアに届き、貫いた。 ……ように、思えた。 「命中……してない……?」 呆然とスコープを覗いたまま、反動で微動だに出来ないギリードゥモンの様子を見て、ファヨンはすぐに双眼鏡の倍率を上げ、撃ち抜いた箇所に目向けた。 「黒い霧……?」 巨竜の臓腑は黒い霧に包まれ、装甲と手を貫いた弾丸はどこかに消えていた。ファヨンはその光景で即座に、敵の意図を察して呟いた。 「プワゾンを……デジコアの周りに覆って……弾丸を打ち消した?」 呟き終えた瞬間に飛来した悪寒と共に、こちらを向くデストロモンの背中の巨砲に、エネルギーが込められていく様子をファヨンは捉えてしまった。 「ギリードゥモン!すぐに逃げ「間に合わない!私の後ろで伏せろ!!」 パートナーの咄嗟の言葉にファヨンは従うと、マズルフラッシュで露見した潜伏場所に、無数の光弾が木々をへし折りながら撃ち込まれる。地に伏せたファヨンは、落葉塗れの土を握りながら、歯をガチガチ鳴らして怖気を堪える。 光弾が、次々と通過していく。臓器が急速に圧縮される恐怖を抱え、必死の思いでデジヴァイスを取り出すと、残された力を全て自らの盾となるパートナーを守るために送り込む。その【純真】な願いに答えたのか、木の実の殻のような盾が現れ、ギリードゥモンを覆った。 少しずつ、通過する光弾が自分達に近づく。暗い死の光弾に対し、ひたすら耐え忍び……やがて、光弾は殻の盾を破壊し、ギリードゥモンに直撃した。 悲鳴を上げる間もなく吹き飛んだギリードゥモンは、後ろの巨木に体を打ちつけられ……子猿のようなデジモン、コエモンまで退化し気を失った。 「ギリ……っ……」 ギリードゥモンに命中した瞬間、砲撃は止まった。ファヨンはすぐに退化したパートナーに駆け寄り抱えるとすぐに息を確認する。 気絶、している。ひとまずそれでファヨンは落ち着くが、この場は失敗した。敗北で顔を歪ませ、そう受け入れたファヨンはすぐ、ロゼモンとブルムロードモンに対し、デジヴァイスで通信を行う。 「ギリードゥモンがやられた!全員撤退!!」 ファヨンはコエモンを抱え、山林の奥に向かって駆け出しながら、寂しげに呟いた。 「……勇ちゃんに写真くらい、撮らせて貰えば良かった」 ──── 「ロゼモンの鞭と、デストロモンのデジコアの周りに、プワゾンを流し込む」 「ロゼモンは分かるけど、デストロモンにも?」 光の話す作戦に、疑問を抱く篤人にレディーデビモンが口を開く。 「プワゾンは相手の力に触れた後、私のエネルギーも合わせて相手に流し込む技なの。 銃弾みたいに離れた……繋がりが無い力は、消すことだけ出来る」 「撃つなら、俺様が散々やられてるデジコア周り……狙いが読めるなら、消せるってことか」 デストロモンの言葉に光が「まぁ、そんな感じよ」と目を逸らしながら答えると、レディーデビモンが言いにくそうに再び口を開く。 「でもそれには……消しきれない力の送り先が必要になるの。この場合はね、デストロモンと繋がっている、篤人が受け入れ先になる」 話し終えたと同時に、目を伏せたレディーデビモンに対し、篤人は唾を飲み込んだ後、「大丈夫」とレディーデビモンに笑いかけ、見据えた。 「僕、痛みにはまぁまぁ慣れてるから」 ──── 「返事はいいから聞けアツト!砲撃は命中!レーダーでも捉えた!ギリードゥモンと……テイマーもついてやがった!」 デストロモンの言葉の間に、篤人は疑問と同時に狙撃手の正体の想像したが、激痛がその思考を打ち消し、篤人は返事の代わりに咳き込んだ。 プワゾンが銃弾を掻き消した瞬間、自分の身体に穴が空けられたような……まるで銃弾で撃たれたような痛みが走り、篤人はその場でのた打ち回った。動けない、頭が上がらない、声も出ない。そんな有様で地面に手をつく篤人に、光とレディーデビモンが近づいた。 「相当な威力だったみたいね……ここからは私に任せてアンタは寝てなさい!」 「思った以上に無茶させてごめんね篤人!」 少し優しげな光とレディーデビモンの声音に対し、篤人は返事の代わりに呻き、うつ伏せのまま動かないことを選んだ。 「おうヒカリちゃん。俺様もやれるぜ」 膝をついたデストロモンが、ゆっくりと立ち上がると、デジコア周りを覆う黒い霧は晴れ、赤金の装甲に穿たれた大穴から、脈打つデジコアが見える。