二次元裏@ふたば

画像ファイル名:1761298787508.jpg-(28440 B)
28440 B25/10/24(金)18:39:47No.1365875063そうだねx2 20:02頃消えます
 みずみずしく輝いて見えるオレンジの果実を裏返すと、コルクのかけらを埋め込んだような茶色い斑点がまばらに散っていた。
 潰瘍病だ。
(去年、やっとグリーニング病をやっつけたばかりなのに……)
 MS-fサーフgSL4630はもいだばかりのそのオレンジを、しばらくのあいだ悲しい気持ちで見つめていた。それから背中のかごへ放り込み、次の実へ手を伸ばした。いそいで収穫したあと、この枝を切り落として燃やしてしまわなければならない。
このスレは古いので、もうすぐ消えます。
125/10/24(金)18:40:03No.1365875149+
 形の悪いオレンジで一杯になったかごを担いで、サーフはとぼとぼと斜面をあるく。結局、傷のない上物の果実は数えるくらいしかなかった。これでは今週も上納ノルマが満たせない。また労働奉仕に出かけないといけないだろう。都会はきらいだ、みんなが馬鹿にするから。
 農場長の言うように、もっと海側まで果樹園を広げる方がいいだろうか。でも面積が広がれば、それだけノルマも増える。どうするのが一番いいのだろう?
 わからなくなったところで、サーフはいつものように考えるのを止めて背中の重みに集中した。サーフモデルはものを考えるのが苦手だ。
「お疲れ」
「よう」
 分かれ道で別のサーフと会った。同じようにオレンジのかごを背負っている。尾根の向こうを担当しているサーフgSL5912だ。
「潰瘍病が出ちゃったよ」
「こっちもだ」gSL5912は肩をすくめ、背中のかごを揺さぶった。
「フェアリーさんが、前みたいに来てくれないとねえ」
「本当だねえ」
225/10/24(金)18:40:25No.1365875283+
 昔は年に一度か二度、フェアリーシリーズの誰かがやってきて農業指導をしてくれたものだった。でも、もう何年も姿を見ていない。
 MS-fサーフはPECSの農業用バイオロイドだ。三安産業のフェアリーシリーズに対抗して開発されたそうだが、性能はフェアリーにずっと劣る。そのことは誰よりもサーフたち自身がよく知っている。サーフのとりえは安くて頑丈なことと、体が小さいので食費が少なくてすむことだ。
 この国にフェアリーシリーズはほとんどおらず、休みなしに働かされているのだと、いつか聞いた。最後に見た時はずいぶんやつれていたから、死んでしまったのかもしれないとサーフは思っている。
「少しくらい皮に傷があったって、味は変わらないんだから同じ等級にしてくれてもいいのに」
「本当だよねえ」
 これはただの、いつもの愚痴だ。本当にそうしてほしいと考えているわけではない。自分たちが何を言ったところで、レモネードベータ様が決めた税の決まりが動くわけはないし、そもそも本当に「少しくらい皮に傷があったって味は変わらない」のかどうか、gSL4630もgSL5912も知らない。二人ともオレンジを食べたことがないからだ。
325/10/24(金)18:40:58No.1365875468+
 ここで栽培している果物はすべて上納用だ。農奴の口に入るものではない。gSL4630は製造されて十年以上になるが、ふかしたキャッサバとプラタノ(調理用バナナ)以外のものを口にしたことはほとんどない。
 食べ物のことを考えていたら腹が減ってきた。昼食までにはまだ時間があるが、誰かおやつでも持ってきていないかな。そんなことと考えながら事務所兼倉庫まで戻ってくると、何やら人だかりができていた。
「ああ、あなた達もこっちへ。さっき、カラカスから緊急通信が来ました」
 農場長のミス・セーフティが、二人を見つけて呼び止めた。でもオレンジを早く倉庫に入れないといけない。収穫したあと陽に当てておくとそれだけ早く傷んでしまう。
「それはいいから、早く」
 サーフは仕方なくかごを背負ったまま人だかりの端へ並んだ。都会の方ではシティガードが嫌われているそうだが、ここではそんなことはない。ミス・セーフティは農園のサーフ全員の姉のような存在だ。何しろMS-fとはMiss Safetyの農場(farm)モデルという意味なのだ。
425/10/24(金)18:41:25No.1365875600+
