【イン・トゥ・ザ・ハート・オブ・ザ・サン】後編 「ンッ、ふぅっ……!」「アッアッアッアッ……!」冷たい床の上で仰向けのアイデアルの上に『泣き虫』が身体を深く重ね、バストの先端と下腹部の突起同士を 擦り合わせ。激しく前後している。互いに両手を首に回して息を荒げて汗ばみ、脚はカエルめいてあられもなく大きく開き、絶え間なく肉のぶつかる音が響く。 頬を上気させたアイデアルと『泣き虫』は互いの唇を啄み、突き出した舌と舌を絡ませ合う。やがてアイデアルの長い舌が『泣き虫』の口内に侵入し歯茎、頬裏、 上顎の粘膜の隅々まで愛撫する。目を細める『泣き虫』はとめどなく分泌される唾液をその舌に絡めて送り出し、アイデアルもまた送り返し循環し、嚥下する。 「ウヒヘヘヘッ!良いぜ!もっと下品にジュルジュル音立てろや!」ミエザルは二人の開いた脚の間に入り込み、縦に並んだ四つの穴に代わる代わる侵入しては 舐るように腰を打ち付けていた。今は上から二番目、『泣き虫』の番だ。「うるさい……黙ってろ……!」アイデアルは唇を離し、肩越しに耳障りな宙を睨む。 「アッ……うぅ……!」『泣き虫』は呻き、小刻みに震えている。アイデアルはその背中に回した腕に力を籠め、頬と手で両耳を塞ぎ、自身の体温と心拍を伝える ように身を密着させる。苦痛の源であるミエザルが、これ以上五感に入り込まぬよう遮ろうとする。その様にミエザルはわざとらしく嘆息してみせた。 「あーあ嫌われちまって。ま、俺なんぞ居ないもんと思っとけ。どうせ見えねンだ構いやしねえ」殊勝な声色から、ミエザルはふいに腰を止めた。アイデアルは 訝しんだ。直後、顔の前に気配。「"ほんとうに大切なものは目に見えない"だもんなァ?」目と鼻の先で吐きかけられる生温かい息と甲高い不快な裏声。 アイデアルの表情が凍り付いた。「なんで、それ」昨日『泣き虫』に読み聞かせた物語の一節だ。「おっと、口が滑っちまったぜ」芝居がかったミエザルは『泣き虫』 から自身を引き抜くと勢いをつけ、今度はアイデアルに侵入した。「ンアーッ!」先程までよりも激しく、荒々しく内側を掻き回す感覚にアイデアルは跳ねた。 「イキキキキィ!全ッ然気付かねェんだものな?ずっと部屋ン中に俺が居たのによぉ!昨日だけじゃねぇ、無防備な寝顔でスヤスヤしてる間に何度も……ムフッ!」 背筋に悪寒が走った。目が覚めた時、顔や口内、下半身、身体に不快な違和感を覚える事は度々あった。前日の行為の消えない残りとばかり思っていた。 青褪めたアイデアルに激しく腰を打ち付けながら、興が乗ったミエザルは続ける。「お話が上手だよなぁお前?しゃぶる以外にそのおクチに使い道あったワケだ!」 ―父がよく読み聞かせてくれたお気に入りの絵本だった。いつしか母も加わり読み手は代わり代わり。父は飛行士や大人達、母はバラやキツネ、自分は王子だった。 、 「お涙頂戴ってもんだ。ヒヒッ、俺も聞き入って垂れてきちまったァ」―初めて最後まで聞いた日、とても哀しかった事を覚えている。だが飛行士が、父が優しく 言ったように寝る前に窓を開けて空を見た。汚染雲の切れ間に目を凝らし、どこにあるかも分からない笑う星を探した。まばらに見える星全てがそう思えた。 「残らずテメェに注いでやったがなァ!礼だぜ礼!ひひヘヘヘヘヘヘッ!」―夜空に笑い声が木霊する、心底耳障りな下劣な声。「今度は俺の股座の上でさせて やるぜ」―大きく温かな膝の上、尻の下に不快な硬い異物感。「優しくナデナデしてやろうか?ンン?」―頭に置かれた手、髪が鷲掴まれ顔面を舐め回される。 ティーンの手前からオイランもどきに身を堕とし、股を開いて媚び、騙し、惨めを重ねて恥を切り売りしてきた。だがどれだけ身が汚れ、打ちひしがれようと最後の 尊厳は揺るがなかった。胸の内にのみ残る温かで清い光景、想い、己の根幹。最も大切な部分は誰にも見えず手出しできない。唯一晒したのは『泣き虫』だけだ。 その筈だった。「……っ!……っ……!」「ア……」激しく前後に揺さぶられるアイデアルは、困惑する『泣き虫』の耳を塞いだまま、その長い髪に顔を埋めて声を 押し殺し震えていた。今更この程度がなんだというのか、そう思おうとした。だがそうして割り切り、跳ね除け、堪えようとすればするほど逆に止まらなかった。 「あららららら?泣いちまった。こりゃどっちが泣き虫チャンだか分からねえや!ンキヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!ウッ!」透明な侵入者がアイデアルの根幹に腐臭と 汚濁をぶちまけ、嗤っていた。 ◆◆◆ 「……"ぼくの花、ぼくはあの花に責任があるんだ"」アイデアルは『泣き虫』に昨日の続きを読み聞かせる。普段と違う虚ろな瞳、憔悴しきった声色は平坦だった。 様々な体液が染み込み、不快に湿った冷たいコンクリートの床に寝そべったまま、二人はぴたりと身体を寄せ合っている。ここは寒い、毛布など上等なものはない。 今も出ていったと見せかけたミエザルが傍で息を潜め、ニヤニヤと観察しているのだろうか?そしてまた寝入った後に……どうでもいい。『泣き虫』に知られなければ これ以上不安にさせなければそれでいい。だがそれに反し、頭を撫でられる『泣き虫』はアイデアルの瞳を不安な上目遣いで覗き込む。アイデアルは目を伏せた。 「"それに"……"それに"」アイデアルはやがて唇を震わせ、言葉を詰まらせる。胸に湧く温かな記憶の余白……微笑む両親の背後に、暖炉の火の影に、劇場の舞台袖に 目を凝らせば不可視の悪意が見え隠れする。耳をすませば下卑た笑い声が。目と耳を塞げば湿った息と纏わりつく手が。幼いチエリを苛んでいた。(もう……無理) ……ふいに身体が引き寄せられ、髪を櫛撫でられる感触。「アー……」『泣き虫』がアイデアルを抱き寄せ、頭を撫でていた。最初に大泣きする『泣き虫』に困り果て た自分がそうした時と同じ。いつもとは逆だった。掌から体温、頭を預ける胸から心音が伝わってくる。(ああ)アイデアルは、チエリは思い出した。 物心ついたばかりの幼い頃から、父に、母にこうされるのが好きだった。自分という存在を、ここに在る事を肯定される。そうしてくれる存在がそこに在るという感覚。 生まれてすぐの赤子が最初に親に抱かれ感じるような無条件の安堵、幸福感。己を成す根幹の更にその奥深く。穢れてなど、壊れてなどいない。溢れてくる。 「……!……!」アイデアルは『泣き虫』を深く抱き返す。泣き顔は見せなかった。虚勢だとしても、父と母が最期まで自分にそうであったように自分はもう『泣き虫』 に責任があるのだ。同じ檻に閉じ込められただけの行きずりの他人同士、だが費やした時間が既に互いを特別な存在にしていた。やがてアイデアルは続きを始めた。 「……"それにあの花、本当に弱いんだもの。ものも知らないし、世界から身を守るのに、なんの役にも立たない四つのトゲしかもってな"」KABOOOOOM!!「アイエエッ!?」 「アァーーッ!?」突然の爆発音と地響き!ボンボリ・ライトがチカチカと明滅し、悲鳴を上げ身を寄せ合う二人の上に無数の粉塵が舞KRAAAAAAAAAASH!「アバーッ!?」 天井が崩落した。 ◆◆◆ ……「ザッケンナコラー!犯罪者!」「スッゾ!非市民!」「ナンオラー!除染作業!」BRATATATA!BRATATATATA!「アイエエエッ!?ハイデッカーナンデ!?」「た、 助けてくだアバーーッ!」『一人残らず処理しろ、不要な下層民だ』朧げに聞こえる無数のヤクザスラングと銃声、爆発音、奴隷達の悲鳴。無慈悲な拡声器の音声。 「う……」「……ア」瓦礫の下で目を覚ましたアイデアルは身じろぎする。幸運にも直撃を免れ合間に潜り込んだ形だ。身を寄せ合ってた『泣き虫』も無事だった。 往生してようやく這い出た頃には銃声と悲鳴はにわかに遠ざかってた。一部の非常灯のみが生き残る暗い独房のなかアイデアルは呆然と呟く「なんなの、コレ」 現在、この地下道網内ではアマクダリ・セクトによる制圧作戦が進行中。多大なニンジャ戦力とハイデッカー部隊が送り込まれ、首魁デスドレインをはじめとする 犯罪者ニンジャに留まらず、囚われていたモータル達もその一味或いは市民権を持たぬ最下層民として一人残らず抹殺が指示されていた。 独房のドアは開け放たれている、既にクリアリング済みか。瓦礫の下敷きになっていた事が幸いだった。次第に闇に目が慣れると、自分達を鎖でこの独房に繋ぎ 止めていた壁の配管パイプもへし折れていた。サイオー・ホース……「ア……」『泣き虫』がアイデアルのこめかみに触れた。ぬるりとした感触、血だ。 だが奇妙な事に傷はなかった。「平気……それよりあンたが!」アイデアルも同じく所々血に塗れた。『泣き虫』の身体を慌てて検めた。しかしいくつか小さな 擦り傷がある程度で大きな負傷は無かった。