「なあ、何か心当たりとかないのか?」  アスカシティを出ることになってから既に2~3日経っていた。向かうべき空中都市ラークへの生き方は本格的に調べることができなかったが、ほぼ巻き込まれて出る羽目になった事を不憫に思ったのか、デジモンの1体が手掛かりを教えてくれた。  そこまでは良い。だがアスカシティを出てから襲撃が増えた。これまでの道中は1日1回、それも野良のデジモンが襲い掛かってくる程度だったものが、今は日に何度も、それこそ時によっては2桁程度の襲撃が普通になっている。陣容も変わっていた、これまでの野良のデジモンはエリアに住むデジモン達であり、種族も何もがまばら、犬の様なものからトカゲの様なものまで、襲う理由もナワバリに入られたからとか力比べなど言ったものが、明らかに雪花を狙ったものに様変わりしてた。 「流石に無いよ…分かってるならちゃんと喋ってるもん」  疲労困憊の顔で雪花は告げる。本当に何も分からないらしい。  千治は頭を回す。相手には雪花を狙う理由がある、その襲撃を指示する存在がいる、これは分かった。  自分は馬鹿だと知っているが、馬鹿なりに経験則は積んでいる。千治は襲撃者であり、同時に襲撃をされる側でもある。蓄積されたモノを脳裏から引っ張り出す、相手の目的は分からないが襲撃が定期的にそして集団的に行わている以上それを取りまとめる頭役がいる。  千治は何度か経験している、不良集団を相手取り全員叩き潰した後になぜ襲ってきたか問いただした時の答えは、命令されたから、千治を倒せば一目置かれる、等と言うのが大半だ。考えずともわかる、主体性がない。誰かに言われたからやった、と。  だからその命令を下したリーダー格を倒してなぜ襲わせてきたのか問えばそれは怨恨からの物だった、かつて千治に倒されたことがあるらしいがその際に不良グループの中で威厳を失ってしまったのだという。  最初に襲わせてきたのは舎弟、自らの恥部を出せるわけもなくそそのかして襲わせたのだという。  これからわかるのは襲撃をさせられている下っ端が上の考えと同じ意思を同じにしていることは少ないということだ。恐らく今回仕掛けてるデジモン達も大半が雪花を狙う理由など分かっていないはずだ。 「どうにかして引っ張り出さねぇとな」  下っ端はいくら倒しても何の意味がないことを知っている、最低でもリーダー格の敵でなければ恐らく情報は持っていない。  それにしても、と、雪花を見る。こちらで出会った少女、なぜか長くつるんでいが、普通の、多少知的好奇心が旺盛なことを除けばただの同年代の女にしか見えない。  聞けばデジタルワールドに来たのも偶然であると言う以上狙われる意味が存在しない。いつの間にか狙われる何かを雪花が持ちえていたということがあり得るのだろうが、皆目見当もつかない。  考えても仕方ないということくらいは分かる。そもそも千治は頭脳労働に向いていない、考えれば考えればドツボにハマることもしばしばだ。直感を、あるいは本能のままに生きるのが自分と言う生き物と定義している。  自分よりよほど頭の回る雪花が分からないと言っている以上、あれこれ考えても意味はないだろう。むしろ今やるべきことはもっと別の事のはずだ。 「……全部叩き潰せば首根っこひっつかめるかな」  単純で分かりやすいやり方を考える、手下を出してくるのなら、手下がいなくなるまで叩き潰してしまえば良い。ボスが直々に出てくるように仕向け、それを叩くのが手っ取り早い。自分にはそれが出来る、それをするだけの実力はあると判断する。 「ブイモン」  己のパートナーに声をかけた。 「ンだよ」 「雑魚とはいえ馬鹿みたいに相手にする事なるぞ」 「はンッ…オレの最強伝説の一部にしかならねーな」  詰まらなそうにブイモンが言う。