コージン=ミレーンの日記 x月y日 いつも世話になっているギルドの職員からボディーガードの仕事を依頼される。対象は正直評判の芳しくない人物ではあるが、職員に土下座寸前のレベルで頼まれたのと別に誰かを傷つけるような内容でもないことから渋々承諾することにした…。 ◇ ◇   ◇   ◇   ◇ 街の中心街一等地にある豪邸内にある瀟洒なリビング。広めの会議室ぐらいのサイズがある室内に、俺を含めて10人ばかりの屈強な男たちが一人の男を取り囲んでいる。 中心にいる男の名はギアーコ商会会頭チエゴーヤ、今回の依頼人である。 「全くむさくるしい連中ばかりじゃないか。少しはキレイどころを寄越す気遣いもないのかギルドってところは」 苛立ちのためなのかそれとも品のない地なのか知らないが、見当違いの文句を言っては困らせる。 「申し訳ありませんが旦那、腕の立つ冒険者を30人も集めろという依頼をしてきたのは貴方の方ですぜ。キレイどころが欲しければ自分で呼んでください」 護衛のリーダー格の男が窘めるように切り捨てる。 俺とライトを含めてこの部屋には10人、建物内には10人、屋外の敷地には10人の冒険者たちが配置されている。ちなみにナチアタは図体がデカすぎるので屋外の見張りについている。 「この物々しい警備、あの男は一体何を恐れているんだ?」 俺は隣に立っていた冒険者に聞く。 「何でも予告状が来たんだとよ。x月y日あなたの御命もらいますってね…」 「そんなつまらん理由でこんなに大げさなことをしているのか? ガセだったらどうするんだ?」 この手の奴は何もなかったらなかったで支払いを渋るケースが多い。 「ガセじゃないだけの理由づけでも添えてたんだろ…。ご丁寧に殺すなんて書かれた予告状もらったら、普通は官憲に出てきてもらう方が早いし確実だ。だが2、3日前にこの街の衛兵隊長が不審死した件もあってな。そいつも裏じゃこいつと組んで大分あこぎな事していたって噂だ、お上に頼れないのはそういうことなんだろうよ…」 隣の冒険者の話がひと段落した時、屋外の敷地から男たちの苦悶する絶叫が聞こえる。敵襲か?! 室内にいる護衛は皆、得物を持って警戒を強める。 「ナチアタは大丈夫だろうか…?」 ◇ ◇   ◇   ◇   ◇ 護衛たちの絶叫を聞きつけて、ナチアタは声のした方向へと移動する。 彼女の目に見えていたのは悶絶する冒険者たちではなく、燃えさかるカンラークの街の光景であった…。 望楼のベランダから燃えさかる街を見下ろす。 逃げ惑う民、その民を誘導する仲間、剣を抜き何者かに立ち向かおうとする仲間たち、これはあの時の光景だ…。 その何者かが動くとその周囲には無数の破壊と死が撒き散らされる。 いけない守護らねば…、民を、仲間たちを…。 私はクロスボウに矢を番え、その破壊と死の中心に向かって渾身の風魔法と共に撃ち放つ。しかし手ごたえは全くない。 二撃、三撃…、数えきれないほどの矢を放ったが全てその何者かによって切り払われる…。 いや何本か当たったものもあったが、かの者は体に付着したゴミかのように全く気にも留めてない。 私の援護が段々鬱陶しくなったのだろうか、矢の放たれる方向に顔を向ける。 全身を纏う金色のフルプレートの鎧。フェイスガードの中から私を捉えるように見据える一筋の赤い光。 その者は魔王軍四天王エビルソードであった…。 見つかった…、居場所のバレた狙撃手ほど弱いものはない。だが距離は十分あるから私の方がまだ有利だ…。 何撃か打ち込もうと矢を番えた瞬間、奴は虚空に向かって勢いよく剣を振りかざした。 強烈な一振りが起こした衝撃波は望楼を破壊し、私は瓦礫と共に地面へと転落した。 全身の骨が砕け、横たわり動けなくなっている私を見下ろすようにエビルソードが立つ。 