二次元裏@ふたば

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28440 B25/12/19(金)17:20:02No.1384015819そうだねx4 19:36頃消えます
2月10日 朝20.5℃ 正午27℃ 夕25℃
 ムンド・ノヴォが枯れた。最後の一本だったのに。
 朝、雨がすこし降ったがすぐ止んだ。南風が強い。
 水の少ない年になるだろう。
125/12/19(金)17:20:25No.1384015891+
「来月だ。来月のうちにここからベルティオガまでの鉄虫を一匹残らず追い払い、安全な土地にしてみせる。だからあの斜面をぜひ開拓してコーヒーノキを植えてくれ。きっとだ、頼むぞ」
「は、はい……」
 あっけにとられている農婦型バイオロイドの手を握って何度も振ってから、龍はつややかな黒髪をひるがえして軍用SUVへ戻った。マリーが苦笑とともに出迎える。
「人の仕事だと思って、好きなことを言ってくれる」
「どのみちやる気だったろう?」
「まあ、そうだが」マリーはタブレットに表示された地図にメモをとって、窓の外に目をやった。
「しかし、ここにもなかったか……」
「ああ……」
 憂い顔の中将二人が乗り込んだSUVが走り出す。乾いた砂煙がくるくると巻き上がって後に続いた。
225/12/19(金)17:20:49No.1384015992+
 不屈のマリーと無敵の龍。南米がオルカの領土となったことを誰よりも喜んだのは、大のコーヒー党であるこの二人だったかもしれない。
 何しろ南米といえばコーヒーの本場、旧時代には世界最大のコーヒー産地だった大陸である。専門の農園とまではいかずとも、農業生産拠点のそこかしこで地元作物としてコーヒーが栽培され、なんなら町並みの中にすら自生し、住民は誰もが気軽に美味いコーヒーを楽しんでいるに違いない……そんな風に夢見て、軍務に励みながらも南米へ憧れの視線を向けていた二人であったが、カラカスの情勢が落ち着き南米全体の状況がわかってくるとその期待は無情に打ち砕かれた。
「ベータは……私達は、支配下にあるあらゆる地域に過酷な税を課していました。どこも食料を作るので精一杯で、嗜好作物を作る余裕なんて多分……」
 現在の南米にはコーヒー農園どころか、ただ一本たりとコーヒーノキを栽培している拠点すらなかったのである。
 申し訳なさそうに頭を下げるレモネードベータに、しかし諦めきれない龍は食い下がった。
325/12/19(金)17:21:17No.1384016091+
「いくらなんでも、まったくないということはないだろう。一等市民なら多少の贅沢はできたというではないか。外部から客が来ることだってあったはずだ。飲み物はどうしていたんだ」
「もちろん、コーヒー自体はあります。北米から輸入したインスタントコーヒーを、大統領宮でも常備していて……」
「何ということだ」龍は額を押さえ、椅子にへたり込んだ。「ベネズエラだぞ? メリダ、ククタ、マラカイボだ。すぐ隣にはブラジルもコロンビアもある。その支配者が飲むコーヒーが、輸入品のインスタント?」
 月例の指揮官会議で話を聞いたマリーも、ショックを隠しきれない様子であった。
「い、いや、しかしだな、カラカスでもすべての畑を一枚残らず把握しているわけではあるまい。古来より農民というのはしたたかなものだ。支配者の目を盗んでこっそり栽培する隠し畑のようなものが」
「コーヒーでか? 絶対にないとは言いきれないが……まあどのみち、農地の実情は確認せねばならん。その過程で明らかになることもあるだろう」
「理不尽な税を課すことはないとわかってもらえれば、畑を隠す必要もなくなると思いたいものだな」
425/12/19(金)17:21:36No.1384016155+
「アンタ達、いいかげんコーヒーの話から離れなさいよ」
 見かねたメイの突っ込みで会議が閉じてから数週間。待てど暮らせど、コーヒーの情報は入ってこなかった。とうとう辛抱しきれなくなった二人は、戦術調査の名目でみずから現地へ乗り込むことにしたのである。
525/12/19(金)17:21:55No.1384016225+
2月12日 朝20℃ 正午25℃ 夕23℃
 トウモロコシ粉が切れた。干し肉もあと一袋になっている。
