しばらく抱えて歩いていると、腕の中のルクスモンが目を覚ました。 「……セヨン?」 「ゴメン、サンヒョク……ワタシ」それ以上、何を言ったらいいのかわからなくて、私は押し黙る。 「……セヨン、無理に言葉にしなくてもいいよ。ボクは大丈夫だから。」 そう言ってルクスモンは私の腕から飛び降りた。そのまま自分の脚で歩き出す。 よかった、思ったよりダメージや損傷は少ないようだ。……普段ならチェックと管理を欠かさない、そういうことに気が回っていなかった。 つまり私はそれぐらい冷静さも欠いていたということだ。プロゲーマーとして、なんと恥ずかしいことだろう。 自分より優れた者、手強いライバル、そんな相手への嫉妬なんで、今まで何度もしてきたじゃないか。 その度に私は、嫉妬心を向上心に変えて、一つ上の自分に成長してきた、はずだったのに。 また同じことを繰り返してる……これじゃヒカゲさんにもジェットさんにも、失礼だし恥ずかしい、本当に恥ずかしい。 そして何より、サンヒョク……ルクスモンの気持ちを考えなかったことが、人間として何より恥ずかしい。 「そのままじゃ風邪を引いちゃうよ。セヨン、どこか火を炊ける場所を探そう。」促されて、私はルクスモンの後について歩き出した。 突発的に飛び出してきたから、いつもの移動用バックパックは置いてきてしまっていた。 探索時に持ち歩くミニポーチ、その中から替えの下着を取り出して着替えつつ脱いだ服をルクスモンが熾した焚き火で乾かす。 「……コイツかァ。」 「仕方ないだろセヨン。」ブラの替えは入ってないから下着代わりのTシャツを着た……のだけど、私はこのTシャツがあまり好きじゃなのだ。 私の所属するプロゲームチーム「アングリータヌキゲーミング」のチームTシャツなんだけど、正直ダサい。 ダサいだけならともかく、これを着てる時にたまに耳とか尻尾が出てくる。しかもなんか動く。 実体のない立体映像みたいで触れない……のだが、なんか感触があるような気がする。 オーナーは独自のすごい技術で作ったARオブジェクトだって言ってたけど……今の私はそれを疑っている。 デジタルワールドに来てから見聞きしたものを思い起こすと、多分コレって…… まぁ、それを確かめるのは、お父さんとお母さんを殺した仇を討って、リアルワールドに帰ってからだ。 帰ったら私は日本に移ってオーナーの保護のもとで暮らす予定になっている。 確かめるのは、それからでもいい。 非常用ブランケットにくるまって一夜を明かした私が目を覚ますと、すでにルクスモンが朝食の準備をしていた。 消えた焚き火を熾しなおし、湯を沸かしている。 ポーチに入れておいた作り置きの携帯食を軽く焼いて、白湯と一緒にいただく。いつもよりもずっと簡素な朝食だ。 「……ルクスモン、ああイウの、イヤだっタ?」食べ終わった頃、私は言った。 何のことか説明しなくても、お互いにわかっていた。ルクスモンはすぐには答えなかった。 しばらく言葉を選ぶように考え、それから話しはじめた。 「僕がさ、昔は七大魔王やその眷属たちと戦ってたのは知ってるよね?」 「ウン。」 「その頃の記憶がちゃんとあるからさ……何度も殺し合った相手と同じに進化するのはちょっと……さ?」 「ウン……そうダネ。」そうだ、ルクスモンがあのデータを持っていたのは、メフィスモンと戦って……おそらくは倒した経験があったからだ。 ベルフェモンやリヴァイアモンは……単独で倒したとは思えないから、当時の仲間と共に戦って倒したのだろうか。 昨日、そのデータを使うことが出来たのは、私の怒りや悔しさにそれらのデータが反応した、のかもしれない。 だけどそれは、正しい使い方だったのか、と言うと…… 「セヨンが勝つためにはどうしてもそうしたい、って言うなら、ものすごく嫌だけど……僕、我慢するよ。」 そうだ。ルクスモンが、サンヒョクが嫌がっている事を強いるのが、正しい進化であるはずがない。 進化するのはルクスモン、エンジェモンのほうなのに、テイマーがその気持ちを踏みにじって良い訳がなかった。 「……ウウン、もうシないヨ。」私はサンヒョクを、ルクスモンを抱きしめる。 「今度ハ、サンヒョクの望む進化をシよウ。」