バンチョーの称号を追い求め、何度も格上に噛みついている身だ、この程度は障害にもならないと 「え、ちょっと…2人とも何考えてるの?」  雪花が割って入り、問う。だから答えた。 「挑発かましてアタマ引っ張り出す、それまで雑魚を全部潰す」 「メンツもあるからゼッッテー出てくるだろうぜ」  拳を鳴らす。血なまぐさいことを考えているのは分かるが、結局バカの考え付くことはこの程度で、同時に血が滾る。  数と言うのは想像以上の力をもつ、囲まれて死角から一撃いれられただけでも簡単に倒れ、2人でカバーしようともそれ以上に相手が多ければ押し切られる。 「あ、危ないってっ!」  雪花が言う。当然の事だ、リスクというものを考えればあり得ない話。しかし、 「ラークに行くまでずっと狙われ続ける事なるぜ?」  言えば雪花が言葉を詰まらせる。  結局のところそれがすべてのネックだ。毎日毎日寝る間も襲撃されれば体力に自信があったとしても段々底が見える。疲れれば集中力も動きの精度も鈍り、どこまで行ってもじり貧にほかならない。雪花が戦力にならないかと言えばそんなことはない、だが格上との戦闘経験や戦いに際しての胆力と言ったものは不足している。千治が出張って敵を倒し続けた弊害と言えばそうではない、運が良かったのか今まで絶望するほどの強者と相対していなかったということだ。 「で、でも……」  それでもなお雪花は不安そうにしている。当然だ、千治の提案はどこまで行っても無謀のそれだ。一歩間違えれば即座に瓦解する。 「……わーった」  千治!?と叫ぶブイモンの声を無視する。 「俺たちは護衛だ、雇い主が嫌だってんならそれに従うのはしゃーねぇ」  随分と甘くなったものだ、前ならば無理にでも押し通したものだ。 「う、うんっ!やっぱり安全な方が良いよ!」  嬉しそうに雪花が言う。  おう、と適当に返した。  千治は直感している。遅かれ早かれこの状況は動く気がすると。  敵は雪花を求めている。それがどれだけ時間をかけて良いかは知らないが、アスカシティでの急な襲撃に加え断続的に行われる襲撃を考えれば相手はなるべく早く雪花の身柄を確保したいと思い行動しているのは明白だ。あともう少ししのげばしびれを切らして、あるいはリーダー格が焦ってぼろを出す可能性は十分ある。決戦はその時で良い。 〇  時間にして3日程度、千治の想定は当たった。 「ひぃふぅみぃ……ざっと100入るか?」  周囲を囲んでいるデジモン達を見て辺りを付ける。大も小も関わらずいて数えにくいが、まあまあの数がいる。その上でよく分かるのがいる、恐らくはリーダー格、偉そうにふんぞり返っていた。 「中々てこずらせてくれるな、人間?」  黒い長身、赤い目、これは知っている。 「ああ、別の個体見たことあるぜ、お前デビモンだろ」 「ほう、知っていたか」 「ああ、さんざんっぱらぶちのめして泣かせてやったよ、案外成熟期ってのは弱いって教えてくれたいーいデジモンだったぜ?」 「挑発か、貴様?おおよそ弱い個体に当たったのだろうが……俺はそうはいかんぞ?」  ああそうか、だからどうした、ん、と、 「雪花、シーラモン、そっち行ったのだけ迎撃は頼んだ」  後方に控えさせている2人に声を出す、返事は無い、その余裕もないか、100もの相手に囲まれているのなら正気ではいられない、やはり自分たちがの方がおかしいのだ、と改めて千治は思う。  だがそれが何だと言う。元から狂っていた、正気ではなかった。それでいい。 「ブイモォン!!!」  己のパートナー…と、認めたくはないが、しかしそうというほかない相棒に声をかける。 「叫ばなくたって聞こえらぁ!んだよ」 「相手さん、わざわざ食い放題を用意してくださったぜ…別にいらねーなら俺が全部やっちまうけど」 「は、抜かせよ…お前こそひぃひぃ言うハメになるんだからよ!」  