両手で剣を地面に突き立てるように振り上げそして降ろす、その瞬間私の意識は切れた…。 ◇ ◇   ◇   ◇   ◇ 絶叫の声は段々と大きくなってきている。恐らく侵入者はこの部屋に近づいてきているということだろう。 周囲を警戒する、まだ来る気配はない、すると依頼者のチエゴーヤだけでなく護衛の冒険者たちも突然何かに怯えるように苦しみ出した。ライトもだ。 「おい!ライトしっかりしろ!」 ◇ ◇   ◇   ◇   ◇ 手術台のようなベッドの上に拘束されている。周りを見渡す、自分の手足が見える、今よりも全然小さく幼い。 あれはあの時、旅立ったばかりの11歳の自分だ…。 太い針の注射を射たれる。ひどく痛い。意識が朦朧とする。 がーすけが僕を心配してくれる、ありがとう…僕はまだ大丈夫だよ…。 術衣を着た男たちがやって来る。何やら赤い球のような物を持って、それを僕の眼前にかざす。 がーすけが怒ってその男の周りを威嚇する、その時だった。 術衣の男はがーすけの首根っこを掴み捕らえた。 何で?がーすけは誰にも見えないのに?どうして捕まえることもできるの?  男たちと一緒にがーすけは連れて行かれた。 がーすけ!がーすけ!行かないで!返せ!がーすけは僕の友達だぞ!!!! 術衣を着た男たちが再びやって来る。 例の赤い球を持っているが、先ほどとは違い素人の僕でもわかるぐらいの闇が噴き出ている。 先ほどのように眼前にかざすと赤い球の中から声が聞こえる。 『ライト…ニゲテ…ニゲ…』 か細い声だが誰のものかは解る。がーすけの声だ! よくも!よくも!がーすけを!返せ!戻せ!僕のがーすけを元通りにしろ!!!! 絶叫し暴れようとする僕に男の一人が注射を射った。 おそらく麻酔だったのだろう、メスで胸が裂かれた感触はあるけど痛みはない。 赤い球を胸に埋め込む。球から発する闇が体を蝕んでいく感触がわかる。 殺してやる!殺してやる!お前ら全員殺してやるからなぁ!!!!! 赤い球が心臓まで達した感触と同時に僕の意識は切れた…。 ◇ ◇   ◇   ◇   ◇ 「おい!ライト、目を覚ませ!」 ライトにそう呼びかけていた時、立ち眩みが起こった。 目を開くと眼前にあったのはあの日のカンラークの光景であった。 燃えさかる炎、身動きできず諦め号泣するだけの市民、誇り高く立ち向かうも切り結ぶことすらできず散る仲間たち…。 それはまさに地獄としか表現できなかった。 周囲の惨状を見回した後、正面を見る。そこに奴はいた魔王軍四天王エビルソード、コイツがこの地獄の元凶だ! 俺は手足に魔力を込め、最速の動きで奴の死角へと回り込む。 俺はあの時の無力な自分とは違う!お前を絶対に倒す! 右腕の手刀を奴の背中に突き入れようとした時であった。 待ち構えてましたとばかりに素早く振り向いたエビルソードは俺の右腕を両断する。 「アッアッ…グワァー!」 不思議と痛みはない。それよりも一番ショックだったのは、魔族のような姿になり血のにじむような鍛錬を重ねても奴には通用しないことであった。 動揺の間に奴は俺の左腕と右足をも断つ。右足で片足立ちしながら冷静に思考する。 「落ち着けこれは幻だ…。あの日俺はこの姿ではなかったし、今いる場所はカンラークでも魔王軍領でもない…。何よりも手足を落とされても痛みを感じていない…」 思考の結論をまとめ正面を再び見据える。そこにいたのは顔を隠し黒い服を着用した男であった。 ◇ ◇   ◇   ◇   ◇ 男が着ていたのは極東の国に見られる様式で、頭に被っていたのはベールのような物で顔を隠す頭巾であった。 かの国では黒子と呼ばれているスタイルである。 「あれ?もう解けちゃったんだ? 俺の術は魔族相手でもばっちり効くんだけどなぁ…。