たった一人残った弟を、悲しませたら姉失格だ。 とりあえず、みんなの所に戻ることにした。マサヒロくんも、ヒカゲさんも、きっと心配してるだろう。 僅かな荷物をまとめ、焚き火の始末を…… 「セヨン!」ルクスモンの大声と共に、スマートグラスに情報が表示される。 高空より急速接近する物体あり。数は不明……いや、3体。おそらく……ううん、間違いなくデジモンだ。 3体は信じられないようなスピードでこちらに向かって急降下してくる。 焚き火の煙が見つかったのだろう。少しこちらが動き出すのが遅かったか。 それらは地上に激突する寸前で逆噴射して急制動をかけた。猛烈なエアブラストが土煙と水蒸気を巻き上げて視界を奪う。 巻き起こる風から両腕を交差させて顔をかばいつつ、手にしたデジヴァイスiCにデジソウルを込める。 デジソウルガンは……マサヒロくんの所に預けたままだ。 「デジソウル、チャージ!」 「ルクスモン進化、エンジェモン!」取得できてるデータは、それらがプテラノモンであると示していた。 ということはつまり…… 「おうおう、やっぱ死んでなかったぜ!」 「久しぶりだなぁ、選定者サンよぉ!」 「っつーことはあれか?そこのブサいガキがテメェのパートナーって訳かい?」 3体とも全く同じ姿をしたプテラノモン、まるで三つ子かクローンかというぐらいに個体差を見て取れない。 現にスマートグラスにも『ほぼ同一』と表示が出ている。……いや、デジモンなんだからコピー&ペースト、なのか? 「貴様ら……トリプテラノ三兄弟!」エンジェモンが怒りの咆哮を響かせる。 「じゃあちょうどいいや。」 「これで親子三人仲良くあの世で暮らせるってもんだな。」 「いやぁ、俺達って優しいよなぁ!」 なるほど、やっぱりこいつらが。 「ついでにペットも一緒に送ってやるよ。」 「あーでも兄弟、こいつデジタマに戻っちまうからやっぱり死に別れになるんじゃねえ?」 「じゃーデジタマに戻らねえよう丁寧にデリートしなきゃな!」 下品な笑い声。完全にこちらを舐めているのだ。無理もない、戦力差が大きすぎる。 「全く、バルチャモンが消滅したって言うから来てみたらなぁ」 「こんな成熟期一匹にやられたのかよあいつ。情けねえなあ。」 「とりまコイツ殺してジェネラルへの手土産にするか。」 ジェネラル?……そうか、こいつらにも、テイマーに相当する奴がいるってことか。 そんなことよりも。 「ねえ、エンジェモン。」私は低空でホバリングするプテラノモンどもから目を離さずに尋ねる。 「アイツらが、お父さんとお母さんの、仇、なんダネ?」 「……ああ、そうだ。」エンジェモンが歯ぎしりをする。 「ソッカ……。」不思議だ。 「あぁ?なんだコイツ、もしかして仇討ちのためにデジタルワールドに来たのか?」 「だとしたらずいぶんご苦労なことだな。」 「だってわざわざ俺達に殺されに来たようなもんなんだからなぁ!」 いざ、親の仇を眼の前にすると。 こんなに頭がすぅっと冴えて、冷静になれるものなんだ。 バトルインターフェース、展開。トランスポンダ、オン。 私は状況を分析し、無言で戦闘行動を開始する。 私はすぐ近くの消しそびれていた焚き火からまだ燃えている枝の中か比較的太くて長い――場合によっては松明として使う目的で焚べていた枝を手にする。 スマートグラスを通じてエンジェモンには時間稼ぎを指示する。即ち、敵の攻撃を回避することに専念しつつ、隙あらば一撃をいれる。 しかし三位一体なプテラノモンどもの攻撃は連携と精度、何より速度に優れていて、一撃いれるような隙がまるで生まれない。 幸いなことにテイマーである私は放置されている。舐められている、というだけではない。 あいつらはエンジェモンを嬲ることを楽しむあまり、他の2体に美味しいところを持っていかれないように牽制しているのだ。 あんなに連携取れてるのにそう振る舞う有り様は、何かいびつなものを感じる。 でもおかげで私はかなり自由に動けている。私は周囲を駆け回って、簡単に葉や枝を寄せ集めては片っ端から火を着けていく。 地面にあるものを集めている事もあって、湿り気の多いそれらは着火しても激しく燃えることはなく煙を出して燻るばかりだ。 