わたくし見てしまいましたの。 アリサさんがメルルさんにお薬をいただいているところを。 その時、わたくしは思いついてしまいましたの。 これなら、もしかしたら―― ―――――――――――――――――――――― 「ここは、こんなもんですわね」 夜の間に牢を抜け出したわたくしは、火精の間へと向かいました。 場所はどこでもよかったのですが、最期はやはり綺麗な場所で終わりたいですから。 部屋のベッドの上。枕から扇状に並べられた12体の人形は誰かが眠るのを待っているかのよう。 殺風景な部屋ですが、そこだけはまるで絵本に出てきそうな1シーンに見えました。 「これも必要ですわね」 そっと机の上には手紙を、遺書を置いておきます。 わたくしの死体が発見されても、誰も魔女だと疑われないように。 「……後は、やることは一つですわね」 最後に視線を向けた先には、数本の青い瓶。 メルルさんからコツコツいただいた睡眠薬。 「足りますわよ……ね?」 薬の過剰摂取によるオーバードーズ。 アリサさんがメルルさんにお薬をいただいている時、わたくしの頭によぎったもの。 魔女になって誰かを殺すことも、誰かに殺されることもなく終われる方法。 「殺してもらうって手もありましたけどね」 シェリーさんなら頼めばもしかしたら、誰にも気づかれずにわたくしを終わらせてくれたかもしれませんが―― 「いくらあのゴリラ女でも、そんなことさせられねーですの」 シェリーさんは物凄いノンデリですが、友達に殺してと言われて思うところがない訳ないですもの。 他に手が無いならともかく、手があるなら尚更。 ……ですわよね? あの方のことになるとちょっと自信が無くなりますの。 ゆっくりと瓶に手を伸ばし、掴む。ここに来るまで何度も触れてきた瓶が今は氷のように冷たく感じる。 わたくしは、今からこの氷を飲み干さなければいけないのですわね。 蓋を開けて口元に近づけていく。手が震えて零しそうになりますが、なんとか抑えて。 「ん、ぐっ……」 一つ、瓶を、一気に。 ……終わってみれば、あっさりでした。すぐ効果が出るものでもなければ実感がわきませんの。 もしかしたら感覚が麻痺してるのかもしれませんが、それなら好都合ですの。 「んっ……んぐっ……ごくっ……」 残りの瓶も一気に飲んでしまいました。 これでもう、後戻りはできませんのね。 飲み干した瓶を床に転がし、ベッドの上へと倒れこむ。 「……なんだか、実感が湧きませんわね」 即効性でない薬の効果はまだ出ない。 もしもここが絵本の世界だったら、わたくしは一瞬で昏倒していたでしょうに。 ベッドに転がりながら周りを見れば、人形たちがわたくしを見つめていました。 「本当に、たくさんの方が亡くなられましたわね」 ヒロさん、ノアさん、レイアさん、ミリアさん、アンアンさん。 つんつんと指先で人形を順番につついていく。そしてこの中にわたくしも今から続くのですわね。 遊ぶようにそのまま、マーゴさん、ココさん、ナノカさん、アリサさんをつつく。 もしも今、本人にこんなことをしたら嫌がられるかしら。 続く、エマさん、メルルさん。 ここで出来たお友達。きっと突いても許してくれますわね。 そしてシェリーさん。シェリーさんは…… 「やり返してきそうですわね」 突いてから、人形を動かしてシェリーさん人形の手でわたくしを突かせる。 あの方のことですから、きっと一回ではすみませんわね。それはもうしつこくやり返してくるでしょう。 いや、もしかしたらわたくしが何もしなくても突いてくるかもしれません。 けど、そんな時間は多分とても楽しくて……。 「けど、駄目なの。わたくしがいたら、そんな時間をわたくしがぶち壊してしまいますから……」 日々高まる衝動はわたくしにとって抗え切れないものになっていました。 そして、それが放たれるとしたらきっと―― そこでわたくしは首を振る。