ミルザ(スフバール聖鉄鎖公国・侯爵領)  スフバール聖鉄鎖公国の首都である公都ウルガと西端のセドとの中間に位置するのがミルザであり、交易路の保護と公都及び国境の守護、そして公国の商業・学問の拠点を担っています。  人口は約3万人。豊かな街道とレナス河に面した大都市です。中心には侯爵家の居城がそびえており、政治と軍事の中枢を担います。その周囲には壮麗な騎士団本営と常備軍の駐屯地が広がり、領主を守る防衛線の役割も果たしています。さらに外側には商人や職人が暮らす町人地が形成され、市場や工房が集まり領内経済の活気を支えています。また、多くの神殿はこの町人地に設置されています。最も外縁には農村地帯があり、城下へ食糧や物資を供給しています。しかし食料自給率は低く、多くを輸入に頼っているのが現状です。  住民のほとんどが規律正しく、浮ついた雰囲気のないとされる公国において、珍しく活気と猥雑さを感じさせる都市です。そのため治安対策の一環として、都市の北東部に領主公認の歓楽街が設けられています。多数の飲食店に宿を設け、天然の温泉を引き、限られた出入口を厳しく管理することで、都市の秩序を維持しようとしています。また、人の出入りが多い都市のためか、そこで働く人族も多種多様です。  人口分布は人間が最も比率が高く、70%ほどです。  河川に接した都市のためか、公国では珍しくエルフの姿が多く見られます。彼らはレナス河を利用した交易で栄えており、あまり外部の者とは交流しないことで知られる排他的なミストエルフやスノウエルフの姿が見られるのもミルザの特徴です。  また、ドワーフやリルドラケンの姿も多くみられ、彼らの多くは鍛冶屋や染物屋など職人・個人店経営者を主な生業としています。  かつてミルザは、公国西部を統べる行政の中心でもありました。しかし、今からおよそ150年前、ラングハイム子爵家の急速な台頭により、セド太守の座を奪われたことでその地位を失ってしまいます。  一時は衰退の兆しを見せたミルザでしたが、当時の侯爵が取ったのは力による奪還ではなく知と人を集める政策転換でした。ウルシラ地方のみならず大陸各地から招聘した学者や魔術師に研究施設と資金を与え、冒険者ギルドを誘致。古代魔法文明と魔動機文明時代の遺跡探索に力を入れ、「知の開放こそが未来を拓く」という新方針のもと、ミルザは学問と交易、そして冒険者活動の中心地として驚異的な再生を果たしたのです。  そして近年、ミルザの発展を象徴する2つの存在が現れました。  一つは、侯爵家が独自のルートを通じて調達・改修した飛空魔航船群です。  公国ではまだ実用化が進んでいない古代技術――それを侯爵は、古代遺跡の探索とハールーン魔術研究王国との連携によって再稼働させることに成功しました。現在、侯都ミルザの外港には三隻の飛空魔航船が常駐しており、交易と情報輸送、さらには緊急時の兵力迅速展開に活用されています。  飛空魔航船による交易は公国西部の経済を大きく潤し、遠方の国々との物資・技術交流を可能にしました。  もう一つがテレポーターの再稼働です。  古代魔法文明時代にウルシラ地方各地や他地方とを繋げていたテレポーターは、大破局を経てその殆どが失われました。ですが近年、その一部を修復・安定化させ、遠くブルライト地方のユーシズ魔導公国との接続に成功したのです。これにより、ミルザは南北を一瞬で結ぶ交易と情報の要衝となり、各地から商人・学者・冒険者が押し寄せています。  ですが、その成功は同時に大きな波紋を呼びました。これまで地上や海上輸送による商業網に利権を持っていた者たちからは、強い警戒と反発を招いています。また、公都ウルガの政庁と聖鉄鎖騎士団は、侯爵家の独自技術と影響力の拡大を強く警戒しています。なにしろ、テレポーターを運用すれば、中央の許可を経ずとも遠方と瞬時に連絡を取り合い、人員や物資を移動させることができるのです。侯爵家が保持する飛空船艦隊と合わせれば、事実上“公国随一の即応戦力”を擁するに等しいからです。これらは潜在的な独立志向として、密かに注視しているといいます。