だけど私はその行動をひたすら繰り返す。だって『火を燃やす』ことが目的じゃないから。 そうしてる間に、エンジェモンには少しずつダメージが積み重なっていく。 牽制し合っていても、その攻撃は正確で回避に専念してることもあってかろうじて致命傷は免れている。 あるいは少しでも長く楽しもうと、あいつらが手を抜いているのかもしれない。 どうやらそんなに長くは保ちそうにない。間に合うかな……? 「……ん?何か煙たくねえか?」 「あっ、あのガキ、火ィ着けてやがる!」 「なるほど、煙に紛れて自分だけ逃げようって腹か。」 どうやら逃げるための煙幕だと思ってるようだ。それは半分正解だ。 「逃げられると面倒だ、誰かアイツ抑えとけよ。」 「は?俺やらねえぞ。俺はまだコイツと遊びてぇんだ。お前やれよ。」 「ざっけんな!そうしたら俺がコイツを殺せねえじゃねえか!言い出しっぺがやれよ!」 こっちを放っておく気はないが、エンジェモンも餌食にしたい連中はいがみ合いをはじめた。 「ヘブンズナックル!」その隙を見逃さず、エンジェモンが近くの個体に拳を振るう。 「うおっ!……危ねぇ危ねぇ!」 「何やってんだよマヌケ!」 「どうする?とりまコイツ動けなくしてからガキをヤるか?」 エンジェモンの攻撃は回避された。まだあいつらの口論は続いてるけど……時間稼ぎもそろそろ限界みたいだ。 「あーっ、まだるっこしい!俺らがコイツを抑えておくからお前はあのガキを捕まえろ!」 「そうだな!両方同時に痛めつけるって手もあったな!」 「オッケーわかった俺があのガキを捕まえる!」 まずい、1体が私に狙いを定めた。エンジェモンは……1体に両脚で抑えつけられてしまっている! 「セヨン!」エンジェモンが私の名を呼ぶ。 「サンヒョク!」私も思わずエンジェモン、いや弟の名を呼んでしまう。 プテラノモンの尖った口先が、私に迫ってきた。 もはやこれまでか、その瞬間だった。 「黒縄大熱波!」プテラノモンに真横から炎の奔流が叩きつけられた。 「ぐわあっ!なっ、何だぁ!?」プテラノモンは大きく体勢を崩して横向きに墜落した。 ただし、低空だったので大したダメージは受けてない。しかしそこに再び大火炎を浴びせられ、その外皮が灼かれる。 「大丈夫か、セヨン!」炎が飛んできた方向を見ると、マサヒロくんとヒノクルモンさんがこちらに駆け寄ってきていた。 彼の手にはデジソウルガンが、そして少し後ろには息を切らせながら走ってくるヒカゲさんが見えた。 「ヨカっタ、間に合っタ!」 「やっぱりここにいたのか、セヨン……探したぞ。」そう言いながらデジソウルガンを差し出す。 「ちゃント、届いテた?」 「ああ、こいつのおかげでな。」彼が示すデジソウルガンの表示部分には、『ホスト:至近距離』の文字が浮かんでいた。 私は戦闘開始時にトランスポンダをオンにして、マサヒロくんが持ったままのデジソウルガンに向けて、スマートグラスの位置情報を発信していた。 それに加えて湿った葉や枝を燃やして煙をおこすことで、私たちがいる場所を知らせていたのだ。 マサヒロくんならデジソウルガンの異変に気づくはずだし、ソーラーモンさんの性格なら私たちを捜すようマサヒロくんに進言するだろう。 そう読んだ私の賭けは当たったのだ。……本当に危ない賭けだったと思う。二度とやりたくない。 「ありがトウ、マサヒロくン!」受け取ったデジソウルガンに、私はデジヴァイスiCを挿し込む。 デジソウルが装填され、発射可能になったそれを私は音声入力でモードチェンジさせ、同時にエンジェモンに思考入力で指示を出す。 「バレル展開、モードK!」膝立ち姿勢で構える。 「新手かぁ?だけどまだ俺達の方が数が多い!」 「そうだ、とりあえずお前はそいつを抑えておけ!アイツは俺達でヤる!」 狙いは相談してるプテラノモンたち、そのうちエンジェモンを脚で踏みつけにしてる方。 私のかわいい弟を足蹴にした報いを受けろ、下衆め。 トリガーを引くと、デジソウルガンから大きな破壊の光弾が放たれた。 「なんだあの武器は…何だテメェ!」エンジェモンがそいつの両脚を掴んだ。これで逃げられない! 「はっ、離せ!はなっ、うわあああっっ!!」