「犬童さん!日野君!山林に狙撃手が隠れてる! こっちはレディーデビモンが撃たれた!すぐ何かに隠れて!」 デジヴァイスから響く篤人の叫びに、三幸の心臓は跳ね上がる感覚に見舞われた。叫びを聞いたラヴォガリータモンが、すぐに三幸と勇太の遮蔽物となるべく飛び上がり、二人の前に仁王立ちした。 「勇太君!ヘルガルモンにも、何かしてあげられませんか!?」 「その場しのぎだけども……ラヴォガリータモン!溶岩をヘルガルモンに!」 勇太の指示に応え、ラヴォガリータモンは自らを構成する溶岩の一部を切り離すと、ブルムロードモンと打ち合うヘルガルモンに鎧兜のように纏わせた。 「助かったユウタ!これなら耐えれるはずだ!」 「ごめんねラヴォガリータモンも、ヘルガルモンも!君達が一番怖いはずなのに!」 「銃弾なら一発二発は平気だよ勇太!もし狙撃がきたら、僕がメルダイナーで反撃するから!」 陰に隠れ、申し訳無さそうに話す勇太に、強靭な脚で草むらに仁王立ちするラヴォガリータモンは、明るい声音を崩さぬまま、振り向いた。 「守りを固めてきたか……」 ブルムロードモンは花の槍を、溶岩で覆われていない顔面に突き出す。ヘルガルモンはそれを払うと、炎を纏った爪で槍の柄を引き裂いた。 槍の穂が落ちる。ヘルガルモンは爪を振るった勢いで脚に力を溜めると、沈んだ態勢から右手を後ろにやり、低く飛ぶ。草むらを焼き焦がし這い進む炎の爪が甲冑にあたると、あざ笑うような金属音と共に爪は弾かれ、ヘルガルモンは体勢を崩した。 僅かによろめいたブルムロードモンが、槍の柄でヘルガルモンの顔を殴りつける。鈍い音と共にヘルガルモンが仰向けに倒れると、ブルムロードモンは拾った槍の穂を顔に突き刺そうとしたが、振り上げた槍の穂は突如起こった爆発により、ブルムロードモンの手から離れた。 「……ラヴォガリータモンの粉塵か!」 忌々しく呟いたブルムロードモンがラヴォガリータモンに振り向き、肩の花から重機関銃のような音を響かせ、種子を撃ち出す。大きく動けないラヴォガリータモンは粉塵による爆破と吐き出す熱線で対抗するも、連射される無数の種子の全てを防げず、命中と共にくぐもった呻きを漏らした。 「このまま砕け散るといい!」 このまま種子の連弾がやがて岩竜の体を砕く。ブルムロードモンが確信した瞬間、起き上がったヘルガルモンが肩の花を切り裂いた。 「ぐっ……!」 ブルムロードモンは槍の柄でヘルガルモンの顔面を殴りつけるも、それを防いだヘルガルモンはその勢いを利用して、後退した。 「ミユキ!出力上げてくれ!」 「勿論!やってしまいなさい!!」 パートナーの求めに応え、ラヴォガリータモンの後ろに隠れた三幸は、右頬の傷が開く痛みを僅かに感じながら、デジヴァイスに力を送る。 力を送られ、更に激しく燃えるヘルガルモンを前に、ブルムロードモンは拾い上げた槍の穂と柄と繋ぐと、苦々しく口を開いた。 「力を得てもこれほどとは……だが!」 繋げられた花の槍は、宵闇をぼんやりと照らすように輝き出す。光は徐々に強まり、ラヴォガリータモンに隠れ直視出来ない三幸すらも、夜が明けたかと一瞬錯覚する程の輝き。 やがて開花した花の槍から、宵闇を斬り裂く陽光の大剣が現れると、ブルムロードモンは僅かに不満げに呟き、剣を手に取った。 「グラン・デル・ソルは使えぬが…参る!」 ブルムロードモンがヘルガルモンに向かい一直線に駆け出し、剣を振り下ろす。ヘルガルモンはそれを爪で打ち払おうとしたが、陽光の剣に炎の爪が触れた瞬間、炎が陽光で掻き消された。 「な……!」 驚愕と共に、ヘルガルモンは咄嗟に腕を引き、回避を優先した。振り下ろされた大剣の切っ先は溶岩の鎧を紙のように引き裂いた。 それが見えた三幸は、瞬きする間も無い時間で訪れるであろう危機に、何か別のモノに突き動かされたように、咄嗟に力を送ってヘルガルモンの炎を激しく燃やした。 「ラヴォガリータモン!