「あっ!フェアリモンさんじゃないですか!!お疲れ様です!またお会いできてとっても嬉しいです!!」 来客で賑わう祭りの喧騒の中、少女のひときわ大きな声が響く。 それに反応するかの様に浴衣を来た女性が振り返った。 「あら、そんなあなたはいつぞやのガガラを自作したお嬢ちゃん!元気そうじゃないの!」 「フェアリモンさんもお元気そうで何よりですっ!私、赤影の怪忍獣は好きなのでまた挑戦したいと思ってるんですよ〜。特にギロズン!めっちゃ好きっ!」 少女の名は千明 遥希。声を掛けた女性型デジモン__フェアリモンと話すのはこれが二度目、昨年のクリスマスに出会ってそれっきりとなるのだが、両者には共通の趣味もあってか妙に意気投合している。 「良いわよね〜、ギロズン。なんて言うか人間よりほんのちょっとだけ大きいサイズってのが凄く恐怖を掻き立てられるのよね〜」 「ですですっ!ネームドキャラ二人をやっちゃったってのも強敵感が出てポイント高いと思います!」 「改めて観るとちょっと出番が長いだけの名有りモブなんだけど、色+影っていかにも主人公達と同格っぽいネーミングのキャラが立て続けにころころされて白骨死体になっちゃうってのは中々にショッキングよねぇ」 「それだけ暴れておいて最期は雑に倒されたのは少々残念ではありますが、赤影の敵キャラって割りとそういうの多い様な気がするのでまぁ良いでしょう!」 「ラスボスのじじごらでさえ何か急に不思議な事が起こって唐突に倒されたものねぇ〜」 「ボスと言えば甲賀幻妖斎もですよ!二部に渡って引っ張ってきた因縁の敵なのに決着があれって酷くないですか!?」 「まぁあれよ。ショッカーライダーを6人纏めて同時に爆殺した人がお話書いてるから…」 「ですね〜」 二人のトークが白熱する中もう一人、浴衣の女性がやって来た。 水の闘士__ラーナモンだ。 屋台で買ったであろうあれやこれやを腕一杯に抱えている。 「お待たせユーコ!ってあれ?誰と話してるの?」 「いくら何でもいっぺんに沢山買いすぎよ、オディ子ちゃん。ほら、半分持ってあげるから貸して?」 ラーナモンの近くまで駆け寄ったフェアリモンが大量の荷物を4分の3ほど受け取り、持ってやる。 「あ、ごめんねお嬢ちゃん!私もう行くね。君もその様子だとアレでしょ?例の彼氏くん待ち!」 「はい!例のシンさん待ちです!でも待てど暮らせど来てくれないので、もう私の方から行っちゃおうかなって考えてます!」 「ふむふむ……何か事情があるのかしらねえ。まあそれなら当たって砕けるしかないわね!応援してるわよ~!」 「ありがとうございますっ!お二人もデート、いっぱい楽しんでくださいねっ!」 「えぇ、勿論よ!そんじゃ、またどっかで会えたらお話しましょうね〜」 「はいっ!ではでは〜」 浴衣を着た二人の闘士に手を振り見送った遥希は例のシンさんこと三下慎平を探すべく、その場をあとにした。 「ユーコ、さっきの子誰?」 「うーん……同志ってやつかな」 「ふ~ん…。それよりさ、食べる物たくさん買ったからあっちで一緒に食べよ! あっちにめっちゃ涼しかった場所あるから、めっちゃ涼しいわよ!」 「ふふっ、はいはい」 ───────────── 祭りの雑踏の中をひたすら進む遥希。なんとな〜くこの近くに三下が居る様な気がする…そう感じたからだ。身も蓋もない言い方をしてしまえばただのカンなのだが、想い人が絡んだ際の自分のカンは意外と馬鹿に出来ないと自負している。 なんでも三下慎平に対してのみ常人の8千倍の嗅覚を有しているのだとか… 兎にも角にも三下が居るかもしれないであろう場所を目指し、ひたすら突き進む遥希。そんな彼女に二人組のデジモンが声を掛けた。 「嬢ちゃん一人?俺達と一緒に遊ばない?」 ブギーモンとフェレスモンだ。しかし三下を探す事に夢中になっている遥希にその声は届かない。 