 先月からずっと膝の具合がよくない。山道の上り下りがますますおっくうになり、すっかり村から足が遠のいてしまった。最後に行ったのはいつだったか日記を確かめたら去年の11月だった。蓄えも乏しくなるわけだ。
 そういえば前回、村でも今年は作柄がよくないと聞いた気がする。こんな体で、食べられもしないものを育てている自分をかばってくれている人達だ。迷惑をかけたくはない。
 鉄虫が反対側の斜面をうろついているのを見た。警戒にも出なくてはならない。腹が減るのには慣れている。もう少し我慢しよう。
625/12/19(金)17:22:12No.1384016271+
「旧サンパウロ州エリアは全敗だな……北上して、ミナス・ジェライス州に向かおう」
「四カ所しか見ていないが?」
「それで全部だ。ブラジル高原から南には、もう拠点はないらしい」
 山の斜面に刻まれたほそい道を縫うように進むSUV、その後部座席で龍が差し出したタブレットには南米の地図が表示され、レモネードベータの管理下にあった生産拠点が光点で示されている。そのほとんどはベネズエラ国内と大陸の北半分に集中しており、南に行くにつれ急激に数を減らしていく。
 オルカへの移管が進むにつれわかってきたことだが、ベータが管理していた地域は広大な南米のほんの一部にすぎなかった。大陸の大部分は鉄虫の支配域か、もしくは鉄虫がどれだけいるのかさえ不明の未踏査域である。今いるブラジル南部にはもう、鉄虫の隙間を縫うようにして小さな拠点がちらほらとあるだけだ。
「やはり実地で見てみなくてはわからないことはあるな。それはそれで収穫だが」
 マリーは画面を閉じて龍に返すと、窓の外の濃い緑を眺めて眉間をもんだ。
725/12/19(金)17:22:34No.1384016367+
「調査結果はフェアリーシリーズにも共有しておかないか。専門家の目で見れば、また別の有望な地域が見つかるかもしれない」
「同感だ。制圧作戦を進める上でも、生産力の高い土地を優先した方が効率的だろうしな」
「なんだ、貴殿はもうコーヒーノキの発見は諦めたか?」マリーがからかうような笑みを向ける。
「現状を見れば、そうもなる」龍は何かを放り投げるように手先をかるく振った。「新たに栽培することを考えた方が建設的だ。そうは思わないのか」
「この広大な南米の、百分の一も我々はまだ調べていない。諦めるには早すぎる」
「ほとんどが鉄虫の領域だとしてもか?」
「少人数の共同体なら隠れ住むことだってできる。自生している野生株だってあるかもしれん」
「意外だな、そこまで執着するとは。貴殿は豆より技術を重んじる流儀だと思ったが」
「豆をおろそかにしていいという意味ではないさ。それに執着ではない、夢といってほしい」
 悪路でガタガタと揺れるシートの上で、龍が眉を上げた。「夢だと? おい待て、もしや豆が見つからなくとも夢を追うだけで満足だとか言いだすのではあるまいな」
825/12/19(金)17:22:56No.1384016444+
「馬鹿な、必ず見つけるとも」マリーも身を起こし、SUVのエンジン音に負けないよう声を張り上げる。「それは大前提だが、結果ばかりを求めては本質を見失う」
「本質とは何だ。今の場合、高品質なコーヒー豆の供給源を手に入れること以上の本質があるか」
「品質はプラント艦や植物工場でも追求できる。手に入れることではなく、見いだすことこそが目的だったはずだろう」
「それは考え方として、あまりに……」龍は言葉を探すように一瞬だけ目を細めて、「あまりに愚直すぎる」
「愚直おおいに結構。兵士に必要な第一の美徳だ」
「あ、あああの失礼いたしますがっ!」
 運転手を務めていたレプリコンが突然発した大声に、後部座席の二人はぴたりと黙って前を見た。
「どうした」
「も、もうすぐ渓谷です。先ほどの村で更新した情報によれば、谷の西斜面に鉄虫の目撃情報があり、僭越ながら東回りで迂回すべきかど」
「ふむ。しかし、迂回するルートは遠回りになるのではなかったか?」
「二時間ほど余分にかかりますが……」
「そんなに遅れては予定の行程を消化できない」
925/12/19(金)17:23:23No.1384016553+
 龍が腰を浮かせた。龍もマリーも指揮官として多忙な身である。無理矢理スケジュールを空けて南米まで乗り込んではきたものの、使える時間は決して豊富にはない。
「どれ、小官が威力偵察してくる。スピードは落とすなよ」
「えっ?」
