二次元裏@ふたば

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28440 B25/08/15(金)22:40:03No.1343572696そうだねx4 00:02頃消えます
2-1 昼下がりの告白

 十件ほどの議案書に目を通して承認のサインを入れると、それで今日の仕事は終わりだった。
「お疲れ様でした、陛下」
 パネルを受け取って出ていくアルマンを見送って、俺はひとつ伸びをした。昼まではまだ時間がある。
「少し散歩でもしようかな。リリス?」
 振り返ると、仕事中一言も発さずに背後に控えていたブラックリリスが、静かに頭を下げた。

 初夏のリヨンは緑のにおいがした。石畳の上を吹いてくる、かわいた風が気持ちいい。
 仕事中か休憩中か、通りを行き交うバイオロイド達が手を振ってくれるのへ挨拶を返しながら、のんびりと大通りを歩く。
「午後は近くの共同体を視察だったよな。何か、準備しておくことある?」
「お車の準備は整っております。一応タイムテーブルもありますが、短いものなので移動中にでも目を通していただけば十分かと」
 昔からオルカにいる子や、最近合流したばかりの子。まだ合流するかどうかを決めかね、見学に来ているだけの子。多くのバイオロイドとこうして触れあい、この目で様子を確かめるのも大事な仕事だ。
このスレは古いので、もうすぐ消えます。
125/08/15(金)22:40:36No.1343572935+
 そう、決して仕事がし足りないなんて思うべきではない。面白半分で冒険に出かけるのもなしだ。幹部級メンバー全員から、順番に一対一でこんこんと説教され続けたあの一日は控えめに言って地獄だった。二度とあんな目に遭わないためにも、当分は余計なことをせず、皆が望む理想の司令官でいようと思う。
 それに、散歩に出た理由はもう一つあった。
「午後はシフトも交代だよね」
「はい。ペロとフェンリルがお供させていただきます」
 それならやはり、今片付けておいた方がよさそうだ。川沿いの並木のすみにちょうどいいベンチを見つけて、俺は腰を下ろした。リリスにも隣に座るよう促す。
「なあリリス。最近、元気がない気がするんだけど。何かあった?」
「いえ、何も……」
「……」
「……」
 さっき「幹部級メンバー全員から説教された」と言ったが、正確には全員ではない。リリスはそこにいなかったのだ。
225/08/15(金)22:41:05No.1343573157+
 俺があの正体不明の地下施設を探検していた時、コンパニオンは休暇で海水浴に行っていた。それは俺が休暇を出したからだが、自分が休んでいる間に俺が危険な目に遭ったなどというのは、いつものリリスなら誰よりも取り乱しておかしくないはずだ。半狂乱になって怒鳴り込んでくるのをなかば覚悟していたのだが、リリスは最後まで俺のところに来なかった。
 それ以来、彼女の様子がおかしい。
 もしかして、とうとう愛想を尽かされてしまったのだろうか。いや、それならまだいい。逆に、変な風に自分を責めておかしくなっているのではないだろうか?
 リリスは目を伏せ、俺と視線を合わせようとしない。それでもじっと待っていると、とうとう観念したように顔を上げた。
「……そうですね。今日、告白しようと思っていました。ご主人様、申し訳ありません。リリスはご主人様に嘘をつき、騙しておりました」
「騙していた?」
「シデンさん」
 リリスは突然、この場にいない人物の名を呼んだ。その視線を追って、自分の足下に目を落とした俺は仰天した。
「うわあああ!?」
325/08/15(金)22:41:24No.1343573299+
 日射しが芝生の上に、くっきりと黒い俺の影を落としている。その影の中から、シデンの頭がにゅっと現れたのだ。
 シデンはそのまま、水から上がるようにするりと影を抜け出し、リリスの隣に立った。
「ムラサキ流忍法、潜り影。元はツキカゲ流の奥義だったのを儂が盗み出し、磨き上げた秘術じゃ。どうだ、驚いたじゃろ」
「驚いたけど……」
 それが今、この状況と何の関係があるのか。ぽかんとしている俺に、シデンは続けた。
「あの日、お主らが探検に行っておった日もな。儂は、この術でお主をこっそり護衛しておった」
「え? こっそり……護衛……?」
 言葉の意味が頭に浸透してくるにつれ、俺は愕然とした。
「ずっと俺と一緒にいたのか? 俺たちが地下を探検していた時も、鉄虫が出た時も?」
「ああ」
「トリアイナが落ちた時も!?」
「その通りじゃ」
「なん……」
 なんで助けてくれなかったんだ、という俺の言葉を予想していたように、シデンは言った。「お主に一人で、自由にふるまってもらうためよ」
「私がそのように依頼したのです。ご主人様自身の身に危険がおよぶまでは、何があっても手出しは無用と」
425/08/15(金)22:41:39No.1343573414+
 リリスは地面に膝を突いて、深く頭を垂れた。


