フローライトが取り出したのは、見目鮮やかな深紅のカツオ、脂の乗ったサーモン、白磁の如き白身魚……滋養に満ちた見事なオーガニックスシの折詰 である!「ア……アァ……!」宝石めいて敷き詰められた艶やかなスシにエンタープライズの視線は釘付けとなった。 憔悴し乾いた細胞のひとつひとつが滋養を求めて騒めきだし、動かぬ全身が痛みと共に軋んだ。一体何日の間意識を失っていたのだろう、空の腹腔は急速に 熱を帯びた。「麓で評判のスシ屋で仕入れたものですが、どこの馬の骨ともしれぬイタマエの握ったものを重傷者の口に運ぶのはいささか不安というもの」 フローライトの勿体ぶる言葉はエンタープライズの耳を素通りしていく。しかし次の瞬間。「ここはひとつ私が毒見をして差し上げましょう」「なっ……!」 更に取り出されたワリバシとショーユ皿にエンタープライズは凍り付いた。まさかこの輝くスシを、己の手の届かぬ目の前で……咀嚼しようというのか! これではまるで飢えて乾いた囚人に、その一部始終を、敢えて見せつける……平安時代より続く雅なる拷問、スシ・トーチャリングだ!「貴様……!最初から そのつもりで……!」エンタープライズは怒気を滲ませ身をよじるが、イクサで深く傷ついた全身は言う事を聞かず首を巡らすのがせいぜいだった。 フローライトは涼しい顔で受け流し、皿にショーユを注ぎワリバシを割った。漂うショーユの香りも乾いた音を立てて割れるハシの音も、過剰にエンタープライズ の五感を刺激し苛んだ。「現世のスシは久しぶりですね。イタダキマス」フローライトは事も無げに言いながらその声音には僅かに熱と興奮が滲む。 「さて……どれにしたものか」フローライトはまず深紅のカツオを箸で摘み取った。(やめろ)視線を釘付けにしたエンタープライズは奥歯を噛み締め、乾いた 口内と唾液が虚しく染み渡る。フローライトは艷やかなスシをショーユにつけ、その光沢をまじまじと見つめ……エンタープライズに見せつけたのち口に運ぶ。 「ふむ、イポン釣りして即座に選り分け締めたのでしょう。血抜きは上々、身の締まったよい戻りカツオです」「ヌゥーッ……!」エンタープライズは身悶え した。「このような田舎で……だからこそでしょうか。近くに沢がありました、ワサビ田が近いのでしょう。ワサビも粉ではなく本物です」 「さて……どれにしたものか」フローライトは次に鮮やかなサーモンを箸で摘み取った(やめろ)視線を釘付けにしたエンタープライズは奥歯を噛み締め、乾いた 口内に唾液が虚しく染み渡る。フローライトは艷やかなスシをショーユにつけ、その光沢をまじまじと見つめ……エンタープライズに見せつけたのち口に運ぶ。 「ふむ、今は産卵期に入る寸前の戻りシャケの旬ですね。脂の乗ったよいサーモンです」「ヌゥーッ……!」エンタープライズは身悶えした。「このような田舎で ……だからこそでしょうか。敢えて古いコメをブレンドしビネガーを混ぜた江戸時代の古典技法ですね。ネタと共によくほぐれるシャリです」 「さて……どれにしたものか」フローライトは更に大切りのブリを箸で摘み取った。(!!)視線を釘付けにしたエンタープライズは大きく目を見開いた!口内に 満ちた唾液が音を鳴らし嚥下される。「おや?どうしましたかエンタープライズ=サン。毒味が終わるまでもう暫しお待ちを」 先程までとは異なるエンタープライズの反応にフローライトは眼を細め、口元には残忍な愉悦が浮かぶ。フローライトは艷やかなスシをショーユにつけ、その光沢を まじまじと見つめ……エンタープライズに見せつけたのち口に運ぶ。先の二貫よりも明らかに時間をかけてだ。 「ア……アァッ……!」ブリスシを凝視するエンタープライズは陸揚げマグロめいて口をパクパクとさせながら小刻みに震えている。危険な兆候だ!(やめろ、やめて) フローライトはエンタープライズの様に目を細めるとあえて横顔を向け、スシを口に含む瞬間を見せつけた。「!……!!」 エンタープライズの主観時間はもはやスローモーションめいて引き伸ばされた。自身の心音さえゆっくりともどかしく響く中、フローライトの唇がブリスシを呑み込み、 頬肉が上下する様、嚥下する喉元に釘付けとなった。「ふむ、最盛期はもう少し先ですが、脂と身の締まりの均整のとれたこれもまた趣がありますね。よいブリです」 「さて……どれにしたものか」フローライトは次に「アァーーーーーッ!」エンタープライズは激しく身悶えした。 ◆◆◆