ヘルガルモンにまた!!」 ほんの僅かに遅れて叫んだ勇太が再びラヴォガリータモンに指示を出す間に、三幸はただ、魔狼の体が銃弾で貫かれないことを祈り、目を瞑った。 「……ん?」 銃弾は、飛んで来なかった。三幸がそれに疑問を抱く思う間もなく、ヘルガルモンに再び溶岩の鎧兜が装着されると、ラヴォガリータモンが熱線を撃ち込む。陽光の剣がそれを容易く斬り裂くと、後退したヘルガルモンは、獄炎を引き裂いた剣を、息を荒くしたまま睨みつける。 「さぁ、どう出る?これで消えるような価値の者ではなかろう」 ブルムロードモンはどこか値踏みするような声音で、再び剣を構えた。 「三幸さん!俺、後ろに回ってブルムロードモンを……あだだ!?」 耐えかねた勇太がデジヴァイスを握り動こうとした瞬間、三幸が勇太の耳たぶを迷わず掴んだ。勇太も突然のことで抗議よりも先に素っ頓狂な声を上げ、気が抜けたようにその場で座り込んでしまい、それからすぐ、三幸の有無を言わせない目に気付いた、 「私は篤人さんにあなたのことを託されましたの!無謀な行動は許しませんわよ!!」 「っ……ですけど!」 「銃弾はまだ来ないけど安心出来ない!僕から離れるのだけは絶対にダメだよ勇太!!」 三幸とラヴォガリータモンの言葉を受け、反論をしようとした勇太は苦い顔をしながら、三幸が差し出した手を掴み、ゆっくり立ち上がった。 三幸は勇太が立ち上がった事を確認すると、思考の整理のため、右頬に傷に触れながら言い始める。 「でも、弾丸は来なかった……単に篤人さん達の方を見ているのか、それとも他に……?」 「……理由はあるかもしれないってことですか?」 勇太の問いに、三幸は無言で頷くと傷に触れた手を離した。 「どちらにせよ、私達はラヴォガリータモンに隠れたまま、ヘルガルモンにあの光の剣の対応をさせなければいけません」 「即席の鎧はともかく、炎も通じないのは……」 思考の整理を終えた三幸は、勇太の言葉に小さく唸って返事をすると、ブルムロードモンの剣撃に対して回避に専念するヘルガルモンを見て、再び傷に手を当てた。 「ミユキ!アレは今のオレにはどうにもできん!せめてもう少し、出力を……」 「やむを得ませんか。こうなったら全部注ぎ込んで短期決戦で「待ってください!」 目を見開し意を決してデジヴァイスを握りしめた三幸を勇太が止めると、自分のデジヴァイスを操作して、画面を見せた。 「……勇気の、デジメンタル?」 勇太のデジヴァイスに映されてた赤い卵のような物体を見て、三幸は自分の首から下げた同じ二文字の名前を持つ、真紅の紋章に手を触れた。 「力がいるなら使ってください」 「いいのですか?」 紋章を軽く握り、まじまじとそれを見る三幸に対し、勇太は軽く笑って答える。 「三幸さんが俺のことを、片桐さんに託されたように……俺にも、託させてください」 「……任されました!」 勇太の言葉に、三幸は歯を見せて笑いながら、自身の真紅のデジヴァイスに移された、勇気のデジメンタルを見て、叫んだ。 「ヘルガルモン!デジメンタルアップ!!」 デジヴァイスから現れた勇気のデジメンタルは変形し、赤い鎧となる。それがヘルガルモンの身に覆われると……炎で歪み、噴き上げる火柱でひび割れた。刻まれた「勇気」という二文字ごと焼き尽くすように、炎はやがて、蒼く禍々しいものに変わる。 最後に生成された鉤爪に蒼炎が宿ると、一際強く燃え盛る。宵闇も陽光も焼き尽くす蒼い大火の魔狼の名を、三幸が叫んだ。 「ヘルガルモン・インフェルノ!焼き払え!!」 三幸は……魔狼の主は、右頬の傷から薄っすらと血を滲ませ、目を血走らせて叫ぶ。ヘルガルモン・インフェルノが応えるように咆哮すると、猛進するブルムロードモンが振り下ろした剣を、爪で弾き返す。それを受けたブルムロードモンは、目を見開いて後退した。 「まだ手段があったとはな」 ブルムロードモンが呟くと、地獄の蒼炎を宿らせた魔狼が、一直線に突撃した。 