 ――――

「ご主人様の秘密警護をお願いしたいのです」
 司令官公邸の使われていない部屋にシデンを呼び出したブラックリリスは、単刀直入に言った。
「……引き受けてもよい。じゃが、なぜ儂に? そして、なぜ秘密にする必要がある?」
 用心深くシデンは問い返した。彼女が司令官の警護隊長であることはシデンも知っている。一、二度模擬戦の相手をしたが、個人的な会話をしたことは一度もない。
「ご主人様がこのたび、私達コンパニオンに休暇をくださいました」シデンの質問に答える代わりに、リリスは続けた。
「ふむ?」
「もちろん、私達のためを思ってのことでしょう。ですが、つかの間でも私達に見張られることなく、自由気ままにお過ごしになりたい……そんなお気持ちもあるのだろうと、私は推察しています。そのお気持ちは尊重しなくてはなりませんが、だからといってご主人様を専任警護もなしに放っておくことなど絶対にできません」
 それは少し、気を回しすぎではないか……という揶揄を、シデンは飲み込んだ。リリスの目は真剣そのものだ。
525/08/15(金)22:42:08No.1343573607+
「スペックノートを拝見しました。ちょっと信じられないのですが、シデンさんは人の影の中に潜ることができるそうですね」
「実際に潜るわけではないがな。光学迷彩と光吸収性ホログラフィを組み合わせて……まあ理屈はよい、それに近いことができるのは確かじゃ。つまり、潜り影の術で、本人に気どられぬようあやつを警護してほしい、と?」
「はい。ただし、あくまでご主人様が自由に行動している体を崩さないよう、ご主人様の身が本当に危なくなるまでは手を出さないでほしいのです。何があっても」
 “何があっても”……その言葉に含まれた意味は、シデンにも理解できた。「あやつが、それを是とするか?」
「それは関係ありません」リリスは言下に答えた。
「ご主人様の安全を守ること。ご主人様の望みをかなえること。重要なのはそれだけです。私や私の行動がどう思われようと、それは二の次です」
 うすぐらい部屋の中で、リリスの眼差しだけが炯々と輝いていた。
「……オウカといい、あやつ忠義な部下に恵まれすぎじゃ」シデンは息を長く吐いて、組んだ腕をほどいた。
「お役目、確かに承った。任せてもらおう」
625/08/15(金)22:42:27No.1343573767+
「ありがとうございます。もしご主人様に見つかった時は、私の指示だと正直に仰って下さい。あなたには決して咎が及ばないよう尽力しますので」
「そんな真似はせぬ。ばれた時は、一緒に頭を下げようではないか」