安堵の息を吐いたのもつかの間、アイデアルは底なしの不安と焦燥に駆られた。 期せず得た自由、脱出の好機だ。だがただでさえ無限の迷宮のような地下道網の底だ、文字通り丸腰の裸で無事地上に出られる保証はない。外には無数のおぞましい 犯罪者ニンジャ達が徘徊している、見つかればその場で殺されるならまだ良い、悪ければどのようなおぞましい目に遭うか想像もつかない。 そして攻め込んできた集団も救助などではない事は分かり切っていた。助けを求めて前に出ようものなら即座に射殺されるだろう。ならばここで息を潜めて隠れ 続ける?それで生き延びたところで再びミエザルらの奴隷に逆戻りだ。自らの意思で?あり得ない。アイデアルは目を泳がせ袋小路に陥っていた、その時である。 「イヤーッ!」「グワーッ!」「エッ」激しいカラテシャウトにアイデアルはびくりと振り向いた。『泣き虫』が瓦礫のひと塊を掲げ、足元に激しく打ち下ろしていた。 非ニンジャの細腕の力ではない。「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」『泣き虫』が手にする塊と、足元の空間はみるみるうちに赤く染まる。 よく見れば重なる瓦礫の間に不自然な空間が空いている。そこに折れた配管パイプの先が突き立ち、尖った先端は赤く染まり周囲に血溜まりを広げていた。「アバッ ……あ、ア……テメェら、助け」その瞬間、アイデアルの記憶を侵す透明な余白が赤く染まった。"そこだ"。『泣き虫』同様、瓦礫の塊を手に、激しく打ち下ろした。 「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」 「やめ」「イヤーッ!」「アバッ」「イヤーッ!」「バッ……」「イヤーッ!」「……」「イヤーッ!」「……」「イヤーッ!」「イヤーッ!」 透明な空間はみるみるうちに赤く染まり、輪郭を表していく。やがて、イポン釣りされたイカが絞められた瞬間、瞬く間に透明さを失い白く色づくように。全裸の男 の姿が浮かび上がった。仰向けの顔面はスイカめいて完全に破砕し、もはや何者か判別不能だった。おびただしい返り血に染まった二人は息を切らし、座り込んだ。 「ハァーッ……ハァーッ……クソが!!」顔を濡らす生暖かい液体を心底唾棄して拭い落としながら、ようやく呼吸を落ち着かせたアイデアルは、隣の『泣き虫』を 見た。「……まさかあンた、ニンジャ?」「アー……?」先程のオニめいた激しい怒りの表情は過ぎ去り、わからない。と言いたげな困惑した表情で声を漏らす。 そして開け放たれた独房のドアをじっと見つめ、立ち上がった。一歩踏み出した所でアイデアルは咄嗟にその手を掴んだ。「ちょっと!何してンのアブナイって!」 アブナイ?何を言っているのだろう、アイデアルは遅れて戸惑った。進めばジゴク、しかし留まってもジゴクだ。……ならば可能性はどちらにある? 畜生として使い潰されるだけの、どのみち長くない生存に期待してこのまま地の底の掃き溜めに震えて留まるか。生きて地上に出る細い糸のような道を目指して、ほぼ 確実な死が口を開ける先の見えない暗闇に飛び込むか。今、自分達は剥奪されていた選択肢を、自らが進むジゴクを選ぶ権利を手にしていた。 「ア……アー……!」『泣き虫』は逆にアイデアルの腕を掴んで揺らし、何かを訴えようとしていた。言葉にならないのがもどかしい表情。しばし沈黙の後、アイデアル は静かに切り出した。「出たいんだよね。分かってるよ」「ダメかもしれないよ」「二人ともきっと殺される」「死ぬよりもっと酷い事になるかも」 自身に言い聞かせるような瞑想的な声。『泣き虫』もアイデアルも震えていた、だが手の力は緩まなかった。「じゃあおいで」アイデアルは『泣き虫』の手を引いて ドアに向かう。どの道未来が無いとしても、全てを諦め汚泥に沈むより、たとえ焼き尽くされようと最後の瞬間まで抗う事を彼女は選んだ。「"太陽のまっただなかに"」 震える声で鼓舞するように呟いた一節。「こんな地面の底の肥溜めで終わるなんて冗談じゃない」強く握り返す手に『泣き虫』が笑った。「泥でもクソでも食わされ ようが、死んでも這い上がってやる。見てろよ」互いの首輪から伸びる長い鎖を繋いだ手に巻きつけ固定し、銃声と怒号の反響する暗闇の中に二人の女が駆けだした。 【イン・トゥ・ザ・ハート・オブ・ザ・サン】終わり