「人に仇なす魔女め!ここが貴様の墓場だ!…死ぬがいい!」 ワイヤーで全身を締め上げられ、もはや迎撃もままならぬほど衰弱した魔女の土手っ腹めがけ拳を打ち込み…最大出力の雷撃を叩き込む。 声にならぬ悲鳴とともに魔女の全身が崩れ…乾いた音と共にグリーフシードと魔女の破片が零れ落ち、悪趣味な結界が解けていく。 油断ならぬ魔女であった。夥しい数の使い魔を誘導爆弾となし、誘導飽和攻撃でソウルジェムを執拗に付け狙う戦術は驚嘆に値した。 本体すら囮とした爆撃に巻き込まれた瞬間は、死の予感すら脳裏をよぎった。 だが殺した。これまで何回何十回と殺してきた魔女共と同じく。 奴は少なからず人を食っていたのだろう、しかし、これ以上人を食うことはない。それで良いと思うしかあるまい。 結界内に囚われていた人々もじきに目を覚まして家路に就くであろう。…少なくとも、私の目の前で食われた人はいない。 「学校帰りに出くわすとはな…まぁ、私に見つかったのが運の尽きだと思えよ 爆弾魔め」 「それにしても爆薬とは、都先輩の猿真似にしては趣味が悪かったぞ」 「…だが行き掛けの駄賃としては丁度良かろう、八雲先輩の所に持っていけば足しになるか」 実のところ、これは調整屋へ向かう途中の遭遇戦である。手持ちのグリーフシードも魔女の切れ端も余裕はあるのだが、あって損するものではない。 ================================================================== 「御免下さい!八雲先輩はいらっしゃいますか!」 調整屋のドアを開け八雲先輩に声を掛ける、彼女は幸い入ってすぐの場所に座っていたし、今のところ客は私だけのようだ。 『あらぁ!あおい君じゃなぁい、今日も調整かしらぁ?あなたみたいな気前のいいお客さんがいてくれてお姉さん助かるわぁ~』 「八雲先輩がいなければ我々は戦えませんからな、皆もう少し八雲先輩に敬意を払うべきなのですよ」 世辞ではなく事実だ。彼女の調整能力で魔法少女の戦闘能力は大いに増幅され…そして調整屋の力は魔法少女の力を悪逆のために使う外道へのカウンターともなった。 [八雲先輩がいなければ戦えない]と言うのは明白な事実であろう。他所の街にもいると言うが、まだ出会ったことはない。要するに神浜では彼女が生命線だ。 彼女の護衛として駆け回っている十咎さんにも頭は上がらない。出来ることなら私もそういった手助けはしたいが、何分忙しい身である。 …仮に彼女が敵対者となれば、我々はどうなるのだろう?考えたくもないことではあるが… 「要件としてはその通り調整です、行きがけに1匹始末してきましたのでな 代金はこのシードでお願いしたい」 『毎度ありねぇ、それじゃあいつも通りこっちに座って頂戴。今日も素敵に仕上げてあげるわよぉ』 「服は?脱げとは仰いますまいな?」 『やだぁ!あれは冗談よ、そろそろ忘れてくれないかしらぁ…お姉さん悲しくて手元狂っちゃうかもしれないわよぉ?』 =================================================================== 『ハイ終わりよぉ、お疲れ様』 全身の魔力が淀みなく流れ、更に加速する。いつも通りの最高の仕上がりだ。 「いい感じです、やはり八雲先輩の業前は称賛に値しますよ」 『お姉さんを褒めても何も出ないわよぉ?…そうだわ!貰い物のお菓子があるのよぉ、お茶も出すから食べていかない?あおい君にはご馳走したことなかったから気合い入れちゃうわよぉ』 お茶!八雲先輩のような美人に誘われて嫌がる男はいない! とは言え、私は彼女を色目で見るほど品のない男ではない。彼女にあるのは尊敬の念ばかりだ。私の中での立ち位置としては静海先輩と同じような相手になる。 正直言ってしまえば妙なものを出されたと言うような噂を聞かんでもない…話の上では、絵の具混じりだの何だの、静海先輩の料理以上の代物らしいが… だが彼女に限ってそんな悪辣なことはしないだろう。何より彼女の言葉には悪意も裏も感じない。それに、人の厚意は無下にするなといつも両親から言われている。 「おお…では喜んで頂きます、時間もありますのでな」 『はぁい!お姉さん頑張っちゃうわ!そこで座って待っててねぇ』 =================================================================== 『おまちどおさまぁ!お姉さん特製ティーセット!材料もちょっとあったからちょっとしたお料理も作っちゃったわぁ』 『味見もちゃんとしたから大丈夫よぉ、存分に食べていってね』 ・梅肉とマヨネーズらしきものが振りかけられたチョコケーキ ・サイケデリックな発色の卵焼き ・異様に白いクリームシチュー…らしき物体 噂は本当だった。最悪だ。これは人間用の食品なのだろうか?いや味見をしたというのは事実らしい。信じたくないが私の直感は事実だと告げている。 だが事実であってほしくなかった。八雲先輩はこれを?これを美味いと思うのか? …噂に聞けば八雲先輩は能力も何も鑑みられず蔑まれた挙句、到底事実とは思えぬ暴力事件を起こしたとして水名から追い出されたという。 そして出戻った大東でも人殺しのように扱われている。現在進行系でだ。この街そのものの被害者のような女性である。 あまりにも救われぬ人だ。彼女の名誉を取り戻せる機会があるなら喜んで手を貸す。