 ――――


「儂が手を出したのは一度だけ、洞窟を脱出するのに、崖からお主らが飛び降りた時じゃ。セイレーン殿に気づかれぬよう、こっそり岸へ後押しをさせてもらった」
 全然気づかなかった……。まだ呆然としている俺の肩に、シデンがそっと手を置いた。
「のう、小僧。儂もこの数ヶ月でほとほと思い知ったが、オルカのバイオロイド達はみな、お主を心から慕っておる。いつでも思っておるのだ。お主に尽くしたい、お主のためになることをしたい……そしてまた、お主の嫌がることはしたくない、お主の気分を害したくない、とな」
「……」
「お主はそんなことを望んではおらぬかもしれん。じゃが望んでおらぬからといって、無いものにはならん。皆がお主のために何をしておるか……のみならず、何をせずにおるか。そこへもう少し目を向けてよいのではないかな」
725/08/15(金)22:42:50No.1343573965+
 胸に突き刺さる言葉だった。そして同時に、あの一日中続いた説教の中で、誰ひとり口にしなかった言葉でもあった。
 俺は自分で思うよりはるかに、バイオロイド達の配慮に包まれて生きているのだ。わかっているつもりだったのに、何度でも思い知らされる。
「すまんな、新参者の分際で口幅ったいことを言った。じゃが、新参者なればこそ見えるものもある。年寄りの愚痴と思うてくれい」
「いや、ありがとう。胸に刻むよ」
 俺はシデンに頭を下げてから、リリスの方へ向き直った。膝を突いたままのリリスに、俺もしゃがみ込んで目線の高さを合わせる。
 あの時コンパニオンに休暇を出したのは、姉妹揃ってゆっくり休んでほしいという気持ちからだった。でも確かにリリスの言うように、たまには警護抜きで、気ままに行動してみたいという欲求がなかったとはいえない。
「リリスも、ありがとう。いつも俺のわがままに付き合わせてすまない。俺が今でも五体満足で生きてるのは、リリス達のおかげだ」
「ご主人様……」
 涙に潤んだ目が俺を見た。俺は彼女の手を取って、強く握った。
825/08/15(金)22:43:13No.1343574110+
「どうかこれからも、警護のために君が必要と思ったことは何でもしてくれ。たとえ俺に秘密だったり、俺の意に反することでも構わない。俺がそれを悪く思うことはないと約束する」
 リリスは黙って、俺の手を引き寄せた。手の甲に、熱い涙がぽたぽたと落ちるのを感じた。
 俺はリリスの手を引いて立ち上がった。気がつけばもう昼近い。「二人とも、昼飯を一緒にどう? 今日は和食だって言ってたよ」
「悪くないの」
「リリスも。せっかくの機会だし、シデンと一緒に護衛の苦労話とか聞かせてよ」
「……苦労など、何もありません」リリスは目元をぬぐって微笑んだ。「でも、せっかくのお誘いですので、ご相伴にあずからせていただきます」
 そうして俺は右手にリリスの、左手にシデンの手を握って公邸に帰り、楽しい昼食の時間を過ごした。

 それから二週間ほど後のことだった。
 南米に向かったトリアイナ達が帰ってこないという知らせが入ったのは。
925/08/15(金)22:43:36No.1343574254+
2-1B 闇の中で

 目を開けても、閉じても、何も変化がなかった。
 それほどに濃密な闇だった。トリアイナは自分が本当に目を開けているのか自信がなくなってきた。
 やがて混濁していた意識が急速に覚醒をむかえ、トリアイナは跳ね起きた。
「…………!!」
 殴りつけるようなひどい頭痛が襲ってくる。額を押さえて、何が起きたのか思い出そうとする。
 南米。海賊の楽園、憧れのカリブ海。奇怪な鳥の鳴き声のような音が聞こえてくるという島の噂を聞いた。
 その島の中腹には大きな洞窟があり、正体不明の微弱な電波さえ検知した。これは絶対なにかある。喜び勇んでみんなで入ってみたところ……
(落ちた……んだったよね?)
 そのあたりの記憶が今ひとつはっきりしないが、落下したのは確かだ。トリアイナは体の上に積もった砂利と土を払いのけた。
「……そうだ、みんな! ディオネ!」
1025/08/15(金)22:44:07No.1343574491+
 声に出して見回しても、何も見えないのは変わらない。しかし反響で、それなりに広い空間にいるとわかった。手を伸ばして周囲を探る。むき出しの素足と手に触れるのは、ザラザラゴツゴツとした濡れた感触。泥と、岩だ。中腰で立ち上がり、両手で地面をさすりながら探索の範囲を広げていく。
「落ち着いて、落ち着いて。私は最高の探検隊長。パニックなんか起こさない。いつでもみんなを守る……」
 世界最高の探検隊長であるトリアイナは大抵のものは平気だが、暗闇と孤独のセットだけは好きではない。たった一人で海の底に潜り、見つけるものといえば仲間の遺骸ばかりだった、あの頃を思い出すからだ。少しずつ速くなる指先に、つるつるした曲面が触れた。
「ソーフィッシュ!」
 愛機のことなら、見なくても何がどこにあるかわかる。飛びついてライトのスイッチを入れると、まばゆい光の円錐が暗闇を切りとった。
1125/08/15(金)22:44:25No.1343574626+
 意外なほどすぐ近くに皆はいた。ディオネ、セイレーン、ネレイド、ウンディーネ、テティス。全員砂利の中に埋もれ、一番奥のテティスは壁から半身が生えたようになっている。駆けよって全員息があることを確かめてから、トリアイナはまずディオネを引きずり出した。
「起きて、ねえ、起きて!」
「ん……お姉ちゃん…………?」
 ぼんやりと焦点の合わない目をトリアイナに向けていたディオネだが、すぐに覚醒して状況を認識する。
「お姉ちゃん、水ある? ソーフィシュに救命キット入ってたよね」
「そうだった、出してくる」
「あと、この音なに?」
「音?」
 トリアイナもその時初めて気づいた。ソーフィッシュの駆動音の反響に、別の音が混じっている。重たく硬質で、しかし妙に軽やかにステップを踏みつつ迫ってくるこの音は……
「鉄虫!?」
 二人が声に出すのと同時に、暗闇の中に赤く渦を巻いた瞳が浮かび上がった。
 トリアイナは救命キットをディオネに投げると、そのままソーフィッシュのシートにつく。
「私が相手するから、ディオネはみんなを起こして!」
1225/08/15(金)22:44:49No.1343574804+
 ディオネも余計なことは言わず、キットを受け取ってすぐ救助にかかる。今はそれが最善手だとお互いわかっている、姉妹の呼吸だった。