「三幸さん……俺より熱くなってない……?」 「……とりあえず、僕は狙撃に備えるね勇太」 魔狼が想像を超えた変貌を遂げたのを見届けた勇太とラヴォガリータモンは、三幸の先程までとは差がある振る舞いに困惑を感じながら、いつ銃弾が飛来するかも分からぬ奥の山林に目を向けた。 ──── 「デジメンタル……失敗した。これなら先に犬童の方を見るべきだったわ」 「結果論よファヨン。まだ、打ち合わせ通りに進めましょう」 山林に潜むファヨンは、変貌したヘルガルモンの姿を双眼鏡越しに確認し、歯噛みした。それにギリードゥモンはスコープを覗き、壁で隔たれた先のデストロモンを捉えながら、微動だにせず言葉を返す。 ファヨンはパートナーの言葉に不満げに頷し、コートから淡い緑のデジヴァイスと純真の紋章を取り出すと、双眼鏡を降ろし、それを細い目で見つめた。 元の持ち主であった正木真也…選ばし子供とそのパートナーは、種子や草木……植物を利用して味方の支援を行ってきた記録がデジヴァイスに残っていた。ファヨンが触れた瞬間、自分もそうやってきたように何故か感じたファヨンは、戸惑いながら本部から派遣して貰ったブロッサモンとナイトモンの2体を、ラフレシモンの胞子で支配下に置き擬似的に2体もパートナーと扱い強引に進化させた。 道行くデジモンを無差別に撃ち、義心からそのまま山林に入れば最高であったが、流石にそのまま動くとは思わない。だから強襲し、ブルムロードモンの「マルチプルシード」をロゼモンの力で発芽させた茨の壁で分断を図った。ここまでは、上手く進んでいる。ギリードゥモンまで退化したが、予想はした事だ。 出力が落ちた中でも一撃で仕留められるのは、テイマー以外は進化先を見てから決めるしかない。そしてレディーデビモンを選択したが、失敗した。その結果、テイマーが全員隠れ、しばらくは強引に進化させた2体に任せるしかなくなった。 それでもまだ殆どが、事前に予想して、ギリードゥモンと取り決めていた範疇で進んでいる。故にファヨンの不満は、一つだった。 「勇ちゃんの顔が見えない。犬童が近くにいるのムカつく。やっぱりあいつから殺すべきだった」 「最初にアンタが決めたことよ。可愛い弟に返り血がついたら可哀想だからすぐにテイマーは撃たないって。我慢しなさいお姉ちゃん」 「シックロウォ(うるさい)。そっち見てろ」 【純真】な心からの欲求が満たされない不満を口にしたファヨンに、ギリードゥモンは再び微動だにせず返した。 ──── 走り、飛び回りながらロゼモンが振るう茨の鞭が、絶え間なく風切り音を鳴らしデストロモンに襲いかかる。デストロモンは爪で応戦を試みるが、ロゼモンが腕を動かすと鞭が沈み、振るった大爪は空を切る。沈んだ鞭を、ロゼモンが再び上に動かす。波打ちながら跳ね上がり、デストロモンの腕に巻きついた茨は薄ぼんやりと青白く光り、スパーク音を掻き鳴らした。 「電撃!?デストロモン!!」 狙撃を避けるため、デストロモンの後ろに隠れる篤人は、歯噛みした。そのままま青白い稲光が暗い世界を点滅させる。スパーク音と共にデストロモンは、苦痛による咆哮を堪え、低く唸る。 「レディーデビモン!右手なら動くわよね!?」 「勿論!……ダークネスウェーブ!」 光が声を張り上げると、レディーデビモンは無傷の右腕から蝙蝠状の衝撃波を放ち、鞭を切断した。 「助かったぜ!ありがとなヒカリちゃん!レディーデビモン!!」 「まずはあの鞭!何とかするわよ!」 光がデストロモンに軽く手を上げ応えると、切断された茨の鞭は、すぐに再生した。続けて振るった鞭の切っ先がデストロモンの胸部に触れ、破砕音と共に赤金の装甲がひび割れ、穿たれた穴から脈打つデジコアが僅かに露見した。苦痛を堪えながらデストロモンはすぐにそれを左手で隠し、右手の三連装砲をロゼモンに撃ち込むが、光弾は容易く弾かれる。 「その図体は壁になるだけのものか!?