【ギルPTの旅の一幕  ~冒険者ギルドの等級の話~】 「そういえば」  旅の途中、ふと†天逆の魔戦士 アズライール†が思い出したように疑問を口にした。 「ギル。スナイプ。お前達の等級はいくつだ?」 「等級?」  アズライールの横を歩いていたメトリが、小首を傾げて聞き返す。  その問いには、殿を努めていた長身の優男、スナイプが気さくに答えた。 「ああ、メトリちゃんは知らなくて当然か。俺たち冒険者はね、その信用度に基づいてギルドから等級分けされてんの」 「信用、ですか。私の目からすると、皆さんはどなたも信用ならない方に思えますが」 「おっと、こいつは手厳しい! ……まあ、色々こなしてりゃ勝手に上がってくもんさ。立ち寄った街で依頼をこなして、路銀を得る。  冒険者にとっちゃごく普通のことだけど、そいつを地道に積み重ねてくだけでも、仕事のデキる男ってのは評価されてくもんでね」 「は!? ちょっと待ちなさいスナイプ。その口ぶりだと、まさかアンタ──」 「ご明察。実はA──ってのは流石に嘘で、B級冒険者なのでした~」 「くそァ! 負けた!」  †天逆の魔戦士†としての振る舞いなど忘れて、アズライール、もとい本名ハナコが直情的に地団駄を踏む。 「前回立ち寄った街で、もうすぐB級に昇格できるって受付のお姉さんに言われて大喜びだったもんねぇ」 「お、大喜びなんてしてないっ」 「いえ、感情パラメータが平常時の200%まで増大。ステータス【ウキウキ】が表示されているレベルでした」 「ぐっ、むむ……」  実際、ハナコは内心では大いに誇らしい気分だった。ルンルンであった。  アウトローを気取っていても、誰かに自分の功績が認められるというのは嬉しいものである。  とはいえ、そんな浮かれた気分のまま「我はじきB級となるが貴様らは?」とマウントを取ろうとしたのは失敗だった。  まさか、いかにも気ままな根無し草でござい、といった風情のスナイプが想像以上のベテランだったとは……。  ともあれ、そうして傷ついた自尊心を回復するために、ハナコはより確実にマウントを取れそうな相手を次なるターゲットに選んだ。  先程から三人の会話に一切参加せず、黙々と隊列の先頭を歩いている陰鬱な男──サーヴァイン・ヴァーズギルトである。 「………」 「ギル。貴様の等級はいくつだ」 「推測。スナイプさんがB級なら、ギルさんも同等の戦闘力はあると思われます」 「いやいやメトリちゃん、ギルドの等級ってのは戦闘力はあまり関係ないのよ。重要なのは信用度」 「そうですか。じゃあ、ギルさんはいかにも信用できなさそうなのでC級ですね」 「フフン、まぁそんなところだろう。無論、我と違ってBへの昇格など望むべくもない、万年C級だろうがな!」 「万年て」 「………」  背後でやいのやいの騒ぐ三人を無視して、鉄の棺桶を背負ったギルは歩調を緩めず歩き続けている。  その背中を見て、いよいよむっとしたハナコが声を張り上げた。 「こら、無視するな! 感じ悪いわよアンタ!」 「おー、そうだそうだー。あんまり無視してるとアズちゃんがヘソ曲げちゃうぞー」 「おい!」  一層うるさくギャーギャーと騒ぐ†アズライール†とスナイプの漫才にうんざりしたのか、  ギルは立ち止まって背負った棺桶を脇に下ろすと、溜息を一つ付いてから、背後を振り返らないまま答えた。 「Dだ」 「……えっ?」 「は?」  「なんと」  ぽかんと口を開けていたハナコが、ハッと我に返って叫んだ。 「でぃ、でぃい!? D級ってアンタ、何年冒険者やってんのよ!?」 「あー……まぁ、もしかするととは思ってたけど、ねえ」 「お二人とも、D級というのはそんなに信用ならないのですか?」  メトリの素朴な疑問に、スナイプが顎に手を当てて考え込む。 「う~ん……例えばホラ、バルロスを出てすぐの頃、皆で倒した暴走ドラゴンゴーレムがいたでしょ」 「はい。私が弱点を分析してギルさんとスナイプさんが関節部を破壊、その後アズライールさんが装甲の上からコアを叩き潰した相手ですね」 「あれ、普通に討伐任務として出てたらB級が10人は要求されるやつだから」 「そう、だったんですか。