撃ち抜かれた左腕でそれを隠したままのデストロモンが、まだ動かせる右手と背負った巨砲を、ロゼモンに向ける。最早狙撃を恐れる必要は無くなり、デストロモンの陰からレディーデビモンと光が姿を見せると、光はロゼモンを睨みつけ、口を開いた。 「かかって来なさいよ。それとも、狙撃が無ければ完全体2体を相手するのも無理なの?」 「……退く前に、こいつだけでも!!」 ロゼモンが歯噛みをしながら、爆ぜた手の変わりに生成した茨の鞭を、光に目掛けて振るう。それまでにない行動に光は顔を強張らせるが、すぐにデストロモンが右腕で抑え込むと、電撃を流す間も無く、背中の巨砲を撃ち込む。片腕が爆ぜ、鞭と一体化した腕をロゼモンは切り離すことも防ぐことも出来ず、巨竜の光弾を受け続け、苦悶の叫びをあげる。 「ここにきてテイマー狙いかァ?究極体にもなってお粗末じゃねえか!」 「行きなさいレディーデビモン!デストロモンは絶対に離すんじゃないわよ!!」 光の声を受け、レディーデビモンは砲撃を受け続けるロゼモンに向かい、左肩をダラリとさせたまま突撃すると、右手に収束した黒紫の波動が蝙蝠のような形を作り始める。 「ダークネス……ウェーブ!!」 振り被った右手がロゼモンの身体に触れると、至近距離で振り抜いた右腕が、黒紫の一閃となり、ロゼモンの身体を貫いた。 「せっかく力を……頂いたのに……」 腹部に穿たれた大穴から0と1へ変わり、やがて消えたロゼモンの姿を確認した光は、無言でデジヴァイスを取り出し、叫んだ。 「勇太!三幸!狙撃手は片桐が何とかしたわよ!そっちも遠慮なくやれ!!」 叫び終えた光は、ゆっくりと立ち上がり始めた篤人に近づくと、表情を緩ませ、手を差し出した。 「まぁまぁ良い根性してんじゃないの、片桐」 篤人は返事の代わりに小さく呻き、その手を取って立ち上がった。 狙撃手は消えたと聞いた瞬間、三幸はすぐ勇太に視線を送ると、頷いた勇太はすぐにラヴォガリータモンを飛翔させてブルムロードモンの背後を取り、熱線を撃ち込んだ。 その動きを察知したブルムロードモンは、打ち合いの最中で回転し、熱線を斬り裂いた後、ヘルガルモン・インフェルノの鉤爪を弾き返す。度重なる打ち合いの末、ブルムロードモンの甲冑は損耗し、その本体である植物も露出し、その一部は蒼い炎で僅かに焦がされている。たが魔狼も息が上がり、隠れる必要の無くなった三幸も目を充血させ、白い息を荒く吐き続けている。 「……苦しいか。援護も絶たれた以上、ここは命令通り退「逃がすなヘルガルモン!!」 三幸の低い叫びと共に鉤爪を弾き返された蒼炎の魔狼が、再び鉤爪を振り下ろし、甲冑の表面を引き裂いた。 「逃がす気無しか……ならば!」 ブルムロードモンは、甲冑を引き裂いたヘルガルモン・インフェルノに向け、光の剣を渾身の力で振り下ろした。宵闇を引き裂き、地獄の蒼炎を浄化する輝きを放つ陽光の一振りが、魔狼の身体に触れる瞬間、粉塵の爆発により狙いが逸れ、左腕を斬り裂いた。 魔狼は絶叫と共に、切り落とさかけた左腕を炎で焼き繋ぎ始めると、右の鉤爪をブルムロードモンの甲冑に突き刺す。痛みで声を漏らしたブルムロードモンが爪を引き抜こうと足掻くが、瞬く間に突き刺した爪から、炎が流し込まれた。 「ヘルガルモン・インフェルノ!そのまま燃やせ!!」 三幸の吠え声に応えるように、魔狼が苦痛を交えた咆哮を上げると、ブルムロードモンの身体は瞬く間に蒼い炎に包まれ、絶叫した。 「……ラヴォガリータモン!今のうちに剣を!!」 「うん!」 炎に包まれたまま叫び、陽光の剣を懸命に動かそうとするブルムロードモンとその光景に勇太は少し、怖いものを感じながら、ラヴォガリータモンにブルムロードモンの手を爆破させると、騎士の手には僅かな傷しかつかなかったものの、握っていた陽光の剣がその手を離れ、力なく草むらに落ち、ブルムロードモンは絶望から目を見開き、悶え苦しみながら呪うように呻いた。 「お……のれぇ……!よく……も……!」 「ナイスアシスト!後は……火力が足りません!ヘルガルモンにメルダイナーを!!」 「え!?でも、味方ごとなんて……」 「迷ってる暇はありませんわよ!」 称賛しながらも瞳孔の開いたブラウンの目を血走らせ、節々から殺意が滲み出るような三幸の言葉に、勇太はラヴォガリータモンと目を合わせ、顔を顰めたまま口を開いた。 