百獣の勇者ウサフリード&幻剣のイナリス/神速のジュダ&シュバルツ・キリシマ/神速のジュダ&アナベラ・ライアー/神速のジュダ&漆黒の勇者イザベラ/シュラド・ヴァルキュリア&カースブレイド/マヒアド&ノネッタ/勇者ボーリャック&腐聖女マリアン 百獣の勇者ウサフリード&幻剣のイナリス  キスをする?あの、ウサフリードと?  それはならぬ、とイナリスは思う。ウサフリードを腕に抱く者には、彼女に並び立てる力がなくてはならぬ。ウサフリードは偉大な戦士だ。よこしまな手段で穢してはいけない……しかし……しかし、いくら修練を積んだとて、ウサフリードを打ち倒しうるだろうか、このイナリスが?  イナリスの脳内を無限の思考が走る。フリーズするイナリスの手を、ウサビットの小さな手が握る。 「イナリス」 「はうっ」  ウサフリードは恭しくイナリスの手を持ち上げ、その甲に口づけた。騎士が乙女にするように。  かちりと鍵の外れる音がした。 「ウサフリードは戦士ゆえ、乙女の作法がわからぬ。許せよ」  イナリスは全身の毛を膨らませて、ウサフリードの小柄な背を見つめた。手の甲には未だ、彼女の口づけの感触が残っていた。  なぜ驚く理由がある。たかが接吻ではないか。しかも手の甲だ。邪心など起こす理由はない。ウサフリードが戦士だなどと、とうに知っていたではないか。自分は何かを期待していたのか?  なんと不純な男だ、イナリス。 「うおおおお……!」  イナリスは狼のような叫びを上げた。  彼の鍛錬はこの日を境に、常軌を逸して厳しいものとなる。 神速のジュダ&シュバルツ・キリシマ 「キスしないと開かない部屋やて、趣味悪……」  閉ざされた扉に示された文字を読み終えたほぼその瞬間、シュバルツ・キリシマはジュダの肩を引っつかんだ。  キリシマの唇がジュダのそれを、衝突するように塞いだ。鍵がかちりと鳴る。 「開いたな」  キリシマは舌なめずりしながら、ジュダを解放した。 「あほ」 「何がだ」 「いきなりチューすることないやん」 「すれば開くと書いてあった」 「罠かもしれんやん」 「開いただろうが」 「うちがびっくりしてる隙に、敵に襲われたらどないするん」 「倒せばよかろう」 「なーんも考えとらん。ほんまにあほやキリシマ」  ぷりぷり怒るジュダの顔を、キリシマは普段通りの無表情で見つめた。 「面倒だな、ジュダは」 「なっ……」  実を言えばジュダは、本気で怒ってはいない。普段からかっているキリシマに不意を打たれてしまい、少し決まりが悪かっただけなのだ。でも面倒ゆわれたら怒るしかないやん。キリシマは阿呆のでれ助のトーヘンボクのこんこんちきや。本格的にむくれだしたジュダを見て、キリシマは一瞬勝利の笑みを浮かべた。 「かわいいと言った方がいいか?」 「なっ……!」 神速のジュダ&アナベラ・ライアー 「キスなんてどってことないない」  嘘だった。 「アナちゃん、うちのことども思ってへんやろ?うちかてそうや。女の子同士やもん」  これも嘘だ。 「アナちゃんかいらしいし、すぐ素敵な彼ができるわ。ファーストキスはその子にあげたことにしとき。こんなんキスのうちに入らんて」  アナベラにはわかってしまうのだ。ジュダの嘘が。その嘘が心底自分を思ってのものと、知っているからこそ、なお哀しい。 「ジュダ」  アナベラは身を乗り出し、囁いた。両手でジュダの顔を挟む。いつも笑顔のジュダが、怯えたように表情を強張らせる。 「嘘をつかないで。嘘しか言えないなら、何も言わないで」  ジュダの笑顔が崩れた。瞳が震える。その瞳を覗き込む。見つめ合う目と目の間に、嘘の入り込む余地はなかった。 「私だけを見て……」 神速のジュダ&漆黒の勇者イザベラ  イザベラの渾身の魔術も、ジュダの必殺剣も、扉を壊すどころか、傷一つつけることも叶わなかった。 「開かへんなあ」 「うん……」  何の責任もないのに、イザベラはひどくすまなそうな顔をしていた。背の高いイザベラだが、うつむいた顔は、なんとも言えず子供っぽい。 「しゃあないな。キスしよ」  イザベラの頬がぱっと紅潮する。ジュダからアプローチしなければ、永遠にここで立ち尽くしていたかもしれない。そんなことを思わせる、初心な反応だった。 「悪いけどしゃがんでな」 「うん……」  背をかがめたイザベラに合わせて、少し背伸びした。顔と顔が近くなる。耳まで真っ赤になった顔を見て、ジュダは苦笑した。 「そんな照れんでもよろし。虫にでも刺されたと思たらええんよ」 「ジュダは虫じゃない」  イザベラの声が急に硬くなった。戦場に立つ時と同じ、凛とした声。イザベラは自身のためには怒らない。