燃えもしないなら独活にも劣るな!」 ロゼモンの言葉を、篤人とデストロモンは唸って堪える。狙撃手が狙いを外すことに縋って飛び出した所で、ロゼモンに殺される方が先だ。そんな奇跡を願うのはただの思考放棄だ。ならばまずは、あの鞭をどうにか……。 「片桐!あの鞭……止めれない!?」 光の言葉を聞き、篤人は軽く息を吸い込む。その瞬間に次の問題が浮かび上がると、光の方を向いて、言葉を選びながら話し始めた。 「多分、出来るけど……止めたら狙撃手が邪魔してくると思う」 篤人の言葉に光は顔を顰めてから、額に指を当てながら何かを考え始める様子を見せ……その場で答えが出なかった様子で、舌打ちした。 「結局、狙撃手が邪魔なんだ。場所が分かればデストロモンが何とか出来るけどね」 「狙撃を確実に止められる算段がありャ……鞭の方も俺様なら何とかなるんだが……」 デストロモンが低く呟いた瞬間、茨の壁に蒼い炎が迸り、斬り裂かれた。思わず篤人が目を向けた壁の先には、蒼い炎を纏ったヘルガルモン……と思わしき姿と、その鉤爪に輝く剣で打ち合うブルムロードモンの姿であった。 「ブルムロードモン!?」 「私に構うなロゼモン!」 同じように思わず一瞥したロゼモンを、ブルムロードモンは制止する。口元を固く歪ませたロゼモンは、すぐに篤人達に向き直った。 篤人も、再生されつつある茨の壁に視線をやる。蒼い炎を噴き上げるヘルガルモンが大きく動くと、ラヴォガリータモンを遮蔽物とした三幸と勇太の姿が見えた。 隠れている。それに安堵して再びロゼモンに向き直ろうと思った時、三幸と、たまたま目が合った。 「篤人さん!光ちゃん!私と勇太君はこの通りです!すぐそちらに参りますわ!!」 「片桐さん!光のことお願いします!光も……片桐さんのこと、お願いね!!」 壁が塞がるその瞬間まで、篤人は手を振る二人を見送ると、光も直前まで緩んでいたと思われる顔を戻して、篤人を軽く小突いた。 「片桐、この状況で笑えるとか、アンタもいい根性してるわね」 何か言うのも無粋に思った篤人は、硬い笑みでごまかし、ロゼモンとデストロモンを交互に見て、大きく息を吸い込み、意を決して口を開いた。 「デストロモン!腰部の装甲を切り離して!狙撃は僕が「ちょっと待て!!」 光が篤人の腕を思いっきり掴む。細腕のか弱い、振りほどいてはいけない力に、篤人は思考は急激に冷え始め、すぐに光の表情を見た。 「……私に考えがある、聞きなさい」 篤人は真剣な顔に変え、無言で頷いた。 ──── 「片桐!やると決めたならヘマすんじゃないわよ!」 「頑張ってね篤人!デストロモン!」 作戦は決まり、光とレディーデビモンの激励に篤人とデストロモンは、笑って応えると、再度ロゼモンに向けて右腕で砲撃を行った。 「……無駄なことを!」 光弾は当然のように鞭で弾かれ、再びロゼモンがデストロモンに向けて鞭を振るう。宵闇に何度も鳴り続け、聞き慣れ始めた風切り音がデストロモンが左腕で隠す、ひび割れた装甲に向け迫りくる。 「予想通りだな!だったら!!」 デストロモンは覚悟を決めるように小さく息を吐くと、鞭の切っ先に向けて右手で突き出し、掌が穿たれ、小さな0と1が空に消える。 「……どうにか、耐えて!!」 デストロモンは苦痛で、篤人は力を送りながら、祈るように顔を歪ませる。そしてデストロモンは掌を穿った茨の鞭を、その巨腕で握り締めた。 「強引に止めにきたな!だが!!」 鞭を掴まれたロゼモンは、焦ることなく電撃を流し込んだ。青白い稲妻が弾けながらデストロモンを伝い、巨竜のうめき声を咆哮へと変えていく。それでもデストロモンは堪え、苦悶の咆哮を聴く篤人も、歯を軋ませてデジヴァイスへと、耐えるための力を送り込み続ける。 「しぶとい奴め……ならば更に強く!」 想像以上に堪えるデストロモンに、ロゼモンは苛立ち、更に強い電流を送り込み始める。 「よし、今!行きなさいレディーデビモン!」 