言葉、同時、とびかかる。  戦意は高揚し肉体に熱を込める。周りが全て的ということは、適当に腕を振っているだけでも相手を叩きのめせると言うことになる。  所撃、まず近場に居た手合いに蹴撃、鍛えた足を存分に使い跳ねる動きとともに先制の一打。  人の技などと舐め腐った緑っぽいデジモンの顔面を潰しそのまま塊になっていた所に蹴っ飛ばす。派手な音と共に吹き飛ぶ。まずは一点。  しかし同じようなことを考えていたらしい、ブイモンもまた近場の相手を殴り飛ばしていた。  実にいい開戦の音だ、と思った。どんな戦いでも好きだ、派手なのも地味なのも変わりはないが、昂るのはやはり派手な方にほかならない。  すぐに気を引き締める。すぐに他に当たらなければ全部取られてしまう。  ここ最近抑え込まれていた獣性が一気に解放される、楽しかった。やはり喧嘩こそが人生なのだと再確認させられる。雪花といる穏やかな時間は嫌いではなかった、しかしこれこそが……居場所だ。  殴打、蹴撃、投擲、極技、すべてを使い存分に暴れる。  とびかかってきた敵がいた、蹴り飛ばす。後ろから不意打ちが来た、避けざまに肘を入れる。複数で来る、一匹掴み上げて振り回し薙ぎ払う、100の敵ももはや相手にはならない。  昂る、血が。  沸き立つ、魂が。  もっともっと、力をと、戦いをよこせと心がやかましい程に叫んでいる。 「オ……ぉぉぉおっ!!雄ぉぉぉぉおぉぉぉおっ!!!!」  絶叫、声を張り上げると力が入ると言う古典的な技術。何よりハイになる、堪らない。  もっと、もっとよこせよ、全部だ、まだ足りない、もっと、もっともっと!!  思うがままに好き放題する、強者の特権、遮るものなどないとばかりに敵を蹂躙する。  気付けば100人の敵が粉みじんになっている。溜息。 「楽しめると思ったが……大したことねェな?」  腹の奥底に溜まった淀んだ空気を吐息と共に流した。横を見る、どうせ無事だと思っていたがブイモンもまた無事だった、久し振りに大暴れ出来たからか多く傷つきながらも強烈な笑みを浮かべている。 「は、んな傷だらけになりやがって……こりゃ俺の勝ちか、ブイモン」 「はンッ!何言い気になってんだコラ!おめーだって服ボロじゃねーか、俺の勝ちだ、千治」  互いが挑発するような笑みを浮かべ合う。こうでなくてはいけない。仲良しこよしの相手ではない、互いがより上を目指す中で作られた縁なのだから、これこそが自分たちの在り方なのだ。  息を整え、視線をたたずむデビモンに向ける。 「テメェの用意したやつら、あんまり強くなかったじゃねぇの」 「……まさか人間と成長期如きにここまでされるとはな」 「見た目で判断するのがザコの考え方だ、やっぱお前弱いんだろ?」 「……主従共々口の悪さは一貫しているな」 「主従?ああ、この頭の悪い人間が舎弟だとオレも苦労するんだ」 「主従?ああ、チンピラ見てぇなトカゲモドキがペットじゃ躾けに苦労してよ」 「……」 「……」 「あ゛?」 「ア゛?」 「貴様ら……仲いいな」 「「仲いいわけねぇだろこんなヤツと!!」」 「……もはや何も言うまい……が」  ヤケに腹の立つ笑顔を向けてくる。 「目的は達成できたのでこちらは帰らせてもらおう」  あ?と、声を上げると同時気付いた。 「雪花――」  元々狙われていたのは雪花の方だ、戦いに目を向け過ぎていたことを思い出す。  即座に下がらせていた方を見る。  悪魔型のデジモンが雪花とシーラモンを抱えている。 「テんメェ!!」  跳躍。一気に距離を詰めて捕まえようとして外す。飛ばれた、飛行能力を有しているせいで上空に逃げられてしまう。