小首を傾げたまま、頭の重さを肩だけに委ねるようにして――唇だけが僅かに波打つ。 静かに吸い、静かに吐く。それは観葉植物か、もしくは彫刻のようにも思えるほど、 動物らしい行動力を欠いた、ほとんど死体にも似た座位であった。 にも関わらず、女の肌はつやつやと生命の赤に輝いている。 二人を包む分厚い布の、隙間から差し込むぎらぎらとした太陽の光は、 彼女のすっかり白い肌を、紫煙と対照的に艶めかせてもみせるのであった。 女――とは、彼女の年齢から当てはめた表現に過ぎず、外見だけを見るならば、 それは少女、と評するのが正しいほどに未発達な乳房と尻をしていて、 けれど顔の上に掛かる暗緑色の髪、思索の影などは、重ねた年齢の分だけの冥さがある。 旅人の前で、彼女は一人だけ煙管に火を付けてぷかぷかと煙を吐くだけで、 彼に煙草を勧めるどころか、視線さえも合わせる気はないようであった。 それでも顔だけは相手の方に向いている。そして時折、唇はむぐむぐと動き、 何かを語りかけようとする――そんな、目を離せないような磁力を纏っているのである。 燃え尽きたのか、煙の筋が細くなる――すると女の目は、ようやく男を見た。 頬が微かに吊り上がり、来訪を喜ぶような言葉を初めて吐いた。 首をまっすぐ向けるのも億劫な風で、やはり糸の切れた人形めいた姿勢は直さず、 だが両手だけは、視線も向けてはいないのに機械のように正確に、 煙管の燃え滓を捨て、新たな煙草を詰め、火打ち石を手元に寄せて――と、 ほとんど無意識の領域で繰り返せるほどに、彼女が重度の喫煙者であることを示していた。 なればこそ、彼はこの天幕に入るよう促された際に聞かされた言葉と目の前の彼女の姿、 実際にまた煙草を吸い始める手付きとの間に、強い違和感を覚えるのであった。 男は怪訝そうに問うた――その煙草は、身体に害はないのか、と。 ただ女はにこりと、暗緑の瞳を来客に向けて微笑むだけである。 そして火打石を脇に下げるついでに、彼の懸念である箇所、膨らんだ腹を愛しげに撫でた。 よくはないと思いますが、もうずっとこんな感じで暮らしているので――ふう。 息継ぎの代わりにぽかりと煙の玉を吐くその顔は、また別の幸福感に包まれている。 彼女が自らの意思でそれを止めることができないのは明白であった。 この集落に行き着いてすぐ、他の天幕の中で子連れの――あるいは妊婦が、 平気な顔をして煙管を弄んでいる理由が、これ以上なく示されている。 その様子を見ていると、男もまた口が寂しくなった――懐をごそごそ探り、 長旅ですっかり押し潰された紙煙草の一箱――いや半箱を取り出して、咥える。 そして火を点けてから、彼女に断るべきであったと、気まずそうな顔をするのだった。 客人の非礼を、女は責めない――自分とてやめられぬのだ、お互い様であろう。 混ざった二つの臭いは、酷く甘苦い――不愉快な煙の渦をそこに作る。 二度目に彼女の指が燃え滓を落とす際に、ようやく来客への用件が口からこぼれた。 自分を抱かないか、と。それをまた、男は冗談であると感じた。 彼女の体格は、あまりに少女じみた――少年、とも見紛うような薄さであること。 そしてまた、そんな華奢な身体が、不釣り合いに前にせり出した産婦の身であること。 集落の別の男との間に既に六人の子を成し、子宮の空いた年のないこと。 にも関わらずその相手と死別し、七人目の子は父を知らずに産まれてくること。 一夜の遊びとするには、それは退廃で済ませられる領域を超えているように思われる。 この中の女をお気に召したら――と、入る前に言われたことの意味、 それがこんな悪趣味な行為であるとするなら。男の倫理はこれまでになく燃え上がる。 それを――するりと彼の懐に潜り込んだ女の冷ややかな指が冷ました。 