光弾はプテラノモンの胴体に命中し、そのまま抉り込むように突き抜けていく。 胴体はそのまま消滅し、残った脚と翼と頭も遅れてデータの粒子になって霧散していく。 拘束を解かれたエンジェモンから、スマートグラスにメッセージが届く。 『イマナラボクガノゾンダシンカガデキル セヨントトモニタタカウタメノ アタラシイシンカガ』 「デキるノ、エンジェモン!?」思わず口に出た。 『ダカラセヨンノデジソウルヲ ボクニ!』 「分かっタ、行くヨ、サンヒョク!」私は立ち上がると、一発撃っただけで空になったデジヴァイスiCを引き抜く。 ありったけのデジソウルを、そこに注ぎ込む。 「デジソウル、フルチャージ!!」 「エンジェモン、超進化!!」エンジェモンが宙に浮き、光り輝く。 光でできたパーツ群が体を覆い、その形を変じていく。そして現れたのは―― 「シャァァァイニングゥ!エンジェモンンン!!」 完全体へと進化したサンヒョク、シャイニングエンジェモンがそこに立っていた。 「か……完全体だとぉ!?」 「知らねぇ!俺こんなデジモン知らねぇぞぉ!」数的有利を失い、プテラノモンが目に見えて慌てている。 情けない。こんなのが、わたしのお父さんとお母さんを殺した仇なのか。 でもそれは彼らを許す理由にはならない。私を舐めてかかった奴には、相応の報いを与えなくては。 「くっ、ビークピアッ!?」近い方のプテラノモンが鋭い吻で突き刺そうとする。 しかしシャイニングエンジェモンはそれを左掌で受け止める。ただの掌ではない。 その表面をビームで覆われた、絶大な破壊力を秘めた掌だ。 「僕の拳が光って唸る!」続いて右拳がビームを纏う。左掌と指が、プテラノモンの頭部を鷲掴んで食い込んでいく。 「仇を討てと!轟き叫ぶ!」右拳の光が強くなる。掴み上げられ、プテラノモンの両脚が宙に浮く。 「ひっさぁつ!シャァァァイニングゥ、ナッコォ!!」拳がプテラノモンの胸を中のデジコアごと貫き、同時に左掌が頭部を握り砕いた。 晴れていく煙とともに、そのデータが粒子となって風に流れて飛んでいく。 「くっ……こうなったらこのガキだけでも!」残った1体が私の方に飛びかかってくる。 最後の悪あがきか、それとも人質に取って事態を打開しようと考えたのか。 どちらにせよその目論見は失敗した。 「モードチェンジ、マスティフ!」デジソウルガンのバレルを一部展開、散弾モードに切り替える。 「ムルダ(噛み砕け)!」近距離から猛犬の牙を喰らった翼竜はその痛手に足を止める。 「がっ!……このガキィ!」私を睨みつけるその視線が一瞬だけ遮られる。 「無事か、セヨン。」ヒノクルモンさんが私とプテラノモンの間に割ってガードに入ったのだ。 「ヒノクルモンさン!アリがトウ!」 「仕方ねえ!サイド・ワインダー!」プテラノモンが両翼のミサイルを一斉発射され、こちらに向かって飛んできた。 「セヨン、ワレの後ろに……!?」ヒノクルモンが驚いている。私は驚いていない。予想通りだ。 ミサイルは途中で軌道を大きく曲げ、全弾がシャイニングエンジェモンの方へと転進する。 バカね、チラチラとサンヒョクの方を見ながら撃ってたら本当の狙いがモロバレじゃないの。 すでに私はシャイニングエンジェモンに指示を出している。同時にデジソウルガンを変形させる。 こうなると次の行動はもう決まったようなものだ。 「覇ァッ!」ビームを纏ったシャイニングエンジェモンの両手が、押し寄せるミサイルを次々と迎撃する。 『攻撃を受け止める』ビームシールドを、攻防一体のビームハンドとすることで防御力を落とさずに攻撃力を上げる。 それがサンヒョクの、エンジェモンの選んだ進化だ。 敵のミサイルを全て『捌き』きった時には――プテラノモンはすでに離陸、急上昇に入っていた。 「仕方ねえから逃げるぜ!そんでもって、ジェネラルに報告だ!」 そっかそっか、こいつらにお父さんとお母さんを殺させた誰かがまだいるんだ。――許す、ものか。 そしてお前も、逃がしはしない。 「モードセンチネル、セット。」静かに息を整えて、狙撃モードのデジソウルガンをプテラノモンに向ける。 一直線にここから逃げていくから背中が、そこにあるジェットノズルが、まる見えだ。 無言でトリガーを引く。