一言でも言ってくれれば水名に忍び込んででも調べ尽くす。十中八九でっち上げのはずだ。 その惨憺に過ぎる過去を思えば…ストレスや精神的な苦痛をきっかけに味覚を失っていても何らおかしな話ではない。だがこれは…私でも全て飲み下せるか定かではない。死ぬかも。 「イ…イタダキマス…」 『どんどんいっちゃってねぇ、あおい君男子高校生でしょう?もしおかわりが欲しかったら言ってちょうだいねぇ』 「アッハイ」 だが最初に手を付けた紅茶だけは真っ当な見た目と味と匂いだった。これは混じりっ気なしの正真正銘の紅茶だ。助かる。今この瞬間だけはあるかもわからぬ仏を信じたいと思った。 ではケーキだ…もはや覚悟を決めるしかあるまい。 不味い!梅とマヨネーズの酸味までは良い、胡瓜だのキャベツだのに付けて食べるな何ら変なことはない。だが相手はチョコケーキだ。すべてが食い合わない。噛み合わない。 吐き出しそうになるのを全力で堪えつつ、永遠にも感じる数秒間のうちに飲み込んだ。あと…5口分はある。ダメだ。今はこの味について考えるのはよそう。 次はサイケデリックな発色の卵焼きだ。何かを包んでいるようだが果たして? やはり不味い!そして辛い!これは…辛子粉のようだ。匂いが鼻を突いて涙が溢れる。そして変に甘い!僅かにミルクめいた匂いが感じられる、練乳か… 最後に訪れたのは生臭さ。これは鰹節だ。しかし量が多すぎて出汁が出るどころか、卵でおがくずを包んだようになってしまっている。食材への冒頭ではないだろうか。 最後に…シチュー…らしきものだ。確かにシチューの匂いはする。具も浮かんでいる。人参。ブロッコリー。…………長ネギ?…………白玉…?白玉ナンデ…?確かに白いが… 恐る恐るスプーンで掬って一口。 猛烈な嘔吐感が襲う。なんだこれは!金属!?金属臭!?薬品!?これは、まるで子供の頃ふざけて舐めた絵の具のような… 「ヤ…ヤクモセンパイ アジツケニハ ナニヲ オツカイニ ナリマシタカ」 『よくぞ聞いてくれたわぁ!隠し味に白い絵の具が入ってるのよぉ、白さも出るし隠し味にもなるし一石二鳥なのよぉ』 もうダメだ!八雲先輩は…完全に味覚を失っている!絵の具!?食品ですらないではないか! しかし彼女が悪いのではない。彼女を貶めた者達が悪いのだ…いつか彼女は味覚を取り戻せるのだろうか?今はわからないが、彼女の名誉を取り戻せばあるいは? ところでコレをご家族はどう思っているのだろうか…家でもコレなのだろうか…? 「アガッ アガ アガ…」 『声も出ないくらい美味しいのかしらぁ、お姉さん嬉しくなっちゃうわねぇ』 だが情けないことである。私は天才と呼ばれ、そう名乗りもしながら世話になっている先輩1人救い出せぬ頼りにならん男なのだ。 カビと苔の生えた貴族気取りに踏みにじられ、空の頭に錆びついたプライドだけが詰まった時代遅れに石を投げられ…それでも笑って過ごして…反吐が出る話ではないか。本当に吐きそうだ。 無論この街はそんな連中ばかりではない。しかし、斯様な愚にもつかぬ者達が変わるきっかけがなければ…第二第三の八雲先輩が作り出されてもおかしくはあるまい。 何が東だ!何が西だ!バカバカしい!許せんことは自己研鑽より先に他者を貶める腐った性根と!自己研鑽より先に石を投げようとする腐った性根だ! 連中がああでなければ!八雲先輩は味覚も失わなかった!私がここまで筆舌に尽くしがたい代物を口にすることもなかった!あるだろうが!やることが!別に!他に!愚か者共め! だが今この瞬間神浜の街に怒りを向けたところで仕方がない。八雲先輩の笑顔を崩さぬように目の前の怪物体を平らげることくらいしかできまい。できるかわからんが。 怒りと義務感を頼りに料理を口に入れては飲み込む。飲み込む。吐き出しそうになる。飲み込む。吐き出し…吐き出しそうになる。飲み込む。 飲み込んだ。皿は空になった。私の勝ちだ。天才に不可能はない。私は天才だから。これで少しでも八雲先輩の気が晴れるなら実際安いものだ。でも気持ち悪い。 =================================================================== それからはと言うと…気を良くした八雲先輩がおかわりを持ってこようとした瞬間に十咎さんが来店し難を逃れた。ありがとう十咎さん。なんで彼女を狙う男がいないのかわからない。 私は逃げるように店を後にし…家まで帰った…もちろん夕食はパス。今は何も口に入れたくない。水も嫌だ。 あきらが心配して部屋まで来てくれたが、応対する気力もなかった。風呂に入る体力も今はない。 『しょうがないなぁ兄さん、じゃあ体拭いてあげるから脱がすよ』 「ウグ…助かる…」 『子供の頃みたいだなぁ、ボクが風邪引いた時、兄さんこうやってやってくれたもんね』 『膝枕とか添い寝とかしてあげようか?一緒にお風呂入ってもいいよ?』 「…それはいい」 指を動かす事すら苦痛だったのであきらに服を脱がせて貰い、上半身を拭いてもらった。優しい妹だ…きっといい家庭を持つ…鹿目のような男が相手になってくれるといいのだが… =================================================================== 「こんにちは、八雲先輩 今日は…」 『あらぁ、あおい君!今日は新作を用意したのよぉ!食べていって!』 おわり