「ワタクシとてねェ、自分の能力を無敵とは思っておりませんよォ。思い上がれば死が待つばかりですからねェ」  「貪欲な口」戦闘員、ルドリスが、百合のような形の頭部を擡げ、甲高い声で咆える。もうもうと立ち込めるブレスの霧。その白い闇を裂いて、猛烈な咆哮が轟いた。 「往生せいやああああ!!」 「でも無策で突っ込んできて耐える方は初めてですねェ〜ッ!!そこは死んでほしィーッ!!生物として!!」  「ヒュドラ」のヒットマン、轟音のカクが、致死の毒霧を平然と突っ切って現れる。白木の長ドスが唸りを上げ、魔族の巨体に襲いかかった。 「テメッヤクザ舐めてッじゃねえブチくらすぞコラァ!!毒で死ぬカスァヤクザにおらん!!死ぬ奴ァ気合足りてねえんじゃーッ!!」  ぱんと乾いた音が響いた。ルドリスの長い尾が、地を打ちつけたのだ。目にも止まらぬ一撃は、しかしカクを捉えるに至らなかった。銀の閃光が走る。 「そォれは信仰ですかねェ!ノースカイラムあたりに行かれたらよろしいのではッ!!」  魔族の鉤爪が唸りを上げる。長ドスが爪に食い込んで止まる。ドスとは逆の手がチャカを抜く。 「神ン何様じゃアホンダラァ!ヒュドラン盃ァ神や仏より重いんじゃああ!!」  その時である。夜空を白く染め上げ、かっと強烈な光が差した。一瞬の閃光がかき消えた跡に、巨大なゴーレムが佇んでいる。 「えー、何これ」  ゴーレムの巨体を仰ぎ、ルドリスが素の声で呟いた。カクが大声で叫ぶ。 「サカエトロイ!?」 「あ、こういうのが普通にいる感じですか?ウァリトヒロイ、不気味な土地ですねェ……」  カクの声に応えたが如く、ゴーレムは見栄を切り、朗々と名乗りを上げた。 「勇気合体!!グランセートカイラム!!」 「サカエトロイじゃないんか!!」 「あ、違うやつなんですね」 「ボス、失礼しますぜ」  ラネットの傍らに寄り添うユッキーの、敵意を孕んだ眼差し。彼と目を合わせず、ジャクソンはラネットに向けて話しかけた。 「ご依頼の件、後腐れなく片付きましたぜ」  ラネットは無表情に頷いた。旧九頭竜の一員だったジャクソンを、ラネットは信頼していない。にもかかわらずジャクソンが重用されるのは、事故死を装う彼の殺しが、無関係な一般人を巻き込まないためだ。裏社会の住人らしく、人を信じなくなったラネットだが、そういう甘さが残っている。  ラネットは不幸にして、その点では二親のどちらにも似なかった。野盗丸は肉食獣の如く、他者の死に罪悪感を持たない質だった。ザモは誰が何人死ぬかなど気にも止めない、天性の残酷さの持ち主だった。裏社会の者は、そうでなくてはならない。  もうカタギにゃ戻れやしないんだぜ、お嬢。 「そういや、聞きましたか。昨夜の小競り合いの話」  ラネットは不快そうな顔で、小さく溜息をつき、頷いた。その手にユッキーがそっと手を重ねる。  ウァリトヒロイではこのところ、九頭竜の内紛に乗じ、コーモリウスのマフィア、「貪欲な口」の動きが活発化している。進出のみでは飽き足らず、九頭竜への同盟を持ちかけてきたと、組織内では密かに噂されていた。同盟を受ければ寄生され、受けなければ敵が増える。九頭竜の立場を奪うのが目的だとは、誰の目にも明らかだ。だが「ヒュドラ」と「貪欲な口」、両方と事を構える体力が、今の九頭竜にあるだろうか。 「ヒヒ。悪い目つきするようになりましたね、ボス。やくざ者らしいや。じゃあ、ゴーレムが出たってえ話は?」  ラネットはだるそうに首を振る。と同時に、話は終わったとばかりに、扉に向けて顎をしゃくってみせた。 「そう興味なさ気な顔しなさんな。まあお聞きくださいよ。そいつはエジンナイルのゴーレムで、ノースカイラムの技師と一緒だったそうで……」  ラネットは目を見開いた。おやお嬢、まだそんな顔ができるのかい。