その瞬間、光の指示に応えてレディーデビモンがデストロモンの身体を左手で掴みながら、その陰から右手を伸ばし、青白い稲妻が迸る茨の鞭を、握りしめた。 「何を……する…!?」 棘と稲妻で、レディーデビモンの顔は激痛で歪ませながら、両手から黒い霧を発させ、そのまま鞭とデストロモンを伝い始めた。 ロゼモンが何かを察し、急いで鞭から手を離そうとした瞬間、デストロモンが穿たれた腕で、力一杯鞭を引っ張ぱる。パワーと重量は劣っていたロゼモンはその力に耐えきれず、鞭から手を離せないまま、バランスを崩して引き倒された。 やがて、黒い霧が青い稲妻を呑み込みながら、膨れ上がり鞭を伝うと、ロゼモンに辿り着いた。 「そのまま寝ていろ!プワゾン!!」 流し込まれ続けた青白い稲妻が黒紫に変色し、膨れ上がった黒い霧を伝いロゼモンへ逆流すると、全身に変色した電撃を浴びせ、腕を四散させた。ロゼモンは激痛から、その女王のような出で立ちからは想像出来ない咆哮を上げると、未だ健在の手で鞭を掴もうとするが、デストロモンがそれを踏み潰し、地に伏す女王に三連装砲を向けた。 「クニルナッソヨ(まずいわね)……ギリードゥモン、いける?」 「流石に傷が小さすぎる。装甲を破るには威力が足りない」 「……仕方無い。【カスターニャ】を使う」 「……頼むわ」 一転して窮地に陥ったロゼモンの姿を双眼鏡越しに見たファヨンは、ギリードゥモンと短いやりとりの後、やむを得ずデジヴァイスに力を送り込むと、それに応じたように純真の紋章が僅かに輝き、狙撃銃・べリョータは徐々に形を変え……対物ライフルへと変化した。 バイポットで固定し、ギリードゥモンは伏せた姿勢で対物ライフルのスコープを覗くと、左腕で破損を隠すデストロモンの胸部に狙いを定めた。 ファヨンも双眼鏡を手に取り、デストロモンの周囲を見渡す。既に隠れたレディーデビモン、プワゾンで四散した片腕の代わりに茨を生やし始めたロゼモン。遮るものはない。力を送り変化させた対物ライフル・カスターニャの弾丸は、究極体にも十分通じる威力がある。間違いなく、これで仕留める。 「周辺に異常無し」 「デジコアを補足。隠れた片桐ごと撃ち抜く」 無感情に伝え合い、ファヨンは冷たく命じた。 「撃て」 「コアシュート」 その言葉と共に、銃口から爆発音と炎が噴き上がると、ファヨンの視界が一瞬白く点滅し、山林の木々がまるで、自分達が狙われ狼狽えたかのように揺れ動く。 双眼鏡越しに、デストロモンの顔が潜んでいる場所に向けて動いたのが見えた。想像通りバレた。だが、これで終わりだ。 臓腑を穿つために飛んでいく銃弾がまず、デストロモンの手に触れると、0と1の飛沫と共に容易く貫く。膝をつかせた、空が破れるような巨竜の叫びに耳がつんざくのをファヨンは堪えながら、赤金の装甲を破砕し、金属片が血のように吹き上がると、その勢いのままデジコアに届き、貫いた。 ……ように、思えた。 「命中……してない……?」 呆然とスコープを覗いたまま、反動で微動だに出来ないギリードゥモンの様子を見て、ファヨンはすぐに双眼鏡の倍率を上げ、撃ち抜いた箇所に目向けた。 「黒い霧……?」 巨竜の臓腑は黒い霧に包まれ、装甲と手を貫いた弾丸はどこかに消えていた。ファヨンはその光景で即座に、敵の意図を察して呟いた。 「プワゾンを……デジコアの周りに覆って……弾丸を打ち消した?」 呟き終えた瞬間に飛来した悪寒と共に、こちらを向くデストロモンの背中の巨砲に、エネルギーが込められていく様子をファヨンは捉えてしまった。 「ギリードゥモン!すぐに逃げ「間に合わない!私の後ろで伏せろ!!」 パートナーの咄嗟の言葉にファヨンは従うと、マズルフラッシュで露見した潜伏場所に、無数の光弾が木々をへし折りながら撃ち込まれる。地に伏せたファヨンは、落葉塗れの土を握りながら、歯をガチガチ鳴らして怖気を堪える。 光弾が、次々と通過していく。