 言うが早いか、龍は走行中のSUVのドアを開け、無造作に飛び降りた。地を蹴って車に並んだと思うと、そのまま加速して追い越していく。
「持っていけ!」マリーが座席下のトランクから、ソフトボールほどの大きさの金属球を取り出して投げた。自身の専用装備〈シーカーの眼〉だ。放物線を描いて飛んだ球体は龍の頭上でふわりと静止し、護衛するようにゆっくりと周回を始める。ちらりと目だけで礼を言ってから、龍は加速をつけて一気にSUVを置き去っていった。
「あの……」
「運転に集中しろ。何かあればシーカー経由で連絡が来る」
 残りのシーカーを車の周囲に展開させてからマリーはドアを閉め、どっかとシートに座り直した。金色の髪が生体電気をはらんで、わずかに浮き上がっている。それ以上何を聞ける空気でもなく、レプリコンはしばし黙って運転に集中した。
「…………」
1025/12/19(金)17:23:44No.1384016635+
「心配するな、彼女は無敵の龍だ。なまじの鉄虫に後れを取ることはない。引き際を見誤ることもない。……私と違ってな」
「は……」
 皮肉なのか冗談なのかわからず、レプリコンは固い声を返すしかない。その様子にマリーはわずかに頬を緩めた。
「貴様はたしか、このあたりでずっと暮らしていたのだったな?」
「はっ、スチールライン南アメリカ方面軍第1師団、ブラジリア連隊に所属しておりました!」
「南米第1師団なら……」遠い昔の記憶をたどるように、マリーは目を閉じる。「マリー22号か」
「はい、マリー22号准将の指揮下におりました。とても勇猛な方でありました」
「そうだな、昔一度会ったことがある。私達の中でもとびきり勇猛な奴だった。あれも個体差なのかな」マリーはうすく笑った。「ブラックリバーは総じて、南米に関心が薄かった。補給など手薄で苦労したろうな」
「はい……サントス港での戦いで、准将閣下は戦死されました。私達の連隊が撤退する時間を稼ぐために」
「……やはり、そういう死に方をするのだな……」
1125/12/19(金)17:23:59No.1384016700+
 レプリコンの位置からは、マリーの表情はうかがえない。次にマリーが口を開いたのは、谷を半分ほども走り抜けてからのことだった。
「近々、オルカでも南米方面軍を編成する。貴様達にも招集がかかるだろうが……応じるかどうかは自由だ。断ることもできるし、スチールライン以外の部隊に希望を出すこともできる。ホライゾンとかな」
「じ、自分はスチールラインの兵士であります!」
「はは、この場ではそう答えるしかなかろう。今決めなくともいい、ゆっくり考えるといい」
 右側に広がる深い森の奥から、銃声が響いた。鉄虫の機銃の音だ。不意に途絶えたあと、木が倒れるような音がそれに続いた。
「それと、さっきのはディスカッションの一環だ、諍いをしていたわけではない。あまり気にするな」
「は……はっ」
 ハンドルを握ったまま、レプリコンが再び身をこわばらせる。マリーは口元をおさえてクックッと笑った。
1225/12/19(金)17:25:12No.1384016959そうだねx1
長いので続き
fu6049312.txt
コーヒー好きのマリーと龍が南米でなんかやるサイドストーリー
絶対来るだろと待ってたら全然来ないので自分で書きました
1325/12/19(金)17:28:51No.1384017764+
プテラノドン
1425/12/19(金)17:33:58No.1384018957そうだねx1
旨し
コーヒー旨し
1525/12/19(金)17:35:47No.1384019356そうだねx5
将官二人で一兵卒をいじり倒すのやめてあげて
1625/12/19(金)17:40:24No.1384020373+
絆と執念の味…
1725/12/19(金)17:49:33No.1384022648そうだねx2
いい読後感だ…
1825/12/19(金)17:58:22No.1384024749+
焙煎したてのコーヒー飲みたくなってきた
1925/12/19(金)18:20:53No.1384030898+
凄い良かった…
2025/12/19(金)18:22:42No.1384031401+
そりゃあ自分の食べる分がやっとみたいな状況でコーヒーなんか作ってられねえよなって


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