けれど、他人のためには本人以上に怒れる人だった。 「そんな顔せんといて。変なこと言ってごめんな」  イザベラの悲しげな顔がほどけ、真剣な表情が浮かぶ。 「謝ってほしいんじゃないの。私はただ……ジュダが大事なだけ。ジュダはすごい人だし、やさしい人だもの」 「そんなん今言わんといて、照れてまうやん……」  大きな黒い瞳が、円く見開かれている。イザベラはいつも、表情で損をしている。普段の彼女は伏し目がちで、顔には暗い笑みか、厳しい表情のどちらかしか浮かばない。だが、こう真面目な顔で、じっと見つめられると…… 「ほんま照れてきたわ……どないしょ……」  イザベラはまた赤くなった。そして、背を折り曲げて顔を寄せ、ジュダの頬にちょこんとキスをした。 シュラド・ヴァルキュリア&カースブレイド  見えない斬撃が走った。カースブレイドはそれを、立つ位置を変えぬままに躱した。  ばん、と机が跳ね上げられる。カースブレイドはぞんざいに小物を払い、指を一本差し出した。飛んできた机はその指一本に軌道を変えられ、衝突どころか、視界を遮ることさえ叶わなかった。 「さて……どうしたものか……」  目に見えない何かが襲ってくる。斬撃、フェイント、目くらまし。カースブレイドはそのことごとくを、苦もなく払いのけながら、平然として呟いた。  斬るだけなら簡単だ。姿の見えぬ透明人間であれ、実体のない幽霊や霧の魔物のたぐいであれ、カースブレイドに斬れぬものなど(あのエビルソードを除けば!)存在しない。しかし、この正体わからぬ相手と、キスをせねばならないという。おとなしく説得など聞く相手ではないと、既にわかっている。ふんづかまえて抑え込み、無理やり唇を奪うしかない。女かどうか、どころか、姿かたちさえもわからない相手の唇をだ。巨大ななめくじの魔物かもしれん。 「拙者なんか悪いことしたか?」  カースブレイドは何も見えない空間に向けて問うた。答えは斬撃ひとつであった。 マヒアド&ノネッタ  ノネッタとキス!?マヒアドは雪虫の妖精の姿を、生まれて初めて目にしたかのように、まじまじと見つめた。  彼女に情欲を感じたことは一度もない。単純に関係が近すぎるせいでもあれば、幼く見える彼女を、どこか妹のように感じているせいでもあるし、子供を産めば死ぬ彼女に性欲を向けることを、無意識が抑制しているせいでもあろう。万が一、億が一……自分のせいで彼女が妊娠し、子供を残して死ぬことになれば……そんなのはかわいそうすぎる。二度と立ち直れない。  キス。キスといえば、この前食べた天ぷらはまことに美味だった。今年ももうじき魔ワカサギのシーズンだが、冬の釣り大会は……。 「何ぼんやりしてるんです?」  ノネッタはため息をつき、つま先だって……も届かないので、ふわりと浮き上がってマヒアドの額にキスをした。 「なんですか、キスくらいで」  マヒアドは額をさすった。うんと昔、少年の頃に、ノネッタに「おでこにチュー」をされたことがあるのを、唐突に思い出した。それは実際には忠誠のキスだったのだが、多感な少年には少し刺激が強かった。しばらくノネッタの顔を直視できなかったのを覚えている。  あの頃のノネッタは、マヒアドよりも少し大きかった。世話焼きな性格も相まって、彼女は随分とお姉さんに見えていたものだ。氷の魔王マヒアドは長命種だが、そんな彼にも少年の時代はあった。その頃からノネッタは、変わらない姿で仕えてくれていたのだ。  ノネッタは妹ではなく、姉でもなく、ノネッタなのだ。マヒアドは立ち尽くしたまま、しみじみと思い出を噛みしめる。 「マヒアド様、また閉じ込められちゃいますよ!急いで!」 勇者ボーリャック&腐聖女マリアン 「キスなんか初めてじゃないじゃん」  マリアンは椅子に腰掛け、足をぶらつかせてクスクスと笑った。 「『聖女マリアンより、聖騎士にして勇者ボーリャックに祝福を授けます……』ほら、しゃがみなよ、勇者ボーリャック」  ボーリャックは跪く。祝福のキス。かつての聖都カンラークにおいて、聖女たちが戦いに臨む聖騎士たちに贈った魔法。彼女はもう聖女ではなく、人間ですらなく、ボーリャックも聖騎士ではなく、カンラークという都市は消滅した。二人を取り巻く全てが変わった後で、二人は再び向き合っていた。 「『……汝祝福されしものが、正義のため、無辜の人々のため、よく戦い、よく尽くすことを望みます』はい、おしまい」  髪の毛に触れるか触れないかのキスをして、マリアンはまた笑った。 「おー、開いた。雑〜」  何を言えばいいかわからなかった。笑えばいいのか、悲しめばいいのか。マリアンは冗談めかして言う。 「よく戦いなよ、正義のため、無辜の人々のため」