臓器が急速に圧縮される恐怖を抱え、必死の思いでデジヴァイスを取り出すと、残された力を全て自らの盾となるパートナーを守るために送り込む。その【純真】な願いに答えたのか、木の実の殻のような盾が現れ、ギリードゥモンを覆った。 少しずつ、通過する光弾が自分達に近づく。暗い死の光弾に対し、ひたすら耐え忍び……やがて、光弾は殻の盾を破壊し、ギリードゥモンに直撃した。 悲鳴を上げる間もなく吹き飛んだギリードゥモンは、後ろの巨木に体を打ちつけられ……子猿のようなデジモン、コエモンまで退化し気を失った。 「ギリ……っ……」 ギリードゥモンに命中した瞬間、砲撃は止まった。ファヨンはすぐに退化したパートナーに駆け寄り抱えるとすぐに息を確認する。 気絶、している。ひとまずそれでファヨンは落ち着くが、この場は失敗した。敗北で顔を歪ませ、そう受け入れたファヨンはすぐ、ロゼモンとブルムロードモンに対し、デジヴァイスで通信を行う。 「ギリードゥモンがやられた!全員撤退!!」 ファヨンはコエモンを抱え、山林の奥に向かって駆け出しながら、寂しげに呟いた。 「……勇ちゃんに写真くらい、撮らせて貰えば良かった」 ──── 「ロゼモンの鞭と、デストロモンのデジコアの周りに、プワゾンを流し込む」 「ロゼモンは分かるけど、デストロモンにも?」 光の話す作戦に、疑問を抱く篤人にレディーデビモンが口を開く。 「プワゾンは相手の力に触れた後、私のエネルギーも合わせて相手に流し込む技なの。 銃弾みたいに離れた……繋がりが無い力は、消すことだけ出来る」 「撃つなら、俺様が散々やられてるデジコア周り……狙いが読めるなら、消せるってことか」 デストロモンの言葉に光が「まぁ、そんな感じよ」と目を逸らしながら答えると、レディーデビモンが言いにくそうに再び口を開く。 「でもそれには……消しきれない力の送り先が必要になるの。この場合はね、デストロモンと繋がっている、篤人が受け入れ先になる」 話し終えたと同時に、目を伏せたレディーデビモンに対し、篤人は唾を飲み込んだ後、「大丈夫」とレディーデビモンに笑いかけ、見据えた。 「僕、痛みにはまぁまぁ慣れてるから」 ──── 「返事はいいから聞けアツト!砲撃は命中!レーダーでも捉えた!ギリードゥモンと……テイマーもついてやがった!」 デストロモンの言葉の間に、篤人は疑問と同時に狙撃手の正体の想像したが、激痛がその思考を打ち消し、篤人は返事の代わりに咳き込んだ。 プワゾンが銃弾を掻き消した瞬間、自分の身体に穴が空けられたような……まるで銃弾で撃たれたような痛みが走り、篤人はその場でのた打ち回った。動けない、頭が上がらない、声も出ない。そんな有様で地面に手をつく篤人に、光とレディーデビモンが近づいた。 「相当な威力だったみたいね……ここからは私に任せてアンタは寝てなさい!」 「思った以上に無茶させてごめんね篤人!」 少し優しげな光とレディーデビモンの声音に対し、篤人は返事の代わりに呻き、うつ伏せのまま動かないことを選んだ。 「おうヒカリちゃん。俺様もやれるぜ」 膝をついたデストロモンが、ゆっくりと立ち上がると、デジコア周りを覆う黒い霧は晴れ、赤金の装甲に穿たれた大穴から、脈打つデジコアが見える。撃ち抜かれた左腕でそれを隠したままのデストロモンが、まだ動かせる右手と背負った巨砲を、ロゼモンに向ける。最早狙撃を恐れる必要は無くなり、デストロモンの陰からレディーデビモンと光が姿を見せると、光はロゼモンを睨みつけ、口を開いた。 「かかって来なさいよ。それとも、狙撃が無ければ完全体2体を相手するのも無理なの?」 「……退く前に、こいつだけでも!!」 ロゼモンが歯噛みをしながら、爆ぜた手の変わりに生成した茨の鞭を、光に目掛けて振るう。それまでにない行動に光は顔を強張らせるが、すぐにデストロモンが右腕で抑え込むと、電撃を流す間も無く、背中の巨砲を撃ち込む。