無視をされたと思い若干の苛立ちを覚えたフェレスモンは遥希の前に立ち、語調を強めながら同じ質問を繰り返した。 「嬢ちゃんに話しかけてんだけど、聞いてる?俺達と遊ばない?」 「ごめんなさい、今ちょっと急いでいるのでっ!」 前に立ったフェレスモンを避けて立ち去ろうとする遥希であったが、そんな彼女の右手首をブギーモンが掴んだ。 「まぁまぁ、そう硬いこと言わずにさぁ」 「ちょっと何するんですか!やめてください!」 あまりにしつこいならジェットシルフィーモンに進化して追い払ってしまおうかとも考えた遥希だが… 「おい、何やってんだ遥希。さっさと行くぞ」 不意に現れた少年が遥希の左手を引いた。次の瞬間、遥希の表情がぱぁっと明るく晴れた。 「シンさん!」 彼こそが三下慎平、フェアリモンの言う例の彼氏くんである。 「チッ…何だよ、男居たのかよ……」 声を掛けた相手が男連れだと知りブギーモンは渋々と引き上げようとするが、兄貴分のフェレスモンは尚も苛立ちを募らせる。 手にした三叉槍の矛先を足早に立ち去ろうとする二人の背中へと向け、今にも襲いかからんとした…その時であった。 「………お前ら俺のダチに何しようとしてんだ」 「あぁ!?何だてめえ、邪魔するとブッk…!?」 声のした背後へ勢い任せに振り返るフェレスモン。 だがその直後、特徴的だった彼の真っ赤な肌から一気に血の気が引いて行き、瞬く間に顔面蒼白と呼ぶに相応しい面持ちへと変わった。 「りょ、竜馬のダンナ!!………申し訳ございませんしたっ!!!!」 相手の姿をはっきりと確認するや否やフェレスモンはダイナミックに頭を下げ、地べたに頭を付けた。 あまりに唐突過ぎる出来事に『竜馬』と呼ばれた少年も困惑を隠せない。 「まさか貴方様のご友人だったとは露知らず、あの様な粗相を………!!ほらお前も頭を下げるんだよ!」 竜馬と同じく何が起きているのか理解出来ずに棒立ちしているブギーモンの姿を横目で確認したフェレスモンは一度立ち上がり、その後頭部を掴むと強引に土下座をさせる。 そして自身も再び地面に頭を擦り付けながら謝罪を繰り返した。 「この事はどうか……どうかおひいさまにはご内密に!!!」 おひいさま…その言葉で竜馬は理解した。このフェレスモンとブギーモンはあの人の眷属なのだ。 竜馬の友人に手を出そうとし、あまつさえ竜馬自身にも危害を加えようとした。もしそれを彼女が知ってしまったら……この二人はただでは済まないだろう。竜馬としてもそれは重々承知なのだが… 「………俺が黙っていたとしても多分あの人には普通にバレるんじゃないか?」 竜馬の口から出たその一言、それはフェレスモンとブギーモンへの更なる追い打ちとなるものであった。 竜馬による止めの一撃がグサリと刺さった二人は完全に意気消沈。再起不能となってしまうのであった。 ───────────── 一方その頃、慎平に連れられ出来るだけ遠くへ逃げた遥希は… 「ありがとうございます、シンさん!おかげで助かりましたっ!」 ナンパされていたところを格好良く現れた慎平に助けられたとだけあって見るからにウッキウキのご様子である。 「逆だ逆。俺はあいつらをお前から助けたんだ。勘違いすんな」 「シンさんのツンデレ、ごちそうさまですっ!」 「だから違うって!」 まさに浮かれポンチここに極まれり。彼女の勢いを前に慎平はいつもペースを崩される。 「こう私の手をぎゅっと握って、『何やってんだ遥希。さっさと行くぞ』って反則的な格好良さじゃないですか!何気に私のこと初めて名前で呼んでくれたのもポイント高いですし!」 「わかった、わかったから!」 何を言っても逆効果だと悟った慎平は早々に弁明を諦める事にした。 そんな折、遥希はふと『シードラムネ』なる看板の屋台の前で立ち止まった。 