音もなく、ぬるり。獲物の意識の隙間を突くようにしたたかに、蛇めいた動きで。 そして服の上から、その筋肉の具合を、骨の硬さを、あちこちに仕込まれた暗器を、 余すことなく確かめていく。だが、手つきはあくまで愛撫の媚態を保っていた。 それは恋人にするような、甘えた指の動きであるともに――蛇の舌でもあった。 僕みたいな女がお嫌いなら、どうぞはっきりとおっしゃってくださいね―― 選択肢を与えているようでいて、相手が自分を拒めないのを見透かした口ぶり。 事実、彼は蛇が絡みついてきてから、彼女の顔から目を離せずにいた。 首元と鎖骨の下の入れ墨が、薄暗い中にも光を放つがごとくに視線を吸い寄せる。 薄い胸と薄い尻、小さな布切れだけでそれらをすっかり隠せてしまうのに、 そこにさらに、茶色で袖の長い外套を着込んでいるのだから、 体格も相まって、ほとんど彼女の肉体は晒されてはいないはずなのだ。 けれども、視線を引きつけて離さないあちこちの赤い入れ墨と、 それによって立体感を強調された大きな腹部が見えてしまうことによって、 狭い箇所に凝縮された彼女の“女”の部分――子を孕める雌であるという事実が、 その憂いと淋しさを帯びた眼差しと相まって、逆らい難い魅力を作り出す。 彼の無言を同意と取った女は、慣れた手つき彼の服の留め具を外し、自分も裸になる。 細い四肢と薄い胸が、そこだけは立体的な腹部とちぐはぐなようでいて、 何年も、繰り返し“こう”なってきた彼女の肉体は、そうであることの方が自然にも見えた。 出会ったばかりの男の前で、別の男に種付けられてもうすぐ産まれそうな臨月胎を晒し、 抱かれようとする姿は――酷く蠱惑的で、悍ましさと不可分の美しさがあった。 平坦な胸に不釣り合いな、ぷっくりと盛り上がり、黒みの取れなくなった乳輪。 その先端から滲み出る乳で、何人もを育てて来たとはっきりわかる下品さ。 同様に、指で開くと中の紅さとの対比がより際立つ黒々と育てられた陰唇。 この村に来てからずっと、彼女の肉体は子を孕み続けてきた――だがそれが、 相手の欠けたことで途切れてしまう。来年、再来年と孕ませてくれる相手が必要である。 強い子、賢い子を産むのは、この集落の未来に資することであり―― ここに永住することになった彼女にとっては、それは己の未来と直結している。 集落に、子を孕み、産むことで貢献することによって価値を示し――“あれ”をもらう。 そのためには、こうして歪な孕み袋とされた肉体を晒すことは何の苦にもならないのだ。 身重の相手を、気の昂るのに任せて滅茶苦茶に犯し、腰を叩きつける―― その嗜虐的な悦びは、彼の思考をただその色だけに染めていく。 びゅるり、どぷり。ほとんど自覚ないままに精を吐き、抜きもせずにまた腰を打ち付け、 何度も、何度も、これまで何人も孕み――今後も何十人と孕む胎へと精を放つ。 女の声は甘やかに、雄の本能をかき立てて――より深く、己に溺れさせていく。 僕の夫として、ここに留まってくれませんかと夢見心地に問われれば、 もうそれを拒否するだけの意志は、彼には残っていないのであった。 “婚約”が済むと、二人は裸に布団一枚を分け合って掛けただけの姿で、煙草を吹かした。 己の旅が終わるのを、男はあまり気にしないようだったが、煙草の尽きるのは嫌がった。 そして妻が吸う煙草を分けてくれと言ったが――女はそれを断った。 この草には強い依存性があり、これのないところには行けなくなってしまう。 自分も、前の夫も、そうして囚われた元旅人だから――あなたにはそうなってほしくない。 吸ったふりだけしてきちんと働きさえすれば、目をつけられることもない、と。 そしてまた、大きく煙の玉を吐いて――にっこり笑って言った。 ――何より、僕の吸う分が減るじゃないですか。