……あれ、でも等級と戦闘力は関係ないはずでは?」 「基本的にはね。ただ、強ければその分、困難な依頼も達成しやすいでしょ? だからまぁ、一般的には等級が高い冒険者ほど、腕自慢が多いと見なされてるってワケ」  数ある依頼形式の中でも最もポピュラーな『討伐』は、そのまま冒険者の強さが依頼の成否に直結する。  結局のところ、冒険者に求められる“信用”の大部分は腕っぷしと切り離せないものなのである。 「いやまぁ戦闘力は置いとくにしても、よ。ギル、アンタいくら何でもD級っておかしいでしょうが!」   ハナコが驚くのも無理はないだろう。  D級冒険者。  それは、『討伐』が許されるようになる最初の等級。  『採取』『納品』といったごく簡素な依頼しか許されない最底ランクのE級から、ほんの一歩だけ上に進んだ駆け出し冒険者が属する等級である。  当のハナコですら、意気揚々と冒険に出た一ヶ月後にはもうD級を卒業するかどうかというところだったのだ。 「……昇級には手続きがいる。面倒だ」 「いや、だからってねえ……!」 「そもそも、俺の旅の目的は『冒険』じゃない。ギルドや図書館の資料閲覧や通行証のために、利用できるから所属しているだけに過ぎん」 「あー……まぁ、そういう冒険者も結構いるねぇ」  スナイプが顎をさする。  ギルの旅の目的。  それは今更口にせずとも、この場の誰もが承知していた。    *   *   * 「……にしたって。にしたって、よ」  再び、いつものように旅路を歩き始めた四人。  ハナコはそれでも納得いかない様子で、何やらぶつぶつ呟いていた。  ハナコにとって、ギルは紆余曲折あり、現在では心ならずも惹かれている相手である。  その相手が、まさか「C級一抜け合戦」の参加資格すら持っていなかったとは……。  その事実が、多感な年頃の少女には殊の外ショックだったらしい。  そして、その様子を隊列の殿から眺めながら、スナイプは内心ひそかに思った。   (……まあ、この中で誰が一番等級詐欺してるかって言ったら、他ならぬアズちゃん、君なんだけどね)    アズライールの戦闘力。  こと、その膂力と耐久力は、歴戦のガンナーであるスナイプの目から見ても『異常』の一言だった。  モンスターや魔族のあらゆる攻撃をまともに食らっても、多少痛がるくらいでピンピンしている鋼鉄の肉体。  その硬化した肉体そのものを弾丸のようにして敵に突撃し、珍妙な技名を叫びつつ正面から力で叩き潰す、その怪力。  彼女曰く、気功術――呼吸の力だという話だが、その純粋な身体能力は明らかに自分や、自己強化呪文を唱えたギルより上をいっている。  等級と戦闘力は比例しないとはいえ、一般に知られる討伐依頼の危険度から推定すれば、アズライールの適正ランクはA級、あるいは─── (……ま、そういう冒険者も結構いる、ってことで)  実際のところ、あえて昇級を嫌って適当にやりすごしている冒険者は少なくない。  ギルドにおける等級とは、『信用』。  昔ながらの……冒険者ギルドが設立される以前はよくいたような“ならず者”には無縁な言葉である。  A級以上の冒険者ともなれば、時には国家機密に値するような任務すら下るという。  より高い等級の冒険者には、大いなる責任が伴う。  そういったしがらみとは無縁でいたい根無し草、そういった冒険者もまた多いことをスナイプは十分に理解していた。  かく言う自分も、A級以上になろうというつもりは特にない(そもそも、昇格できるほど日々を真面目に生きているつもりもないのだが)。 「……ま、流れ者なんてこれくらいでいいのかもねえ」 「何か言いましたか、スナイプさん?」 「いーや。旅は身軽な方がいい、ってね」    メトリと、その横でまだブツブツ唸っているアズライールを尻目に、スナイプは冬の気配が忍び寄る空模様を見上げた。  無関心な空が、旅人に冷たい風を吹いて寄越す。  それでもまだ、一行の旅はしばらく続きそうだ。 【了】