“『キジの代わりに鬼がいる』――ってそれもう鬼ヶ島クリアした後のパーティーですやん!” ラジオの笑い声に釣られて、スマホに唾液の粒が飛ぶ。慌てて拭いているうちに、 大喜利コーナーはもう終わり。ふくろうの鳴く気配はなく、夜だけがしんしんと更けていく。 寝不足の目を擦って、見慣れたあの子の影を追う――うなぎポテト。 近くて、遠い。彼女の面白さに、まだまだ勝てる目処は立たない。 ラジオのワンコーナーでハガキが読まれる読まれない――人が聞けば、鼻で笑うだろう。 “そんなことより”“もっと勉強に”“他の趣味を――”そんな言葉が何になる? 努力で得ることのできない、お笑いのセンス。僕の成績だとか周りの評価だとかは、 こつこつと積み上げた器の中に、水を注いでため込んできたようなものだ。 それを一蹴する――滾々と湧き出る笑いの泉、汲めど尽きせぬ才能の水。 僕は彼女にそれを見た。憧れた。嫉妬した。並びたい、と思った。 昨日読まれたハガキも含めれば、採用枚数はダブルスコアやトリプルスコアでとても足りない。 1%のひらめき、案外馬鹿になりませんよ、と偉人伝の中で見た発明王に僕は毒づく。 それとも、彼女なりの“努力”があるのだろうか?その努力の仕方に行き着く“ひらめき”―― 堂々巡りをするうちに、今日もラジオは終わりかけ。寝ぼけた耳に音が素通りしていった。 “『ミニスカート履いてる』――女性力士にはオシャレも必要ですからね、いや丸見えやろ結局!” 「マワシにプリクラ貼ってる」はさすがに捻りがなさすぎたか、残念。 “『ガム噛みながら接客』――確かにこれは怒られませんな、呆れられとるだけやわ!” 「客を絶対怒らせないコンビニ店員」なんて難しいお題、僕は最初から挑戦を諦めたのに、 彼女はその回も見事にクリアしてみせた――その割に、不服そうなのはなぜだろう? 出来に納得がいかなかった、との言葉も、毎回大量にネタを送る彼女のスタンスからすれば、 辛うじてひねり出したのをなんとか通した、なんてことにはならないはずなのに。 詳しく訊こうとしても、「今回は絶対これでないとだめだった」の一点張り。 代わりに、ここ数回分のうなぎポテトの採用ネタの抜き打ちテストをされ――一勝一敗。 彼女はいつもより、ずっとほっぺたをぷっくりさせて僕を睨んだ。 「必要なハンコを自分で考えて彫れる」これは今回の力作だった。 「ロボットにしかできない仕事って?」――アナログな風景がうまいことヒットしたんだろう、 パーソナリティ二人からも大絶賛。さぞや彼女も喜んでくれるか――もしくは、 めいいっぱい悔しがってくれるかと思ったのに、想像以上の塩対応。 先週に引き続きの抜き打ちテスト、うなぎポテトは何を送ってたっけ…? 自分のことばかり考えてライバルのこと意識できないのはダメダメだよ、はいその通り―― …と、彼女が少しだけ僕のことを認めてくれたことに、内心ガッツポーズ。 『ストップウォッチとラップ表』――なんだっけ、「スピード違反だと見せられたもの」? 僕自身も少し気が抜けていたかもしれない。要反省――でも、なんだかキレがないな。 僕が超えたいうなぎポテトは、もっともっと自由自在に闊達に、ネタを出してくるはずなのに。 土曜日ももう終わる頃、僕がノートを閉じようとしたタイミングで彼女からの電話がかかる。 今度のは、絶対聞き逃さないで。これまでのと並べて書いて、よく見比べて。 まるでもう、採用されることが決まりきっているかのような自信に溢れた言葉――なのに、 声はどこか震えていた。僕より頭一つ小さな彼女の身体が、不安に押し潰される様、 それが目の前に現れるみたいで――思わず、無意識に僕の手は空を切る。 じゃあね、と通話の終わる瞬間、堰き止められていた何かの溢れたような吐息が、 ほんの僅か、電波に乗って耳元に届いたような錯覚に陥った―― 時計の針は僕が一番好きな九十度を描く。聞き慣れたイントロと声がする。 ドキドキするのは、僕のネタが読まれるかどうか、なんてことのせいじゃない。 彼女のネタを、万が一にも聞き逃してはいけない、そんな気持ちに駆られて。 “――ラジオネームうなぎポテト『キスする前にもお伺いを立てる』”