『異世界ピンポン転生 ブレイク編』 中学三年の春。 県大会決勝でフルセットの末に敗れ、準優勝という微妙な成績を残した俺――篠原ユウ。 悔しさを抱えたまま卓球ラケットを置き、そのまま帰宅部となって高校生活をエンジョイしていた。 ……はずだった。 気がつけば俺は森の中に立っていた。 どうやら異世界転生ってやつらしい。 森を抜けると、すぐに城壁に囲まれた街が見えた。 よかった、人のいない場所だったら明日には死んでたと思う。 門の前で並ぶ人々、行き交う商人、どこか中世ヨーロッパ風の景色――。 「……やっぱ、異世界転生ってやつか」 俺は場違いなジャージ姿で街に入り、聞き込みを始める。宿屋、道具屋、広場の露店。 「勇者様」だの「魔法」だの、テンプレ的な単語はバンバン飛んでくる。 ――なら俺にも、チートがあるはずだ。 宿の裏路地で、こっそり試す。 手をかざして「ステータスオープン!」……何も出ない。 「ファイアボール!」……空振り。 「インベントリ!」……ただの空気。 五回、十回、二十回。 ……何も。 「マジで何もないのかよ……」 肩を落とす俺。 そのとき気づいた。 街の人々が俺を――妙な目で見ている。 「あの子、どこから来たの?」 「変な格好……怪しい」 ざわざわとささやきが広がる。奇異の目の中に、冷たい視線が混じる。 これは……やばい。 俺は慌てて街を出る。 けれど足音が後ろからついてくる。いや、追われてる。 額に冷や汗が滲んだ。 「これ以上はまずい……!」 振り返った瞬間。 そこに立っていたのは――妖艶な爆乳美女だった。 艶やかな黒髪、挑発的な微笑。 正直、もし優しくされるなら一緒についていってもいいレベルだ。 だが彼女の瞳が放つ冷たい光は、まったくそういう雰囲気ではなかった。 「……あの、どちら様で?」 一応、言葉をかけてみる。 女は笑った。 「フフ、いい顔してるじゃない。ボウヤみたいな子は――高く売れるのよ」 ぞわり、と背筋が凍る。 喉がカラカラになる。 「う、売るって……ちょっ、待て待て待て!」 絶体絶命。 頭が真っ白になった俺は、思わず叫んだ。 「神様!! 何か! 助けてくれ!!」 その瞬間、俺の手に光が集まり――形を成す。 それは手のひらに馴染みすぎて恐ろしいほどの、懐かしい感覚。卓球ラケット。 左の手中には淡く光るピンポン玉。 「……何、それ。魔法?」 女盗賊はわずかに目を細める。 だが俺には構っている暇はない。 「ええい、もう知らん!!」 渾身のスマッシュを叩き込む。 ――カァンッ!!! 光球が一直線に女の肩口へ突き刺さり、そのままぽーんと返ってきた。 盗賊は思わず肩を押さえるが、ダメージは一切ない。 不思議そうに服を確かめ、次の瞬間―― 「……ビビらせやがってッ! ぶっ殺す!!」 怒声とともに豹変し、ナイフを構えて突進してきた。 「ちょっ、マジかよ!?」 俺にはラケットと玉以外、何の武器もない。 とりあえず眼の前に返ってきた玉を打ち返すが、それも女盗賊の体に当たった所でやはり跳ね返ってくるだけ。 迫る刃を必死でステップを刻んでかわしながら、もう一度返球する。 帰宅部になってしばらく経つが、足腰はまだギリギリついてくる。くそ、やってやる! ――カンッ! カンッ! ラリーが始まった。 女盗賊は訳もわからぬまま、飛んでくる光球をナイフで弾き返そうとするが、玉はナイフを通り抜けて体へと当たり、そしてやはり跳ね返るだけ。 俺はただ、祈るように打ち返す。せめてダメージが入ってくれ、と。 打ち合うたびに、盗賊の姿がわずかに揺らぐ。 服がぼやけ、格子模様のようなものが浮かび上がる。 赤いマーカーが点滅――まるでゲームの弱点表示だ。 これか!? そこに当てればいいのか!? 「……っ、見えた!」 だが玉の速度はどんどん速くなる。もう返すだけで精一杯だ。 それでも最後の一球に賭けて、全身全霊のスマッシュを叩き込む。 狙うは赤いマーカー、一点突破。 ――カァァンッ!!! 光球が閃光を放ち、直撃。 その瞬間、女盗賊の服が爆ぜるように弾け飛んだ。 「きゃああああッ!?」 女盗賊の悲鳴が森に響き渡る。 俺は荒い息を吐きながら、ラケットを見つめる。 「……これ……卓球じゃねえ……」 静寂の森に、俺の震える声が落ちる。 「……ブロック崩しじゃねーかッ!!」