片腕が爆ぜ、鞭と一体化した腕をロゼモンは切り離すことも防ぐことも出来ず、巨竜の光弾を受け続け、苦悶の叫びをあげる。 「ここにきてテイマー狙いかァ?究極体にもなってお粗末じゃねえか!」 「行きなさいレディーデビモン!デストロモンは絶対に離すんじゃないわよ!!」 光の声を受け、レディーデビモンは砲撃を受け続けるロゼモンに向かい、左肩をダラリとさせたまま突撃すると、右手に収束した黒紫の波動が蝙蝠のような形を作り始める。 「ダークネス……ウェーブ!!」 振り被った右手がロゼモンの身体に触れると、至近距離で振り抜いた右腕が、黒紫の一閃となり、ロゼモンの身体を貫いた。 「せっかく力を……頂いたのに……」 腹部に穿たれた大穴から0と1へ変わり、やがて消えたロゼモンの姿を確認した光は、無言でデジヴァイスを取り出し、叫んだ。 「勇太!三幸!狙撃手は片桐が何とかしたわよ!そっちも遠慮なくやれ!!」 叫び終えた光は、ゆっくりと立ち上がり始めた篤人に近づくと、表情を緩ませ、手を差し出した。 「まぁまぁ良い根性してんじゃないの、片桐」 篤人は返事の代わりに小さく呻き、その手を取って立ち上がった。 狙撃手は消えたと聞いた瞬間、三幸はすぐ勇太に視線を送ると、頷いた勇太はすぐにラヴォガリータモンを飛翔させてブルムロードモンの背後を取り、熱線を撃ち込んだ。 その動きを察知したブルムロードモンは、打ち合いの最中で回転し、熱線を斬り裂いた後、ヘルガルモン・インフェルノの鉤爪を弾き返す。度重なる打ち合いの末、ブルムロードモンの甲冑は損耗し、その本体である植物も露出し、その一部は蒼い炎で僅かに焦がされている。たが魔狼も息が上がり、隠れる必要の無くなった三幸も目を充血させ、白い息を荒く吐き続けている。 「……苦しいか。援護も絶たれた以上、ここは命令通り退「逃がすなヘルガルモン!!」 三幸の低い叫びと共に鉤爪を弾き返された蒼炎の魔狼が、再び鉤爪を振り下ろし、甲冑の表面を引き裂いた。 「逃がす気無しか……ならば!」 ブルムロードモンは、甲冑を引き裂いたヘルガルモン・インフェルノに向け、光の剣を渾身の力で振り下ろした。宵闇を引き裂き、地獄の蒼炎を浄化する輝きを放つ陽光の一振りが、魔狼の身体に触れる瞬間、粉塵の爆発により狙いが逸れ、左腕を斬り裂いた。 魔狼は絶叫と共に、切り落とさかけた左腕を炎で焼き繋ぎ始めると、右の鉤爪をブルムロードモンの甲冑に突き刺す。痛みで声を漏らしたブルムロードモンが爪を引き抜こうと足掻くが、瞬く間に突き刺した爪から、炎が流し込まれた。 「ヘルガルモン・インフェルノ!そのまま燃やせ!!」 三幸の吠え声に応えるように、魔狼が苦痛を交えた咆哮を上げると、ブルムロードモンの身体は瞬く間に蒼い炎に包まれ、絶叫した。 「……ラヴォガリータモン!今のうちに剣を!!」 「うん!」 炎に包まれたまま叫び、陽光の剣を懸命に動かそうとするブルムロードモンとその光景に勇太は少し、怖いものを感じながら、ラヴォガリータモンにブルムロードモンの手を爆破させると、騎士の手には僅かな傷しかつかなかったものの、握っていた陽光の剣がその手を離れ、力なく草むらに落ち、ブルムロードモンは絶望から目を見開き、悶え苦しみながら呪うように呻いた。 「お……のれぇ……!よく……も……!」 「ナイスアシスト!後は……火力が足りません!ヘルガルモンにメルダイナーを!!」 「え!?でも、味方ごとなんて……」 「迷ってる暇はありませんわよ!」 称賛しながらも瞳孔の開いたブラウンの目を血走らせ、節々から殺意が滲み出るような三幸の言葉に、勇太はラヴォガリータモンと目を合わせ、顔を顰めたまま口を開いた。 「……嫌かもしれないけどお願い!」 「……メルダイナー!!」 ラヴォガリータモンが放った最大火力の熱線がヘルガルモン・インフェルノに命中すると、熱線を取り込んだ蒼炎が生き物のように揺らめき、ブルムロードモンは更に激しく灼かれ、甲冑が音を立て震え始めた。 