「……嫌かもしれないけどお願い!」 「……メルダイナー!!」 ラヴォガリータモンが放った最大火力の熱線がヘルガルモン・インフェルノに命中すると、熱線を取り込んだ蒼炎が生き物のように揺らめき、ブルムロードモンは更に激しく灼かれ、甲冑が音を立て震え始めた。 やがて魔狼は、炎で焼き繋がれた左腕を振り上げ、爪を突き立て更に炎を送り込む。纏う炎の殆どを送り込んだ結果、朽ち果てた鎧を纏う骨の魔狼と化したヘルガルモン・インフェルノは荒く息を吐きながら、突き刺した爪を横に広げ、ブルムロードモンを内から引き千切った。 「……無念……」 引き裂かれる寸前、ブルムロードモンは魔狼を睨みながら忌々しく呟くと、ひび割れ焼かれた甲冑の上半身は宙を舞うことなく重い音を立てて落ち、支える物のない下半身はそのまま崩れ、植物の断面を露出させたまま、焼かれながら消えていった。 ヘルガルモン・インフェルノをファングモンに戻した三幸はすぐに、労いの言葉をかけた。それからデジヴァイスを操作し、勇太から借りた勇気のデジメンタルを返却すると、大きく息を吸った三幸が笑顔で勇太に駆け寄った。 「やりましたわ!勇太君のおかげです!!」 「え、あっ……はい……!」 ハイタッチを求める三幸に、勇太は戸惑いながら応じた後、勇太が退化させたヴォーボモンにも近づくがヴォーボモンは不満げな表情で、口を開いた。 「味方ごと撃てなんて言われると思わなかった……というか三幸、ちょっと乱暴すぎるよ」 ヴォーボモンの言葉に三幸は僅かに固まり、戦った時の自分を思い返し始めると……思わず顔を赤くし、そのまま俯き口をもごもごさせ始めた。 「それしか……ないと……思って……その……ごめん……なさい……」 「俺はまぁ、もうやらないなら良いんですけど……その、顔の傷、痛くないですか?」 勇太に言われ、一瞬呆けた三幸は右頬の傷から薄っすら血が滲んでいることに気づき、慌ててハンカチで傷口を押さえると、その直後に茨の壁が崩れ落ち、篤人達の姿が見えた。 「これで終わったな」 ファングモンがホッとしたように言ったのに応えるように、三幸と勇太は、崩れた壁の向こう側まで急いで駆け寄った。 「光!片桐さん!大丈……夫……じゃないよね」 「勇太も三幸も無事ね。ごめん三幸、こいつに大分無理させた」 デビドラモンに肩を貸された篤人が顔を俯けて歩いてくる。光の、少し申し訳無さそうな言葉に篤人は声を絞り出そうとしたが出てこず、返事の代わりに低い声で呻く。 「……すぐ離れるぞ。話したいことは後でだ」 「なら僕が乗せてくよ。嫌でも動けなかったからまだ余裕あるんだ」 ファングモンとヴォーボモンの言葉に、勇太はすぐデジヴァイスを取り出し、再びラヴォガリータモンに進化させると、その場にいる全員をラヴォガリータモンの背に乗せ、飛翔を始めた。 「……っぅ……ぁっ……と……声出せた」 宵闇の空を飛んでいくラヴォガリータモンの背の上で、篤人はゆっくりと体を起こし、二度三度周りを見て、勇太の姿を確認すると、まだ痛む体を堪えながら、声をかけようとした 「おいおいアツト!無理に起きんなまだ……」 「これだけは今すぐ言いたくて……日野君」 ジャンクモンの制止に構わずに篤人は勇太の名前を呼ぶと、彼はすぐに振り向いた。 「犬童さんのこと、ありがとう」 「こちらこそ光のこと、ありがとうございます」 「何言ってるのさ、彼女がいたからこっちも勝て……っだだだ!!」 その言葉に、勇太はにこやかに笑い親指を立てたのを見て、篤人も同じように笑い返すと……痛みで再び、腹部を押えて倒れ込んだ。 「まだ痛いのを無理して喋んな!街につくまで寝てなさい!!」 「光、せめてもう少し優しい言葉にしてあげて……」 「や、優しくは私がしてあげますから!膝なら貸しても……」 痛みからの声から始まった喧騒と共に、宵闇の空をラヴォガリータモンが飛んでいく。その風を受けながら篤人は、声も出さずに一つだけ、考えた。 (もしあいつら、ひと屋の連中だったら……ファヨンさんも、やっぱり疑う余地ありだよな……) 初めて見た時、ファヨンの【純真】な殺意で淀んだダークグリーンの瞳が、街に戻るまで篤人の脳を離れることは無かった。