いま・ここ 1 かけがえのない絆というものは、 具体的にはどういうものだろう? どんな困難の前でも共に居られる信頼? 言葉を交わさずとも通じ合えるほどの深い理解? 或いは... 身も心も共に互いに殉じ合う関係? ... ...... ............ 「そんな...ここは...」 声が、聞こえる 目を、開ける。 見える。 満点の星空が見える。 自分が仰向けの姿勢になっている事が判る。 幽かに霞がかった思考で記憶を辿る。 (「幸せです、本当に...幸せでした...。」) ・・・・・・・・ かけがえのない絆を感じたあの時。 その言葉に答えるように、自然と言葉が出た。 「スティル...?」 「...っ...!」 息を呑む声 間をおかず視界の端から覗き込む 紅い瞳、夜空に瞬く星々に照らされる白い肌 驚きと困惑が入り混じった表情 ・・・・・・・・・・ 意識して目を合わせる それは紛れもなく 「トレーナー...さん...っ!」 スティルインラブだった。 記憶を辿るのを止め、起きあがろうとする。 力が、入った。 上体を起こして、向き直る。 何が起こっているのか、 どうしてここに居るのか、 解らなかった。それでも確かに判る事。 スティルが、ここにいる。 相変わらず、それ以外の今に至る流れは曖昧だ。 けれど浮かんだ考えを素直に言葉に出す。 「帰ろう...。」 スティルの表情から困惑が薄れ 目の前にある事実を確かめるよう、 ふとしたような表情に移り変わった一瞬。 スティルは噛み締めるように間を置き、 両手で手を握り、言った。 「はい...一緒に、帰りましょう...。」 そうと決まればと思い、立ちあがろうとする。 やはり力は入るが重い。 スティルが支えるように、 共に立ち上がるようにしてくれたお陰で 楽に立つことが出来た。 目の前には、自然の豊かな田舎道が広がっていた。 地面には草花、人足で築かれた土が道を成している。 緩やかな追い風が背中を優しく撫ぜているのが判る。 奇妙なほどの確信があった。 この道を辿れば知っている場所に辿り着ける。 手に伝わる握り返す確かな「ここに居る」感覚... それが自分の胸の奥深くを暖かくした。 一歩一歩踏みしめて確かめる様に進んで行く。 背の差からくる歩幅の差を意識して気遣いながら。 握り返す感覚と温もりを強く強く意識しながら。 視界の端にスティルを入れながら。 今ここに、確かに存在しているという事を確かめながら歩き続けた。 2 ......どのくらい歩いただろうか? 田舎道を抜け、鄙びた道と川沿いの道を下り、 河川敷を歩き続けて 時間の感覚はまだ曖昧だが、戻ってきたという確信があった。 見慣れた道、記憶を辿り、今も2人で歩いている事を確かめる。 連綿と続いている街灯が、往く道を照らしていた。 そういえば...時間はどれくらい経っているのだろうか? 確かめる術を考え始めた。確かスティルの退学届はまだ受理されていなかったはずだ。 ひとまず学園を当たろうと考えるも、 学園は閉門していた。思えば帰り始めた時から夜だったのだから今は相当な夜更けなのだろう。 ふと頭に浮かぶ。 そういえば、寮の鍵はどうしていただろうか? そんな事を考え、戻って来たのだと言う実感が朧げなら湧いていた。 鍵は...ある。意識して感じ取れるポケットの膨れ。 コウモリのキーホルダーが存在を訴えたようだった。 夜更けであろう時間で学園の関係施設で当たれるのはトレーナー寮の自分の部屋だ。 どれほど時間が経っていたのか解らないままに自室の鍵を差し込む。 かくして 扉は開いた...。 部屋の明かりをつける。 直ぐに時間を確認できるものを探したが見つからない。 部屋の目覚まし時計は電池が切れており秒針が動いていない。 スマートフォンやパソコンなど日時を確認できるものも見つからない。 引き出しを開けると、封をされた茶封筒があった。 封筒の表には「不在中における安全確保のため、学園が一時保管しました」と記されていた。 中身は返却申請用の書類。学園らしい厳格さに、思わず苦笑が漏れた。 そこまで考えようやく幾ばくかの安堵感が湧いて来た。その間に寝具を用意する音と水道の水とそれを汲む音。物音に振り返るとスティルが布団と水を用意してくれている所だった。 「ありがとう...」 マットレスに腰掛け、座るように促す。 