「もう一度繰り返しますが、レモネードベータ様が……人類抵抗軍オルカに降伏し、南米はオルカの傘下に入ることになりました」
「?」
 セーフティはひどくおごそかな口調でそう告げたが、サーフは首をかしげた。それがどういう意味を持つのかよくわからない。
「オルカって、ラジオをよくやってるあれでしょ」
「そうなの?」
 サーフgSL4630はラジオを聞かない。でもそういえば、オルカという名前は他のサーフたちがよく口にしている気がする。
「ついては……ええ、これまでの租税は大幅に縮小する予定。当面の措置として、すべての農場・工場・採掘プラントに対して今月分の徴税を停止。納品用に保管してある物資は、各拠点の自由に消費・流通してよいとのことです」
「……?」
 まだよくわからない。徴税を停止とはどういうことだ? 税とは、世界そのものと同じように必ずあるものでは? まわりのサーフもみな、きょとんとした顔をしている。
「つまり……ええ、つまり…………」
 セーフティはペンを髪に突っ込んでくるくる回した。どう言ったらわかってもらえるか悩んでいる時の仕草だ。サーフは飲み込みが悪いので、セーフティはよくこれをやる。
525/10/24(金)18:41:47No.1365875701+
「……例えば、それを食べてしまってもいいということです!」
 しまいにセーフティはgSL4630が背負っているかごを指して、高らかにそう言った。
「そうです……そうです! 私たちが作ったものを、私たちが食べていいんです。倉庫を開けて下さい! 今夜はごちそうにしましょう!」
 喋っているうちだんだん興奮してきたのか、セーフティは紙とペンを振り回しながら牧場の方へ走っていった。残されたサーフたちは呆然とお互いの顔を見て、それからgSL4630の背負ったかごへ目をやった。
 かごを地面におろし、茶色い斑点の散らばったオレンジを一個、おそるおそる手にとる。本当にいいのだろうか。これはとんでもない違反だったはずだ。
 これがもしも許されるというなら、何か大きなことが変わるのではないか?
 隣のgSL5912も同じようにオレンジを持ったまま、同じようなことを考えているのがわかった。目を合わせてお互いにちょっとうなずいてから、二人同時に、思いきりかぶりついてみた。
 にがくて香りの強い皮の下から、信じられないくらい甘酸っぱい汁がほとばしり出てきて口の中を満たした。
625/10/24(金)18:42:03No.1365875773+
「あぁ……あ……」
 思わず声が出た。なんの声だろう。嬉しいのだろうか。驚いているのだろうか。悔しいのだろうか。自分で自分がわからないまま、サーフは空いている方の手でオレンジをとり、まわりにいるサーフ達に次々渡していった。たちまちそこらじゅうで、同じような声が上がった。
 かごはまたたく間に空になった。こんなことなら傷のないきれいなオレンジを取ればよかったとgSL4630は一瞬だけ思って、それからもう一口オレンジをかじったら、そんなことはすぐに忘れてしまった。
725/10/24(金)18:42:24No.1365875863+
「これと……これと、これをソニアさんへ。こちらは龍さんへ。残りは私が処理します。そこのあなた、こっちの書類を全部写真にとってタブレットに取り込んでおいてもらえます?」
「は、はい!」
「通信機が全然足りないです! 修理できる人どこかにいませんか?」
「とにかく大至急で刑務所だけは解放するんだ。生存者を全員病院へ移せ、いやもう道具を持ち込んで刑務所を病院にしちまえ」
「エリア6の名簿来ましたけど」
「やっとですか! しかも紙!? ああもう、そこに貼っといて下さい」
「中将閣下! ウンディーネ542大尉以下、巡洋艦〈ヴェスヴィオ〉海兵隊22名着任いたしました」
「よく来た、まずはこの資料を全部読んで頭に叩き込め。君達は今からベネズエラ臨時内閣だ」
「な、内閣!?」
「カメラここでいいんだっけ?」
「旦那様はそんなことしてないで早くスタジオに入ってください!」
 レモネードベータ・ウノとの戦い、そしてオメガとの別れからわずか数時間後。さっきまで戦場だったカラカス大統領宮は今、別の意味で戦場になっていた。
825/10/24(金)18:42:46No.1365875970+
 去年の欧州解放作戦では、最初からヨーロッパを俺たちの土地にするつもりで入念な準備をしたうえで戦いに臨んだ。それでもなお、実際にデルタを倒したあとは膨大な事務作業が発生し、秘書室を中心に組まれた内政担当チームが何週間も激務に追われていたのを覚えている。