初速と貫徹力を最大にしたデジソウルの弾丸が一条の光を引く。 その光はノズルへと吸い込まれ、直後に炎と煙が噴出する。 何かを叫んでる。おそらく悪態をついてるのだろうが、もはや遠くて聞こえない。 飛べなくなるほどの致命傷ではないようだが、もう上昇や加速は無理なようだ。回避機動もろくにできないはずだ。 お前の失敗は私の射程とエイムを甘く見たこと、そしてシャイニングエンジェモンが純粋な格闘戦型デジモンであると勘違いしたことだ。 「サンヒョク、ワタシの視界を転送スル。見えル?」 「ああ、バッチリだよ姉さん。」シャイニングエンジェモンは両腕を高く掲げ、両手のビームを凝縮させる。 それは程なく身の丈ほどもある巨大な光の剣の形になった。 「光を変じて刃となれ……超必殺!」左手をプテラノモンに向け、右拳を剣の柄頭の部分に添える。 「秘剣!エクスキャリィッ!!ヴァーストォオオオ!!!」叫ぶと同時に柄頭を渾身の力で殴った。 それにより光の剣は矢の如き疾さで上天の翼竜へと差し迫る。気づいたそいつは懸命に回避しようとする。 無駄なことを。 シャイニングエンジェモンの左の手刀の指す方向にホーミングするそれは、私と彼の両方の視覚情報によって精確に誘導されている。 回避力の落ちた、ただ飛んでいるだけの奴がどう足掻こうと躱せる筈もない。 光剣はプテラノモンの尾を割いて胴を貫きその切っ先は喉から飛び出てその目と同じように開かれた口から覗いていた。 「バーストォ、エンドォオオ!!」シャイニングエンジェモンが手刀を強く握ると同時に。 光の剣は爆発し、最後の一体は木っ端微塵となって消滅した。 「セヨン!」「セヨンさん!」マサヒロくんとヒカゲさんが駆け寄ってくる。 同時にヒノクルモンさんはクロスアウトしてソーラーモンリペアさんとキャンドモンさんに戻った。 シャイニングエンジェモンも、消耗したのかルクスモンに退化して地面にへたり込んだ。 「二人とモ、助かっタヨ!ありがトウ!」笑って言う私に一瞬だけ安堵し、そしてすぐに不安そうな表情になる二人。 「ドしタノ?」 「……あ、そのさ、だ、大丈夫なのかな、って。昨日……」……ああ、そうか。 昨日の私たちの、あの禍々しい進化のことを心配してるのだ。具体的には、それで私が大丈夫なのかを心配してるのだ。 「ウン、もウ大丈夫!心配カけてゴメン……アッ。」 見れば、マサヒロくんの顔が不安から安堵、そしてしかめっ面へと目まぐるしく変化した。 「ごめん、じゃないだろ、全く。心配したんだぞ、本当に。」そう言ってマサヒロくんはヒカゲさんの方に視線を向けた。 「日影なんか昨日からずっとお前のことを心配してオロオロしてたんだぞ。まずは日影に謝るんだ。」ううっ、腕組みするマサヒロの言葉が耳に痛い。 「そう言っておるが、マサヒロも昨夜からずっとセヨンの事を心配して険しい顔をしていたではないか。」 「ソーラーモン!余計なことを言うな!」マサヒロくんはそう抗議したけど、ソーラーモンリペアの視線はあらぬ方を向いている。 わざとやったのは明白で、思わず笑いそうになったけどなんとかこらえた。ここはそういう場面じゃない。 「……ホントウに、心配カケてゴメンなサイ。ワタシのコト、探してくれテ、そしテ助けてくレて、ありがトウ。」 私は心の底から申し訳ない気持ちになって、二人と二体に深く頭を垂れた。 「そっ、そんな謝らなくていいよ!」慌てた様子のヒカゲさんに対し、 「……まあ、反省してるなら、俺からはこれ以上言うことは無い、けど……。」腕を組んだまま少し顔を逸らして口をとがらせるマサヒロくん。 「ウン……アリガト、ゴメンね。」 「だからもういいって。」とうとう耐えきれなくなって、私の顔から笑みがこぼれる。 少し遅れて、ヒカゲさんも口元を綻ばし、ルクスモンは口元をニヤリとさせた。 ソーラーモンリペアさんの表情は一見変わらない。でもきっと、笑っているのだろう、片手の歯車がくるくると回っている。 両親の直接の仇を倒せたとか、その裏に黒幕がいるらしいこととか、ルクスモンが完全体に進化したとか、いっぱいあったけど。 とりあえず今は、この二人と出会えたことが、心の底から嬉しいと思った。 (了)