扉を開ける前から、そこにはむわりと、甘ったるいような匂いが漂っていた。 粗末な木の壁と柱。辺りに散乱する藁の破片、踏み均されて水気を吐き出した湿った土。 その光景は、明らかにただの家畜小屋である。どの酪農家にあっても不思議でなかろう。 にもかかわらず、その土地の名を聞けば、勘のいいものはすぐに避ける――そうでなくとも、 自分からわざわざ、人買い連中の根城に踏み込むような愚か者はいまい。 そしてその物々しさとは裏腹に、小屋の周囲には家畜の放つ臭気らしきものはなく、 不自然なまでに清潔で――生き物の気配を感じさせず、ただ甘い匂いだけがする。 少女らは、首錠へと繋がった手枷を掛けられたまま、小屋の扉の前に立たされていた。 年の瀬は高く見ても十代半ば、背丈と――平坦な体つきからは、さらに下にさえ映る。 茶色と金色の髪からは、二人が血縁であることは一目ではわからないが、 確かに彼女らは、共にある資産家の苗字を持つ血を分けた姉妹だ。 同時に、同じ師のもとに学んだ姉妹弟子でもある二人は、この小屋に連れてこられるまでに、 随分と暴れてきた風であった――彼女らに掛けられた枷と錠の多さ、 見張りに付けられた人員の数が、それを何よりも証明していると言えよう。 二人の目的は明確である。師である女性が、この組織の勢力圏での活動を最後に消息を絶った。 元軍属とはいえ平和を愛する師が、不用意に喧嘩を売って回ったとは思えない。 何か厄介事に巻き込まれたなら、相手方から仕掛けられたに決まっている―― 幼くも回り道のない思考は、直接そこに乗り込んで“問い正す”ことを選んだ。 しっかりと鍛錬を積んだ彼女たちは、並大抵の男では相手にならず、 こうして手枷を掛けられるまでに、彼ら自身にも多大な犠牲を強いたのである。 一年間も足取りの掴めていない師を捜すため、こんなところで足止めを食うわけにはいかない。 二人は枷が外れはしないかとがちゃがちゃ鳴らしてみたが、思った以上に頑丈で、 貴重な体力をすり減らす結果にしかならなかった――見合わせる視線にも焦りが見え始める。 自分たちの未来への不安と、このような場所に建てられた小屋に対する不審と。 この男たちはせっかく捕まえた自分たちを、ここでどうしようというのだろう? 家畜がいるにしては静かすぎる。臭いがなさすぎる。綺麗すぎる―― そしてそもそも、人身売買を生業にしている連中が一体何を飼うというのだろう? ゆっくりと、重たい音を立てて扉が開かれていった――質素な外装に反して、 鋲を打たれ金属の閂の通されたそれは、ずっと頑丈な様子である。 そして内側の壁も、外からは見えないほどにしっかりと補強されていた。 だがそんな内装の細やかな点を見ている暇は、少女らにはなかった。 男たちは後ろから、彼女たちを蹴り入れんばかりに強く足蹴にして押し込んできて、 小さな体躯の二人は、小屋の中に敷かれた藁と土の上に、転がるようにして倒れ込んだ。 無体な扱いに抗議しようと顔を上げると――小屋の外からでも漂っていた甘い匂いが、 一層強く鼻腔を刺激する――思わず顔をしかめるほどの、強い、雌の香り。 男たちは少女らの髪を掴んで無理やり引き起こし、ある方向を見るように言った。 匂いの素、断続的に響く、軽やかな金属音の由来。二人の目の前には、白い肌がある。 見慣れた白い肌。憧れた白い肌。大人の、柔らかで、けれど、張りがあって、しなやかで―― 見慣れた赤い髪。艶めく赤い髪。長く、流れるようで、毎日こまめな手入れのされていた―― 少女らは思わずその名を呼んだ。捜して回った師の名を子供のように叫んだ。 困ったような、悩ましげな声――返事をしようか、それともすまいか? 二人のよく知る彼女なら、その柔らかな声ですぐに応えてくれたろうに。 その代わりに、かろん、ころん、と鈴の鳴る音が少女らに返事をする。 目の前の女は、何も身につけてはいなかった――首輪と、それに付いた鈴と、 牛を模したようなちゃちな髪飾り、鼻輪、銀縁の眼鏡の他には、何も。 