 それが今回はなんの準備もない。俺たちがここへ来たのはレモネードオメガとの停戦交渉のためで、南米を手に入れるつもりなんかこれっぽっちもなかった。和平交渉の障害になってはいけないと最低限度の護衛だけで、艦隊さえ連れずに巡洋艦一隻でやってきたのだ。なのにカラカスに入ってわずか一日で、南米大陸全土がオルカの領地になってしまった。
「取り急ぎ、カナリア諸島沖に待機させていた第四艦隊を呼び寄せた。一週間ほどで到着するだろうが、それまではここにいる人員でやっていくしかない」
「海軍チームの皆さんはとにかく国内外の状況把握に努めてください。シエテの手術がすんで市内のことを引き継ぎ次第、私もそっちへ合流します」
925/10/24(金)18:43:14No.1365876131+
 本来南米を管理する立場にあるベータは死亡。重要な情報が山ほど入っていたであろうケストスヒマスはオメガが持ち去った。生き残ったクローンのうちウノは稼働限界で無理をさせられず、クアトロは逃亡中。シエテは生まれたばかりで知識も経験もほとんどない。
 にもかかわらず、状況は一刻を争う。旧時代からずっと回り続けてきた巨大な搾取の歯車が、今この時もカラカス、ベネズエラ、南米全土のバイオロイドを苦しめ続けている。一日も早くそれを止めなくてはならない。たとえ人手が圧倒的に足りなくても、南米のことなんて右も左もわからないとしてもだ。
「主、国内の生産拠点のリストがようやくまとまった。右から二列目がおよその生産能力で……その右が上納ノルマだ」
 オメガが去り際に俺をカラカス産業の会長に据えていってくれたのだけは幸いだった。おかげで国内ではほとんど無制限の権限をふるえる。だがその権限で引き出した情報も、決して嬉しいものではない。
「これじゃあどこの農場も工場も……作ったものをほとんど全部、カラカスに取り上げられてるんじゃないか」
1025/10/24(金)18:43:35No.1365876249+
「その通りだ。ちょうどマラカイボから納税に来た者がいたので引きとめて話を聞いているが……地方では、餓死や過労死さえ起きているらしい」
 人間よりずっとタフなバイオロイドが過労死するというのは並の惨状ではない。国土の維持や発展を目的としていない分、ある意味ではデルタのヨーロッパよりひどい。
「とにかくまず、徴税をいったん停止しよう。市内だけでとうぶん暮らせる物資はあるんだろ?」
「ああ。ウノが言うには、クローン生産さえ止めれば今ある物資だけで半年ほどは都市機能を維持できるそうだ。いま無事な倉庫を確認に行っている」
 つくづく、あまりにも馬鹿げた浪費だ。俺はもう吐き飽きたため息をぐっとこらえて、二冊ある台本のうち片方を手にとった。
「じゃあ予定通りパターンB……『緊急呼びかけ』でいく。そっちは任せたよ」
「任された」龍は疲れた顔に、それでも力強い笑みを浮かべて、小さく敬礼をしてからスタジオを出ていった。俺は調整室にいるリリスに目で合図する。
 龍もアルファも全力で頑張ってくれている。シェパードとソニアにはクアトロを追う任務があり、サディアスは入院中。
1125/10/24(金)18:43:56No.1365876349+
 だからこれは俺にしかできないし、俺にできることはこれしかない。一つ咳払いをしてから、俺はカフを上げた。
「カラカスの、そして全国の皆さんこんにちは! オルカの司令官、兼、カラカス産業会長です。オラオラ・カラカススペシャル、第二回をお届けします! まず、皆さんに緊急のお願いがあります……」
1225/10/24(金)18:44:46No.1365876587そうだねx2
めちゃくちゃ長くなってしまったので続き
fu5787972.txt
今回オリ設定バイオロイドがいっぱい登場しますがどうか許してほしい
1325/10/24(金)19:04:09No.1365883166そうだねx2
いつも大作ありがたい…
1425/10/24(金)19:08:02No.1365884485そうだねx1
まとめ
fu5787973.txt
カラカスがその後どんな風に幸せになったのかがぜんぜん描かれないので自分で書いた
ところで「」に相談なんですが
今回出したオリバイオロイドの設定が当然あるんだけども
渋に載せるときそういうのもあった方がいいかな?邪魔かな?