やがて魔狼は、炎で焼き繋がれた左腕を振り上げ、爪を突き立て更に炎を送り込む。纏う炎の殆どを送り込んだ結果、朽ち果てた鎧を纏う骨の魔狼と化したヘルガルモン・インフェルノは荒く息を吐きながら、突き刺した爪を横に広げ、ブルムロードモンを内から引き千切った。 「……無念……」 引き裂かれる寸前、ブルムロードモンは魔狼を睨みながら忌々しく呟くと、ひび割れ焼かれた甲冑の上半身は宙を舞うことなく重い音を立てて落ち、支える物のない下半身はそのまま崩れ、植物の断面を露出させたまま、焼かれながら消えていった。 ヘルガルモン・インフェルノをファングモンに戻した三幸はすぐに、労いの言葉をかけた。それからデジヴァイスを操作し、勇太から借りた勇気のデジメンタルを返却すると、大きく息を吸った三幸が笑顔で勇太に駆け寄った。 「やりましたわ!勇太君のおかげです!!」 「え、あっ……はい……!」 ハイタッチを求める三幸に、勇太は戸惑いながら応じた後、勇太が退化させたヴォーボモンにも近づくがヴォーボモンは不満げな表情で、口を開いた。 「味方ごと撃てなんて言われると思わなかった……というか三幸、ちょっと乱暴すぎるよ」 ヴォーボモンの言葉に三幸は僅かに固まり、戦った時の自分を思い返し始めると……思わず顔を赤くし、そのまま俯き口をもごもごさせ始めた。 「それしか……ないと……思って……その……ごめん……なさい……」 「俺はまぁ、もうやらないなら良いんですけど……その、顔の傷、痛くないですか?」 勇太に言われ、一瞬呆けた三幸は右頬の傷から薄っすら血が滲んでいることに気づき、慌ててハンカチで傷口を押さえると、その直後に茨の壁が崩れ落ち、篤人達の姿が見えた。 「これで終わったな」 ファングモンがホッとしたように言ったのに応えるように、三幸と勇太は、崩れた壁の向こう側まで急いで駆け寄った。 「光!片桐さん!大丈……夫……じゃないよね」 「勇太も三幸も無事ね。ごめん三幸、こいつに大分無理させた」 デビドラモンに肩を貸された篤人が顔を俯けて歩いてくる。光の、少し申し訳無さそうな言葉に篤人は声を絞り出そうとしたが出てこず、返事の代わりに低い声で呻く。 「……すぐ離れるぞ。話したいことは後でだ」 「なら僕が乗せてくよ。嫌でも動けなかったからまだ余裕あるんだ」 ファングモンとヴォーボモンの言葉に、勇太はすぐデジヴァイスを取り出し、再びラヴォガリータモンに進化させると、その場にいる全員をラヴォガリータモンの背に乗せ、飛翔を始めた。 「……っぅ……ぁっ……と……声出せた」 宵闇の空を飛んでいくラヴォガリータモンの背の上で、篤人はゆっくりと体を起こし、二度三度周りを見て、勇太の姿を確認すると、まだ痛む体を堪えながら、声をかけようとした 「おいおいアツト!無理に起きんなまだ……」 「これだけは今すぐ言いたくて……日野君」 ジャンクモンの制止に構わずに篤人は勇太の名前を呼ぶと、彼はすぐに振り向いた。 「犬童さんのこと、ありがとう」 「こちらこそ光のこと、ありがとうございます」 「何言ってるのさ、彼女がいたからこっちも勝て……っだだだ!!」 その言葉に、勇太はにこやかに笑い親指を立てたのを見て、篤人も同じように笑い返すと……痛みで再び、腹部を押えて倒れ込んだ。 「まだ痛いのを無理して喋んな!街につくまで寝てなさい!!」 「光、せめてもう少し優しい言葉にしてあげて……」 「や、優しくは私がしてあげますから!膝なら貸しても……」 痛みからの声から始まった喧騒と共に、宵闇の空をラヴォガリータモンが飛んでいく。その風を受けながら篤人は、声も出さずに一つだけ、考えた。 (もしあいつら、ひと屋の連中だったら……ファヨンさんも、やっぱり疑う余地ありだよな……) 初めて見た時、ファヨンの【純真】な殺意で淀んだダークグリーンの瞳が、街に戻るまで篤人の脳を離れることは無かった。