そしてその眼鏡は、彼女の手によって目ごと隠されている。表情もよく見えない。 ただだらしなく緩んだ口元は――見えもしない瞳の蕩けた様を想像させるのである。 それだけ、なら、少女らは再び師の名前を呼び、返事をするまで待ったろう。 けれど二人の言葉は、喉の奥に詰まってしまって出てこない。 目の前の女の姿が、記憶の中の師の姿とはとても重ならなかったからだ。 女は顔を隠しながらも――背後にいる男の胸板に、背を預けるようにもたれている。 同時に、生まれ持った大きな乳房を、その男によって鷲掴みにされていても、 手を振り払うどころか、身体をぴくん、ぴくん、と悦楽に震わせていた。 乱暴に掴まれた――否、握られた乳は、海綿のようにびゅくびゅくと勢いよく母乳を噴く。 握られていない側の乳房からも、絶え間なく母乳がぶぴゅ、ぷぴゅ、と噴いているが、 そうして無理やりに搾られている方がむしろ、より滑らかに乳を出せるようである。 黒々とした乳輪は、ひたすらに搾られる母乳によっててらてらと白く光り、 まるで本物の乳牛がそこにいるのかと錯覚させてしまうほどである。 そして母乳の雫が少女らの鼻先にぼたぼたと垂れると、先ほどから嗅いでいるあの匂い、 発情しきった雌の垂れ流す潮と、母乳の混ざった甘い芳香が立つのだった。 乳牛が乳を出すのは、当然、孕んだのち――産んだ子に与えるためである。 今、乳を搾られているこの女も――言うまでもなく誰かの子を胎に仕込まれている。 ぷっくりと臍の飛び出た胎を、背後の男によって撫で回されながら――大きな掌で掴まれて、 西瓜の硬さを確かめるように、ぽん、ぽん、と平手で打たれていると、 一層、股間から立ち上がる雌の臭いは強くなり、噴き出す母乳の量も増えていく。 男が両手で、彼女の垂れた乳をお手玉しながら弄んでやったり、 臨月腹を両手の中で転がすように左右から目一杯に撫で回してやると、 女は、搾られてもいないのに締まりなく母乳を垂れ流し続け、独りでに腰をかくつかせ、 大きな乳房をたぱん、たぱんと重たい音を立てながら、腹に打ちつけて鳴らす。 背後の男や、少女らの髪を掴んでいる別の男たちがその無様をげらげら笑うと、 女は唇を尖らせ、もう、もう、と牛の鳴き真似さえしてみせるのだった。 そうすれば、より激しく乳を搾って貰えるし――“ご褒美”として、 尻肉を掻き分けるように押し当てられている硬いものを、胎の奥に突き立ててもらえるからだ。 未だに目は、彼女の手によって隠されていたが――与えられる快楽で次第に位置が下がり、 焦点の合わない、蕩けきった目がかつての教え子たちの方にも向けられる。 だが牛の真似をして男たちの歓心を買うのに精一杯の彼女はそんな子供たちに構っておれず、 後ろの男がぐいっ、とその手をどけて顔を隠せないようにしてやると、 それを口付けの許可と見たか、自分から舌を突き出して彼の唾液をねだるのである。 彼女がこの一年間、どれだけ散々に仕込まれてきたのかわかろうというものだ―― 少女らは変わり果てた師の姿に、もはや呼び掛ける気力すら失せていた。 何せ彼女は、身重の子宮を雄の性器で小突き回されているというのに、 人目も憚らず、嬌声を吐き、涙と涎とをぼたぼた垂れ流して喘いでいるのだ。 胎内に爆ぜた熱に――一際高く上擦った声を上げた雌牛は、かくん、と力なく倒れ込む。 師の姿を見ていた二人は――自分たちがなぜここにいるか、すらほんの僅か、忘れてしまった。 後ろの男たちが、小ぶりの短剣を手に服を切り刻む音と感触に、ようやく正気を取り戻す。 やめろ、やめて、やめなさい――いくら喚いても、その運命は覆しようがない。 教え子の悲鳴に、赤毛の雌牛の身体はぴくりと動いたが――それだけだった。 三匹の雌牛はその後――組織の扱う“新商品”の生産に従事することとなる。 赤毛は金毛と茶毛、二頭の雌牛の手本となって――雄に媚びる様を演じて見せるのだった。