苦し紛れに足元の石ころを投げようとして、しかし阻まれた、雪花をわざとらしく盾にするこざかしくしかし効果的なやり口。腕を下ろす。再度、デビモンに顔を向け、 「どこに連れ去るつもりだよ……!」 「貴様が知る必要は無い、さらばだ人間」  同時、デビモンも飛翔し消えていく。 「クソっ……!クソがっ!!俺の馬鹿野郎が――!!」  何もが消え去った、千治の慟哭が空に響いた。 〇 「ここ……は?」  雪花が目を覚ましたのはしばらく時間が経ってからの事となる。  鈍く回る頭が自分の身に起きたことを思い出させた、千治に戦闘を任せて後ろに下がっていた、警戒を怠り後ろからくる敵に気付くのが遅れ何らかの催眠で意識を飛ばされた、ここまでが覚えている範囲だった。 「分かってたけど……森じゃないね……」  うかつなことをした自分を少しだけ呪い、周囲を見渡せば、何かファンタジー漫画で見た様な石造りの牢に閉じ込められているようだった。 「あ……シーラモン!――それにDアーク……!」  ポケットをさする、ベルト周りに触れる、当然だが接収されていた。今のところ打つ手がないようだった。 「まあ……取られてないわけないか」  なら、どうにかして取り戻さなければならない。 「……どうやって?」  はた、と気づく。こう言った荒事は千治に任せっぱなしだったから対処をどうすればいいか分からない、もちろんこの状況が初めてだから思い浮かびそうにないと言うこともあるが、頭の中で考えがまとまらない。1人の時ならばすぐに出来ていた解決策を導く思考が脳に浮かんでこない。 「ダメだ、考えないと…」  一瞬チラっと考えてしまった、このまま千治が来るまで待つのもありじゃないかと、それを振り払う。自分のの方に来た分は迎撃を、と言われていたのにそれを成せなかった、なら失敗した分を取り戻す必要がある。  どうにかしなければならない。  音。 「……目が覚めたか」  足音が牢の前まできて、かけられた声は低いものだった、黒を基調としたローブに長いひげの老人のような風貌、発する力は明らかに強者の物。 「お前は……」 「我はバルバモン……七大魔王が一柱」 「ご丁寧にどうも……それで、何の用で捕まえてくれたのかな?」  問う、もっとも聞きたいことだった、この世界に来た最初は何もしてこなかったのに、今になってこちらを捕まえる、理由が気になってしょうがなかった。  バルバモンは自らの髭を撫で思案する。そして口を開いた。 「因子」 「因子……?」 「そうだ……この世界は1より上の数で作られている…デジタルを形作る二進数という意味ではない、形として構成される要素を意味する、デジタルワールドもそれこそ人間の住むリアルワールドも厳密な意味で言うならすべてが有だ」 「なるほど…言いたいことはちょっとだけわかる」 「そうか……だが気にならないか、我等を構成する1を定めた何かを、そうあれかしと概念を定義した何か……つまり0を」 「……だとしても、私とそれ何か関係あるのかな?」 「ある……言ったろう、因子と。0と1の狭間をすり抜ける権利を生まれながらに持つものを歩いは……世界とはお前の認識の上に成り立っているのかもしれん」 「私にそんなものがあるとは思わないんだけど」 「自らの事を自らが1番知らないことはままある事だ……ゆえにお前を捕まえた、すべての0に向かうために」 「そう言うのが気になる気持ちは分かるけど……それで私はどうなるの?」 「生きたまま意識を封じ、狭間を通り抜ける門に作り替える」 「――」 「ではしばし待つといい、あと少しで門の外枠が完成する」 「悪いけど、そう言うのに協力はしたくないかな」 「お前の意思などどうでもよい」  言い残し、バルバモンが去っていく。  残された雪花は口を結び、泣きそうになることをひたすらに答えた。