隣には座らず、向かい合う形になる。 差し出されたコップに触れた後が暖かい。 互いに一口二口と水を飲み、冷たすぎず、温くもない、水が喉を降りる感触を経て、ようやく一息つけた実感が湧いてきた。 そして少し先の事に考えが行く。 「少し、バタバタしそうだな。」 「......。」 何かを言いかけたような、言葉にならない声が漏れる。 記憶を振り返ると、スティルが姿を消したのは半年。 それからどれ位の時間が経っていたのかは正直...判らない。 (でも...) 今の状況を振り返る。 変えられていない鍵、 学園保管の処理となっている通信端末、 通されているライフライン。 未受理の退学届、 スティルを探しに出る前のアドマイヤグルーヴと、ネオユニバースの言葉を思い出す。 そして、スティルのぬいぐるみを抱えていた幼い子供の事も。 幾らか鮮明さを取り戻した記憶から 自分たちの存在が赦されている実感が、朧げながら見えて来る。 「「きっと...」」 言い掛けた言葉のタイミングが被る。 「「......」」 しばしの沈黙。 互いに譲り合っているのが、手に取るように判る。 だからあえて自分から切り出す。 「きっと、大丈夫だよ。」 確信を込めて言う。 深い息と、ため息の間ほどの息が漏れた。 視線をカーテンの方に向ける。 カーテンのわずかな隙間から見える空が、白んでいた。夜と朝の間に、確かに自分たちは居る。 3 ややあって、インターフォンが静寂を突き抜けた。 互いに握り合っていた手に電流のような不随意の動きが伝わる。 互いに顔を見合わせ、促しあうように視線を交わし、手を繋いだまま立ち上がり、応答する端末のモニターを覗き込んだ。 そこに映っていたのは、たづなさんだった。 もう一度インターホンが鳴らされる。 握る力がわずかに強くなるのを感じつつ、一呼吸おいて応答のボタンを押した。 「はい...」 意を決して応答する。 今度はカメラの前のたづなさんが口に手を当て、一呼吸おいた様子が見えた。 「トレーナーさん...!あの、たづなです。戻ってらしたんですね? …あの、色々とご確認を取りたい事がございまして......。」 言いかけるようにして、こちらの返事を待つように沈黙する。恐らくこれだけの早朝に来ると言う事実と状況の背景を併せ、部屋に上げない選択は無かった。 「...ッ、今開けます...!」 そう返し、スティルの手を握ったままたづなさんを迎えた。 ...... ... たづなさんを椅子へ促し、自分とスティルはマットレスの上へ。本来であれば不適切な状況ではあるが、事実確認を急ぎたい気持ちが互いにあったのも確かだった。 「良かった、お二人とも...。」 両手を胸に当て、たずなさんが溢すように言葉を漏らす。思わず漏れ出た本音だったのだろう。 「あの...」 そう感じるが早いが、こちらも問いの言葉が先走ってしまう。一瞬迂闊だったと感じ、たづなさんを見るが言葉を待つような沈黙と空気に、後の言葉を続けた。 「今は何年の何月なんですか?」 気になっていた事を躊躇わずに問う。 「今は、〇年の〇月〇日です...」 上半身をじわりと広がる言葉にしがたい感覚が包んだ気がした。スティルを握る手に少しだけ力をこめていたのを間をおいて自覚した。 スティルを探し始めてから約半年、スティルが失踪してから1年弱が経っていたのだ。 「......そうですか...」 数度呼吸をして、自分が口での呼吸になっていた事に気づく。更に数度の呼吸で学園側で起きたであろう出来事に想像が行く。 「この度は、本当に...」 「ご無事で良かった...本当に...」 深い謝罪の意の言葉を遮るように、たづなさんが先走る形で言葉を漏らした。 その後、しばしのやり取りをする。 迂遠な言い回しに多くの奔走があった事が窺えた。 一呼吸おき、たづなさんが確認する 「もし...大丈夫でしたら、理事長に今ご連絡をしたいのですが...?」 スティルと目を合わせる。 引き延ばす意味は無かった。 互いにたずなさんに向かって頷く。 すぐに話は終わった。 これから理事長と三者での面談になる。 車で学園へ送ってくれる流れになった。 たづなさんに促されてスティルと外に出る。 早朝になっていた。東からの太陽が見えた。 ...眩しい。燃え尽きた様な白。 何も書かれていない。 そんな白紙の様な白い光が、空を照らしていた。