「あまりに嬉しいのでお姉さんが何か奢ってあげます!一先ず喉も渇きましたし、ラムネで良いですか?ラムネで良いですよね?」 「端から俺の意見聞く気無ぇじゃん……良いよ別に」 「はいっ!では買って来ますので少々お待ちを!」 遥希が慎平から離れラムネを買いに行った事で一気に静かになる。 まるで息継ぎでもする様な…慎平にとってはそんな感覚だ。 正直なところ、遥希の有り余り過ぎるパワーと騒がしさに振り回されるのは体力に難のある慎平には中々に堪える。とは言え彼女は彼女なりに自分に対して良くしようとしてくれている事は明らかであるが故に悪い気自体はしない。しないのだが… 「お待たせしましたっ!全種買って来ましたよ!好きなのを選んで下さい!それとも私が今飲んでるこれにします?」 こういうとこだよなぁ…と、左手に複数本のラムネが入った袋、右手に飲みかけのラムネを持って戻って来た遥希を見て思う慎平であった。 「んじゃ、この中の奴適当に貰っとく」 露骨に渡そうとして来る飲みかけのラムネを華麗にスルーした慎平はビニール袋を受け取ると無作為にプラスチック製の瓶を一本取り出した。パッケージを見るとスカルシードラモンの絵がプリントされてある。 「シンさん、この味も美味しいですよ!飲んでみませんか?」 「いや、いいよ。俺はこっち飲むから…」 遥希は尚も諦めず自分が飲んでいるものを勧めて来るが慎平の答えは変わらない。 ぶーたれている遥希をよそに手際よく飲み口のビー玉を押し込んでラムネを飲み始める慎平。 「じゃあシンさんが飲んでるやつを私に下さい!!」 「!!?」 遥希の発言に慎平は思わずラムネを吹き出しそうになるも、何とか堪えてこれに反論する。 「…いや待て待て、おかしいだろ!何がじゃあなんだよ!?」 「シンさんが飲んでるライム味が何か凄く美味しそうに見えたんです!下さい!」 慎平は少し考えた。今飲んでいるこのラムネを渡しても遥希は間接キスだ何だと言ってはしゃぎ出すだろうし、渡さなくても騒ぎ出すだろう…。 どのみち騒々しい結果しか生まないのなら彼女の要望に応えてやった方がまだ後味は悪くないというものだ。 「……ほら。もうあんまり残ってねぇけど…」 意を決して飲みかけのラムネを差し出す慎平。 だが遥希は受け取らなかった。 先程の慎平がしたのと同様、遥希は差し出された瓶をスルーし、慎平のすぐ側にまで急接近した。 顔がとんでもなく近い…。 遥希が悪戯な笑みを浮かべた次の瞬間、両者の唇が触れ合った。 慎平の手から離れたラムネ瓶が地面に落ち、カランと音を立てる。 驚きのあまり慎平は思わず後退りしてしまうところであったが、がっしりと彼の身体を掴んだ遥希の細腕がそれを許さない。 ほんのりと熱を帯びた吐息が遥希の柔らかい唇を通して慎平の口内へ伝わって来る。 「(こいつ何やって……離れろ!てか力強っ!?)」 振りほどく事も叶わず、慎平は遥希からの口づけを受け入れるしかなかった。 暫しの時が流れ、遥希が重ね合わせた唇をそっと離した。 ようやく自由になれた慎平は飛び退き、顔を真っ赤にしてまくし立てる。 「ば、バカかお前は!いきなり何すんだよ!?」 「えへへ♪ライム味、ごちそうさまです!」 遥希は自身の唇を指でなぞりながら先程と同様の悪戯な笑みを浮かべた。 「バッカじゃねぇーの!?バーカバーカバーカ!!」 照れを隠す為、必死になって遥希に悪態をつく慎平。動揺している事が見て取れる様にIQの低下が著しい。 その時、ブギーモンとフェレスモンが二人の真上を通り過ぎた。つい先刻、遥希をナンパしようとした二人組の悪魔だ。 頭の上に輪っかを浮かべ、白く変色した背中の翼をはためかせたその姿はさながら仲睦まじくじゃれ合う遥希と慎平の二人を祝福する恋のキューピッドの様であった。 「おらは死んじまっただ〜」