 幸いにも鉄虫の数は少なく、ソーフィッシュ一機で楽に撃退することができた。そのあいだに他のメンバーも無事意識を取り戻し、なお幸いなことに誰も大きな怪我はしていなかった。
「とにかく、ここをすぐ離れましょう」
 経緯を聞いたセイレーンが真っ先に言った。鉄虫は群れで行動する。なぜここにいるのかはわからないが、あれで全部ということはまずない。おそらく先遣隊か、偵察隊だろう。
「テティス、上へ行ける? 私たち、落ちてきたと思うんだけど」
 背中の装備をごそごそやっていたテティスが首を振った。「ダメです。ローターが歪んじゃいました」
「私のラファールユニットは大丈夫みたいだけど……」
 ウンディーネが装備の照明を奥の壁へ、それから天井へ向けた。泥と砂利がどこまでも積み重なり、落ちてきたはずの穴はどこにも見えない。
「これ、ただ穴に落ちたんじゃなくて、天井ごと崩れたんじゃない? 完全に埋まっちゃってるわ」
「ネリがよじ登ってみようか」
1325/08/15(金)22:45:04No.1343574927+
「やめておきましょう。土が脆いですし、また崩れたら困ります」セイレーンが止めて、あらためてあたりを見回した。「戻れない以上、奥へ進むしかないと思いますが……トリアイナさん?」
「もちろん、進みましょ!」トリアイナはソーフィッシュから勢いよく飛び降りて胸を叩いた。「もともとこの洞窟を探索するつもりだったんだし。これぞロマンってもんよ!」
「ええ〜」テティスが顔をしかめた。「探検隊ってこんな行き当たりばったりなんですか? ついてくるんじゃなかったあ……」
「ついてきたんだから、ぶつくさ言わない」
「まあ、お姉ちゃんが行き当たりばったりなのはその通りですけど」
 六人と一機は騒がしく歩き出す。
 その足音がゆっくり遠ざかっていくのを、血のように赤い瞳がじっと見つめていることに気づいた者はいなかった。
1425/08/15(金)22:45:55No.1343575286そうだねx4
過去一長くなったので続き
fu5443642.txt

アイシャ!第二部ってこういうのだろアイシャ!なんで実装しなかったアイシャァァ!!
という気持ちを込めて書いた嘘第二部です
1525/08/15(金)22:47:18No.1343575829そうだねx1
すげえ!
1625/08/15(金)22:47:51No.1343576030そうだねx1
復刻で二部追加されたりしないかな…
1725/08/15(金)22:53:44No.1343578345+
AGSでほしいな
1825/08/15(金)22:55:07No.1343578869そうだねx2
まとめ
fu5443647.txt
コミケ前になんとか間に合ってよかった
ゴタゴタで仕方なかったとはいえ第二部無いのは残念でしたよね本当
1925/08/15(金)22:57:43No.1343579819そうだねx1
1部はシリアスだったり徐々に闇が漏れたりで2部終盤で格好良く活躍し解決!3部はバカエロというのが定番というイメージがある
2025/08/15(金)23:10:40No.1343584351そうだねx1
ながい!
ゆっくりよむ!
2125/08/15(金)23:10:43No.1343584365+
エルフ村フォーマットは偉大だったなって
2225/08/15(金)23:11:41No.1343584723+
>ながい!
>ゆっくりよむ!
ゆっくり読んでください
このあと役に立たないwikiと渋にも出すので
2325/08/15(金)23:57:29No.1343600800+
こんな時間に立つなんて…見逃してた今から読む!


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