最期の時なのに、そんなことを考えてる暇はありませんの。 「思い出は、楽しいままで……」 わたくしは誰も殺していませんし、誰にも殺されていない。 酷い、それはもうとても酷い場所でしたが、それでもそこで過ごしてきたんですの。 人として、お友達と共に、キラキラした日々を過ごしてきたんですの。 ゆっくりと瞼が落ちる。そこには今までの日々が蘇ってくる。 「……これが走馬灯……ってやつかしら」 瞼を開けるのももう億劫で、頭の中がふわふわして眠くなってきましたの。 恐らく目を閉じれば終わる。 けど、その前に―― 目を開けると、シェリーさんの人形が。それをゆっくり抱きしめる。 「ごめんなさい、シェリーさん。今度はわたくしが先に行きますの……」 人形の、あるはずの無い体温を感じながらゆっくりと瞼を閉じていく。 最期に思い浮かんだ光景は花畑。 エマさんがいて、メルルさんがいて、シェリーさんがいて。 シェリーさんがほうきをわたくしに跨らせて飛ぶように言うんですの。 突拍子もなくて、大騒ぎして、わたくしを困らせて とても、とても、楽しくて―――――――――――――――――――― ―――――――――――――――――――――― 「……そうですか、それがハンナさんが選んだ道なんですね」 火精の間で、ハンナを見つけたシェリーは机の上に置いてあった遺書を読み終え、ベッドの上のハンナを見返す。 人形たちに見守られ、息をしていないその姿は、小人に見守られているお姫様のようだった。 「よかった。一人だと、ハンナさん泣いちゃいますからね」 人形たちは一体も欠けずにハンナを見守っている。もし一体でも落ちていたらきっとハンナは悲しんでいただろう。 「遺書もありますし、事件性も無し。なら、後はゴクチョーさんに話して終わりですね」 この場合、裁判は行われるだろうか……きっと、行われるだろうがこういう時の特例処置を用意してないはずはないだろう。 「お墓を建てなければいけませんかね。ハンナさんの好きな場所と言うと……どこだったでしょう」 「やっぱりお花畑ですかね。あそこは見晴らしもいいですし。でも、止められちゃう可能性もありますし……私一人で隠れてしちゃうのもありですね」 人が死んだときにするべきことを考え、シェリーは段取りを整えていく。 やるべきことは、それから、それから―― ふと、シェリーはハンナの方を向く。死人に出来ることはどれだけ丁寧に扱うかしかないとわかっているのに。 ここには、魔法があって。ハンナの死に絵はあまりにも物語的過ぎて。 「もしも、これが絵本なら。王子様のキスで目覚めるんですよね」 王子様と言えば、レイアが思い浮かばれるが彼女はもういない。 「私じゃ役者不足かもしれませんが……」 ハンナに近づき、人形のように動かない彼女にシェリーは顔を近づけ。 「ハンナさん。もしも、その気があるなら……生き返ってください」 そっと、その唇に口づけをした。 その口づけは少しの間続き、シェリーの息が持たなくなったころ、ようやく唇が離された。 「どうですか、シェリーさん。いつもみたいに、何するんですか! このゴリラ女―って! 言ってくれますか?」 シェリーが語り掛ける。しかし、ハンナからの返答はどれだけ待っても来なかった。 「……ですよね、シェリーちゃん。ちょっと失敗しちゃったみたいです」 「おかしいですね。こんなことしても無意味だってわかってるのに、なんでこんなことしちゃったんでしょう」 シェリーは少しの間首を傾げる。 結局答えは出ず、自分のすべきことを決めると火精の間の扉を開く。 「ハンナさん、お疲れさまでした。私は生きますよ。それがハンナさんの望みですから」 ハンナが自ら命を絶っても守りたかったもの。それをシェリーは胸の奥へとしまい込みながら、火精の間を後にした。 BAD END