「もう秋か…」 すっかり紅葉の秋を迎えた山々を見渡し、カンラークの元聖騎士・イザベルは独り呟いた。 楓並木の間には紅葉が散り敷かれ、まるで自身のために敷かれた紅い絨毯のようだ。 魔王モラレルは勇者たちの手によって討伐され、世界に魔物による驚異は取り除かれたとはいえ、まだ各地に魔王軍残党が蠢いている状況、イザベルはその実力を買われ各地から残党討伐の応援のために各地を転々とする日々が続いていた。 「秋の色どりとは、これほど見事なものだっただろうか?」 足元に落ちた紅葉の葉を拾ってひとしきり物思いに沈んだ彼女は、やがて一つの結論に至ってフッと苦笑いを浮かべた 「いや…変わったのは私の方か」 そうだ、以前の自分は聖都カンラークを滅ぼした魔王への、数多くの聖騎士を屠ったエビルソードへの、そして英雄と呼ばれる身でありながら聖騎士を裏切りエビルソードへの軍門に下ったボーリャックへの憎しみに骨の髄まで憑りつかれていた。 かつて自身が憧れた存在の裏切りはそれほどまでに大きかったのか。 片腕を失いし苦痛と喪失感すらも憎しみに変えて魔王軍と、堕ちた勇者・ボーリャックを討つことのみを考えていた日々を振り返ると、心に再び暗い澱みのような影が差すのを感じる。 もし、私が静止するクリストやイゾウの声を聴かず彼に斬りかかっていたら、彼の裏切りがスパイ工作だと知ることもなく、ただ彼を追い詰めることの身に生き続けてたら今頃自分はどうなっていただろうか (いかんな) ぶんぶんと首を振り、再び歩みを始める。まだ魔王軍の残党は多くいる。今はひたすら剣を振るい、迷惑をかけた同胞たちに報いなければ。 でも、たまには。 「奥山に 紅葉踏み分け 鳴く鹿の、声聞くときぞ 秋は悲しき か…」 この依頼が終わったら、暫く休暇を貰おうか。クリストか若しくはサーヴァインの所におせっかいになろうか。あの二人に懸想を寄せる女とは進展があったのか、それとなく聞いてみるか。 そうだ、今度はボーリャックのところに顔を出してみたらあの人はどんな顔をするだろうか? こんな考えが浮かぶのも秋の寂しさのせいだ。そう思うことに決めイザベルは足を速める。 その顔には笑みが浮かんでいた。