これも個体差ってやつか? まぁいい、仕事はこれからなんで幻覚のレベルを上げさせてもらうよ。巻き添え食っちゃう周りの人には申し訳ないけどね…」 男が俺に手をかざす。気づくと俺は再び燃えさかる街の中にいた…。 ◇ ◇   ◇   ◇   ◇ 破壊と業火に包まれる街、カンラークとは違っているようだが俺はこの街を知っている。 「モトマトーか…」 俺の故郷でもあり、かつて腐腕の魔人として破壊の限りを尽くした思い出したくもない場所。 俺の眼前にはその腐腕の魔人と化していた俺が立っていた。 自在に動く腐腕が一人の女を吊り上げる。それは俺もよく知っている女だった…。 「メロ…」 俺の妹であり、そして知らぬとはいえあの日対峙した女魔法使い。 首根っこを掴まれた彼女はとても苦しそうにしている。 「やめろ!」 俺は立ち上がって突っ込もうとしたが、左足と両手に感覚が全くない。幻覚の通りに手足を失ってしまっているのだ。 ならば右足一本だけでもと…飛び上がろうとしたところを、どこからか現れた三本の腐腕が俺を拘束する…。 ◇ ◇   ◇   ◇   ◇ 現実の世界では黒衣の男がチエゴーヤの背後に回り、何やらつぶやいている。 「こんな大げさなやり方は趣味じゃないんだが、あんたを徹底的に追い詰めてから殺せって依頼でね。あんたに騙されて店も家族も失い、自ら苦界に入って依頼料を作った女の恨みだ。今どんな悪夢を見ているか知らねぇが、地獄はもっとにぎやかだぜ…」 黒衣の男は懐から針のように細長い刃、ニードルナイフを出す。それを右手に逆手で持つと後頭部の盆の窪と呼ばれる急所に突き立てた。 チエゴーヤは痙攣し絶命する。もっと惨たらしく殺しても良かったが、この人数の包囲網を抜けるには無駄な時間をかけてはいられない。 黒衣の男がチエゴーヤを始末した瞬間、ミレーンの視界に映っていたのはメロを腐腕で縊り殺す自身の姿であった。 ミレーンは己が所業に耐え切れず気を失った…。 仕事を終えた黒衣の男は足元に横たわるミレーンの苦悶のつぶやきに耳を傾ける。 「ほーん、面白いねアンタ。今度使わせてもらうよ」 ◇ ◇   ◇   ◇   ◇ 仕事は失敗した。それからのことを話すと最悪だったとしか言いようがない。 大の男たちが30人もぶっ倒れて依頼人は死んでいる。 まず疑われたのは当然ながら同じ部屋にいた俺たちで、取り調べのために一週間も留置所暮らしをする羽目になった。 最終的には予告状の件もあったので世間を騒がせる仕事人とかいう殺し屋の仕業として終わることになった。 後金はもらえず過去のトラウマを抉るような幻覚のせいで、俺たち全員憂鬱な気分がしばらく取れなかった。 ある日、宿で眠れなかったのでモニターで深夜魔ニメでも見る。 内容は戦場で自分だけが生き残り罪悪感からおかしくなった男が、故郷を襲い妹を殺すというどこかで聞いたような陳腐な内容だった。 腹が立ったので俺はモニターを消し、リモコンを壁に投げつけた。 ◇ ◇   ◇   ◇   ◇ ※今回登場のキャラクター 悪夢屋 幻(げん) 法で裁けぬ悪を始末する闇の仕事人。対象が一番恐れるものに殺されるという幻覚を見せ苦悶している間に寝首を掻くのが殺し技。 幻覚のレベルを上げることで視覚聴覚→触覚→痛覚に作用が働く。 メンタルの弱い者が食らえば発狂、ショック死、苦痛から逃れるための自死を取る者もいる。 能力の継続時間は10分で範囲は半径30m以内の自分以外の全て。  一度タワ魔ンで仕事をした際に上下両隣からけたたましい絶叫が聞こえたが標的ではないのでスルーした。 表家業は魔ニメの脚本家。隙あらば鬱展開や重い話をぶっ込んでくるので、弱いオタク達からは悪夢屋と恐れられてる。 ペンネームは虚淵幻(ホロウブチ・ゲン)。