1525/10/24(金)19:12:45No.1365886341そうだねx2
オリバイオロイド設定なんてなんぼあってもいいですからね
1625/10/24(金)19:22:23No.1365890163そうだねx1
ありがとう!じゃあ書く!
MS-fサーフ
 パブリックサーバントの農業用バイオロイド。第一次連合戦争後の2090年代、三安との溝が深まったPECSがフェアリーシリーズの対抗商品として開発した。MS-fはミス・セーフティの農場(farm)モデルの意で、ミス・セーフティの遺伝子を流用して作られている。外見もセーフティの少女時代みたいな感じ。ミス・セーフティより安い圧倒的なコスパが強みで、大量生産され主に南北アメリカの農地に配備されたが、性能はフェアリーシリーズよりずっと劣る。

マドラーク
 パブリックサーバントの汎用バイオロイド。すでに飽和しつつあった下級労働バイオロイド市場に、「どんな雑用でもさせられる」安さと汎用性を売りとして投入された。力は強くないが、頭の回転が速く物覚えがいい。コスパは決して悪くない名機だったが、大企業の寡占化が進む時代、安価で汎用性の高いバイオロイドをほしがるような中小規模の企業全体が衰退傾向にあったためヒット商品にはならなかった。マドラーク(mudlark、泥ひばり)はロンドンのテムズ河畔でくず拾いをする浮浪児の呼称。
1725/10/24(金)19:23:21No.1365890508そうだねx1
ボビンガール
 ゴールデンワーカーズの工場労働用バイオロイド。ダッチガールと同時に開発された姉妹モデルで、鉱山向けのダッチガールに対し、工場での軽労働用に作られた。外見年齢はダッチガールより上だが力は弱い。名前はボビンボーイ(紡績工場で働く年少労働者)から。

なお子供型ばっかなのは本編第9区域あたりからちらほら出てくるようになったPECSのバイオロイド(難民とか)のシルエットがみんな子供なのでPECSはそういうバイオロイドをたくさん作ったのだと解釈しました
1825/10/24(金)19:43:14No.1365898112そうだねx2
>ところで「」に相談なんですが
>今回出したオリバイオロイドの設定が当然あるんだけども
>渋に載せるときそういうのもあった方がいいかな?邪魔かな?
幾らでも
載せても
ええ!
1925/10/24(金)19:54:52No.1365902822そうだねx1
描写されてない場面をここまで書き込めるの凄い…
本編だと復興周りの話は本筋の話が進まないからやり辛いだろうし
そこを上手く補完してるなぁと感じた
オリキャラもいい味出してた
オルカにいないと描写されないけどオルカ以外にも色んなバイオロイドがいるわけだしね
2025/10/24(金)19:56:45No.1365903578+
ありがとう…ありがとう…
復興パートって地味だけどバイオロイドがガンガン幸せになるから
むしろいっぱい読みたいところあると思う


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